「”知っていることだ”しかし、やめられないんです
よ。これは、合理性が分からないとかっていうこと
ではなくて、さっきから申し上げているように、合理性や
知識が尊重されないんですよね。それは例えば、”御用学者”って
皆さんが仰るときに、最近の日本的専門家に対するイメージにも
共通する”何か”なんですよね。」
(17:22) Published on October 1, 2022 by 宮台真司先生の研究室[公認になりたい]:
「まあ、今日は出会い系の話じゃないからねW、街の話ってことについて言うと、やはり当時も取材を通じて行っていた、例えば老人会がなくなると、最後に70年代から80年代初めにかけて青年団がなくなるんですよね。僕が取材した多くの若い20代、30台の奴がやはり『青年団が無くなることがなければ、恐らくテレクラみたいなことは起こらない』と。言い換えると、その程度の空洞化やある種の匿名性の増大がなければ、テレクラは”起こらない”と。
しかし、そういうふうに喋る人間たちは、まだ青年団とか老人会の記憶を持っているんですよね。『これは非常に過渡的な現象だな』って当時も僕はものすごい強く意識していて、これはまさに戦間期がそうであったように、特に大正ロマンや昭和モダンの時代がそうであったように、つまり(江戸川)乱歩が、まさに描いたように、これはもうどんどん消えていく”何か”なんですよね。
そういう気持ちが当時はありましたけれども、とにかく今、街がどこが問題なのかと言うと、多くの人間たちがより豊かで、便利で、アメニティがある場所に暮らしたいと思ってるんですね。そのときに、より所得が高いよりアメニティが高い場所であれば、『引っ越しましょう』と多くの人間が考えるところに問題があるんですね。
それは問題があるとは、どういうことかと言うと、何で自分たちを、あるいは自分たちの街をより便利でよりアメニティのあふれる街にしようと思わないで、移動しようと思うのかというところに、実はいろんな日本の問題が隠されている。もちろんパトリ、つまり入れ替え不可能なですね、情緒的な愛着を感じるような要素が存在しないという意味でもあるし、あるいは人々がもともと地域で培う人間関係に相当するものが存在しないので、社会学ではよく”空間”と”場所”を分けますけどね。”空間”が”場所”になっておらず、どこも機能的な”空間”に過ぎないという意識から抜けきれないという事があったりとか。
そうしたことっていうのは学問の世界では随分前から議論されてきているんだけれども、残念ながら、そういうことを知っている建築家の方々がほとんどいない。その建築家の方々と、社会学あるいは都市社会学の方々との交流もほとんど存在しない状況で、わけの分からないモニュメントや建物がどんどん建っていくっていうねW」 -宮台真司
結局、建物を作る連中っていうのは、宮台さんがおっしゃる”場所性”みたいなことなんて全然気にしないしね。でもオーダーする側も気にしないんですよね。だから、田舎の大学にいるとね、田舎の商工会議所なんかと付き合って、なんだかんだ村興しとか地域興しに付き合うわけでしょ。そうすると結局、彼らが言うのは『萌えキャラ作れ』とね、あとは、今度は商店街の人に聞くと『吉祥寺みたいな街にしたい』とかね。もう結局は、そのレベルなんですよ。
また神戸市への悪口だけど、何やったかっていうと、バーニーズ・ニューヨーク(アメリカの百貨店)を持ってきて『これでまた客が来る』とかね。知らないでしょ、東京に住んでて、バーニーズ・ニューヨークが伊勢丹の裏側にちんまりとあって、誰も行かないなんてさ。でも、あれ連れてきてさ、旧居留地に人が集まるって思い込んでて、でかでかとニュースになるとかね。そういうふうに『鉄人(28号)』持ってくるとかね。
それこそ場所性という概念さえなくて、それで人呼ぼうとするとか。だから、本当に神戸の悪口ばっかりになっちゃうけど、同じようなことを東北が繰り返していくんだったらば、それは多分徹底的なんだろうなってね。一応あそこは、それこそ遠野があったとこだしね、柳田國男の民俗学の、ある部分が始まったところだしね。でも最後に残っていた、日本の場所性みたいなものを象徴する場所が消えていくっていうのは、なかなか東北って、あの震災っていうのは僕にとっては感慨深いなって。まあ、もう話はぐちゃぐちゃになるけど、何年か前にね。”椎葉村”っていう九州の山奥の村が台風か何かで壊滅したんですよ。これが、柳田國男が『後狩詞記』というのを書いたところでね、そうやって民俗学の故郷みたいなものが壊滅していくのを見ながら、なんとなくさっきの場所性の問題じゃないけれども、まあそんなふうに椎葉村がなくなったってこと自体も、多分そのことの意味って、なんとなく誰もね。。。
あそこで日本の場所性みたいな概念を柳田國男は発見したわけですよね。だけど、それがなくなったことを誰も気にしていないんだろうと思うと、『何が故郷だ』と『何が愛郷心だ』とか『何が日本だ』とか思いますよね。」 - 大塚英志
「社会学では、時間的にかなり続く行為態度のことを変えにくい行為態度のことを”エートス”って呼ぶんですね。日本人のエートスっていうのは、中国人のエートスやアメリカ人のエートスが変わらないように、今後、簡単にはやはり変わらないんですね。なので、これは以前僕が大塚さんを批判するときに使っていたロジックですけど、エートスを変えようっていうのは非常に難しいので、やっても構わないけど、それは長期的に構えるべきで、短期的・中期的にはまた別の戦略が必要だなって思うんですね。
で、僕がそういうときにまず考えるのは、”べき論”を使って”陶冶”するのではなくて、システムを使って”淘汰”する、『陶冶よりも淘汰』ということをやはり考えるんですね。だから例えば、任せてブーたれるのをやめて、引き受けて考えるべきだとか、あるいは合理性を尊重するべきであって、空気に縛られるべきでないというような言い方は一応しますけれども、sのような言い方そのものには、僕はほとんど効力を考えていなくて、引き受けて考えない人たち、つまり任せてブーたれるだけの人間たちや空気に縛られるだけの人間たちがいるようなそういう社会的なユニットがどんどん淘汰されるような仕組みがあれば、最も簡単なことだと思うんですね。
で、世界的にも。。。つまり、もし僕がですね、日本的なる者への愛着を断ち切ったところで言えばね、日本という社会的なユニットが全体として今僕が申し上げたような意味で淘汰されていくのであれば、世界にとっては幸いなるかなという風に言えるかもしれないところがあるんですね。
だた僕は日本人だし、日本に対する愛着もあるので、日本の存続を願う立場から言えば、むしろ今、日本人全体をどうのこうのって考えるよりも、まずこの『陶冶よりも淘汰』のシステムを作りたいなと思いますよね。その内は政治家の淘汰であり、官僚の淘汰であるわけですけれども、やっぱりその『淘汰のメカニズム』を作らなきゃいけないんだけど、これは『鍵のかかった箱の中の鍵問題』でね、じゃあその仕組みを誰が作るのかっていうところが問題になるんだけど、実はこれずっと日本では維新以降、陰に日なたに問題になり続けてきた密教的な問題というかね、要は僕の言葉で言う、ネタがベタになりやすい問題ですよね。
例えば、なぜ国粋主義的なるものが、明治20年代、とりわけ後半以降に高まったのかと言うと、これはむしろ近代的な人間たちが、天皇主義的なるものを近代化のための道具に使おうとしたからですよね。
とりわけ山形有明なんかは、一番分かりやすい典型だけれども、西南戦争の教訓から、やはりカリスマは非常に重要で、単なる正当性の源泉であるだけではなくて、そのカリスマによって命がけで戦うような、つまり西郷軍のことですよね、その存在を作り出すためには、単なる親政政治的なるものに見えるだけじゃなくて、天皇にカリスマを与える必要があるというふうに考えたわけですよね。
つまり天皇主義を設計した人間たちは、天皇主義者ではないわけだけれども、実際にその後、国粋主義者がどんどん出てきて、いわば啓蒙派狩りとかね、近代派狩りを始める状況になるので、こうした状況というのは、日本では大体20年ごとに繰り返されてきていて、あえて”統合主義的なシンボル”を作り出した”非統合主義者”がね、しかしその後作り出された者によって滅ぼされていくみたいなことが起こっているんですよね。」 - 宮台真司
「僕は宮台さんの言うエートスみたいなことって逆にあんまり信じてなくて、民俗学でエートスとかエタノスなんて言い出したのはね、ナチスドイツ下のウィーンから戻ってきた岡正雄あたりが言い出して、それを儀範に戦後の民俗学者が使い出しただけで、もともとが、近代以前の社会ってのは、小さな村社会とか、せいぜい今で言ったら『お国自慢』の『国』と言うレベルですよね。
関西で言ったら姫路と、それから神戸と、それから大阪でも南の方と北の方と、地域ごとに関西弁が微妙に違うらしいんだけども、でも関東の人間にはわからないけどね。
その微妙な言葉のニュアンスの違いぐらいが、いわば国の概念ですよね。その中で一つのフォークロアとか文化の体系みたいなものがあって、それをまあ強引に何か、日本の一つのエタノスみたいなものがあるんだって言い張っちゃったりがですね、多分、戦後のフォークロアの問題なんだけれども、ただ問題なのは、そうやって前近代的な枠組みから近代にいくときの移行期の制度設計とか、移行のあたりのとこに、きっといろんな問題点があったんだろうなって、そこのあたりのことは、もう世の中のことがどうでもいいと思ってるから、逆に『これから少し考えとこうかな、のんびりと』とは思っているんだけれども。だから、例えば近代的個人が日本で未成立だったって(宮台さんは)言うわけですよね。
言い出したのはパーシヴァル・ローウェルって人が『進化論的に日本人は劣っているから自我が未成熟だ』というふうに言った辺りに始まっちゃうんだけども、ただ実際には、日本のフォークロア的な民族的な習慣を見て言ったらば、やっぱり個人っていう概念がないわけではないし、やっぱ共同体的なシステムや社会的なシステムみたいなものが無いわけでもないんだけれども、それがなぜ近代に移行し損ねたのかみたいなそこの辺りの問題を一つ見直しておいたほうが、いいのかなって気がするわけですよね。」 - 大塚英志
「どこを見直すべきなのかというポイントについて、ちょっと喋りたいと思うんですけれども、日本的エリートの戦後的な形態の、その特徴は、「わかっちゃいるけどやめられない』っていうところにあると思うんですね。
それはまず一つは、僕のコミュニケーションの範囲で言うと、原子力村の中の人たちが、”原子力に関して抱いている思い”がそうですよね。それは、今やそれが非合理だということがわかったよとして、それは戦前とほとんど同じ、戦中と同じと言うことですよね
この間、”マル激トーク・オン・デマンド”という僕が関わっている番組に、高橋洋一(経済学者)さんを何度目かお呼びしたわけだけれども、彼は、『大蔵省、現在の財務省が財政再建路線を取っているという、そういう皆さんの想定が実は盲点になっている』と。『財務省は、そうしたことを組織目標にしたことはまったくない』と。
『財務省の組織目標はいつも増税である』と。
正確に言うと、”増税を通じた利権の拡大である”ということなんですね。増税を通じた利権の拡大をするためにはですね、例えばヨーロッパのような年3〜4%の成長率を確保することによる財政再建というまったくオーソドックスなやり方で財政が再建されると、かえって”不都合”なんですね。
ですから、むしろ日銀のような愚昧な政策をむしろ放置することに加担し、増税させると。
あるいは、『これはみんな知っていることだ』って彼も言いますけども、財務省の役人は『税と社会保障の一体改革』って、これ大笑いで、社会保障費の危機、年金の危機があるならばね、社会保障に関わる、例えば保険料とか年金料とか、この値で対処すべきなのであって、消費税はもt元逆進性の疑いがあるようなもの、(逆進性を)生じさせやすいものを導入するのは間違いだってことは、これは国際常識であるはずであるし、あるいは社会保障にはそもそも所得再配分っていう意味があるからですね、所得税はもともと。。あるいは”給付金付き累進性”という制度も一部の先進国でありますけれども、所得税を使って、社会保障費・・要するに年金・積立金とかでやらないのであれば、所得税でやるのが普通だともちろん財務省は皆んな分かっている・・けれども、面白いです。『いや、分かっているけど、やめられないんだ』って言うんですね。
同じようなことは、孫崎享(元外交官)さんがやっぱり仰っていますよね。
あの尖閣諸島の問題は、実は中国が言っているように、もともと日本にボールがあるということなんです。どういうことかって言うと、『田中・周恩来協定』と、その7、8年後に行われた『大平・鄧小平協定』、これは『鄧小平宣言』という形で表になっていますけれども、要は『主権棚上げ』と『日本の実効支配・施政権を認めること』と『共同開発という図式でやっていきましょう』ということなんですね。
それを前提にして出来上がったのが『日中漁業協定』という枠組みで、この枠組みに従えば、まず、日本の実効支配する領域に中国の漁船が入った場合には、『停戦命令』ではなくて『退去命令』を出すと。
退去命令を出しても操業を続ける場合には、停戦命令を出すと。
しかしその場合でも、逮捕・起訴の図式は使わずに、拿捕・強制送還の図式を使うことがずっと踏み行われてきたはずであると。
ところが『あのビデオを見ても分かるように』と孫崎さんは仰るんだけれども、まず停戦命令を出してしまっていると。そして退去命令に関するビデオは存在しないと。おそらく最初から停戦命令を出したのだろう。そうするとこれは、日本の側から説明しなくてはいけない。バイオレーション、違背ですよね。
あともう一つ、それだけじゃなくて、『拿捕・強制送還』図式ではなくて『逮捕・起訴』図式を使った。これも実は従来とは違うやり方を日本の方からやったので、日本の方が説明するべき問題なんですね。
孫崎さんの分析によると、『恐らくこれはですね、日本の当時の国交相の前原さんなどがアメリカにお伺いを立てて、アメリカに”ある戦略”があってですね、中国と日本の間を引き離して、当時”普天間問題”等で日米関係がギクシャクしていたのを擬似的に修復するっていう観点があったのでしょうか』という風に仰ってるけれども、要は、そのアメリカに言われる通り日本がやってしまった結果、大笑いの事態になってしまった。
これも、孫崎さんによると、『外務省の役人の多くは知っていることだ』って言うんですね。
”知っていることだ”しかし、やめられないんですよ。これは、合理性が分からないとかっていうことではなくて、さっきから申し上げているように、合理性や知識が尊重されないんですよね。それは例えば、”御用学者”って皆さんが仰るときに、最近の日本的専門家に対するイメージにも共通する”何か”なんですよね。
その心理に無条件に帰依するのではなくて条件付きでしか帰依しない。その条件は多くの場合、空気であったりとか自分の所属であったりとか、あるいは自分がやっているゲームのプラットフォームを温存することが可能な限りっていうことであったりとかっていうね、どうもそういう事であるらしいのですね。
これはね、しかし僕に言わせるとあまりにも繰り返されるので、もしエートスとまで言わないまでもですよ、これは明らかに、何か行動習慣が欠けているというふうに言うほかない、あるいは行動習慣を保つシステムが存在しないというふうに言うほかなくて、それを変えなくては、そうが変わろうがですね、誰がすげ替わろうが、日本はやっぱりどうにもならないと思いますね。」 - 宮台真司
近代への努力を怠ってきたツケ
が、今この社会を襲っている。
日本の終わりを書きとめるための、過激な社会学者と実践的評論家による奇跡の対談。
社会学者であり東京都立大学教授としても活躍されている宮台真司先生が、複雑に入り組んだ社会を、刺激的かつ静かに切り伏せます。
宮台 真司(みやだい しんじ)
東京都立大学教授/社会学者
1959年仙台生まれ。東京大学大学院博士課程修了。社会学博士。東京都立大学助教授、首都大学東京准教授を経て現職。専門は社会システム論。(博士論文は『権力の予期理論』。)著書に『日本の難点』、『14歳からの社会学』、『正義から享楽へ-映画は近代の幻を暴く-』、『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』、共著に『民主主義が一度もなかった国・日本』など。 「オウム事件真相究明の会」呼びかけ人。クリスチャン。
大塚 英志(おおつか えいじ )
評論家、研究者、漫画原作者、小説家、編集者、元漫画家
1958年8月28日、東京都田無市(現・西東京市)生まれ。2012年から国際日本文化研究センター研究部教授であり、2006年から東京藝術大学大学院映像研究科兼任講師も務める。2006年から2014年まで神戸芸術工科大学教授及び特別教授、2014年から2016年までは東京大学大学院情報学環特任教授も務めた。妻は漫画家、小説家の白倉由美。2015年より研究誌『TOBIO Critiques』(太田出版)を私費で刊行している
元記事>> 【宮台真司x大塚英志】 奇跡の対談 2012.02 「愚民社会」 Part 2 2022.10.1. (宮台真司先生の研究室[公認になりたい])
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