たぬきそば>『スカーレット』第108話 - 2020.02.08 Sat
アフィリに、たぬきそばを貼ろうと思ったら
カップ麺しか出て来ない…
カップも美味しいけどさ
今日の
5年ぶりに逢った父子を繋ぐ、たぬきそばは
やはりカップでは、ちょっとそぐわないかな
…と思って、貼るのはやめた(^^;)
とはいえ、例の如く
台詞だけで映像なしなんだけどさ
…ひじゅにですが何か?
「陶芸家、目指します」by武志
↑武志が出した結論。
父親と同じ大学で学び
母親と同じ陶芸家になる―
両親と同じ陶芸家…と言ってあげたいけど
今の八郎さんは陶芸家と呼んで良いのかどうか…
なんて言ったら酷?
八郎さんに相談に行った武志。
八郎さんの姿は出ないまま>いつものことさ
行く時も、帰って来てからも
言葉には出さなくともバレバレ。
それだけ裏がないってことで
良い子に育った
…ってことなんだろうな。
ヒロインの子供は捻くれて暴走する
…ってのが朝ドラ“お約束”なのに(笑)
八郎さんは、今は名古屋にいるのだとか。
随分と、点々としているみたいだけど
大丈夫なのだろうか?
その名古屋の会社では釉薬の研究をしているみたい。
まさに原点に帰ったってところだな。
“丸熊陶業”時代も
陶芸家として独り立ちした後も
そして現在も
八郎さんは釉薬で理想の色を追求している。
かつての喜美子は、八郎さんを支えるために釉薬の勉強をしていた。
現在の喜美子は釉薬を使用しないで理想の色を出している。
最初から、根底が違っていて
合うことのない2人だったってことなのかな…?
素人考えでは、違うからこそ一緒にやって行けるんじゃないか
…という気がしちゃうけどさ。
片側が“支える側”に回るとなると
色々と一致させなくちゃいけないのかもしれないけど
同じ場所を目指して違う歩き方で進んで行く
…というのも素敵だと思う。
甘い?
いずれにしても、2人の道はあまりにも遠く離れてしまったんだなあ…
八郎さんと武志は、直に逢うことはなかったけれど
手紙のやりとりは、ずっと続いていて
「風呂沸かせるほど」の量になっている。
しかも、最後の一文は必ず「逢いたい」。
八郎さんと喜美子の間には何もない。
ただ空白の5年間。
そもそも、息子への手紙も信作経由でしか送れなかった
…ってところに、八郎さんの、そして喜美子の立ち位置が表れている。
「大事なものを失ったのだと思いました」
5年経ってようやく認識する喜美子。
夫のことを軽く考えていたというわけではないし
甘い考えでもなかったと思う。
さりとて、後悔もないはず。
それは「やりたいこと」を追求するためだったから
でも、思っていた以上に
失ったものは大きかったことに、今、気付いた―
ってことなのだろうな。
自分だけでなく
父親と子供の時間さえも…
それでも父子の絆はしっかりと保たれている。
喜美子が捨ててしまったのは、まさにそれ。
物理的に距離が離れてしまっただけではない。
八郎さんは何度も反対したけど
それは、やり直すチャンスでもあった。
何度も何度も手を差し伸べてくれた…と言って良いと思う。
それを自ら放してしまったのは喜美子の方。
放したかったわけじゃないし
放すつもりもなかったのに。
空襲の中、直子の手を放してしまったというエピソードが
ある意味、前振りだったのかもね。
喜美子も罪悪感に苦しんだけど
長いこと苦しみ、心の傷を抱えることになったのは直子の方だった。
八郎さんが、住む所さえも点々としているのは、そのため…?
☆楽天もう…何がなんだか日記もヨロシクです☆
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「陶芸家、目指します」by武志
↑武志が出した結論。
父親と同じ大学で学び
母親と同じ陶芸家になる―
両親と同じ陶芸家…と言ってあげたいけど
今の八郎さんは陶芸家と呼んで良いのかどうか…
なんて言ったら酷?
八郎さんに相談に行った武志。
八郎さんの姿は出ないまま>いつものことさ
行く時も、帰って来てからも
言葉には出さなくともバレバレ。
それだけ裏がないってことで
良い子に育った
…ってことなんだろうな。
ヒロインの子供は捻くれて暴走する
…ってのが朝ドラ“お約束”なのに(笑)
八郎さんは、今は名古屋にいるのだとか。
随分と、点々としているみたいだけど
大丈夫なのだろうか?
その名古屋の会社では釉薬の研究をしているみたい。
まさに原点に帰ったってところだな。
“丸熊陶業”時代も
陶芸家として独り立ちした後も
そして現在も
八郎さんは釉薬で理想の色を追求している。
かつての喜美子は、八郎さんを支えるために釉薬の勉強をしていた。
現在の喜美子は釉薬を使用しないで理想の色を出している。
最初から、根底が違っていて
合うことのない2人だったってことなのかな…?
素人考えでは、違うからこそ一緒にやって行けるんじゃないか
…という気がしちゃうけどさ。
片側が“支える側”に回るとなると
色々と一致させなくちゃいけないのかもしれないけど
同じ場所を目指して違う歩き方で進んで行く
…というのも素敵だと思う。
甘い?
いずれにしても、2人の道はあまりにも遠く離れてしまったんだなあ…
八郎さんと武志は、直に逢うことはなかったけれど
手紙のやりとりは、ずっと続いていて
「風呂沸かせるほど」の量になっている。
しかも、最後の一文は必ず「逢いたい」。
八郎さんと喜美子の間には何もない。
ただ空白の5年間。
そもそも、息子への手紙も信作経由でしか送れなかった
…ってところに、八郎さんの、そして喜美子の立ち位置が表れている。
「大事なものを失ったのだと思いました」
5年経ってようやく認識する喜美子。
夫のことを軽く考えていたというわけではないし
甘い考えでもなかったと思う。
さりとて、後悔もないはず。
それは「やりたいこと」を追求するためだったから
でも、思っていた以上に
失ったものは大きかったことに、今、気付いた―
ってことなのだろうな。
自分だけでなく
父親と子供の時間さえも…
それでも父子の絆はしっかりと保たれている。
喜美子が捨ててしまったのは、まさにそれ。
物理的に距離が離れてしまっただけではない。
八郎さんは何度も反対したけど
それは、やり直すチャンスでもあった。
何度も何度も手を差し伸べてくれた…と言って良いと思う。
それを自ら放してしまったのは喜美子の方。
放したかったわけじゃないし
放すつもりもなかったのに。
空襲の中、直子の手を放してしまったというエピソードが
ある意味、前振りだったのかもね。
喜美子も罪悪感に苦しんだけど
長いこと苦しみ、心の傷を抱えることになったのは直子の方だった。
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