希少な労働力をどう生かすかが問われる時代である。社会の機能を維持するために、働き手が力を発揮できる仕組みを構築しなければならない。
昨年12月、外国人労働者の権利保護について考えるワークショップが東京都内で開かれ、約30人の高校・大学生が参加した。
登壇したのは、技能実習生の日本語指導や生活相談にあたるNPO法人「Adovo(アドボ)」代表理事の大学生、松岡柊吾さん(20)だ。過酷な仕事に耐えかねて実習生が失踪するケースなどを紹介し、「同世代の自分たちに何ができるかを考えたい」と話した。
アドボを設立したのは2020年、高校1年生の時だ。実習生の置かれた厳しい労働環境を報道で知り、支援したいと考えた。「このままでは、日本は働く場として選ばれなくなる」。労働力不足への危機感も背中を押した。
「安い労働」優先のツケ
高齢者の増加と現役世代の減少が急激に進む日本。25年には団塊の世代すべてが後期高齢者となる。団塊ジュニアが高齢期を迎え、支え手が少なくなる「40年問題」への対応も迫られる。
女性や高齢者など多様な人材の就労を促そうと、政府や経済界は働き方改革を掲げる。だが、賃上げや技能向上といった「人への投資」をおろそかにしてきたツケが回ってきた側面は否めない。
その起点となる一本のリポートがある。財界で労務対策にあたる日経連(現経団連)が1995年に公表した「新時代の『日本的経営』」だ。雇用の多様化の必要性をうたい、企業は非正規従業員や技能実習生など「安い労働力」の確保に走った。
背景にあったのは人員の余剰感である。15~64歳の生産年齢人口はこの年8700万人を超え、ピークに達した。バブル期に膨らんだ債務、設備とあわせた「三つの過剰」の解消が、日本企業にとって急務となっていた。
定年までの安定就労や年功賃金など、戦後の経済成長下で形成された雇用慣行は転換点を迎え、経営者は人材を育てるマインドを失った。正社員と非正規との格差も拡大した。
だが、状況は様変わりしている。生産年齢人口は7400万人を割り込んだ。40年には6200万人前後まで減る見通しだ。
デジタル化や人工知能(AI)の普及に伴う産業構造の変化で、求められる人材も変化する。政府や経済界は、労働市場の流動性を高め、半導体やAIといった先端産業に人材を移すシナリオを描く。国際競争力を高めるうえで重要な視点だが、対象となるのは限られた専門人材だ。
人手不足が著しいのは、介護や建設、物流などの現場仕事である。供給力が落ちれば、サービスの低下や納期の遅れ、コスト上昇などを招く。
コロナ禍では、社会の維持に不可欠なエッセンシャルワーカーに光が当たった。ただ、賃金水準が低い職種が多く、人材が定着しにくい課題を抱える。就労者が増えても、低所得のままでは格差や貧困の問題を深刻化させかねない。
「現場の仕事」に革新を
労働問題に詳しい山田久・法政大教授は「AIやロボットへの投資を増やすなどして生産性を高めるとともに、賃金を底上げすべきだ」と訴える。
既に介護者の負担を軽減するロボットや、重機の遠隔操作といった技術開発は進んでいる。NTTのような情報通信事業者が農業に参入し、気候や生育状況などのデータを分析する技術で作業効率を高める試みも見られる。
こうした取り組みには、新しい技術を使いこなすスキルを備えた労働者が必要だ。「アドバンスト(高度な)エッセンシャルワーカー」と位置付け、仕事のイメージを刷新して待遇も改善する。効率が上がれば、少ない人数でもサービスの質を維持できる。それが山田教授の提案だ。
「現場の仕事」を重点分野と位置付け、人材を集める戦略が欠かせない。産業界はそのための技術開発やビジネスモデルの転換を進めるべきだ。公的な職業訓練においては、技術の進化をカリキュラムに反映し、実践的な内容にする取り組みが急がれる。
長期に及ぶ賃金抑制が消費を低迷させ、人材育成や効率化への投資を怠ったことで競争力が低下した。「人への投資」のあり方を見直し、難局を打開する時だ。