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歴史を忘却した民族に未来はない

何故か弊ブログに「在特会は、何故新大久保でデモを行なうのか」というご質問を頂戴いたしました。親切に回答しておられた方も多数いらっしゃいましたが、質問者ご自身も仰っておられたとおり、紛れもないお門違いです。

私は、在特会に共感するところはありますが会員にはなっておりません。当然在特会のホームページのコンテンツや構成がどうなっているのかも存じませんし、それをどうにかする立場にもありません。

ですので弊ブログで在特会に関する質問をするのがお門違いなのは当然として、「じゃあ在特会に質問したかったらどうすりゃ良いんだよ!!」と言われても、こちらで確かなご案内を差し上げることは出来ません。

ただ、在特会のホームページにも問い合わせ用のメールアドレスやメールフォームぐらいはあるでしょうし、確か在特会会長の桜井氏はツイッターのアカウントをお持ちです。更にブログも書いておられます。ですので在特会に関する質問は、そちらにされるのが最も適切だと思います。

尚、今回の質問に限りませんが、純粋に疑問を解消したいというお考えでの質問であるならば、コメント欄に書き込むのではなく、月見チャットにお越しになって質問するのが最も手っ取り早いと思います。

月見チャットでは、過去に「朝鮮人のような真似」をする連中が、無作法と無礼と暴言を働いて晒し者になった例が三つほどあるためか、月見チャットで不用意に発言すると、私や常連参加者から頭ごなしに怒られたり、晒し者にされるんじゃないかと思ってる方が多いような気がしなくもありません。

が、日本の社会人として通用する程度の、普通の礼儀と常識を備えていれば、まず怒られたり晒されるようなことはありませんので、どうぞ安心してお越しください。

在特会がどのような意図で新大久保でデモを行なうのかについては、在特会に直接確認したことがありませんので断言いたしかねますが、個人的に「何故嫌韓デモが新大久保で行なわれるのか」ということについては、「在特会の主張の周知に最も効果的な場所が新大久保だからだろう」と思っております。

実際あまりにも効果が有り過ぎて、新大久保でデモをされては困る連中がなりふり構わずあの手この手で新大久保でのデモを妨害しているぐらいですから、大成功と言って良いのではないかと思っておりますw

在特会を始めとする「行動する保守」のデモや活動によって韓国に関する周知活動が奏功しているのは実に良いことだと思いますが、やはりまだ日韓に関する基本的な知識に欠ける日本人の方が多いようで、そういう日本人が有田芳生と不快な仲間たちや反日日本マスコミの印象操作のターゲットになっているような気がする今日この頃です。

例えば、「何故韓国人はあんなにも日本を憎んでいるのか」ということについて、「かつて日本が武力で韓国を蹂躙したからだ」と思っているのは、韓国人だけではなく日本人にも結構いるらしいのです。

そういう日本人に、「日本が韓国に武力侵攻したというのは、いつのどういう話か」と聞けば、たいていの人がしばらく目を泳がせて、「白村江?」とか「秀吉?」などと言います。中には「第二次世界大戦?」と言う人もいるようです(ちなみに第二次世界大戦中の韓国(朝鮮)は、日本です)。

戦後日本の教育では、歴史の授業で愛国心を涵養することはまずありません。そのためか、ひたすら年代と人物と出来事を丸暗記するのが歴史という教科だと無意識に思ってる日本人は多いのではないでしょうか。別に歴史の授業で愛国心を涵養しなければならないとまでは思いませんが、あえて愛国心の発露を妨げるような教え方も、正しいとは思えません。

おまけに日本では、近現代史が大変に疎かです。江戸時代までは大変熱心にやるのですが、明治に入る頃には学年末が近付き、大正などはほとんどスルーに近く、昭和以後はバタバタッと年表を覚えるばかりです。

ちょうどその近現代史の部分で、現在の日本と韓国(≒朝鮮)との確執の一因を見ることが出来るのですが、戦後日本の学校教育ではその部分を極めて端折って教えているために、韓国人が日本を憎む理由についても、その欺瞞性についても、全くわからない日本人が多いのです。

まず近現代において、日本と韓国は一度も戦争をしたことがありません。しかし過去記事でご紹介したことがあるように、日本が韓国(朝鮮)に武力侵攻したという強烈なイメージが、今の韓国人にはあります。

近現代史に疎い日本人は、韓国人のこのイメージに引きずられる例が少なくありませんが、実は韓国人のこのイメージは、概ね朝鮮戦争のイメージだったりします。

それは、先だってフランス遠征した「いわゆる従軍慰安婦」婆さんがぽろりと「朝鮮戦争当時 日本軍に無惨に踏みにじられて悔しい思いをさせられた」と言ってしまっており、それをウリナラチラシが、何の疑問もなく記事にしてしまっていることからも、まず間違いないでしょう。

韓国人がそうやって歴史をビビンバにするのは、彼らが日本を憎む理由が、歴史的事実に根ざすものではないという証左でもあります。ぶっちゃけ韓国人は、歴史などどうでも良いのです。とにかく日本が悪いと言い、日本を憎むことを正当化出来るのであれば、それが嘘でも虚構でも構わないのです。

そういう韓国人のマインドに日本人が引きずられるのが、日韓間の歴史問題における齟齬や混乱の要因のひとつであるのは確実です。ですから、日韓の近現代史をきちんと把握し、理解していれば、それだけで韓国人の言いがかりの多くは簡単に論破出来るのです。

例えば、日本が何故日清戦争を行なったのかということを知らない日本人は珍しくないようです。漠然と「中国を侵略するためだったんじゃないの?」と思ってる人が、多分圧倒多数ではないかと思います。

日本が何のために清と戦ったのかは、日清戦争の講和条約である下関条約の第一条に明記されておりますが、日清戦争が何故起きたのか、何のために日本は清と戦ったのかを知らなければ、その十年後に何故日露戦争が起きたのか、何のために日本はロシアと戦ったのかもわかりません。

余談ですが故司馬遼太郎氏の「坂の上の雲」では、その辺りは意図的にぼかされていたようです。もっとも司馬遼太郎氏自身は執筆のための資料を繰る内に否応もなく事情を熟知することになったようで、その後何度も「日韓併合は算盤に合わぬことだった」という類の発言をしていたと記憶します。

さておき日露戦争の経緯を知らなければ、何故その後日本が朝鮮を併合するに至ったのかも、まるで意味がわかりません。

歴史は、起きた出来事の断片が集まったものではなく、時間を縦糸に、数多くの人々の生涯の軌跡を横糸に織られた織物であり、一瞬も途切れず連綿と続く壮大な流れなのです。その流れを無視し、断片を寄せ集め、好き勝手に組み立てて新たな物語を作ることは、虚構の創作以外では許されません。

この「流れを無視し、断片を寄せ集め、好き勝手に組み立てて新しい物語を作る」というのがまさに韓国における歴史であり、日本人をその虚構の歴史観に引きずり込むことが、韓国人の対日工作のひとつなのです。

韓国人自身が発した「歴史を忘却した民族に未来はない」という言葉は、そのまま韓国人へのブーメランになっておりますが、日本人もそれを嗤っている場合ではありません。

図書館や本屋を回らなければ情報や資料が得られなかった昔と違い、今はネットを使って居ながらにしてかなりの情報や資料を見る事が出来ます。韓国人の対日工作に対抗するためにも、まずは今一度、日本の近現代史を紐解いてご覧になってはいかがでしょうか。



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嫌韓デモで日本の品格が貶められることはない

今月22日、靖国神社に放火しようとした韓国人が逮捕された件は、ネットで情報を得ている人なら知らない人はいないでしょう。21日に来日し、22日の夜に犯行に及んでいるのですから、最初から犯罪目的での来日なのは疑う余地がありません。

売春や不法滞在といった犯罪目的で入国する韓国人も多いのですが、放火は重大犯罪です。また放火の未遂及び予備も罪に問われます。こういう重大犯罪を目的とした韓国人を安易に入国させてしまう日本の入国管理体制を、速やかに見直す必要があります。まずは韓国人の来日短期滞在査証免除を、直ちに廃止するべきでしょう。

ところで図ったのか偶然かは定かではありませんが、この日は丁度しばき隊のデモが行なわれた日でもありました。「行動する保守」の嫌韓デモに対して、有田芳生と愉快な仲間たちはヘイトスピーチだの反レイシストだのと、何とかの一つ覚えで喚き散らしております。更に日本の大手マスコミが、ほとんどと言って良いほどそれに同調しています。その中には、【「行動する保守」の嫌韓デモは、日本の品格を貶める】などという主張も聞こえてきます。

かつて嫌韓デモのシュプレヒコールに聞き苦しいものがあったことは、確かにありました。しかしそれを勘定に入れても、本当に嫌韓デモは日本の品格を貶めているでしょうか。

日本について、有名なエスニックジョークがあります。世界の日本人ジョーク集 (中公新書ラクレ)に載っているもので、某巨大匿名掲示板でも改変されたものがコピペされているので、ご存知の方も多いでしょう。各国首脳が、日本を怒らせるにはどうすれば良いかを話し合うというものです。
日本を怒らせる方法

 各国の政治家が集まって「どうしたら日本を怒らせることができるか」について話しあった。

中国の政治家が言った。
「我が国は潜水艦で日本の領海を侵犯した。それでも日本は潜水艦を攻撃してこなかった」

韓国の政治家が言った。
「我が国は竹島を占領した。それでも日本は攻撃してこない」

ロシアの政治家が言った。
「我が国はもう長きにわたって北方の島々を占拠している。それでも日本は攻撃してこない」

それらの話を黙って聞いていた北朝鮮の政治家が、笑いながら言った。
「そんなこと簡単ですよ。我々が核兵器を日本に使いましょう。そうすれば、さすがの日本も怒るでしょう」

すると、アメリカの政治家が首を横に振りながらこう言った。
「無駄だね。それ、もうやったもの」
このジョークが実際に海外で言われているものかどうかは知りませんが、日本がなかなか怒らないのは事実でしょう。

そういえば嘘か本当かは知りませんが、英国の首相だったチャーチルの述懐として、以下のような話も流布されています。
日本人は無理な要求をしても怒らず、反論もしない。笑みを浮かべて要求を呑んでくれる。しかし、これでは困る。反論する相手をねじ伏せてこそ政治家としての点数があがるのに、それができない。それでもう一度無理難題を要求すると、またこれも呑んでくれる。すると議会は、いままで以上の要求をしろという。

無理を承知で要求してみると、今度は笑みを浮かべていた日本人がまったく別人の顔になって、「これほどこちらが譲歩しているのに、そんなことをいうとは、あなたは話のわからない人だ。ここに至っては、刺し違えるしかない」と言って突っかかってくる。

英国はその後マレー半島沖合いで戦艦プリンスオブウェールズとレパルスを日本軍に撃沈され、シンガポールを失った。日本にこれほどの力があったなら、もっと早く発言して欲しかった。日本人は外交を知らない。

国家規模ではなく、個人規模でも似たような話があります。海外旅行先で嫌な思いをした日本人は、その場で苦情を言うことはほとんどありませんが、帰ってから(つまり現地人からすれば忘れた頃に)その体験をブログに書くとか、あるいは何も言わないが二度と来なくなるという話です。

日本人は、怒る時は基本的にはひっそりと怒ることが多いのです。それは、その場の感情にとらわれ、我を失うことを「はしたない」「みっともない」と考える伝統が日本にあるからでしょう。

事実、嫌韓デモに対して有田芳生と愉快な仲間たちや大手マスコミが攻撃するのは、まさにそこなのです。「何故韓国を嫌うのか」「何故韓国に対して憤るのか」という肝心の点は全く置き去りにして、「みっともない」とか「かっこわるい」とか「日本の品格を貶める」ということばかりを強調しています。

しかし国際標準で見れば、日本の嫌韓デモなどまだまだおとなしいものです。

韓国人は、感情をそのままほとばしらせることを「人間らしい(=良いことだ)」と考えています。ですから韓国の反日デモは、日本の比ではありません。

先だっての記事で取り上げた「韓国人大学生K君からの手紙」では、「韓国で日本の嫌韓デモのように、堂々と「日本殺せ」「日本滅びろ」といったようなデモはほとんどありません。特定の日、すなわち8.15光復節の日にパフォーマンス的に行うものはありますが、一般的にマスメディアや左派団体が扇動している場合を除いて、一般の韓国国民が自ら立ち上がり反日デモをすることはないと見て良いです。」とありましたが、これは大嘘です。韓国人は反日デモに限らず、日常的に「倭奴を殺せ」とか「日本沈没しろ」と言ってます。

そもそも日本の嫌韓デモにおいて「韓国人をぶっ殺せ」という類のシュプレヒコールを叫んだ例は、極めて少ないのです。何故なら、たちまちそういう部分だけが取り上げられて、集中攻撃を浴びたからです。

有田芳生と愉快な仲間たちや日本の大手マスコミは、その部分だけを執拗に何度も何度も取り上げて、更に有田芳生に至っては国会で嘘の質問をして、まるで「行動する保守」のデモでは、そういう類のシュプレヒコールばかりが叫ばれているかのように印象操作していますが、一度でも「行動する保守」のデモの全貌を見たことがあれば、嫌韓デモにおけるシュプレヒコールが「それだけ」や「それがメイン」ではないことがわかるはずです。

もっとも有田芳生と愉快な仲間たちは、「チョッパリはウリを非難してはならない(が、ウリはチョッパリを非難しても良い)」と言い切って憚らない生き物なので、それが嫌韓デモであるというだけで何を言っても、あるいは何も言わなくても、嘘をついてでも貶めようとするでしょうけれど。

そうやって「日本人の美徳」に付け込むのが韓国人の工作における常套手段なのです。しかしそれにも限界があります。日本人は怒らないわけではありませんし、日本人が怒る時は、もう一歩も譲れないというところまで踏み込まれた時です。

すなわち、日本において嫌韓デモが行われるようになったのは、もはや一歩も譲れないと考える日本人が出てきた証拠なのです。

日本で嫌韓デモが行なわれるのを見れば、外国人が「日本は排外主義になったのか」と眉を顰めるのではないかと心配する日本人は多いかもしれません。その心配を恃んでの、有田芳生と愉快な仲間たちや、日本大手マスコミの言動でありましょう。

ですが私は、日本の嫌韓デモを見た外国人が、「日本は排外主義になったのか」などと短絡的に断定することはないと楽観しています。

韓国は、まず世界ではあまり知られていません。そもそも日本でさえ、名前は知っていても地球上のどこにあるのかまでは知らない外国人が珍しくないと聞きます。そこへもってきて韓国は、常に日本に付きまとい、日本の真似をしたり、甚だしくは意図的に日本と韓国を混同させようとしています。

韓国が韓国として自らをアピールすることが少ない上に、何かにつけ日本に擬態するのですから、外国人に知られないのは当たり前です。はっきり言って北朝鮮の方が韓国などより、よほど有名です(悪名ですが)。しかも韓国人を実際に知る人々には、韓国人は共存し難い生き物であることが知られています。

そういう条件の下で「日本で嫌韓デモが盛んに行なわれている」という話を聞いた外国人が、「日本は排外主義になったのか」などと短絡的に考えるとは全く思えません。多くは、「ふーん」と思うぐらいで基本的には無関心でしょうし、いくらか極東アジアに関心がある外国人ならば「韓国人はとうとうあのおとなしくてやさしくて親切な日本人まで怒らせたのか」と思う可能性の方が高いのではないでしょうか。

憤りを露わにするのはみっともない、というのが通用するのは、双方が日本人的美徳を備えている場合に限られます。怒る時ははっきりと怒るのが、国際標準なのです。

日本人が何に怒っているのか、何故怒っているのかを内外に向けて明確に示すためにも、それによって韓国に関する事実を流布するためにも、嫌韓デモは大いに行なわれるべきだと私は考えています。



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朽木糞牆

前回記事の「韓国人大学生K君からのメール」というものに対する日本人の食いつきの良さというのは、目を瞠るものがありました。

親韓であれ嫌韓であれ、日本人の書いた韓国人像というものは、所詮日本人というフィルターを通したものになります。よって、そこには何らかの恣意が混ざる可能性は低くありません。親韓日本人の語る韓国人像が本当なのか、それとも嫌韓日本人の語る韓国人像が真実なのか、親韓でも嫌韓でもない日本人にはなかなか判断がつきません。

弊ブログでは、出来るだけ誠実に韓国人像をお伝えするように努めておりますが、「公正でありたい」と考える日本人は一般的ですから、出来るだけフィルターの掛かっていない韓国人の意見を見たいと考える日本人は多いのでしょう。

「先入観のない状態で韓国人を見たい」と考える日本人は一般的ですが、実はそこが韓国人の付け入る隙になっていたりします。つまり「先入観のない状態」で韓国人を見れば、彼らの「薄くて浅くて上っ面」に簡単に騙されるのです。ですから、韓国人を知るにあたっては、最低限事前に知っておくべき彼らの意識や習性というものがあると私は考えております。

日本人が知っておくべき韓国人の意識というものはたくさんあります。「日本人は韓国人を嫌ってはならない(が、韓国人は日本人を嫌っても良い)」というのも、そのひとつです。この意識の根底には、彼らの歴史観に根ざした日本人観があります。

彼らの歴史観とは、言うまでもなく「史実」に基づくものではありません。いわゆる「頑張った史観」や「あるべき史観」と言われるものです。

彼らの歴史観によれば、日本人は愚昧なくせに狡猾で残虐無法な野蛮人、あるいは野獣というイメージになります。実際、日韓チャットでも、日本人と初めて話すという韓国人から「なんだか怖いですね」と言われることが時々あったように、日本人と接したことがない韓国人は、日本人に対しそのような先入観を持っていることが多いのでしょう。

誰でも矛盾する意識や感情を持つのはよくあることですが、韓国人にはその傾向が強いように思えます。殊に日本に対しては、それが顕著に見えます。

彼らが反日であることは疑う余地がありませんが、同時に彼らは著しい親日でもあるのです。あるいは、彼らの侮日はおそらく世界一(これは韓国人自身も、そう分析しています)ですが、同時に日本に強く憧れたり、酷く恐れたり、日本から学ぶべきと考えてもいます。

こうして見ると、日本という存在は韓国人にとっては、まことにもどかしい存在なのでしょう。日本を馬鹿にしたくてしたくてたまらないのに、羨ましくてなりません。日本の侵略に怯えているくせに、日本と断絶することにも怯えているのです。

それらを合理化するのが、前述した「日本は韓国を嫌ってはならない」という意識なのではないでしょうか。

日本は韓国に文化を伝えてもらった、いわば教え子であると韓国人は考えています。にも関わらず、日本はかつての教師であった韓国を傷つけ踏みにじった罪過を持っています。即ち、日本は韓国に負い目があるのだから、日本に韓国を嫌う権利などないというわけで、これは朴槿惠韓国大統領の「千年恨」発言の所以でもあります。

これを韓国人はおそらく「反日」とは考えていません。被害者が加害者に恨みを抱くのは人情として当然のことであり、加害者は被害者が許しを与えるまで頭を下げ続けなければならず、もし加害者が被害者からの許しが得られれば、今度は被害者に許しを戴いたことに対する感謝を忘れず、やはり頭を下げ続けるのが当然なのです。当然のことなのですから、韓国人的には「韓国は反日ではない」という主張になるのでしょう。

にも関わらず、日本が韓国に平身低頭しないことが韓国人にとっては苛立たしくてしかたがありません。韓国に対する経済的技術的支援も、本来であれば日本が贖罪の一環として、日本側から韓国に頭を下げて申し出るのが筋だと韓国人は考えているはずです。

かつての日本は、韓国のそういう意識に迎合してやれば日韓関係が円滑にいくと考え、実際迎合してきましたし、その場限りで見れば、それで上手くいっていた部分はあるでしょう。今も、親韓日本人の中にはそう考えている人がきっといるはずです。

しかし長期的に見れば、それは問題の先送りでしかありませんでした。日韓国交正常化後70年近くもの間に蓄積された問題は、ただ先送りされたばかりではありません。例えば竹島問題などは、蓄積されることで化石化し、尋常な手段ではもはや解決が望めないほどです。

今、ようやく日本人はその問題の重大さに気づき始めました。既に遅きに失してはおりますが、だからと言って更にこれを放置すれば、問題の化石化は尚一層進むでしょう。仮に明日朝一番で手を打っても、効果が現れるには年単位の時間が必要なのです。もはや一刻の猶予もないと言っても過言ではありません。

そのためには、日韓関係を一度リセットするのが最善です。今のままでは、永遠に韓国人の意識は変わりません。間違ったスタート地点から始めて、正しいゴールに辿り着くには、幸運な偶然を期待する以外にありませんが、既に幸運な偶然を待つだけの時間は使い果たしています。

腐った土台の上に建物を建てるべきではありません。まず一度、腐った土台を取り除き、正しい土台を作ることが必要なのです。日韓関係における「腐った土台」が、単に韓国人の歪んだ歴史観に基づく意識であると言うならば、それが正されてから、改めて日韓関係の構築に取り掛かるのが、正しい日韓関係への唯一の道でしょう。

もっとも腐ってるのが単に韓国人の意識ではなく、韓国人そのものという可能性も大いにありますが、その場合は、「腐った土台の上に建物を建てるべきではない」という原則を貫けば良いだけの話です。



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少なくとも40年前からある対日工作手法

今日は中秋の名月です。私の住む大阪は雲ひとつない晴天に恵まれ、足元にくっきりとした影が出来るほど煌々とした月の光が、秋の夜を照らしています。

韓国では、この時期を秋夕と呼び、旧正月と並んで一族が宗家に集まる最大の機会となっております。一族が宗家に集まる機会には、一族の年長者が一族の若年者に説教をするのは世界共通の話だと思いますが、韓国では最近その説教にかっとなって衝動的に凶悪犯罪に走ってしまう者が増えているのだとか。

一族の年長者と言えば、韓国では無条件で絶対的な尊敬の対象とされるのですが、そういう相手にさえ殺人に至るような行為を衝動的にしてしまうですから、赤の他人ならば尚更、ましてや相手が日本人だったら、何の躊躇も迷いもなくやらかすようになるんじゃないでしょうか。

そう言えば先だって、韓国を旅行したアメリカ人が韓国人に道を尋ねたら、何故か逆上されてフルボッコにされたという動画が出回っておりました。韓国人はあれを「ネタ動画だ」と必死で言い繕っていましたが、半万歩譲ってネタだとしても、洒落になってないのは確かだと思います。

何にせよ韓国人はかっとしたら殺人に至る暴力も躊躇せずやる生き物ということだけは、間違いないでしょう。

さて、話は変わりますがカイカイ反応通信という、韓国のイルベというネット掲示板を翻訳したものをまとめているブログがあります。韓国側も、イルベのスレッドや書き込みがカイカイ反応通信に転載されることを知っており、日本人に見られることを意識したスレッドや書き込みも少なくないようです。

私も時々見ており、翻訳元のアドレスをきちんと掲載している点は誠実だと思いますが、取り上げたスレッドの全てのコメントを翻訳しているわけではないという姿勢に、多少の違和感を覚えなくもありません。

韓国の掲示板と言っても、日韓チャットや日韓翻訳掲示板で見られたものと内容や展開にそれほど大差はなく、掲げられる情報もさほど目新しくはありません。ただ韓国人が相変わらずであることを確認するための役には立っています。

先日そのカイカイ反応通信に、韓国人の大学生からのメールが掲載されました。曰く、韓国からはカイカイ反応通信にコメント出来ないから、メールで韓国人の意見を送ったのだそうです。どれほどイルベの韓国人がカイカイ反応通信を、ただ知っているだけではなく、よく見ているかを示していると思います。

さておきそのメールの内容は、「日本人の誤解を解きたい」というものでした。日本人が何を誤解しているのかと言えば、「韓国人は反日だ」ということのようです。

つまりカイカイ反応通信にメールを送ってきた韓国人大学生が言いたいことは、「韓国は反日ではない」ということなのです。

弊ブログでは、そのメールの内容についていちいちあげつらうつもりはありません。韓国人による「韓国は反日ではない」という弁解の欺瞞性は既に弊ブログで一度ならず言及していますし、そもそも他所様のブログ宛のメールですから、それに横レスするつもりはありません。

ただ、「韓国人からのメール」という手法については、注意喚起を促したいと思います。

この手法は、何もインターネットの普及した最近になって始まったものではありません。私が知る限りでは、1970年代の「韓国からの通信」というものがその走りだと思います。

ネットが普及してからは、某巨大匿名掲示板に時々「韓国人だけど質問ある?」とか「韓国からの留学生だけど質問ある?」というスレッドが立ったり、弊ブログのコメント欄にも、稀にですが本国韓国人からのコメントが書き込まれたりしております。

それらは、ただ読むだけなら理性的で客観的な意見に見えます。日本人が試すように「竹島はどこの領土?」と聞いても、すぐさま「日本の領土だと思う」と答え、「対馬の仏像返せ」と言えば「自分を始め、返すべきと思っている韓国人は多い」と答えて見せます。そういう受け答えを見ていると、一見対話可能な相手に思えてしまうでしょう。

事実、それらを読んだ日本人の数人に一人は、「あなたのような理性的で客観的な韓国人がいることがわかって、今後の日韓関係に希望が持てた」というような感想を持ちます。

あるいは、その韓国人に厳しいコメントを返す日本人を見て、「こんなまともな韓国人に酷いことを言う日本人がいて恥ずかしい」というようなことを言う日本人も少なくありません。

それこそが、その韓国人の思う壺であることにも気づかずに。

それが意識的であれ無意識的であれ、彼らの狙いは、韓国人は反日だと知っている日本人ではないのです。韓国人は反日だと信じたくない日本人なのです。そういう日本人を一人でも増やすために、彼らは日本人が見るメディアを狙い打って意見を送るのです。

例えば、WANKなんかもそうです。安田浩一氏の取材に対し、彼らが答えた言葉だけを聞けば、何も知らない人なら彼らを「理性的でフレンドリーな団体」と思うでしょう。ですが彼らが実際にどういうことをしているのかを知っていれば、彼らの答えが欺瞞に満ちていることがわかるはずです。

元はと言えば日韓チャットも日韓翻訳掲示板も、そういう目的の下、すなわち「日本人を騙す」ために作られたものだったのでしょう。彼らの思惑が外れたのは、容易に騙せる日本人よりも、逆に韓国人に事実を流布する日本人の方が強力だったことです。

日韓チャットにも、理性的で客観的な韓国人を装う韓国人は、佃煮にするほどいました。ですがそれらが本当に理性的で客観的な韓国人であったためしは、限りなくゼロに近かったのです。

極めて厳密に言えば、ゼロではないと言うことは出来ます。理性的で客観的な韓国人も、ごく短期的には存在し得るからです。ただし、その寿命は長くありません。たいていが年を重ねるに従い、普通の韓国人になっていくのです。仮に歳を重ねて尚理性的で客観的なままにいられたとしても、その韓国人がそれを韓国で公言することは出来ません。何故なら、彼らは韓国社会に生きざるを得ないからです。

つまり、仮に理性的で客観的な韓国人が存在し得たとしても、その韓国人は頭の中身は理性的で客観的なまま、言うことやることは普通の韓国人として韓国で生きていくことになります。ただでさえストレスの多い韓国社会で、更にそんな複雑でストレスの溜まることを一生続けられる韓国人など、存在しないでしょう。

半億分の一、それが出来る韓国人がいたとして、その韓国人が韓国社会にいったいどんな影響が与えられるでしょうか。頭の中だけでどんなに韓国の反日を批判しても、言うことやることが韓国の反日を助長するものであれば、何の意味もありません。そんなのが仮にいても、日本から見れば居ないのと全く同じです。

そういうのをピックアップして、「韓国にはこういう韓国人がいるから、韓国は反日ではない」と日本人に信じ込ませることに、どういう意味があるのでしょうか。やってる当人にその意図があろうとなかろうと、日本人の立場で言えばそれは立派な対日工作に他ならないのです。

日本人が知るべきは、韓国人の主張や弁解などではありません。韓国人の主張や弁解こそが、韓国人の対日工作なのだということを、日本人は知るべきです。



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韓国と同じ愚を犯すな

今月初旬頃に、韓国の東亜日報に「この頃の日本、その不都合な真実」と題するコラムが掲載されました(日本語訳はこちらをご参照ください)。

室谷克美氏の「悪韓論」では、「東亜日報は、落ち着いた記事が多い。社内外の論客が執筆する「オピニオン」欄には、時として鋭い視線が光る。しかし、その社説は無事安逸型、つまり綺麗事が目立つ」と評されています。

今回引き合いに出したコラムが、その評のどれに該当するのかは何とも言えませんが、韓国人の習性を無意識のうちに暴露しているコラムであるとは言えるでしょう。

韓国は常に、自分が思ったところに的があると信じて矢を放ちます。韓国が思ったところと的があるところが一致すれば、矢が当たることもあるでしょう。しかしそうでない場合、矢が当たらないのは当たり前です。

矢が当たらない場合、「自分の狙いが悪いのではないか」とか、「矢や弓の調整が間違ってはいないか」と考えるのが普通ではないかと思いますが、韓国人は違います。韓国人は、矢が当たらない理由を的に求めるのです。

つまり韓国人は自分が狙ったところ、もっと極端に言えば自分が放った矢が到達するところに、的の中心があるべきだと考えています。自分が狙って的を射抜くのではなく、的が矢に中心を射抜かれるところにあるべきだと考えているのです。

だから矢が的に当たらなくても、狂ったように「自分が的があると思うところ」に向かって矢を射続けます。これは、韓国のやることなすことほとんどのことに当てはまることだと言えるでしょう。

日本には、的がどこにあるかを見定めようとする姿勢がありますが、韓国側にそういう姿勢は全くありません。そういう相手と何かを共同で行なっても、得られるものがほとんどないことは、2002年のワールドカップで証明されています。

にも関わらず、日本側は相変わらず韓国が擦り寄ってくるのを振り払えません。2020年の東京オリンピック開催決定を受けて、JOCの竹田会長が韓国との協力に合意したという報道がありました。

それが日本の韓国に対する経済的物理的援助を意味するわけではないといくら日本側が言ったとしても、韓国が考える「的」はそこです。彼らは必ずそこへ向けて矢を放ち、当たらなければそこに的がないのが悪いと盛大に火病るでしょう。

2001年に今上陛下が「韓国とのゆかりを感じています」と仰ったことを韓国がどのように解釈したかを知っていれば、彼らにリップサービスや社交辞令が通じないことは理解出来ると思うのですが、かと言って国際親善を担う立場の方々に、韓国が擦り寄ってきても構わず振り払えと言うのも酷な話ではあります。

まことに韓国は接触があるだけで、日本の国益を損なう国と言えるでしょう。

韓国が正しい位置にある的、即ち「不都合な真実」を見ようとしないのは韓国の勝手です。それで韓国が損をしようと、国を滅ぼすことになろうと、韓国が望んだわけではなくとも、自ら選んだ結果です。それに日本が付き合わねばならない理由など、全くありません。

日本が韓国と友好的であろうとするのは、それが日本の国益に利すると考えられていたからです。たとえ韓国における反日気運が濃厚であろうとも、いざという時には韓国が日本とのパートナーシップを第一とまでは行かずとも、念頭に置いて行動するのであれば、まだ韓国と手を結ぶ理由はあるかもしれません。

しかし現実を見てみればどうでしょうか。韓国は常に日本の国益を損なうことを重視していることは、あらゆる点で明白です。日本が最大限に譲歩するとして、韓国が韓国の国益を常に第一に考えて行動するならば、それに合わせて日本が韓国と手を携えることに意味を見出すことは出来るかもしれませんが、昨今はそれさえ危ういのです。何しろ昨今の韓国は、結果的将来的に韓国の国益を損なうことになろうとも、日本の国益を害することを最優先する傾向がチラホラするのです。

前回記事でもご紹介したとおり、韓国の反日は、親日と目する人を殺すことさえ是とするほどに、病膏肓です。それは治す気があれば治せる病なのかと問われれば否定的な答えしか思いつきませんが、そもそも韓国自身に反日という病を治す気がありません。治す気があっても治るかどうか怪しいのに、治す気がないのですから、韓国の病は重症化することはあっても治癒することはないでしょう。

韓国と結ぶことが日本の国益になるという意見は、「韓国がまともな国である」という前提が必要不可欠です。「まともな国」という表現が曖昧で分かりづらければ、「理を解する国」と言い換えても良いでしょう。韓国は理を解さず、気で動く国なのです。

間違った前提に基づいた計画が、望む結果につながることはありません。それはまさしく、韓国がしている「正しい位置にある的」ではなく「自分が望む位置にある的」に向かってひたすら矢を射る愚と同じです。千年射続けても、億万本の矢を費やしても、矢が的の中心を射抜くことはないでしょう。

その韓国の愚に付き合って、日本が同じ愚を犯すことに何の意味があるのでしょうか。それにもし意味があるとすれば、韓国の望み、すなわち日本の国益を損なうという彼らの切望を叶えること以外に、私には思いつきません。



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日帝時代を知らない韓国人の反日

先日、韓国で日本統治を体験した95歳の老人が、38歳の男性に殴り殺されるという事件が報じられました。亡くなられたご老人については、苦しい時代を生き抜いて、いよいよ大往生を迎えるはずだったのに、孫のような年の男に殴り殺される最期を迎えることになるとは、まことに気の毒なことだと思います。

韓国では、日帝時代を知ってる世代は反日だが、そうでない若い世代は全く反日なんかではない、と主張する韓国人は非常に多く、日韓チャットでも10代から20代辺りの韓国人は、ほとんどがそう言い張っていました。

彼らがそう思っているのは、日帝統治を知識としてしか知らない自分たちでさえ日本に対してこれほどの怒りと恨を持つのだから、日帝統治を実際に体験した人たちは、尚一層の怒りと恨を抱いていないはずがないという考えているからでしょう。

もちろん、韓国の老人側にも問題がないわけではないでしょう。「わしの若い頃は大変だった」とか「若い頃は苦労した」と言いたがる老人は、日本でも珍しくありません。それは別に韓国に限ったことではなく、また老人に限った話でもありません。世界中ではるか昔から言われている「今どきの若いものは」のバリエーションのひとつなのですが、韓国の場合そこに日本を絡ませるために、話がややこしくなるのです。

例えば、とあるマンガに載っていた話ですが、日本に出稼ぎに来ている若い反日韓国人青年が、自分の祖父の話をしておりました。

その韓国人青年の祖父は、日帝時代に戦闘機の設計をしていたと自慢していたといいます。その名残か、祖父の家には戦闘機の模型がたくさん飾られていました。出稼ぎ韓国人青年は子供の頃、祖父の目を盗んで持ち出した模型の飛行機で遊んでいたのですが、うっかり転んで模型の飛行機を壊してしまいます。

祖父の大切な飛行機模型を壊してしまったことを泣きながら謝り、もう一度作ってと頼む孫に、祖父は苦笑しながら言います。「おじいちゃんは、もう作れないのだよ」と。その韓国人青年の祖父には、両腕がなかったのです。

日帝時代に青年期を過ごした祖父は、戦争が激しくなってくると勤労動員に駆り出され、睡眠時間を削っての軍需工場勤務を強いられます。お国のためとがんばって作業に勤しみますが、ある時睡魔に負けて作業中にうとうとした弾みに、部品を落としてしまいます。あわてて落ちた部品を拾おうとした時、丁度そこを通りかかった日本人と思しき軍人のブーツに、油まみれの自分の手を擦り付けてしまうのです。

日本軍人さまのブーツを汚した非礼を詫びようと顔を上げた若き日の祖父が見たのは、すらりとサーベルを抜き放つ日本軍人の冷酷な顔でした。祖父に腕がないのは、そのためだったのです。

この話は、そのマンガの作者の純粋な創作ではなく、作者が日本にいる韓国人に取材して聞いた話を参考にしたものだと、作者の方から直接伺ったことがあります。このエピソードのおかげで、親韓からも嫌韓からもブーイングを浴びたそうですw

私はといえば、そのエピソードを読んだ時、ああ、これは本当だろうなと思いました。本当と思ったのは、祖父のエピソードではありません。出稼ぎ韓国人青年のエピソードの方です。

祖父のエピソードの方は、突っ込むのも面倒なぐらい齟齬が多過ぎて全く信ずるに足りません。エピソード内の出稼ぎ韓国人青年すら、祖父が日本の戦闘機の設計をしていたのはホラだと思うと言ってたぐらいです。なのに「日本の軍人が祖父の両腕を叩き切った」という話なら、どんなに不自然でも韓国人はすんなり信じてしまうのです。私はそこに、この話のリアリティを強く感じたのです。

韓国では、身体障碍者は人間扱いされません。でもそれが、日帝の被害者であれば話は別です。少なくとも、同情はしてもらえるのです。だから出稼ぎ韓国人青年の祖父は、日本人に腕を落とされたと言っていたのでしょう。自分の不注意や事故による切断であれば、同情さえしてもらえませんから。

「いわゆる従軍慰安婦」についても、これと全く同じ話です。あれほどたくさんいても、韓国では売春婦は被差別対象です。たとえ性労働者と言い繕っても、デモで声を枯らして売春させろと叫んだり、パンツ一丁で大路を駆けても、彼女たちが素顔を徹底して隠していたのを見ればお分かりいただけるでしょう。

しかし売春婦も、「日帝被害者」ならば話は別なのです。ただの「元売春婦」では、誰も手さえ握ってはくれませんが、「いわゆる従軍慰安婦」ならば、裏では普通の元売春婦同様に蔑まれてはいても、表立っては同情してもらえ、抱き合って泣いてくれることさえあるのです。その温もりを知った元売春婦の老婆たちにとっては、「いわゆる従軍慰安婦」の真実が明らかにされることは、死ぬよりつらいことに違いありません。だからこそ彼女たちは、事実も理屈も抜きにして、死ぬまで自分たちが日帝被害者であることを主張し続けないわけにはいかないのです。

韓国も核家族化が進み、老人はどうしても孤独になりがちです。昔はそれでも、老人は老人であるだけで敬われなければならないという儒教的社会圧がありましたが、今はそれさえも危ういのです。

韓国人の妙なところは、「儒教にとらわれない」と言いながら、わざわざ儒教的道徳に背くようなことを、見せ付けるようにすることがあるところでしょう。「あえて儒教的道徳に背く行為をする」ことこそが、儒教にとらわれている証拠なのですが、彼らには理解出来ません。最近の若い韓国人の老人虐待も、ある意味韓国における儒教の反作用という部分があるのかもしれません。

いずれにせよ、90代の老人など、突っ転ばせるだけでも致命傷になりかねないのに、30代の男が杖で殴打すれば、命に別状ないわけがなく、未必の故意がなかったとは決して言えますまい。

ウリナラチラシの報道によると、犯人は泥酔していて心神耗弱の状態にあったと主張し、情状酌量を求めたそうですが、裁判所は日帝に対する賞賛を聞いて逆上する程度には状況判断力があったと判断し、懲役5年の実刑を宣告したといいます。故意に人を殺してわずか5年の刑で済むとは、韓国における反日愛国の威力は凄まじいものがあります。ある意味、日帝に対する賞賛を聞いて逆上するのは正常な判断力がある証拠であり、且つ人を殺す理由として十分なものであると韓国の裁判所が認めたということになるのではないでしょうか。

今回は、犯人が酔っていたために歯止めが利かず殺害にまで至ったのかもしれませんが、殺害まではいかずとも、傷害程度であれば、日本で報じられていないだけで実はこれまでにもよくあったことなのかもしれません。事実私にしても、ソウルの老人会館で日帝老人と談笑していると、日帝統治を知らない世代の老人がやってきて、怒鳴り散らされた経験があります。

今回の事件で明らかになったように、日帝統治を体験した韓国人の反日と、日帝統治を知らない韓国人の反日は、明らかに質が違います。「日帝統治を知る韓国人の反日」は、韓国から消えつつあるのかもしれませんが、その代わりに「日帝統治を知らない韓国人の反日」が着実に増えているのですから、日本人から見れば「反日」という意味では同じです。

それどころか「日帝統治を体験した韓国人の反日」よりも、「日帝統治を知らない韓国人の反日」の方が、日本人にとっては深刻で危険と言うことも出来るでしょう。

ちなみに今回殺された老人に対する韓国人の感想は「その老人は、日帝時代当時、親日派だったんだろ」「日本を賛美する時点で犯罪者なのだから、殺されて当然だ」というものが主だったことを、最後に付け加えておきます。



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日韓は相剋の間柄

今月8日未明、2020年夏季オリンピックの開催地が東京に決まりました。個人的には、オリンピックに特別な思い入れはありませんが、普段あまり感情を露わにしない日本人が、弾けるような笑顔で手放しに喜んでいるのを見ると、何故だかそれだけで嬉しくなってくるのですから、やはり私も日本人なのだなと思います。

もっとも、東京でオリンピックが開催されることが苦々しくてたまらない日本人も中にはいるようです。そういう連中は国籍や血統が日本人でも心は朝鮮人と思って、相手にせず打ち捨てておくのが賢明というものでしょう。

開催地決定直前まで東京のオリンピック招致妨害を盛んに行なっていた、名実共に朝鮮人である韓国人も、東京オリンピック開催決定の報を受けて、煮え湯を飲まされたような気分でいるようです。

2020年の東京オリンピック開催に嫉妬したり僻んだり嫌がらせを言ったりしたりする暇があるなら、平昌における2018年冬季オリンピック開催に全力を尽くせば良いと思うのですが、恨の朝鮮人にそういう建設的なマインドはないのでしょう。

同じオリンピックと名がついても、夏季と冬季ではやはり夏季の方に華があります。それだけでも既に差があるわけですが、更に日本と韓国では、国力に大きな差があります。韓国人がどんなに平昌での冬季オリンピックに全力を尽くしても、東京で開催される夏季オリンピックの方が盛大なものになるのは必至でしょう。

その上韓国人は、地道な努力や見えない部分に力を注ぐことが大嫌いで、「八割でパペクト」と考え、とにかくシャンパンを早く開けたがるのです。おまけに、ホスピタリティというものに極めて欠ける民族性です(と言えば、「韓国人はホスピタリティに富む」という反論を頂戴するかもしれませんが、韓国人の示す「ホスピタリティのようなもの」は、必ず彼らの独り善がりや自己顕示欲に基づくもので、決して「相手を思いやった上でもてなすこと」ではありません)。

実際、2002年の日韓共催ワールドカップにおける日本と韓国のホスト国としての評価は、真っ二つにわかれています

でも日本は日本、韓国は韓国です。韓国は、韓国に出来る最大限のことを精一杯やれば良いのです。そうすれば、日本と比べるといくらか見劣りするものになるかもしれませんが、韓国と同規模の国や、これから国力を蓄えてオリンピック開催を志す後進国から見れば、良いお手本になるかもしれません。

ですが韓国人は、自分の身の程を知るということが出来ません。いつも自分よりはるかに大きな国と張り合っては、その都度自爆し、しかもその責任を相手国に向けて恨を募らせています。殊に日本が相手の時の韓国の張り切りっぷりは、日本人としては鬱陶しい限りです。

それでも日本に敵愾心を燃やして、ただ火病っているだけなら放っておけば良いのですが、連中、自分が食えないメシには何が何でも灰を入れようとする(※韓国の諺「나 못 먹을 밥이라고 재 뿌린다(私が食えない飯には灰振りかける)」)ので、迷惑千万です。

彼らは「恨」という、「諦(ものごとをあきらかに見ること)」とは真反対の妄執を抱く生き物ですので、東京オリンピック開催決定前までしていた妨害を、今後も継続して画策するでしょう。日本政府には、韓国の妨害に万全の対策を講じておく必要があることに留意して欲しいと切に願うものです。

さて、オリンピックに限らず、何かにつけ日本に難癖付けるのは韓国人の習性のようなものです。韓国人の意識としては、「日本は絶対悪」であり「韓国は絶対正義」なのですから、日本の一挙手一投足、一言一句全てが、韓国人から見れば悪であり、正義の韓国としてはそれをたださずにはいられません。

ましてや、朴槿惠韓国大統領が「日本が加害者で韓国が被害者という歴史的立場は、千年経っても変わらない」と宣言した日韓間の歴史問題や「いわゆる従軍慰安婦」問題については、何がどう転がっても、韓国人の意識が変わることはありません。

しかし、中には真実に気づく韓国人もいます。慰安婦問題で日記を発見した安秉直ソウル大学名誉教授もその一人でしょう。

彼は「たとえ親日家と罵られても、私は真実を語る」と言ったそうですが、韓国において「親日派」と呼ばれることがどれほど悲惨で残酷なことかは、私たち日本人には想像の域を出ません。

それでも親日派を公言したり、そう目された韓国人は、ことごとく韓国に居られなくなるか、凄まじいバッシングを浴びて社会的に半死半生の目に遭い、頭を床にこすり付けて謝罪する様を公開させられる羽目になることは、ある程度韓国を知った者には常識です。

日韓の歴史問題にしても、「いわゆる従軍慰安婦」問題にしても、韓国が真実を直視し、冷静且つ客観的な考察をすることが、日本のみならず韓国にとっても良いことであるという確信はあります。ですが、「絶対悪」で「加害者」の日本人がいくら言っても、「絶対正義」で「被害者」の韓国人は聞く耳を持たないでしょう。では同胞たる韓国人が韓国人に言えばどうでしょうか。

先にも述べましたが、韓国人にも理解力のある者はいます。真実を直視し、客観的且つ冷静に考察する努力の出来る賢明な韓国人も、ごくわずかですが存在します。

そういう韓国人と知り合ったとしても、その韓国人に、「あなたが知った事実やあなたの考えを、韓国で広めてくれ」と言うことは、私には出来ません。それは、その韓国人に「死ね」と言うに等しいからです。

韓国で、韓国人が望まない真実を流布することがどれほどの苦痛と困難を伴うかを、私は知っています。その実行者は単に罵られたり謗られたりするだけではありません。最悪の場合、身体生命の危険さえあり得るのです。

佃煮にするほど居る量産型韓国人ならいざ知らず、極めて稀少な、理解力を持つ賢明な韓国人に、そんな危険を強いるわけにはいきません。

仮に、伝説の稀少韓国人によって韓国の意識改革が成功して、韓国から反日が消滅したように見える時が訪れても、日韓間には別の問題が浮上するでしょう。

例えば、日本は正しい、日本は良い、日本は素晴らしいと絶賛すると同時に、韓国は間違っている、韓国は悪い、韓国は最低だと糞味噌に罵る韓国人が絶対に出てきます。と言うか、実は既に、韓国のネット上では「イルポン(日本(일본)+ヒロポン(히로뽕)=일뽕」と呼ばれる歪んだ親日韓国人が散見されるのです。

彼らは常に他者を貶めることで自らの優位や上位を確認するのです。反日がなくなっても、別の反ホニャララが出てくるだけで、その構造自体が変わることはありません。

また、反日がなくなることで韓国や韓国人を侮蔑する韓国人が増えれば、それは新たな反日の種子として彼らの心の中に植え付けられるでしょう。と言うか、日本が統治していた時代の朝鮮が、まさにそうだったのです。

それらを鑑みれば、貴重な理解力があって賢明な韓国人を、苦痛と困難の中に飛び込ませて、どうにか韓国の反日を覆したとしても、実際には何も変わらないのです。つまりは骨折り損のくたびれ儲けになるだけなのです。

結局、日本が近づけば近づくほど、関われば関わるほど、親しもうとすればするほど、それによってどれほど韓国人が潤い豊かになろうとも、彼らは恨を募らせるほかないのです。まことに、日韓は相剋の関係と言えましょう。

誰とでも仲良く出来れば、それに越したことはないに決まっています。ですが、どうしても相容れない相手というのが残念ながら存在することは、中学生以上の年齢の方なら誰にでも心当たりがあるでしょう。日韓はまさにそういう間柄なのです。

そういう相手とは、近づけば傷つけ合うしかありません。相手と諍い、傷つけ、憎しみ合うことが望みというならば別ですが、互いに平和に安らかに穏やかに暮らしたいのであれば、双方が距離を取ることこそが最善であると、私は確信しています。



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日本との国交が韓国の反日をこじらせる

今月5日、韓国の現職国会議員が内乱陰謀罪で逮捕されました。韓国における内乱陰謀罪の適用は、1980年の光州事件以来とのことです。

月見チャットに時折訪れる常連韓国人が、従北国会議員の逮捕を受けてメシが旨いと喜んでおりましたが、それは同時に韓国内における北朝鮮工作の浸透が極めて深刻であるという証左でもあります。

ところで、韓国内における北朝鮮勢力の摘発という(彼にとっての)吉事に舞い上がったのか、その常連韓国人が不思議なことを言い出しました。韓国で言う親日とは、反共産主義のことだと言うのです。

即ち韓国の反日は、北朝鮮の反日思想に影響されたものだと主張するのです。

そんな噴飯物の主張で丸め込めるほど、月見チャットの常連は初心ではありません。ですが逆に言えば、韓国に興味も関心もない初心な日本人であれば、そういう韓国人の素っ頓狂な主張に、意外に簡単に丸め込まれるのではないだろうかと不安になりました。

何しろ日本の韓国に対する公式見解は、現在のところ「価値観を共有する重要な隣国」ですし、日本が好きだと公言する韓国人は珍しくないどころか、むしろ多いでしょう。事実、日本の文物を好む韓国人は極めて一般的です。

にも関わらず、韓国人には抜き難い反日意識があります。韓国に関心を持たないか、最近持ち始めたばかりの日本人ならば、俄に韓国人の反日に気づかないかもしれませんが、しばらく付き合う内に、彼らが無意識ににじませる反日に困惑する日本人は、案外多いのではないでしょうか。

そこへ韓国人から、「韓国の反日は北朝鮮の思想工作によるものである」と言われれば、脳天気な日本人は素直にああ、なるほどなんて思ってしまうかもしれません。

北朝鮮の対韓思想工作に反日・反米煽動が含まれているのは、一面の真実ではあります。北朝鮮としては、韓国そのものよりも、韓国をバックアップしている日本とアメリカが目障りでしかたないからです。

それは北朝鮮が、アチソン声明を受けて南進を決めたことからも明白です。日米のバックアップがなければ、北朝鮮は明日にでも韓国を手中に収められると考えているでしょう。

ですから、韓国の反米が北朝鮮の思想工作の賜物であるというのは、あながち間違いでもありません。

しかし韓国の反日は、韓国の反米と同列に論じることは出来ません。何故なら、日本に対する韓国の意識は、民族的なものと言い得るからです。

北朝鮮がハングルを用いるからと言って、韓国でハングルを用いるのは北朝鮮の文化侵略の結果であるなどと言えば、韓国人はたちまち火病発作を起こすでしょう。北朝鮮では檀君を信じているから、檀君を信じる韓国人は北朝鮮の洗脳工作に染まっていると言えば、韓国人に大いに馬鹿にされるでしょう。北朝鮮が反日であるから、韓国の反日は北朝鮮の思想工作であると言うのは、それらと同工異曲なのです。

反米思想を持たなくとも、韓国人は別に後ろめたさを感じることはないでしょうけれど、反日意識を持たない韓国人は、そこはかとない後ろめたさを抱えているはずです。もし韓国人が反日意識を持たないことを堂々公言すれば(この場合の「公言」とは、仲間(韓国人的に言うなら「ウリ」)内だけでおおっぴらに言うことではなく、社会的に表明するという意味)、韓国社会ではおそらく生活することが出来ません。日本人ですら韓国に住むならば、韓国人の反日意識に同調しないで生きていくことは困難なのです。

ですから日本と国交を結び、日本から莫大な支援を得て発展した韓国としては、当然大変に後ろめたいのです。北朝鮮にそこを突かれることは、韓国にとっては大変に痛いことなのです。

恐らく韓国人は、北朝鮮から米帝傀儡と呼ばれるよりも、親日と呼ばれることの方に強い侮辱を感じるでしょう。

故に日本と修交している限り、韓国は反日であり続けなければなりません。何故なら「日本との修交は、純粋にウリナラの利益のためだけであって、日本に利するものでは断じてない」というエクスキューズを、誰よりも彼ら自身が信じていなければ、彼らは精神の安定を維持出来ないからです。

しかもそれはエクスキューズに留まりません。日韓関係において、日本は単に自国のみならず、常に韓国のためにもなることをも考え、行なってきましたが、韓国は常に日本の足を引っ張ることを考え、行なってきました。

日本は、過去のことをあげつらう韓国の心情を慮り、常に譲歩を続けてきました。慮る余り、韓国人の心情に同化してしまう日本人まで出てくる始末です。それを、日本人も韓国人もさほど理不尽に思ってはきませんでした。

それは日本の方が国力が高かったからだということは出来るでしょう。それをノブレスオブリージュと言うのが適切かどうかに若干の迷いはありますが、少なくとも日本は韓国に譲歩することによって、日韓のWin-Winを理想として目指していたのは間違いありません。

ですが韓国は常に、日本に対し過去の債務(と彼らが考えているもの)を取り立て、あるいはその代償を求め、あるいは奪い取り、もしくは掠めることしか考えてきませんでした。恐らく今後も永遠に、それは変わらないでしょう。

日本は韓国に一方的に与え、あるいは奪い掠められるばかりで、韓国は日本と修交がある限り決して反日から脱することが出来ないというのが、現在の日韓関係の真実なのです。

こんな不毛な関係は、少なくとも日本に取っては何の利もありませんし、目先だけなら得をしてるつもりの韓国にとっても、長い目で見れば毒になることは間違いありません。

韓国に反日から脱してもらいたいなどと願ってはいません。しかし日本を利用するためというエクスキューズの下であっても日本と修交する限り(少なくとも日本と対等以上の国力を韓国が持つに至るまでは)、彼らは日本の下に立つという屈辱に甘んじざるを得ません。その都度積み上がる恨に苛まれ、更にそこを北朝鮮に突かれて痛い思いをし、その結果尚更に反日をこじらせるしかないという悪循環から脱け出る必要は、韓国にもあるのではないでしょうか。

以前にも述べたことがありますが、日本にとっての日韓国交が不要である以上に、韓国にとっての日韓国交は、潜在的ながら確実な毒になっているのかもしれません。



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「朝鮮半島とは関わらない」を日本の国是に

昨今の東アジア情勢は、まことに19世紀末によく似ています。それは、何かにつけ物事を見誤る韓国人にも、さすがに察せられているようです。ただ、やはり何かにつけ物事を見誤る韓国人だけあって、やはりどこか頓珍漢な解釈をしています。

3日の朝鮮日報朝鮮語版(日本語訳はこちら)に、「朝鮮半島に匙を突っ込む日本と中国」というコラムが掲載されました。

その趣旨は「19世紀末の頃のように、日中が朝鮮半島を食い物にしようとしている時に、ウリナラは国内の政争に明け暮れていて良いのか」ということのようです。

確かに、昨今の韓国における国内の政争は凄まじいものがあります。先月末に、如何に左派といえども、仮にも韓国の国会議員の立場にある者が内乱を企てた容疑で捜索を受けたといいますから、韓国内における親北あるいは従北と言われる勢力の浸透具合は相当なものがあります。

そのことに危機感を持ち、国民に警告を発するのは、言論機関としては当然でしょう。ですが、その論の随所に見当違いな意見が散りばめられているのです。殊に、日本に対する警戒心は度を越していると言えましょう。何しろ朝鮮半島に対する野心的態度は、中国よりも日本の方が露骨だと言い切っているのです。

これまでにも何度か述べたことがあるように、韓国人は日本を深く憎み恨んでいますが、同時に日本を強く羨み、猛烈に憧れています。日本人としてはそれだけでも十分にうんざりなのですが、更に私たちを萎えさせるのは、彼らが何故か「日本は韓国がすごく好きで、韓国のさまざまなものを欲しがっている」と確信していることです。

おそらく彼らは、「ウリナラは日本人が憧れるだけの価値がある国」と思いたいのでしょう。

例えば韓国の歴史教科書には、日帝統治期に日本が朝鮮の米を買い取っていたことが書かれています。もちろん「日本が朝鮮の米を買い取っていた」などとは書かれていません。「日帝が収奪した」と書いてあるのはお約束ですが、そこに「ウリナラの美味しいお米を」と書いてあるのですから、日本人としては違和感を覚えざるを得ません。日本で「朝鮮米は美味い」という話など、今も昔も聞いたことがないからです。

しかし、韓国の教科書には当然のようにそう書かれているのですから、韓国の子供たちも「日本は、ウリナラのお米が美味しいから奪っていったのだ」と普通に信じるでしょう。

こんなのはほんの一例で、他にも類似の例はいくらでもあります。そういえば最近NHKが「カタカナの起源は朝鮮半島にあったか」という素っ頓狂な説を取り上げて放映したそうですが、これもやはり「日本はウリナラのものを欲しがっている」という韓国人の意識におもねったものでしょう。

ですから韓国で、「日本は朝鮮半島を虎視眈々と狙っている」と主張しても、韓国人は誰も疑いません。至極当然の前提として受け入れます。

しかし日本は昔から、朝鮮半島そのものを欲したことはありません。日本が戦略的、あるいは安全保障上やむを得ず、朝鮮半島に兵を送ったことがあるのは歴史に記されている通りですが、それでも日韓併合まで、日本が朝鮮半島そのものを直接統治下に置こうとしたことはありませんでした。

日韓併合で史上初めて、日本は朝鮮半島を自国領土に組み入れましたが、それが日本史上有数の酷い失策であったことは、思想の左右を問わず論を俟たないでしょう。

日本にとって韓国を含む朝鮮半島は、目の上の瘤というよりは家の前に放置された犬の糞です。何の役にも立たないだけではなく、臭くて不潔で踏みそうで、迷惑千万以外のなにものでもありません。それが韓国人の主観では真逆になっており、しかも日本に対する韓国人の異常とも言える恐怖と警戒につながっているのです。

それに対して、これまで日本は明確に否定してきませんでした。それはある意味、慮りでもあったでしょう。「日本はウリナラを素敵で凄くて素晴らしい国と思っているから、欲しがっている」という韓国の妄想を言下に否定することは、「日本は韓国を素敵で凄くて素晴らしいなどとは、全然思っていません」と断言するに等しいからです。

韓国人から探るように「どうです、ウリナラは素敵で凄くて素晴らしいでしょう?」と聞かれて、「いいえ、全然」と即答出来る日本人は、よっぽど天然か確信犯です。常識的な日本人なら、あいまいに微笑んで「そうですね」と答えるでしょう。それが個人的な関係ならばともかく、オフィシャルな関係であれば尚更にそう答えるに決まっています。それが日本人的な慮りであり、大人の対応というものだからです。

日本政府も、戦後ずっとそういう対応を続けてきたであろうことは想像に難くありません。それが、韓国の「確信」を深めているということにも気づかずに。

韓国が防共の砦として期待されていた頃や、日本が韓国を「価値観を共有出来る隣国」と誤解していた間は、それで良かったのかもしれません。しかし今となっては、韓国に防共の機能は全く望めないどころか、韓国の赤化による悪影響が日本に及ぶ懸念の方が現実的となりつつありますし、日本と韓国の間に共有される価値観の存在も疑わしくなっています。

ならば、もはや韓国にあいまいに微笑んでやる必要はありますまい。にっこり笑ってはっきりと、「お前イラネ」と言い渡してやるべきです。

それを言うには、朝鮮半島有事が起きてからでは遅いのです。もし今、朝鮮半島で有事が勃発すれば、米国を介した間接同盟国とみなされる日本は、韓国を支援せざるを得ません。だからと言って自衛隊を朝鮮半島有事に派遣するようなことになれば、最悪の場合日清戦争の再現もあり得ますし、そこまでの事態に至らなくとも、日本に対する韓国人の「恨」を更に強めることになるのは確実です。

失策を教訓とし、不幸な歴史を繰り返さないためにも、日本は可及的速やかに朝鮮半島との関与を最小限にする必要があります。まずは「朝鮮半島とは関わらぬ」ということを、日本は国是として宣言するのが良いでしょう。たとえ朝鮮半島が火の海になろうとも、日本は一兵たりとも朝鮮半島には送らないとあらかじめ明言しておけば、日本人の血を朝鮮人なんかのために流さずに済みますし、日本に朝鮮半島に対する野心がないことを知って、韓国も北朝鮮も安心するでしょう。

もっとも日本が「朝鮮半島とは関わらぬ」という宣言をすることによって得られる韓国の安心と、北朝鮮の安心の内容はそれぞれ違うものでしょうけれど、そんなこと「朝鮮半島とは関わらぬ」と宣言してしまえば、日本の知ったこっちゃないのです。



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日本人は日本人の立場で考えれば良い

今日から9月、暑さはまだまだ残っておりますが、それでも水道の蛇口から流れる水には冷たさが戻り、朝晩の空気にはひんやりとした感触を覚えるようになりました。早朝から深夜まで大音量で鳴き続けていた蝉もいつの間にか鳴りをひそめ、代わって秋の虫が幽き音を奏でております。

この夏は、ツイッターで自ら馬鹿を晒し、人生に簡単には消えない汚点を付けた若者たちが話題になりました。アイスケースに入ったり、ピザ生地を顔面に貼り付けたりといった、道徳的社会規範的に非常識なだけではなく、不特定多数に対する攻撃的迷惑行為と映るおふざけをツイッターで自ら晒したものが、当人の思わぬ範囲まで拡散し、特定されて非難轟々というのがお決まりのパターンです。

それも、少なくとも彼らが日常親しんでいるはずのネットで盛んに報じられ、やらかした当人がどんな目に遭っているかも十分知り得ているはずなのに、同じことをやって同じ羽目に陥る若者が続々と報じられました。

あれを見て、「何故彼らはあんなことをするのだろう?」「何故彼らは、人の振り見て我が振りを直さないのだろう?」と不思議に思う人は多いでしょう。ですが「何故彼らはあんなことをするのか」「何故彼らは、人の振り見て我が振りを直さないのか」ということを理解してやったとしても、大して建設的とは思えません。

そんな考察に時間を費やすぐらいなら、あれを「朝鮮人のような真似」とすっぱり理解して、若者には「朝鮮人のような真似をしてはいけない」ということを徹底して教える方がよほど建設的だと思います。

「何故彼らはあんなことをするのだろうか」とは、「朝鮮人のような真似」の本家本元とも言える韓国人を観察していて、いつも思うことでもあります。

例えば、彼らは何かにつけ嘘をつきます。日本人から見れば、必要とは思えない嘘をつるつると吐きます。その結果、自ら窮地に飛び込みます。誰も彼らに嘘をつけとは言ってません。むしろ嘘をつくなと言っているのに、わざわざ必要とは思えない嘘をつき、それを咎められ責められて火病らざるを得ない状況に自ら持っていくのです。

火病らざるを得ない状況に陥るのはつらかろうと思います。苦しかろうと思います。だから嘘をつくなと再三ならず言ってやるのですが、彼らには全く通じません。

あるいは、何事も基礎をおろそかにせず、八割を以って半ばと思えと言ってやっても、もちろん通じません。彼らは何事であれ、いきなりその本質や真髄を求めようとします。基礎がない者が、いきなり本質や真髄を理解することは出来ないといくら言って聞かせてもわかりません。もし基礎もそこそこに本質や真髄を教えれば、八割辺りで会得したと慢心します。まだだと言っても聞きません。

実際、彼らに何かを教えれば、そこそこ小器用に教えたことを再現してみせたりはするのです。が、所詮八割です。しかも見た目や目立つところは意外に見事に再現するのですが、見えないところは手を抜きまくります。いや「手を抜く」という意識すら、もしかしたら彼らには無いのかも知れません。

極端な喩えをするならば、彼らが100階建てのビルを作ると言えば、100階こそが重要なのであって、1階から99階はどうでも良いのです。ましてや、土の中に埋もれて人の目に付かない基礎なんかに意を注ぐ必要はないと考えているようなものなのです。

そんな彼らにどれほど基礎の重要性や、100階を作るためには1階から99階までがなければ不可能だということを説いても、彼らは理解しません。彼らは得々としてそれなりに見事な100階を作って見せます。1階から99階までは張りぼてで基礎はグズグズですが、彼らは気にしません。

こういう彼らの性癖は、どんなに言ってやっても決して直りません。逆に、言えば言うほど小うるさい奴と疎まれるか、ウリの成功を妬んで邪魔をする奴と恨まれるでしょう。

韓国人を同じ人間と思い、話せばわかると考える日本人は多いのですが、その考えが叶うことは滅多にありません。それが何故かは、考えるだけ時間の無駄です。結論が出るまでには膨大な時間が掛かるでしょうし、膨大な時間を費やした結果、わかるのは「韓国人の習性は改善不能」という絶望だけなのです。

私たち日本人が知るべきは、「彼らが何故そうなのか」ということなどではありません。「彼らはそうなのだ」という、今現在眼前にある事実なのです。事実を事実として正しく見、知り、それに応じた正しい態度で接すれば良いのです。

ところが日本人には、いくら言ってもこれがわからない人が居ます。同じ人間の形をしていて、しかも髪と肌と瞳の色が同じで、どういう前世の罪科か日本から距離的に近いところに彼らの最大棲息地があって、歴史的に同じ文化圏に属していたことがあるものですから、どんなに言っても彼らが日本人とは別種の生き物で、思考も行動も価値観も、全て真逆と言って良いほど異なるということをなかなか理解してもらえません。そう言えば日本政府も、いまだに「韓国とは価値観を共有している」と言って憚らないのが困ったものです。

実際に彼らと接し、彼らから直撃弾を食らって初めて思い知る人は、まだ幸いです。彼らの化けの皮に気づかず、実は生きながら食われていることにも気づかず、あるいは生きながら食われようとしていることにも気づかず、韓国人を腹の底から信じ合い、通じ合える友達だと思い込む日本人は、不思議に多いのです。

そういう日本人は、単に友人と信じる韓国人だけではなく、韓国という国全体の擁護をするようになることが非常によくあります。韓国擁護は、日本の否定や非難を必ず伴います。何故なら日本を肯定することは、韓国を否定することになるからです。日本を否定しなければ、韓国を肯定することが出来ないのです。少なくとも韓国人はそう考え、そう信じています。そういう韓国人と付き合い、韓国を擁護するようになれば、必然的に日本を否定し、あるいは非難しないわけにいかなくなるのです。

日本と韓国は共に歩まねばならない運命共同体などという、ぞっとするようなことを口走りながら、韓国人は民族的習性として日本を認め、肯定することが絶対に出来ません。日本人がどんなに韓国人と親しくなっても、彼らが本当にその日本人を認め受け容れ得るのは、その日本人が韓国に帰化し、100年ぐらい韓国に住んでからでしょう。

それは日本にいる国籍同一性障害を患った在日という生き物を見ればわかります。五代も六代も日本に住まいながら、彼らは帰化を善しとしません。日本に住み、更に日本国籍になるということは、屈服であり恥辱であり背徳であると韓国人は考えているということを、彼らは実によく示しています。

それを裏返せば、日本人が韓国に帰化することで日本を裏切り韓国に屈服するのでなければ、どれほど親しくなろうとも、彼らが心から日本人を受け容れることは決してないということを示していると考えて良いでしょう。

そんな彼らを、彼らの立場で理解しようと努めることは、不可能ではありませんが無益であり有害であるということを日本人は理解する必要があります。日本人は日本人の立場で韓国人を見、知り、考え、対応すれば良いのです。



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