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鳴かずば撃たれまいに

前回までのコメント欄における「言葉のイメージ論」については、概ね結論が出たようです。日韓チャットでは割と頻繁に見ることが出来ますが、「言葉の意味など蔑ろにしてもケンチャナヨ」という考えの者が文章を書けばどうなるかという実例が弊ブログコメント欄でリアルタイムに見られたのは、収穫と言えましょう。

日韓チャットでは日常茶飯に見られることですが、韓国人は言葉の意味を理解せず使うこと以外に、ハングルの綴りを間違えて書くことがよくあります。正確には「彼らが発音しているとおりに」書いています。「発音どおり書いて何がおかしい?」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、必ずしも書かれたとおりに発音するとは限らない単語があるのは、日本語であっても同様です(余談ですが、ダーリンは外国人というマンガで、「大岡越前守」の「おおおか」を、主人公トニーが「日本人は絶対に「お」を三つも言ってない!」と力説するシーンがあったと思いますが、何だかずいぶん感心した記憶がありますw)。

方言やスラング、中には誤って覚えた単語などもそのまま用いられ(日本語で言うなら「ふいんき」等)、定着しつつあるものまであります。

朝鮮語はその60~70%(一説には80%以上とも)が漢字語由来です。ハングル専用であっても、正しい綴りで書かれており且つ、漢字を知っている者ならば、ある程度元の漢字をたどることが出来るようになってはいます。しかし間違った綴りが定着すると、たとえ漢字を知っていても元の漢字をたどることが困難になります。ましてや漢字を知らない者が圧倒多数の社会でそうなれば、元の漢字語の意味はたやすく消滅します。

もっとも、「意図が通じれば、単語それぞれの正しい意味など不要」という考えは韓国人の間では一般的です。だから元の漢字語がたどれなくても、意味が消滅しても、彼らにとっては問題ないのでしょう。

しかし、某楼主氏におかれましては、ご自身のブログをお持ちなのに、よくもまあ、他人のブログのコメント欄であんなに書けるものだなあと感心します。私なら、他人様のブログのコメント欄にあれだけの字数を費やす余力があるなら、それを自分のブログに使いたい。もし物申したいブログがあるなら、自分のブログで記事にして、トラックバックすれば良いだけですからね。

さて「言葉のイメージ論」はここまでにしておきまして(続けたい方は該当記事のコメント欄でどうぞw)、今回のログですが、【日本人は英語が出来ない】というイメージは、韓国ではほぼ定着しているようです。韓国人がこれを日本人に対する悪口のネタにするのも、やはり定番化しております。

私は、英語を話せるようになったとしても、話すべきことを持っていなければ意味がないと思っており、話すべきことを得るには、まず母国語である日本語をブラッシュアップしなければならないと思っておりますので、正直さほどに英語の学習に力を入れておりません。したがって私の英語力は、はっきり言って低い方です。海外旅行程度なら、さほど困らないぐらい、と思っていただければだいたい当たっているでしょうw

しかし、その私よりもまだお粗末な英語力の韓国人は珍しくありません。今回登場する韓国人も、そのようです。

今回も、日韓チャット常連日本人会員の方からご提供いただいたログのために、私は登場しません。当然、ログが始まる前の状況を見ていたわけではありませんが、それでもログを見ていれば、何があったかだいたい想像がつきます。

このログでは、部屋に入るなりいきなり罵倒から始める韓国人ですが、これはログの始まる前に一度入室歴があり、その時に言わなくても良いことをべらべらとしゃべり、悶着を起こして一度蹴り飛ばされ、かんしゃくを起こして罵倒するために再度入室してきたのでしょう。日韓チャットでは日常的な風景です。

しかしこうして眺めていると、韓国人の悪口というのは、「自分自身が他人に言われたら悔しいこと」ということがよくわかります。きっと劣等意識が強い韓国人ほど、バリエーション豊かな悪口が言えるのでしょう。あ、だから韓国語は、罵倒語の語彙数が世界で最も多いと言われてるのか。

また、今回のログでは、日本人側が攻撃の軸足をしっかりと定めているのに対して、韓国人側の軸足の定まらなさがよく現れています。韓国人は悪口を言うことばかりに意識が行って、悪口の内容があっちへ飛びこっちへ走りと、目まぐるしく変わります。

日本人でも、悪口に限らず、討論などでこういうことをする者が時々見られますが、いかにも薄みっともない。もしそういうことをする日本人を見かけたら、「朝鮮人のような真似はおよしなさいな」と優しく忠告してあげるのが親切かもしれません。

もっともそういう日本人は、他人の親切を理解出来ないことが珍しくありません。もしその日本人が他人の親切を理解出来ないようであれば、その時は「ああ、この人は朝鮮DNAが発現しちゃった日本人なのだな」と生暖かく理解してあげるしかありますまいw

ところで、実は日韓チャットの常連日本人には、英語の達者な方が少なくありません。私はダメですが、多分英語ONLYのチャットでも楽にこなせる方が、割といらっしゃると思います。

しかし、少々お下品ですよ、英語で煽ってる方々w
韓 kingssse様が入場しました。 (筆者註:実際のハンドルネームはハングルです)

kingssse:チォックバリのくせに

loaded:発狂朝鮮人登場 w

kingssse:この奴

Rascacielos:それなら 日本に来るなよw

loaded:鶴橋にでも行って半チョッパリに慰めてもらえ。w

kanji:チォックバリになりたい朝鮮人w


kingssse:考えない日本人

Rascacielos:何しに日本に来たんだよw

kingssse:お前殺しに (筆者註:殺人予告は犯罪です)

loaded:わざわざ日本に来てPC房で悪態ついてる馬鹿朝鮮人。w

Rascacielos:日本に来て、何を日本人むかって言ってるんだアホw

loaded:時間と金を無駄にするアホ。w


kingssse:英語もできない日本人 (筆者註:地雷踏んだーw)

kingssse:バカ 

loaded:朝鮮クォリティ。w

Rascacielos:www

Rascacielos:じゃあ 英語話してみろよおまえ

kanji:寂しい女だなw
 (筆者註:現在使用している日韓チャットは、性別が表示されます)

kingssse:ニードルが聞き分けるのか? (筆者註:「ニードル」=「お前たち」の誤訳)

kingssse:バカ

Rascacielos:おうw

loaded:朝鮮人のくせに英語自慢するなよ。www

loaded:【奴隷根性】

Rascacielos:おまえの英語力がどのくらいか みてやるよw


kingssse:日本人背も小さい (筆者註:地雷を踏んだことに気づいたのか気づいてないのか、悪口を並べ続けています)

loaded:正しい朝鮮人なら朝鮮語を自慢しろ、アホ。w

Rascacielos:ほらw


kingssse:地震出て皆死んでしまえ (筆者註:何かあれですね。この韓国人が英語を話せないことより、追い詰められて必死に繰り出す悪口のバリエーションが面白くありませんか?w)

loaded:【奴隷根性】 www

Rascacielos:早く英語書けよw

Guicho:英語でお願いします。

Rascacielos:なんだ英語かけないの?


kingssse:地震で皆死ね

Rascacielos:皆 待ってるよ、おまえの英語w

loaded:あれ?英語書けないの?w

Guicho:地震で皆死ね ← 英語でお願いします。


チャットルームタイトル : ID:kingssse が大阪のネットカフェで発狂している件についてw
参加人員 : 10 人(パスワード)
ルーム長 : Rascacielos様に変更されました。

kingssse:abcは使うことができる?

loaded:英語できないのはお前だけだな、朝鮮人。w

Rascacielos:はやく~

Guicho:「地震で皆死ね」 ← 英語で言ってください。

loaded:Only you can't write English, gook www


kingssse:fuck you

loaded:ゲラゲラ

Rascacielos:wwwwww

loaded:それだけか。wwww


kingssse:発音も臭いのが

Guicho:それ以外の英語でお願いしますw

kanji:そんなんかいw

loaded:どうせなら「ポキュ」って書けよ、朝鮮人。w

Guicho:発音も臭いのが ← 英語でお願いします。

Rascacielos:hey asshole! why dont you write down english?

Guicho:待ってますよ。

loaded:cause this guy is a stupid gook w


kingssse:うるさい

Rascacielos:what are you doing in osaka?

loaded:screaming www

Rascacielos:why are you in osaka?

Guicho:うるさい ← 英語でお願いします。

Rascacielos:what reason?


kingssse:病身よ

loaded:and hitting keybord like an animal www

Rascacielos:u wanna eat takoyaki?

Rascacielos:wwwwwwwwwwwwwwww

Guicho:英語で言いなさい。

loaded:this is Chosun quality www


kingssse:頭がちょっと変な日本人たちと話していて

Guicho:それらも含めて英語でお願いします。

Rascacielos:u wanna eat fuckin' okonomiyaki pancake?

loaded:Hey!Goooook! where is your English?

Rascacielos:why dont you write down english?


kingssse:お前の基本英語持って誇るのか?

kingssse:翻訳機使うな

kingssse:翻訳機使用するな
 (筆者註:日本人が書いている英語を機械翻訳と思ってる時点で、読んでないか読めてないかのどちらかということがわかります)

Guicho:お前の基本英語持って誇るのか? ← 英語で言い返しましょう。

loaded:you come to Japan to scream "pock you"?


kingssse:幼稚だ

kingssse:お前らと遊んでやれない


Guicho:それも英語で言いましょう。

kingssse:おこるの冶炉 (筆者註:「イヌヤロ」とハングルで書いたものが誤訳されています)

Rascacielos:i lived in America 4 years, understan' asshole?

loaded:where is your English?


kingssse:イヌヤで (筆者註:これも「イヌヤロ」とハングルで書いたものが誤訳されています)

kingssse:ケッセキ

Rascacielos:wwwww

犬汁:クスクスw

loaded:Chosun dickhead wwww


kingssse:いぬやろ (筆者註:日本語で「いぬやろ」と直接入力しています) 

Rascacielos:hey how about ur english?

loaded:朝鮮人、必死です。www

Rascacielos:i wanna see ur english


kingssse:いぬやろたち (筆者註:日本語で「いぬやろたち」と直接入力しています) 

Guicho:おこるの冶炉 イヌヤで ← なんだかよくわかりませんが、英語でお願いします。

Rascacielos:hurry up, asshole

loaded:ゲラゲラ


kingssse:島国猿たち

loaded:朝鮮人って底なしのバカだな。www

Rascacielos:i wanna see ur fuckin' english, asshole!
 (筆者註:こんな英語に翻訳してくれるウェブサイトやソフトがあるのでしょうか…) 

kingssse:島国猿たち

kanji:それくらい英語で言えw

Guicho:島国猿たち 英語で何と言いますか?


kingssse:日本はまもなく海の中に浸かるの

loaded:英語できないのは、お前だけじゃないか。www

loaded:少しはできるのかと思ったら、全然ダメじゃないか。www

Guicho:「島国猿たち」 ← 英語での表現をお待ちしています。


kingssse:子供のように言い張るな

loaded:【自爆朝鮮人】 www

Rascacielos:everybody understands english EXCEPT YOU! wwwwwwwwwwww


kingssse:かわいそうだ

Guicho:「子供のように言い張るな」 ←引き続き、英語での表現をお待ちしています。

Rascacielos:yes! we know YOU ARE SAD.

loaded:hey Chosun dickhead, where is your English?

Rascacielos:I wanna see your CHONGLISH www

loaded:Only you speak "pock you" ?

kanji:もう、蜂の巣状態w

Guicho:まあ、できないなら無理しないで謝りましょうww

loaded:All English you speak is only "pock you" ?


kingssse:日本人には謝罪しなくて

kingssse:縁起でもなくて


Rascacielos:hey hey stinky girl!

Guicho:英語で言ってください。

loaded:Chosun dickhead wwww

Rascacielos:i wanna see ur fuking CHONGLISH!


kingssse:お前の北京オリンピックは見たの?

Rascacielos:hurry

kingssse:野球できなくて日本

Guicho:英語で質問してください。


kingssse:可哀想で

韓 Eunsu 様が入場しました。

kingssse:かわいそうだ

Guicho:英語で言え。

loaded:where is your English?


kingssse:野球どうしてこんなにできない??

kanji:君がいちばんかわいそうw

loaded:お前はどうしてそんなに英語ができないんだ?www

Guicho:英語で言いましょう。 「子供のように言い張るな」

loaded:マヌケ朝鮮人 w


Eunsu:こんにちは^66

Guicho:さあ、お兄さんは待っていますよ!

loaded:わざわざ大阪まで来て何やってるんだ、このマヌケ朝鮮人 w

Rascacielos:ちょっと俺の英語が汚すぎるけどw

Guicho:【英語】を!!

kanji:月見櫓行きwww


Eunsu:君たちも英語で言って、日本チォックバリ セリドル (筆者註:「チォックバリセキドル」と入力するべきところを、綴りを打ち間違えています)

Rascacielos:おまえさ、 わざわざ大阪に旅行に来てて、なんでチャットしてるんだよw (筆者註:このkingssseに限らず、今、実際に日本に滞在しているのに、日韓チャットに来る韓国人は、珍しくありません。特に、留学生の割合は高いようです)

loaded:時間と金を無駄遣いしてPC房で「pock you」か?www

Rascacielos:早く外に遊びに行けって


Eunsu:君たちはどうしてチャットするのにこの病身たちよkkkkk

loaded:ああ、これ前科者だわ。 (筆者註:前科者=Eunsuのこと。以前も日本人部屋で暴れたことがある韓国人、という意味)

kingssse:お前よりはお金多い (筆者註:それはどうかなあ?)

Eunsu:振っても病身たち集会所ねkk (筆者註:「振っても」の部分、意味不明。誤打を誤訳している可能性が高いと思って、似た音の単語を探したけれど見つかりませんでした)

Rascacielos:わざわざ大阪のPC房で 日本人に Fuck you Jok Bari か?

kingssse:心配するな ^ ^

Eunsu:そうだよチォックバリ

Eunsu:よくわかるね


kanji:なんとういうワンパターンな朝鮮人どもw

loaded:貧乏人のくせに見栄はるなよ w


Eunsu:この病身たち kk

Eunsu:倭人のガキども kk


Rascacielos:Eunsu、おまえは黙ってろよw

Guicho:前段の状況をよく見てものを言え>Eunsu


韓 Eunsu 様が部屋から出ました。 (筆者註:多分蹴り飛ばされました)

kingssse:お前の顔ちょっと洗って通え

韓 Eunsu 様が入場しました。

Eunsu:kkkkkkkkkkk

kingssse:顔ちょっと洗え


韓 Eunsu 様が部屋から出ました。 (筆者註:多分、再度蹴り飛ばされました)

韓 kingssse 様が部屋から出ました。(筆者註:こちらは逃げたのかな?)
ログ採取日 2008年9月25日午後22時過ぎ頃



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言葉の意味より、イメージを重視する社会

前回記事のコメントで、私の文体が回りくどいというご指摘をいただきました。きっとそう感じていらっしゃる方は、他にもおられることと思います。

私はこのブログを書くにあたって「読む人に、出来るだけ理解していただきやすい文章で書こう」ということを常に心掛けています。しかし、頭の回転の速い方々にとってそれは、「わかりきったことをくどくどしく書いている」と感じられるのかもしれません。

また弊ブログが扱っている主題が主題なだけに、率直に書くとどうしても品下がるという悩みもあります。下品なものについて、あまり下品にならぬように書こうとすれば、どうしても隠喩を使ったり、迂遠な表現を用いたりせざるを得ません。

この「出来るだけわかりやすく」というのと、「あまり下品にならぬように隠喩や迂遠な表現を多用する」という条件を同時に満たそうとすれば、「何をグダグダ書いていやがる」というような文章に自然になってしまうのは、実は筆者にも自覚があるところでございますw

と言う訳で、「このブログの文体は回りくどい」と感じていらっしゃる皆様には大変申し訳ございませんが、弊ブログはそういうスタイルのブログだとご理解いただいてお読みいただく以外にないと思います。

ところで、相変わらず9月12日付けの記事のコメント欄で、「言葉のイメージ」論が盛んです。

私も、前回記事冒頭で述べましたとおり、言葉をその本来の意味より、言葉のイメージを優先して用いることについては、詩などの分野で行われる場合を除いて、原則として否定派です。

例えば中高生辺りの国語の試験にも出題されることがありますが、「気が置けない」というフレーズがあります。これを「気を使う」という意味で理解してる人は少なくないと聞きます。おそらく「気が抜けない」などからの連想でしょう。だから「気が置けない」というフレーズは、「気を使う」という意味で用いるべきかと言えば、もちろんそうではないでしょう。

同様に、「煮詰まる」という言葉が「結論が出せない状態になること」というのは、おそらく「行き詰まる」からの連想による誤用であろうと思われますが、「そうだと思っている人が増えているから、誤用であっても、そういう意味で用いても良い」という考えに、私は賛同できません。間違いは間違いです。

よく指摘される例ですが、「すべからく」などは非常に誤用率の高い副詞です。だから「すべからく」という言葉を、誤用されている「すべて」の意味で用いるべきなどだというのは、どう考えても合理性がありません。そもそも「すべからく」を用いなければ、「すべて」の意味で伝えたいイメージを表現できないということはないのです。

確かに言葉は変化していくものですが、それを誤用や、悪意のある言い換えのための免罪符に用いるべきではないと私は思っています。どうしても誤用の意味で用いるべきと言いたい場合は、少なくとも100年以上は誤用の形で通用し続け、但し書き付きながら辞書にもその旨が載るようになってから言うべきであって、10年20年の誤用でいちいち定着させてたらきりがありません。

ましてや「辞書に載っていようがいまいが、相手に意図が伝わらなければ意味がない」「辞書も後追いしてくるだろう」などという詭弁は本末転倒も甚だしい。まず辞書に載っている意味で、相手に意図を伝えるのが本来ではありませんか。

そもそも、語句の誤用は、自然発生するものよりは、マスコミやメディアなどで、その言葉を用いる際に辞書で確認するのを怠ったがゆえに発生したものが少なからずあると思います。あるいは最近では、若者が使っているイメージ優先の言葉を、マスコミやメディアなどが面白がって流布する場合もあるでしょう。いずれにしても、そういう「流布した者勝ち」というやり方や考え方に、私は到底賛成出来ません。

辞書に載っているものは、正しいかどうかと言うよりは、その言葉を用いる人々のコンセンサスを獲得したものです。それを軸にしなければ何を軸にその言葉の意味を探すのかを、私は問いたいと思います。

人類の源流を訪ねて
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20080901/169372/
にこう書かれていた。

>どうやらこのところの政府は、政局が煮詰まると政権を放り出すのがクセになっているようですね。

さて、この記事を書いた伊東乾という人やこの表現をそのまま載せた日経BP社は、管理人さんと同じように恥入るべきだろうか。全くそんな必要はない、というのが我輩の意見だ。

このご意見ですが、私が私の書いた文章における語彙や表現の誤用を恥じ入るからと言って、他人も同様に恥じ入るべきだなどとは、私もまったく思いません。しかし文を鬻いで身を立てている人であれば、私のような野良ブロガーなどよりは、ずっと言葉の使い方に神経質且つ慎重であるべきだとは思います。

さらに今回のように、肩書きや権威を背景に「この人(あるいはこのメディア)が用いているように、本来は誤用であっても、意味が通じているのだからこれはこれで正しい」という風に使われてしまうことを鑑みれば、恥じ入る恥じ入らないはともかくとして、誤用を広めた責任は感じるべきでしょう。

文章なんて、ただ書くだけなら書く人それぞれの自由です。「誤用だろうが何だろうが、俺はこの単語はこういうイメージで使われてる単語だと思うから、その用法でどんどん使う」と仰る方は自由にされれば良いと思います。ただその場合は、ご自身の日記帳なり、チラシの裏なりにしたためるようお願いしたいと思います。

そうではなく、ネットでも何らかのメディアでも、自分が書いた文章を不特定多数の人々に読ませようというのであれば、「誤用であろうが何だろうが」という考えで書くのは、「誤用でも流布した者勝ち」というのに与するものです。こういう考えは、「デマであっても、正しい目的があれば流布した者勝ち」につながる考えだと、私は思います。

また、不特定多数の読者の中には、書かれた文章にわずか一文字でも誤字脱字があれば、その文章全体の程度を疑ってしまう人がいることを、書く者は忘れるべきではないでしょう。ましてやそれが1単語、1文節の誤用となれば、その影響は推して知るべしでしょう。もっとも、これは自分の文章の信頼性を下げたい人にとっては、気にする必要がないかもしれません。

さて、話が逸れまくっているのを元に戻しまして、当初のお題の「差別」ですが、これ以外にも「人権」や「右翼」「左翼」などという言葉に、言葉の意味とは違うイメージが付帯されていることが多いのは事実だと思います。

私はこの現象を、言葉を漢字ではなくカタカナで理解しているからだと思っています。つまり言葉の意味よりもイメージを重視するということは、「差別」を「サベツ」、「人権」を「ジンケン」、「右翼」「左翼」ではなく「ウヨク」「サヨク」と理解しているのでしょう。

その言葉の【音】を相手にぶつけることによって、一定の反応が期待出来るということを、「言葉の意味」と誤解しているのではないかと思います。

実はこの「言葉を、言葉が持つ意味そのものではなく、言葉に付帯されたイメージで用いる」ということは、韓国人の間で非常によく行われています。

韓国では、漢字を廃し、ハングル専用にしたために、言葉の本来の意味を探ることが非常に困難になってしまっています。そのため、韓国人同士でさえ俄かに理解できない単語が出現することが、非常にしばしばあります。

私はチャットログを編集する際に、翻訳不全の部分を韓国語の辞書で確認しながら修正していますが、「韓韓チャットログ」という記事を書いた際、チャットログの中に辞書にない言葉がいくつか出てきました。

日韓チャットでも機械翻訳出来ない単語が出てくることはよくあるのですが、韓韓チャットの場合は、その発言量に比して、翻訳不能語彙の出現頻度が日韓チャットより高いのです。

日韓チャットならば、似た音の単語を探したり、適当な部分で分かち書きにしてみたりすれば、たいていは何とかなるのですが、韓韓チャットではどうやっても翻訳出来ない部分がいくつもありました。しかたがないので、その部分は日韓チャットで韓国人に頼んで翻訳してもらったのですが、その時に「その単語はそういう意味なの?」と聞くと、「この単語の意味はわからないが、文脈で判断した」という答えが何度か返ってきました。

「その単語は辞書にも載ってなかったんだけど」と私が言うと、その韓国人は「韓国では、人々が勝手に言葉を作って使うことが多いので、韓国人同士でもわからない単語がある」と答えました。「そういう場合はどうしてるの?」と聞くと、「文脈から推測して判断してる」と言います。

また、「極右」や「右翼」という言葉を「嫌韓」という意味で用いる韓国人は、日韓チャットでは枚挙に暇がありません。そんな彼らに「極右」や「右翼」の意味を問うても、まともに答えることが出来た韓国人は、少なくとも私が見た限りでは、皆無です。

そう言えば弊ブログの人気記事【「約束」の意味】でご紹介したように、「約束」という言葉も、彼らは意味を知らず、イメージで用いています。

日韓チャットで韓国人を観察していてしみじみ痛感するのが、「言葉」というものの大切さです。

韓国人は、言葉を非常にぞんざいに用います。日本人にそれを咎められれば、「翻訳の間違いだ」とか「文化の差だ」と言い逃れようとします。それは語句の誤用を咎められて、「言葉は変化するものだ」と言い逃れようとするのと、どれほどの違いがあるのでしょうか。

言葉は、正しく用いなければ正しく考えることが出来ず、正しく伝えることも出来ず、正しく受け止めることも出来ません。もちろん、文章表現上の技法として、言葉の意味とは異なる使い方をあえてする場合もありますが、それと誤用や悪意のある言い換えとは、まったく性格が異なります。

例えば、「お上手」という言葉を、まったく上手ではない人に使うことがありますが、それは誤用でも悪意のある言い換えでもありません。「上手」という言葉の意味を理解した上での、反語的揶揄表現です。

人間は、言葉でなければ考えることも伝えることも受け止めることも出来ません。以心伝心などは、言葉で十分に理解しあった者同士でのみ成立するものです。

言葉はコミュニケーションにおいても、考察の手段としても、万能でも完全無欠でもありません。だからこそ言葉を用いる際には、正しい意味で用いることで、少しでも誤解を少なくする努力をするべきなのです。それを「伝わることが重要」などと言って、言葉のイメージを優先して意味を蔑ろにするのは、本末転倒以外のなにものでもありません。

韓国における漢字廃止とハングル専用は、漢字が読み書き出来なくなるなどという単純で表層的な問題だけではなく、私たち日本人が想像する以上に、韓国人から言葉による理解力や表現力、思考力を奪っています。

韓国とは、言葉が言葉の意味を失って、あるいは言葉が持つ本来の意味を無視して、その音の響きと、その音の響きから受ける印象で、意思の疎通をはかろうとしている社会です。

その社会が如何なるものかをご紹介しているのが弊ブログであり、日本をそんな社会にしたくないというのが筆者の願いであることを、読者諸氏におかれましては、どうかお忘れなきようお願いしたいと思います。



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韓国に対する正しい認識を持ちましょう

「言葉の持つイメージ論」が、嫌韓ブログであるはずの弊ブログのコメント欄で盛んになるのは面白いなあと眺めております。

私個人としては、「人々があるイメージを共有するためには言葉に依らねばならないが故に、無闇に言葉の持つ意味に誤ったイメージを付帯させて用いることは危険である」と思っています。ですから「原則として、正しいとされる日本語を用いる努力を怠らぬようにするべきである」と思っており、文章表現上の効果を狙って意図的に行なったものではない言葉の誤用を指摘された場合は、素直に恥じ入ることにしております。最近の記事では、指摘はされなかったけど「煮詰まる」ってのを間違った意味で使ったことに自分で気づいて恥じ入った記憶があります。訂正してないけどw

さて、前回申し上げました通り、韓国のことばかり考えて生活しているわけではない私ですが、それでもこんなブログを書いている関係上、【韓国】とか【朝鮮】という文字が視界に入ると、一応目を通すようにはしております。

先日もmixiのニュースラインナップに、【「日本嫌い」が大幅増=竹島問題影響か-韓国調査】というタイトルがありましたので、一応見てみました。

ニュースの配信元は時事通信社で、記事の内容は以下の通りです。

「日本嫌い」が大幅増=竹島問題影響か-韓国調査

 【ソウル22日時事】22日付の韓国紙・中央日報に掲載された世論調査結果によると、「最も嫌いな国」として日本を挙げた回答が昨年の38%から57%に大幅に増加した。日本の中学校社会科の新学習指導要領解説書に日韓が領有権を主張する竹島(韓国名・独島)が明記されたことなどが背景にあるとみられる。
 一方で、日本を「最も見習うべき国」とした回答は24%で1位。このほか、「最も好きな国」は米国(18%)、オーストラリア(14%)、スイス(9%)の順。「嫌いな国」の2、3位は中国(13%)、北朝鮮(10%)だった。
 調査は済州島を除く全国の満19歳以上の男女1200人を対象に、8月25日から9月7日まで面接方式で実施された。 (了)

私が面白いなと思ったのは、記事の内容ではなく、この記事に関するmixiユーザーたちの日記でした。

この記事に関する日記は、9月24日午前1時現在で1366件もあるので全部読むのは無理ですが、ざっと見渡した限りでは、「韓国なんかどうでも良い」「何を今更」「たった57%?」「奇遇だな、私も韓国が嫌いだ」「むしろ喜ばしい」「って言うかこっち見んな」という、あからさまに韓国に対してネガティブと思われる意見のオンパレードでした。

稀に「私の知ってる韓国人は日本を嫌ってない」とか「日韓は互いに歩み寄って、仲良くしなきゃいけない」とか「話せばわかる」という意見も無くはありませんでしたが、見るからに圧倒的少数派です。これは日本人に、韓国が正しく認識されるようになった証拠ではないかなという期待を持ちました。

今までの日本では、「韓国嫌い」と公言することは、憚られてきました。と言うか、あまり意識されていませんでした。韓国人が何を言おうと、韓国で何が起ころうと、それらが原因でどんなに日本が迷惑をこうむろうと、意識しない人が圧倒的多数でしたし、たとえ韓国に興味や関心があったとしても、「韓国に迷惑をかけられた」とおおっぴらに言うのは、間違いなくタブーでした。

今でもこのタブーは健在で、大手メディアなどでは、韓国に対するネガティブイメージを伴った発言は極めて控えめか、あるいはまったく許されない場合もあります。きっと大手メディア中枢にこんな御仁がいるせいでしょう。

そういう人たちの努力で、日本では韓国や韓国人の良い(と思われる点)は針小棒大に宣伝され、悪い点はまるで存在しないかのように伏せられてきました。それでも、日本人が韓国に無関心であり続けていれば、「そういう人たち」の努力は、期待通りの成果をあげ得たでしょう。日本と日本人が韓国に無関心であることは、むしろ韓国にとっては幸せだったと思います。

しかし「そういう人たち」の期待とは違った物かもしれませんが、彼らの努力はひとつの成果をもたらします。「そういう人たち」の努力によって、日本人が韓国に関心を持つまでは良かったのかもしれません。ところが、過剰で過大な「韓国の良い点」宣伝に辟易した日本人は、今度はそれまで伏せられ隠されていた韓国と韓国人の本性に目を向け始めました。

韓国を「知れば知るほど嫌いになる国」と言いますが、それは知るほどに、付き合うほどに、今まで気づかなかった韓国の悪い点が浮上してくるからではありません。韓国の悪い点は、およそ有史以来今日まで、ずっとそこにあり続けていました。しかし私たちが韓国に関心を持っていないのを良いことに、それらは意図的に隠されてきました。言わば私たちは、騙され続けてきたのだということに、多くの日本人が気づき始めたがゆえに、「知れば知るほど嫌いになる」のではないでしょうか。

親韓や擁韓、媚韓な日本人たちの中には、「他国や他者を嫌う」ということを無条件で否定的に考え、日本が現在そういう傾向を示していることを憂慮する人たちも少なからずいるようですが、私はむしろ【嫌韓】という言葉を、【嫌韓厨】という言葉と意図的に混同する人々がいるにも関わらず、日本人が堂々と「韓国が嫌いだ」と言えるようになってきたということは、日本人の韓国に対する認識が、極めて健全な方向に向かっている証拠だと思います。

翻って韓国ですが、彼らは変わりません。彼らは変わりませんと言うよりも、自ら変わることが出来ません。

彼らは、自己中心的でありながら自分の軸というものを持たず、損得や好悪で右によれたり左に傾いたりします。傍から見るとそれは変幻自在であるようにも見えるのですが、実際のところはと言うと、「変幻」はしてても「自在」ではないのです。

彼ら自身は、彼らなりに必死で努力し、成長しているつもりのようです。しかしそれは、まるで回し車を回すねずみと同じです。どれだけ一所懸命に走り続けても、彼らはどこにもたどり着けません。彼ら的には、月まで届くほどの距離を走ったつもりでいるようですが、結局彼らは韓国社会という回し車の中から一歩も出ることが出来ないのです。

韓国が変わり得るとすれば、回し車を回すねずみを掴み出すように、どこかの国が韓国を丸ごと掴んで誘導する時でしょう。問題は、「どこかの国」が存在するかどうかです。

今までは、日本がその「どこかの国」有力候補であったことは間違いありません。今でも、その危険は十分に残されています。

しかし、日本で韓国に対する忌憚の無い意見をおおっぴらに言える空気が醸成され、韓国に対する正しい認識が定着しつつあるということは、日本が「どこかの国」になる危険を、少しでも減らすことでもあると思います。



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刹那に生きる韓国人

弊ブログは、中二日の午前9時更新なのですが、ここのところなかなか午前9時に更新出来ません。私は書くのがあまり早くはなく、というかぶっちゃけ遅筆で、だいたい下書きを書くのに早くて2時間ぐらい、推敲に少なくとも2時間ぐらいはかかります。

秋の夜長と言うぐらいですから、夜更かしがてらに下書きでもすればよさそうなものなのですが、何故かここのところ眠くて眠くて、あまり夜更かしが出来ません。春眠は暁を覚えずと言いますが、秋眠は月影を覚えずとでも言いましょうかw その代わり朝はそれなりに早く起きておりますが、午前6時に起きても、午前9時の更新にはまず間に合いません。

そう言えば、前回記事の枕に使った「月影」についてのコメントがありますが、「影」が「光そのものを表すやまとことば」とは、今回初めて知りました。

ただやはり、言語学的解釈はさておき、「影」は、「光そのもの」というよりは、「光によって映し出されるもの」という理解の方が、個人的にはしっくりきます。あくまで「個人的には」ですが。

いやほんと、月夜に何気に外に出た時、足元に驚くほど黒々と映し出される自分の影は、月の光そのものよりも月の光の存在を感じさせます。

古人が知っていたとは思えませんが、その月も自ら光を発しているものではなく、太陽の光を反射しているものだということを踏まえても、「月影」という言葉はまことに趣き深いものであるなあと改めて思います。

さて、以前、弊ブログでもとりあげました山本太郎氏の竹島関連発言に関する謝罪もどき文lに「日頃から竹島問題を深く考え、人生のほとんどの時間をそれに費やしてる方々」という一文があります。

この方に限らず、日韓関連の話題や討論になると、「四六時中韓国のことばっか考えてるお前とは違うんだよ」的発言をされる方が時々いらっしゃいますが、たいてい、山本太郎氏と同様、嫌韓発言や韓国批判に脊髄反射で反論し、間髪入れぬカウンターパンチを食らって、半べそで言ってることが多いようです。

それはともかく、嫌韓ブログを自認する弊ブログですが、その執筆者たる私は、実は四六時中韓国のことなど考えていません。と言うか、そんなに考えるほどの物が韓国にはないのです。

日本人は、興味や関心のあることは執拗に掘り下げる傾向があります。もちろん日本人全員が全員そうではありませんが、そういう日本人が少なくないこともまた事実でしょう。

ところが、対象が韓国の場合、掘り下げるとたちまち底に突き当たります。まさかこんな浅い底が、本当の底ではあるまいと思うのですが、掘れども掘れども、それ以上の底が見つかることはありません。少なくとも、私は6年余り掘ってますがまだ見つかりません。6年余では年季が足りないのかとも思うのですが、30年ほど掘ってる産経新聞の黒田ソウル支局長の著書を読んでも、さほどに目新しいものは見当たりません。

それは韓国だけではなく、韓国人そのものも同様です。

日韓チャットでは彼らの応答があまりにも定型パターンを踏襲するために、それに対するこちらの応答も、否応もなく定型化してしまいます。

日韓チャットを続けるには、今回は量産型韓国人ではないだろう、次はきっと違うだろうというささやかな期待を裏切られることに耐え続けるか、あるいはどうせこいつも量産型と予測して、その予測が当たることを楽しみにするしかありません。

こうなると、韓国人そのものと話をするよりは、韓国人と話をした日本人と話をする方が遥かに面白くなります。自然、日韓チャットなのに日本人ばかりの部屋が出来上がります。

日本人同士で話す韓国人の話も、だいたい同じことの繰り返しが多くなるのは必然ですが、それぞれの対韓国人体験を持ち寄ると、小さいながらも新しい発見や、あまりにも見慣れていて気づかなかったことに気づくことが出来ます。

例えば、先日韓国人と一緒に食事をした日本人に聞いた話です。

韓国人と一緒に韓国料理を食べたのだそうですが、何故か「これ食べれる?」「からくない?」としきりに聞くのだそうです。それもどこか優越感を漂わせながら聞くので、聞いてる日本人の方はあまり良い気分ではありません。しかも、食べてる真っ最中に聞くのだそうです。

そもそも、一緒に食事をする場合、相手がそれを食べられるかどうかは、食事に行く前に聞くものです。食べてる最中に「これ食べられる?」とか「からくない?」と聞いて、もし「食べられない」「からい」と言われたら、食べるのを切り上げて別の店に行くつもりなのでしょうか。

もちろんそんなところまで韓国人が考えているとは思えません。今、自分が言った言葉を相手がどのように受け取るかを考える韓国人は、きわめて稀です。更にその相手からどのような反応が返ってくるかまで考えている韓国人は、滅多におりません。

以前にも述べたことがありますが、チャットで後から入室した韓国人は、「今何の話をしますか?」と聞いておきながら、それに正しく答えても、その話に乗るどころかまったく違う話を始めます。これに気づいてから、何度か試していますが、現在のところその割合は100%です。

「何のために部屋の話題を確認したのですか?」と聞いても、韓国人はきょとんとしています。彼らに、いわゆる「悪気」は無いのでしょう。

彼らには、過去や未来はありません。あるのは、常に現在だけです。今、自分が思ったこと、見たこと、言ったことだけがすべてで、しかもそれらは次の瞬間には時の流れに押し流されて消え去ります。

そんな彼らが、「過去の清算」とか「未来志向」とか、いくらほざいても説得力のあろうはずもないと日韓フォーラムの記事を読んで思った次第です。



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日本人は親切であるべきという呪縛

気がつけば九月も中旬を過ぎ、季節はすっかり秋です。今月は中秋の名月ということで、9月14日が十五夜の満月、15日が十六夜の月、16日が立待月、17日が居待月だったようです。

残念なことに15日と17日の大阪の夜は雨で、お月様を拝むことは出来ませんでしたが、14日は曇り勝ちながらも雲の切れ間から、16日の夜は雲も少なく、冴え冴えとした月を眺めることが出来ました。

この月の光のことを、古人は「月影」と称しましたが、まことにその表現力は優れたものだと感心します。

電気の無かった時代、夜は真っ暗闇なのが普通です。しかし月のある夜ならば、月の光が影を映し出します。今は電灯や電飾があかあかと街を照らし、夜でも影を見ることはありますが、電気の光で出来る影と、月明かりが作る影とは、何かどこかが違います。紗がかかったような月の光が映し出す影は、意外なほどにくっきりとしていて、辺りが月の光で満ちていることを教えてくれます。

影は、光が無ければ出来ませんが、光もまた、影が無いと見ることは出来ません。そういう意味でも、月の光を「月影」と呼ぶのは当を得ていると言えましょう。

ところで前々回記事のコメント欄が盛況です。ちょっと話があちらこちらになっていますが、あちらもこちらも大変興味深いお話で面白いと思って見ております。

「差別」論議については、弊ブログの記事で取り上げると、日本とか韓国とか特亞とかの枠を軽々と超えて壮大な人類全体の話になってしまうので、弊ブログの性格上取り上げるつもりは、今のところありません。

ただ個人的には、「差別」という言葉に悪いイメージを持っている人は多いのは事実と思います。

それは例えば、コメントにもありましたが、「朝鮮」や「朝鮮人」という言葉そのものに何ら悪い意味が無いにもかかわらず、日本人がそれらの単語を用いるのを見た韓国人が、悪いイメージで受け取るのと同じことでしょう。

それを「そういう韓国人が多いから」という理由で使わないようにすれば、それは即ち「朝鮮」「朝鮮人」という言葉に悪い意味があることを認めることになります。それを続ければ、やがては「朝鮮」「朝鮮人」が悪い意味の言葉として定着することも十分あり得るでしょう。

それを「言葉は変わっていくものだから」と放置し続ける(=その言葉が悪い言葉として定着するのを容認する)ことが果たして良いことなのかどうか、というお話なのではないかなと、コメント欄を見ながら思ったことだけは申し上げておきます。

さて、日韓チャットで韓国人によく言われるのが、日本人は親切ですね、とか、日本人は礼儀正しいですね、という台詞です。だいたい入室直後とか、挨拶後などによく言われます。

これは実は、単なる社交辞令ではありません。彼らは本気でそう思っています。正確に言えば「日本人はウリに親切にするべきですね」「日本人はウリに礼儀正しくするべきですね」と思っています。

この言葉は、非常に便利です。例えば日韓チャットで、入室直後や挨拶後以外にこの言葉を聞くのは、韓国人が無礼を咎められたり、主張を粉砕されたりした時です。自業自得で小突き回されると、韓国人が言います。

「日本人は親切だと思っていたのに!」

「日本人は礼儀正しいと思っていたのに!」

彼らは知っているのです。この言葉は、日本人にとって一種の呪文だということを。この呪文を唱えれば、彼らは自分に親切でない日本人や、自分の無礼を咎めるという無礼を働く日本人を、一瞬で悪党にすることが出来、小突き回されていた自分は、一躍その悪党を咎める正義の味方になれるのです。

この呪文に易々と絡め取られる日本人は少なくありません。また、たとえ言われた本人が動じずとも、周囲の日本人(あるいは日本人のふりをした韓国人、もしくは朝鮮DNAが発現した日本人なのかもしれませんがw)がこの呪文に絡め取られ、韓国人と一緒になって、日本人として恥ずかしいだの、日本人なら礼儀を守るべきだのと騒ぎ出すことも割りによくあります。

韓国人がキーキー喚くだけでも十分鬱陶しいのですが、これに日本人が加わると、それはもう大変に鬱陶しいのです。

私たちが一見不親切に見えたり、傲岸不遜に見える態度を取るのには、一応理由があります。韓国人と一緒になって騒ぐ日本人(と思しき人々)は、たいていの場合途中参加で、何故私たちがそういう態度を取るに至ったかを知らないか、知っていても「【親切な日本人】【礼儀正しい日本人】ならば、それでも親切や礼儀を守らなければならない」と思っているようです。

親切や礼儀は、言わば人間関係の潤滑油です。潤滑油は正しい箇所に正しく使えば、確かに有用なものです。しかし、例えば埃や粉塵などでどろどろに汚れている箇所に、洗浄もしないで潤滑油を差し続ければどうなるでしょうか。あるいは不適当な箇所(例えば自転車のブレーキパッド)に潤滑油を用いれば、どうなるでしょうか。

そんなことをすれば、潤滑油は期待通りの効能を発揮出来ないばかりではなく、かえって機械や部品を傷めたり、下手をすればそれを操作する人間を傷つけることも十分あります。

【親切】や【礼儀】、場合によっては【思いやり】なんかも同様です。これらの持つ言葉のイメージから、無闇やたらとどこにでも誰にでも使えば良いと思っている日本人は多いようですが、これらが使いようによっては、少なからぬ害をもたらすことが珍しくないのは、日韓の歴史を振り返ればご理解いただけるのではないかと思います。と言うか、韓国に限らず、特亞相手に日本の【親切】【礼儀】【思いやり】が良い結果をもたらした例を、私はとっさに思いつきません。

それでも使いたいという方は、ご自身の自己責任において、ご自身が責任を取れる範囲内でお使いになるべきであって、他人が使わないことを非難するのはいかがなものかと、そういう場面に遭遇する度に毎回思う次第であります。



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逆「醜いアヒルの子」

今日9月15日は【旧】敬老の日と思ってたら、今年はうまく第三月曜日と重なったようで、平成20年の9月15日は、正しく「敬老の日」です。

ところで成人の日、海の日、敬老の日、体育の日は、「ハッピーマンデー」という構想に基づいて定められた法律により、可動式の祝祭日になっております。旅行業界では、「3連休が増える=旅行需要が増える」という目論見があったので、この制度の成立には、問答無用で賛成の立場をとらされたことを、今でもよく覚えています。

会社ぐるみでハッピーマンデー法制化要請の署名を書かされたりしておりましたが、個人的には、「3連休が増えても、受け入れ側のキャパが増えるわけじゃない」という現実(主な【現実】は、予約が取りづらくなる、その期間だけ旅行代金が高騰する、クレームやトラブルが増える)に悩まされるだけということと、私たちのようなシフト制で勤務する者には無関係なこと、行楽帰りに電車の中でお茶の間を構築する連中が増えるということなどで、正直「なんだかなあ」という躊躇があったのは事実です。

「電車の中でお茶の間」なんですが、仕事で疲れ果てた夜の10時とか11時に、ぐったりして帰りの電車に乗ると、そこにテレビがないのが不思議に思えるぐらいの、ご家庭のお茶の間風景がくり広げられ、場違いなのは相手の方なのに、何だかこちらの方が居たたまれないような気分がするだけではなく、子供が寝ぐずってキーキー泣き喚いていたり、兄弟で喧嘩をおっ始めたり、酷いのになると、3人で4人分ぐらいの座席スペースを占領して子供を寝かせていたりすると、さらに不快感を倍増させられます。

他の乗客が座れる座れないは別にして、私は個人的に、電車のベンチシートに横になって眠るのは酔っ払いとホームレスだけという強い先入観があるので、教育的観点上からも、子供にこんな真似をさせて良いのかと真剣に憂慮するのですが、最近の若い親はさほど気にしないようです。

そう言えば、昔、実話として聞いた話ですが、新幹線の車内アナウンスに次のようなものがあったそうです。

「本日は大変込み合っております。自由席車両をご利用のお客様は、お座席に一人でも多くの方が座れますようご協力ください。お座席に置かれたお荷物やお子様は、網棚の上に(プツッ)」

「……失礼いたしました、お座席に置かれたお荷物は網棚の上に、お子様は大人の方のお膝の上に…」

車内には失笑があふれたと言いますw

まあ、こういうのにすぐ子供の人権たらなんたら言って苦情を言う連中も最近増えましたが、そんなことに目くじら立てるぐらいなら、一人前の運賃を払って乗っている大人を立たせておいて、半人前の運賃しか払ってないお子様が、のうのうと一人分の座席を占有しているということに目くじら立ててくれないものかなあと思います。

さて、今回もコメントからのお題です。

まにさんの「差別」と「区別」の説明、すごい分かりやすいですね。
これを履き違えている自称知識人のなんと多いことか。
(まぁ、わざとやっているような輩もいるんでしょうが、特に左巻きの方々)

さて、スレ違いだとは思いますが、ある在日朝鮮人が下記のブログに
自作自演の書き込みをしております。
(そのブログからはその在日朝鮮人自身のブログにも飛ぶことが出来ます)

  ttp://ameblo.jp/worldwalker2/entry-10135199775.html

その中で、彼(在日朝鮮人)は「生まれてから30年が経過してから
在日朝鮮人(生まれた時には帰化してるから、在日コリアンが正しい)だと
知った能天気モノ」と告白しております。
当然それまで自分自身のことを骨の髄まで日本人だと考えていたと
思われますが、彼の書き込みを見るとそれまでの日本人だったことを
忘れ、あたかも量産型のような思考を披露してくれているのですが、
これってあり得ることなのでしょうか?

もし私(もしくは多くの日本人)が、彼の立場だったとしても
おそらくそのまま日本人としての今のスタンスを崩さないと思うのですが・・
(実際、その立場になったときの衝撃は凄まじいとは思いますが、
日本人としての立場を放棄してしまったら、精神の拠り所を失うの
ではないでしょうか)
幾つか前の話題に「DNA」に関するコメントがありましたけれど、
こういう事例を見てしまうと、遺伝子情報以外に「民族情報」まで
DNAには書き込まれているのかもしれない・・ と本気で信じて
しまいたくなりますね。


勝手なスレ違いの書き込みをして申し訳ございません。
fetia様の判断で不適切だと思われるのならば、お手数ですが
削除してください。  失礼いたしました。
2008.09.14 20:07 | Prado URL [Edit] Page top △


冒頭の「差別論」についてはコメント欄で軽く盛り上がったようですので、興味やご意見のある方は各自でそちらをご参照いただくなり、奮ってご参加いただくなりするとして、コメント中に出てくる【在日朝鮮人】について、私は思うところがありました。

コメント中に出てくる【在日朝鮮人】は、本人の自己申告を信じれば、生まれた時から国籍は日本で、30歳になるまで自分が朝鮮人の血統を持つことを知らなかったと言います。ところが、自分が朝鮮人の血統を持っていると知るや、途端に民族意識に目覚めたようです。

この【在日朝鮮人】のコメントとブログを見ながら、私は同じような境遇の日本人の例を思い出しました。恐らく、韓国ウォッチャーなら一度は聞いたことがあるのではないかと思うのですが、鷺沢 萠(さぎさわ めぐむ)という筆名で小説を書いていた女性のことです。

彼女は、自身が書く小説の取材中に自らの祖母が朝鮮人であることを知り、途端に民族意識に目覚めます。彼女の作品をいくつかと、彼女のHPの日記を読んだことがありますが、彼女は自身が25%朝鮮人であることを受け入れつつ、どこか困惑し、狼狽していたように見えました。

私は彼女の作品や日記を読みながら、彼女が75%の日本人の血の方を重視しないことが、不思議で不思議で仕方ありませんでした。彼女は25%の朝鮮人の血の方にばかり意識を向け、悩み、惑い、やがて開き直ってはまたうろたえるということを繰り返していたように見えました。

その彼女が最後に選んだ道は、自らを殺すことでした。それは私には、彼女の中の75%の日本人が、25%の朝鮮人に殺されたようにしか見えませんでした。

件の【在日朝鮮人】は、鷺沢氏よりも朝鮮の血が濃いのかもしれませんが、それにしても日本で日本人として生まれ育っているのです。にも関わらず、いわゆる「在日」よりもなお朝鮮人であることにこだわってしまう点で、この【在日朝鮮人】氏(この方、ご自身のブログでも、よそのブログにコメントを書くときも、本名を名乗っておられるので、そのまま漢字に直して書いちゃおうかなと、一度は思ったのですが、どうもこの方、「日本血統の日本人は、朝鮮語を解さない(あるいは「解せない」)」と信じているようで、暗号代わりにハングルをお使いのご様子。その意を慮って、あえて本名と思しきお名前は伏せます)と鷺沢氏は共通しています。成人してから、自身の血統が朝鮮であったことを知るということは、在日よりもなお強い精神的ねじれを持つのでしょうか。

そう言えば、かつては無作法な真似をすると年長者から「朝鮮人じゃあるまいし!」と叱られたそうですし、今でも「朝鮮人のようなことをするな」という文言で叱言を言われるのは、非常に屈辱的に感じられます。

日本人から、自身が日本人であることを否定されることと、さらに朝鮮人と同類視されることというのは、普通の日本人にとってはこの上ない精神的ダメージを被るものなのでしょう。ましてやそれが単なる言葉のアヤではなく、実際に自らの身体の中に分かちようもなく朝鮮人の血が流れていることを知れば、「自身が日本人であることを否定する日本人」とは他ならぬ自分自身であり、さらに朝鮮人と同類視されるだけではなく、実際に血統上は朝鮮人であることを「日本人である自分自身」が認めざるを得ないという精神的ダメージたるや、単なる叱責などとは比べ物にならないものなのかもしれません。

昨晩チャットでその話をしていたら、「醜いアヒルの子の逆パターンだな」と、ある日本人会員が言いました。

「醜いアヒルの子」というお話は、皆様ご存知のとおり、生まれた時からアヒルの子にしては不細工だったので、同じアヒルの兄弟たちにはからかわれ蔑まれます。しかし、その「醜いアヒルの子」が成長すると、兄弟だと思っていたアヒルとは段違いに大きく美しい白鳥だったのでした、めでたしめでたし、というお話です。

この逆パターンですから、「生まれた時から白鳥の子だと思っていたのに、成長してみたら白鳥の子じゃなかった」というわけです。

これを私が混ぜっ返して、「生まれた時から白丁の子だなんて思っていなかったのに、成長してみたら白丁の子だった、というお話ですか?」と言って、まるで落語だと大笑いしておりましたが、当の本人にとっては、笑い事どころではないのでしょう。

ところで最近、私の知人から、この「朝鮮人じゃあるまいし」という叱責の逆パターンを聞いたことがあります。

親が余りにもわからず屋で自己中心で屁理屈捏ねるし、それが通らないとすぐブチ切れるしで、とても困っていた知人が、ある時いつものように無茶苦茶なことを言う親御さんに閉口して、思わずこう言ったそうです。

「それってすごく朝鮮人っぽい考え方や言動なんだけど、もしかしてうちって、朝鮮人の血統が混ざってる?」

時々知人が口走る手厳しい朝鮮人批判を「人種差別だ」と言って強く非難していたその親御さんですが、それを聞くや「うちに朝鮮人の血統など入っているわけがない!」と激怒して否定したそうです。

以後、親御さんがわからないことを言い始めた時に「やっぱりうちって朝鮮人の血統が入ってるんじゃない?」と知人が言うと、その親御さんはぐっと黙るようになったそうです。

ある意味、肉を斬らせて骨を断つ的荒技で、どこのどなたにでもお使いいただけるかどうかは疑問ですし、もしかすると親御さんに「実はそうなんだ、やっぱりわかるか?」なんて言われちゃう可能性もありますが、万一そうなっても人生に絶望しない自信のある強い心の持ち主の方で、そのような親御さんにお悩みの方は、一度お試しになってみるのも良いかもしれません。

なお実際に試す場合は言うまでもありませんが、自己責任でお願いします。試してみてどのような結果が出ようとも、私は一切関知いたしませんし、一切の責任を負いません。



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それが出来れば苦労はしない

北朝鮮の金正日が脳卒中だの脳溢血だの脳梗塞だのと、不確定情報が乱れ飛んでいる今日この頃ですが、いずれにしても彼に何か健康上の問題が発生していることは間違いないようです。

金正日も66歳。あれだけ露骨に不摂生していることを見せつけるような体型をしているわけですから、生活習慣病のひとつやふたつ、持っていないほうが不思議です。

ところで、彼が死んだら朝鮮半島情勢に何か変化が起きるでしょうか。個人的には、もし金正日がこの1年以内に死ねば、それは韓国が南北統一の主導権を握り得る最後のチャンスになるんじゃないかと思います。もっとも今の韓国に、そのチャンスを物に出来る能力があるかどうかは、激しく疑問なのですが。

さて今回は、前回記事についたコメントについて。

嫌日を生み出してる

日本に興味を持ち握手を求めて近寄ってきた韓国人に
出会い頭にいきなり平手打ちを食らわせてるように思える

日本が嫌いになるような社会環境の中で
数少ない人が日本に興味を持ち日本人と会話をしたいと思ってチャットに参加したら
そこで出会った日本人はやっぱり自分が学校で教わったような嫌な日本人ばかりだった

そうやって親日になる可能性があった韓国人を
次々と嫌日家に変えてしまってるのではありませんか?

2008.09.11 15:47 | miya URL [Edit] Page top △

実は、日韓チャットでも時々「優しい日本人」たちと私の間で、韓国人に対する態度について対立することがあります。

「優しい日本人」たちの韓国人に対する生温甘い対応に私が苛立つと、「優しい日本人」は、韓国の社会環境や教育環境を鑑みれば、彼らの多少の無作法や粗相にいちいち目くじら立てることはないとか、いきなり厳しく接していては、誰もついて来れないじゃないかと言います。

例えば、私が日韓チャットで個人的に禁じている行為に、国籍詐称があります(ただし、在日の日本ID使用は、国籍詐称とみなしてはおりません)。しかし「優しい日本人」の中には、「最初から韓国人であると明言していれば、国籍詐称もOK」という人もいます。

ほとんどの国籍詐称韓国人は、こちらが見抜いて「韓国人か?」と問い質すまで知らぬ顔を決め込んでいるのですが、最初に「日本IDですが、韓国人です」と断りを入れる者も、きわめて稀ながら、いないわけではありません。しかし私は、いずれの場合であっても「【嘘をついていると正直に言う私は正直者だ】という主張は認めない」という方針を徹底していますが「優しい日本人」に言わせると、「何もそこまで杓子定規にならなくても」となります。

また、コメントでもご指摘の通り、私は彼らに対して、「とりあえず殴って、おとなしくさせてから話す」という対応をしていることが割としばしばあります。しかしその場合でも、私には「殴っている」という意識と自覚があります。

これは私の持論になるのですが、「殴るという意識を持って殴る人は手加減することが出来るけど、殴るという意識を持たずに殴る人は手加減することが出来ない」と思っています。もちろん、私が殴るときも、十分手加減した上で殴っております。と言うか、私が本気出す前に、彼ら逃げちゃいますから。

逆にこちらが殴られることも非常にしばしばあります。私は前述の理由から、「殴るという意識を持って殴る人」より、「殴るという意識なしに殴る人」の方を、より強く警戒することにしています。

韓国人は日本人に対してしばしば「殴るという意識を持たずに殴る」ことがあります。既に幾度も述べていますが、韓国では、日本が悪いということは常識であり良識です。その「悪い日本」を正してくれてやるという正義感で日本人に接する韓国人は、少なくありません。

「日本は嫌いだが、日本人は嫌いではない」と言う韓国人の話をよく聞くと、「日本人は、日本政府に騙されているからだ」と考えていることが少なくありません。愚昧な日本国民は、狡猾な日本政府によって捏造・歪曲された情報や教育を受けている、と韓国人は考えています。これは韓国政府と韓国国民の関係を、そのまま日本に投影しているだけなのですが、韓国人は「だから日本国民は悪くない。悪いのは日本政府である」と言います。

ですから、日本人的に「殴られた」と感じるようなこと、例えば出会い頭の「日帝の過去の蛮行について謝罪してください」とか「ドクトはどこ地?」というようなことを、韓国人らは胸を張って言います。それは韓国人的には殴るどころか、「無知な日本人に謝罪の機会を与えてやっている」「愚昧な日本人に教えてやっている」という、この上ない【善意】だったりします。

そういう【善意】を持っている連中を【親日になる可能性のある韓国人】と考えるのであれば、そんな連中に親日になられても、日本人にとっては迷惑でしかありません。

そもそも、チャットごとき(←このフレーズですが、いみじくも弊ブログを陰で誹謗してる方が「たかがチャットごときで国や国民を語るな」と言いたいですね。」って言っておられましたw)でちょっと日本人に殴られたからって、「やっぱり日本は悪いんだ」などと思うようになるならば、私が殴る以前から彼らには「悪い日本」という抜きがたい意識があるのです。

殴られた理由を考えもせずに、「日本人はやっぱり自分が学校で教わったような嫌な日本人ばかりだ」と考えるような韓国人が、本当の親日になどなる可能性はありません。そのような韓国人を甘やかし、なだめ、おだてて彼らの表層的な親日を増幅させたとしても、そんなもの日本と日本人にとって迷惑なだけではなく、韓国人たちにとっても、彼らの「ねじれ」をより深刻化させるだけです(「ねじれ」については、過去記事で幾度か言及しておりますので、よろしければご参照ください)。

彼らは元々、反日なのです。生まれながらにして、とまでは言いたくありませんが、少なくとも物心ついた時点で彼らは既に反日です。反日な彼らが更に嫌日になろうと侮日になろうと大差ありませんが、上っ面だけの親日や阿日になられては困るのです。

と言うか、私がチャットでいくらぶん殴ったところで、「やっぱり日本人だね!!」と捨て台詞を吐いて逃げて行った韓国人が、その直後に別の日本人部屋にいそいそと入っていくことは少なくありません。私が殴ったせいで日本嫌いになったとしたら、その直後に日本人部屋になど行きますまい。

過去記事でも幾度か述べたことがありますが、彼らは反日でありながら、日本が大好きなのです(この辺りについても、過去記事で幾度か述べておりますので、お時間があればご参照ください)。

何度でも言いますが私は、日本の国益を鑑みれば、日韓は発展的に関係解消するべきだと思っております。ですから韓国で反日だけではなく、嫌日が拡大増殖するとすれば、それは私にとっては願ったりです。

しかし韓国人社会が総出で何年、何十年とかけて刷り込んだ彼らの潜在的な反日意識と、表層的な親日意識を、チャットの数十分で覆すなどという神の御業が、私ごときに出来ようはずもありません。

もし私にそんなことが出来ると本気で思っていらっしゃるとすれば、それは買いかぶり過ぎと言うものです。



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自己愛精神旺盛な韓国人

本日は9月9日、重陽の節句です。日本では、「9」は「苦」に通じるというので忌み数になっていますが、中国では「9」は「久」に通じるので、喜ばれる数字になっているそうです。それが二つ重なった9月9日の重陽の節句は、「久久」、即ち「永久」という意味になることもあって、一層めでたいとされています。

この時期を中国では中秋節と言って、日本で言うところの「お盆」に当たります。日本と同様、故郷に帰る人々で交通機関は大混雑するとか。

中国同様に、韓国でもこの時期を秋夕(チュソク)と言って祝うのですが、連中、中国の中秋節を「ウリナラ起源」と言い出している模様

ついこないだ、中国に「韓国は歴史泥棒」と言われて怒られたばかりなのに、そのほとぼりも冷めぬ内に同じことを繰り返すって、どんだけ空気読めないのやらと、ある意味感心します。

彼らの空気の読めなさは、日韓チャットでも毎日のように見ることが出来ます。

例えば、連中、入室するや否や、「何の話をしますか?」と言うのは良いのですが、発言のタイミングが必ずと言って良いほど悪いのです。そのタイミングの悪さは、まるで話の腰を折るために狙って言ってるのではないかと思うぐらいです。

私などは、話の腰を折られたことに気を悪くして全力で無視するか、さもなくば全開でぶん殴るのですが、日本人の中にはそのタイミングの悪い問いに、真面目に答える優しい人もいます。

しかし、実は彼らに対しては、誠実に回答しても、あまり意味がありません。

つい一昨日に、実際にあったわかりやすい例をあげますと、韓国人が入室するなり「何の話をしますか?」と言ったので、優しい日本人(もちろん私ではありません)が「明日の予定について」とその時の話題を言いました。

するとその韓国人はそれに「はい」と答えてすぐに、「日本の福原愛、人気が多いですか?」と言ったのです。

日本人が唖然として沈黙すると、その韓国人は無言で出て行ってしまいました。

優しい日本人は「何の話題か確認して、「明日の予定」だと説明しているのに、何故全然関係が無い会話を始めるのか理解が出来ないw」と苦笑していましたが、このように、韓国人と話していると、話の腰をへし折っただけでは気が済まず、自分の興味ある話題に無理やり方向転換させようとするのは珍しいことではありません。

例えば、日韓チャットではよくある「韓国に興味がありますか?」という問いに対して、「あります」と答えても、「韓国の何に興味がありますか?」と聞かれたことはほとんどありません。たいてい「私も日本に興味があります!」と続きます。

仕方がないので、こちらが「日本の何に興味がありますか?」と聞くと、彼らは「日本の文化に興味があります!」と大喜びで言うのですが、「日本の文化の何に興味がありますか?」と更に問うと、段々勢いが落ちていき、最後には「そんなに詳しくは知らない」と不機嫌そうに吐き捨てます。

言うまでもありませんが、「そんなに詳しく」聞いていません。例えば「日本の祭りに興味がある」と答えた韓国人がいました。某巨大匿名掲示板で行なわれる祭りを除いても、日本には数え切れないほどの祭りがあり、ただ漠然と「日本の祭りに興味がある」と言われただけでは、こちらも何とも答えようがありません。

ですから「どんな祭り?」「どこの地方の祭り?」と聞いてみたことがありましたが、やはり「そんなに詳しくは知らない」と言われました。

「興味がある」ならば、普通は自分が納得出来るまで多少なりとも調べるものです。ましてやIT強国を自称する韓国の人々です。日韓チャットに接続することが出来るならば、いくら韓国の検索環境が多重障壁に囲まれていると言っても、その範囲内で自分の興味あることを検索することもさほど困難ではありますまいに、彼らは自分が興味あることについて、ほとんどと言って良いくらい知りません。

例えば、1年365日、「日本」の二文字を語らぬ日のないほど日本に対して関心の高い韓国人ですが、たいていの韓国人は日本について本当に何も知りません。ただ学校の教師や友人の噂話、テレビで見流したニュースやドキュメンタリー、アニメやマンガや映画などから得られる情報で、記憶に残ったものだけが彼らの「知識」となります。

その「知識」を他人にひけらかすことが、彼らにとっては「興味を持っている」ことであって、それは即ち、他人からの注目を得たいというアピールに過ぎません。

もちろん、韓国人でも稀に興味の対象について積極的に資料を検索し収集する例もあります。しかしそういう韓国人でも、その資料を読み解き、整理して自分なりに理解するということはほとんどありません。ただ「資料を集めた」「読んだ」ということをひたすら主張するばかりです。

そういう彼らを観察していて思うのは、やはり彼らが徹底して他者に興味がないということです。

実は、以前もちらっと申し上げたことがありますが、韓国人考察において何でもかんでも【ウリ】と【ナム】に帰結させることについて、個人的にそんなに単純に考えて良いものだろうかという疑問を強く感じています。

しかし、韓国人を観察していると、どう避けようとしてもそこへ帰着してしまうのです。

彼らは徹底して【ウリ】にしか興味がありません。彼らが何に興味を示そうとも、それは巡り巡って自分自身への興味に必ず帰着します。

もっともこの【ウリ】に対する興味も、【ウリ】の美点や長所(と彼らが思いたいと思っている点)だけにしかありません。例えば、同じ韓国人であっても、「韓国人的に誇らしいと思えない人」たちに対する韓国人の無関心さは、凄まじいものがあります。そのくせ、「韓国人的に誇らしいと思えない人」に対する差別や、あるいは非難は「韓国人的に誇らしい」ので、実態以上にアピールされます。

それは自分自身に対しても同様です。日韓チャットで私に無作法を咎められた韓国人が、咎めた私に返す言葉は、自分の無作法に対する反省でも言い訳でもなく、私が彼らの無作法を咎めたことに対する非難です。

誇らしい【ウリ】であれば、無作法などするはずもなく、仮にしたとしても、それを【ナム】が咎めることなど、彼らとしては絶対に認められぬことなのでしょう。

最初の方で述べた彼らの「ウリナラ起源説」も、結局のところは「皆!誇らしいこのウリに興味を持って!無視しないで!」という彼らの、悲鳴にも似た懇願の彼ら的表現、あるいは「誇らしいウリは世界中から注目されている」という彼らの自己暗示じゃないのかなあと思うようになってきた今日この頃です。



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話せばわかるという幻想、あるいは思い上がり

Googleから、新しいブラウザが出たというのを聞いて、早速インストールしてみましたが、かなり快適です。もっとも、まだベータ版ですから、そのうち何か不具合が出てくるかもしれませんが(って言ってたら既に出てましたw>Google Chromeに早くも複数の脆弱性)

ところで、前回お話した「グリズリー・マン」ですが、興味のある方は「グリズリー・マン」や「ティモシー・トレッドウェル」などのキーワードで検索してみてください。なお日本語版Wikipediaに「ティモシー・トレッドウェル」の項目は現在作成されておりませんが、英語版には存在します。興味のある方はご参照ください。

検索すると、彼の最後の瞬間の音声と言われるものも必ずヒットしますので、それをお聞きになるか否かは、各自の自己責任でご判断ください。ちなみに、私は最後まで聞くことが出来ませんでした。

このグリズリー・マンの話は、どこぞの半島人が熊の子孫ということは抜きにしても、韓国ウォッチャーとしては、実に示唆に富んだものと思います。

グリズリー・マンことティモシー・トレッドウェルは、グリズリーを心から愛し、グリズリーを密猟者から守るための団体を設立し、保護に積極的でない(ようにティモシーには感じられた)政府などを罵り倒します。

丁度韓国を愛し、韓国との友好促進を叫び、それに好意的ではない人を罵り倒す人の如く。

You Tubeで「Timothy Treadwell」をキーワードに検索すれば、彼の撮った映像が山盛り出てきます。それらを見ると、彼はグリズリーに盛んに「I love you」と話しかけながら、丸腰で、今にも触れられそうなぐらいの距離まで近付いています。

その姿は、見る人によっては、感動的で共感を覚えるものなのかもしれません。特に動物好きな人ほど、強い感動や共感を覚えるのではないかと思います。

「グリズリーのことを、凶暴で獰猛で残虐で危険な動物などといった悪いイメージばかり宣伝するのは間違っている。この姿も、グリズリーの真実である」とティモシーが言ったかどうかは知りませんが、その映像を見れば、そう考える人が出てきてもおかしくはないでしょう。

丁度「韓国の悪い面ばかりをクローズアップしてあげつらうのは間違っている。韓国にもこのような良い面がある」と韓流捏風を演出した人たちが言ったかどうかはわかりませんが、そう思う人が出てきてもおかしくないようなドラマを作って宣伝していたように。

しかし、例えば北海道に棲息するエゾヒグマもグリズリーの近縁種です。もしティモシーの撮った映像を見て「なるほど、ならばエゾヒグマにも人間の愛情が通じるだろう」と思って、エゾヒグマの出没しそうな場所にも無防備に立ち入る人が増えれば、どうなるでしょうか。

結局、ティモシー・トレッドウェルは、自身の生命のみならず、恋人の生命と、彼が愛したグリズリー2頭の生命をも犠牲にした結果、おそらくは彼が望まなかったであろう教訓、即ち人間の思想や感情が、動物相手に理解されているとか、理解され得ると考えることそのものが、実は非常に傲慢で危険で、傍迷惑なものだという教訓を私たちに残したことになります。

と言うか、別に動物相手に限ったことではなく、相手が人間の場合も、それはあまり変わりません。

これもやはり左巻きの方に非常に多いのですが、韓国人が相手でも、話せばわかると仰る方が時々いらっしゃいます。しかし、そういう考えは非常に独善的な願望でなければ単なる幻想、さもなくば思い上がりであると私は断言します。

「話せばわかる」という理由について、「日本人も韓国人も、同じ人間なのだから」と仰る方が大変多くいらっしゃいます。と言うかほとんどがそう言います。しかし、その前提からして既に間違っています。日本人と韓国人は、断じて「同じ人間」などではありません。

ここで言う「日本人と韓国人は断じて同じ人間ではない」という考えについて、脊髄反射を起こしそうな方にあらかじめお断り申し上げておきます。韓国人を「人間」と呼ぶことそのものについて、私が個人的に極めて強い抵抗を感じているのは確かに事実ですが、今回はそういう話ではありません。

日本人と韓国人は、現在のところ、同じ「ホモ・サピエンス」という種として分類されています。実はどこにそういう記述がされているのか知らないし、そもそもそんな記述がどこにあるのか見当もつかないので、実際に確認したことはありませんが、多分そうだろうと思います。確認したことがないので、確実にそうだと言うことは出来ませんが、とりあえずそうだろうと考えて、日本人と韓国人を「同じホモ・サピエンスに分類されている種」と言うことは出来ます。

もっとも、とある在日に言わせると、「ホモ・アンサピエンス」という分類があるらしいのですがw

それはさておき、日本人と韓国人が、同じホモ・サピエンスという種に分類されているだろうということはとりあえず認めるとしても、そのことは「話せばわかる」ということとは、まったく何の関係もありません。また「同じホモ・サピエンスという種に分類されている」ということが、「話せばわかる」ということを担保することも、絶対にありません。

それは歴史を見れば明らかです。いや、歴史に問うまでもありません。社会経験のある方であれば、同じホモ・サピエンスであるばかりではなく、同じ日本人同士でありながら、話が通じない人と遭遇した経験のない方は、おそらくいらっしゃらないと思います。

もっと言えば、同じホモ・サピエンスであるばかりか、同じ血を持つはずの実の親子や兄弟であっても、あるいは血は繋がらずとも互いに愛し合っているはずの夫婦や恋人同士であっても、「話してもわからなかった」という経験をお持ちの方は、間違いなくいるはずです。

北朝鮮人のことを、韓国人は「同胞」「兄弟」と言います。実際、彼らは同じ言語を持つ同じ民族であり、血統的にも比較的近い親戚関係である場合が、少なからずあります。その彼らが、何かあるたびに反発しあい、決裂していることは、韓国ウォッチャーならずとも周知の事実でありましょう。

それどころか、同じ韓国人同士でさえ「話し合ってもわからない」という事例は、依然くすぶり続けているあの馬鹿げた燭火デモを例にあげるまでもなく、枚挙に暇がありません。

これらは全て「同じ人間なのだから、話せばわかる」などという文言が、実は根拠のない願望であることを表しています。

私たちは、「同じ人間」という種ではあっても、一人一人がそれぞれ異なる人間です。まずそれを認め、理解しなければ、相互理解など得られようはずがありません。ましてや韓国人に限らず、外国人相手ならば、より一層そのように考えて然るべきでしょう。

今回の「日本人と韓国人は、同じ人間ではない」というのは、そういう意味だとご理解ください。今回は、ね。

ところで、「同じ人間なのだから話せばわかる」というフレーズを発する人を見るたびに、「【ウリ】ならば同じ考えなのが当然」と考えている韓国人とオーバーラップしてしまうのは、私だけでしょうか。



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愛情に愛情で応えてもらえるとは限らない

韓国が【暗黒の九月】に突入した途端の福田総理の辞任には、少々驚かされました。これを絶妙のタイミングであったと見る韓国ウォッチャーは、案外多いようです。

私も、まさか韓国の経済破綻の影響に備えるためだけの総理辞任とはさすがに思いませんが、辞任を決めた要素のひとつにそれが入っていても、おかしくないとは思います。

実際問題として、韓国経済は既に崩壊のカウントダウンが始まっています。もし韓国がAgain IMFになれば、日本が韓国からの支援要請を、100%完全に断ることは難しいでしょう。ましてや中韓に舐められまくってる福田さんでは、いじめられっ子がカツアゲされるが如くの対韓支援をやりかねません。

そうやってさせられるだけ支援させられても、日本は韓国に感謝されるどころか、なお一層恨まれるだけになるのは、火を見るより明らかです。

どうせ支持率も低いし、辞める時期を見誤って貧乏くじ引かされるくらいなら、韓国経済が崩壊する前に辞めた方が面倒も少ないし、日本の国益にも適うだろうと福田さんが考えたかどうかはわかりませんが、日韓関係に限定すれば、今回の総理辞任はそういうタイミングではありました。

この上、もし麻生さんが次期総理になれば、韓国は李完用役が出てこない限り、日本から十分な援助を引き出すことは出来ないでしょう。

もし現在の韓国に、かつての李完用の如く、国民感情に逆らってでも韓国の国益を第一に考えることの出来る人物が出てくれば、日本としてはかなり災難です。その人物が韓国を代表して、堪え難きを堪え、忍び難きを忍んで日本に頭を下げ援助を乞えば、如何に嫌韓といえども、惻隠の情を催さずにはいられますまい。たとえ惻隠の情を催さずとも、そうやって韓国が下げた頭を踏み付けにしたりすれば、非難されるのは踏み付けた方になるのが日本という国のつらいところです。

もちろん韓国が「堪え難きを堪え、忍び難きを忍んで」日本に頭を下げると言っても、口だけではなく、それなりの行動を見せてもらわねばなりません。例えば、竹島の不法占拠を直ちに解いて日本に謝罪し、即日撤収するぐらいの行動は、最低限必要でしょう。

しかし、そんなことが出来る人物が、現在の韓国にいるとは思えません。そうしなければ韓国本土が崩壊するとしても、彼らは竹島を死守しようとするでしょう。

そんなわけで、韓国経済が助かる可能性は現在ほとんどありませんので、私たちは沈みゆく韓国経済をマッタリ観賞しながら、日本がその余波を被らないことに腐心していれば良いかなと思います。

ところで、前回記事のコメント欄も盛況で、筆者は大変喜んでおります。

これまで幾度も述べておりますが、残念ながら私は全知ではありません。ですので、私の知り得た事実や考察が全てではありませんし、言うまでもなく完璧に正しいわけでもありません。しかし、十全ではないにしても、私が知り得た事実や、それらについての考察を記事として弊ブログで皆様に公開し、それを読んでコメントを投げ返していただくことで知識を共有し、互いにより広く深く考察することが出来、またいただいたコメントによって私のブログ執筆のモチベーションがあがり、再び皆様へ記事をお渡しすることが出来ます。そういう循環が、飽韓気味の現在の私の、弊ブログを続ける原動力になっています。

ですから、批判や反論も歓迎しております。むしろ、批判や反論の方が考察の参考になりますので、我こそはと思う方はどんどん批判・反論のコメントをください。特に以前から申し上げております「日韓断交によって日本が被るデメリット」をご存知の方、ご教示いただければ幸甚です。

ただ、今更改めて言うことでもありませんが、たとえ弊ブログのコメント欄であっても、ネットで意見を述べる際の最低限のお作法は、どうぞお守りいただきたいと思います。少なくとも、「批判・反論歓迎」ってのは、「いただいた批判や反論に無条件で賛成・同意します」という意味ではないことぐらいは、あらかじめご承知おきください。

さて、今日は「隣人として見守る事こそ今日本人に出来る最大の愛情表現」云々を仰るコメントと、そのコメントに対するコメントを見ながら、しみじみ考えたことを申し上げたいと思います。

日本人に限ったことではないと思いますが、「愛情を注いだ相手からは、必ず相応の愛情が返ってくる」と信じてる人は、意外に少なくありません。これは正しくは「愛情を注いだ相手からは、必ず相応の愛情が返ってくると良いなあ」という願望でしかないのですが、なぜか「と良いなあ」の部分が欠落してしまって、「返ってくる」と信じ込んでしまっている人が多いのです。

また人が愛情を注ぐ相手は、必ずしも人間とは限りません。動物や植物、機械などにも愛情を注ぐ人は珍しくありません。とはいえやはり、人間以外であれば、表情のある動物に愛情を注ぐ人が一番多いでしょう。

その動物も、人間の便宜上、家畜とそれ以外に分けられます。

人間によって家畜として飼育されている動物、特に愛玩動物は、こちらが注いだ愛情に応えてくれるような気はします。しかし、たとえ愛玩動物であろうとも、適切な対応が出来ない人が近寄れば、たとえその人が愛玩動物に対してどれほどの愛情を注いだとしても、その人を害することがないとは言い切れません。

幼児が、飼い猫を可愛がろうとして尻尾を掴んで引っ張り、怒った猫に引っかかれるという事故は、割とよくある例と言えるでしょう。

さらに動物園などの施設で完全に人間の管理下にあるとしても、家畜ではない動物は、しばしば飼育員を傷つけ、時には飼育員を殺すことさえあります。

家畜ではない動物を飼育・管理するための知識や技能、経験を持った飼育員でさえ、ひとつ間違えば自身が愛した動物に傷つけられたり、最悪の場合命を奪われるたりすることもあるのです。

もしそれが野生動物であれば、何も知らない人が、その野生動物に対してどれほどの愛情を持っていたとしても、またその野生動物がどれほど可愛く見えても、どれほど温和に見えても、知識も技能も経験もないまま無闇に野生動物に近寄ることは、極めて危険な行為です。

もちろん、だからと言って動物に愛情を持ってはいけないなどとは言いません。遠く離れた場所から眺めるだけとか、写真や映像で見るだけであれば、彼らに惜しみない愛情を注いでやるのは良いことだと思います。

しかし、もし動物に接触する可能性があるほど近付いたり、あるいは動物の方からこちらに近付いてくることがあれば、こちらがその動物に対してどれほどの愛情を持っていたとしても、それが動物相手に伝わるだろうとか、きっと伝わっているだろうなどと夢想することは、断じて推奨出来ません。

ましてや、その動物が、注いだ愛情に見合うだけの愛情で応えてくれるなどと考えるのは、危険を通り越して自殺行為です。

アメリカに、グリズリー・マンと呼ばれた一人の男性がいました。彼はグリズリーを心から愛し、その保護を訴え、十数年間もグリズリーの姿を撮影し続けていました。

全身全霊を込めてグリズリーを愛した彼は、2003年、生きたままグリズリーに食われるという最後を遂げました。

もっとも彼は、「グリズリーのためなら死ねる」とまで言っていたそうですから、グリズリーの方も、その彼の愛情に文字通り食べてしまいたいと思うほどの愛で応えたのだと思えば、食われた彼は本望かもしれません。

気の毒なのは、彼の恋人でしょう。おそらくは、彼ほどグリズリーを愛していたわけでもなかった彼女は、その彼と共に、やはり生きたままグリズリーに食われたそうです。

グリズリーを愛した男の恋人になってしまったのが、悲劇の始まりとしか言いようがありません。

ところで、皆様既にご承知のことと存じますが、どこぞの半島の連中も、熊の子孫です。



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