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東海道新幹線でついに終了… 車内販売、揺れ動いた歴史

鉄道の達人 鉄道ジャーナリスト 梅原淳

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JR東海の東海道新幹線「のぞみ」「ひかり」で行われていた車内でのワゴンによる販売が10月31日限りで終了となる。翌11月1日からグリーン車にはモバイルオーダーサービスが導入され、食べ物や飲み物をスマートフォンで注文するとパーサーが届けてくれるという。

ワゴンやかごを携えて車内を回り、食べ物や飲み物、土産類を売る車内販売は近年めっきり減った。新幹線でも山陽・東北・上越・北陸などの一部の列車だけで、北海道、九州ではすでに車内販売をやめている。

新幹線の車内販売というと、ポットに入れたコーヒーやアイスクリームを楽しみにしている人も多いだろう。東海道新幹線に関して言うと、JR東海は「のぞみ」の停車駅のホームなどにドリップコーヒーやアイスクリームの自動販売機を多数設置するのだという。

「車外で購入して持ち込み」増え

車内販売が廃れた理由は単純で、利用者が減ったからだ。これは実際に新幹線を利用してみるとわかる。車内販売のワゴンが通っても購入する人を筆者はあまり見かけない。弁当や飲み物を駅の売店などで購入して持ち込むケースが一般的となったからだとは容易に想像できる。

とはいえ、長年親しまれただけに車内販売が東海道新幹線から消えるのを惜しむ声は多い。確かにひとつの時代の終焉(しゅうえん)とも言える。これにはふたつの意味がある。ひとつはいわゆる旅情が失われるという点である。多くの方々がそう思っておられるだろう。そしてもうひとつはこれから説明したいが、長らく続いた「戦時」体制がようやく終わるという側面だ。

売店や食堂車の始まりは

駅の売店や食堂車、車内販売をまとめて、国鉄では旅客構内営業と呼んでいた。いま挙げたうちで最も古くから行われているのは駅の売店だ。いまから151年前の1872年(明治5年)に新橋(後の汐留)駅と横浜(現在の桜木町)駅との間で日本初の鉄道が開業したときに当時の横浜駅で新聞や旅行用品を販売したのが始まりとされる。

続いて登場したのは食堂車だ。いまを去ること124年前の1899年(明治32年)5月25日、現在のJR西日本山陽線の祖先である山陽鉄道が京都駅と三田尻(現在の防府)駅とを結ぶ急行列車で営業を開始したのが最初であるようだ。

一方で今回取り上げる車内販売が開始されたのは諸説はあるものの、いまから79年前の1944年(昭和19年)4月1日に起きた出来事がきっかけだと筆者は考える。

戦中の食糧事情が背景に

太平洋戦争の激化を受けて国有鉄道ではこの日から決戦非常措置要綱に基づいてダイヤ改正を実施し、軍事輸送を最優先させる一方、旅客列車からは食堂車を外したり、食堂車の営業を休止して食堂部分も座席として旅客を乗せたりすることとなった。

国鉄の部内誌「国鉄線」59年11月号に当時の管財部次長であった土井厚氏が寄稿した「車内販売の新方針」によると、このとき「(前略)列車食堂業者たる日本食堂株式会社に車内でパン等の販売を特に承認した。車内販売はここに端を発している」のだという。駅の売店誕生に遅れること72年、食堂車の登場からも45年が経過している。

食堂車が姿を消したとしても、平時であれば駅の売店などで食べ物や飲み物を購入すればよい。特に当時はホームでの弁当の立ち売りが主要駅で展開され、旅客は車両の窓を開ければ気軽に買えた。だが、食糧事情の悪化からこうした営業も行えなくなり、長距離列車の乗客は食事になかなかありつけない恐れがあった。

そこで列車食堂の営業を担当していた日本食堂(現在のJR東日本クロスステーション)は運輸通信省から承認を受け、車内で「鉄道パン」と呼ばれ、小麦粉のほかに海藻など代用の材料を混ぜたパンなどを販売することとした。これが国有鉄道での車内販売の始まりというわけだ。

戦後も食糧事情は好転せず、むしろ悪化するばかり。車内販売は続けられ、新規参入の業者も加わって戦時中に増して広まっていく。そう聞くと、サービス向上のように思われるが、実態はそうではない。業者によって売られている商品は異なり、利幅の大きな雑貨だけを売り、弁当や飲み物は売らないという業者まで現れたという。しかも当時は長距離列車であっても通路にまで旅客が乗っているのは当たり前。「混雑した列車での車内販売の回数が多すぎる」とあまり評判はよくなかった。

「打ち切り」とならなかった事情

当時の国鉄は戦後の混乱が収まったら車内販売を打ち切り、駅の売店、特にホームでの立ち売りに戻したいと考えていた。ところが、世の中が落ち着いても車内販売を中止にできない事情が生じてしまう。

寝台特急「あさかぜ」(東京―博多間)用として登場した20系寝台客車、特急「こだま」(東京―大阪・神戸間)用の151系(当時は20系)特急電車と、58年(昭和33年)に窓の開かない車両が投入された結果、ホームでの立ち売りを経由して食べ物や飲み物を買えなくなったのだ。「あさかぜ」には食堂車、「こだま」には軽食を提供するビュッフェ、後に食堂車が連結されて営業を行っていたが、これらとは別に車内販売も続けられる。

東海道新幹線が64年(昭和39年)10月1日に開業したころには食糧事情は好転しており、駅の売店も多数の商品を取りそろえていた。開業当初は2両連結されていたビュッフェは売店の役割も果たしていたものの、車内販売は打ち切られていない。旅客が慣れ親しんでいるのでやめられなくなったのであろう。

国鉄からJRへと変わり、駅の売店だけでなく、コンビニで容易に食べ物や飲み物が購入できるようになると、車内販売の売り上げは落ちていった。具体的な数値は筆者には明らかでないが、参入している業者の顔ぶれを見ればある程度はわかる。多数存在した一般の業者は車内販売からすべて撤退し、JR各社の子会社、関連会社だけが手がけるようになって久しいからだ。

車内販売の実施に際しては営業料金といって売り上げの一部を国鉄に納めることとなっていて、その割合は75年(昭和50年)ごろには弁当で平均3.5%であったとされる。JRになってからは不明ながら、店舗形態での「テナント料」を支払ってはもうからないほど売り上げが落ちたのは明らかで、最悪の場合、営業料金なしになっても対処できるJR各社の子会社や関連会社でようやく維持できる水準となっていたのではないかと筆者は推測する。

「イベント」としての存在感

かつてとは食糧事情などが異なる今日では車内販売が増える見込みはまずないだろう。けれども、乗ることを楽しむ観光列車ならば話は異なる。車内販売自体がイベントのひとつとなり得るからだ。

蒸気機関車による観光列車で知られる静岡県の大井川鉄道では昭和時代の長距離列車の面影を感じられる「普通客車列車」と称した臨時列車を期間限定で走らせている。この列車では昭和時代に製造された元国鉄の客車の車内で、往時を再現した車内販売が繰り広げられているという。商品も「お弁当にお茶、ビールにおつまみ……」とかつて車内販売員が声をかけて売られていたものばかりだ。車内販売が姿を消して寂しいという方にはぜひとも乗車をお勧めしたい。

梅原淳(うめはら・じゅん)
1965年(昭和40年)生まれ。大学卒業後、三井銀行(現三井住友銀行)に入行、交友社月刊「鉄道ファン」編集部などを経て2000年に鉄道ジャーナリストとして活動を開始する。「JR貨物の魅力を探る本」(河出書房新社)、「新幹線を運行する技術」(SBクリエイティブ)、「JRは生き残れるのか」(洋泉社)など著書多数。雑誌やWeb媒体への寄稿、テレビ・ラジオ・新聞等で解説する。NHKラジオ第1「子ども科学電話相談」では鉄道部門の回答者も務める。

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