2011/11/27(日)
2 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 08:14:24.66 ID:FWZSMHdz0
<第一章>
アパートの部屋を出ると、吹きすさぶ冷たい風が俺の顔面を襲った。俺は思わず目を閉じる。今年は冷え込みが激しい。朝方ともなれば軽くイルクーツクだ。
手袋をつけたまま、俺はキーケースに入っている鍵で我が家の扉に鍵をかける。そういえば部屋の契約延期手続きをしないとな、などとどうでもいいことを思う。
時が過ぎるのは早いもので、気付けば俺も大学二年生を修了しようとしていた。ちなみに浪人も留年もしていない。有難いことだ。
今日も今日とて――恐らくは高校時代のナチュラルハイキングによって培われた力のおかげなのだろう――俺の足は勝手に俺を大学に運んでいった。
通い慣れた道を行く。周囲には同じ学び屋に在籍する見たことのないやつらがたくさんいて、大欠伸をしたり、忙しそうに携帯電話を弄ったり、ドイツ語の単語を覚えていたりした。
<第一章>
アパートの部屋を出ると、吹きすさぶ冷たい風が俺の顔面を襲った。俺は思わず目を閉じる。今年は冷え込みが激しい。朝方ともなれば軽くイルクーツクだ。
手袋をつけたまま、俺はキーケースに入っている鍵で我が家の扉に鍵をかける。そういえば部屋の契約延期手続きをしないとな、などとどうでもいいことを思う。
時が過ぎるのは早いもので、気付けば俺も大学二年生を修了しようとしていた。ちなみに浪人も留年もしていない。有難いことだ。
今日も今日とて――恐らくは高校時代のナチュラルハイキングによって培われた力のおかげなのだろう――俺の足は勝手に俺を大学に運んでいった。
通い慣れた道を行く。周囲には同じ学び屋に在籍する見たことのないやつらがたくさんいて、大欠伸をしたり、忙しそうに携帯電話を弄ったり、ドイツ語の単語を覚えていたりした。
3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 08:18:16.87 ID:FWZSMHdz0
キャンパスの中に入ると、俺は真っ先にパンを販売している売店に向かった。たぶん、今の俺の身体を構成している物質の二割くらいはそのパン屋由来のものに違いない。
そしてそれは売店に群がる他の連中も同じだろう。みんなどこかしら同じ素材で出来ているんだと考えるとなんだかぞっとした。
なるほど、確かに人はみなどこかしらで繋がっている。
半分は夢の中にいるような茫然とした意識で俺は棚に並んだパンを物色していた――そのときだった。
「ねえ、さっきからいつまで悩んでるの? ぼやぼやしてると講義が始まっちゃうわよ」
背後から面白がるような呆れたような声がかかる。俺はその声の主が誰なのか振り返らなくてもわかった。しかし、念のため俺は振り返る。そいつは仁王立ちをして腕を組み、笑っていた。
「おはよ。今日もいい天気ね、キョン」
涼宮ハルヒが、そこにいた。
6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 08:20:54.32 ID:FWZSMHdz0
俺は欠伸をかみ殺して、適当に答える。
「このクソ寒い曇天をいい天気とするかどうかは置いておくとしてだな……頼むから朝飯くらいゆっくり選ばせてくれ」
「朝飯? なに、あんた、家で食べてこなかったの?」
「最近はこれが俺の朝飯なんだよ」
「ははん、さてはぎりぎりまで寝ているんでしょう。そういうのは健康的にも経済的にもよろしくないわよ。ちゃんと早起きして自炊しなさい。なんならあたしが毎朝作って持ってってあげましょうか?」
「魅力的な提案だな。お前の料理スキルなら大歓迎だぜ」
俺はパブロフの犬よろしく涎が垂れてきそうだったのを堪えて軽口を叩く。
「バカ。冗談に決まってるでしょ」
と、ハルヒは微笑した。
こんな風に不意に褒められたとき、昔のこいつならきっと怒っているような顔でギャンギャン喚いていたはずなのに。
こいつも変わったんだな、と俺はしみじみ思った。
9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 08:24:22.47 ID:FWZSMHdz0
パンを片手にハルヒと外に出ると、古泉一樹が理学系の学部棟のほうで歩いているのが見えた。
キャンパスをバックにコートのポケットに手を突っ込みながら歩くその姿は、そのまま切り取って大学のプロモーションCMに使ってもいいくらいだった。
「あ、古泉くん……」
ハルヒも古泉に気づいた。そして、ハルヒは俺に柔らかい微笑を見せたかと思うと、さっと古泉のほうへ走っていった。
古泉は俺とハルヒに気づいていたのかいないのか、自分の傍に寄ってきたハルヒに少し驚き、それから、俺に向かって爽やかに片手を挙げた。
やがて二人は、俺の視界の中央から端、ついにはその外へと、楽しげにお喋りをしながら消えていった。
ハルヒと古泉は、一年前から付き合っていた。
ちょうど去年の今頃のことだ。俺はそれをハルヒの口から聞いたとき、心の底からやられたと思った。
11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 08:27:08.33 ID:FWZSMHdz0
一人になった俺はハルヒたちに背を向けて、自分の講義がある棟まで黙々と歩を進めた。
そのとき、またしても後ろから俺に声がかかった。
「おーい、キョン。久しぶりだねえ」
国木田だった。その横に、仏頂面の谷口もいる。俺はハテと首を傾げた。
「国木田に谷口……どうした? お前らのキャンパスはこっちじゃないだろ?」
「学部横断の合同授業を受けててさ。今日はたまたまこっちで実験があるんだよ」
「へえ……」
谷口と国木田は俺やハルヒと同じ大学に進学していたが、学部の関係でキャンパスが別のところにあった。ので、確かに国木田の言う通り会うのは久しぶりだった。
「それよりキョン、ありゃなんだよ」
と、朝っぱらから不機嫌そうな声を出すアホは谷口しかおるまい。谷口はしきりに後方を気にしていた。
そっちは理学系の学部棟があるだけで貴様のような低脳野郎が興味を引くようなものはないはずである。
「俺は……お前だから譲ったんだぜ? お前だから任せたんだぜ?」
12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 08:31:27.98 ID:FWZSMHdz0
谷口は目を細めて、俺を睨む。国木田が「やめなよ」と谷口と俺の間に割って入る。しかし、谷口はぶつぶつと呪詛を吐くように続けた。
「俺は認めないぜ……。俺様が引いたんだ。あいつを幸せにするのは、お前でなくちゃならんっつーのに……」
「おい、なんの話だ」
俺はたまらずツッコむ。少し語気が荒くなった。すると、谷口もますます喧嘩腰になって言い返してくる。
「キョン、お前……朝比奈さんのこと、まだ引き摺ってんのか?」
谷口は哀れむような表情で嘆息する。お前なんぞに同情されるほど俺は落ちぶれたつもりはない。
13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 08:37:40.73 ID:FWZSMHdz0
「はっきり言わせてもらうぜ。朝比奈さんはもう過去の人だ」
あの人は今も昔も未来の人だよこのウスラトンカチが。
「忘れろとは言わねえよ。でも、俺たちには俺たちの未来があるんだぜ?」
そう言い捨てて、谷口は大股にその場を去っていった。国木田はこめかみに手を当てて、深い溜息をつく。
「ごめんね、キョン。谷口はさ……あれはあれでキミのことを心配しているんだよ。あれは谷口なりの励ましなんだよ……と僕は思う。たぶん」
あれが励まし? ただ喧嘩を売っているようにしか見えなかったが……どっちにしても、余計なお世話だ。反吐が出るぜ。
「そう言わないであげてくれ。あ、いや……ごめんね。さっきのは全面的に谷口が悪かったと僕も思うよ。だから、まあ……あまり気にしないほうがいいよ」
初めから谷口のことなんぞには一ピコグラムだって気を払っていない。
「そうか……よかった。じゃ、僕ももう行くよ。機会があれば、またご飯でも食べに行こう」
国木田は申し訳なさそうな顔をして、谷口の後を追っていった。俺はその後ろ姿をぼうっと見送っていたが、すぐに他の大勢の学生に紛れて見えなくなった。
「俺も……授業行くか……」
14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 08:41:58.40 ID:FWZSMHdz0
しかし、俺の足はぴくりとも動かなかった。身体がフルマラソンの後のように重い。たぶん、理由はごく精神的なものだと思うが……。
そうして俺は途方に暮れたように立ち尽くした。と、不意に何者かが俺に後ろからタックルをかましてきた。
そいつの身体は羽毛枕みたいに軽く小さく、妹のフライングアタックで鍛えられている俺はびくともしなかった。
そいつは自由に撥ね回る癖っ毛を俺の服に押し付けるように、俺の胴に巻いた腕に力を込める。そして、振り返った俺の顔を見上げ、そいつは、無邪気に、トレードマークの髪留めと同じ顔で笑った。
「先輩、今日も冴えない顔してますねっ! でも大丈夫ですです!! 今あたしが元気を分けてあげますからっ。ほら、ぎゅー!!」
そう言ってさらに力強く俺に抱きついてくるこの女は、渡橋ヤスミ。
現役の北高二年生にして、もう一人のハルヒ。
そして、俺の恋人だった。
15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 08:53:22.85 ID:FWZSMHdz0
あれは確か、俺が大学に入ってすぐの頃だ。登録していた家庭教師のバイト先から連絡がかかってきた。北高の一年生を教えてほしい、とのことだった。
個人的には小学生か中学生のあまり勉強のできない子――要するに妹や従兄弟連中と同じようなガキだ――を相手にするつもりでいたので高校生は想定外だったが、まあ北高だし一年だしなんとかなるだろうと承った。
すると、後日郵送されてきた書類の生徒氏名の欄には、はっきりと渡橋泰水と記載されていた。目を凝らしても紙を逆さにしてもやっぱり渡橋泰水だった。
書かれていた住所に行ってみると、そこは長門の家並みにしっかりしたマンションだった。そして、その中のとある一室に着き、扉を開けると、そこに本当にヤスミがいたのだ。
『わぁお!! まさかと思ってたらドンピシャで大当たり!! お久しぶりですねっ、先輩。ささ、中へどーぞっ!!』
ヤスミの外見は俺が高二の春に見たときと何一つ変わっていなかった。制服のサイズまでダボついたままだった。
16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 08:57:11.17 ID:FWZSMHdz0
『お前……ヤスミなのか?』
俺は玄関から動けずに訊いた。
『あたしは、渡橋。覚えていますか?』
『覚えてるに決まってるだろ』
忘れるわけがない。ヤスミがいなかったら、俺とハルヒは今頃生きてはいなかった。
『お前、今まで何をしてたんだ? てっきり……消えちまったものだと思っていたが』
『うーんと、自分でもよくわからないんです。でも、いいじゃないですかっ!』
言って、ヤスミはぴょこぴょことスマイルマークの髪留めを左右に揺らした。
『あたしは先輩に会いたかった。先輩だって、あたしに会えて嬉しいですよね? 嬉しいといいな。……嬉しいですか?』
『ああ……そりゃ、嬉しいよ』
『ならっ!! それでいいんですよっ!! 万事オーケイです! 今はこの劇的な再会を祝しましょう!!』
ヤスミは拳を高々と突き上げて、何かのエネルギーを全開で発散させるように言った。その姿が、俺には過去のハルヒとだぶって見えた。
17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 08:59:21.18 ID:FWZSMHdz0
朝っぱらから大学のど真ん中で明らかに高校の制服を来た女子に抱きつかれている男というのは中々稀少な存在らしく、何人かが怪訝そうに俺を見ているような気がしたが、俺は敢えて無視した。
「ヤスミ。お前、学校は?」
「今日は創立記念日でお休みなんです!」
「堂々と嘘をつくな。そんなありがたい日があったら俺が忘れるわけないだろ」
「いやいや、新設されたんですよっ! 新たに設けられたんですよっ!!」
「本当のことを言え」
「むぅー……」
ヤスミは俺から離れて、後ろ手に手を組み、俯き加減になって俺を見上げた。
「先輩に呼ばれた気がしたんです。だから、学校に行く途中でユーターンして来ちゃいました。……ダメ、でしたか?」
捨てられた子猫のように潤んだ瞳で俺を見つめるヤスミ。頭がくらくらした。
「ダメじゃねえよ、全然」
俺がそう言うと、ヤスミはマッチ棒みたいに細い両腕をいっぱいに広げる。
「いやっほぉーい! やったやったやりました!! 大好きです、先輩っ!!」
叫んで、ヤスミはまた俺に抱きついてきた。
18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 09:03:02.09 ID:FWZSMHdz0
その後、俺は講義をサボってヤスミと街に出かけることにした。ただ、さすがにヤスミを制服のまま連れ回すわけにはいかなかったので、俺たちは一度ヤスミのマンションに寄った。
ヤスミの部屋は、長門のそれとは全く趣が異なっていた。要するに、わりと普通の女子の部屋だ。
まあ……女子の部屋をさほどたくさん知っているわけではないが……いつだか不法侵入したハルヒの部屋がちょうどこんな感じだったと思う。
「コーヒー、飲みます?」
「いただく」
着替える目的で帰ってきたのはいいが、ヤスミが制服を脱ぐ気配はなかった。
それは、俺がヤスミの部屋に入った瞬間に、もう今日はこのままだらだらと寝ていたいというオーラを放ったせいかもしれない。
19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 09:07:20.46 ID:FWZSMHdz0
たまに、こういう日がある。空気がいつもより重くて、冷たくて、よそよそしい。どこにいても俺は息苦しさを感じる。だから、せめて、同じ息苦しさを共有できる誰かと一緒にいたいと思うのだ。
「どうぞ」
ヤスミが揃いのマグカップにコーヒーを注いで持ってくる。俺はそれを受け取る。
「サンキュ」
俺たちはコタツの対面に座ってコーヒーを啜った。こうなるともう外へ出る気はゼロだ。今は二月。時刻は朝の九時。コタツの魔力に捉われてしまった俺たちが自力で抜け出せるはずがない。
「先輩っ!」
マグカップを両手で持っているヤスミが唐突に言う。瞳が爛々と光っていた。こういうときのこいつは、俺にはおおよそ理解できない思考回路で、俺にはまず考えられない発言をする。
「先輩の……お、お膝の上に座ってもよろしいですかっ!?」
20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 09:12:05.97 ID:FWZSMHdz0
俺は無言で、諦め半分に頷く。
「ひゃっほぅー! 感謝感激アメアラレですっ!! ではではっ、失礼して……」
ヤスミはマグカップをコタツ机の上に置き、バッタみたいに俺のところへ跳んできて、俺の腿とコタツ机との隙間にその折り紙でできたような薄い身体を滑り込ませる。
ヤスミはこれがやたらとお気に入りで、俺の膝の上を勝手に自分の定位置にしているようだった。もしかすると、ヤスミは俺を座椅子か何かだと思っているのかもしれない。
「先輩っ!!」
定位置に収まったヤスミは振り返る。ヤスミの顔は俺の顔の間近にあって、一点の曇りもなく笑っている。
「なんだよ」
「撫で撫でしてくださいっ!! ぜひぜひっ!!」
俺は溜息をついて、くしゃっと、ヤスミの小さな頭に手を乗せた。
22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 09:17:16.31 ID:FWZSMHdz0
それから日が暮れるまで、人間の脳内にある時の流れを感知する器官を強制的に麻痺させる奇妙な浮遊感の漂うヤスミの部屋で、俺とヤスミは何をするでもなく、ただ無為に一日を過ごした。
ただ、いつまでもそうやっているわけにはいかないので、俺は六時くらいにヤスミの部屋を後にした。
「夕飯、食べていかないんですか……?」
ヤスミは得意の上目遣いで俺を見て、今にも泣き出しそうなか細い声を出す。俺はまた頭がくらくらしてくる。こいつは要所要所でそういう小技を挟んでくるから油断ならん。
「悪いな、いつもいつも」
そう言って俺が力なく笑うと、ヤスミは急に真面目な、心配そうな顔になる。
「……今日も、行くんですか?」
「ああ。いつ何が起こるかわからないしな。できる限り傍にいてやりたいんだ……。そんな小さなことでも本人にとってはけっこう嬉しいもんなんだぜ――って俺は身をもって知ってるしな」
「そうですか……はい、わかりました。それでこそ先輩ですよね」
23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 09:18:41.35 ID:FWZSMHdz0
ヤスミは目を閉じて頷き、それから、ぱっと顔を上げた。向日葵みたいなスマイルが、そこに咲いた。
「いってらっしゃいませ、ご主人様っ!!」
「誰が誰のご主人様だよ」
「細かいことは気にしないでくださいっ! 言ってみて気付きましたが、これめっちゃ恥ずかしいんですからね、もうっ!!」
ヤスミは顔を真っ赤にして、俺を部屋の外へ突き飛ばした。わざとやってるのか、本気の照れ隠しなのか……でも、俺はヤスミのそういうところに何度も救われてきた。
本当に、こいつには頭が上がらない。
俺はヤスミのマンションを出て、今にも氷の粒が降ってきそうな、二月の夜の街を歩いた。
24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 09:26:59.63 ID:FWZSMHdz0
その病室のベッドには、一人の女が横たわっていた。その部屋にはそいつ一人しかいなくて、電気はついていなかった。廊下に面した扉を閉めると、部屋はぽつんと取り残されたように暗くなった。
「よう、また来たぜ」
俺は部屋の明かりをつけて、そいつに話しかける。返事はない。が、それは仕方のないことなんだ。だって、こいつは昔から恐ろしく無口なやつだったんだから。
「聞いてくれよ。今日、俺、講義サボっちまったんだ」
言いながら、俺はベッドサイドテーブルにある花瓶に近づく。いつものように、俺よりも早い時間にここへやってくる誰かによって昨日とは違う花が生けられていた。俺の役割は、その水を換えることだ。
「なんか朝から見たくもないものを見せられてよ……それでまた性懲りもなくバカみたいにヘコんでよ……そしたら、あのアホがよ、またアホなことをいかにもアホらしく言うわけだよ。
ホント、笑えてくるぜ。そんなこと俺だってわかってんだっつーの……」
だらだらと俺は喋り続ける。俺が喋るのをやめてしまうと、ここは何かの電子音や機械が動く音――そういう無機的な音に支配されてしまって、なんだかやりきれない気持ちになるからだ。
26 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 09:29:38.89 ID:FWZSMHdz0
「あー、すまんすまん。いきなり変な話題を振っちまったな。そうだ、この間、やっと読み切ったぜ。
あの、お前が高校二年の今頃に読んでたやつ……内容はこれっぽっちも理解できなかったが、最後のページを捲り終えたらわけもわからず涙が出てきた……あれは中々の良作だったなあ……」
高校の頃のいつだったか。『お前ってどれだけの本を読んできたんだ?』と尋ねたら、そいつはご丁寧に読破した全ての書物のタイトルと読了日を目録にして寄越したのだった。
あの時は呆れて笑うだけだったが、まさかそれをこんな形で使うことになるなんて――少なくとも俺は――予想していなかった。
「あー……どうしてこうなっちまったんだろうな……」
返事はない。ずっと、もう二年近く、こいつは口を閉ざしたままだ。たまには何か言ってくれてもいいのによ。俺には無口属性なんてねえってのに。
「……なあ……答えてくれよ……長門……」
長門有希は、じっと目を閉じて、ただ静かに眠っていた。
27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 09:35:07.14 ID:FWZSMHdz0
三年前。俺たちは高校二年生だった。そして朝比奈さんと鶴屋さん、それと喜緑さん、生徒会長、コンピ研の部長なんかが高校三年生だった。彼らは俺たちよりも一足先に北高を卒業していった。
俺たちは笑顔で朝比奈さんを見送った。泣いていたのは、朝比奈さんだけだった。
卒業式の後、俺たちはSOS団の部室に集まって、朝比奈さんを送る会を開いた。
俺と古泉が隠し芸を披露したり、ハルヒと長門がメイド姿になって朝比奈さんに給仕したりした。そこでは朝比奈さんはもう泣いていなかった。みんなと一緒に笑っていた。
その、翌日。三月某日の朝。俺の安眠は一本の電話によって奪われた。
『鶴屋さん……? え……それは……どういうことですか……? すいません……よく、聞こえなかったんですが……』
寝起きであることと相俟って、俺は喉がからからに渇いていくのを感じた。電話の相手は、静かに、毅然と、同じことを告げた。
『……落ち着いて聞くんだよ、キョンくん。今さっき、みくるは……』
28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 09:42:59.96 ID:FWZSMHdz0
その日、鶴屋さんは朝比奈さんと二人、書道部の送迎会に出席するために学校へ向かっていた。
『あたしも……何が起こったのか、直接は見れなかったにょろよ。これでも鍛えているつもりだけど……でも、あのときは、ぴくりとも身体が反応しなかった。
横断歩道を渡り終えようとして……不意に……後ろを歩いていたみくるの気配が消えたような気がして……振り返ったら……みくるはそこにいなかったのさ……』
交通事故だった。それがどんな事故だったのか、鶴屋さんにもわからないという。
気付いたら、朝比奈さんが道路横のガードレールにもたれるように倒れていて、すぐ近くには一台のトラックが急ブレーキの跡を残して止まっていた。
ちなみに、そのトラックの運転席にはどういうわけか誰もいなかったそうだ。
鶴屋さんはすぐに朝比奈さんの元に駆け寄って――二人の距離はいつの間にか数十メートルも離れていた――その身体に触れた。
触れた瞬間、それがもはや生きた人間の感触ではないことに、勘のいい鶴屋さんは気付いたらしい。
外傷はこれといってなかった。打ち所が悪かったとしかいいようがないくらい、朝比奈さんの身体は綺麗なままだった。
29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 09:47:22.72 ID:FWZSMHdz0
医者がそれを告げたとき、そこにいたのは、鶴屋さんとハルヒだった。
『ごめんね……キョンくん。キミも呼んでやりたかったんだけれど……あたしもハルにゃんを呼ぶのが精一杯だったんだよ……もちろん、ハルにゃんは今も喋れないでいるくらいで……』
『どこですか……?』
『あたしの知り合いがやっている病院っさ。慌てなくていいにょろよ……きっと、そろそろ着く頃だと思う……』
鶴屋さんがそう言ったところで、我が家のインターホンが鳴った。俺は部屋のカーテンを開けて外を見た。黒塗りの車が一台、うちの前に停まった。
『うちの者を手配したにょろ。……じゃあ、あたしは古泉くんと有希っこにも連絡しないといけないから……また後で……』
鶴屋さんとの電話はそこで切れた。そこから俺は、親が俺を呼びに来るまでの数分間、記憶がない。
31 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 09:51:43.58 ID:FWZSMHdz0
朝比奈さんには、当然ながら、この世界に親戚なんていなかった。一応、不自然じゃない程度に戸籍などはしっかりとしていたが、現実として、俺たちの時代での朝比奈さんは限りなく一人ぼっちの人だった。
葬儀は鶴屋家によってささやかに行われた。集まった面々は全員俺の知っているやつらだった。俺はそのときになってもまだ、これは朝比奈さんの仕掛けた最大級の悪戯だと思い込もうとしていた。
きっと朝比奈さんはSOS団の活動がよほどストレスで――そりゃあれだけハルヒに引っ張り回されてたんだからな――最後の最後にとんでもない仕返しを思いついて、それでこんなことをしたのだ。
もしくは、これは例によってハルヒ関連のなんやかんやによる悪い夢なんじゃないかと……。
でも、棺の中には動かなくなった朝比奈さんが嘘みたいなリアリティでもって眠っていて――俺は見るだけで精一杯だった――ハルヒや鶴屋さんによって最悪に似合わない衣装を着せられ、化粧を施されていた。
やがて、それらは全部灰になった。
33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 09:55:54.31 ID:FWZSMHdz0
『これだけは言っておくよ……キョンくん』
葬儀の後、鶴屋さんは俺を呼び出した。
『キミやあたしの知っている朝比奈みくるという人間は……もうどこにも、いつでも……いない……帰ってこない。
たぶんキミはそれがありえないことだと信じて疑わないかもしれないけれど……でも、あたしが断言する。これは、現実だよ。キミはあたしの判断を疑うかい、キョンくん?』
疑いませんよ。貴女をはじめ、ハルヒに長門、それから佐々木まで……俺の周囲には俺より正しく物事を把握できる人間が揃いに揃っています。そいつら全員から俺は同じことを言われました。
『そっか……あたしが言うまでもなかったか。キョンくんにはいい友達が多いからね……』
『ありがとうございます……』
『残った人たちを大切にするんだよ、キョンくん。そして、たまにでいいから……みくるのことを思い出してあげて。それだけでいいから……』
鶴屋さんはそう言って、俺の震える肩を抱いてくれた。
俺は、たった今鶴屋さんから釘を刺されたばかりだというのに、どうしても朝比奈さん(大)が朝比奈さんと連れ立って、まるで姉妹みたいなフリをして、ひょっこり現れるような気がしてならなかった。
34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 09:57:49.82 ID:FWZSMHdz0
朝比奈さんの事故をきっかけに、残された俺たちSOS団の面々は大きく変わった。
『涼宮さんの力が……消滅しました』
そう教えてくれた古泉は既にエスパー少年ではなく、
『……あなたに、話したいことがある……』
そう言って俺を部屋に呼び出した長門は既にピノキオよろしく宇宙人から本物の人間になっていて、
『SOS団は今日をもって無期限に活動を停止するわ』
そう独断で宣言したハルヒは、もう普通の、一人の、少女だった。
35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 10:01:51.92 ID:FWZSMHdz0
年度が変わって、クラスが替わった。
俺のクラスには、谷口や国木田がいて、それから長門がいた。ハルヒはいなかった。
ハルヒは、古泉のクラスになった。元々ハルヒは理系の学部に進むつもりでいたらしい。
どうして今まで俺と一緒の普通クラスにいたのか、そっちのほうが変だったみたいに、いつかの光陽園学院の制服を着たハルヒがそうだったように、ハルヒには九組がよく似合っていた。
しかし、そんな風にして俺たちを取り巻く環境が変化しても、俺たちはみんな示し合わせたように、放課後は部室に集まった。
そして、他愛のないお喋りをしたり、勉強をしたりして、今まで通り長門が本を閉じる音を合図にして、帰った。
ただ、もう二度と俺たちはあの天使みたいなメイドさんが淹れてくれるお茶を飲むことができないと、みんなそれをわかっていて無理に普通に振る舞っているんだと、さすがの俺でも感じることができた。
36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 10:04:02.18 ID:FWZSMHdz0
それから俺たちは、同じ受験という目標に四人で取り組んでいった。それは、この国では本当にありふれた、世の中のどこにでもいる仲良しの高校生がみんなそうするような、ごく自然な日常だった。
そこでは宇宙的未来的超能力的ハルヒ的なことは何も起こらなかった。当たり前だ。朝比奈さんがいなくて、長門も古泉もハルヒも普通のやつになって、俺なんかそれに輪をかけて普通なんだからな。
でも、普通くらいがちょうどよかった。朝比奈さんのことを俺たちが受け入れるには、それくらい静かなほうがよかった。
毎日、気心の知れたやつらと、ああでもないこうでもないと試験問題を解きながら(もっともそんな低偏差値野郎は俺だけだったが)、日が暮れて、季節が変わって、時が過ぎて、それでよかった。
37 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 10:06:55.59 ID:FWZSMHdz0
受験を終えて、卒業式を迎えて、そして、三月某日に朝比奈さんの一回忌を再び鶴屋家主導の下で行ったとき、俺は憑き物が落ちたような気持ちになった。
顔を見ると、たぶん、ハルヒや古泉や長門も、そうだったと思う。
大丈夫、俺たちはまだ、壊れちゃいない。
大学という新しい舞台で、また始めよう。
SOS団は永久に不滅だ。そうだろう?
四人になっちまったけど、また、朝比奈さんの分まで遊ぼうぜ?
俺はそう願っていたし、きっとハルヒもそう願っていたはずだった。
ハルヒが願っているならば異論を唱えられるやつなんか神様や悪魔まで含めていないはずで、それは間違いなくそうなると、俺は確信していた。
しかし、神は、本当にハルヒが神であってほしかったと思うほどに、最悪の運命を定めていた。
38 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 10:09:01.41 ID:jGiHy2GDO
おい、おい…
39 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 10:09:04.20 ID:FWZSMHdz0
それが起こったのは、朝比奈さんの一回忌を終え、無事俺たち四人の現役合格が決まった、その数日後だった。
その日は春休みで、俺たちは四人で遊園地に行く予定だった。
『有希は?』
珍しい、というか有り得ないことに、長門は待ち合わせの十分前――つまり俺が到着した時刻――になっても来なかった。
胸騒ぎがした。いくら長門がもはや万能宇宙人ではなく普通のちょっと無口なだけの人間だったとしても、あいつが待ち合わせにおいて俺より遅れるなんてどう考えてもおかしかった。
ハルヒが電話をかける。
『出ない……。なんか変ね……有希の家に行ってみましょう』
40 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 10:12:40.37 ID:FWZSMHdz0
言うが早いか、ハルヒは長門のマンションに向かって走り出した。俺と古泉も後を追う。
長門のマンションに着くやいなや、ハルヒは708とテンキーを打ち込み、呼び鈴を鳴らした。
が、どんなときでも無言で開いていたドアは一向に動く気配がなかった。
仕方なく、俺たちは顔馴染みになっていたマンションの管理人に事情を説明し、自動ドアを開けてもらって、そのまま合鍵を持って長門の部屋に突撃した。
そして、俺たちはあの何もないリビングで倒れている長門を見つけた。
救急車で運ばれた長門は、俺が以前お世話になった、古泉の知り合いがやっているという胡散臭いが腕は確かな病院で検査と治療を受けた。
しかし、長門はその日から今に至るまで、一度として意識を取り戻すことはなかった。原因はとうとうわからなかった。
こうして長門は、なんの前触れもなく、深い眠りに就いてしまったのだ。
42 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 10:17:14.58 ID:FWZSMHdz0
『このことに、情報統合思念体は一切関与していません』
長門が倒れた日の夜。病院から出て、ハルヒや古泉と別れ、一人自宅へと向かっていた俺の前に、喜緑さんがふらりと現れた。
『パーソナルネーム長門有希がなんらかの理由で他者との意思疎通が困難になったときに、わたしからあなたにそう言うよう、長門さんから頼まれていました。
長門さんの身に起こったことは、全て長門さんの身に起こるべき必然であり、それはありとあらゆる事象や勢力から独立しています。それを、あなたに理解してほしい、と』
頭の悪い俺のためにわざわざ元同僚の宇宙人に伝言を託すとは、用意のいいやつだ。まるでこうなることがわかってたみたいじゃねえか。
『わかっていたはずがありません。長門さんは本物の人間になったんです。あなたたちと同じ人間にです。では、失礼します』
喜緑さんは言うべきことは言ったとばかりに、俺に背を向けた。
『待ってください!!』
俺は喜緑さんを呼び止めずにはいられなかった。その可能性に縋らずにはいられなかった。
『なんとかならないんですか……?』
43 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 10:20:11.75 ID:FWZSMHdz0
喜緑さんは振り返って、静かに微笑した。
『なんとでもなります。しかし、長門さんはそれを望んではいませんでした。長門さんはあらゆる束縛と庇護から自由であろうとしました。それが『人間であること』だと、彼女は思っていたようです』
『だって……これじゃいくらなんでも……長門はこんな結末のために人間になったわけじゃ……』
言って、俺ははっとした。
俺は何を言ってるんだ? 俺は長門じゃないんだ。だから、今こうして俺の口から出た言葉は決して長門の代弁なんかではない。
これは、ただ俺が吐きたかっただけの弱音だ。
喜緑さんは俺の心を見透かしたように、また微笑んだ。
『ご理解していただけたでしょうか? 長門さんに関して、情報統合思念体は一切の干渉をしていません。また、今後も、情報統合思念体は長門さんに一切の干渉をいたしません。
それが、長門さんの意思なのです』
44 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 10:23:09.16 ID:FWZSMHdz0
今度こそ消えるように去っていく喜緑さん。俺は何も言い返せずに、拳を握って、唇を噛んだ。ばらばらの思考はまとまらず、ぐるぐると同じような問いを繰り返した。
どうして長門がこんなことに? どうして長門でなくちゃいけなかった? 本当にあの宇宙人連中のせいではないのか? 長門は本当にこれでよかったと思ってるのか?
しかし、俺が何を思ったところで答えなど出るはずがなかった。それらは全て、あの無口な読書少女の胸にしまわれている。
だから、長門が語ってくれない限り、俺にはただ推測することしかできない。
でも、でも、でも――と、俺は涙が零れるたびに呟いた。
でも……こんなのって……あんまりじゃねえか……!!
『……俺はどうすればいいんだ……わかんねえよ……長門……朝比奈さん……』
俺の発した声は、虚しく夜の空気に溶けていった。
46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 10:26:43.04 ID:FWZSMHdz0
長門が倒れてから、俺は抜け殻のように過ごした。何も考えられなかった。何もしたくなかった。
しかし、俺が倦怠に支配されそうになると、決まって騒ぎ出すやつがいる。
涼宮ハルヒ。こんなときほど、あいつが頼りになるときはない。
『何やってるのよ! いつまでも寝てるんじゃないの!! 布団にカビが生えちゃうでしょ!!』
三月の終わり、ハルヒは何の連絡もなしに突然俺の部屋に乗り込んできた。そして、半死人のような俺をベッドから引き摺り降ろして、なんのかのと世話を焼いた。
『まったく……あんたってやつは目を離すとすぐだらけようとするんだから。やっぱりあたしがいないとダメなのね! これだから平団員は出来が悪くて困るのよっ!!』
ハルヒの声を聞くと、空っぽになっていた俺の身体の中に何か暖かいものが流れ込んでくるような感じがした。
佐々木がいつか言っていたが、ハルヒはやはり太陽だと思う。そこにいるだけで周囲を明るく照らし、熱を高めていく。
俺は改めて、涼宮ハルヒという存在の大きさに感心した。
48 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 10:29:35.82 ID:FWZSMHdz0
『しっかりしなさい! あんた、一人暮らしするんでしょ!? 引っ越しの準備とかしてるの? ちゃんと大学からもらった課題やってある? 新学期が始まったらしょっぱなから英語のテストとかあるんだからね!! それから、それから……』
でも、ハルヒだって、一人の人間なのだ。傷つきやすく、感じやすい、優しい一人の女なのだ。
『それから……ああ……もう……』
徐々に声が掠れていく。
そして、ハルヒはバネがねじ切れたネジまき人形のように動かなくなった。やがて糸が切れた操り人形のように肩を落とし項垂れた。そうして、最後にハルヒは堰が切れたように、感情を溢れさせた。
『……何よ……なに見てるの? この世の一番の神秘を目の当たりにしたような間抜け面で……バカキョン……』
ハルヒは、泣いていた。
49 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 10:35:09.64 ID:FWZSMHdz0
思い返せば、こいつは朝比奈さんの葬式のときも、長門が倒れたときも、唇をきゅっと真一文字に結んで、ずっと怒ったような顔をしていた。
ハルヒはずっと我慢していたんだ。
けれど、さすがに限界だったのだろう。ハルヒはぽろぽろと大粒の涙を流した。涙は次から次へと流れ落ちて、それはまるで割れたガラスで切った指から零れ落ちる血のようだった。
『キョン……あたし……怖いのよ……。怖くて……いてもたってもいられなくなって……だからここに来たの……。ねえ、キョン……あんたはいなくならないわよね……?』
そう言って、ハルヒは俺の身体に倒れかかるようにして抱きついてきた。腕を両方とも背中に回し、指を立てて、ハルヒは俺を必死に抱き締めてきた。
50 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 10:37:14.48 ID:FWZSMHdz0
このとき、俺はハルヒを抱き返せばよかったのだろうか?
いつかの灰色世界のときのように、キスをすればよかったのだろうか?
だけど、それをしたらもう俺たちは戻れない気がした。俺たちは、俺たち二人だけの世界に閉じこもって、二度と出られなくなる気がした。
バカ野郎そんなこと知るか躊躇う理由なんてねえだろうが――!
――と、実際そのときの俺はほとんどそう思っていたと思う。
けれど、ハルヒを抱き返そうと伸ばした手があと少しのところで止まったのは……たぶん、それくらい俺ってやつはハルヒに参っていたんだと思う。
こいつと出会って丸三年。
ようやく俺は自分の気持ちを理解した。
俺は、ハルヒが好きだったんだ。
51 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 10:41:54.09 ID:FWZSMHdz0
俺はハルヒを好きで、好きで……好き過ぎた。
だからこそ俺はハルヒを抱き締められなかった。好きだって気持ちだけで飽和して、好意が行為に結びつかなかった。
俺は、俺がこいつのことをアホみたいに好きなんだということはわかるけれども、じゃあ俺はこいつに何をしてやればいいのかってことが、一つもわからなかった。その二つは完全に別々の何かだった。
『好き』と『愛する』の間に『だから』なんて存在しない。
理屈じゃない。俺は、ハルヒが好き。それだけなんだ。
もしもあの時ハルヒを力任せに抱き締めていれば、無理矢理唇を奪っていれば、もっと貪欲に求めていれば……きっと今の俺たちはもっと違う関係になっていただろう。
でも、俺はそれをしなかった。できなかった。
例えば、初めて海を目の前にしたとき。山の天辺から夕日に染まる街を見下ろしたとき。宇宙船のまん丸いガラス窓から地球を眺めたとき。人はあまりの感動にその思考を止めるだろう。
俺はただ、俺がハルヒが好きだという事実に、茫然としてしまったのだ。
52 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 10:44:27.19 ID:FWZSMHdz0
しばらくして、ハルヒは我に返ったように、俺から離れた。泣いて多少は気分が落ち着いたのかもしれない。
『……ごめん……あたしったら何を……』
ハルヒは急に恥ずかしそうに髪を弄ったり、乱れた服装を整えたりした。
『今のは……なんでもないから! 気の迷いっていうの? それとも血の迷いかしら。……惑の迷いとか言ったら殴るわよ? もうっ、とにかくなんでもないからね、バカ!!』
俺の部屋をうろうろしながら怒鳴るハルヒ。俺が黙って見ていると、ハルヒは諦めたように立ち止まって、真っ赤な目できっと俺を睨んできた。
『何か言いなさいよ……』
53 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 10:46:52.09 ID:FWZSMHdz0
ハルヒの表情は張り詰めていて、突き方を間違えたら破裂してしまいそうだった。俺はハルヒの強い視線から逃れるように、顔を背ける。
『言いたいことは山のようにあるが……今は、やめておく』
『……そう』
ハルヒは唇を噛んで、俯いた。
『………………バカ……』
絞り出すようなその言葉は、非難というよりも、哀願するような響きを持っていた。
『……悪いな……今の俺にはこれが限界なんだ……』
俺がそう言うと、ハルヒは小さく首を振った。
『……違うの……ごめんなさい。たぶん、バカなのはあたしだわ……』
その後に訪れた沈黙が、しきりに俺の胸の辺りをチクチクと刺した。
『……じゃあ、今日は帰るわね……』
ハルヒは来たときと同じように不意打ちでそう告げて、俺の部屋から出て行った。
54 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 10:51:05.23 ID:FWZSMHdz0
ハルヒがいなくなった部屋は、やけに静かで寒々しかった。
俺はハルヒを追い駆けたい衝動を必死に堪えた。
まだダメなんだ。今はダメなんだ。そう、自分に言い聞かせた。
朝比奈さんのことや長門のこと。それらを放置したままでは、ハルヒとは付き合えない。
そんなことをしたら、それを放置したことによる小さな歪みがいくつも積み重なって、いつかは破綻してしまう。それではいけないのだ。
過去とちゃんと向き合って、乗り越えて、前に進まないといけない。そうやって俺はハルヒを甘やかせるくらい、ハルヒを支えてやれるくらい、強くなるんだ。
今度こそハルヒと一緒になるんだ。ちゃんと俺からハルヒに好きだと言うんだ。一生傍にいてほしいと言うんだ。本当に、俺はなれるものなら、ハルヒと幸せになりたい。
そう、心から思った。
そして、俺は落ち込んだり塞ぎ込んだりするのをやめようと決めた。同時にいくつかの目標を立てた。大学に入ったら、いろんな講義を受けて、もっと積極的に多くのことに関わっていこう。
サークルに入ってもいいかもしれん。文芸部とかいいかもな。それからバイトをするんだ。きっと金なんて使わなきゃ貯まるし、そしたらハルヒになんかプレゼントを贈ってやろう。そう……それがいい。
未来のことを考えると、不思議とまだ頑張れそうな気がした。まだ、俺は希望を見つけられる。そんな風に思えた。
55 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 10:54:12.64 ID:FWZSMHdz0
毎日長門のお見舞いに行き、週一でヤスミの家に通い、月一くらいでハルヒや古泉と飲んだりしているうちに、単位も特に落とすことなく、いつの間にか俺の大学生としての一年が終わろうとしていた。
あれは、初雪が降った日だったはずだ。朝起きたら世界が白銀色に染まっていて、寒かったけれど、ホッカイロをポケットに忍ばせて、それなりに悪くない気分で俺は家を出た。
大学に着くと、ちょうどハルヒと古泉が二人で理学系棟を歩いているのが見えた。
『よう、そっちも一限か?』
俺はハルヒに声をかける。ハルヒはすぐ俺に気づいたが、心なしかよそよそしい感じだった。
『ええ、そんなとこよ』
『古泉も同じ授業か?』
『あ、いえ……。今日は、僕は午前中に講義はないんです』
『ん……?』
俺は眉を顰める。ハルヒが時々情緒不安定になるのは今に始まったことではないが、古泉までなんだか歯切れが悪いのはどういうわけだ?
56 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 10:57:04.26 ID:FWZSMHdz0
『キョン、あのね……一応……あんたには言っておくわ』
そう言って、古泉に目配せするハルヒ。古泉は僅かに困ったような顔をした。しかし、ハルヒが何も言わないでいると、古泉は諦めたようにハンズアップの仕草をしてその場を去った。
嫌な予感が、俺の脊髄を電流のように駆け抜けた。
『あのね、あたしと古泉くん、付き合うことになったの』
一瞬、ハルヒはひどく傷ついたような顔をした。しかし、すぐに例の怒ったような顔になって感情を表情の裏にしまいこんでしまう。そうなると、俺はますますなんと答えていいのやら、わからなくなる。
だってそうだろう?
古泉と付き合い始めたなんて、そんなことを言われて、俺は何と返せばいい?
おめでとう、なんて言えるはずがない。ふざけんな、なんてもっと言えるはずがない。言う資格がない。
なにせ、俺はこのときになってやっと、ハルヒが自ら俺に抱きついてきたあの瞬間が、ハルヒにとっての一世一代の告白だったことに気付いたくらいなんだからな。
57 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 11:00:20.07 ID:FWZSMHdz0
あのとき、既に俺とハルヒはすれ違ってしまっていた。
俺はそうと気付かずに、自分の都合で描いたハルヒの幻に向かって進んでいた。一年間も俺はハルヒをほったらかしにしていたんだ。ハルヒがどこにも行かないなんて保障はなかったのに。
そりゃハルヒだって俺に愛想を尽かすさ。
ショックとか、悲しいとか、寂しいとか、そういったことは全く感じなかった。
ひたすらに、やられた、という喪失感だけが俺を支配していた。
『じゃあ……あたし、授業があるから』
ハルヒは――あのハルヒが――逃げるように俺の視界から消えていった。
俺はというと、足の裏が地面に張り付いたように、その場から一歩も動けなかった。
そのときの俺にはもう、何も聞こえていなかったし、何も見えていなかった。
58 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 11:04:10.47 ID:FWZSMHdz0
その日の俺の記憶は穴だらけで、ハルヒが去っていった場面の次は、北高の冬服に学校指定のカーディガンを羽織ったヤスミが、バイトでやってきた俺を出迎えるところまで飛んだ。
『ひどい顔をしてますね……とりあえずここは寒いので中にどうぞ。……すぐにあったかいコーヒー淹れますから――』
玄関から部屋に戻っていこうとするヤスミ。俺は反射的にその高校生とは思えない小さな身体に、背中から肩に手を回すようにして抱きついた。
完全に不審者だ。どうかしていた。でも、俺はこれ以上、誰かが自分の手の届かないところに行ってしまうのには堪えられなかった。
59 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 11:08:12.86 ID:FWZSMHdz0
『先輩……その、すごく嬉しいですけど……何があったんですか?』
俺はヤスミの質問には答えずに、その肩をさらに強く抱き、自分の胸のほうに引き込んだ。ヤスミの身体は驚くほど華奢で骨ばっていた。
ヤスミは黙ったままの俺に戸惑いつつも、何かを確かめるように、自分に巻きついている俺の腕に触れてきた。
そうやってヤスミが身じろぎをすると、その全身から、少しだけ幼さの残る、柑橘類のような甘酸っぱい未熟な香りが立ち上ってきた。
それは、俺の心を硬く守っていた強がりや意地のようなものを溶かした。
『ハルヒが……古泉と……付き合い始めたって……今朝……』
俺がぽつぽつと呟くと、ヤスミは『そういうことですか』と苦笑するように優しく囁いて、その無垢で小さな手を、俺の顔を包むように上へと伸ばしてきた。
ヤスミの暖かい手がそっと俺の頬に触れる。そしてヤスミは、普段より少し低い落ち着いた声で、ゆっくりと話し出す。
『いいんですよ、先輩。もう疲れたでしょう。悲しいことも苦しいことも十分じゃないですか。だから……休んでください。楽になってください。これ以上無理をしたらいくら先輩だって壊れちゃいますよ。
大丈夫です。あたしになら……何をしてもいいですから……』
60 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 11:10:49.69 ID:FWZSMHdz0
ヤスミは長く息を吐き出しながら全身の力を抜いて、徐々にその重心を俺のほうへと傾けてきた。俺はただがむしゃらにヤスミを抱き締めた。あのとき、ハルヒが俺にそうしたように。
『痛い……先輩……折れちゃいます』
ヤスミは少し喘ぐような声を漏らす。
『何をしてもいいって言っただろうが』
俺は力を緩めなかった。なんと言われようと、俺は今、こいつを離したくなかった。
『それはそうですけど……あたしとしてはできれば痛いことよりも気持ちいいことをしてほしいというか……まあ先輩がそういう趣味なのであれば甘んじて受け入れますが……』
『なんの話をしてるんだ、お前は』
『わりと大真面目な話です』
ヤスミは羽化する蝶のように目一杯身を捩って、顔の正面を俺のほうへ向ける。
『先輩……あたしをいっぱい可愛がってくださいね?』
61 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 11:13:06.58 ID:FWZSMHdz0
そう囁いて、ヤスミは悪戯っぽい微笑を浮かべた。間近でヤスミの笑顔を見て初めて、ヤスミには笑うと笑窪ができるんだと俺は知った。
『……バカ野郎。十年早えよ』
俺はヤスミにつられるように微笑み、ヤスミの妙な引力を持つ笑顔に引っ張られて、自分の額をヤスミの額に当て、眠るように目を閉じた。
安易で安直なことだったかもしれないが、この日から俺とヤスミは付き合い始めた。ヤスミの傍にいるときは、いつだって心が安らいだ。
ヤスミと一緒にいることで、俺はやっと安楽と安息を手に入れた。
ヤスミと一緒にいることでしか、俺は安逸と安寧を手に入れることができなかったのだ。
63 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 11:23:01.69 ID:FWZSMHdz0
<第二章>
面会時間の終わりが来て、俺は長門の入院している病院を出た。切っていた携帯に電源を入れると、ヤスミから他愛のないメールが何通か来ていた。
それから、ハルヒから着信があった。
俺は折り返し電話をかけようとして、やめた。ハルヒの声はひどく鼓膜の奥に残響する。ただでさえ今日は少し参ってるから、これ以上余計なことで気を落としたくはなかった。結局、俺はメールを打つことにする。
「長門のところにいたから、電源切ってた。何か急な用か?」
ハルヒからの返信は、ずっと俺からの連絡を待っていたのだろうか、光の速さで飛んできた。
「いいえ。ちょっと話があったんだけれど、そこまで急ぐようなことじゃないわ。明日、学食でも一緒にどう?」
話か。なんだろう。まあ、時期を考えるとなんとなく想像はつくが。
「いいぞ。じゃ、昼休みに学食で」
「うん。また、明日」
ハルヒとのメールは簡単に終わった。俺は携帯を閉じる。すると、勝手に溜息が出てきた。いつもそうだ。ハルヒの名を聞くたびに、ハルヒの影が過ぎるたびに、溜息が漏れてしまう。
本当に……未練がましくて自分が嫌になるね。
64 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 11:25:13.19 ID:FWZSMHdz0
翌日、午前の講義が一限だけだったから、俺は早めに食堂に来て、人ごみを避けるように隅のほうの席を確保して、課題を片付けながらハルヒを待った。
「お待たせ」
ハルヒは学食に一人で来た。てっきり古泉も一緒だと思っていたから、俺は少しほっとした。
「あら、ちゃんと勉強してるのね。偉いじゃない。……あ、ところで、あんたお昼ご飯もう食べちゃった?」
「いや、まだだが」
「そう。それはよかったわ……」
ハルヒはニヤリと笑って、何やら鞄の中をごそごそとあさり始める。
「今日はね――なんとこのあたしがあんたのためにお弁当を作ってきたのよ! 激烈に感謝しなさい!!」
65 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 11:29:23.69 ID:FWZSMHdz0
言葉通り、ハルヒはパステルカラーの弁当箱を二つ取り出して、叩きつけるようにテーブルに置き、蓋を開ける。たぶんハルヒの分と俺の分で二つなのだろう、中身はどっちも同じものだった。
色とりどりの、恐ろしく手の込んだ手作り弁当である。それは嬉しいというよりも、戸惑いのほうが大きかった。
「お、おう……ありがとよ」
「何よ、もっと有難がりなさい。作り甲斐のないやつねえ……。馬の耳に説法している釈迦にでもなった気分よ」
「なんだそのよくわからない喩えは……? というか、お前なんかが釈迦の気分になれるわけがないだろ。ありゃお前とは真逆の人間性を持った偉大な人物だぞ」
「よく回る口ね。いいから黙って「おいしいおいしい」って言いながらお弁当を食べなさい」
「黙るのか喋るのかどっちなんだよ」
「あたしにとって都合のいいことは喋っていいわ。それ以外はダメ。禁止」
「横暴だな」
などとひとしきり軽口を叩き合って、ひとまず俺たちはハルヒ特製弁当を食べることにした。弁当は当然のように美味かったが、それだけじゃなく、きちんと栄養バランスを考えて作られているようだった。
どうやら、昨日の売店での会話でハルヒなりに俺の食生活を憂慮してくれたのだろう。確かに、有難いことだ。
66 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 11:32:18.33 ID:FWZSMHdz0
「……で、話ってなんだよ?」
弁当箱がご飯粒一つ残らず空になったところで、俺は切り出した。ハルヒは食堂の給水機から汲んできたマズイお茶を一気飲みして、話し始める。
「みくるちゃんの、三回忌のことよ」
ああ、やっぱりか。そうじゃないかと思ってた。
「みくるちゃんのそういうことは今まで鶴屋さんが全部やってくれてたのよね。でも、鶴屋さんって今、就職活動の真っ最中でしょう?
だから、あたしがやりましょうかって言ったのよ。そしたら、じゃあお願いって」
「鶴屋さんが就職活動してるのか? どちらかといえば企業側が鶴屋さんの奪い合いをしてもいいくらいだと思うが……まあ、それはいい。で、それがどうかしたのか?」
「どうかしたというか、特にどうもしてないんだけれどね。ま、何かあったらあんたにも手伝ってもらうわよって話。今のところは万事が無事で何もないわ。
だから……なんていうの? あれよ、ただの報告」
「はあ……それは、ありがとな。お前も……その、大変だろうに……」
「いいの。あたしは動いていたほうが落ち着く性質だし、かえって気が紛れていいわ」
「そうか……。えっと……? それで、話っていうのはこれで終わりなのか?」
68 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 11:37:25.00 ID:FWZSMHdz0
「何よ、その疑わしそうな目は?
さてはあんた、あたしが今日あんたを呼び出したのは『もしかして朝比奈さんのことは口実で自分に弁当を食べさせることが目的だったんじゃ……』とか思い上がったことを想像してるんじゃないでしょうね?
ま、半分くらいはそれで正解よ。手放しで小躍りしながら喜びなさい」
ハルヒは唇を尖らせて不機嫌な表情を作ろうとしていた。しかし、それが照れ隠しに類する何かであることはこの俺でもわかった。
そういう顔をされると、なんだか腹の下あたりからじわりと幸福感のようなものが込み上げてきて、俺は性懲りもなくこいつのことが好きなんだなと思う。
同時に、胸の奥がチクリと痛み、俺はこいつに選ばれなかったんだなと思い出す。
だから、俺はハルヒと二人きりになると、いつもどうしていいのかわからなくなる。
好きな女からある程度の好意を向けられて、浮かれればいいのだろうか?
それとも、他に男がいるくせに、と苛立てばいいのだろうか?
わからない。一体ハルヒは俺をどう思っていて、俺と何がしたいんだ? 俺たちは確かに悪くない関係であると思う。俺たちの間には運命的に離れられない引力のようなものがきっと存在すると思う。
けれど、決定的に埋められない溝のようなものもまた存在しているわけで……。
69 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 11:40:17.14 ID:FWZSMHdz0
そう考える俺は微妙な顔をしていたのだろう、ハルヒはさっと表情をニュートラルに戻して、話題を変えた。
「あんた、ヤスミちゃんとは最近どうなの?」
「突然だな。いや……まあ、普通だよ。別に何もない」
「ならいいけど……。あんた、ヤスミちゃんにあんまり負担をかけちゃダメよ。あんたって自分のことを実際より低く評価する代わりに、他人のことを実際より高く評価する癖があるでしょ。
たぶんだけど、ヤスミちゃんはあんたが思ってるより強くないし、キャパシティがあるわけでもないと思うの……って、まあ……余計なお世話よね……」
「わかってるならヤスミの話なんか振るなよ」
「うっさい。気になるのよ。バカキョン」
ハルヒはまた不機嫌そうな表情に戻った。今度のは本気で苛々しているみたいだった。
70 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 11:42:56.36 ID:FWZSMHdz0
「そっちこそ、古泉とはどうなんだよ」
仕返しのようにそう言って、俺はすぐに後悔した。
「普通よ、変わったことなんてないわ」
「へえ……そうかよ」
俺は溜息をついた。何やってんだ。これじゃハルヒと同じじゃねえか。自分で質問しておいて、二人の仲が今まで通り続いていることを本人からじかに聞いてしまうと、無性に腹が立ってくる。
わかっていても、たったそれだけのことで、叫びたくなっちまうんだ。
どうして俺じゃダメだったんだよ、と。
「ハルヒ」
「何よ」
「弁当、ありがとな。美味かった。でも……やっぱ困るわ、こういうの」
「なによ、それ……」
ハルヒは泣きそうな声を出した。俺はますますやりきれない気持ちになる。どうせなら傍若無人に怒ってくれればいいのに。「バカ」と一言に切り捨てて、蒸気機関車みたいに湯気を出しながら去っていけばいいのに。
なのに、今のこいつは俺から拒絶されると本気で悲しむ。こいつは俺と一緒にいたいんだ。たぶん、俺への気持ちがまだ残っているから。ちょうど俺と同じように。
72 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 11:45:42.85 ID:FWZSMHdz0
でも、互いにどう思っていたところで、俺たちはもう一緒にはなれない。ハルヒには古泉がいるし、俺にはヤスミがいる。それが現実の事実なんだ。
「悪いな……でも、ホントうまかったんだぜ。力が漲ってくるような気もするしな。感謝してる」
「……ごめんなさい……ありがとう。あたしが無神経だったわ」
言いながら、ハルヒは弁当箱を片付けて、鞄にしまう。
「やっぱり……うまくいかないわね……」
ハルヒはそう呟いて、席を立つ。俺はハルヒを見ないようにした。たぶん、ハルヒも俺から目を逸らしていたと思う。
「あたしたち……まだぎくしゃくしちゃうのね……ごめんなさい。キョンから見たらあたしって最低だろうけど……あたしはあんたと前みたいな関係に戻れたらって思ってるわ……本当よ」
74 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 11:48:10.08 ID:FWZSMHdz0
ハルヒはそれだけ言って、食堂の出口へ向かっていく。一人残された俺は、唇を噛んで、呟く。
「……なんだよ……それ……」
なんだよ、それ。
俺と昔みたいな関係に戻れたらいいって、なんだよ。
俺だって思ってるよ。
俺だって、お前と笑って話して、お前のバカみたいな言動や行動にツッコみを入れて、街中を遊び回りてえよ。
決まってんだろ。
俺はお前が好きなんだからよ。
でも……無理だろ。
無理なんだよ、ハルヒ。いい加減分かれよ。
俺たちはもう終わってんだよ。
会ったって、徒にお互いを傷つけるだけなんだよ。
もう戻れねえんだよ。
「……まいっちまうよなあ……」
そのとき、俺の独り言をかき消すように、昼休みの終わりを告げる鐘が鳴った。
75 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 11:51:21.26 ID:FWZSMHdz0
その日の講義を適当に済ませると、俺は真っ直ぐにアパートに帰った。アパートに帰ると、小奇麗なヤスミの部屋が恋しくなった。
俺の部屋には足の踏み場がない。教科書やプリント類、たまったゴミ袋、出しっぱなしの布団なんかが六枚分の畳を覆い隠している。
俺はしばらくテレビを見たりパソコンで作業をしたりして時間を潰していた。すると、ヤスミからメールが来た。
「先輩、晩御飯ご一緒にいかがですか? 今日はちょっと寒いのでお鍋にしようと思います。あたし、先輩にあーんってしてもらいたいです。フフ、もちろんあたしも先輩にあーんしてあげますよ?
返信待ってまーす!!」
俺は迷った末、ヤスミの誘いを断った。ハルヒの小言が残っていたわけではなく、単純に、今は一人になりたかった。
「にゃうう……そうですかぁ……。じゃあお鍋は今度にしましょうね! 先輩とあーんできるの楽しみにしています。……なんか『あーんできる』ってちょっとエッチぃですね……なんて(きゃっ///)
ではではっ!! 気が変わったらいつでも連絡くださいねー!」
俺はヤスミからのメールを確認すると、携帯を閉じて、出かける準備をした。
76 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 11:53:39.98 ID:FWZSMHdz0
夕食を外で簡単に済ませ、俺は長門の病院に向かった。いいことがあった日も、嫌なことがあった日も、俺はそれらをできるだけ長門に聞かせるようにしていた。
長門にしてみればいい迷惑かもしれないが、少なくとも、俺はそれで随分と救われてきた。
ただ、今日は長門効果も限定的だった。
大抵、ハルヒと二人きりで何かあったときはこんな感じになる。何をどういう風に話しても、最後にはそれがハルヒのことに繋がって、それ以上言葉が出てこなくなるのだ。
結局、この日も俺は途中で黙ってしまって、絶え間なく聞こえてくる生命維持装置の音から逃げるように、面会時間が終わるよりも早く、長門の病室を出た。
77 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 11:58:11.73 ID:FWZSMHdz0
長門の病院を出ると、そいつは、まるで待ち構えていたみたいに、一人ぽつんと出入り口のところに立っていた。
「こんばんは。どうです……今から一杯やりませんか?」
古泉一樹が、普段より少し抑え目の笑顔で言った。
「気持ち悪いぐらいのタイミングのよさだな。つけてたのか?」
「いいえ。とんでもない。僕もさっきまで長門さんのところにいましてね。それで、窓からあなたらしき人影が病院に入ってくるのが見えて、こうして待っていたというわけです」
「なるほど、な」
どこまで本当かわからないが、まあ、今更こいつにその胡散臭さをどうにかしろと言っても仕方ないだろう。
「いいぜ。どっか、オススメの店はあるか?」
「ええ。きっとあなたも気に入ると思いますよ」
俺たちは、夜の街へと歩き出した。
78 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 12:00:27.02 ID:FWZSMHdz0
そこは個人経営のバーで、席が二十ほどしかない落ち着いた感じの小さな店だった。店のマスターとウェイトレスがなんとなく新川さんと森さんに似ていた。俺は一目でこの店を気に入った。
「いらっしゃいませ」
森さんに似たウェイトレスは大人の女性らしい洗練された笑顔を浮かべ、丁寧な接客で俺たちをカウンター席に通した。一部の隙もない完璧なウェイトレスだ。本当に森さんにそっくりだ。いや、本当に森さんなのかもしれない。
「ご注文は?」
カウンターに座ると、新川さんに似たマスターが拭いていたグラスを置いて、訊いてきた。心に染み入るいい声である。本当に新川さんにそっくりだ。いや、本当に新川さんなのかもしれない。
「いつものやつで……」
古泉は慣れた口調で答える。俺も適当に注文した。新川さん(仮)は「かしこまりました」と酒瓶の並んだ棚に手を伸ばした。
79 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 12:03:11.49 ID:FWZSMHdz0
俺は酒が来るまで、一通り店の中を見回した。古泉が薦めてくるだけあって、本当に何から何までよく計算されて作られている感じがした。
こんな店があったら誰だって気に入るだろう。それでいて、店内に俺たちしか客がいないというあたりがまた、呆れるくらいに気が利いている。
店を見回していると、たまたま森さん(仮)と目が合った。ウェイトレス姿の森さん(仮)は俺の視線に気付いて僅かに微笑んだ。そのあまりの破壊力に俺の心臓は止まりそうになる。
そこで、俺はもうこの店に関して深くツッコミを入れないことに決めた。
「お前、よくここに来るのか?」
「はい、一人になりたいときはよく来ますよ。お店の方々が……なんと言うか……僕にとって他人とは思えないのでね。くつろげるんです」
「そりゃそうだろうな」
俺は溜息混じりに苦笑する。そのとき、音もなく近づいてきた森さん(仮)が「失礼いたします」と俺たちが注文した酒を持ってきた。
「では、乾杯といきましょう」
「おう、乾杯」
俺と古泉は、よく磨かれた円筒形のグラスを軽く衝突させる。そして、俺たちはそれがマナー違反のような気もしたが、本当にそのグラスの中身を乾かして、すぐに二杯目を注文した。
80 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 12:08:51.67 ID:FWZSMHdz0
「今日お誘いしたのは、他でもありません。あなたにお話があったからです」
「涼宮さんがらみで、か?」
「はい。涼宮さんがらみで」
「聞きたくねえな」
「はい。できることなら僕も話したくはありませんでした……」
言って、古泉はグラスを煽り、三杯目を注文した。俺も同じく目の前の酒を飲み干す。新川さん(仮)がちらりと俺たちを見た気がしたが、俺たちは構わず次の酒を頼んだ。
新川さん(仮)は黙々と仕事をし、森さん(仮)も淡々と出来上がった酒を俺たちのところに持ってきた。その間、俺たちはずっと喋らなかった。
「……単刀直入に言います」
古泉の声からは、積もりに積もった疲れのようなものが感じられた。いつかの映画撮影のときじゃないが、こいつは疲れているときにはロクなことを言わない。
「僕はやはり……涼宮さんに相応しいのはあなたであると思うんです」
81 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 12:18:01.54 ID:FWZSMHdz0
ほらな、だから聞きたくなかったんだ。
「そんなことねえよ。お前らはお似合いだ」
俺は反射的に答えた。それはもはや定型句と言ってよかった。別に本当にそう思っているわけではないが、そう思わないとやってられないのだ。
しかし、古泉は俺の言葉を突っぱねた。
「いいえ、僕では役者不足なんですよ。この一年……あらゆる場面でそれを痛感しました。もちろんそうなることは覚悟の上でしたけどね。
でも、さすがに僕も限界が近い……ですから、今のうちにあなたにははっきり申し上げておこうと思いまして」
勝手に申し上げてろ。お前の世辞なんて聞き飽きた。
「涼宮さんが求めているのは……あなたです」
古泉のその言葉は、どんな強い酒よりも頭に来た。俺はグラスを割れるくらいに握り締め、声を押し殺して言い返した。
「じゃあ……なんでお前はハルヒと付き合い始めたんだよ……っ!」
俺は声が震えそうになるのを必死に堪えた。古泉は少し濁った瞳で俺を見てきた。そして、さんざん聞かされてきたいつもの台詞を呟く。
「涼宮さんが……そう望んだからです」
82 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 12:25:55.20 ID:FWZSMHdz0
俺は一瞬、古泉の言った意味がわからなかった。どういうことだ? ハルヒが望んだ? 古泉と付き合うことを? そんなバカなことが……。
「事実です。告白してきたのは……涼宮さんからでしたよ。……あの涼宮さんが僕の前で涙を流したのはあれが初めてでしょうね……。もちろん、もう二度と見たくありませんが……」
古泉は俺を見つめたままでそう言った。俺は混乱して何も言えなかった。どれだけの想像力を費やしても、ハルヒが古泉に泣きながら告白している姿なんて想像できなかった。
もっと正しく言えば、したくなかった。
「あの頃……涼宮さんはひどく精神が衰弱していました。超能力なんてなくてもわかりましたよ。もちろんあなただって苦しかったとは思います。僕もそうでした。
僕らはみんな……あの悪夢のような日々に参っていたんです」
古泉はまた一気にグラスの中の液体を胃に流し込む。ただ、そうさせている原因の一つは他ならぬ俺なんだろうと容易に推測できたから、そろそろやめとけ、とは言えなかった。
83 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 12:28:17.07 ID:FWZSMHdz0
「ただ……それとは別に、涼宮さんはかねてからあなたとの関係について悩んでいました。あなたに好意を持っていたからです。たぶん、勘の鋭い涼宮さんはあなたの気持ちにも気付いていたでしょう。
けれど……あまりにも不幸なことが続いて……どうしていいかわからなかったのでしょうね。
あなたにも覚えがないですか? 自分が今相手を求めているのは、相手を好いているからではなく、相手に助けてほしいからじゃないのか――と自問しませんでしたか? 涼宮さんもそうだったようです」
覚えがあり過ぎて嫌になる。俺も古泉に倣ってそのいかにも高級そうな酒を味わうことなく体内に取り込んだ。
「そして、涼宮さんは一人でいることを選び……最終的に……一時的な避難場所を求めるように僕のところにやってきたんです。
詳しく聞いたわけではないですが……言葉の断片から察するに、あなたとヤスミさんが二人で街を歩いているのを見かけたことが……一つのきっかけだったようですね……」
84 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 12:30:48.79 ID:FWZSMHdz0
古泉は抑揚のない口調で、努めて余計な感情を込めないように話をした。俺に気を遣っているのだろうか? しかし、どんな言い方をされたところで、俺の抱く感想は一つだった。
「なんだよそれ……どういうことだよ……!」
かみ締めた奥歯が、ぎりぎりと軋む。
「『なんだよそれ、どういうことだよ』……ですか……」
古泉は低い声でそう言って、空になっているグラスの底を呆然と見つめる。
そこに一体何が映って見えていたのだろうか、次の瞬間、古泉は他の誰も――たぶん古泉自身でさえも――聞いたことのないような忘我の叫び声を上げた。
「僕もそう言いたいですよっ!!」
古泉は猛獣が吼えるように声を荒らげて、カウンターに空のグラスを叩きつけた。
「あなたは何をやっていたんですか!? あれほど涼宮さんを離すなと……傍にいてやれと……!!」
85 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 12:32:52.58 ID:FWZSMHdz0
そこで古泉ははっと我に返って、周囲を見回した。新川さん(仮)も森さん(仮)も俺も、みんなが古泉を見ていた。古泉は片手で頭を押さえて、ふらふらと席を立った。
「すいません、見苦しいところを……。僕は……お先に失礼します……」
古泉は新川さん(仮)と森さん(仮)に「ご迷惑をおかけしました」と頭を下げ、無造作に万札を何枚かレジに置いて店を出て行った。
その、古泉らしくない不躾な行動は、既に酒のせいでガタガタになっていた俺の何かを一刀両にぶった斬った。
「古泉、てめえ――」
俺は紙幣を何枚か――古泉ほどではないにしろ――カウンターに置いて、無我夢中で古泉の後を追った。
「おい、古泉……! 待ちやがれっ!!」
俺はそう叫びながら店を出る。と、待ったをかけるまでもなく、古泉は近くの電柱に額を押し当ててもたれかかっていた。
俺はその背中に近づいて、アルコールと一緒くたになって胸中に渦巻いている感情をぶちまけた。
86 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 12:35:32.01 ID:FWZSMHdz0
「俺も、はっきり言っておくぜ……」
俺は古泉の肩を掴んで、自分のほうに振り向かせ、詰るように言った。
「お前が俺をどんな風に買い被っていようと今更驚いたりはしねえよ……でも……お前が暗い顔してると……俺は死ぬほどムカつくんだよ……。
だってそうだろ!? お前はもっと喜んでなきゃいけねえだろ……なあ、古泉……お前はよかったじゃねえか!! お前は大好きなハルヒと付き合えたんだろうがっ!! それの何が不満な――」
俺は一瞬何が起こったのかわからなかった。
急に目の前で火花が散り、気付くと俺は地面にしりもちをついていて、なんだか頬の辺りがじんじんと麻痺したような感覚になっていた。何か言おうと口を開くと、口内に錆びた鉄の味が広がった。
そこでやっと、俺は古泉に殴られたんだと理解した。
「……こ……いずみ……?」
88 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 12:38:06.05 ID:FWZSMHdz0
古泉は電柱を背にして、俺を見下ろすように立っていた。電柱の上には常夜灯が白く光っていて、その逆光のせいで俺からは古泉の表情がよくわからなかった。
しかし、古泉が肩で息をしているのはシルエットでわかった。
「……申し訳ありません……」
古泉の声には涙が混じっていた。俺は掻き乱されて熱くなっていた心が急速に冷えていくのを感じた。
「……あなたとは……本当に……いつまでも友人でいたい……心からそう思っています……。手荒な真似をしたこと……心からお詫びします……」
そう言うと、古泉は気を失ったように膝から崩れ落ちた。俺は反射的に古泉を支えてやろうとしたが、酔っていてうまく身体が動かず、結局、俺たちは二人してもつれ合うように地べたにぶっ倒れた。
二月の夜の舗道は氷のように冷たくて、恐ろしく硬かった。
89 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 12:39:52.89 ID:FWZSMHdz0
「……俺が悪かった……すまん……」
口を動かすと、口から脳にかけて突き抜けるような痛みが走った。
「いいえ……僕も……冷静ではありませんでした」
古泉は今にも死にそうな声を出す。俺はもう何も考えられずに、ただ、思ったことを思ったままに口に出した。
「……なあ、古泉……」
「……なんですか?」
「ハルヒを……幸せにしてやってくれよ」
「……もう一発、殴りますよ……」
「構わねえ……今日の俺はどうかしてる」
90 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 12:44:13.96 ID:FWZSMHdz0
血を吐き捨てながら俺がそう言うと、古泉はすくっと立ち上がって、信じられないくらい暴力的に俺の胸倉を掴み、俺を吊るし上げた。
そこで俺はやっと古泉の顔を見る。古泉は別人かと思うくらいぐちゃぐちゃの顔をしていた。額からは電柱に頭突きでもしたのかだらだらと血が流れ、涙と鼻水も同様に垂れ流し放題で、ありとあらゆる表情筋が引き攣って鬼のような形相をしていた。
「あなたじゃなきゃダメだって言ってるじゃないですかっ!!」
古泉は、怒っていた。
「あなただってわかっているはずでしょう!? 涼宮さんはあなたじゃなきゃダメなんですよっ!! あの人にはあなたしかいないんですよ!! 僕だって……僕だってずっとあの人が……っ!!
でも……っ!! でも……あなたなんですよ……なのに…………」
古泉は俺を突き飛ばすようにして解放すると、天を仰ぐように上を向き、両手で頭を抱えて、泣いた。
「……僕だって……どうして僕じゃダメなんだ……あー……っくしょうー……」
嗚咽を隠そうともせずに泣き続ける古泉に、俺は何一つかける言葉が見つからなかった。
91 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 12:47:24.13 ID:FWZSMHdz0
俺は何時間くらいその場にへたり込んでいたのだろうか。何かの拍子にはっと意識が覚醒すると、古泉の姿はもうどこにもなかった。
俺はどうしていいのかわからず、どうしていいのかわからなくなるといつもそうするように、ヤスミのマンションに向かって歩き出した。
「ええええええ!? 夜這いかと思ってわくわくしながら扉を開けたら……血塗れの先輩が――!? って冗談じゃなくて、本格的に何があったんですか!!?」
だぼだぼのパジャマ姿で俺を出迎えたヤスミは普段の十倍くらいうるさかった。その声は音速で俺の身体を突き抜けて、俺の内側に残っていた負の感情を根こそぎ吹き飛ばした。
それはとても有益で有難い特殊効果だったが、負の感情だろうがなんだろうがそれが今の俺を動かしていた最後の支えであって、それが綺麗さっぱり失われてしまったら、どうやって俺は立っていればいいのだろう。
俺はヤスミのマンションの玄関にへたり込んで、胃の中のものを残らず吐いた。
一人暮らしの女子高生の家に深夜に押しかけて、俺は一体何をやってんだ……。
自己嫌悪と絶え間なく込み上げてくる悪寒と不快感によって、更なる吐き気が俺を襲う。
本当に……俺は……何をやってるんだ……?
92 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 12:50:36.54 ID:FWZSMHdz0
「我慢しないでください。何も考えないで、とにかくありったけ吐き出してください。あたしの言うことわかりますね、先輩?」
朦朧とする意識の中、俺はヤスミの気配をすぐ近くに感じた。ヤスミはパジャマが汚れるのも構わずに、倒れている俺の身体を正面から抱き上げて、背中を擦った。
「後のことは全部あたしがなんとかします。だから我慢だけは絶対にしないでください。溜まっていたものを残らず出すんです。それだけでびっくりするくらい楽になりますから。
それで……出し切ったら今日はもう眠りましょう。大丈夫です。あたしがこうしてずっと傍にいますから……」
ヤスミの甘い声が俺の意識を溶かしていく。だが、これだけのことをしておいてこのまま眠りに落ちるわけにはいかないと、俺のなけなしの意地のようなものがそれに抵抗した。
「……ヤスミ……すまん……俺は……」
しかし、ヤスミはそんな俺を容赦なく堕とした。
「謝らないでください。いいんですよ。だってあたしは先輩が大好きなんですから」
俺の意識は、そこで途切れた。
94 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 12:58:52.92 ID:FWZSMHdz0
<第三章>
目が覚めると、俺はヤスミのベッドで寝ていた。ひどく頭が痛い。いや、頭だけじゃない、口も腕も足もだ。身体中が痛かった。さらに言うと重いとかだるいとか熱っぽいという感覚もある。
しかし、そんな不快感の群れの中に、なぜか一つだけ心地よい感覚があった。それは暖かくて、柔らかくて、甘酸っぱいいい匂いがする何かで……。
「……うぅん……」
俺はそれの正体を確認する。そいつは俺にぴったりとくっついて、日向の猫のような幸せそうな顔で、すぅすぅと小さな寝息を立てていた。
「……あぅ……先輩……はぁん……ばにぃは恥ずかしいですぅ……ぴょん……」
「何の夢を見てやがる!?」
俺は全てを忘れてツッコミを入れた。体質とは恐ろしいものである。
「ふえっ!? あ、先輩っ!! おはようございますです!」
95 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 13:05:03.24 ID:FWZSMHdz0
ヤスミは動きの全てを脊髄反射でやっているような素早さで俺から離れ、布団を撥ね退けて飛び起きた。そして、胸の辺りを両手で覆いながら至極真面目な顔で言う。
「あのですね、バニーガールの衣装を着るにはあたしはまだ全然レベル不足なんです。具体的にはあと三ランクアップぐらいしないといけなくて……目下鋭意自助努力中なんですけど――って、はっ!?
もしや先輩はぺったんこ党だったりですか!? その場合は取り返しのつかないことになるから早めに言ってくださいねっ!!」
「知らねえよ! つか何の話だよ!?」
「あぅぅ……どう聞いたって女の子の特定危険部位の話だと思うんですけど……すいません。この上なくどうでもいい話でしたよね……。
あの、あたし少しでも先輩の気が落ち着けばと思って……でも逆効果だったんですかね……なんというか、先輩は朝から色々と元気で困ります……」
ヤスミは僅かに顔を赤らめてふっと俺から目を逸らす。俺は慌てて捲れ上がった布団を被りなおし、溜息をつく。
「お前こそ、朝っぱらから色々と無茶苦茶だぞ……」
そう呟いた瞬間、俺の視界がぐらりと回転した。ヤスミに何かされたのかとも思ったが、それは単純に体調の不調からくる眩暈だった。
96 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 13:08:34.53 ID:FWZSMHdz0
「あっと……ゴメンナサイ。あたしとしたことが、ちょっとはしゃぎ過ぎてしまいました……」
ヤスミは俺の枕元にやって来て、その紅葉みたいな手で俺の額に触れる。
「先輩、ちゃんと覚えてますか?
先輩は昨日お酒を飲みまくり、何者かにいい感じの右ストレートをもらって、そのまましばらく真冬の寒空の下で昏倒し、行き場を失ってふらふらとあたしの家に押しかけてきた上で、いたいけな女子高生のパジャマを吐瀉物だらけにしたんです」
そう言って、ヤスミは悪戯っぽく微笑んだ。
「それは風邪くらい引きます。今日は大学もお休みしてください。あたしのベッドでなら好きなだけ寝ていていいですから。わかりましたね?」
俺は頷く代わりに、瞼を閉じて、俺の額の上に乗っているヤスミの手に自分の手を重ねた。
「フフ、先輩は病んでも欲しがりますね。でも、いい子いい子だから大人しくしていてください。でないとあたし……先輩が動けないのをいいことにあれやこれやと世話しちゃいますよ?」
98 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 13:11:34.15 ID:FWZSMHdz0
俺はヤスミの手から自分の手を離して、ヤスミに背を向けるように寝返りを打つ。ヤスミはぷっと吹き出して、クスクスと笑った。
「先輩って妙なとこで潔癖ですよね。言っておきますけど、不肖あたし、恥ずかしながら先輩のあれやこれやは昨日隅々までお世話済みですからね。誰が服を着替えさせたと思ってるんですか」
「……ヤスミ」
「はい。あたしはヤスミ」
俺はもう一度寝返りを打って、ヤスミに向き直り、言う。
「いつもありがとな」
ヤスミはぱあっと表情を輝かせて、敬礼した。
「なんのっ! 先輩のためならこれくらいっ!! お安い御用ですっ!!」
99 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 13:16:39.90 ID:FWZSMHdz0
次に俺が目覚めたときには、もう日が暮れていて、部屋は暗かった。俺は上体を起こす。身体中が痛いのは相変わらずだったが、熱っぽさやだるさは大分和らいでいた。
と、まるで計ったみたいに、部屋の電気がついた。見ると、ヤスミが電灯のスイッチのところに立っていた。
「具合はいかがですか、先輩?」
「万全ではないが、十全だよ。ありがとう」
「いえいえ。ご飯、食べれそうです?」
「ああ、お腹ぺこぺこだぜ」
「やった!!!」
ヤスミはワラビーのように飛び跳ねてキッチンへ向かった。やがて、土鍋を持って部屋に戻ってくる。
「ヤスミちゃん特製おかゆです! 万病どころか八百万の病にだって効果抜群!! ただし恋の病は治せません、なんてっ!! たーんと召し上がってください。ぜひぜひっ!!」
ヤスミ特製おかゆは大層なキャッチフレーズに十分応える出来だった。俺はあっという間に特製おかゆを平らげる。その間、ヤスミはずっと俺の様子を満足そうに眺めていた。
100 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 13:18:29.56 ID:FWZSMHdz0
俺はシメの漢方薬を飲むと、ヤスミに訊いた。
「そういや、俺の私服はどうした?」
「昨日のうちに洗っておきましたよ。もう乾いていると思います。もしかして、お帰りですか?」
「ああ、長門の見舞いに行ってくる。まだぎりぎり面会時間は過ぎてないしな」
「今日くらいはお休みしても、長門さんだって許してくれますよ?」
「まあそうだろうが……。なにせ二年近く続けてる習慣だからな。行かないと逆に体調を悪化させそうだ」
「ふむぅ。なんなら……あたしもお供いたしましょうか?」
101 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 13:21:39.71 ID:FWZSMHdz0
ヤスミは今日に限って珍しく食い下がってきた。
「いや、いいよ。お前、明日も学校あるんだろ?」
「先輩、明日は土曜日です! お休みです! ですですっ!!」
ヤスミはぷっくりと頬を膨らませて、物欲しそうな上目遣いで俺を見つめてきた。俺はそこでやっとヤスミの言わんとしていることを理解し、その癖っ毛頭を撫でてやる。
「見舞いが済んだら、着替えを持ってここに戻ってくる。それでいいか?」
ヤスミは最高温度の笑顔になって、こっくりと大きく頷く。
「いいですともっ!! よいですよいです大歓迎っ!! あ、あと、もし先輩さえよければもう一つだけお願いがあるんですけど……」
「わかってる。土日、俺の風邪が治ったらどっか出かけようぜ」
「わぁお!! さすが先輩はわかってますねっ!! 最高ですっ、大好きですっ!! 大好きっ!!」
そう言って、ヤスミは小型の狩猟犬のような俊敏さで、俺を押し倒すように抱きついてきた。
103 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 13:26:50.12 ID:FWZSMHdz0
ヤスミから気力を充電し、俺は長門のいる病院へと向かった。
外気に触れると、古泉に殴られた傷が鋭く痛んだが、ヤスミが貼ってくれたガーゼのおかげだろう、耐えようと思えば耐えられた。
しかし、そうやって俺がどれだけ厳重に何重もの殻で精神を守っても、それを一撃の下に突き破ることのできる人物が、この世界には存在する。
その代表格、涼宮ハルヒが長門の病室の前に立っていた。
104 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 13:29:18.37 ID:FWZSMHdz0
「……遅かったじゃない。古泉から伝言を預かってるわ。『申し訳ないです』だって。……ねえ、昨日何があったのよ? ……まあ、なんとなく想像はつくけど……」
ハルヒは俺の頬のガーゼを見て、悲しげに目を伏せる。
「ねえ、キョン……。あたしたち……もう会わないほうがいいのかしら?」
俺はハルヒから目を逸らして、投げやりに答える。
「どうでもいいことは自分一人で勝手に決めるくせに、大事なことは他人に決めてもらおうとするのは……お前の悪い癖だぜ」
それに、と俺は続ける。
「もし……俺たちがバラバラになっちまったとして……長門が起きたときになんて説明するんだよ」
ハルヒが息を飲む気配が伝わってきた。
「そう……そうよね……」
そこまで言って、ハルヒはきゅっと唇を噛んだ。何か続けて言いたいことがあるのを我慢しているみたいだった。無論、ハルヒが何を言いたかったのか、俺にはわかる。
105 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 13:31:37.75 ID:FWZSMHdz0
長門がいるから、俺たちはまだ一緒にいる。
それはつまり、もし長門がいなくなってしまったら、俺たちは離れ離れになってしまうということ。
俺とハルヒが一緒にいる理由なんて、とっくの昔に、俺とハルヒの間にはなくなっていたんだ。
そんなこと、もっと早くに気付いていてよかったと思うのだが、たぶん俺たちは二人とも、今この瞬間にそれを悟った。
どうしようもない。遅過ぎるんだよ……何もかも。
「話はそれだけか?」
「ええ……時間取らせて悪かったわね。あと、花瓶のお水は、今日はあたしが換えておいたから」
「おう、サンキューな……」
そう言う俺の横を、ハルヒは俯いたまま過ぎ去っていった。
107 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 13:35:28.85 ID:FWZSMHdz0
長門の病室に入ると、部屋は暗かった。電気をつけようとも思ったが、長門が眩しいと思うかもしれないと思い、そのままにした。
代わりに、そう言えば今夜はわりと綺麗な月が出ていたはずだ、と思い出して俺はカーテンを開けた。
そのとき、何気なく窓から地面のほうに目をやると、病院の出口から飛び出した人影が、病院の前で待っていた人影に吸い付くのが見えた……が、気のせいかもしれない。
これじゃ被害妄想ならぬ被害幻想だ。俺もいよいよ頭がやられてきたらしい。
俺は窓から離れて、長門の寝ている横に座る。常套句のような形容だが、月明かりの下で見る長門はこの世のものとは思えないくらい綺麗だった。しかし、綺麗過ぎて、なんだか造り物じみていた。
これはもしかして偽の長門なんじゃないか? 本当の長門は今頃木星辺りに観光にでも出かけているんじゃないのか?
なんて、そんなことあるはずがない。この長門は確かに俺の知っている長門で、しかも無機質なヒューマノイド・インターフェースじゃなく、れっきとした人間なんだ。
その証拠に、僅かだが、規則的に薄い胸が上下していた。
108 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 13:39:47.68 ID:FWZSMHdz0
「長門……またハルヒとうまく喋れなかったぜ……。古泉とも派手にやりあっちまったよ……。
信じられるか? あいつが俺を殴って、男泣きしやがったんだぞ……? 朝比奈さんがあの場にいたら絶対に卒倒してたよ……そんくらい強烈な一発だった……」
俺はガーゼを触りながら笑おうとするが、うまく息が出てこなかった。
「なんだろうな……長門……お前にはもっと楽しいことを報告したいんだが……最近はずっと愚痴ばっかこぼしてるよな……。えっと……明るい話題も……なくはないはずなんだが……」
俺はヤスミのことを思い出そうとする。落ち着きのないヤスミの動きに合わせて揺れるスマイルマークの髪留め。だぼだぼの制服。甘酸っぱい独特の香り。それから……超新星爆発のような笑顔。
『先輩、大好きっ!!』
しかし、そう言って笑うヤスミの顔が、俺にはどうしてもうまく思い出せなかった。どんなにヤスミの姿を思い描こうとしても、顔の部分だけがのっぺらぼうみたいになってしまう。声だって、本当にこんな声だったのか自信がない。
なのに、ハルヒの泣きそうな顔と声だけは、やけにはっきりと思い出せた。
『あたしたち……もう会わないほうがいいのかしら?』
109 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 13:42:24.37 ID:FWZSMHdz0
どうしてお前がそれを言っちまうんだよ、ハルヒ。
それはわかってても言っちゃいけねえことだろうが。
それに、お前が口に出しちまったらそれはほとんど百パーセントの確率で本当にそうなっちまうんだから……だから不用意な発言はやめてくれ……。
俺は、お前に会えないなんて、無理だぜ? 本当に無理なんだぜ?
『涼宮さんはあなたじゃなきゃダメなんですよっ!!』
ああ、うるせえ。んなことわかってるよ、古泉。
俺だってハルヒじゃなきゃダメなんだよ。
他の誰でもなく、ハルヒでなきゃダメなんだ。ヤスミには悪いと思うけど……俺はハルヒがいないと本当にダメになっちまうんだ……。
ひどいな……最悪だ。これだから嫌になっちまうんだよ、人間ってやつは。
不器用で、頭が悪くて、何一つ思い通りにできない、脆弱な存在。
こんなもんのどこがいいんだよ……本当にこんなもんに好き好んでなるほどの価値があるっていうのかよ……。
「長門、目覚めたら……真っ先に教えてくれ」
俺は長門の凍りついた顔に問う。
「お前はなんで人間になりたかったんだ?」
110 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 13:46:11.31 ID:FWZSMHdz0
そのとき、病院のどこかにあるスピーカーから、聞き慣れた面会時間終了を告げる音楽が機械的に流れ始めた。
俺は気を取り直すようにガーゼが貼ってないほうの頬をぴしゃりと叩き、帰る準備をする。荷物を持って、開けたカーテンを閉めようと、窓に向かった。
そして、俺は窓に映った自分の姿の――その背後に立つそいつを目視して、驚愕する。
ある意味ではハルヒ以上に、俺の精神を滅茶苦茶に引っ掻き回す人物筆頭。
俺は比喩じゃなく息が止まりそうになる。
でなけりゃ息の根を止められちまうだろう。
そんなバカなことってあるかよ。
なぜ――お前がここにいる……?
「お久しぶり。また会えて嬉しいわ」
朝倉涼子が、過去の記憶と寸分違わぬ委員長微笑を浮かべて、そこにいた。
115 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 13:58:41.95 ID:FWZSMHdz0
朝倉は北高の制服を着て、容姿も雰囲気も高校一年で一緒のクラスだったあの頃と何も変わっていなかった。
なるほど、確かにこいつは朝倉以外の何者でもない。だったら遠慮なんて要らねえ。
「てめえ――朝倉……どの面下げて現れやがった!!」
俺は半ば自棄になって、過去に俺を何度も殺そうとしてきた相手に向かって啖呵を切り、掴みかかった。
朝倉は穏やかに首を傾げて、涼やかな目で俺を見つめたまま、手を俺のほうに翳す。それだけで、俺の身体は後ろに吹き飛ばされた。
「あなたも学習しないわね。また調教してほしいなら、もっと痛い思いをさせてあげるけど……」
言って、朝倉はどこからともなく見覚えのあり過ぎるナイフを取り出す。まさかと思って周囲を見ると、一面にあの幾何学模様が浮かんでいた。流れていたはずの音楽も消えている。
そりゃそうだ。ここは時間が止まっているんだからな。情報制御空間とかいうやつだ。
116 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 14:05:15.23 ID:FWZSMHdz0
だが……それがどうしたってんだ? こっちは今それどころじゃねえくらいいっぱいいっぱいなんだよ。今更朝倉如きが俺をどうこうできると思うな。
「てめえの脅しなんて聞き飽きた。やれるもんならやってみやがれ……このポンコツ宇宙人がっ!!」
俺は体勢を整えて、また朝倉に突進しようとする。しかし、俺の足は一歩だけ進んだところで動かなくなった。いや、足だけじゃない。全身が石造みたいに固まってやがる。
「相変わらず底が浅いくせに底抜けで底無しに失礼なのね、あなたは」
朝倉はかつてハルヒをたしなめていたときのように、やれやれといった風の溜息をついて、次の瞬間、俺の目の前から消えた。どこにいったのかなんて考えなくてもわかる。俺の背後だ。
そして、どうせ俺の喉元に逆手に持ったナイフの切っ先を突きつけてんだろ。
「なによ、強がっちゃって。初めてのときはあんなにアタフタして可愛らしかったのに……しばらく見ないうちにつまんない大人になっちゃったのね」
「てめえを面白がらせようと思って日々を生きてきたわけじゃねえからな」
「あら、そう。じゃあ……」
朝倉は俺の首筋に息を吹きかけて、問う。
「あなたはなんで生きているの?」
118 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 14:07:44.11 ID:FWZSMHdz0
すると、俺の身体がまた自由に動かせるようになる。しかし、どっちにしろナイフが喉に当てられているんだから動くに動けない。
「わたし、未だにわからないのよね……」
朝倉は以前と同じ台詞を以前と同じ調子で言う。
「有機生命体にとって、死って何? どういう概念なの? ねえ、死ぬのってそんなに嫌? ……あ、いいの。あたなは別に答えてくれなくても。たぶん、長門さんに聞けば教えてくれるから」
朝倉の口から長門の名前が出てきて、いよいよ俺の頭は真っ白になる。
「朝倉……お前まさか長門に何か……?」
「してないわよ。する予定もないわ。喜緑さんから説明を受けなかったの? わたしたち情報統合思念体は、長門有希という人間に絶対不干渉なの」
120 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 14:19:28.11 ID:FWZSMHdz0
情報統合思念体。
その電波な単語だけは極力思い出さないようにしていた。思い出すだけで、俺は我を忘れるくらいに怒っちまうからだ。
しかし、ここはキレていいだろう。なんせ俺の目の前にいるのは他ならぬその情報統合思念体の端末なんだからな。今こいつに言わないで、いつ誰に言えってんだ。
「ふざけてんじゃねえぞ……てめえら……思念体のせいで長門はこんなことになってんだろうが!!
てめえら万能なんだろうが!! なのにこの有様はどういうことだよっ!! どうしていつもいつも……長門ばっかりハズレクジを引くんだよ。
無口だったり社交性がなかったりするのは……まだいい。あれは立派な長門のキャラクターだったし……俺たちみんなそんな長門が好きだったからな!!
けど……これは……どういうことなんだよ……意味がわからねえよ。どうして長門がこんなひどい目に遭わなくちゃいけねえんだよ! 答えろ、情報統合思念体!!」
俺は喉に突き立ったナイフなど構わずに、無茶苦茶に叫んだ。しかし、朝倉は俺の怒号くらいでは怯む様子もなく、それどころか俺を諭すような口調で、喋り始める。
「例えばの話なんだけどね。あなたがもし、ある日突然、遺伝子の異常によって現代医学ではどうしようもない病気になっちゃったとして……そのときあなたは……自分を産んでくれた両親を恨むの?
どうして自分をこんな風に産みやがったんだって、泣き喚くの?」
122 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 14:26:54.84 ID:FWZSMHdz0
朝倉は俺の背中にぴったりと身体を寄せて、耳元に語り掛けてくる。
「わたしたち情報統合思念体は万能なんかじゃないわ。まして全能でもない。わたしたちに出来ることは、あらゆる情報を発見し、蓄積し、操作することだけ。
要するに、初めからそこにあるものをただごちゃごちゃと弄り回すだけなのよ。無から有を造り出す――そんな神様みたいな真似が頭でっかちのわたしたちにできると思う? 長門さんだってそれくらいわかっていたはずよ。
もちろん……何事もなく生きていける確率のほうがずっと高かったけれどね。それでも……何かの拍子にそうじゃなくなっちゃうかもしれない。でも……他の普通の人間だって……みんなそうじゃない?
ほら、あの異時間同位体を複数持っていた女だって……そうだったでしょ?
そういう不運をあなた……全部造り手の責任にするわけ? だったら筋違いよ。文句ならわたしたちを生み出した神様に言ってくれる? もしくは大好きな涼宮ハルヒに言ってあげるといいかもしれないわね」
123 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 14:33:21.20 ID:FWZSMHdz0
言うだけ言うと、朝倉は俺から離れる。ナイフも光の粒となって消滅した。そして朝倉は、何も言い返せずに突っ立ったままの俺を放置して、長門の眠るベッドの横に立ち、その前髪にそっと触れた。
「全てはね……長門さんが自分で望んだことなのよ。たとえその結果がどうなろうと、長門さんは人間になりたくて、本当になっちゃったのよ。
長門さんはあなたたちに近付きたかったの……そして、今もこうやって、ちゃんと人間をしてるじゃない。
ちゃんと生きて、呼吸して……病気とか、死とか――そんなのわたしたちから見ればただの情報変動でしかないけれど――そういういろいろなものと闘ってるじゃない」
127 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 14:45:13.14 ID:FWZSMHdz0
朝倉は俺に振り返り、またどこからかナイフを生み出して、その切っ先を俺に向けた。
「ねえ、キョンくん。あなたは有機生命体として長門さんよりずっと先輩なのよ。あなたのほうが『生きてる』ってことの意味をよく知ってるはずだわ。わたしにも教えてほしいくらい。
ねえ、本当のところ、どうなの? 生きてるのって楽しい?
それとも、生きてるのって辛い? 苦しい? 嫌なことばかり? 不幸せなことばかり? いいことなんて一つもない? いっそ生まれてこないほうがよかった? 死にたい? あなたは人間をやめたいと思うの? 今すぐに死にたいと思うの?
ねえ、答えなさいよ。どうして長門さんは……人間になったんだと思う……?」
俺は拳を握り締めて、泣くのを堪えた。たとえ殺されることになったって、朝倉涼子の前で涙なんか絶対に見せてやるものか。
「俺だって……わかんねえよ……なんで長門が人間になったのかなんて……。俺は……俺がどうして生きてるのかだってわかんねえのに……」
「ええ? 何よ、それ。とんだ期待ハズレね。あなた、せっかくだからここで死んでおく? いいわよ。今すぐに、わたしが殺してあげるわ」
128 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 14:48:16.07 ID:FWZSMHdz0
朝倉はナイフを持ったままゆっくりと俺に近づいてくる。俺は朝倉から目が離せなかった。
これだからこいつを真正面から見たくはなかったんだ。朝倉の至高の微笑を見ていると……なんだか何もかもどうでもよくなっていく……。
そして、とうとう朝倉の構えたナイフが俺の首筋に当てられる。
「……殺せよ……」
俺は本心からそう言った。正直に言って、もう、嫌だった。朝倉の言う通りだ。生きてることなんて……理由もわからないのに……無闇に嫌なことばかりで……いっそ生まれてこなければよかった。
「うん、ごめん、それ無理」
と、朝倉はウィンクをし、舌を出してみせる。
129 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 14:51:50.35 ID:FWZSMHdz0
「だって、わたしはあなたに生きていてほしいのだもの。そして、ちゃんとわたしに見せてほしいもの。教えてほしいもの。
長門さんにここまでさせるほどに……長門さんに心を与えて……そればかりかその心を奪ったあなたという人間が、一体なんなのか。
そういうわけだから、わたしは最後まで観察させてもらうわよ。ゆえに、わたしはあなたを殺さないの」
「ふざけんなよ……生殺しじゃねえかよ……」
「誰がうまいことを言えと言ったのよ、もう」
言って、唐突に朝倉は俺の頬にキスをした。それも、古泉に殴られたほうに、ガーゼ越しのキスをだ。意味がわからない。
が、それは俺の腰を砕くのに十分な威力だった。俺は全身の骨を抜かれたように立っていられなくなる。
「今のはお詫びみたいなものかな。わたし、あなたに結構ひどいことしてきたからね、それくらいはタダで治してあげるわよ」
朝倉の軽やかな苦笑が聞こえてきた。俺は頬の傷に触れてみる。確かに痛みはなかった。
「……お前は一体何しに来たんだよ……」
俺はそう呟いて地面に仰向けに倒れ、天井でうごめく幾何学模様をぼうっと眺めた。朝倉は何も言わない。沈黙が訪れる。
130 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 14:54:30.34 ID:FWZSMHdz0
刹那。
嫌な汗が、俺の全身から噴出してきた。これは寝ている場合なんかじゃない。
だって、どう考えてもおかしいだろ?
朝倉がいきなり現れて、かと思ったら委員長気取りで俺に説教くらわせて……あげくは俺にキス……?
なんだそれ? どういうことだ? 本当に……こいつは一体……?
俺は跳ね起きて、長門を見つめたまま佇む朝倉の背中に訊いた。
「……朝倉、本当に……お前は一体何をしに現れたんだ……?」
「そんなこと、決まってるじゃない」
朝倉は振り返って、透き通った声で告げる。
「散々我儘を押し通して人間になった長門さんの……最期を看取るためよ」
朝倉涼子は、困ったように溜息を漏らしながら、微笑んだ。
134 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 15:01:17.41 ID:FWZSMHdz0
朝倉が微笑むのと同時に、情報制御空間が解除される。幾何学模様が消え、時間が動き出し、面会時間終了の音楽が続きのメロディーを奏でる。
そして、次の瞬間。その牧歌的な曲を切り裂くように一際高い電子音が鳴った。
それは長門の心拍が停止したことを知らせるアラームだった。
「長門っ!!? 嘘だろ!! おい、長門!!!!」
俺は長門のベッドに駆け寄って、その小さな身体を揺すりながら、枕元にあるはずのナースコールを探した。と、朝倉がそれを握っているのが見えた。
「てめえ、朝倉っ!!」
「誤解よ。これを押せばよかったんでしょう? だったらもうやったわ。あと、他にも色々とサービスしておいたから……」
朝倉は俺にはおおよそ理解できないことをぶつぶつと呟いた。そのうちに、廊下のほうから誰かが走ってくる音が聞こえてきた。足音は真っ直ぐにこの部屋まで辿り着く。そして、扉が開いた。
「キョン、有希に何が……っ!!?」
入ってきたのはハルヒだった。すぐ後ろに古泉もいて、古泉が部屋の電気をつける。パッと部屋が明るくなった。あまりの光量に、俺は目が眩む。
135 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 15:06:00.21 ID:FWZSMHdz0
たぶん、俺の目が眩んだその一瞬の隙に消えたのだろう、やっと目が明るさに慣れた頃には、朝倉涼子の姿はどこにも見えなかった。
『一応礼を言っておくわ。長門さんのこと、それに……わたしのことも。
今回のことで少しあなたたちのことがわかった気がするわ。もしこれがきっかけでわたしが人間になったら……そのときは仲良くしてほしいな』
そんな残響だけが、耳の奥でこだました。
『じゃ……せいぜい誰かさんと……お幸せに、ね』
その後、駆けつけてきた医者や看護師が長門を手術室に運んだが、間もなく、長門は息を引き取った。
139 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 15:23:32.82 ID:FWZSMHdz0
<第四章>
いつか、長門が書いた三本の短編小説を読んだことがあった。あれはSOS団VS生徒会長のときだったか。
長門の私小説ともポエムとも言いがたい幻想ホラー小説のモチーフの中に確か、雪、幽霊、棺桶というものがあったような気がする。
俺とハルヒは二人でそれを読みながら、長門が何を考えてその小説を書いたのかと色々と意見を出し合ったが、結局答えはでなかった。
それだけじゃない。たぶん、長門が語らなかったことは、まだまだたくさん残っていたんだろう。
読書が好きな、無口な少女、長門有希。
しかし、長門はもう、本を読むことも、口を開くこともない。永遠にない。長門有希という存在は、一粒の淡雪のように儚く、あっさりと、世界から失われてしまった。
長門の通夜と告別式が行われた日は、どちらも雪が降った。しんしんと、降り積もった。
納棺する前に触れた長門の頬は、まるで雪のように白く、冷たかった。
140 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 15:27:04.51 ID:FWZSMHdz0
長門の葬式は、ハルヒの仕切りで行われた。朝比奈さん同様、長門も身寄りがなかったからだ。
葬式では懐かしい顔に会った。ちゃっかり人間のフリを続けている九曜とか、コンピ研の連中とか、他にも北高で長門と同じクラスだったやつとか、中河とかな。
どいつもこいつも長門が宇宙人だった頃に知り合ったやつばかりだった。
長門は人間になる以前から、ちゃんと人間になれていたんだ。人間の輪の中で、長門有希として、きちんと自分の居場所を作っていたんだ。
そう思うと、ますます長門が人間になったことで起こった今回のことが悔やまれた。しかし、朝倉ではないが、それを後悔するかどうかは当の長門だけが決められることなんだろうと、俺は思うようになった。
長門が自分で決めて、選んだ道がこれならば、俺は長門のことを笑顔で見送ってやりたいと思った。
けれど、そんなのできるわけがなかった。
受け入れられるわけがなかった。
何の整理もできなかった。
何も考えられなかった。
ちょっと待ってくれ。
そう言いたかった。
しかし、そんな俺の思いを置いてきぼりにして、長門の葬式は、静かに、粛々と進行していった。
141 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 15:31:28.70 ID:FWZSMHdz0
「やあ、親友」
告別式にやってきた佐々木は、ちょっとした合間を見つけて、俺のところにやってきた。
「このたびは……残念だったね……残念という言葉では足りないくらいだ。ただ……気はしっかり持ってくれよ。この上キミにまで何かあったら……さすがの僕も心が折れてしまう」
久しぶりに会う佐々木は、随分と印象が変わっていた。垢抜けたというか、声をかけられなければ佐々木だと気付かないくらいだ。
まず、髪が長い。茶色っぽい髪でセミロングの佐々木は、どことなく朝比奈さんとイメージがだぶった。その上、さり気なく化粧もしていて、雰囲気は一流企業の社長秘書みたいな感じだった。
佐々木はくつくつと笑って、髪を掻き揚げる。
「どうした? 何を物珍しそうに見ているんだ。ああ……もしかして僕の容姿の変貌に驚いているのかな。そりゃ、キミ。女子三日会わざればと言うだろう?
僕だって多少は変わるさ。変わろうと努力したしね。もっとも、個人的にはまだ合格点とは言いにくい箇所も残っているのだけれど」
そう言って、佐々木は胸を隠すように腕を組んだ。俺はその仕草の意味を深く考えないようにして、佐々木との会話を続けた。主に、最近の俺の身に起こったことを話した。
142 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 15:36:58.15 ID:FWZSMHdz0
「そうか……しばらく会ってなかった間に、色々あったんだね。そこに……今回のことってわけか……」
佐々木が相手だと、ハルヒのことや古泉のこと、それにヤスミのことも、あまり余計な気を遣わずに話すことができた。
「これは僕の意見なんだが」
そう前置きして、佐々木は続けた。
「キミは十分に苦しんだと思うよ。よくやったと思う。だから、そろそろ誰かに甘えてもいいんじゃないのかな?」
その誰かとは、ハルヒではなく、ヤスミのことを言っているのだろうか。
「僕はね、そういう道もあると思う。過去のことは全て忘れて、新しい生き方を見つけるんだ。本当に……何もかも忘れて……さ。
それだって一つの勇気だよ。そして、一からやり直す。立派なことじゃないか。何も立ち向かうことや乗り越えることだけが手段じゃない。違うかい?」
佐々木は皮肉めいた微笑を俺に向ける。それは高校生の頃よりも柔らかさが減っていて、代わりに、研ぎ澄まされた鋭さがあった。
143 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 15:41:16.38 ID:FWZSMHdz0
「例えばだが、僕の話をしよう。いや、というのも実際に僕は既に一度それをしているんだ。何もかも諦めて、何もかも忘れて、再スタートさ。きっと、そこが僕の人生における分岐点の一つだったんだろうね。
でも……よい判断だった、と僕は思っているよ。公正に、客観的に過去を振り返って見て、そう思う。
まあ、実際のところ僕はキミが思っているよりもずっと……ドライな人間なんだと思う。そうだな……どれくらいドライかっていうと……」
佐々木はそこで、不意に俺の懐に入ってきた。少し遅れて、佐々木の長い髪がふわりとついてくる。
「この世で一番好きな人を諦めて、なおその人と平気な顔をしてお喋りができるくらい――かな」
佐々木はそう言って俺の胸の辺りをノックするようにコツンと叩き、数秒ほど俺の目をじっと見つめて、それから、意味深にくつくつと笑って俺から離れた。
「ありがとう。キミと話ができてよかったよ。またな、親友」
佐々木は来たときと同じように、ふらりと去っていった。
145 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 15:46:44.43 ID:FWZSMHdz0
俺を励ましに来てくれたのは、佐々木だけはなかった。俺の前を、色々なやつが色々なことを言っては通り過ぎていった。
鶴屋さんは、相変わらずのフルパワーでもって俺の背中を叩いた。
「なりふりなんて構うことはないにょろよ。ひたむきに前に進みなさい。とにかく一歩を踏み出すんだよっ。
大丈夫っさ。それが乗り越えるためだとしても、忘れるためだとしても……キョンくんなら絶対に道を間違えない。私は信じてるにょろん」
谷口でさえ、バツの悪そうな顔で、照れがちに言った。
「この間は悪かったな。なんつーか、今度国木田も誘ってぱあっとやろうや。もちろんアレだぜ、面倒臭えことは一切ナシの、女人禁制のやつだからな?」
中でも特にパンチが利いていたのは、古泉だ。
「こんなときにする話ではないと思いますが……昨日、涼宮さんと別れましたよ。僕から切り出しました。
それから……ちょっと海の向こうへ留学しようと思います。いえ、これは前々から決めていたことですがね。帰ってきたら、そうですね……例のあのバーでまた一杯やりませんか?」
本当に、俺と長門のことを知る大勢のやつらが、ぞろぞろとやって来ては、何かしら言って、帰っていった。
146 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 15:51:12.67 ID:FWZSMHdz0
そして、最後にやってきたのは、ジャイトサイズの喪服を身に纏った、ヤスミだった。
「先輩、今日はお疲れ様でした」
この場にそぐわないからだろう、喪服姿のヤスミはスマイルマークの髪留めを外していた。だから、いつもよりも毛先が大遊びしていて、個人的にはそういう斬新な髪型もアリだなと思った。
「さあ……一緒に帰りましょう?」
ヤスミは人懐っこい笑顔で、俺に手を差し伸べた。
俺はほとんど無意識に、その手を取る。
ただ、本当に、ヤスミにはひどいことをしたと思う。
だってそのとき、俺は、たった一人最後まで俺のところに来なかったあの女のことで頭がいっぱいで、ヤスミのことなんかこれっぽっちも見ていなかったんだから。
147 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 15:55:17.73 ID:FWZSMHdz0
葬儀場は小高い丘の上にあったから、ヤスミと連れ立って歩く帰り道は、ずっと下り坂だった。舗道にはなおも降り続く雪がところ狭しと積もっていて、路面は滑りやすく、俺たちは一つ傘の下、足元に気をつけながら進んだ。
そうやって坂道を下っていると、嫌でもあの、SOS団の五人で歩いた、夕焼けの帰り道が思い出された。
「先輩、今日こそ、晩御飯は鍋にしませんか? 先輩は、鍋の具の中では、何が好きですか?」
俺の隣を歩くヤスミは、俺の傘を持つ腕に、自分の腕を絡めてきた。
148 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 16:02:58.17 ID:FWZSMHdz0
「ここ、坂の下にスーパーがあるんですよ。そこで、食材を買っていきましょう? ね、いいですよね、先輩?」
ヤスミは俺の手を引くように歩いた。転びそうだ。危なっかしい。
「フフ……腕が鳴ります。あたし、食べたそばから先輩のほっぺたがポロポロ落ちちゃうような、特上の鍋を作ってみせますからね」
ヤスミは俺の腕を掴む手にぐっと力を込めた。それから、ヤスミは身体ごと俺に擦り寄ってくる。
「そして……あまりの美味しさに感激した先輩は言うんですよ……。
『もっとだ、もっと食べさせてくれ、ヤスミ』
『わかりました! でも……お鍋はもうなくなっちゃったので……ここは一つ、どうぞあたしを召し上がってください。ぜひぜひっ!』
『うひょーいただきまーす』
とかなっちゃったりして……ウフフフフ……」
そうやって、ヤスミはずっと一人で喋り続け、俺はずっと、喋らなかった。
149 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 16:07:05.12 ID:FWZSMHdz0
スーパーに寄って買い物をして、ヤスミのマンションに辿り着くと、俺たちは雪塗れのコートを脱いで玄関の衣文掛けに掛け、ヤスミは食材の入ったビニール袋を持ってキッチンに、俺はそのままリビングに向かった。
ヤスミの部屋はいつものように小綺麗だった。しかし、帰ってきたばかりだから、寒かった。窓の外ではまだ雪が降っていた。
と、ヤスミがキッチンから戻ってくる。部屋に入ってこようとしたその足は、どういうわけか、途中で止まった。
「……先、輩……?」
ヤスミが口元に手を当てて、戸惑うような表情で俺を見ているのが、窓に映って見えた。
「先輩……大丈夫ですか……?」
ヤスミが心配そうな声を上げて俺の袖に掴まってくる。俺はこみ上げてくる何かの衝動に任せて、ヤスミの手を振りほどいた。
「……うるせえ……」
151 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 16:13:17.68 ID:FWZSMHdz0
うるせえ。
『そろそろ誰かに甘えてもいいんじゃないのかな?』
黙れ。
『ひたむきに前に進みなさい。とにかく一歩を踏み出すんだよっ』
ふざけんな。
『もちろんアレだぜ、面倒臭えことは一切ナシの、女人禁制のやつだからな?』
知らねえよ。
『昨日、涼宮さんと別れました』
うるせえ……っ!!
『先輩……大丈夫ですか……?』
うるせえんだよ!!!!!
「大丈夫か!!? 大丈夫じゃねえに決まってんだろっ!!!!」
そう叫んだ俺の頭の中は一面の雪景色のように真っ白で、そこには少し悲しげな顔の長門と、絶望的に諦めたような表情のハルヒが、ぽつんと佇んでいるような気がした。
152 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 16:18:20.22 ID:FWZSMHdz0
理由とか、目的とかどうでもよかった。俺はただ何かにかこつけて、何でもいいから叫び続けていたかったんだ。
「大丈夫なわけねえだろうがっ!! 俺はずっと大丈夫じゃねえよ!! どいつもこいつも……何を言われたって励ましになんかなるかっつーんだよ!! そうだろ!?
長門が死んだんだぞ!!? 朝比奈さんももういねえんだぞ!!? 古泉は国外逃亡で……ハルヒは……ハルヒは、あいつ――何やってんだよっ!!!!」
あいつは何をやってたんだ? 葬式の間もずっと黙り込んで、誰とも話さないで、一人で……一人で何をやってんだよ!?
どうして一人でなんでもかんでも抱え込むんだよ!!
迷わず俺のところに飛び込んでくればいいだろうが!!
そしたら俺がお前を抱き締めてやるよ。励ましてやるよ。キスして悪夢から目覚めさせてやるよ。なんでもしてやるよ。
二年前のあの時にできなかったことを……今の俺ならしてやるのに……!!
今じゃダメなのかよ……。
どうして……俺はお前の力になりたくて……頑張ってきたのに……。
もうお前に俺は必要ないのかよ……ハルヒ……。
154 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 16:22:13.69 ID:FWZSMHdz0
なあ……どうなんだ?
俺には……俺にはお前が必要だぜ……今すぐに……だから助けてくれよ。いつもみたいに無茶苦茶なことやってめでたしめでたしにしてくれよ。
お前じゃなきゃできねえんだから……そういうことは……そうだろ?
いつだって俺たちはそうやってなんだって乗り越えてきただろうが。
世界を変える力を持ってるのは、お前。
お前を変える力を持っているのは、俺。
俺たちなんでもできたじゃねえかよ。なんでもやってきたじゃねえかよ。
なのに、なんだこの様は……!!
「なんで……なんでどれもこれも……うまくいかねえんだ……? 俺たちはただ、普通に……普通でいられればよかったのに……!! 俺たちが何をしたってんだよ!!」
ハルヒ……頼むから……助けてくれよ……。
「ちっくしょうっ!! 今すぐ出て来いよ!! 宇宙人未来人超能力者――異世界人でもなんでもいいから……どうにかしてくれよっ!! 誰かなんとかしてくれよ!! 誰か……お願いだから……っ!!」
ハルヒ……今すぐここに来て……俺を抱き締めてくれよ。
じゃねえと……俺、このまま壊れちまうぞ……?
そんくらい……俺はお前が好きなんだよ……ハルヒ――。
155 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 16:28:04.27 ID:FWZSMHdz0
――そう、俺は祈るように目を閉じる。
すると、そいつは、俺の正面から体当たりをするように飛びついてくる。
「大丈夫です。あたしがいますよ、先輩」
ヤスミの匂いが俺を包む。俺は、目を開けて、首を振った。
「……ヤスミ……お前じゃダメなんだよ……」
ヤスミはこっくりと頷いた。
「知ってます」
ヤスミは真っ直ぐに俺を見つめた。
156 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 16:32:29.27 ID:FWZSMHdz0
「でも、関係ありません。だってあたしは先輩が大好きだからです。涼宮先輩が先輩を大好きなように。先輩が……涼宮先輩を大好きなように……」
俺とハルヒの名が出て、俺は反射的にヤスミを突き飛ばした。ヤスミの小さな身体は派手に後方へと倒れる。そのとき、ヤスミは置いてあった家具の角に強く頭を打ちつけた。
しかし、そのときの俺は気が動転していて、そんなヤスミにあろうことか最低の暴言を吐いた。
「お前に俺とハルヒの何がわかるんだよっ!!」
俺は腹の底から叫んだ。ヤスミは何も言い返してこなかった。いつもは止まらないチェーンソーのようにやかましいヤスミが、だ。
はっと俺は我に返って、ぐったりと床に倒れているヤスミを見る。
「……ヤ……ヤスミ……?」
真っ赤な液体が、じわりと、ヤスミの頭部からフローリングの床に染み出していた。
157 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 16:39:11.69 ID:FWZSMHdz0
俺はふらふらとヤスミに近寄って、傍に腰を下ろし、上半身を抱き上げる。
「ヤスミ……ヤスミ!? おい、返事をしてくれ……!! ヤスミっ!!!!」
ヤスミは、何か眩しいものを見たときのように一瞬顔を歪め、ゆっくりと瞼を開いた。
「はい……。あたし……は、わたぁし……」
ヤスミはそう言って、力なく微笑んだ。
「ヤスミ、大丈夫か、お前――血が……」
俺は救急車を呼ぼうと携帯電話を取り出す。しかし、携帯電話を掴んだ俺の手を、ヤスミが両手で包んだ。
「気に……しないでください……大丈夫です。これはきっと先輩にひどいことを言ったあたしへの罰なんです。だから……いいんです。……それよりも先輩…………聞いてほしいことがあります」
ヤスミは残っている力をかき集めるように、すうっと息を吸い込んで、目を閉じた。
158 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 16:40:18.95 ID:AZ8DsH+M0
うわあああああああ
160 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 16:41:37.78 ID:dmJmjNN90
ヤスミちゃん、なんですぐ居なくなってしまうん?
162 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 16:45:49.98 ID:FWZSMHdz0
そして、ヤスミははっきりとした口調で言う。
「あたしは先輩が大好きです。カッコいいところ。よくないところ。すごいところ。すごくないところ。普通なところ。普通じゃないところ。あたしは先輩の全部が好きなんです。
あたしに構ってくれる先輩も、涼宮先輩を好きな先輩も、長門先輩、朝比奈先輩、古泉先輩……みんなのことを気にかけている先輩も含めて、全部が好きなんです」
ヤスミは再び目を開けて、俺を見つめ、微笑む。
「今まで……ありがとうございました。あたし……涼宮先輩には敵わなかったけれど……先輩のお傍にいることができて……本当に幸せでした」
そう言ったヤスミの目から、大粒の涙が零れ落ちる。
「先輩……落ち着いて聞いてほしいんです。あたしは…………実は普通の人間じゃないんですよ。なんて言えばいいんですかね……前に会ったときと同じ……あたしという存在は涼宮先輩の能力の結晶なんです」
ヤスミがそう告白すると、ヤスミの身体が淡く光り始めた。そして、全身から次々と光の粒が舞い上がり、ヤスミの身体が足の先から消えていった。
163 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 16:49:37.40 ID:FWZSMHdz0
「なんとびっくりっ。あたしは前回同様に便利な便利なお助けキャラだったんです……でも、とうとう寿命が来ちゃいましたね……たぶん涼宮先輩のほうで何か心境の変化でもあったんだと思います……それはそうと、先輩」
ヤスミは喪服のポケットからスマイルマークの髪留めを取り出して、俺の手に握らせてくる。
「今言った通り……あたしはお助けキャラなんです。発動条件さえ満たせば……まだこの身体が……この力が残っている限りは……一度だけ素敵なミラクルを起こしてあげることできるんです。どうですか? あたしってすごいでしょう……?」
言って、またヤスミは笑う。ヤスミが瞬きをするたびに、涙が零れ、零れた涙が光の粒となって消えていった。
「発動条件はですね……一言だけ、先輩が決め台詞を言ってくれればいいんです。簡単ですです……台詞はごくごく短いものですし……フフ……」
少し照れながら、ヤスミはその決め台詞とやらを言ってみせる。俺は少なからずその台詞の内容に動揺した。すると、ヤスミは目を細めて、ぺろりと舌を出した。
「先輩……ここまで来たんだから……大声で言ってくださいね……?」
168 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 17:01:56.06 ID:FWZSMHdz0
そして、ヤスミは耳を澄ませるように目を閉じた。ヤスミの身体はもう胸より上しか残っていない。
バカ野郎、と俺は言いたかった。
他ならぬ、俺自身に言いたかった。
俺はいつもそうだ。
最低の大バカ野郎。
いつもいつも、大切なものは失ってから初めて気付く。この手をすり抜けて初めてわかる。
ヤスミ……お前はこんな俺のどこがいいんだよ? わからねえ。わからねえよ……。けど、ここで決めなきゃいけねえことくらいは……俺にだってわかるさ。
俺は思いっきり息を吸い込んで、拳を握って声が震えそうになるのを抑え、天まで届くくらいに叫んでやった。
「『ヤスミ――俺もお前が大好きだぜっ!!!!』」
それは本当にそういう発動条件だったのか、それともヤスミの最後の意地のようなものだったのか、実際のところはわからない。
ただ、それを聞いたヤスミは、とても満足そうに笑っていた。
「……やっぱり……あなたは最高です……」
次の瞬間、ヤスミの身体が消滅したのと同時に、俺の世界は暗転した。
171 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 17:11:45.98 ID:FWZSMHdz0
<第五章>
気がつくと、俺は北高の教室の窓際列後ろから二番目の席で、机に突っ伏して寝ていた。実際にはそのことを理解するまでに数秒はかかったのだが、理解してからの俺の行動は我ながら迅速だったと思う。
「えっ……? なんだ……これは……?」
俺はガタガタと机と椅子を鳴らして飛び起きて、周囲を見回そうとする。しかし、見回そうとした途端、俺はすぐ傍に立っていた人物に目が釘付けになって、それ以上首が回らなくなった。
「……お前、ハルヒか……!?」
北高の制服を着た涼宮ハルヒが、ひどい仏頂面で、手を腰に当てて仁王立ちしていた。
「そうよ、あたしは涼宮ハルヒ以外の何者でもないわ。で、バカキョン。寝惚けるのもいい加減しなさい。ぐーすか寝ちゃって、あんたどれだけあたしを待たせれば気が済むのよっ!? ぼやぼやしてると置いていくわよ!!」
寝ていた? 俺が……?
それじゃあ……さっきまで見ていたのが…………夢……?
あれが…………夢……?
ここで……夢オチ……だと……?
そんなことって……ありえるのか――?
174 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 17:16:30.68 ID:FWZSMHdz0
いや、ウェイト、待て。落ち着け。夢だろうが現実だろうが、とりあえず今がいつなのかだけでも確認しないと、またややこしいことになっちまう。
「ハルヒ……朝倉涼子って知ってるか? 知ってたら、今どこにいるか教えてくれ」
「はーあ? 知ってるも何も、朝倉涼子はあたしたちのクラスの委員長じゃない。今はたぶん学級日誌を届けに職員室にでもいるんじゃないの? で、それがどうしたのよ」
朝倉が転校していない……? じゃあ、今は俺が高一の四月か五月ってことか……? なんだこれは? 時間移動で俺は過去に来たってのか? にしてはハルヒが俺の記憶よりもやけに馴れ馴れしい気がするが。
「ねえ、キョン。何か悪い夢でも見たの? 早く部室に行きましょうよ。みくるちゃんたちが待ってるわ」
「朝比奈さん……が――?」
反射的に、本能的に、俺は走り出した。
「うわっ!? ちょ、バカキョン、あんたこのあたしを突き飛ばすとか――!? 待ちなさいっ!!」
俺は北高の廊下を文芸部の部室へ走った。ハルヒは怒号を上げて追ってくるが関係ない。部室には朝比奈さんが待っているんだ。そして、たぶんそこには長門がいて……確証はないが古泉もいるような気がした……。
なんだこれ……?
なんなんだ……この状況は……?
最っっ高に楽しくなってきたじゃねえか!!
175 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 17:21:26.33 ID:FWZSMHdz0
俺は部室のドアをノックもせずに開けた。そこにはハルヒの言った通り朝比奈さんがいた。下着姿で。
「朝比奈さんっ!! あなた、ホントに俺の朝比奈さんですか!!」
「ふぇ、ふええ!? えぇと……んと、ちょあの、キョンく――?」
俺は涙目になって震えている朝比奈さんに抱きついた。全身がマシュマロみたいに柔らかく、溶けたバターのように温かい。そして気絶しそうなほどいい匂いがする。
「会いたかったです!! 朝比奈さん、もう絶対に離しませんからね!!」
「ほああああぁ!? えぇっと、キョンく、そのぅ……うぇええぇぇ?」
ああっ!! 朝比奈さんの声だ……なんて愛らしい!! ちょっとおどおどした感じがもうたまりませんっ!!
「…………ほぅ、キョン。何をそんなに急いで走っていったのかと思ったら……そういうことなのね……?」
やっとハルヒのご到着だ。ハルヒはどういうわけかいたくご立腹のようである。その後ろから古泉の「おやおや」とか言う声も聞こえてくる。
でも、そんなことはどうでもいい! 俺の知ったことじゃねえよ! だって今ここには朝比奈さんがいるんだぜ!? 喋ってないからわからないかもしれないが長門だって部室の隅のパイプ椅子に座ってるんだぜ!?
お前らなんかを相手にしている暇はねえんだよっ!!
「このっ――エロキョンがあーー!!!!」
176 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 17:25:10.26 ID:FWZSMHdz0
「あんた、何か申し開きはある?」
「…………誤解なんだ!!」
「あれが誤解のしようがある状況かああああ!!!」
「ぐはっ!? おま――顔はやめ」
「問答無用!! 判決っ!! 死刑っ!!」
「まあまあ、涼宮さん。それくらいにしておきましょう。彼も悪気があったわけではないようですし、何やら直前に妙な夢を見たとも言っています。大方、朝比奈さんがいなくなってしまう夢でも見て、気が動転したのでしょう」
「む……。まあ古泉くんがそう言うのなら、そうなのかもね……でも、いかなる事情があったとしてもあれは許しがたいわ……」
「困りましたね。朝比奈さんは、どうですか? 彼に抱きつかれて、どう思いました?」
「ふぇっ!? わ、わたしはですねー……えっと、どきどきしちゃいましたぁ……。はっ! いえっ、その……つまり、今回だけなら……いいです……」
「みくるちゃん、あたしの目を見て正直に答えなさい。キョンが許せないわよね? 許せないでしょ?」
「いえ……悪気はなかったんじゃないかなぁと……わたしも思います」
「そ、そう……。……有希は?」
「無罪」
「な――!? もう……みんながそう言うなら仕方ないわね。被告人キョン、そういうわけだから今日の件はなかったことにしてあげるわ。ただし、もう一回やったらその時は情状酌量の余地なく逆立ちで構内一周だからね、わかった!?」
「以後、気をつけます」
180 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 17:29:18.50 ID:FWZSMHdz0
しかし、この状況は本当になんだ……?
ハルヒがいて、朝比奈さんがいて、長門がいて、古泉がいて……俺がいる。
俺が高校一年の頃のSOS団。ハルヒの言うことに引っ張り回されたり、されなかったりして、騒がしく過ごしていた頃。
でも、妙だ。どこか……違う。
「さて、じゃあ全団員が揃ったところで、今日も早速始めるわよっ!!」
ハルヒが突然そんなことを言い出した。俺は話についていけない。だが、ついていけないのはいつものことだから特に問題はない。どうせまたこいつは奇妙奇天烈なことを言い始めるに決まってる。
「何かを始めるのは一向に構わんが、一応教えてくれ。今日は何をやらかすつもりなんだ?」
ハルヒは心底うんざりしたような顔で言う。
「あのね……キョン。あんた、脳ミソにちゃんと皺が刻まれてる? 他のことは忘れてもいいけど、これだけは絶対に覚えていなくちゃダメなのよっ。ほら、言ってみなさい。あたしたちSOS団の活動内容は何?」
「えっと……なんだったかな」
ハルヒは団長机をばしんと叩き、臨界突破の笑顔で言い放った。
「宇宙人や未来人や超能力者と一緒に遊ぶことよ!!」
182 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 17:32:49.06 ID:FWZSMHdz0
俺は椅子ごと後ろにひっくり返るかと思った。
「ハルヒ、お前、自分が何を言ってるかわかってんのか……?」
「わかってるわよ! なに、あんた今日はノリが悪いわねえ。いいから遊ぶの。日が暮れたらおしまいなんだからね!!」
「いや、そもそも宇宙人や未来人や超能力者を探し出してもいないだろうが」
「はーあー? あんた、さっきからおかしいわよ。そっちこそ自分が何を言ってるかわってるわけ?」
「どういうことだよ……?」
ハルヒは、ぴしっ、ぴしっ、ぴしっ、と規則正しい動作で指差しをする。その指は三回とも違うところを示した。即ち、長門、朝比奈さん、古泉だ。
そこで、俺はようやくこの世界の違和感に気付いた。
「……まさか……」
ハルヒはそれがごく当然のことであるかのように言ってのける。
「宇宙人も、未来人も、超能力者も、みーんな揃ってるの! だから、遊ぶのよ。そのためのSOS団だからねっ! しかも今日は他にもいっぱいメンバーを呼んであるんだから! もう目一杯遊んで遊び倒すのよっ!!」
183 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 17:34:55.72 ID:FWZSMHdz0
「他の、メンバー……?」
俺の頬を冷や汗がつーっと垂れてくる。次の瞬間、部室のドアが開いた。
「お待たせ。来てあげたわよ」
そう言って委員長スマイルを浮かべたのは、朝倉涼子だ。
「こんにちは。お邪魔します」
朝倉の後ろから、ひょっこり喜緑さんも入ってくる。そこでハルヒが動き出した。
「さて、残りのゲストはグラウンドに行って待ちましょう。ここじゃ狭いしね!!」
なんだかわけがわからないままに、この宇宙人未来人超能力者他若干名のグループはグラウンドへと移動した。今日はSOS団で貸し切ってあるのだろうか、他の部活は一切やっていなかった。
184 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 17:37:42.55 ID:FWZSMHdz0
やがて、グラウンドに一台のヘリコプターが着陸する。俺はただ口をぽかんと開けて見ていた。
ヘリから出てきたのは、新川さんに森さん、それから多丸さん兄弟の機関集団だった。みな、これが日常であるかのように自然と挨拶を交わす。
「お久しぶりでございます」
「またお会いできて嬉しい限りでございます」
「みんな元気そうだねえ」
「たまにはそっちから来てくれればいいのに」
もちろん、それだけで終わるはずがなかった。お次は一台の大型トラックが校門を抜けてグラウンドに走り込んできて、ドリフトで俺たちの前に止まった。
そこからわらわらと降りてきたのは、橘京子、藤原、周防九曜、そして、佐々木だ。
「ふう、到着です! ……って、藤原さん、大丈夫ですか?」
「橘……あとで覚えていろよ」
「――右に――同じ――」
「やれやれ、さすがに前席に四人は詰め込み過ぎだったかな」
185 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 17:39:47.50 ID:FWZSMHdz0
そうこうしていると、下校しようと昇降口を出てきた谷口や国木田、それに鶴屋さんも俺たちを見つけて走り寄ってきた。
「なんだぁお前ら? まーたわけのわかんねえことやってんのかよ」
「面白そうな集まりだね。これは、一般人は混じっちゃいけないのかな?」
「ダメって言われてもあたしは勝手に混ぜてもらうっよん!」
なんだこのアニメの二時間拡大スペシャルみたいな全員集合的ノリは……一体この世界は……どうなってやがる……?
「……おい、ハルヒ。お前、今日はどんだけ集めたんだ?」
俺は恐る恐るハルヒに尋ねた。
「えっとね、あたしが声を掛けたのは、あと二人よ」
「あと二人も……? ここに……?」
「あ、ほら。来たみたい!」
186 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 17:45:59.30 ID:FWZSMHdz0
ハルヒが校舎のほうを振り返る。俺もそちらを見る。鳥肌が立つほどに驚いた。その人物は職員室からゆっくりとこちらに歩いてくる。そして、そのお方は目を見張るほどのダイナマイトボディの持ち主で――、
「あら……みんな久しぶりねぇ」
朝比奈さん(大)!? あなたまで……つーか、朝比奈さんとダイレクトに顔を合わせてますけど禁則事項とか禁則事項とかいいですか!?
「……と、最後の一人も来たわね! これで全部よっ!!」
ハルヒが満足そうに頷く。最後の一人? どこだ、というか、誰だ……?
「せーんぱいっ!!」
187 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 17:48:39.01 ID:FWZSMHdz0
声のするほうに俺は振り向く。その、癖のある髪型で、たぼついた制服を着た女を、俺が見間違うはずがない。
「ヤスミ……!?」
「はい。あたしは渡橋ヤスミ。このたびは異世界人という設定を引っ提げて馳せ参じましたっ!!」
「異世界人って……お前、これ、どうなってるんだよ? この世界は――」
質問を浴びせまくる俺の口を、ヤスミは少し背伸びして、人差し指で塞いだ。
「細かいことはいいじゃないですかっ! 先輩はこの状況が嬉しいですよね? 嬉しいといいな。……嬉しいですか?」
俺は、頷いた。
当たり前だろ?
ハルヒがいて、朝比奈さんがいて、長門がいて、古泉がいて……なんだか知らねえが勢力同士の争いも時空間ルールも無視して誰もがみんな一緒に遊べるなんて……こんな嬉しいことって他にねえよ!!
「ならっ!! それでいいんですよっ!! 今のこの幻想的な再会を祝しましょう!!」
ヤスミは両手で握り拳を作って、それを空に向かって突き上げた。
188 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 17:56:01.69 ID:FWZSMHdz0
「はーい、というわけで、本日のメインイベント! SOS団主催のスペシャルゲームの内容を発表いたします!! 異議のある方は文書にて後日あたしまで申し出ること。わかったかしら!?」
ハルヒは拡声器を片手に、朝礼台の上に立っていた。
「本日のゲームの内容……それはズバリ、逆鬼ごっこよっ!! ルールは簡単、鬼になった人がみんなから逃げるの。みんなは……どんな手段を使っても構わないから鬼を捕まえなさい!
あ、スタートしてから最初の五分間だけは鬼しか動けないから注意してね。その代わり制限時間はナシにしたわ。とにかく一番最初に鬼を捕まえた人の優勝よっ!!」
ちょっと待て、それ鬼になったやつはどうやったら勝ちなんだ?
「考えてなかった。でもいいの、だって鬼はキョンだから!!」
おいっ!?
190 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 17:59:32.92 ID:FWZSMHdz0
「ちょっと待って。わたしも一ついいかしら、涼宮さん」
まさかの朝倉から待ったがかかるとは……この世界のこいつは比較的マトモなやつなのか……?
「はい、朝倉涼子。何?」
「鬼を捕まえる際には……もちろん、デッドオアアライヴ、よね……?」
そう言って俺に一瞥をくれる朝倉。やべえ、殺される!!
「うーん……できるだけ生かして捕まえてほしいけれど。ま、途中過程では何があってもいいわよ! 好きなだけ不思議パワーを使いなさい!!」
ハルヒ!! てめえ堂々と俺の死刑宣告をしてんじゃねえよっ!! 朝倉は目がマジだぞ。誰か止めろって!!
俺は周囲を見回す。しかし、誰一人として俺を助けようとするやつはいなかった。それどころか、みんな飢えた肉食獣のような目つきで俺を見てやがる。
191 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 18:02:00.70 ID:FWZSMHdz0
「はいはーいっ!! 涼宮先輩、質問ですっ!!」
「なに、ヤスミちゃん?」
「優勝した人には何か賞品が出るんですか?」
「あたしは賞品を用意してないけど、でも、当然、自らの力で手に入れたものは自らのものにしていいわよ。つまり……このゲームはこうタイトルを改めるべきなのね……」
ハルヒは拡声器を通して、全世界に轟くような大声で言った。
「さあ、今日はみんなで『キョン争奪戦』をやるわよっ!!」
なんだよそれっ!!! おい、お前ら、どう考えても理不尽なゲームだろ、誰かハルヒを止めてくれって!!!!
192 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 18:05:29.60 ID:FWZSMHdz0
「捕まえたらどこから刺そうかしら」「わたしは特にほしくありませんが、立場としてはあたなに協力しますよ、パーソナルネーム朝倉涼子」
「「「「古泉、私たち機関メンバーは全力であなたのサポートに回ります。その代わりキョンくんは山分けしましょう」」」」「なかなか魅力的な提案ですね」
「――彼が――ほしい――」「ん、なんだ、周防? あんなんでいいのか? よーし、じゃあ一丁俺様が華麗に捕まえてやるか!」
「にょろろ、みんな楽しそうだね。わたしも腕が鳴るよっ!!」「鶴屋さん、僕でよろしければお手伝いいたしますが」
「キョンくんが景品かぁ。お姉さん張り切っちゃうなぁ。藤原くん、小さいわたし、ここは未来人同士、チームプレイといきましょう?」「任せてください、姉さん!」「は、はぁい」
「ふむ、困ったな。とてもじゃないが僕のような一般人が割り込める隙はなさそうだが……しかしキョンはほしい……うーん困った」「佐々木さん、そのためのあたしですよ。思いっきりセピア空間広げちゃってください」
「ヤスミちゃーん、あなた確かあの青い巨人を動かせるのよね? あたしがあれを出してあげるから、あんたがキョンを捕まえなさい」「任せてください、ぜひぜひっ!! じゃあ、あたしは涼宮先輩とペアってことでっ!!」
お前らこんなときだけ気持ち悪いぐらい仲がいいな……そんなに俺争奪戦が楽しいのか?
ちくちょう……俺だって死ぬほど楽しいぞ……どうしてこんなに楽しいのかもう自分でもわからん。わからんが……こんなバカげたゲームで死ぬわけにはいかねえ!! 絶対に生き残ってやる!!
194 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 18:09:40.34 ID:FWZSMHdz0
「はいはーい、では、捕獲側の作戦会議が終わったところで……キョン、覚悟はいいかしら?」
俺はたぶん今、俺史上最高に輝いた表情をしているに違いない。
「ああ、てめえらまとめて相手にしてやるよ!! どっからでもいつからでもかかって来やがれっ!!」
俺は全員を満遍なく見回す。どいつもこいつも笑っていやがる。いい根性してるぜ。
「キョンにしてはまずまずのいい返事ね。オーケー。じゃあ始めるわよっ! もう一回注意しとくけど、最初の五分はキョンだけしか動けないからね。みんなフライングはナシよ! それじゃ……よーい――」
ハルヒが手でピストルを作って、天を撃つ。
「ドンっ!!」
196 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 18:14:00.93 ID:FWZSMHdz0
俺はハルヒの号令とともに駆け出して、一目散に体育館裏に向かう。俺にはある秘策があった。まあ、俺の秘策というぐらいだから完全に他力本願の情けないものなのだが……とにかく、俺はそこで、ある人物と待ち合わせをしていた。
「よう、上手く誤魔化せたか?」
分度器で測ったように直立不動の姿勢で待っていた長門有希は、ニミリほど首を縦に動かした。
「……問題ない……あちらのわたしはダミー……」
「よし……これでひとまず味方ゲットだぜ。悪いな、いつもいつも頼りっぱなしでよ」
「…………いい」
俺はみんなが俺を捕まえる算段をしていたどさくさに紛れて、長門にアイコンタクトを取っていた。非常に申し訳ない話ではあるが、あの状況で俺が生き残るためにはなんとしても朝倉と相性のいい長門を味方につけなければならなかった。
もちろん長門には朝倉を撃退してもらったら即刻勝ちを譲ってやるつもりでいる。長門に捕まるんなら万々歳だ。
「そろそろ五分経つんだが……俺はどうすればいい?」
「死にたくなければじっとしてて」
「ま、そうだよな……」
197 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 18:16:44.91 ID:FWZSMHdz0
そして、五分が経った。
その瞬間である。
俺たちの隠れていた体育館が綺麗に真っ二つになって崩壊した。
「おいおい……朝倉のやつ、いきなりやり過ぎだろ」
「違う」
「え? 何がだ?」
長門はある方向を指差す。そこにいるのは未来人トリオだった。指揮官は朝比奈さん(大)である。そして、俺の朝比奈さんは何やら目の辺りでピースサインを作るという可愛らしいポーズを取っていた。
「って、うえ!? 朝比奈さんっ――まさか!?」
「うぅぅ……ごめんね、キョンくぅん……みくるビーム!」
と、俺のすぐ横の大地に亀裂が入った。とてつもなく長くて巨大な刃物で切ったような跡だ。例のなんとかカッターだろうか、いや、そんなことはというか、今すぐにやめてください朝比奈さん!!
「ほら、小さいわたし、もっとガンガン撃ちなさい。でないと、後から思うとそうでもないけどその当時はめちゃくちゃ恥ずかしいとい思ってるあなたの秘密の話をみんなにバラしちゃうわよ?」
「さすが姉さん、人心を心得てますね!!」
「うえぇぇぇひどいですぅ……みくるビーム!」
朝比奈さん(大)が俺の朝比奈さんを脅しているみたいだった。ちくしょう、やっぱ無駄に歳を取ると人間ロクなもんにならねえな。
198 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 18:20:31.29 ID:FWZSMHdz0
「……問題ない……」
長門はそう呟くと、得意の高速呪文を唱える。すると、朝比奈さんから飛んできたビームが、まんま反転して朝比奈さんたちを襲った。三人の姿がもうもと上がった砂埃に紛れて見えなくなった。
攻撃はどうやら止んだようだった。ひとまずは撃退できたのだろう。しかし、長門が僅かに首を傾げていた。
「さすが長門さん。たかだか時空間移動できる人間なんかにはやられないわよね。それでこそ、わたしの相手に相応しいわ」
次に現れたのは朝倉だった。いきなり来ちまったか。できればもうちょっと敵が減った後半のほうに現れてほしかったぜ。なんせ、朝倉とやり合っている間はいくら長門でも俺に気を回している余裕がないだろうからな。
「ああ、それなら心配しなくていいわよ。一般人軍団ならわたしが適当に眠らせておいてあげたから。一人……あの鶴屋とかいう一般人だけはそうもいかなかったけれど……でも、彼女も結局自分からリタイアしたわ。もう十分楽しんだ、ってね。
あと、まだ残っているのは涼宮さんたちと古泉くんたち、あとは佐々木さんと橘さんだっけ? あの人たちくらいよ」
「あいつは? 九曜はどうした?」
「天蓋領域のターミナルなら、喜緑さんが足止めしているわ」
「そうか……とりあえず俺の敵を減らしてくれたことには礼を言うぜ、朝倉」
「結構よ。わたしにはわたしの目的があるもの。さあ、長門さん。楽しく遊びましょう?」
「…………」
「長門、俺なら大丈夫だ。ハルヒと古泉と佐々木ならたぶん俺でもなんとかなる。思いっきりやっちまえ」
「……わかった」
長門は少しだけ楽しそうだった。よくわからんが宇宙人には宇宙人の遊び方があるんだろう。想像したくもないが。
199 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 18:24:17.95 ID:FWZSMHdz0
「よし……そうと決まれば俺は華麗に逃げさせてもらうぜ……」
と、俺が走り出そうとすると、周囲の世界がセピア色に染まった。長門や朝倉の姿が見えなくなる。どうやら俺は完全に異空間に迷い込んでしまったようだ。などと分析していると、佐々木と橘が俺のほうに歩いてくるのが見えた。
「大成功ですよ、佐々木さん。これでもう他の連中は誰もここに入ってこれません。ここは佐々木さんとあたしだけの世界ですからね」
「そうね……まあ、確かにここまでは上出来だわ。でも、橘さん。あなた、ここからどうするの?」
「え……?」
橘の動きが、ぴたりと止まった。佐々木もその場に立ち止まって、橘を問い詰める。
「あなたは超能力者なのだから、空を飛ぶとか、手から炎を出すとか、瞬間移動ができるとか……そういうことができるんじゃないの?」
「あー、えっと、それは……」
「じゃあ、あなたはこの空間で何ができるの?」
「なんと言うか……何もできないです……あたしにできるのは……ここに出たり入ったりすることくらいで……」
「困ったわね。ああ見えて、彼はそれなりに腕力も体力もあるのよ。だから、さすがに普通の女子高生二人では手に余ると思うのだけれど……」
「あー……ですよねー……」
200 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 18:27:23.14 ID:FWZSMHdz0
「はい……というわけだ、キョン」
佐々木は微笑して、俺に手を振った。
「僕たちはここでリタイアするよ。キミのことを手に入れられなかったのは非常に残念だが、それでも、僕たちが親友であることに変わりはないだろう?」
「ああ、お前とはいつまでも親しき仲でいたいと思うぜ」
「ありがとう。その言葉が聞けただけでもここまで来た意味があったというものだ。では、僕はやるべき課題が無数にあるので、これにて失礼するよ。……さ、橘さん。行きましょう」
「はい……お役に立てずすいません」
「大丈夫よ、初めから期待していなかったから」
「そ、そんなー!?」
佐々木と橘が俺に背を向けて去っていく。すると、世界は元の色を取り戻した。
「……あら、おかえり。早かったのね? こっちも今終わったところよ」
帰ってきた俺を迎えたのは、朝倉の涼やかな声だった。朝倉はちょうどさっきまで佐々木たちがいた辺りに立っていた。
いや、それより終わったってどういうことだよ? なんの冗談だそりゃ、笑えないぜ? 長門はどこに行ったってんだよ……?
「長門さんは、そこ」
朝倉は委員長スマイルで、俺の後ろを指差す。朝倉から目線を外すのは躊躇われたが、しかし、俺は長門の姿を確認せずにはいられなかった。
振り返ると、長門は傷一つない姿で顕在していた。
202 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 18:30:48.97 ID:FWZSMHdz0
ん、じゃあ終わったっていうのは……?
長門は俺の疑問を察して、逆に朝倉を指差す。
「そう。またわたしの負けなの……」
朝倉が特に残念がるでもなくそう言う。よく見ると、身体が消えかけていた。
「どうして勝てないのかしらね……或いは……わたしも人間になってみればわかるのかしら……?」
朝倉はぶつぶつと自問していたが、思い出したように俺を見て、にっこりと笑った。
「じゃあね。またどこかで会いましょう」
勘弁してくれ。宇宙人の襲来なんてそう何度も何度も受けたくはない。ただ……もしもお前が人間になってヘンテコな空間を作ったりナイフ振り回したりしなくなるってんなら……会うだけ会ってやってもいいと俺は思ってるぜ。
「ありがと。その言葉、忘れないでね」
そう言い残して、朝倉は消えた。俺は気を取り直して、長門に訊く。
「長門、九曜とかはまだ来てないか?」
「……相打ち……」
なるほど。喜緑さんは理解ある人だ。いい仕事をしてくれる。
「えーっと、じゃああと残ってるのは……」
「僕ですよ」
203 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 18:33:31.97 ID:FWZSMHdz0
その声は遥か上空から聞こえてきた。俺は天を仰ぐ。青い空にぽつんと赤い玉が浮いていた。あれは閉鎖空間でしか見られない本気モードの古泉だ。
「今の僕をただの人間と思わないほうがいいですよ、長門さん。たとえあなたが相手でも……僕たちは負けません……これは人類の意地です」
おい、お前も本気で長門とやり合うつもりなのかよ。
「おや、あなたは興味がないですか? 万能の情報操作能力を持つ宇宙人と、限定的な超能力を持つ人間……正面からぶつかったらどっちが勝つのか?」
まあ確かに気にならなくもないが。
「僕はわくわくしていますよ。涼宮さんのご配慮でしょうか、ここでは僕も全力を出せそうです。それに今回は他の方からもエネルギーを借りてますしね。十二分なコンディションと言えるでしょう」
と、古泉は言ってるが、長門、お前はどう思うんだ?
「……誰が相手でも関係ない……あなたを守るのは……わたし……」
長門は朝倉を相手にしたときよりも、古泉を相手にしているときのほうが闘志を燃やしているようだった。そういえば以前、こいつは朝比奈さんにも対抗心のようなものを持っていたときがあった気がする。
もしかしてSOS団メンバーってのは、みんな負けず嫌いなのか?
「何にせよ心強いぜ、長門」
「お話は終わりましたか? では……そろそろ行きますよっ!!」
206 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 18:44:35.04 ID:FWZSMHdz0
そう言うと、古泉は鉄砲玉のような速さで長門に突っ込んだ。しかし、古泉の突進は長門の目の前の空間に生まれた透明な壁のようなものによって阻まれる。
「なるほど……やはりこの程度の速度では出し抜けませんか……なら、どんどん上げていくまでです」
古泉こと赤い玉は、不規則な動きで長門の周りを飛び回り、衝突と離反を繰り返した。その速度がだんだん俺の目には追えなくなってくる。赤い残像が突っ立っている長門の周囲を縦横無尽に行き交っているようにしか見えない。
しかし、その膠着状態は長く続かなかった。
長門の身体が、ものすごい速さで横のほうへ吹っ飛んでいったからだ。その先には新校舎があって、長門はそれに突っ込む。新校舎はダイナマイトでも爆発したように粉々に崩れた。
「長門っ!?」
俺は目を見張った。長門がさっきまで立っていた場所には、赤い炎を纏った古泉が立っていた。古泉は、あちこち服が破れ、傷だらけだった。
「ちゃんと見ていていただけましたか? 一発当てましたよ、人間が……宇宙人に……」
言って、古泉はその場に膝をついた。纏っていた炎も消える。
「さすがに……僕らも限界のようですね」
「おい!! 何を悠長に浸ってんだよ、長門はどうした!?」
207 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 18:48:08.66 ID:FWZSMHdz0
「心配しなくても、我らが長門さんはあれくらいではビクともしません。いやはや、さすがです……束になっても一撃当てるのがやっととは……超能力者としての自信を失いそうですよ」
古泉が遠い目で長門が飛んでいったほうを見つめる。と、瓦礫の山となった新校舎から、長門が何事もなかったかのように歩いてきた。
「でも、これで確信しました。たとえ情報統合思念体には届かなくても……そのインターフェースに対しては……こちらにもまだやり方次第で勝機があるようですね」
古泉はボロボロの服から砂を払い落としながら、立ち上がろうとする。と、戻ってきた長門が古泉に歩み寄って、手を差し伸べる。
「……ナイスファイト……」
長門はどこで覚えたのか、そんな言葉を呟いて、古泉と握手を交わした。
「いいえ、こちらこそ。僕らの我儘に付き合っていただきありがとうございました」
古泉はスポーツの試合を終えた後の選手みたいに、爽やかに一礼する。長門はそんな古泉に対して、何を思ったかまたごちゃごちゃと呪文を唱え、そのボロボロの格好を魔法みたいに元に戻してやった。
一体お前らはどういう次元の遊びをしてたんだよ……つーか、いつの間にそんなに仲良くなりやがった。
「心外ですね。仲間との距離を縮めているのが、あなただけだとでも?」
古泉は俺の捕獲を諦めたのだろうか、さっきまでの妙に少年っぽい雰囲気はどこへやら、いつもの好青年モードで俺に話しかけた。
210 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 18:52:14.34 ID:FWZSMHdz0
「さて、このイベントもいよいよ大詰めです。朝比奈さんの姿が見当たりませんが……彼らもそう一筋縄ではいかないでしょう。しかし、まあなんと言っても最大の脅威は……涼宮さんでしょうね」
と、古泉は俺に後ろを向け、とジェスチャーで示す。俺は、すごく気乗りしなかったが、後ろを振り向いた。いや、正しくは、振り仰いだ。
「……あいつら……正気かよ……」
それを見た俺は頭が痛くなった。ついでに、見ている対象があまりに巨大過ぎて、首まで痛くなった。
「いやっほぅー!! 先輩、まだ生きてますかっ!!?」
「なるほど、古泉くんと有希を味方に引き込んだのね……キョンのくせにやるじゃない!!」
青い巨人――神人の両肩に、ハルヒとヤスミが乗っかっていた。こら、それはそういう乗り物じゃありません。お前ら二人して特撮ヒーロー物の見過ぎじゃねえのか?
「さて、じゃあ涼宮先輩、十分に注目を集めたところで……」
「ええ。いいわよ。思う存分やっちゃいなさい。キョンは誰にも渡さないわよ。たとえ相手が有希や古泉くんでも手加減は無用なんだから!!」
「合点、了解ですっ!! それっ、ヤスミパーンチ!!」
ヤスミがふざけてんのかって感じでパンチの素振りをした。すると、神人がマジふざけてんのかって感じで同じ軌道と速度のパンチを繰り出した。
ヤスミの動きの軌道と速度をそっくりそのままビックスケールで再現するということは、それだけ破壊力がものすごいことになるという意味である。
「うあああああああっ!?」
211 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 18:56:03.72 ID:FWZSMHdz0
俺たちは成す術もなく地べたを転がる。神人がパンチを振り抜いた先の地面には風穴が開いた。
「これはかなりマズいですね。早く逃げるか降参するかしないと、主にあなたが大惨事になりかねません」
古泉は涼しい顔で解説してくれる。そうだな。俺も心からそう思うぜ。長門を見ると、長門も同意見だと瞬きで語ってくれた。
「あ、涼宮先輩、目標が部室棟のほうに逃げました!!」
「なに、焦ることはないわ、ヤスミちゃん! 部室棟に入るなんて袋の鼠、虎穴の虎よ。じわじわと追いつめてやりましょう!」
「おっけいですっ! 待っていてくださいね、先輩っ!!」
俺はそんな二人の会話なんぞに耳を傾けず、長門と古泉を引き連れてただひたすらに走った。
部室棟に向かったのは特に意味があったからではなく、ただ足が勝手に動いたからだった。理屈じゃねえんだ。俺の身体は困ったらあそこに逃げ込むようにできてんだよ。
「だあああ、なんで俺がこんな目に!!」
そう毒づいてみるものの、こうやってハルヒに振り回されて心臓が飛び出しそうなくらい全力疾走していると、俺はこの上なく清々しい気分になれた。
そうして、俺たちは文芸部の部室に辿り着く。そして、扉を開けると――、
「この未来《トキ》を待っていたわ!!」
212 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 18:58:40.29 ID:FWZSMHdz0
ルビつきの気取った台詞をのたまったのは、朝比奈さん(大)だった。結構序盤に長門のみくるビーム返しをくらってリタイアしたと思っていたが、やはり未来人だけに未来予知をフル活用した作戦を取ってきた。
たぶん、このタイミングで俺がここに来るのが規定事項というやつだったのだろう。
しかし、有難いことに、朝比奈さん(大)は長門を、藤原は古泉を前にして、それぞれがそれぞれの理由で部室から逃げ出してしまった。残された俺の朝比奈さんはきょろきょろと状況の理解に努めていたが、最終的に、
「あ、ちょっと待っててください。今お茶を淹れますから……」
とかなりズレたことをおっしゃった。やがて、神人に乗ったハルヒとヤスミが、部室の窓の外に現れる。
「ちょっと、あんたたち!! 何を和んでるのよっ!? 勝負はまだ終わってないんだからねっ!!」
「ああっ、朝比奈先輩っ!! お茶ならわたくしめにお任せを!! ぜひぜひっ!!」
「えっ!? あ、ちょ――ヤスミちゃん!? あんたあたしを裏切る気!?」
と、結局はヤスミもハルヒも部室に入ってきて、なんだかいつも通りの風景になってしまった。ゲスト連中はみんな帰ったのだろうか。ところで、俺の記憶が正しければ体育館を始め学校施設を色々と破壊し尽くしたような気もするのだが、あれは一体どうするつもりなのか。
まあ、いいか。
今は……いい。
文芸部の部室で、ハルヒが騒いでいて、長門が本を読んでいて、朝比奈さんがお茶を淹れていて、古泉がいそいそとオセロの準備をしていて、ヤスミがちょこまかと走り回っている。
そんな風景の中に、俺も溶けていきたいと思う……。
218 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 19:20:21.46 ID:FWZSMHdz0
<第六章>
しかし、本当はわかってたんだ。
これは現実ではない。
かと言って、ただの夢ではない。
強いて言えば、最高に素敵な奇跡。
それはほんの一瞬の、ミラクルタイム。
すぐに終わりが来てしまう。
そして、その終わりを告げるのは、告げることができるのは、いつだって、涼宮ハルヒだった。
221 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 19:22:25.61 ID:FWZSMHdz0
「さてと……じゃあ、もうかなり遊んだし……みんな揃ってるし、いいかな……」
ハルヒは唐突に話を始め、部室に集まったSOS団メンバーの顔を順番に見回した。
「今日はみんなに、SOS団団長たるあたしから、報告があります」
ハルヒは団長席を立って、笑顔で言う。
「本日をもって、活動を無期限停止していた我がSOS団は正式に解散します! けど、だからなんだっていうこともないわ! みんな困ったら真っ先にあたしを呼ぶのよ! 時空を超えてかけつけるわ!!」
部室の中が、しいんと静まり返った。でも、俺以外の四人は、みんな初めからそれを知っていたかのように、穏やかな表情でハルヒの解散宣言を受け入れた。
呆然としているのは、俺だけだった。
今、全てが急速に終わりへ向かいつつある。
そのことに恐怖を覚えているのは、きっとこの中で俺だけだ。
しかし、だからといって俺にハルヒの言ったことを覆せるわけがない。
俺はただ流れの中に身をおいて成り行きに任せるしかなかった。
222 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 19:32:13.53 ID:FWZSMHdz0
「じゃあ、みくるちゃんから順番に、SOS団の一員として最後の挨拶をしてちょうだいっ!」
「は、はぁい! えっと、わぁ、わたしは……」
朝比奈さんがお盆を抱えて起立した。朝比奈さんはいきなりハルヒに指名されて、最初こそおどおどしていたが、一度深呼吸をすると、かつて俺に未来人だと告白してくれたときのような凛とした表情になった。
「……わたしは、未来人のエージェントとしてこの時代にやってきました。だから……みんなとはいずれ別れなくちゃいけなかったの……。わたしはそれが怖かったんです。だから、みんなと……上手く仲良くなれなくて悔しい思いをしたこともありました……」
朝比奈さんはポケットからハンカチを取り出して、目元を拭った。そして、声が裏返らないように気をつけながら、また喋り出す。
「でも、みんなはわたしと仲良くしようとしてくれました。それが……わたしはとても嬉しかった。わたしがみんなに言いたいのは一言だけです。わたしと仲良くしてくれて……ありがとう」
朝比奈さんはそう言って、ちらりと俺を見た。俺はいつか、朝比奈さん(大)に『わたしとはあんまり仲良くしないで』と言われたことを思い出す。
「けど……たぶん、それで余計にみんなには悲しい思いをさせることになっちゃうんだけど……ごめんなさい……。
それでも、わたしは嬉しかったんです……こんなわたしと仲良くしてくれたことが……わたしと友達でいてくれたことが……本当に本当に嬉しかったんです。だから……みんな、わたしはもう十分なので……わたしのことは……忘れてください」
朝比奈さんはそう締めくくって頭を下げた。しかし、誰一人、朝比奈さんのことを忘れるやつなんていない。ハルヒの笑顔が、全員を代表してそれを物語っていた。
225 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 19:45:32.96 ID:FWZSMHdz0
「じゃあ、次、有希!」
ハルヒに名指しされて、長門はパイプ椅子から立ち上がり、持っていた本をさっきまで自分が座っていたところに置いた。その一連の動作が、いつもよりほんの僅かにぎこちなかった。まさかあの長門が緊張しているのだろうか。
「うまく言語化できない。情報の伝達に齟齬が生まれるかもしれない。でも、聞いて……」
そう言うと、長門は胸に手を当てて呼吸を整える。俺たちは黙って長門を見守った。やがて、長門は大きく息を吸い込むと、得意の無表情で――しかしそれはもはや無表情などではなかった――静かに語り出した。
「わたしはあなたたちと同じ人間になることができてよかった。あなたたちを見て、わたしは人間になりたいと思った。人間になって……わたしはあなたたちと笑いたかった。あなたたちと歳を取りたかった。あなたたちの仲間に入れてほしかった……」
長門の目がじわりと僅かに潤む。涙に濡れたその黒曜石のような瞳は、今まで一番、深く、美しい色をしていた。
「そして……あなたたちと同じように……わたしもいつかは死にたかった。それがいつかはわからない。けれど、たとえいつであってもわたしは後悔しない。
恐れることもない……たとえ短くてもわたしは人間として最後まで生き抜いてみせる……その勇気を、わたしはあなたたちからもらった。わたしを人間にしてくれて……ありがとう」
長門はそう言ってセンチ単位で頭を下げた。そして、顔を上げると、長門は俺を見つめてこう付け加えた。
「あなたたちは強い。大丈夫。あなたたち人間のその強さに、わたしは憧れたのだから」
俺は何か言おうとしたが、言葉が出てこなかった。
227 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 19:48:34.88 ID:QsA1PuVR0
長門・・・・・・・
232 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 20:00:14.85 ID:FWZSMHdz0
「続いて、古泉くん。よろしく!」
古泉は心の準備をしていたのか、待ってましたとばかりに「はい、団長閣下」と微笑んで立ち上がった。
「皆さん、どうも、古泉です。僕はこの通り何を考えているかわからない……何を考えているのかを表に出せない人間ですが……僕も気持ちは皆さんと同じだと、ここに明言しておきましょう。
SOS団での活動は僕にとって非常に楽しいものでした。皆さん……そうだったと思います……僕も……皆さんとお近づきになれてよかったと、心から思っています」
古泉はこんなときまで微笑を絶やさないように取り繕っていた。
しかし――誰が何を考えているのかを表に出せない人間なんだよ聞いて呆れるぜ――込み上げてくる感情には逆らえなかったのだろう、「失礼」と言って顔を隠し、少し間をおいてからまた話し始めた。
「本当を言うと……僕はこんな風にしか人と付き合えない僕自身があまり好きではなかったのです……。
でも、SOS団の副団長として皆さんの輪の中にいるときだけは……こんな僕でも皆さんのお役に立てるのだと、僕は自分に誇りを持つことができました」
古泉は表情を崩さないように歯を食いしばって堪えていたが、それもとうとう限界がきて、さてどうするのかと思ったら、深々と頭を下げやがった。
「本当に……こんなことは生まれて初めてなんです。おかげさまで……僕は以前よりもずっと自分のことを好きになれました……。僕を……SOS団に迎え入れてくれて……受け入れてくれて、ありがとうございました」
古泉はずっとそのままでいた。ハルヒは満足そうに頷いて、パチパチと手を叩き始める。
「はい、全員、三人に拍手っ!!」
ささやかながら、六人分で出せる精一杯の拍手が、部室を湧かせた。拍手はいつまでも鳴り止みそうになかった。
233 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 20:04:25.85 ID:FWZSMHdz0
やがて、ハルヒが手を叩くのをやめると、みんなそれに倣って手を止めた。部室が静寂に包まれる。そして、それは再びハルヒによって破られた。
「みくるちゃん! 有希! 古泉くん! 今日は忙しいところ集まってくれてどうもありがとうっ!!
もうすぐ日が暮れちゃうから……みんな帰れなくなると困るから……三人は先に行っていていいわよ……本当にありがとう!
また……どこかで会いましょう! いえ……絶対にまたみんなで会うんだからね!! あたしが言ってるんだから、そうなるわ。そう決まってるの!!
だから、三人とも――またねっ!!」
ハルヒがそう言うと、長門と朝比奈さんと古泉は、いつもの団活が終わったときみたいに、まるでまた明日も会えるような気軽さで、部室を出ていこうとした。
234 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 20:05:38.24 ID:FWZSMHdz0
俺は慌てて三人を呼び止めようとする。
待ってくれよ……待ってくれ……どこにも行かないでくれよっ!!
そう叫びたかった。でも、声が出てこなかった。
長門も、朝比奈さんも、古泉も、みんな笑っていたからだ。
みんな、ハルヒの言った通り、これが最後だなんて思ってないんだ。
だから、笑って帰っていく。
でも……でも……俺は――。
「また、いつか」
「今から楽しみにしてますね」
「失礼します」
三人が部室を去っていく。開いた扉が、ぱたりと閉じる。俺はやっと出るようになった声で、切れ切れに三人の名前を呼ぶ。
「……長門……朝比奈さ……ん……古泉……」
俺は……また取り残されちまったのか……?
235 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 20:08:04.70 ID:FWZSMHdz0
「キョン、まだ下を向いちゃダメよ。ヤスミちゃんの挨拶もきちんと聞きなさい」
ハルヒの声にはっとして顔を上げると、ヤスミはいつの間にか扉のところに立っていて、ぺこりと頭を下げた。
「先輩っ、涼宮先輩っ!! ありがとうございました!! あたしなんかとっても出来の悪い新人だったのに、こうしてSOS団の解散に立ち会えたことは……光栄ですっ!! 重ね重ねっ!! ありがとうございましたっ!!」
ヤスミはまたオジギソウみたいにぺこぺこと頭を下げる。そして、顔を上げると、俺を見つめて、にっこりと笑った。
「先輩……」
ヤスミは少し照れるように癖のついた毛先を指で弄る。そのとき俺は遅まきながら、ヤスミのトレードマークであるスマイルマークの髪留めがその頭にくっついていないことに気付いた。
236 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 20:12:23.02 ID:FWZSMHdz0
「あたしは先輩が大好きです。先輩はたぶん……あたしのことを一番には想ってくれてないと思いますけど……でも、だからと言って先輩はあたしに負い目なんか感じなくていいですからね。同情も、まっぴらゴメンです。要りませんからっ!!」
そして、ヤスミは少し顔を赤くして、目を伏せ、はにかみながら言った。
「だって……あたしが本当に一番に好きなのは……大好きなあなたを心の底から大好きでいられる……あたし自身なんですから……」
ヤスミはふうっと小さく息を吐いて、また、俺を見た。
「じゃ、あたしも帰れなくなっちゃうとマズいんで……一足先に一足飛びに失礼します。また会いたくなったらいつでも呼んでくださいね。ありとあらゆる法則を超越して華麗に登場してあげますっ!! ではではっ!! お元気でっ!!」
ヤスミはびしっと敬礼をして、それから慌しく扉を開けて走り去っていった。そのせいで部室の扉は開いたままになった。俺はそれが、追い駆けてきてほしいというヤスミの願いなのかもしれないと思った。
けれど、俺は追い駆けられなかった。先回りするように、ハルヒが、扉が開きっぱなしの入り口のところに立ったからだ。
239 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 20:15:30.56 ID:FWZSMHdz0
「もう、最後まで落ち着きのない子だったわね……」
ハルヒはそう呟いて、ヤスミの去っていったほうを見る。と、さっきまで明るかった部室が急に暗くなって、色を失った。いつかの閉鎖空間。ハルヒと二人きりになってしまった、あの灰色の世界だ。
「……日が暮れちゃったわね……」
ドアのところに立つハルヒは、パチリと部室の電気をつけた。古い蛍光灯がジジジと鳴って、部室を隅々まで照らす。すると、部室だけはいつもの部室の光景に戻った。
「……お前……あっちの世界のハルヒだったんだな。最初は話がかみ合わないから、てっきり高校生のお前だと思ってたぜ……」
「あたしはあたしよ。あたしはどこの世界にだって一人しかいないわ。あんただってそうでしょ?」
不思議な感覚だった。俺たちは高校生の格好で、高校生の身体で、中身と記憶だけが大学生だった。
「ねえ、キョン。ちょっと……歩きながら話さない?」
そう言って、ハルヒは部室を出ていった。俺もそのあとについていく。
一歩部室の外に出ると、そこは部室棟の廊下ではなかった。しかし、その光景には見覚えがあった。ただ、微妙にアングルが違うが……間違いない……これは……。
240 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 20:19:49.65 ID:FWZSMHdz0
「あんたはあの世界が退屈だと思ったことはない? つまんない世界だってうんざりしたことはない?」
オレたちは北高の体育館のステージ袖にいた。俺とハルヒの目の前で、バニー姿のハルヒが歌い、トンガリ帽子の長門がギターを掻き鳴らしている。その後ろにはENOZの正規メンバー。学園祭のライブだ。
「あたしはあるわ。だから……あたしは宇宙人や、未来人や、超能力者と遊びたいって、そう願った。
不思議なことならなんでもいい、面白いことならなんでもいい……そのためならあたしなんだってやるつもりだった。実際、してたはずよ、自信があるわ……」
俺たちは過去の世界に来ているのだろうか。しかし、仮にそうだったとして、一切の音がないのはどういうわけだ?
「あたしね、本気でそういう夢みたいなことのが夢だったのよ。だから、今日は死ぬほど楽しかったわ。
最高じゃなかった? 何よ、あのなんでもアリな風景。宇宙人と超能力者がバトルしたり、未来人は目からビームが出るしさ。あたしは変な巨人を作れるし、あの人畜無害そうな佐々木さんだってセピア色の結界を生み出す能力を持ってたのよ? 信じられる?
ホント無茶苦茶だわ。どこのどいつが考えたのよ、こんな世界……まあ、あたしなんだけど……」
242 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 20:23:17.43 ID:FWZSMHdz0
ハルヒは苦笑するように溜息をついて、突然踵を返し、俺の横を通り過ぎていく。俺はハルヒを追おうと回れ右をする。
瞬間、また画面が変わった。今度は屋外。ウェイトレスの格好をした朝比奈さんが魔法使いの長門にモデルガンを乱射している。またしても音はない。
「でも、今日好きなだけ大騒ぎして、一つわかったことがあるの……」
ハルヒが朝比奈さんの演技指導のためにメガホンを持ったままずかずかとカメラの中に入り込んでいく。俺がやれやれと言わんばかりにカメラを止めるのが見えた。
「関係なかったのね。
宇宙人も未来人も超能力者も。あたしは……有希と、みくるちゃんと、古泉くん、それからあの場にいた全員――谷口だってそこに入れてやっていいわ――そして、あんたがいれば……みんなで一緒にいられれば……それでよかったんだって……そう気付いたわ。
不思議も冒険も要らなかったんだって、ね。まあ、あってもいいでしょうけど。でも、みんながいないと……やっぱりそれは味気ないものになってしまうと思うの……」
ハルヒは愛おしそうに過去の俺たちを見つめる。俺は拳を握り締めて、声を絞り出すように言う。
「俺だって――!」
243 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 20:26:12.05 ID:FWZSMHdz0
俺が叫ぼうが喚こうが、過去の俺たちは何一つ反応せずに、あまり円滑とは言えないハルヒ超監督による映画の撮影を続けていた。
「俺だってそうだよ! そんなこととっくの昔に知ってたよ! 俺は……長門と朝比奈さんと古泉とお前と……みんなで笑っていられればそれで満足なんだよ!!
本当に……他には何も要らないくらいに……それくらい俺にはお前らが必要だったんだよ。誰よりも……たぶんハルヒ、お前よりも……俺はあいつらが大好きだったんだ。全部。みんな。本当に!!」
「うん。わかってる。そうよ……みんなそう思うわ……そうじゃないはずがないじゃない」
ハルヒはまたさっと踵を返した。俺は置いていかれないようについていく。今度は雪山に行ったときのコテージだ。また音がないが、古泉が嬉しそうに推理ゲームの説明をしているのだろうことは見ればわかる。
この辺でやっと気づいた。これは……たぶん俺とハルヒの、二人分の思い出巡りなんだ。だから、俺は俺の顔を、ハルヒはハルヒの顔を見ることができる。
245 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 20:29:03.90 ID:FWZSMHdz0
「なら!! どうして帰しちまったんだよっ!! いいじゃねえか、もっと遊ぼうぜ!!
俺はまだまだ遊び足りねえよっ! みんな揃ってるこの世界で……俺にはやりたいことがまだ残ってるよ。あいつらともう一度会いてえよ!! まだ話したいことがいっぱい残ってるんだよ!!
俺は……この世界に残りたい。あっちには……戻りたくないんだ……」
次々に場面が変わっていく。野球大会。喜緑さんの依頼……。
「そうだよ……ハルヒ、今のお前ならもしかして……できるんじゃないか? この世界だって……いつまでも闇に包まれたわけじゃないんだろ? 明日になったら太陽が昇ってくるんだろ?
そしたらみんな坂を上って登校してきて……普通に授業を受けて……放課後にはここに集まって……そうやってずっと……好きなだけ一緒にいられるんだろ……?
なあ、そうだろ……?」
「そうね。確かにここは、そういうこともできるわ」
「だったら!!」
なおも場面は目まぐるしく変わる。夏の合宿。ループしていた夏休みのイベントラッシュ……。
246 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 20:32:30.98 ID:FWZSMHdz0
「ううん。キョン、わかってるでしょう? この世界は、あたしたちの夢なのよ。あたしたちの現実は……あっちの世界なの。
今もきっとあたしたちの枕元ではチクタクと目覚まし時計の針が回っていて、いつか必ずベルが鳴って、あたしたちは目覚めるの。現実の新しい朝が来るの。
きっと……あたしたちなら大丈夫よ。あたしたちなら、あっちの世界でも、まだしていないこと、不思議なこと、楽しいこと――いっぱい見つけられるわ。絶対に。
だって、あたしたちは生きているんだもの。だから、キョン。元の世界に戻りましょう?」
コンピ研とのゲーム対決。朝比奈さん主演の映画……。
「……無理だよ……あっちは……みんないなくなっちまったんだぞ……? 朝比奈さんも長門もいなくて、古泉も遠くに行っちまう……ヤスミだって消えちまった――お前はそれでもいいのかよっ!!」
クリスマスの鍋大会。アメフトの試合観戦。年越しの合宿……。
「……言いたいことは、それだけ……?」
「バカ野郎……どうしてわかんねえんだ――!?」
鶴屋山での宝探しとバレンタイン。機関誌製作。フリマと花見。新入生歓迎会に入団試験……。
「俺はお前が好きなんだよ!!!!」
250 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 20:35:29.72 ID:FWZSMHdz0
いくつもの思い出が風のように流れていく……。
「お前と一緒にいたいんだよ!! お前が傍にいてくれないとダメなんだよ!! お前と同じ時間を過ごしていきたいんだよ!!
お前とずっと遊んで……お前と夢を見て、お前と好き合って、お前と悲しんで……そうやって俺はお前と二人で……死ぬまで生きていたいんだよ……」
楽しかったことだけが、写真のように切り取られ、それがストロボで無数に周囲に映っていく。
「なあ……ハルヒ。あんな世界やめようぜ。こっちのほうが楽しいだろ?
俺たちだって今ならやり直せる。今からまた新しい未来を作っていける。そこにはもちろんみんないるんだ。アホの谷口や国木田も、古泉や長門や朝比奈さんも、あの朝倉だってそこに含めてやってもいい……みんなでずっと遊んでいようぜ?
ずっと……なあ、ハルヒ……お前だってそうしたいはずだろ……? お前だってみんなと遊んでいたいだろ? どう考えたってこのままでいたいだろ? だから……お願いだよ……」
251 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 20:39:11.58 ID:FWZSMHdz0
そして、最後に辿り着いたのは、部室だった。
「ごめんね、キョン。あたしは……あっちの……元の世界じゃないとダメなのよ。
元の世界のみくるちゃんや有希がちゃんと生き尽くした世界。元の世界の古泉くんやあたしたちが生きてきて、これからもまだ生きていく世界……それを途中でほったらかしにして、こんな夢みたいな世界で生きていくなんて……あたしにはできない」
そこは、さっきまで俺たちがいた寂れた部室じゃなくて、もっと暖かい光に包まれていて、
「……何言ってんだよ……意味がわかんねえよ……」
長門がパイプ椅子で本を読んでいて、メイド姿の朝比奈さんがお茶を淹れていて、古泉が詰碁を並べていて、ハルヒがネットサーフィンをしていて、
「何よ……あんただって昔……嫌がるあたしに無理矢理したくせに……」
そして、俺は呆れるくらいの間抜け面でぼうっとみんなの姿を眺めているんだが――その顔が……あれは本当に俺なのか……?
「……ふっざけんな……バカ野郎……」
俺は……いつもあんな幸せそうな顔をしていたのか……? いつもあんな満ち足りた顔をしていたのか……? いつもあんな楽しそうな顔をしていたのか……?
252 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 20:42:46.61 ID:FWZSMHdz0
ハルヒが俺の目の前に立って、俺の手を取る。
俺はハルヒを、ハルヒは俺を見つめる。
俺の目はただ、ハルヒだけを映して、ハルヒの目もきっと、ただ俺だけを映していたんだろう。
それは一瞬のようにも永遠のようにも感じられた。
しかし、夢幻の時間にも、無限の時間にも、必ず終わりは来る。
「キョン……目を閉じて」
ハルヒが優しくそう言った。聞いたこともないような甘い声だった。そんな声を出されて抗える人間なんてきっとこの世にはいないだろう。俺は諦めたように目を閉じる。溜まっていた涙が零れ落ちた。
「……ハルヒ……好きだ……」
「……あたしも……あんたが好きよ……」
そうして、俺とハルヒは口付けを交わした。
255 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 20:47:28.99 ID:FWZSMHdz0
目が覚めると、俺はどういうわけか俺の家の布団で、枕を濡らして寝ていた。
一応その辺に放り出されていた携帯を手にとって、日付を確認してみる。時間はちゃんと地続きで、今日は長門の葬式が終わった翌日だった。時刻は既に正午を回っている。
「……フロイト先生も号泣だぜ……」
俺は布団から出て、カーテンを開け、窓を開ける。
確か昨日は雪が降っていたはずなのに、今日はひどく暖かかった。異常気象だろうか。それとも、本当はぼちぼち暖かくなる予定だったのに、天気だけに空気を読んで昨日一昨日だけ長門のために雪を降らせたのだろうか。
まあ、そんなことは考えても仕方がない。忌引きで休むのは今日までだ。やっちまったことに午前の授業はすっぽかしてしまったが、今日は午後もぎちぎちに詰まっている。さっさと学校に行く準備をしなくてはいけない。
俺はまず洗面所に行って、顔を洗って歯を磨いて、それから押し入れにしまいこんだ春物の服を引っ張り出した。
256 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 20:50:20.73 ID:FWZSMHdz0
そして、俺は自分でも驚くほどいつも通りに大学へ向かった。
通い慣れた道を、同じ学び屋に在籍する大欠伸をしたり携帯電話を弄ったりドイツ語の単語を覚えていたりするやつらに囲まれて歩いていく。
キャンパスの中に入ると、俺は真っ先にパンを販売している売店に向かった。
そして、誰にも呼び止められることなくパンを買って、せっかく天気がいいからどこか日向ぼっこでもできるようなところで食べようかなと大学内の地図を頭の中に広げ、ちょうどいい場所がすぐ近くにあったのを思い出し、そこへ向かった。
そこは、なかなかに景観のいい広場で、地面を芝生が覆っていた。あちこちに垢抜けた感じの私服の男女が歩いていた。芝生の上で寄り添っているカップルなんかもいる。
俺はその中に突っ立っている知った顔を見つけて、声を掛ける。
「よう」
257 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 20:53:39.63 ID:FWZSMHdz0
ハルヒは春っぽい感じの、やわらかな色合いの服を着ていた。肩にひっかけているカーディガンがとてもマッチしている。
「えっ? なんで? あんたがそこにも……」
ハルヒは何か幻覚でも見ていたのか、俺の登場に戸惑っていた。変なハルヒ。しかし、ハルヒが変なのは今に始まったことじゃないので、構わず俺はハルヒに近づく。
「なんだよ人の顔をじろじろと。何かついてるのか?」
「ううん……別に。なんでもないの」
「そっか。元気か?」
「元気よ。昨日、素敵な夢を見たから」
「そうかい、それは奇遇なことがあったもんだ」
俺たちは目を合わせて、苦笑する。
258 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 20:55:44.56 ID:FWZSMHdz0
「ねえ、あんた覚えてる?
昔さ、あんた、あたしにこんなことを言ったのよ。『そう遠くない未来にタイムマシンが開発されたとして、その数年後のお前が今この時代に来れたとして、もし今の自分に会ったりしたら、その未来の自分が何を言うか想像できるか?』って。
で、今が……その未来なのよね」
そうだな、と俺は実感を込めて頷いた。
「あたし、思うのよ。たとえあの頃に思い描いていた未来とは違っても、もしも過去に戻って過去のあたしに会ったときに、ちゃんと胸を張って『あたしはあたしだ』って言えるような……あたしは……そんなあたしでありたいの」
そりゃまた立派な志だな。まあ、お前なら大丈夫だと思うよ。心からな。
260 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 20:58:42.41 ID:FWZSMHdz0
「ところで、あんたが昨日見た夢って、どんな夢だったの?」
「すごく懐かしいやつだ。つっても、一番最後のほうはよく覚えてねえんだけどな」
「あ、そうそう。あたしも最後だけは忘れちゃったのよね。ホント、奇遇なこともあったもんよ」
そう笑って、ハルヒは何気なく、風に吹かれて顔にかかった髪を指でのける。直後、どんないらんことを思い出したのか、懐かしそうに微笑んで、片手で髪を頭の後ろでまとめて見せた。
「どうかしら?」
そんなもん、いちいち確認しなくても答えなんて一つだろうに。
「似合ってるぞ、涼宮」
俺がそう言うと、ハルヒは満足そうに微笑んで、すぐに髪から手を離し、元に戻してしまった。
「あなたに出会えて、わたし、よかった。ありがとう。またね……××くん」
そうして、ハルヒは俺から去っていった。
264 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 21:01:35.70 ID:FWZSMHdz0
その後のことを少しだけ語ろう。
ハルヒは、学年が上がって少しすると、まるで古泉を追いかけるように海の向こうへ渡っていった。後で問い詰めたところによると、本当に古泉を追いかけてのことだったらしかった。
「自分でもびっくりしてるのよ。わたし、もう彼がいないとダメみたい。なんでこういうことって相手がいなくなってみないとわからないのかしら。ねえ、あなたにもそういう経験ってない?」
あるさ、大いにな。
だからこそ、俺は二度と、大切なやつを離さない。
どんな手を使ってでも、俺の傍に連れ戻して、いつまでも抱き締めてやるんだ。
ああ、呼んださ。悪いかよ。そりゃもう思いっきり叫んだよ。泣きながら。無様に。お願いだから帰ってきてくれ――って。
そしたら本当に帰ってくるんだもんな……まいっちまうぜ。
267 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 21:05:24.38 ID:FWZSMHdz0
「先輩、どうしたんですか? さっきからニヤニヤして。思い出し笑いですか? 何を思い出してるんですか?」
「絶対に教えない。って、おい。お前、暑いだろうが。あんまくっついてくるなよ」
「ダメです。拒否します。いくら先輩の言うことでもそればっかりは聞けません」
「ったく……。あ、そうだ。髪留め、預かってたの返すわ」
「わぁお、取っておいてくれたんですねっ!! ありがとうございますっ!!」
「つーか、俺はてっきり、お前がそれを形見のつもりで渡したんだと思ってたんだが。お前、あの時、消えたんじゃなかったのかよ?」
「んーそうとも言いますし、そうとも言いません。自分でもよくわからないんです」
「わかった。もういい。細かいことは訊かねえよ。俺も古泉もハルヒもちゃんとこの世界に生きていて、お前も戻ってきてくれたんだ。それでいい。俺はもう何も言わん」
そいつは、俺から受け取ったスマイルマークの髪留めを癖っ毛頭につけるためにいったん俺から離れ、それから、また俺に勢いよく抱きついてきた。
「先輩っ、大好きです!!」
「ああ、俺もお前が大好きになっちまったぜ」
<完>
269 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 21:08:32.62 ID:5t7tLIy30
乙
ハルヒが普通に育ってたらヤスミみたいになってたのかな
272 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 21:12:42.10 ID:dmJmjNN90
乙
よかったよ
274 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 21:19:59.82 ID:fIwtfaV0O
乙
せつねえな
275 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 21:24:24.30 ID:FWZSMHdz0
長々とお付き合いいただいてありがとうございました。
感謝です。
ただ本当に長くてすいませんでした。
楽しんでいただけたら幸いです。
以下は書いたものリストです。もしお口に合えば……。
谷口「憂鬱で溜息が消失した」
朝倉「ただの人間です」
佐々木「憂鬱だ」キョン「佐々木でも憂鬱になることがあるんだな」
佐々木「憂鬱だ」キョン「佐々木でも憂鬱になることがあるんだな」β
では、皆様、よいクリスマスを。
276 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 21:34:54.32 ID:+AQuI7ir0
ほんとに乙
--------------
当ブログについて
※欄902さんありがとうです。
読み物:ハルヒ
お絵かき掲示板
画像掲示板
キャンパスの中に入ると、俺は真っ先にパンを販売している売店に向かった。たぶん、今の俺の身体を構成している物質の二割くらいはそのパン屋由来のものに違いない。
そしてそれは売店に群がる他の連中も同じだろう。みんなどこかしら同じ素材で出来ているんだと考えるとなんだかぞっとした。
なるほど、確かに人はみなどこかしらで繋がっている。
半分は夢の中にいるような茫然とした意識で俺は棚に並んだパンを物色していた――そのときだった。
「ねえ、さっきからいつまで悩んでるの? ぼやぼやしてると講義が始まっちゃうわよ」
背後から面白がるような呆れたような声がかかる。俺はその声の主が誰なのか振り返らなくてもわかった。しかし、念のため俺は振り返る。そいつは仁王立ちをして腕を組み、笑っていた。
「おはよ。今日もいい天気ね、キョン」
涼宮ハルヒが、そこにいた。
6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 08:20:54.32 ID:FWZSMHdz0
俺は欠伸をかみ殺して、適当に答える。
「このクソ寒い曇天をいい天気とするかどうかは置いておくとしてだな……頼むから朝飯くらいゆっくり選ばせてくれ」
「朝飯? なに、あんた、家で食べてこなかったの?」
「最近はこれが俺の朝飯なんだよ」
「ははん、さてはぎりぎりまで寝ているんでしょう。そういうのは健康的にも経済的にもよろしくないわよ。ちゃんと早起きして自炊しなさい。なんならあたしが毎朝作って持ってってあげましょうか?」
「魅力的な提案だな。お前の料理スキルなら大歓迎だぜ」
俺はパブロフの犬よろしく涎が垂れてきそうだったのを堪えて軽口を叩く。
「バカ。冗談に決まってるでしょ」
と、ハルヒは微笑した。
こんな風に不意に褒められたとき、昔のこいつならきっと怒っているような顔でギャンギャン喚いていたはずなのに。
こいつも変わったんだな、と俺はしみじみ思った。
9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 08:24:22.47 ID:FWZSMHdz0
パンを片手にハルヒと外に出ると、古泉一樹が理学系の学部棟のほうで歩いているのが見えた。
キャンパスをバックにコートのポケットに手を突っ込みながら歩くその姿は、そのまま切り取って大学のプロモーションCMに使ってもいいくらいだった。
「あ、古泉くん……」
ハルヒも古泉に気づいた。そして、ハルヒは俺に柔らかい微笑を見せたかと思うと、さっと古泉のほうへ走っていった。
古泉は俺とハルヒに気づいていたのかいないのか、自分の傍に寄ってきたハルヒに少し驚き、それから、俺に向かって爽やかに片手を挙げた。
やがて二人は、俺の視界の中央から端、ついにはその外へと、楽しげにお喋りをしながら消えていった。
ハルヒと古泉は、一年前から付き合っていた。
ちょうど去年の今頃のことだ。俺はそれをハルヒの口から聞いたとき、心の底からやられたと思った。
11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 08:27:08.33 ID:FWZSMHdz0
一人になった俺はハルヒたちに背を向けて、自分の講義がある棟まで黙々と歩を進めた。
そのとき、またしても後ろから俺に声がかかった。
「おーい、キョン。久しぶりだねえ」
国木田だった。その横に、仏頂面の谷口もいる。俺はハテと首を傾げた。
「国木田に谷口……どうした? お前らのキャンパスはこっちじゃないだろ?」
「学部横断の合同授業を受けててさ。今日はたまたまこっちで実験があるんだよ」
「へえ……」
谷口と国木田は俺やハルヒと同じ大学に進学していたが、学部の関係でキャンパスが別のところにあった。ので、確かに国木田の言う通り会うのは久しぶりだった。
「それよりキョン、ありゃなんだよ」
と、朝っぱらから不機嫌そうな声を出すアホは谷口しかおるまい。谷口はしきりに後方を気にしていた。
そっちは理学系の学部棟があるだけで貴様のような低脳野郎が興味を引くようなものはないはずである。
「俺は……お前だから譲ったんだぜ? お前だから任せたんだぜ?」
12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 08:31:27.98 ID:FWZSMHdz0
谷口は目を細めて、俺を睨む。国木田が「やめなよ」と谷口と俺の間に割って入る。しかし、谷口はぶつぶつと呪詛を吐くように続けた。
「俺は認めないぜ……。俺様が引いたんだ。あいつを幸せにするのは、お前でなくちゃならんっつーのに……」
「おい、なんの話だ」
俺はたまらずツッコむ。少し語気が荒くなった。すると、谷口もますます喧嘩腰になって言い返してくる。
「キョン、お前……朝比奈さんのこと、まだ引き摺ってんのか?」
谷口は哀れむような表情で嘆息する。お前なんぞに同情されるほど俺は落ちぶれたつもりはない。
13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 08:37:40.73 ID:FWZSMHdz0
「はっきり言わせてもらうぜ。朝比奈さんはもう過去の人だ」
あの人は今も昔も未来の人だよこのウスラトンカチが。
「忘れろとは言わねえよ。でも、俺たちには俺たちの未来があるんだぜ?」
そう言い捨てて、谷口は大股にその場を去っていった。国木田はこめかみに手を当てて、深い溜息をつく。
「ごめんね、キョン。谷口はさ……あれはあれでキミのことを心配しているんだよ。あれは谷口なりの励ましなんだよ……と僕は思う。たぶん」
あれが励まし? ただ喧嘩を売っているようにしか見えなかったが……どっちにしても、余計なお世話だ。反吐が出るぜ。
「そう言わないであげてくれ。あ、いや……ごめんね。さっきのは全面的に谷口が悪かったと僕も思うよ。だから、まあ……あまり気にしないほうがいいよ」
初めから谷口のことなんぞには一ピコグラムだって気を払っていない。
「そうか……よかった。じゃ、僕ももう行くよ。機会があれば、またご飯でも食べに行こう」
国木田は申し訳なさそうな顔をして、谷口の後を追っていった。俺はその後ろ姿をぼうっと見送っていたが、すぐに他の大勢の学生に紛れて見えなくなった。
「俺も……授業行くか……」
14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 08:41:58.40 ID:FWZSMHdz0
しかし、俺の足はぴくりとも動かなかった。身体がフルマラソンの後のように重い。たぶん、理由はごく精神的なものだと思うが……。
そうして俺は途方に暮れたように立ち尽くした。と、不意に何者かが俺に後ろからタックルをかましてきた。
そいつの身体は羽毛枕みたいに軽く小さく、妹のフライングアタックで鍛えられている俺はびくともしなかった。
そいつは自由に撥ね回る癖っ毛を俺の服に押し付けるように、俺の胴に巻いた腕に力を込める。そして、振り返った俺の顔を見上げ、そいつは、無邪気に、トレードマークの髪留めと同じ顔で笑った。
「先輩、今日も冴えない顔してますねっ! でも大丈夫ですです!! 今あたしが元気を分けてあげますからっ。ほら、ぎゅー!!」
そう言ってさらに力強く俺に抱きついてくるこの女は、渡橋ヤスミ。
現役の北高二年生にして、もう一人のハルヒ。
そして、俺の恋人だった。
15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 08:53:22.85 ID:FWZSMHdz0
あれは確か、俺が大学に入ってすぐの頃だ。登録していた家庭教師のバイト先から連絡がかかってきた。北高の一年生を教えてほしい、とのことだった。
個人的には小学生か中学生のあまり勉強のできない子――要するに妹や従兄弟連中と同じようなガキだ――を相手にするつもりでいたので高校生は想定外だったが、まあ北高だし一年だしなんとかなるだろうと承った。
すると、後日郵送されてきた書類の生徒氏名の欄には、はっきりと渡橋泰水と記載されていた。目を凝らしても紙を逆さにしてもやっぱり渡橋泰水だった。
書かれていた住所に行ってみると、そこは長門の家並みにしっかりしたマンションだった。そして、その中のとある一室に着き、扉を開けると、そこに本当にヤスミがいたのだ。
『わぁお!! まさかと思ってたらドンピシャで大当たり!! お久しぶりですねっ、先輩。ささ、中へどーぞっ!!』
ヤスミの外見は俺が高二の春に見たときと何一つ変わっていなかった。制服のサイズまでダボついたままだった。
16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 08:57:11.17 ID:FWZSMHdz0
『お前……ヤスミなのか?』
俺は玄関から動けずに訊いた。
『あたしは、渡橋。覚えていますか?』
『覚えてるに決まってるだろ』
忘れるわけがない。ヤスミがいなかったら、俺とハルヒは今頃生きてはいなかった。
『お前、今まで何をしてたんだ? てっきり……消えちまったものだと思っていたが』
『うーんと、自分でもよくわからないんです。でも、いいじゃないですかっ!』
言って、ヤスミはぴょこぴょことスマイルマークの髪留めを左右に揺らした。
『あたしは先輩に会いたかった。先輩だって、あたしに会えて嬉しいですよね? 嬉しいといいな。……嬉しいですか?』
『ああ……そりゃ、嬉しいよ』
『ならっ!! それでいいんですよっ!! 万事オーケイです! 今はこの劇的な再会を祝しましょう!!』
ヤスミは拳を高々と突き上げて、何かのエネルギーを全開で発散させるように言った。その姿が、俺には過去のハルヒとだぶって見えた。
17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 08:59:21.18 ID:FWZSMHdz0
朝っぱらから大学のど真ん中で明らかに高校の制服を来た女子に抱きつかれている男というのは中々稀少な存在らしく、何人かが怪訝そうに俺を見ているような気がしたが、俺は敢えて無視した。
「ヤスミ。お前、学校は?」
「今日は創立記念日でお休みなんです!」
「堂々と嘘をつくな。そんなありがたい日があったら俺が忘れるわけないだろ」
「いやいや、新設されたんですよっ! 新たに設けられたんですよっ!!」
「本当のことを言え」
「むぅー……」
ヤスミは俺から離れて、後ろ手に手を組み、俯き加減になって俺を見上げた。
「先輩に呼ばれた気がしたんです。だから、学校に行く途中でユーターンして来ちゃいました。……ダメ、でしたか?」
捨てられた子猫のように潤んだ瞳で俺を見つめるヤスミ。頭がくらくらした。
「ダメじゃねえよ、全然」
俺がそう言うと、ヤスミはマッチ棒みたいに細い両腕をいっぱいに広げる。
「いやっほぉーい! やったやったやりました!! 大好きです、先輩っ!!」
叫んで、ヤスミはまた俺に抱きついてきた。
18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 09:03:02.09 ID:FWZSMHdz0
その後、俺は講義をサボってヤスミと街に出かけることにした。ただ、さすがにヤスミを制服のまま連れ回すわけにはいかなかったので、俺たちは一度ヤスミのマンションに寄った。
ヤスミの部屋は、長門のそれとは全く趣が異なっていた。要するに、わりと普通の女子の部屋だ。
まあ……女子の部屋をさほどたくさん知っているわけではないが……いつだか不法侵入したハルヒの部屋がちょうどこんな感じだったと思う。
「コーヒー、飲みます?」
「いただく」
着替える目的で帰ってきたのはいいが、ヤスミが制服を脱ぐ気配はなかった。
それは、俺がヤスミの部屋に入った瞬間に、もう今日はこのままだらだらと寝ていたいというオーラを放ったせいかもしれない。
19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 09:07:20.46 ID:FWZSMHdz0
たまに、こういう日がある。空気がいつもより重くて、冷たくて、よそよそしい。どこにいても俺は息苦しさを感じる。だから、せめて、同じ息苦しさを共有できる誰かと一緒にいたいと思うのだ。
「どうぞ」
ヤスミが揃いのマグカップにコーヒーを注いで持ってくる。俺はそれを受け取る。
「サンキュ」
俺たちはコタツの対面に座ってコーヒーを啜った。こうなるともう外へ出る気はゼロだ。今は二月。時刻は朝の九時。コタツの魔力に捉われてしまった俺たちが自力で抜け出せるはずがない。
「先輩っ!」
マグカップを両手で持っているヤスミが唐突に言う。瞳が爛々と光っていた。こういうときのこいつは、俺にはおおよそ理解できない思考回路で、俺にはまず考えられない発言をする。
「先輩の……お、お膝の上に座ってもよろしいですかっ!?」
20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 09:12:05.97 ID:FWZSMHdz0
俺は無言で、諦め半分に頷く。
「ひゃっほぅー! 感謝感激アメアラレですっ!! ではではっ、失礼して……」
ヤスミはマグカップをコタツ机の上に置き、バッタみたいに俺のところへ跳んできて、俺の腿とコタツ机との隙間にその折り紙でできたような薄い身体を滑り込ませる。
ヤスミはこれがやたらとお気に入りで、俺の膝の上を勝手に自分の定位置にしているようだった。もしかすると、ヤスミは俺を座椅子か何かだと思っているのかもしれない。
「先輩っ!!」
定位置に収まったヤスミは振り返る。ヤスミの顔は俺の顔の間近にあって、一点の曇りもなく笑っている。
「なんだよ」
「撫で撫でしてくださいっ!! ぜひぜひっ!!」
俺は溜息をついて、くしゃっと、ヤスミの小さな頭に手を乗せた。
22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 09:17:16.31 ID:FWZSMHdz0
それから日が暮れるまで、人間の脳内にある時の流れを感知する器官を強制的に麻痺させる奇妙な浮遊感の漂うヤスミの部屋で、俺とヤスミは何をするでもなく、ただ無為に一日を過ごした。
ただ、いつまでもそうやっているわけにはいかないので、俺は六時くらいにヤスミの部屋を後にした。
「夕飯、食べていかないんですか……?」
ヤスミは得意の上目遣いで俺を見て、今にも泣き出しそうなか細い声を出す。俺はまた頭がくらくらしてくる。こいつは要所要所でそういう小技を挟んでくるから油断ならん。
「悪いな、いつもいつも」
そう言って俺が力なく笑うと、ヤスミは急に真面目な、心配そうな顔になる。
「……今日も、行くんですか?」
「ああ。いつ何が起こるかわからないしな。できる限り傍にいてやりたいんだ……。そんな小さなことでも本人にとってはけっこう嬉しいもんなんだぜ――って俺は身をもって知ってるしな」
「そうですか……はい、わかりました。それでこそ先輩ですよね」
23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 09:18:41.35 ID:FWZSMHdz0
ヤスミは目を閉じて頷き、それから、ぱっと顔を上げた。向日葵みたいなスマイルが、そこに咲いた。
「いってらっしゃいませ、ご主人様っ!!」
「誰が誰のご主人様だよ」
「細かいことは気にしないでくださいっ! 言ってみて気付きましたが、これめっちゃ恥ずかしいんですからね、もうっ!!」
ヤスミは顔を真っ赤にして、俺を部屋の外へ突き飛ばした。わざとやってるのか、本気の照れ隠しなのか……でも、俺はヤスミのそういうところに何度も救われてきた。
本当に、こいつには頭が上がらない。
俺はヤスミのマンションを出て、今にも氷の粒が降ってきそうな、二月の夜の街を歩いた。
24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 09:26:59.63 ID:FWZSMHdz0
その病室のベッドには、一人の女が横たわっていた。その部屋にはそいつ一人しかいなくて、電気はついていなかった。廊下に面した扉を閉めると、部屋はぽつんと取り残されたように暗くなった。
「よう、また来たぜ」
俺は部屋の明かりをつけて、そいつに話しかける。返事はない。が、それは仕方のないことなんだ。だって、こいつは昔から恐ろしく無口なやつだったんだから。
「聞いてくれよ。今日、俺、講義サボっちまったんだ」
言いながら、俺はベッドサイドテーブルにある花瓶に近づく。いつものように、俺よりも早い時間にここへやってくる誰かによって昨日とは違う花が生けられていた。俺の役割は、その水を換えることだ。
「なんか朝から見たくもないものを見せられてよ……それでまた性懲りもなくバカみたいにヘコんでよ……そしたら、あのアホがよ、またアホなことをいかにもアホらしく言うわけだよ。
ホント、笑えてくるぜ。そんなこと俺だってわかってんだっつーの……」
だらだらと俺は喋り続ける。俺が喋るのをやめてしまうと、ここは何かの電子音や機械が動く音――そういう無機的な音に支配されてしまって、なんだかやりきれない気持ちになるからだ。
26 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 09:29:38.89 ID:FWZSMHdz0
「あー、すまんすまん。いきなり変な話題を振っちまったな。そうだ、この間、やっと読み切ったぜ。
あの、お前が高校二年の今頃に読んでたやつ……内容はこれっぽっちも理解できなかったが、最後のページを捲り終えたらわけもわからず涙が出てきた……あれは中々の良作だったなあ……」
高校の頃のいつだったか。『お前ってどれだけの本を読んできたんだ?』と尋ねたら、そいつはご丁寧に読破した全ての書物のタイトルと読了日を目録にして寄越したのだった。
あの時は呆れて笑うだけだったが、まさかそれをこんな形で使うことになるなんて――少なくとも俺は――予想していなかった。
「あー……どうしてこうなっちまったんだろうな……」
返事はない。ずっと、もう二年近く、こいつは口を閉ざしたままだ。たまには何か言ってくれてもいいのによ。俺には無口属性なんてねえってのに。
「……なあ……答えてくれよ……長門……」
長門有希は、じっと目を閉じて、ただ静かに眠っていた。
27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 09:35:07.14 ID:FWZSMHdz0
三年前。俺たちは高校二年生だった。そして朝比奈さんと鶴屋さん、それと喜緑さん、生徒会長、コンピ研の部長なんかが高校三年生だった。彼らは俺たちよりも一足先に北高を卒業していった。
俺たちは笑顔で朝比奈さんを見送った。泣いていたのは、朝比奈さんだけだった。
卒業式の後、俺たちはSOS団の部室に集まって、朝比奈さんを送る会を開いた。
俺と古泉が隠し芸を披露したり、ハルヒと長門がメイド姿になって朝比奈さんに給仕したりした。そこでは朝比奈さんはもう泣いていなかった。みんなと一緒に笑っていた。
その、翌日。三月某日の朝。俺の安眠は一本の電話によって奪われた。
『鶴屋さん……? え……それは……どういうことですか……? すいません……よく、聞こえなかったんですが……』
寝起きであることと相俟って、俺は喉がからからに渇いていくのを感じた。電話の相手は、静かに、毅然と、同じことを告げた。
『……落ち着いて聞くんだよ、キョンくん。今さっき、みくるは……』
28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 09:42:59.96 ID:FWZSMHdz0
その日、鶴屋さんは朝比奈さんと二人、書道部の送迎会に出席するために学校へ向かっていた。
『あたしも……何が起こったのか、直接は見れなかったにょろよ。これでも鍛えているつもりだけど……でも、あのときは、ぴくりとも身体が反応しなかった。
横断歩道を渡り終えようとして……不意に……後ろを歩いていたみくるの気配が消えたような気がして……振り返ったら……みくるはそこにいなかったのさ……』
交通事故だった。それがどんな事故だったのか、鶴屋さんにもわからないという。
気付いたら、朝比奈さんが道路横のガードレールにもたれるように倒れていて、すぐ近くには一台のトラックが急ブレーキの跡を残して止まっていた。
ちなみに、そのトラックの運転席にはどういうわけか誰もいなかったそうだ。
鶴屋さんはすぐに朝比奈さんの元に駆け寄って――二人の距離はいつの間にか数十メートルも離れていた――その身体に触れた。
触れた瞬間、それがもはや生きた人間の感触ではないことに、勘のいい鶴屋さんは気付いたらしい。
外傷はこれといってなかった。打ち所が悪かったとしかいいようがないくらい、朝比奈さんの身体は綺麗なままだった。
29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 09:47:22.72 ID:FWZSMHdz0
医者がそれを告げたとき、そこにいたのは、鶴屋さんとハルヒだった。
『ごめんね……キョンくん。キミも呼んでやりたかったんだけれど……あたしもハルにゃんを呼ぶのが精一杯だったんだよ……もちろん、ハルにゃんは今も喋れないでいるくらいで……』
『どこですか……?』
『あたしの知り合いがやっている病院っさ。慌てなくていいにょろよ……きっと、そろそろ着く頃だと思う……』
鶴屋さんがそう言ったところで、我が家のインターホンが鳴った。俺は部屋のカーテンを開けて外を見た。黒塗りの車が一台、うちの前に停まった。
『うちの者を手配したにょろ。……じゃあ、あたしは古泉くんと有希っこにも連絡しないといけないから……また後で……』
鶴屋さんとの電話はそこで切れた。そこから俺は、親が俺を呼びに来るまでの数分間、記憶がない。
31 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 09:51:43.58 ID:FWZSMHdz0
朝比奈さんには、当然ながら、この世界に親戚なんていなかった。一応、不自然じゃない程度に戸籍などはしっかりとしていたが、現実として、俺たちの時代での朝比奈さんは限りなく一人ぼっちの人だった。
葬儀は鶴屋家によってささやかに行われた。集まった面々は全員俺の知っているやつらだった。俺はそのときになってもまだ、これは朝比奈さんの仕掛けた最大級の悪戯だと思い込もうとしていた。
きっと朝比奈さんはSOS団の活動がよほどストレスで――そりゃあれだけハルヒに引っ張り回されてたんだからな――最後の最後にとんでもない仕返しを思いついて、それでこんなことをしたのだ。
もしくは、これは例によってハルヒ関連のなんやかんやによる悪い夢なんじゃないかと……。
でも、棺の中には動かなくなった朝比奈さんが嘘みたいなリアリティでもって眠っていて――俺は見るだけで精一杯だった――ハルヒや鶴屋さんによって最悪に似合わない衣装を着せられ、化粧を施されていた。
やがて、それらは全部灰になった。
33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 09:55:54.31 ID:FWZSMHdz0
『これだけは言っておくよ……キョンくん』
葬儀の後、鶴屋さんは俺を呼び出した。
『キミやあたしの知っている朝比奈みくるという人間は……もうどこにも、いつでも……いない……帰ってこない。
たぶんキミはそれがありえないことだと信じて疑わないかもしれないけれど……でも、あたしが断言する。これは、現実だよ。キミはあたしの判断を疑うかい、キョンくん?』
疑いませんよ。貴女をはじめ、ハルヒに長門、それから佐々木まで……俺の周囲には俺より正しく物事を把握できる人間が揃いに揃っています。そいつら全員から俺は同じことを言われました。
『そっか……あたしが言うまでもなかったか。キョンくんにはいい友達が多いからね……』
『ありがとうございます……』
『残った人たちを大切にするんだよ、キョンくん。そして、たまにでいいから……みくるのことを思い出してあげて。それだけでいいから……』
鶴屋さんはそう言って、俺の震える肩を抱いてくれた。
俺は、たった今鶴屋さんから釘を刺されたばかりだというのに、どうしても朝比奈さん(大)が朝比奈さんと連れ立って、まるで姉妹みたいなフリをして、ひょっこり現れるような気がしてならなかった。
34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 09:57:49.82 ID:FWZSMHdz0
朝比奈さんの事故をきっかけに、残された俺たちSOS団の面々は大きく変わった。
『涼宮さんの力が……消滅しました』
そう教えてくれた古泉は既にエスパー少年ではなく、
『……あなたに、話したいことがある……』
そう言って俺を部屋に呼び出した長門は既にピノキオよろしく宇宙人から本物の人間になっていて、
『SOS団は今日をもって無期限に活動を停止するわ』
そう独断で宣言したハルヒは、もう普通の、一人の、少女だった。
35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 10:01:51.92 ID:FWZSMHdz0
年度が変わって、クラスが替わった。
俺のクラスには、谷口や国木田がいて、それから長門がいた。ハルヒはいなかった。
ハルヒは、古泉のクラスになった。元々ハルヒは理系の学部に進むつもりでいたらしい。
どうして今まで俺と一緒の普通クラスにいたのか、そっちのほうが変だったみたいに、いつかの光陽園学院の制服を着たハルヒがそうだったように、ハルヒには九組がよく似合っていた。
しかし、そんな風にして俺たちを取り巻く環境が変化しても、俺たちはみんな示し合わせたように、放課後は部室に集まった。
そして、他愛のないお喋りをしたり、勉強をしたりして、今まで通り長門が本を閉じる音を合図にして、帰った。
ただ、もう二度と俺たちはあの天使みたいなメイドさんが淹れてくれるお茶を飲むことができないと、みんなそれをわかっていて無理に普通に振る舞っているんだと、さすがの俺でも感じることができた。
36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 10:04:02.18 ID:FWZSMHdz0
それから俺たちは、同じ受験という目標に四人で取り組んでいった。それは、この国では本当にありふれた、世の中のどこにでもいる仲良しの高校生がみんなそうするような、ごく自然な日常だった。
そこでは宇宙的未来的超能力的ハルヒ的なことは何も起こらなかった。当たり前だ。朝比奈さんがいなくて、長門も古泉もハルヒも普通のやつになって、俺なんかそれに輪をかけて普通なんだからな。
でも、普通くらいがちょうどよかった。朝比奈さんのことを俺たちが受け入れるには、それくらい静かなほうがよかった。
毎日、気心の知れたやつらと、ああでもないこうでもないと試験問題を解きながら(もっともそんな低偏差値野郎は俺だけだったが)、日が暮れて、季節が変わって、時が過ぎて、それでよかった。
37 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 10:06:55.59 ID:FWZSMHdz0
受験を終えて、卒業式を迎えて、そして、三月某日に朝比奈さんの一回忌を再び鶴屋家主導の下で行ったとき、俺は憑き物が落ちたような気持ちになった。
顔を見ると、たぶん、ハルヒや古泉や長門も、そうだったと思う。
大丈夫、俺たちはまだ、壊れちゃいない。
大学という新しい舞台で、また始めよう。
SOS団は永久に不滅だ。そうだろう?
四人になっちまったけど、また、朝比奈さんの分まで遊ぼうぜ?
俺はそう願っていたし、きっとハルヒもそう願っていたはずだった。
ハルヒが願っているならば異論を唱えられるやつなんか神様や悪魔まで含めていないはずで、それは間違いなくそうなると、俺は確信していた。
しかし、神は、本当にハルヒが神であってほしかったと思うほどに、最悪の運命を定めていた。
38 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 10:09:01.41 ID:jGiHy2GDO
おい、おい…
39 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 10:09:04.20 ID:FWZSMHdz0
それが起こったのは、朝比奈さんの一回忌を終え、無事俺たち四人の現役合格が決まった、その数日後だった。
その日は春休みで、俺たちは四人で遊園地に行く予定だった。
『有希は?』
珍しい、というか有り得ないことに、長門は待ち合わせの十分前――つまり俺が到着した時刻――になっても来なかった。
胸騒ぎがした。いくら長門がもはや万能宇宙人ではなく普通のちょっと無口なだけの人間だったとしても、あいつが待ち合わせにおいて俺より遅れるなんてどう考えてもおかしかった。
ハルヒが電話をかける。
『出ない……。なんか変ね……有希の家に行ってみましょう』
40 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 10:12:40.37 ID:FWZSMHdz0
言うが早いか、ハルヒは長門のマンションに向かって走り出した。俺と古泉も後を追う。
長門のマンションに着くやいなや、ハルヒは708とテンキーを打ち込み、呼び鈴を鳴らした。
が、どんなときでも無言で開いていたドアは一向に動く気配がなかった。
仕方なく、俺たちは顔馴染みになっていたマンションの管理人に事情を説明し、自動ドアを開けてもらって、そのまま合鍵を持って長門の部屋に突撃した。
そして、俺たちはあの何もないリビングで倒れている長門を見つけた。
救急車で運ばれた長門は、俺が以前お世話になった、古泉の知り合いがやっているという胡散臭いが腕は確かな病院で検査と治療を受けた。
しかし、長門はその日から今に至るまで、一度として意識を取り戻すことはなかった。原因はとうとうわからなかった。
こうして長門は、なんの前触れもなく、深い眠りに就いてしまったのだ。
42 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 10:17:14.58 ID:FWZSMHdz0
『このことに、情報統合思念体は一切関与していません』
長門が倒れた日の夜。病院から出て、ハルヒや古泉と別れ、一人自宅へと向かっていた俺の前に、喜緑さんがふらりと現れた。
『パーソナルネーム長門有希がなんらかの理由で他者との意思疎通が困難になったときに、わたしからあなたにそう言うよう、長門さんから頼まれていました。
長門さんの身に起こったことは、全て長門さんの身に起こるべき必然であり、それはありとあらゆる事象や勢力から独立しています。それを、あなたに理解してほしい、と』
頭の悪い俺のためにわざわざ元同僚の宇宙人に伝言を託すとは、用意のいいやつだ。まるでこうなることがわかってたみたいじゃねえか。
『わかっていたはずがありません。長門さんは本物の人間になったんです。あなたたちと同じ人間にです。では、失礼します』
喜緑さんは言うべきことは言ったとばかりに、俺に背を向けた。
『待ってください!!』
俺は喜緑さんを呼び止めずにはいられなかった。その可能性に縋らずにはいられなかった。
『なんとかならないんですか……?』
43 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 10:20:11.75 ID:FWZSMHdz0
喜緑さんは振り返って、静かに微笑した。
『なんとでもなります。しかし、長門さんはそれを望んではいませんでした。長門さんはあらゆる束縛と庇護から自由であろうとしました。それが『人間であること』だと、彼女は思っていたようです』
『だって……これじゃいくらなんでも……長門はこんな結末のために人間になったわけじゃ……』
言って、俺ははっとした。
俺は何を言ってるんだ? 俺は長門じゃないんだ。だから、今こうして俺の口から出た言葉は決して長門の代弁なんかではない。
これは、ただ俺が吐きたかっただけの弱音だ。
喜緑さんは俺の心を見透かしたように、また微笑んだ。
『ご理解していただけたでしょうか? 長門さんに関して、情報統合思念体は一切の干渉をしていません。また、今後も、情報統合思念体は長門さんに一切の干渉をいたしません。
それが、長門さんの意思なのです』
44 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 10:23:09.16 ID:FWZSMHdz0
今度こそ消えるように去っていく喜緑さん。俺は何も言い返せずに、拳を握って、唇を噛んだ。ばらばらの思考はまとまらず、ぐるぐると同じような問いを繰り返した。
どうして長門がこんなことに? どうして長門でなくちゃいけなかった? 本当にあの宇宙人連中のせいではないのか? 長門は本当にこれでよかったと思ってるのか?
しかし、俺が何を思ったところで答えなど出るはずがなかった。それらは全て、あの無口な読書少女の胸にしまわれている。
だから、長門が語ってくれない限り、俺にはただ推測することしかできない。
でも、でも、でも――と、俺は涙が零れるたびに呟いた。
でも……こんなのって……あんまりじゃねえか……!!
『……俺はどうすればいいんだ……わかんねえよ……長門……朝比奈さん……』
俺の発した声は、虚しく夜の空気に溶けていった。
46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 10:26:43.04 ID:FWZSMHdz0
長門が倒れてから、俺は抜け殻のように過ごした。何も考えられなかった。何もしたくなかった。
しかし、俺が倦怠に支配されそうになると、決まって騒ぎ出すやつがいる。
涼宮ハルヒ。こんなときほど、あいつが頼りになるときはない。
『何やってるのよ! いつまでも寝てるんじゃないの!! 布団にカビが生えちゃうでしょ!!』
三月の終わり、ハルヒは何の連絡もなしに突然俺の部屋に乗り込んできた。そして、半死人のような俺をベッドから引き摺り降ろして、なんのかのと世話を焼いた。
『まったく……あんたってやつは目を離すとすぐだらけようとするんだから。やっぱりあたしがいないとダメなのね! これだから平団員は出来が悪くて困るのよっ!!』
ハルヒの声を聞くと、空っぽになっていた俺の身体の中に何か暖かいものが流れ込んでくるような感じがした。
佐々木がいつか言っていたが、ハルヒはやはり太陽だと思う。そこにいるだけで周囲を明るく照らし、熱を高めていく。
俺は改めて、涼宮ハルヒという存在の大きさに感心した。
48 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 10:29:35.82 ID:FWZSMHdz0
『しっかりしなさい! あんた、一人暮らしするんでしょ!? 引っ越しの準備とかしてるの? ちゃんと大学からもらった課題やってある? 新学期が始まったらしょっぱなから英語のテストとかあるんだからね!! それから、それから……』
でも、ハルヒだって、一人の人間なのだ。傷つきやすく、感じやすい、優しい一人の女なのだ。
『それから……ああ……もう……』
徐々に声が掠れていく。
そして、ハルヒはバネがねじ切れたネジまき人形のように動かなくなった。やがて糸が切れた操り人形のように肩を落とし項垂れた。そうして、最後にハルヒは堰が切れたように、感情を溢れさせた。
『……何よ……なに見てるの? この世の一番の神秘を目の当たりにしたような間抜け面で……バカキョン……』
ハルヒは、泣いていた。
49 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 10:35:09.64 ID:FWZSMHdz0
思い返せば、こいつは朝比奈さんの葬式のときも、長門が倒れたときも、唇をきゅっと真一文字に結んで、ずっと怒ったような顔をしていた。
ハルヒはずっと我慢していたんだ。
けれど、さすがに限界だったのだろう。ハルヒはぽろぽろと大粒の涙を流した。涙は次から次へと流れ落ちて、それはまるで割れたガラスで切った指から零れ落ちる血のようだった。
『キョン……あたし……怖いのよ……。怖くて……いてもたってもいられなくなって……だからここに来たの……。ねえ、キョン……あんたはいなくならないわよね……?』
そう言って、ハルヒは俺の身体に倒れかかるようにして抱きついてきた。腕を両方とも背中に回し、指を立てて、ハルヒは俺を必死に抱き締めてきた。
50 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 10:37:14.48 ID:FWZSMHdz0
このとき、俺はハルヒを抱き返せばよかったのだろうか?
いつかの灰色世界のときのように、キスをすればよかったのだろうか?
だけど、それをしたらもう俺たちは戻れない気がした。俺たちは、俺たち二人だけの世界に閉じこもって、二度と出られなくなる気がした。
バカ野郎そんなこと知るか躊躇う理由なんてねえだろうが――!
――と、実際そのときの俺はほとんどそう思っていたと思う。
けれど、ハルヒを抱き返そうと伸ばした手があと少しのところで止まったのは……たぶん、それくらい俺ってやつはハルヒに参っていたんだと思う。
こいつと出会って丸三年。
ようやく俺は自分の気持ちを理解した。
俺は、ハルヒが好きだったんだ。
51 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 10:41:54.09 ID:FWZSMHdz0
俺はハルヒを好きで、好きで……好き過ぎた。
だからこそ俺はハルヒを抱き締められなかった。好きだって気持ちだけで飽和して、好意が行為に結びつかなかった。
俺は、俺がこいつのことをアホみたいに好きなんだということはわかるけれども、じゃあ俺はこいつに何をしてやればいいのかってことが、一つもわからなかった。その二つは完全に別々の何かだった。
『好き』と『愛する』の間に『だから』なんて存在しない。
理屈じゃない。俺は、ハルヒが好き。それだけなんだ。
もしもあの時ハルヒを力任せに抱き締めていれば、無理矢理唇を奪っていれば、もっと貪欲に求めていれば……きっと今の俺たちはもっと違う関係になっていただろう。
でも、俺はそれをしなかった。できなかった。
例えば、初めて海を目の前にしたとき。山の天辺から夕日に染まる街を見下ろしたとき。宇宙船のまん丸いガラス窓から地球を眺めたとき。人はあまりの感動にその思考を止めるだろう。
俺はただ、俺がハルヒが好きだという事実に、茫然としてしまったのだ。
52 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 10:44:27.19 ID:FWZSMHdz0
しばらくして、ハルヒは我に返ったように、俺から離れた。泣いて多少は気分が落ち着いたのかもしれない。
『……ごめん……あたしったら何を……』
ハルヒは急に恥ずかしそうに髪を弄ったり、乱れた服装を整えたりした。
『今のは……なんでもないから! 気の迷いっていうの? それとも血の迷いかしら。……惑の迷いとか言ったら殴るわよ? もうっ、とにかくなんでもないからね、バカ!!』
俺の部屋をうろうろしながら怒鳴るハルヒ。俺が黙って見ていると、ハルヒは諦めたように立ち止まって、真っ赤な目できっと俺を睨んできた。
『何か言いなさいよ……』
53 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 10:46:52.09 ID:FWZSMHdz0
ハルヒの表情は張り詰めていて、突き方を間違えたら破裂してしまいそうだった。俺はハルヒの強い視線から逃れるように、顔を背ける。
『言いたいことは山のようにあるが……今は、やめておく』
『……そう』
ハルヒは唇を噛んで、俯いた。
『………………バカ……』
絞り出すようなその言葉は、非難というよりも、哀願するような響きを持っていた。
『……悪いな……今の俺にはこれが限界なんだ……』
俺がそう言うと、ハルヒは小さく首を振った。
『……違うの……ごめんなさい。たぶん、バカなのはあたしだわ……』
その後に訪れた沈黙が、しきりに俺の胸の辺りをチクチクと刺した。
『……じゃあ、今日は帰るわね……』
ハルヒは来たときと同じように不意打ちでそう告げて、俺の部屋から出て行った。
54 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 10:51:05.23 ID:FWZSMHdz0
ハルヒがいなくなった部屋は、やけに静かで寒々しかった。
俺はハルヒを追い駆けたい衝動を必死に堪えた。
まだダメなんだ。今はダメなんだ。そう、自分に言い聞かせた。
朝比奈さんのことや長門のこと。それらを放置したままでは、ハルヒとは付き合えない。
そんなことをしたら、それを放置したことによる小さな歪みがいくつも積み重なって、いつかは破綻してしまう。それではいけないのだ。
過去とちゃんと向き合って、乗り越えて、前に進まないといけない。そうやって俺はハルヒを甘やかせるくらい、ハルヒを支えてやれるくらい、強くなるんだ。
今度こそハルヒと一緒になるんだ。ちゃんと俺からハルヒに好きだと言うんだ。一生傍にいてほしいと言うんだ。本当に、俺はなれるものなら、ハルヒと幸せになりたい。
そう、心から思った。
そして、俺は落ち込んだり塞ぎ込んだりするのをやめようと決めた。同時にいくつかの目標を立てた。大学に入ったら、いろんな講義を受けて、もっと積極的に多くのことに関わっていこう。
サークルに入ってもいいかもしれん。文芸部とかいいかもな。それからバイトをするんだ。きっと金なんて使わなきゃ貯まるし、そしたらハルヒになんかプレゼントを贈ってやろう。そう……それがいい。
未来のことを考えると、不思議とまだ頑張れそうな気がした。まだ、俺は希望を見つけられる。そんな風に思えた。
55 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 10:54:12.64 ID:FWZSMHdz0
毎日長門のお見舞いに行き、週一でヤスミの家に通い、月一くらいでハルヒや古泉と飲んだりしているうちに、単位も特に落とすことなく、いつの間にか俺の大学生としての一年が終わろうとしていた。
あれは、初雪が降った日だったはずだ。朝起きたら世界が白銀色に染まっていて、寒かったけれど、ホッカイロをポケットに忍ばせて、それなりに悪くない気分で俺は家を出た。
大学に着くと、ちょうどハルヒと古泉が二人で理学系棟を歩いているのが見えた。
『よう、そっちも一限か?』
俺はハルヒに声をかける。ハルヒはすぐ俺に気づいたが、心なしかよそよそしい感じだった。
『ええ、そんなとこよ』
『古泉も同じ授業か?』
『あ、いえ……。今日は、僕は午前中に講義はないんです』
『ん……?』
俺は眉を顰める。ハルヒが時々情緒不安定になるのは今に始まったことではないが、古泉までなんだか歯切れが悪いのはどういうわけだ?
56 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 10:57:04.26 ID:FWZSMHdz0
『キョン、あのね……一応……あんたには言っておくわ』
そう言って、古泉に目配せするハルヒ。古泉は僅かに困ったような顔をした。しかし、ハルヒが何も言わないでいると、古泉は諦めたようにハンズアップの仕草をしてその場を去った。
嫌な予感が、俺の脊髄を電流のように駆け抜けた。
『あのね、あたしと古泉くん、付き合うことになったの』
一瞬、ハルヒはひどく傷ついたような顔をした。しかし、すぐに例の怒ったような顔になって感情を表情の裏にしまいこんでしまう。そうなると、俺はますますなんと答えていいのやら、わからなくなる。
だってそうだろう?
古泉と付き合い始めたなんて、そんなことを言われて、俺は何と返せばいい?
おめでとう、なんて言えるはずがない。ふざけんな、なんてもっと言えるはずがない。言う資格がない。
なにせ、俺はこのときになってやっと、ハルヒが自ら俺に抱きついてきたあの瞬間が、ハルヒにとっての一世一代の告白だったことに気付いたくらいなんだからな。
57 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 11:00:20.07 ID:FWZSMHdz0
あのとき、既に俺とハルヒはすれ違ってしまっていた。
俺はそうと気付かずに、自分の都合で描いたハルヒの幻に向かって進んでいた。一年間も俺はハルヒをほったらかしにしていたんだ。ハルヒがどこにも行かないなんて保障はなかったのに。
そりゃハルヒだって俺に愛想を尽かすさ。
ショックとか、悲しいとか、寂しいとか、そういったことは全く感じなかった。
ひたすらに、やられた、という喪失感だけが俺を支配していた。
『じゃあ……あたし、授業があるから』
ハルヒは――あのハルヒが――逃げるように俺の視界から消えていった。
俺はというと、足の裏が地面に張り付いたように、その場から一歩も動けなかった。
そのときの俺にはもう、何も聞こえていなかったし、何も見えていなかった。
58 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 11:04:10.47 ID:FWZSMHdz0
その日の俺の記憶は穴だらけで、ハルヒが去っていった場面の次は、北高の冬服に学校指定のカーディガンを羽織ったヤスミが、バイトでやってきた俺を出迎えるところまで飛んだ。
『ひどい顔をしてますね……とりあえずここは寒いので中にどうぞ。……すぐにあったかいコーヒー淹れますから――』
玄関から部屋に戻っていこうとするヤスミ。俺は反射的にその高校生とは思えない小さな身体に、背中から肩に手を回すようにして抱きついた。
完全に不審者だ。どうかしていた。でも、俺はこれ以上、誰かが自分の手の届かないところに行ってしまうのには堪えられなかった。
59 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 11:08:12.86 ID:FWZSMHdz0
『先輩……その、すごく嬉しいですけど……何があったんですか?』
俺はヤスミの質問には答えずに、その肩をさらに強く抱き、自分の胸のほうに引き込んだ。ヤスミの身体は驚くほど華奢で骨ばっていた。
ヤスミは黙ったままの俺に戸惑いつつも、何かを確かめるように、自分に巻きついている俺の腕に触れてきた。
そうやってヤスミが身じろぎをすると、その全身から、少しだけ幼さの残る、柑橘類のような甘酸っぱい未熟な香りが立ち上ってきた。
それは、俺の心を硬く守っていた強がりや意地のようなものを溶かした。
『ハルヒが……古泉と……付き合い始めたって……今朝……』
俺がぽつぽつと呟くと、ヤスミは『そういうことですか』と苦笑するように優しく囁いて、その無垢で小さな手を、俺の顔を包むように上へと伸ばしてきた。
ヤスミの暖かい手がそっと俺の頬に触れる。そしてヤスミは、普段より少し低い落ち着いた声で、ゆっくりと話し出す。
『いいんですよ、先輩。もう疲れたでしょう。悲しいことも苦しいことも十分じゃないですか。だから……休んでください。楽になってください。これ以上無理をしたらいくら先輩だって壊れちゃいますよ。
大丈夫です。あたしになら……何をしてもいいですから……』
60 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 11:10:49.69 ID:FWZSMHdz0
ヤスミは長く息を吐き出しながら全身の力を抜いて、徐々にその重心を俺のほうへと傾けてきた。俺はただがむしゃらにヤスミを抱き締めた。あのとき、ハルヒが俺にそうしたように。
『痛い……先輩……折れちゃいます』
ヤスミは少し喘ぐような声を漏らす。
『何をしてもいいって言っただろうが』
俺は力を緩めなかった。なんと言われようと、俺は今、こいつを離したくなかった。
『それはそうですけど……あたしとしてはできれば痛いことよりも気持ちいいことをしてほしいというか……まあ先輩がそういう趣味なのであれば甘んじて受け入れますが……』
『なんの話をしてるんだ、お前は』
『わりと大真面目な話です』
ヤスミは羽化する蝶のように目一杯身を捩って、顔の正面を俺のほうへ向ける。
『先輩……あたしをいっぱい可愛がってくださいね?』
61 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 11:13:06.58 ID:FWZSMHdz0
そう囁いて、ヤスミは悪戯っぽい微笑を浮かべた。間近でヤスミの笑顔を見て初めて、ヤスミには笑うと笑窪ができるんだと俺は知った。
『……バカ野郎。十年早えよ』
俺はヤスミにつられるように微笑み、ヤスミの妙な引力を持つ笑顔に引っ張られて、自分の額をヤスミの額に当て、眠るように目を閉じた。
安易で安直なことだったかもしれないが、この日から俺とヤスミは付き合い始めた。ヤスミの傍にいるときは、いつだって心が安らいだ。
ヤスミと一緒にいることで、俺はやっと安楽と安息を手に入れた。
ヤスミと一緒にいることでしか、俺は安逸と安寧を手に入れることができなかったのだ。
63 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 11:23:01.69 ID:FWZSMHdz0
<第二章>
面会時間の終わりが来て、俺は長門の入院している病院を出た。切っていた携帯に電源を入れると、ヤスミから他愛のないメールが何通か来ていた。
それから、ハルヒから着信があった。
俺は折り返し電話をかけようとして、やめた。ハルヒの声はひどく鼓膜の奥に残響する。ただでさえ今日は少し参ってるから、これ以上余計なことで気を落としたくはなかった。結局、俺はメールを打つことにする。
「長門のところにいたから、電源切ってた。何か急な用か?」
ハルヒからの返信は、ずっと俺からの連絡を待っていたのだろうか、光の速さで飛んできた。
「いいえ。ちょっと話があったんだけれど、そこまで急ぐようなことじゃないわ。明日、学食でも一緒にどう?」
話か。なんだろう。まあ、時期を考えるとなんとなく想像はつくが。
「いいぞ。じゃ、昼休みに学食で」
「うん。また、明日」
ハルヒとのメールは簡単に終わった。俺は携帯を閉じる。すると、勝手に溜息が出てきた。いつもそうだ。ハルヒの名を聞くたびに、ハルヒの影が過ぎるたびに、溜息が漏れてしまう。
本当に……未練がましくて自分が嫌になるね。
64 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 11:25:13.19 ID:FWZSMHdz0
翌日、午前の講義が一限だけだったから、俺は早めに食堂に来て、人ごみを避けるように隅のほうの席を確保して、課題を片付けながらハルヒを待った。
「お待たせ」
ハルヒは学食に一人で来た。てっきり古泉も一緒だと思っていたから、俺は少しほっとした。
「あら、ちゃんと勉強してるのね。偉いじゃない。……あ、ところで、あんたお昼ご飯もう食べちゃった?」
「いや、まだだが」
「そう。それはよかったわ……」
ハルヒはニヤリと笑って、何やら鞄の中をごそごそとあさり始める。
「今日はね――なんとこのあたしがあんたのためにお弁当を作ってきたのよ! 激烈に感謝しなさい!!」
65 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 11:29:23.69 ID:FWZSMHdz0
言葉通り、ハルヒはパステルカラーの弁当箱を二つ取り出して、叩きつけるようにテーブルに置き、蓋を開ける。たぶんハルヒの分と俺の分で二つなのだろう、中身はどっちも同じものだった。
色とりどりの、恐ろしく手の込んだ手作り弁当である。それは嬉しいというよりも、戸惑いのほうが大きかった。
「お、おう……ありがとよ」
「何よ、もっと有難がりなさい。作り甲斐のないやつねえ……。馬の耳に説法している釈迦にでもなった気分よ」
「なんだそのよくわからない喩えは……? というか、お前なんかが釈迦の気分になれるわけがないだろ。ありゃお前とは真逆の人間性を持った偉大な人物だぞ」
「よく回る口ね。いいから黙って「おいしいおいしい」って言いながらお弁当を食べなさい」
「黙るのか喋るのかどっちなんだよ」
「あたしにとって都合のいいことは喋っていいわ。それ以外はダメ。禁止」
「横暴だな」
などとひとしきり軽口を叩き合って、ひとまず俺たちはハルヒ特製弁当を食べることにした。弁当は当然のように美味かったが、それだけじゃなく、きちんと栄養バランスを考えて作られているようだった。
どうやら、昨日の売店での会話でハルヒなりに俺の食生活を憂慮してくれたのだろう。確かに、有難いことだ。
66 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 11:32:18.33 ID:FWZSMHdz0
「……で、話ってなんだよ?」
弁当箱がご飯粒一つ残らず空になったところで、俺は切り出した。ハルヒは食堂の給水機から汲んできたマズイお茶を一気飲みして、話し始める。
「みくるちゃんの、三回忌のことよ」
ああ、やっぱりか。そうじゃないかと思ってた。
「みくるちゃんのそういうことは今まで鶴屋さんが全部やってくれてたのよね。でも、鶴屋さんって今、就職活動の真っ最中でしょう?
だから、あたしがやりましょうかって言ったのよ。そしたら、じゃあお願いって」
「鶴屋さんが就職活動してるのか? どちらかといえば企業側が鶴屋さんの奪い合いをしてもいいくらいだと思うが……まあ、それはいい。で、それがどうかしたのか?」
「どうかしたというか、特にどうもしてないんだけれどね。ま、何かあったらあんたにも手伝ってもらうわよって話。今のところは万事が無事で何もないわ。
だから……なんていうの? あれよ、ただの報告」
「はあ……それは、ありがとな。お前も……その、大変だろうに……」
「いいの。あたしは動いていたほうが落ち着く性質だし、かえって気が紛れていいわ」
「そうか……。えっと……? それで、話っていうのはこれで終わりなのか?」
68 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 11:37:25.00 ID:FWZSMHdz0
「何よ、その疑わしそうな目は?
さてはあんた、あたしが今日あんたを呼び出したのは『もしかして朝比奈さんのことは口実で自分に弁当を食べさせることが目的だったんじゃ……』とか思い上がったことを想像してるんじゃないでしょうね?
ま、半分くらいはそれで正解よ。手放しで小躍りしながら喜びなさい」
ハルヒは唇を尖らせて不機嫌な表情を作ろうとしていた。しかし、それが照れ隠しに類する何かであることはこの俺でもわかった。
そういう顔をされると、なんだか腹の下あたりからじわりと幸福感のようなものが込み上げてきて、俺は性懲りもなくこいつのことが好きなんだなと思う。
同時に、胸の奥がチクリと痛み、俺はこいつに選ばれなかったんだなと思い出す。
だから、俺はハルヒと二人きりになると、いつもどうしていいのかわからなくなる。
好きな女からある程度の好意を向けられて、浮かれればいいのだろうか?
それとも、他に男がいるくせに、と苛立てばいいのだろうか?
わからない。一体ハルヒは俺をどう思っていて、俺と何がしたいんだ? 俺たちは確かに悪くない関係であると思う。俺たちの間には運命的に離れられない引力のようなものがきっと存在すると思う。
けれど、決定的に埋められない溝のようなものもまた存在しているわけで……。
69 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 11:40:17.14 ID:FWZSMHdz0
そう考える俺は微妙な顔をしていたのだろう、ハルヒはさっと表情をニュートラルに戻して、話題を変えた。
「あんた、ヤスミちゃんとは最近どうなの?」
「突然だな。いや……まあ、普通だよ。別に何もない」
「ならいいけど……。あんた、ヤスミちゃんにあんまり負担をかけちゃダメよ。あんたって自分のことを実際より低く評価する代わりに、他人のことを実際より高く評価する癖があるでしょ。
たぶんだけど、ヤスミちゃんはあんたが思ってるより強くないし、キャパシティがあるわけでもないと思うの……って、まあ……余計なお世話よね……」
「わかってるならヤスミの話なんか振るなよ」
「うっさい。気になるのよ。バカキョン」
ハルヒはまた不機嫌そうな表情に戻った。今度のは本気で苛々しているみたいだった。
70 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 11:42:56.36 ID:FWZSMHdz0
「そっちこそ、古泉とはどうなんだよ」
仕返しのようにそう言って、俺はすぐに後悔した。
「普通よ、変わったことなんてないわ」
「へえ……そうかよ」
俺は溜息をついた。何やってんだ。これじゃハルヒと同じじゃねえか。自分で質問しておいて、二人の仲が今まで通り続いていることを本人からじかに聞いてしまうと、無性に腹が立ってくる。
わかっていても、たったそれだけのことで、叫びたくなっちまうんだ。
どうして俺じゃダメだったんだよ、と。
「ハルヒ」
「何よ」
「弁当、ありがとな。美味かった。でも……やっぱ困るわ、こういうの」
「なによ、それ……」
ハルヒは泣きそうな声を出した。俺はますますやりきれない気持ちになる。どうせなら傍若無人に怒ってくれればいいのに。「バカ」と一言に切り捨てて、蒸気機関車みたいに湯気を出しながら去っていけばいいのに。
なのに、今のこいつは俺から拒絶されると本気で悲しむ。こいつは俺と一緒にいたいんだ。たぶん、俺への気持ちがまだ残っているから。ちょうど俺と同じように。
72 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 11:45:42.85 ID:FWZSMHdz0
でも、互いにどう思っていたところで、俺たちはもう一緒にはなれない。ハルヒには古泉がいるし、俺にはヤスミがいる。それが現実の事実なんだ。
「悪いな……でも、ホントうまかったんだぜ。力が漲ってくるような気もするしな。感謝してる」
「……ごめんなさい……ありがとう。あたしが無神経だったわ」
言いながら、ハルヒは弁当箱を片付けて、鞄にしまう。
「やっぱり……うまくいかないわね……」
ハルヒはそう呟いて、席を立つ。俺はハルヒを見ないようにした。たぶん、ハルヒも俺から目を逸らしていたと思う。
「あたしたち……まだぎくしゃくしちゃうのね……ごめんなさい。キョンから見たらあたしって最低だろうけど……あたしはあんたと前みたいな関係に戻れたらって思ってるわ……本当よ」
74 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 11:48:10.08 ID:FWZSMHdz0
ハルヒはそれだけ言って、食堂の出口へ向かっていく。一人残された俺は、唇を噛んで、呟く。
「……なんだよ……それ……」
なんだよ、それ。
俺と昔みたいな関係に戻れたらいいって、なんだよ。
俺だって思ってるよ。
俺だって、お前と笑って話して、お前のバカみたいな言動や行動にツッコみを入れて、街中を遊び回りてえよ。
決まってんだろ。
俺はお前が好きなんだからよ。
でも……無理だろ。
無理なんだよ、ハルヒ。いい加減分かれよ。
俺たちはもう終わってんだよ。
会ったって、徒にお互いを傷つけるだけなんだよ。
もう戻れねえんだよ。
「……まいっちまうよなあ……」
そのとき、俺の独り言をかき消すように、昼休みの終わりを告げる鐘が鳴った。
75 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 11:51:21.26 ID:FWZSMHdz0
その日の講義を適当に済ませると、俺は真っ直ぐにアパートに帰った。アパートに帰ると、小奇麗なヤスミの部屋が恋しくなった。
俺の部屋には足の踏み場がない。教科書やプリント類、たまったゴミ袋、出しっぱなしの布団なんかが六枚分の畳を覆い隠している。
俺はしばらくテレビを見たりパソコンで作業をしたりして時間を潰していた。すると、ヤスミからメールが来た。
「先輩、晩御飯ご一緒にいかがですか? 今日はちょっと寒いのでお鍋にしようと思います。あたし、先輩にあーんってしてもらいたいです。フフ、もちろんあたしも先輩にあーんしてあげますよ?
返信待ってまーす!!」
俺は迷った末、ヤスミの誘いを断った。ハルヒの小言が残っていたわけではなく、単純に、今は一人になりたかった。
「にゃうう……そうですかぁ……。じゃあお鍋は今度にしましょうね! 先輩とあーんできるの楽しみにしています。……なんか『あーんできる』ってちょっとエッチぃですね……なんて(きゃっ///)
ではではっ!! 気が変わったらいつでも連絡くださいねー!」
俺はヤスミからのメールを確認すると、携帯を閉じて、出かける準備をした。
76 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 11:53:39.98 ID:FWZSMHdz0
夕食を外で簡単に済ませ、俺は長門の病院に向かった。いいことがあった日も、嫌なことがあった日も、俺はそれらをできるだけ長門に聞かせるようにしていた。
長門にしてみればいい迷惑かもしれないが、少なくとも、俺はそれで随分と救われてきた。
ただ、今日は長門効果も限定的だった。
大抵、ハルヒと二人きりで何かあったときはこんな感じになる。何をどういう風に話しても、最後にはそれがハルヒのことに繋がって、それ以上言葉が出てこなくなるのだ。
結局、この日も俺は途中で黙ってしまって、絶え間なく聞こえてくる生命維持装置の音から逃げるように、面会時間が終わるよりも早く、長門の病室を出た。
77 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 11:58:11.73 ID:FWZSMHdz0
長門の病院を出ると、そいつは、まるで待ち構えていたみたいに、一人ぽつんと出入り口のところに立っていた。
「こんばんは。どうです……今から一杯やりませんか?」
古泉一樹が、普段より少し抑え目の笑顔で言った。
「気持ち悪いぐらいのタイミングのよさだな。つけてたのか?」
「いいえ。とんでもない。僕もさっきまで長門さんのところにいましてね。それで、窓からあなたらしき人影が病院に入ってくるのが見えて、こうして待っていたというわけです」
「なるほど、な」
どこまで本当かわからないが、まあ、今更こいつにその胡散臭さをどうにかしろと言っても仕方ないだろう。
「いいぜ。どっか、オススメの店はあるか?」
「ええ。きっとあなたも気に入ると思いますよ」
俺たちは、夜の街へと歩き出した。
78 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 12:00:27.02 ID:FWZSMHdz0
そこは個人経営のバーで、席が二十ほどしかない落ち着いた感じの小さな店だった。店のマスターとウェイトレスがなんとなく新川さんと森さんに似ていた。俺は一目でこの店を気に入った。
「いらっしゃいませ」
森さんに似たウェイトレスは大人の女性らしい洗練された笑顔を浮かべ、丁寧な接客で俺たちをカウンター席に通した。一部の隙もない完璧なウェイトレスだ。本当に森さんにそっくりだ。いや、本当に森さんなのかもしれない。
「ご注文は?」
カウンターに座ると、新川さんに似たマスターが拭いていたグラスを置いて、訊いてきた。心に染み入るいい声である。本当に新川さんにそっくりだ。いや、本当に新川さんなのかもしれない。
「いつものやつで……」
古泉は慣れた口調で答える。俺も適当に注文した。新川さん(仮)は「かしこまりました」と酒瓶の並んだ棚に手を伸ばした。
79 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 12:03:11.49 ID:FWZSMHdz0
俺は酒が来るまで、一通り店の中を見回した。古泉が薦めてくるだけあって、本当に何から何までよく計算されて作られている感じがした。
こんな店があったら誰だって気に入るだろう。それでいて、店内に俺たちしか客がいないというあたりがまた、呆れるくらいに気が利いている。
店を見回していると、たまたま森さん(仮)と目が合った。ウェイトレス姿の森さん(仮)は俺の視線に気付いて僅かに微笑んだ。そのあまりの破壊力に俺の心臓は止まりそうになる。
そこで、俺はもうこの店に関して深くツッコミを入れないことに決めた。
「お前、よくここに来るのか?」
「はい、一人になりたいときはよく来ますよ。お店の方々が……なんと言うか……僕にとって他人とは思えないのでね。くつろげるんです」
「そりゃそうだろうな」
俺は溜息混じりに苦笑する。そのとき、音もなく近づいてきた森さん(仮)が「失礼いたします」と俺たちが注文した酒を持ってきた。
「では、乾杯といきましょう」
「おう、乾杯」
俺と古泉は、よく磨かれた円筒形のグラスを軽く衝突させる。そして、俺たちはそれがマナー違反のような気もしたが、本当にそのグラスの中身を乾かして、すぐに二杯目を注文した。
80 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 12:08:51.67 ID:FWZSMHdz0
「今日お誘いしたのは、他でもありません。あなたにお話があったからです」
「涼宮さんがらみで、か?」
「はい。涼宮さんがらみで」
「聞きたくねえな」
「はい。できることなら僕も話したくはありませんでした……」
言って、古泉はグラスを煽り、三杯目を注文した。俺も同じく目の前の酒を飲み干す。新川さん(仮)がちらりと俺たちを見た気がしたが、俺たちは構わず次の酒を頼んだ。
新川さん(仮)は黙々と仕事をし、森さん(仮)も淡々と出来上がった酒を俺たちのところに持ってきた。その間、俺たちはずっと喋らなかった。
「……単刀直入に言います」
古泉の声からは、積もりに積もった疲れのようなものが感じられた。いつかの映画撮影のときじゃないが、こいつは疲れているときにはロクなことを言わない。
「僕はやはり……涼宮さんに相応しいのはあなたであると思うんです」
81 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 12:18:01.54 ID:FWZSMHdz0
ほらな、だから聞きたくなかったんだ。
「そんなことねえよ。お前らはお似合いだ」
俺は反射的に答えた。それはもはや定型句と言ってよかった。別に本当にそう思っているわけではないが、そう思わないとやってられないのだ。
しかし、古泉は俺の言葉を突っぱねた。
「いいえ、僕では役者不足なんですよ。この一年……あらゆる場面でそれを痛感しました。もちろんそうなることは覚悟の上でしたけどね。
でも、さすがに僕も限界が近い……ですから、今のうちにあなたにははっきり申し上げておこうと思いまして」
勝手に申し上げてろ。お前の世辞なんて聞き飽きた。
「涼宮さんが求めているのは……あなたです」
古泉のその言葉は、どんな強い酒よりも頭に来た。俺はグラスを割れるくらいに握り締め、声を押し殺して言い返した。
「じゃあ……なんでお前はハルヒと付き合い始めたんだよ……っ!」
俺は声が震えそうになるのを必死に堪えた。古泉は少し濁った瞳で俺を見てきた。そして、さんざん聞かされてきたいつもの台詞を呟く。
「涼宮さんが……そう望んだからです」
82 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 12:25:55.20 ID:FWZSMHdz0
俺は一瞬、古泉の言った意味がわからなかった。どういうことだ? ハルヒが望んだ? 古泉と付き合うことを? そんなバカなことが……。
「事実です。告白してきたのは……涼宮さんからでしたよ。……あの涼宮さんが僕の前で涙を流したのはあれが初めてでしょうね……。もちろん、もう二度と見たくありませんが……」
古泉は俺を見つめたままでそう言った。俺は混乱して何も言えなかった。どれだけの想像力を費やしても、ハルヒが古泉に泣きながら告白している姿なんて想像できなかった。
もっと正しく言えば、したくなかった。
「あの頃……涼宮さんはひどく精神が衰弱していました。超能力なんてなくてもわかりましたよ。もちろんあなただって苦しかったとは思います。僕もそうでした。
僕らはみんな……あの悪夢のような日々に参っていたんです」
古泉はまた一気にグラスの中の液体を胃に流し込む。ただ、そうさせている原因の一つは他ならぬ俺なんだろうと容易に推測できたから、そろそろやめとけ、とは言えなかった。
83 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 12:28:17.07 ID:FWZSMHdz0
「ただ……それとは別に、涼宮さんはかねてからあなたとの関係について悩んでいました。あなたに好意を持っていたからです。たぶん、勘の鋭い涼宮さんはあなたの気持ちにも気付いていたでしょう。
けれど……あまりにも不幸なことが続いて……どうしていいかわからなかったのでしょうね。
あなたにも覚えがないですか? 自分が今相手を求めているのは、相手を好いているからではなく、相手に助けてほしいからじゃないのか――と自問しませんでしたか? 涼宮さんもそうだったようです」
覚えがあり過ぎて嫌になる。俺も古泉に倣ってそのいかにも高級そうな酒を味わうことなく体内に取り込んだ。
「そして、涼宮さんは一人でいることを選び……最終的に……一時的な避難場所を求めるように僕のところにやってきたんです。
詳しく聞いたわけではないですが……言葉の断片から察するに、あなたとヤスミさんが二人で街を歩いているのを見かけたことが……一つのきっかけだったようですね……」
84 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 12:30:48.79 ID:FWZSMHdz0
古泉は抑揚のない口調で、努めて余計な感情を込めないように話をした。俺に気を遣っているのだろうか? しかし、どんな言い方をされたところで、俺の抱く感想は一つだった。
「なんだよそれ……どういうことだよ……!」
かみ締めた奥歯が、ぎりぎりと軋む。
「『なんだよそれ、どういうことだよ』……ですか……」
古泉は低い声でそう言って、空になっているグラスの底を呆然と見つめる。
そこに一体何が映って見えていたのだろうか、次の瞬間、古泉は他の誰も――たぶん古泉自身でさえも――聞いたことのないような忘我の叫び声を上げた。
「僕もそう言いたいですよっ!!」
古泉は猛獣が吼えるように声を荒らげて、カウンターに空のグラスを叩きつけた。
「あなたは何をやっていたんですか!? あれほど涼宮さんを離すなと……傍にいてやれと……!!」
85 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 12:32:52.58 ID:FWZSMHdz0
そこで古泉ははっと我に返って、周囲を見回した。新川さん(仮)も森さん(仮)も俺も、みんなが古泉を見ていた。古泉は片手で頭を押さえて、ふらふらと席を立った。
「すいません、見苦しいところを……。僕は……お先に失礼します……」
古泉は新川さん(仮)と森さん(仮)に「ご迷惑をおかけしました」と頭を下げ、無造作に万札を何枚かレジに置いて店を出て行った。
その、古泉らしくない不躾な行動は、既に酒のせいでガタガタになっていた俺の何かを一刀両にぶった斬った。
「古泉、てめえ――」
俺は紙幣を何枚か――古泉ほどではないにしろ――カウンターに置いて、無我夢中で古泉の後を追った。
「おい、古泉……! 待ちやがれっ!!」
俺はそう叫びながら店を出る。と、待ったをかけるまでもなく、古泉は近くの電柱に額を押し当ててもたれかかっていた。
俺はその背中に近づいて、アルコールと一緒くたになって胸中に渦巻いている感情をぶちまけた。
86 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 12:35:32.01 ID:FWZSMHdz0
「俺も、はっきり言っておくぜ……」
俺は古泉の肩を掴んで、自分のほうに振り向かせ、詰るように言った。
「お前が俺をどんな風に買い被っていようと今更驚いたりはしねえよ……でも……お前が暗い顔してると……俺は死ぬほどムカつくんだよ……。
だってそうだろ!? お前はもっと喜んでなきゃいけねえだろ……なあ、古泉……お前はよかったじゃねえか!! お前は大好きなハルヒと付き合えたんだろうがっ!! それの何が不満な――」
俺は一瞬何が起こったのかわからなかった。
急に目の前で火花が散り、気付くと俺は地面にしりもちをついていて、なんだか頬の辺りがじんじんと麻痺したような感覚になっていた。何か言おうと口を開くと、口内に錆びた鉄の味が広がった。
そこでやっと、俺は古泉に殴られたんだと理解した。
「……こ……いずみ……?」
88 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 12:38:06.05 ID:FWZSMHdz0
古泉は電柱を背にして、俺を見下ろすように立っていた。電柱の上には常夜灯が白く光っていて、その逆光のせいで俺からは古泉の表情がよくわからなかった。
しかし、古泉が肩で息をしているのはシルエットでわかった。
「……申し訳ありません……」
古泉の声には涙が混じっていた。俺は掻き乱されて熱くなっていた心が急速に冷えていくのを感じた。
「……あなたとは……本当に……いつまでも友人でいたい……心からそう思っています……。手荒な真似をしたこと……心からお詫びします……」
そう言うと、古泉は気を失ったように膝から崩れ落ちた。俺は反射的に古泉を支えてやろうとしたが、酔っていてうまく身体が動かず、結局、俺たちは二人してもつれ合うように地べたにぶっ倒れた。
二月の夜の舗道は氷のように冷たくて、恐ろしく硬かった。
89 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 12:39:52.89 ID:FWZSMHdz0
「……俺が悪かった……すまん……」
口を動かすと、口から脳にかけて突き抜けるような痛みが走った。
「いいえ……僕も……冷静ではありませんでした」
古泉は今にも死にそうな声を出す。俺はもう何も考えられずに、ただ、思ったことを思ったままに口に出した。
「……なあ、古泉……」
「……なんですか?」
「ハルヒを……幸せにしてやってくれよ」
「……もう一発、殴りますよ……」
「構わねえ……今日の俺はどうかしてる」
90 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 12:44:13.96 ID:FWZSMHdz0
血を吐き捨てながら俺がそう言うと、古泉はすくっと立ち上がって、信じられないくらい暴力的に俺の胸倉を掴み、俺を吊るし上げた。
そこで俺はやっと古泉の顔を見る。古泉は別人かと思うくらいぐちゃぐちゃの顔をしていた。額からは電柱に頭突きでもしたのかだらだらと血が流れ、涙と鼻水も同様に垂れ流し放題で、ありとあらゆる表情筋が引き攣って鬼のような形相をしていた。
「あなたじゃなきゃダメだって言ってるじゃないですかっ!!」
古泉は、怒っていた。
「あなただってわかっているはずでしょう!? 涼宮さんはあなたじゃなきゃダメなんですよっ!! あの人にはあなたしかいないんですよ!! 僕だって……僕だってずっとあの人が……っ!!
でも……っ!! でも……あなたなんですよ……なのに…………」
古泉は俺を突き飛ばすようにして解放すると、天を仰ぐように上を向き、両手で頭を抱えて、泣いた。
「……僕だって……どうして僕じゃダメなんだ……あー……っくしょうー……」
嗚咽を隠そうともせずに泣き続ける古泉に、俺は何一つかける言葉が見つからなかった。
91 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 12:47:24.13 ID:FWZSMHdz0
俺は何時間くらいその場にへたり込んでいたのだろうか。何かの拍子にはっと意識が覚醒すると、古泉の姿はもうどこにもなかった。
俺はどうしていいのかわからず、どうしていいのかわからなくなるといつもそうするように、ヤスミのマンションに向かって歩き出した。
「ええええええ!? 夜這いかと思ってわくわくしながら扉を開けたら……血塗れの先輩が――!? って冗談じゃなくて、本格的に何があったんですか!!?」
だぼだぼのパジャマ姿で俺を出迎えたヤスミは普段の十倍くらいうるさかった。その声は音速で俺の身体を突き抜けて、俺の内側に残っていた負の感情を根こそぎ吹き飛ばした。
それはとても有益で有難い特殊効果だったが、負の感情だろうがなんだろうがそれが今の俺を動かしていた最後の支えであって、それが綺麗さっぱり失われてしまったら、どうやって俺は立っていればいいのだろう。
俺はヤスミのマンションの玄関にへたり込んで、胃の中のものを残らず吐いた。
一人暮らしの女子高生の家に深夜に押しかけて、俺は一体何をやってんだ……。
自己嫌悪と絶え間なく込み上げてくる悪寒と不快感によって、更なる吐き気が俺を襲う。
本当に……俺は……何をやってるんだ……?
92 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 12:50:36.54 ID:FWZSMHdz0
「我慢しないでください。何も考えないで、とにかくありったけ吐き出してください。あたしの言うことわかりますね、先輩?」
朦朧とする意識の中、俺はヤスミの気配をすぐ近くに感じた。ヤスミはパジャマが汚れるのも構わずに、倒れている俺の身体を正面から抱き上げて、背中を擦った。
「後のことは全部あたしがなんとかします。だから我慢だけは絶対にしないでください。溜まっていたものを残らず出すんです。それだけでびっくりするくらい楽になりますから。
それで……出し切ったら今日はもう眠りましょう。大丈夫です。あたしがこうしてずっと傍にいますから……」
ヤスミの甘い声が俺の意識を溶かしていく。だが、これだけのことをしておいてこのまま眠りに落ちるわけにはいかないと、俺のなけなしの意地のようなものがそれに抵抗した。
「……ヤスミ……すまん……俺は……」
しかし、ヤスミはそんな俺を容赦なく堕とした。
「謝らないでください。いいんですよ。だってあたしは先輩が大好きなんですから」
俺の意識は、そこで途切れた。
94 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 12:58:52.92 ID:FWZSMHdz0
<第三章>
目が覚めると、俺はヤスミのベッドで寝ていた。ひどく頭が痛い。いや、頭だけじゃない、口も腕も足もだ。身体中が痛かった。さらに言うと重いとかだるいとか熱っぽいという感覚もある。
しかし、そんな不快感の群れの中に、なぜか一つだけ心地よい感覚があった。それは暖かくて、柔らかくて、甘酸っぱいいい匂いがする何かで……。
「……うぅん……」
俺はそれの正体を確認する。そいつは俺にぴったりとくっついて、日向の猫のような幸せそうな顔で、すぅすぅと小さな寝息を立てていた。
「……あぅ……先輩……はぁん……ばにぃは恥ずかしいですぅ……ぴょん……」
「何の夢を見てやがる!?」
俺は全てを忘れてツッコミを入れた。体質とは恐ろしいものである。
「ふえっ!? あ、先輩っ!! おはようございますです!」
95 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 13:05:03.24 ID:FWZSMHdz0
ヤスミは動きの全てを脊髄反射でやっているような素早さで俺から離れ、布団を撥ね退けて飛び起きた。そして、胸の辺りを両手で覆いながら至極真面目な顔で言う。
「あのですね、バニーガールの衣装を着るにはあたしはまだ全然レベル不足なんです。具体的にはあと三ランクアップぐらいしないといけなくて……目下鋭意自助努力中なんですけど――って、はっ!?
もしや先輩はぺったんこ党だったりですか!? その場合は取り返しのつかないことになるから早めに言ってくださいねっ!!」
「知らねえよ! つか何の話だよ!?」
「あぅぅ……どう聞いたって女の子の特定危険部位の話だと思うんですけど……すいません。この上なくどうでもいい話でしたよね……。
あの、あたし少しでも先輩の気が落ち着けばと思って……でも逆効果だったんですかね……なんというか、先輩は朝から色々と元気で困ります……」
ヤスミは僅かに顔を赤らめてふっと俺から目を逸らす。俺は慌てて捲れ上がった布団を被りなおし、溜息をつく。
「お前こそ、朝っぱらから色々と無茶苦茶だぞ……」
そう呟いた瞬間、俺の視界がぐらりと回転した。ヤスミに何かされたのかとも思ったが、それは単純に体調の不調からくる眩暈だった。
96 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 13:08:34.53 ID:FWZSMHdz0
「あっと……ゴメンナサイ。あたしとしたことが、ちょっとはしゃぎ過ぎてしまいました……」
ヤスミは俺の枕元にやって来て、その紅葉みたいな手で俺の額に触れる。
「先輩、ちゃんと覚えてますか?
先輩は昨日お酒を飲みまくり、何者かにいい感じの右ストレートをもらって、そのまましばらく真冬の寒空の下で昏倒し、行き場を失ってふらふらとあたしの家に押しかけてきた上で、いたいけな女子高生のパジャマを吐瀉物だらけにしたんです」
そう言って、ヤスミは悪戯っぽく微笑んだ。
「それは風邪くらい引きます。今日は大学もお休みしてください。あたしのベッドでなら好きなだけ寝ていていいですから。わかりましたね?」
俺は頷く代わりに、瞼を閉じて、俺の額の上に乗っているヤスミの手に自分の手を重ねた。
「フフ、先輩は病んでも欲しがりますね。でも、いい子いい子だから大人しくしていてください。でないとあたし……先輩が動けないのをいいことにあれやこれやと世話しちゃいますよ?」
98 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 13:11:34.15 ID:FWZSMHdz0
俺はヤスミの手から自分の手を離して、ヤスミに背を向けるように寝返りを打つ。ヤスミはぷっと吹き出して、クスクスと笑った。
「先輩って妙なとこで潔癖ですよね。言っておきますけど、不肖あたし、恥ずかしながら先輩のあれやこれやは昨日隅々までお世話済みですからね。誰が服を着替えさせたと思ってるんですか」
「……ヤスミ」
「はい。あたしはヤスミ」
俺はもう一度寝返りを打って、ヤスミに向き直り、言う。
「いつもありがとな」
ヤスミはぱあっと表情を輝かせて、敬礼した。
「なんのっ! 先輩のためならこれくらいっ!! お安い御用ですっ!!」
99 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 13:16:39.90 ID:FWZSMHdz0
次に俺が目覚めたときには、もう日が暮れていて、部屋は暗かった。俺は上体を起こす。身体中が痛いのは相変わらずだったが、熱っぽさやだるさは大分和らいでいた。
と、まるで計ったみたいに、部屋の電気がついた。見ると、ヤスミが電灯のスイッチのところに立っていた。
「具合はいかがですか、先輩?」
「万全ではないが、十全だよ。ありがとう」
「いえいえ。ご飯、食べれそうです?」
「ああ、お腹ぺこぺこだぜ」
「やった!!!」
ヤスミはワラビーのように飛び跳ねてキッチンへ向かった。やがて、土鍋を持って部屋に戻ってくる。
「ヤスミちゃん特製おかゆです! 万病どころか八百万の病にだって効果抜群!! ただし恋の病は治せません、なんてっ!! たーんと召し上がってください。ぜひぜひっ!!」
ヤスミ特製おかゆは大層なキャッチフレーズに十分応える出来だった。俺はあっという間に特製おかゆを平らげる。その間、ヤスミはずっと俺の様子を満足そうに眺めていた。
100 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 13:18:29.56 ID:FWZSMHdz0
俺はシメの漢方薬を飲むと、ヤスミに訊いた。
「そういや、俺の私服はどうした?」
「昨日のうちに洗っておきましたよ。もう乾いていると思います。もしかして、お帰りですか?」
「ああ、長門の見舞いに行ってくる。まだぎりぎり面会時間は過ぎてないしな」
「今日くらいはお休みしても、長門さんだって許してくれますよ?」
「まあそうだろうが……。なにせ二年近く続けてる習慣だからな。行かないと逆に体調を悪化させそうだ」
「ふむぅ。なんなら……あたしもお供いたしましょうか?」
101 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 13:21:39.71 ID:FWZSMHdz0
ヤスミは今日に限って珍しく食い下がってきた。
「いや、いいよ。お前、明日も学校あるんだろ?」
「先輩、明日は土曜日です! お休みです! ですですっ!!」
ヤスミはぷっくりと頬を膨らませて、物欲しそうな上目遣いで俺を見つめてきた。俺はそこでやっとヤスミの言わんとしていることを理解し、その癖っ毛頭を撫でてやる。
「見舞いが済んだら、着替えを持ってここに戻ってくる。それでいいか?」
ヤスミは最高温度の笑顔になって、こっくりと大きく頷く。
「いいですともっ!! よいですよいです大歓迎っ!! あ、あと、もし先輩さえよければもう一つだけお願いがあるんですけど……」
「わかってる。土日、俺の風邪が治ったらどっか出かけようぜ」
「わぁお!! さすが先輩はわかってますねっ!! 最高ですっ、大好きですっ!! 大好きっ!!」
そう言って、ヤスミは小型の狩猟犬のような俊敏さで、俺を押し倒すように抱きついてきた。
103 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 13:26:50.12 ID:FWZSMHdz0
ヤスミから気力を充電し、俺は長門のいる病院へと向かった。
外気に触れると、古泉に殴られた傷が鋭く痛んだが、ヤスミが貼ってくれたガーゼのおかげだろう、耐えようと思えば耐えられた。
しかし、そうやって俺がどれだけ厳重に何重もの殻で精神を守っても、それを一撃の下に突き破ることのできる人物が、この世界には存在する。
その代表格、涼宮ハルヒが長門の病室の前に立っていた。
104 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 13:29:18.37 ID:FWZSMHdz0
「……遅かったじゃない。古泉から伝言を預かってるわ。『申し訳ないです』だって。……ねえ、昨日何があったのよ? ……まあ、なんとなく想像はつくけど……」
ハルヒは俺の頬のガーゼを見て、悲しげに目を伏せる。
「ねえ、キョン……。あたしたち……もう会わないほうがいいのかしら?」
俺はハルヒから目を逸らして、投げやりに答える。
「どうでもいいことは自分一人で勝手に決めるくせに、大事なことは他人に決めてもらおうとするのは……お前の悪い癖だぜ」
それに、と俺は続ける。
「もし……俺たちがバラバラになっちまったとして……長門が起きたときになんて説明するんだよ」
ハルヒが息を飲む気配が伝わってきた。
「そう……そうよね……」
そこまで言って、ハルヒはきゅっと唇を噛んだ。何か続けて言いたいことがあるのを我慢しているみたいだった。無論、ハルヒが何を言いたかったのか、俺にはわかる。
105 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 13:31:37.75 ID:FWZSMHdz0
長門がいるから、俺たちはまだ一緒にいる。
それはつまり、もし長門がいなくなってしまったら、俺たちは離れ離れになってしまうということ。
俺とハルヒが一緒にいる理由なんて、とっくの昔に、俺とハルヒの間にはなくなっていたんだ。
そんなこと、もっと早くに気付いていてよかったと思うのだが、たぶん俺たちは二人とも、今この瞬間にそれを悟った。
どうしようもない。遅過ぎるんだよ……何もかも。
「話はそれだけか?」
「ええ……時間取らせて悪かったわね。あと、花瓶のお水は、今日はあたしが換えておいたから」
「おう、サンキューな……」
そう言う俺の横を、ハルヒは俯いたまま過ぎ去っていった。
107 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 13:35:28.85 ID:FWZSMHdz0
長門の病室に入ると、部屋は暗かった。電気をつけようとも思ったが、長門が眩しいと思うかもしれないと思い、そのままにした。
代わりに、そう言えば今夜はわりと綺麗な月が出ていたはずだ、と思い出して俺はカーテンを開けた。
そのとき、何気なく窓から地面のほうに目をやると、病院の出口から飛び出した人影が、病院の前で待っていた人影に吸い付くのが見えた……が、気のせいかもしれない。
これじゃ被害妄想ならぬ被害幻想だ。俺もいよいよ頭がやられてきたらしい。
俺は窓から離れて、長門の寝ている横に座る。常套句のような形容だが、月明かりの下で見る長門はこの世のものとは思えないくらい綺麗だった。しかし、綺麗過ぎて、なんだか造り物じみていた。
これはもしかして偽の長門なんじゃないか? 本当の長門は今頃木星辺りに観光にでも出かけているんじゃないのか?
なんて、そんなことあるはずがない。この長門は確かに俺の知っている長門で、しかも無機質なヒューマノイド・インターフェースじゃなく、れっきとした人間なんだ。
その証拠に、僅かだが、規則的に薄い胸が上下していた。
108 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 13:39:47.68 ID:FWZSMHdz0
「長門……またハルヒとうまく喋れなかったぜ……。古泉とも派手にやりあっちまったよ……。
信じられるか? あいつが俺を殴って、男泣きしやがったんだぞ……? 朝比奈さんがあの場にいたら絶対に卒倒してたよ……そんくらい強烈な一発だった……」
俺はガーゼを触りながら笑おうとするが、うまく息が出てこなかった。
「なんだろうな……長門……お前にはもっと楽しいことを報告したいんだが……最近はずっと愚痴ばっかこぼしてるよな……。えっと……明るい話題も……なくはないはずなんだが……」
俺はヤスミのことを思い出そうとする。落ち着きのないヤスミの動きに合わせて揺れるスマイルマークの髪留め。だぼだぼの制服。甘酸っぱい独特の香り。それから……超新星爆発のような笑顔。
『先輩、大好きっ!!』
しかし、そう言って笑うヤスミの顔が、俺にはどうしてもうまく思い出せなかった。どんなにヤスミの姿を思い描こうとしても、顔の部分だけがのっぺらぼうみたいになってしまう。声だって、本当にこんな声だったのか自信がない。
なのに、ハルヒの泣きそうな顔と声だけは、やけにはっきりと思い出せた。
『あたしたち……もう会わないほうがいいのかしら?』
109 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 13:42:24.37 ID:FWZSMHdz0
どうしてお前がそれを言っちまうんだよ、ハルヒ。
それはわかってても言っちゃいけねえことだろうが。
それに、お前が口に出しちまったらそれはほとんど百パーセントの確率で本当にそうなっちまうんだから……だから不用意な発言はやめてくれ……。
俺は、お前に会えないなんて、無理だぜ? 本当に無理なんだぜ?
『涼宮さんはあなたじゃなきゃダメなんですよっ!!』
ああ、うるせえ。んなことわかってるよ、古泉。
俺だってハルヒじゃなきゃダメなんだよ。
他の誰でもなく、ハルヒでなきゃダメなんだ。ヤスミには悪いと思うけど……俺はハルヒがいないと本当にダメになっちまうんだ……。
ひどいな……最悪だ。これだから嫌になっちまうんだよ、人間ってやつは。
不器用で、頭が悪くて、何一つ思い通りにできない、脆弱な存在。
こんなもんのどこがいいんだよ……本当にこんなもんに好き好んでなるほどの価値があるっていうのかよ……。
「長門、目覚めたら……真っ先に教えてくれ」
俺は長門の凍りついた顔に問う。
「お前はなんで人間になりたかったんだ?」
110 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 13:46:11.31 ID:FWZSMHdz0
そのとき、病院のどこかにあるスピーカーから、聞き慣れた面会時間終了を告げる音楽が機械的に流れ始めた。
俺は気を取り直すようにガーゼが貼ってないほうの頬をぴしゃりと叩き、帰る準備をする。荷物を持って、開けたカーテンを閉めようと、窓に向かった。
そして、俺は窓に映った自分の姿の――その背後に立つそいつを目視して、驚愕する。
ある意味ではハルヒ以上に、俺の精神を滅茶苦茶に引っ掻き回す人物筆頭。
俺は比喩じゃなく息が止まりそうになる。
でなけりゃ息の根を止められちまうだろう。
そんなバカなことってあるかよ。
なぜ――お前がここにいる……?
「お久しぶり。また会えて嬉しいわ」
朝倉涼子が、過去の記憶と寸分違わぬ委員長微笑を浮かべて、そこにいた。
115 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 13:58:41.95 ID:FWZSMHdz0
朝倉は北高の制服を着て、容姿も雰囲気も高校一年で一緒のクラスだったあの頃と何も変わっていなかった。
なるほど、確かにこいつは朝倉以外の何者でもない。だったら遠慮なんて要らねえ。
「てめえ――朝倉……どの面下げて現れやがった!!」
俺は半ば自棄になって、過去に俺を何度も殺そうとしてきた相手に向かって啖呵を切り、掴みかかった。
朝倉は穏やかに首を傾げて、涼やかな目で俺を見つめたまま、手を俺のほうに翳す。それだけで、俺の身体は後ろに吹き飛ばされた。
「あなたも学習しないわね。また調教してほしいなら、もっと痛い思いをさせてあげるけど……」
言って、朝倉はどこからともなく見覚えのあり過ぎるナイフを取り出す。まさかと思って周囲を見ると、一面にあの幾何学模様が浮かんでいた。流れていたはずの音楽も消えている。
そりゃそうだ。ここは時間が止まっているんだからな。情報制御空間とかいうやつだ。
116 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 14:05:15.23 ID:FWZSMHdz0
だが……それがどうしたってんだ? こっちは今それどころじゃねえくらいいっぱいいっぱいなんだよ。今更朝倉如きが俺をどうこうできると思うな。
「てめえの脅しなんて聞き飽きた。やれるもんならやってみやがれ……このポンコツ宇宙人がっ!!」
俺は体勢を整えて、また朝倉に突進しようとする。しかし、俺の足は一歩だけ進んだところで動かなくなった。いや、足だけじゃない。全身が石造みたいに固まってやがる。
「相変わらず底が浅いくせに底抜けで底無しに失礼なのね、あなたは」
朝倉はかつてハルヒをたしなめていたときのように、やれやれといった風の溜息をついて、次の瞬間、俺の目の前から消えた。どこにいったのかなんて考えなくてもわかる。俺の背後だ。
そして、どうせ俺の喉元に逆手に持ったナイフの切っ先を突きつけてんだろ。
「なによ、強がっちゃって。初めてのときはあんなにアタフタして可愛らしかったのに……しばらく見ないうちにつまんない大人になっちゃったのね」
「てめえを面白がらせようと思って日々を生きてきたわけじゃねえからな」
「あら、そう。じゃあ……」
朝倉は俺の首筋に息を吹きかけて、問う。
「あなたはなんで生きているの?」
118 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 14:07:44.11 ID:FWZSMHdz0
すると、俺の身体がまた自由に動かせるようになる。しかし、どっちにしろナイフが喉に当てられているんだから動くに動けない。
「わたし、未だにわからないのよね……」
朝倉は以前と同じ台詞を以前と同じ調子で言う。
「有機生命体にとって、死って何? どういう概念なの? ねえ、死ぬのってそんなに嫌? ……あ、いいの。あたなは別に答えてくれなくても。たぶん、長門さんに聞けば教えてくれるから」
朝倉の口から長門の名前が出てきて、いよいよ俺の頭は真っ白になる。
「朝倉……お前まさか長門に何か……?」
「してないわよ。する予定もないわ。喜緑さんから説明を受けなかったの? わたしたち情報統合思念体は、長門有希という人間に絶対不干渉なの」
120 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 14:19:28.11 ID:FWZSMHdz0
情報統合思念体。
その電波な単語だけは極力思い出さないようにしていた。思い出すだけで、俺は我を忘れるくらいに怒っちまうからだ。
しかし、ここはキレていいだろう。なんせ俺の目の前にいるのは他ならぬその情報統合思念体の端末なんだからな。今こいつに言わないで、いつ誰に言えってんだ。
「ふざけてんじゃねえぞ……てめえら……思念体のせいで長門はこんなことになってんだろうが!!
てめえら万能なんだろうが!! なのにこの有様はどういうことだよっ!! どうしていつもいつも……長門ばっかりハズレクジを引くんだよ。
無口だったり社交性がなかったりするのは……まだいい。あれは立派な長門のキャラクターだったし……俺たちみんなそんな長門が好きだったからな!!
けど……これは……どういうことなんだよ……意味がわからねえよ。どうして長門がこんなひどい目に遭わなくちゃいけねえんだよ! 答えろ、情報統合思念体!!」
俺は喉に突き立ったナイフなど構わずに、無茶苦茶に叫んだ。しかし、朝倉は俺の怒号くらいでは怯む様子もなく、それどころか俺を諭すような口調で、喋り始める。
「例えばの話なんだけどね。あなたがもし、ある日突然、遺伝子の異常によって現代医学ではどうしようもない病気になっちゃったとして……そのときあなたは……自分を産んでくれた両親を恨むの?
どうして自分をこんな風に産みやがったんだって、泣き喚くの?」
122 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 14:26:54.84 ID:FWZSMHdz0
朝倉は俺の背中にぴったりと身体を寄せて、耳元に語り掛けてくる。
「わたしたち情報統合思念体は万能なんかじゃないわ。まして全能でもない。わたしたちに出来ることは、あらゆる情報を発見し、蓄積し、操作することだけ。
要するに、初めからそこにあるものをただごちゃごちゃと弄り回すだけなのよ。無から有を造り出す――そんな神様みたいな真似が頭でっかちのわたしたちにできると思う? 長門さんだってそれくらいわかっていたはずよ。
もちろん……何事もなく生きていける確率のほうがずっと高かったけれどね。それでも……何かの拍子にそうじゃなくなっちゃうかもしれない。でも……他の普通の人間だって……みんなそうじゃない?
ほら、あの異時間同位体を複数持っていた女だって……そうだったでしょ?
そういう不運をあなた……全部造り手の責任にするわけ? だったら筋違いよ。文句ならわたしたちを生み出した神様に言ってくれる? もしくは大好きな涼宮ハルヒに言ってあげるといいかもしれないわね」
123 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 14:33:21.20 ID:FWZSMHdz0
言うだけ言うと、朝倉は俺から離れる。ナイフも光の粒となって消滅した。そして朝倉は、何も言い返せずに突っ立ったままの俺を放置して、長門の眠るベッドの横に立ち、その前髪にそっと触れた。
「全てはね……長門さんが自分で望んだことなのよ。たとえその結果がどうなろうと、長門さんは人間になりたくて、本当になっちゃったのよ。
長門さんはあなたたちに近付きたかったの……そして、今もこうやって、ちゃんと人間をしてるじゃない。
ちゃんと生きて、呼吸して……病気とか、死とか――そんなのわたしたちから見ればただの情報変動でしかないけれど――そういういろいろなものと闘ってるじゃない」
127 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 14:45:13.14 ID:FWZSMHdz0
朝倉は俺に振り返り、またどこからかナイフを生み出して、その切っ先を俺に向けた。
「ねえ、キョンくん。あなたは有機生命体として長門さんよりずっと先輩なのよ。あなたのほうが『生きてる』ってことの意味をよく知ってるはずだわ。わたしにも教えてほしいくらい。
ねえ、本当のところ、どうなの? 生きてるのって楽しい?
それとも、生きてるのって辛い? 苦しい? 嫌なことばかり? 不幸せなことばかり? いいことなんて一つもない? いっそ生まれてこないほうがよかった? 死にたい? あなたは人間をやめたいと思うの? 今すぐに死にたいと思うの?
ねえ、答えなさいよ。どうして長門さんは……人間になったんだと思う……?」
俺は拳を握り締めて、泣くのを堪えた。たとえ殺されることになったって、朝倉涼子の前で涙なんか絶対に見せてやるものか。
「俺だって……わかんねえよ……なんで長門が人間になったのかなんて……。俺は……俺がどうして生きてるのかだってわかんねえのに……」
「ええ? 何よ、それ。とんだ期待ハズレね。あなた、せっかくだからここで死んでおく? いいわよ。今すぐに、わたしが殺してあげるわ」
128 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 14:48:16.07 ID:FWZSMHdz0
朝倉はナイフを持ったままゆっくりと俺に近づいてくる。俺は朝倉から目が離せなかった。
これだからこいつを真正面から見たくはなかったんだ。朝倉の至高の微笑を見ていると……なんだか何もかもどうでもよくなっていく……。
そして、とうとう朝倉の構えたナイフが俺の首筋に当てられる。
「……殺せよ……」
俺は本心からそう言った。正直に言って、もう、嫌だった。朝倉の言う通りだ。生きてることなんて……理由もわからないのに……無闇に嫌なことばかりで……いっそ生まれてこなければよかった。
「うん、ごめん、それ無理」
と、朝倉はウィンクをし、舌を出してみせる。
129 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 14:51:50.35 ID:FWZSMHdz0
「だって、わたしはあなたに生きていてほしいのだもの。そして、ちゃんとわたしに見せてほしいもの。教えてほしいもの。
長門さんにここまでさせるほどに……長門さんに心を与えて……そればかりかその心を奪ったあなたという人間が、一体なんなのか。
そういうわけだから、わたしは最後まで観察させてもらうわよ。ゆえに、わたしはあなたを殺さないの」
「ふざけんなよ……生殺しじゃねえかよ……」
「誰がうまいことを言えと言ったのよ、もう」
言って、唐突に朝倉は俺の頬にキスをした。それも、古泉に殴られたほうに、ガーゼ越しのキスをだ。意味がわからない。
が、それは俺の腰を砕くのに十分な威力だった。俺は全身の骨を抜かれたように立っていられなくなる。
「今のはお詫びみたいなものかな。わたし、あなたに結構ひどいことしてきたからね、それくらいはタダで治してあげるわよ」
朝倉の軽やかな苦笑が聞こえてきた。俺は頬の傷に触れてみる。確かに痛みはなかった。
「……お前は一体何しに来たんだよ……」
俺はそう呟いて地面に仰向けに倒れ、天井でうごめく幾何学模様をぼうっと眺めた。朝倉は何も言わない。沈黙が訪れる。
130 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 14:54:30.34 ID:FWZSMHdz0
刹那。
嫌な汗が、俺の全身から噴出してきた。これは寝ている場合なんかじゃない。
だって、どう考えてもおかしいだろ?
朝倉がいきなり現れて、かと思ったら委員長気取りで俺に説教くらわせて……あげくは俺にキス……?
なんだそれ? どういうことだ? 本当に……こいつは一体……?
俺は跳ね起きて、長門を見つめたまま佇む朝倉の背中に訊いた。
「……朝倉、本当に……お前は一体何をしに現れたんだ……?」
「そんなこと、決まってるじゃない」
朝倉は振り返って、透き通った声で告げる。
「散々我儘を押し通して人間になった長門さんの……最期を看取るためよ」
朝倉涼子は、困ったように溜息を漏らしながら、微笑んだ。
134 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 15:01:17.41 ID:FWZSMHdz0
朝倉が微笑むのと同時に、情報制御空間が解除される。幾何学模様が消え、時間が動き出し、面会時間終了の音楽が続きのメロディーを奏でる。
そして、次の瞬間。その牧歌的な曲を切り裂くように一際高い電子音が鳴った。
それは長門の心拍が停止したことを知らせるアラームだった。
「長門っ!!? 嘘だろ!! おい、長門!!!!」
俺は長門のベッドに駆け寄って、その小さな身体を揺すりながら、枕元にあるはずのナースコールを探した。と、朝倉がそれを握っているのが見えた。
「てめえ、朝倉っ!!」
「誤解よ。これを押せばよかったんでしょう? だったらもうやったわ。あと、他にも色々とサービスしておいたから……」
朝倉は俺にはおおよそ理解できないことをぶつぶつと呟いた。そのうちに、廊下のほうから誰かが走ってくる音が聞こえてきた。足音は真っ直ぐにこの部屋まで辿り着く。そして、扉が開いた。
「キョン、有希に何が……っ!!?」
入ってきたのはハルヒだった。すぐ後ろに古泉もいて、古泉が部屋の電気をつける。パッと部屋が明るくなった。あまりの光量に、俺は目が眩む。
135 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 15:06:00.21 ID:FWZSMHdz0
たぶん、俺の目が眩んだその一瞬の隙に消えたのだろう、やっと目が明るさに慣れた頃には、朝倉涼子の姿はどこにも見えなかった。
『一応礼を言っておくわ。長門さんのこと、それに……わたしのことも。
今回のことで少しあなたたちのことがわかった気がするわ。もしこれがきっかけでわたしが人間になったら……そのときは仲良くしてほしいな』
そんな残響だけが、耳の奥でこだました。
『じゃ……せいぜい誰かさんと……お幸せに、ね』
その後、駆けつけてきた医者や看護師が長門を手術室に運んだが、間もなく、長門は息を引き取った。
139 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 15:23:32.82 ID:FWZSMHdz0
<第四章>
いつか、長門が書いた三本の短編小説を読んだことがあった。あれはSOS団VS生徒会長のときだったか。
長門の私小説ともポエムとも言いがたい幻想ホラー小説のモチーフの中に確か、雪、幽霊、棺桶というものがあったような気がする。
俺とハルヒは二人でそれを読みながら、長門が何を考えてその小説を書いたのかと色々と意見を出し合ったが、結局答えはでなかった。
それだけじゃない。たぶん、長門が語らなかったことは、まだまだたくさん残っていたんだろう。
読書が好きな、無口な少女、長門有希。
しかし、長門はもう、本を読むことも、口を開くこともない。永遠にない。長門有希という存在は、一粒の淡雪のように儚く、あっさりと、世界から失われてしまった。
長門の通夜と告別式が行われた日は、どちらも雪が降った。しんしんと、降り積もった。
納棺する前に触れた長門の頬は、まるで雪のように白く、冷たかった。
140 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 15:27:04.51 ID:FWZSMHdz0
長門の葬式は、ハルヒの仕切りで行われた。朝比奈さん同様、長門も身寄りがなかったからだ。
葬式では懐かしい顔に会った。ちゃっかり人間のフリを続けている九曜とか、コンピ研の連中とか、他にも北高で長門と同じクラスだったやつとか、中河とかな。
どいつもこいつも長門が宇宙人だった頃に知り合ったやつばかりだった。
長門は人間になる以前から、ちゃんと人間になれていたんだ。人間の輪の中で、長門有希として、きちんと自分の居場所を作っていたんだ。
そう思うと、ますます長門が人間になったことで起こった今回のことが悔やまれた。しかし、朝倉ではないが、それを後悔するかどうかは当の長門だけが決められることなんだろうと、俺は思うようになった。
長門が自分で決めて、選んだ道がこれならば、俺は長門のことを笑顔で見送ってやりたいと思った。
けれど、そんなのできるわけがなかった。
受け入れられるわけがなかった。
何の整理もできなかった。
何も考えられなかった。
ちょっと待ってくれ。
そう言いたかった。
しかし、そんな俺の思いを置いてきぼりにして、長門の葬式は、静かに、粛々と進行していった。
141 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 15:31:28.70 ID:FWZSMHdz0
「やあ、親友」
告別式にやってきた佐々木は、ちょっとした合間を見つけて、俺のところにやってきた。
「このたびは……残念だったね……残念という言葉では足りないくらいだ。ただ……気はしっかり持ってくれよ。この上キミにまで何かあったら……さすがの僕も心が折れてしまう」
久しぶりに会う佐々木は、随分と印象が変わっていた。垢抜けたというか、声をかけられなければ佐々木だと気付かないくらいだ。
まず、髪が長い。茶色っぽい髪でセミロングの佐々木は、どことなく朝比奈さんとイメージがだぶった。その上、さり気なく化粧もしていて、雰囲気は一流企業の社長秘書みたいな感じだった。
佐々木はくつくつと笑って、髪を掻き揚げる。
「どうした? 何を物珍しそうに見ているんだ。ああ……もしかして僕の容姿の変貌に驚いているのかな。そりゃ、キミ。女子三日会わざればと言うだろう?
僕だって多少は変わるさ。変わろうと努力したしね。もっとも、個人的にはまだ合格点とは言いにくい箇所も残っているのだけれど」
そう言って、佐々木は胸を隠すように腕を組んだ。俺はその仕草の意味を深く考えないようにして、佐々木との会話を続けた。主に、最近の俺の身に起こったことを話した。
142 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 15:36:58.15 ID:FWZSMHdz0
「そうか……しばらく会ってなかった間に、色々あったんだね。そこに……今回のことってわけか……」
佐々木が相手だと、ハルヒのことや古泉のこと、それにヤスミのことも、あまり余計な気を遣わずに話すことができた。
「これは僕の意見なんだが」
そう前置きして、佐々木は続けた。
「キミは十分に苦しんだと思うよ。よくやったと思う。だから、そろそろ誰かに甘えてもいいんじゃないのかな?」
その誰かとは、ハルヒではなく、ヤスミのことを言っているのだろうか。
「僕はね、そういう道もあると思う。過去のことは全て忘れて、新しい生き方を見つけるんだ。本当に……何もかも忘れて……さ。
それだって一つの勇気だよ。そして、一からやり直す。立派なことじゃないか。何も立ち向かうことや乗り越えることだけが手段じゃない。違うかい?」
佐々木は皮肉めいた微笑を俺に向ける。それは高校生の頃よりも柔らかさが減っていて、代わりに、研ぎ澄まされた鋭さがあった。
143 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 15:41:16.38 ID:FWZSMHdz0
「例えばだが、僕の話をしよう。いや、というのも実際に僕は既に一度それをしているんだ。何もかも諦めて、何もかも忘れて、再スタートさ。きっと、そこが僕の人生における分岐点の一つだったんだろうね。
でも……よい判断だった、と僕は思っているよ。公正に、客観的に過去を振り返って見て、そう思う。
まあ、実際のところ僕はキミが思っているよりもずっと……ドライな人間なんだと思う。そうだな……どれくらいドライかっていうと……」
佐々木はそこで、不意に俺の懐に入ってきた。少し遅れて、佐々木の長い髪がふわりとついてくる。
「この世で一番好きな人を諦めて、なおその人と平気な顔をしてお喋りができるくらい――かな」
佐々木はそう言って俺の胸の辺りをノックするようにコツンと叩き、数秒ほど俺の目をじっと見つめて、それから、意味深にくつくつと笑って俺から離れた。
「ありがとう。キミと話ができてよかったよ。またな、親友」
佐々木は来たときと同じように、ふらりと去っていった。
145 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 15:46:44.43 ID:FWZSMHdz0
俺を励ましに来てくれたのは、佐々木だけはなかった。俺の前を、色々なやつが色々なことを言っては通り過ぎていった。
鶴屋さんは、相変わらずのフルパワーでもって俺の背中を叩いた。
「なりふりなんて構うことはないにょろよ。ひたむきに前に進みなさい。とにかく一歩を踏み出すんだよっ。
大丈夫っさ。それが乗り越えるためだとしても、忘れるためだとしても……キョンくんなら絶対に道を間違えない。私は信じてるにょろん」
谷口でさえ、バツの悪そうな顔で、照れがちに言った。
「この間は悪かったな。なんつーか、今度国木田も誘ってぱあっとやろうや。もちろんアレだぜ、面倒臭えことは一切ナシの、女人禁制のやつだからな?」
中でも特にパンチが利いていたのは、古泉だ。
「こんなときにする話ではないと思いますが……昨日、涼宮さんと別れましたよ。僕から切り出しました。
それから……ちょっと海の向こうへ留学しようと思います。いえ、これは前々から決めていたことですがね。帰ってきたら、そうですね……例のあのバーでまた一杯やりませんか?」
本当に、俺と長門のことを知る大勢のやつらが、ぞろぞろとやって来ては、何かしら言って、帰っていった。
146 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 15:51:12.67 ID:FWZSMHdz0
そして、最後にやってきたのは、ジャイトサイズの喪服を身に纏った、ヤスミだった。
「先輩、今日はお疲れ様でした」
この場にそぐわないからだろう、喪服姿のヤスミはスマイルマークの髪留めを外していた。だから、いつもよりも毛先が大遊びしていて、個人的にはそういう斬新な髪型もアリだなと思った。
「さあ……一緒に帰りましょう?」
ヤスミは人懐っこい笑顔で、俺に手を差し伸べた。
俺はほとんど無意識に、その手を取る。
ただ、本当に、ヤスミにはひどいことをしたと思う。
だってそのとき、俺は、たった一人最後まで俺のところに来なかったあの女のことで頭がいっぱいで、ヤスミのことなんかこれっぽっちも見ていなかったんだから。
147 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 15:55:17.73 ID:FWZSMHdz0
葬儀場は小高い丘の上にあったから、ヤスミと連れ立って歩く帰り道は、ずっと下り坂だった。舗道にはなおも降り続く雪がところ狭しと積もっていて、路面は滑りやすく、俺たちは一つ傘の下、足元に気をつけながら進んだ。
そうやって坂道を下っていると、嫌でもあの、SOS団の五人で歩いた、夕焼けの帰り道が思い出された。
「先輩、今日こそ、晩御飯は鍋にしませんか? 先輩は、鍋の具の中では、何が好きですか?」
俺の隣を歩くヤスミは、俺の傘を持つ腕に、自分の腕を絡めてきた。
148 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 16:02:58.17 ID:FWZSMHdz0
「ここ、坂の下にスーパーがあるんですよ。そこで、食材を買っていきましょう? ね、いいですよね、先輩?」
ヤスミは俺の手を引くように歩いた。転びそうだ。危なっかしい。
「フフ……腕が鳴ります。あたし、食べたそばから先輩のほっぺたがポロポロ落ちちゃうような、特上の鍋を作ってみせますからね」
ヤスミは俺の腕を掴む手にぐっと力を込めた。それから、ヤスミは身体ごと俺に擦り寄ってくる。
「そして……あまりの美味しさに感激した先輩は言うんですよ……。
『もっとだ、もっと食べさせてくれ、ヤスミ』
『わかりました! でも……お鍋はもうなくなっちゃったので……ここは一つ、どうぞあたしを召し上がってください。ぜひぜひっ!』
『うひょーいただきまーす』
とかなっちゃったりして……ウフフフフ……」
そうやって、ヤスミはずっと一人で喋り続け、俺はずっと、喋らなかった。
149 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 16:07:05.12 ID:FWZSMHdz0
スーパーに寄って買い物をして、ヤスミのマンションに辿り着くと、俺たちは雪塗れのコートを脱いで玄関の衣文掛けに掛け、ヤスミは食材の入ったビニール袋を持ってキッチンに、俺はそのままリビングに向かった。
ヤスミの部屋はいつものように小綺麗だった。しかし、帰ってきたばかりだから、寒かった。窓の外ではまだ雪が降っていた。
と、ヤスミがキッチンから戻ってくる。部屋に入ってこようとしたその足は、どういうわけか、途中で止まった。
「……先、輩……?」
ヤスミが口元に手を当てて、戸惑うような表情で俺を見ているのが、窓に映って見えた。
「先輩……大丈夫ですか……?」
ヤスミが心配そうな声を上げて俺の袖に掴まってくる。俺はこみ上げてくる何かの衝動に任せて、ヤスミの手を振りほどいた。
「……うるせえ……」
151 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 16:13:17.68 ID:FWZSMHdz0
うるせえ。
『そろそろ誰かに甘えてもいいんじゃないのかな?』
黙れ。
『ひたむきに前に進みなさい。とにかく一歩を踏み出すんだよっ』
ふざけんな。
『もちろんアレだぜ、面倒臭えことは一切ナシの、女人禁制のやつだからな?』
知らねえよ。
『昨日、涼宮さんと別れました』
うるせえ……っ!!
『先輩……大丈夫ですか……?』
うるせえんだよ!!!!!
「大丈夫か!!? 大丈夫じゃねえに決まってんだろっ!!!!」
そう叫んだ俺の頭の中は一面の雪景色のように真っ白で、そこには少し悲しげな顔の長門と、絶望的に諦めたような表情のハルヒが、ぽつんと佇んでいるような気がした。
152 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 16:18:20.22 ID:FWZSMHdz0
理由とか、目的とかどうでもよかった。俺はただ何かにかこつけて、何でもいいから叫び続けていたかったんだ。
「大丈夫なわけねえだろうがっ!! 俺はずっと大丈夫じゃねえよ!! どいつもこいつも……何を言われたって励ましになんかなるかっつーんだよ!! そうだろ!?
長門が死んだんだぞ!!? 朝比奈さんももういねえんだぞ!!? 古泉は国外逃亡で……ハルヒは……ハルヒは、あいつ――何やってんだよっ!!!!」
あいつは何をやってたんだ? 葬式の間もずっと黙り込んで、誰とも話さないで、一人で……一人で何をやってんだよ!?
どうして一人でなんでもかんでも抱え込むんだよ!!
迷わず俺のところに飛び込んでくればいいだろうが!!
そしたら俺がお前を抱き締めてやるよ。励ましてやるよ。キスして悪夢から目覚めさせてやるよ。なんでもしてやるよ。
二年前のあの時にできなかったことを……今の俺ならしてやるのに……!!
今じゃダメなのかよ……。
どうして……俺はお前の力になりたくて……頑張ってきたのに……。
もうお前に俺は必要ないのかよ……ハルヒ……。
154 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 16:22:13.69 ID:FWZSMHdz0
なあ……どうなんだ?
俺には……俺にはお前が必要だぜ……今すぐに……だから助けてくれよ。いつもみたいに無茶苦茶なことやってめでたしめでたしにしてくれよ。
お前じゃなきゃできねえんだから……そういうことは……そうだろ?
いつだって俺たちはそうやってなんだって乗り越えてきただろうが。
世界を変える力を持ってるのは、お前。
お前を変える力を持っているのは、俺。
俺たちなんでもできたじゃねえかよ。なんでもやってきたじゃねえかよ。
なのに、なんだこの様は……!!
「なんで……なんでどれもこれも……うまくいかねえんだ……? 俺たちはただ、普通に……普通でいられればよかったのに……!! 俺たちが何をしたってんだよ!!」
ハルヒ……頼むから……助けてくれよ……。
「ちっくしょうっ!! 今すぐ出て来いよ!! 宇宙人未来人超能力者――異世界人でもなんでもいいから……どうにかしてくれよっ!! 誰かなんとかしてくれよ!! 誰か……お願いだから……っ!!」
ハルヒ……今すぐここに来て……俺を抱き締めてくれよ。
じゃねえと……俺、このまま壊れちまうぞ……?
そんくらい……俺はお前が好きなんだよ……ハルヒ――。
155 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 16:28:04.27 ID:FWZSMHdz0
――そう、俺は祈るように目を閉じる。
すると、そいつは、俺の正面から体当たりをするように飛びついてくる。
「大丈夫です。あたしがいますよ、先輩」
ヤスミの匂いが俺を包む。俺は、目を開けて、首を振った。
「……ヤスミ……お前じゃダメなんだよ……」
ヤスミはこっくりと頷いた。
「知ってます」
ヤスミは真っ直ぐに俺を見つめた。
156 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 16:32:29.27 ID:FWZSMHdz0
「でも、関係ありません。だってあたしは先輩が大好きだからです。涼宮先輩が先輩を大好きなように。先輩が……涼宮先輩を大好きなように……」
俺とハルヒの名が出て、俺は反射的にヤスミを突き飛ばした。ヤスミの小さな身体は派手に後方へと倒れる。そのとき、ヤスミは置いてあった家具の角に強く頭を打ちつけた。
しかし、そのときの俺は気が動転していて、そんなヤスミにあろうことか最低の暴言を吐いた。
「お前に俺とハルヒの何がわかるんだよっ!!」
俺は腹の底から叫んだ。ヤスミは何も言い返してこなかった。いつもは止まらないチェーンソーのようにやかましいヤスミが、だ。
はっと俺は我に返って、ぐったりと床に倒れているヤスミを見る。
「……ヤ……ヤスミ……?」
真っ赤な液体が、じわりと、ヤスミの頭部からフローリングの床に染み出していた。
157 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 16:39:11.69 ID:FWZSMHdz0
俺はふらふらとヤスミに近寄って、傍に腰を下ろし、上半身を抱き上げる。
「ヤスミ……ヤスミ!? おい、返事をしてくれ……!! ヤスミっ!!!!」
ヤスミは、何か眩しいものを見たときのように一瞬顔を歪め、ゆっくりと瞼を開いた。
「はい……。あたし……は、わたぁし……」
ヤスミはそう言って、力なく微笑んだ。
「ヤスミ、大丈夫か、お前――血が……」
俺は救急車を呼ぼうと携帯電話を取り出す。しかし、携帯電話を掴んだ俺の手を、ヤスミが両手で包んだ。
「気に……しないでください……大丈夫です。これはきっと先輩にひどいことを言ったあたしへの罰なんです。だから……いいんです。……それよりも先輩…………聞いてほしいことがあります」
ヤスミは残っている力をかき集めるように、すうっと息を吸い込んで、目を閉じた。
158 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 16:40:18.95 ID:AZ8DsH+M0
うわあああああああ
160 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 16:41:37.78 ID:dmJmjNN90
ヤスミちゃん、なんですぐ居なくなってしまうん?
162 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 16:45:49.98 ID:FWZSMHdz0
そして、ヤスミははっきりとした口調で言う。
「あたしは先輩が大好きです。カッコいいところ。よくないところ。すごいところ。すごくないところ。普通なところ。普通じゃないところ。あたしは先輩の全部が好きなんです。
あたしに構ってくれる先輩も、涼宮先輩を好きな先輩も、長門先輩、朝比奈先輩、古泉先輩……みんなのことを気にかけている先輩も含めて、全部が好きなんです」
ヤスミは再び目を開けて、俺を見つめ、微笑む。
「今まで……ありがとうございました。あたし……涼宮先輩には敵わなかったけれど……先輩のお傍にいることができて……本当に幸せでした」
そう言ったヤスミの目から、大粒の涙が零れ落ちる。
「先輩……落ち着いて聞いてほしいんです。あたしは…………実は普通の人間じゃないんですよ。なんて言えばいいんですかね……前に会ったときと同じ……あたしという存在は涼宮先輩の能力の結晶なんです」
ヤスミがそう告白すると、ヤスミの身体が淡く光り始めた。そして、全身から次々と光の粒が舞い上がり、ヤスミの身体が足の先から消えていった。
163 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 16:49:37.40 ID:FWZSMHdz0
「なんとびっくりっ。あたしは前回同様に便利な便利なお助けキャラだったんです……でも、とうとう寿命が来ちゃいましたね……たぶん涼宮先輩のほうで何か心境の変化でもあったんだと思います……それはそうと、先輩」
ヤスミは喪服のポケットからスマイルマークの髪留めを取り出して、俺の手に握らせてくる。
「今言った通り……あたしはお助けキャラなんです。発動条件さえ満たせば……まだこの身体が……この力が残っている限りは……一度だけ素敵なミラクルを起こしてあげることできるんです。どうですか? あたしってすごいでしょう……?」
言って、またヤスミは笑う。ヤスミが瞬きをするたびに、涙が零れ、零れた涙が光の粒となって消えていった。
「発動条件はですね……一言だけ、先輩が決め台詞を言ってくれればいいんです。簡単ですです……台詞はごくごく短いものですし……フフ……」
少し照れながら、ヤスミはその決め台詞とやらを言ってみせる。俺は少なからずその台詞の内容に動揺した。すると、ヤスミは目を細めて、ぺろりと舌を出した。
「先輩……ここまで来たんだから……大声で言ってくださいね……?」
168 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 17:01:56.06 ID:FWZSMHdz0
そして、ヤスミは耳を澄ませるように目を閉じた。ヤスミの身体はもう胸より上しか残っていない。
バカ野郎、と俺は言いたかった。
他ならぬ、俺自身に言いたかった。
俺はいつもそうだ。
最低の大バカ野郎。
いつもいつも、大切なものは失ってから初めて気付く。この手をすり抜けて初めてわかる。
ヤスミ……お前はこんな俺のどこがいいんだよ? わからねえ。わからねえよ……。けど、ここで決めなきゃいけねえことくらいは……俺にだってわかるさ。
俺は思いっきり息を吸い込んで、拳を握って声が震えそうになるのを抑え、天まで届くくらいに叫んでやった。
「『ヤスミ――俺もお前が大好きだぜっ!!!!』」
それは本当にそういう発動条件だったのか、それともヤスミの最後の意地のようなものだったのか、実際のところはわからない。
ただ、それを聞いたヤスミは、とても満足そうに笑っていた。
「……やっぱり……あなたは最高です……」
次の瞬間、ヤスミの身体が消滅したのと同時に、俺の世界は暗転した。
171 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 17:11:45.98 ID:FWZSMHdz0
<第五章>
気がつくと、俺は北高の教室の窓際列後ろから二番目の席で、机に突っ伏して寝ていた。実際にはそのことを理解するまでに数秒はかかったのだが、理解してからの俺の行動は我ながら迅速だったと思う。
「えっ……? なんだ……これは……?」
俺はガタガタと机と椅子を鳴らして飛び起きて、周囲を見回そうとする。しかし、見回そうとした途端、俺はすぐ傍に立っていた人物に目が釘付けになって、それ以上首が回らなくなった。
「……お前、ハルヒか……!?」
北高の制服を着た涼宮ハルヒが、ひどい仏頂面で、手を腰に当てて仁王立ちしていた。
「そうよ、あたしは涼宮ハルヒ以外の何者でもないわ。で、バカキョン。寝惚けるのもいい加減しなさい。ぐーすか寝ちゃって、あんたどれだけあたしを待たせれば気が済むのよっ!? ぼやぼやしてると置いていくわよ!!」
寝ていた? 俺が……?
それじゃあ……さっきまで見ていたのが…………夢……?
あれが…………夢……?
ここで……夢オチ……だと……?
そんなことって……ありえるのか――?
174 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 17:16:30.68 ID:FWZSMHdz0
いや、ウェイト、待て。落ち着け。夢だろうが現実だろうが、とりあえず今がいつなのかだけでも確認しないと、またややこしいことになっちまう。
「ハルヒ……朝倉涼子って知ってるか? 知ってたら、今どこにいるか教えてくれ」
「はーあ? 知ってるも何も、朝倉涼子はあたしたちのクラスの委員長じゃない。今はたぶん学級日誌を届けに職員室にでもいるんじゃないの? で、それがどうしたのよ」
朝倉が転校していない……? じゃあ、今は俺が高一の四月か五月ってことか……? なんだこれは? 時間移動で俺は過去に来たってのか? にしてはハルヒが俺の記憶よりもやけに馴れ馴れしい気がするが。
「ねえ、キョン。何か悪い夢でも見たの? 早く部室に行きましょうよ。みくるちゃんたちが待ってるわ」
「朝比奈さん……が――?」
反射的に、本能的に、俺は走り出した。
「うわっ!? ちょ、バカキョン、あんたこのあたしを突き飛ばすとか――!? 待ちなさいっ!!」
俺は北高の廊下を文芸部の部室へ走った。ハルヒは怒号を上げて追ってくるが関係ない。部室には朝比奈さんが待っているんだ。そして、たぶんそこには長門がいて……確証はないが古泉もいるような気がした……。
なんだこれ……?
なんなんだ……この状況は……?
最っっ高に楽しくなってきたじゃねえか!!
175 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 17:21:26.33 ID:FWZSMHdz0
俺は部室のドアをノックもせずに開けた。そこにはハルヒの言った通り朝比奈さんがいた。下着姿で。
「朝比奈さんっ!! あなた、ホントに俺の朝比奈さんですか!!」
「ふぇ、ふええ!? えぇと……んと、ちょあの、キョンく――?」
俺は涙目になって震えている朝比奈さんに抱きついた。全身がマシュマロみたいに柔らかく、溶けたバターのように温かい。そして気絶しそうなほどいい匂いがする。
「会いたかったです!! 朝比奈さん、もう絶対に離しませんからね!!」
「ほああああぁ!? えぇっと、キョンく、そのぅ……うぇええぇぇ?」
ああっ!! 朝比奈さんの声だ……なんて愛らしい!! ちょっとおどおどした感じがもうたまりませんっ!!
「…………ほぅ、キョン。何をそんなに急いで走っていったのかと思ったら……そういうことなのね……?」
やっとハルヒのご到着だ。ハルヒはどういうわけかいたくご立腹のようである。その後ろから古泉の「おやおや」とか言う声も聞こえてくる。
でも、そんなことはどうでもいい! 俺の知ったことじゃねえよ! だって今ここには朝比奈さんがいるんだぜ!? 喋ってないからわからないかもしれないが長門だって部室の隅のパイプ椅子に座ってるんだぜ!?
お前らなんかを相手にしている暇はねえんだよっ!!
「このっ――エロキョンがあーー!!!!」
176 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 17:25:10.26 ID:FWZSMHdz0
「あんた、何か申し開きはある?」
「…………誤解なんだ!!」
「あれが誤解のしようがある状況かああああ!!!」
「ぐはっ!? おま――顔はやめ」
「問答無用!! 判決っ!! 死刑っ!!」
「まあまあ、涼宮さん。それくらいにしておきましょう。彼も悪気があったわけではないようですし、何やら直前に妙な夢を見たとも言っています。大方、朝比奈さんがいなくなってしまう夢でも見て、気が動転したのでしょう」
「む……。まあ古泉くんがそう言うのなら、そうなのかもね……でも、いかなる事情があったとしてもあれは許しがたいわ……」
「困りましたね。朝比奈さんは、どうですか? 彼に抱きつかれて、どう思いました?」
「ふぇっ!? わ、わたしはですねー……えっと、どきどきしちゃいましたぁ……。はっ! いえっ、その……つまり、今回だけなら……いいです……」
「みくるちゃん、あたしの目を見て正直に答えなさい。キョンが許せないわよね? 許せないでしょ?」
「いえ……悪気はなかったんじゃないかなぁと……わたしも思います」
「そ、そう……。……有希は?」
「無罪」
「な――!? もう……みんながそう言うなら仕方ないわね。被告人キョン、そういうわけだから今日の件はなかったことにしてあげるわ。ただし、もう一回やったらその時は情状酌量の余地なく逆立ちで構内一周だからね、わかった!?」
「以後、気をつけます」
180 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 17:29:18.50 ID:FWZSMHdz0
しかし、この状況は本当になんだ……?
ハルヒがいて、朝比奈さんがいて、長門がいて、古泉がいて……俺がいる。
俺が高校一年の頃のSOS団。ハルヒの言うことに引っ張り回されたり、されなかったりして、騒がしく過ごしていた頃。
でも、妙だ。どこか……違う。
「さて、じゃあ全団員が揃ったところで、今日も早速始めるわよっ!!」
ハルヒが突然そんなことを言い出した。俺は話についていけない。だが、ついていけないのはいつものことだから特に問題はない。どうせまたこいつは奇妙奇天烈なことを言い始めるに決まってる。
「何かを始めるのは一向に構わんが、一応教えてくれ。今日は何をやらかすつもりなんだ?」
ハルヒは心底うんざりしたような顔で言う。
「あのね……キョン。あんた、脳ミソにちゃんと皺が刻まれてる? 他のことは忘れてもいいけど、これだけは絶対に覚えていなくちゃダメなのよっ。ほら、言ってみなさい。あたしたちSOS団の活動内容は何?」
「えっと……なんだったかな」
ハルヒは団長机をばしんと叩き、臨界突破の笑顔で言い放った。
「宇宙人や未来人や超能力者と一緒に遊ぶことよ!!」
182 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 17:32:49.06 ID:FWZSMHdz0
俺は椅子ごと後ろにひっくり返るかと思った。
「ハルヒ、お前、自分が何を言ってるかわかってんのか……?」
「わかってるわよ! なに、あんた今日はノリが悪いわねえ。いいから遊ぶの。日が暮れたらおしまいなんだからね!!」
「いや、そもそも宇宙人や未来人や超能力者を探し出してもいないだろうが」
「はーあー? あんた、さっきからおかしいわよ。そっちこそ自分が何を言ってるかわってるわけ?」
「どういうことだよ……?」
ハルヒは、ぴしっ、ぴしっ、ぴしっ、と規則正しい動作で指差しをする。その指は三回とも違うところを示した。即ち、長門、朝比奈さん、古泉だ。
そこで、俺はようやくこの世界の違和感に気付いた。
「……まさか……」
ハルヒはそれがごく当然のことであるかのように言ってのける。
「宇宙人も、未来人も、超能力者も、みーんな揃ってるの! だから、遊ぶのよ。そのためのSOS団だからねっ! しかも今日は他にもいっぱいメンバーを呼んであるんだから! もう目一杯遊んで遊び倒すのよっ!!」
183 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 17:34:55.72 ID:FWZSMHdz0
「他の、メンバー……?」
俺の頬を冷や汗がつーっと垂れてくる。次の瞬間、部室のドアが開いた。
「お待たせ。来てあげたわよ」
そう言って委員長スマイルを浮かべたのは、朝倉涼子だ。
「こんにちは。お邪魔します」
朝倉の後ろから、ひょっこり喜緑さんも入ってくる。そこでハルヒが動き出した。
「さて、残りのゲストはグラウンドに行って待ちましょう。ここじゃ狭いしね!!」
なんだかわけがわからないままに、この宇宙人未来人超能力者他若干名のグループはグラウンドへと移動した。今日はSOS団で貸し切ってあるのだろうか、他の部活は一切やっていなかった。
184 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 17:37:42.55 ID:FWZSMHdz0
やがて、グラウンドに一台のヘリコプターが着陸する。俺はただ口をぽかんと開けて見ていた。
ヘリから出てきたのは、新川さんに森さん、それから多丸さん兄弟の機関集団だった。みな、これが日常であるかのように自然と挨拶を交わす。
「お久しぶりでございます」
「またお会いできて嬉しい限りでございます」
「みんな元気そうだねえ」
「たまにはそっちから来てくれればいいのに」
もちろん、それだけで終わるはずがなかった。お次は一台の大型トラックが校門を抜けてグラウンドに走り込んできて、ドリフトで俺たちの前に止まった。
そこからわらわらと降りてきたのは、橘京子、藤原、周防九曜、そして、佐々木だ。
「ふう、到着です! ……って、藤原さん、大丈夫ですか?」
「橘……あとで覚えていろよ」
「――右に――同じ――」
「やれやれ、さすがに前席に四人は詰め込み過ぎだったかな」
185 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 17:39:47.50 ID:FWZSMHdz0
そうこうしていると、下校しようと昇降口を出てきた谷口や国木田、それに鶴屋さんも俺たちを見つけて走り寄ってきた。
「なんだぁお前ら? まーたわけのわかんねえことやってんのかよ」
「面白そうな集まりだね。これは、一般人は混じっちゃいけないのかな?」
「ダメって言われてもあたしは勝手に混ぜてもらうっよん!」
なんだこのアニメの二時間拡大スペシャルみたいな全員集合的ノリは……一体この世界は……どうなってやがる……?
「……おい、ハルヒ。お前、今日はどんだけ集めたんだ?」
俺は恐る恐るハルヒに尋ねた。
「えっとね、あたしが声を掛けたのは、あと二人よ」
「あと二人も……? ここに……?」
「あ、ほら。来たみたい!」
186 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 17:45:59.30 ID:FWZSMHdz0
ハルヒが校舎のほうを振り返る。俺もそちらを見る。鳥肌が立つほどに驚いた。その人物は職員室からゆっくりとこちらに歩いてくる。そして、そのお方は目を見張るほどのダイナマイトボディの持ち主で――、
「あら……みんな久しぶりねぇ」
朝比奈さん(大)!? あなたまで……つーか、朝比奈さんとダイレクトに顔を合わせてますけど禁則事項とか禁則事項とかいいですか!?
「……と、最後の一人も来たわね! これで全部よっ!!」
ハルヒが満足そうに頷く。最後の一人? どこだ、というか、誰だ……?
「せーんぱいっ!!」
187 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 17:48:39.01 ID:FWZSMHdz0
声のするほうに俺は振り向く。その、癖のある髪型で、たぼついた制服を着た女を、俺が見間違うはずがない。
「ヤスミ……!?」
「はい。あたしは渡橋ヤスミ。このたびは異世界人という設定を引っ提げて馳せ参じましたっ!!」
「異世界人って……お前、これ、どうなってるんだよ? この世界は――」
質問を浴びせまくる俺の口を、ヤスミは少し背伸びして、人差し指で塞いだ。
「細かいことはいいじゃないですかっ! 先輩はこの状況が嬉しいですよね? 嬉しいといいな。……嬉しいですか?」
俺は、頷いた。
当たり前だろ?
ハルヒがいて、朝比奈さんがいて、長門がいて、古泉がいて……なんだか知らねえが勢力同士の争いも時空間ルールも無視して誰もがみんな一緒に遊べるなんて……こんな嬉しいことって他にねえよ!!
「ならっ!! それでいいんですよっ!! 今のこの幻想的な再会を祝しましょう!!」
ヤスミは両手で握り拳を作って、それを空に向かって突き上げた。
188 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 17:56:01.69 ID:FWZSMHdz0
「はーい、というわけで、本日のメインイベント! SOS団主催のスペシャルゲームの内容を発表いたします!! 異議のある方は文書にて後日あたしまで申し出ること。わかったかしら!?」
ハルヒは拡声器を片手に、朝礼台の上に立っていた。
「本日のゲームの内容……それはズバリ、逆鬼ごっこよっ!! ルールは簡単、鬼になった人がみんなから逃げるの。みんなは……どんな手段を使っても構わないから鬼を捕まえなさい!
あ、スタートしてから最初の五分間だけは鬼しか動けないから注意してね。その代わり制限時間はナシにしたわ。とにかく一番最初に鬼を捕まえた人の優勝よっ!!」
ちょっと待て、それ鬼になったやつはどうやったら勝ちなんだ?
「考えてなかった。でもいいの、だって鬼はキョンだから!!」
おいっ!?
190 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 17:59:32.92 ID:FWZSMHdz0
「ちょっと待って。わたしも一ついいかしら、涼宮さん」
まさかの朝倉から待ったがかかるとは……この世界のこいつは比較的マトモなやつなのか……?
「はい、朝倉涼子。何?」
「鬼を捕まえる際には……もちろん、デッドオアアライヴ、よね……?」
そう言って俺に一瞥をくれる朝倉。やべえ、殺される!!
「うーん……できるだけ生かして捕まえてほしいけれど。ま、途中過程では何があってもいいわよ! 好きなだけ不思議パワーを使いなさい!!」
ハルヒ!! てめえ堂々と俺の死刑宣告をしてんじゃねえよっ!! 朝倉は目がマジだぞ。誰か止めろって!!
俺は周囲を見回す。しかし、誰一人として俺を助けようとするやつはいなかった。それどころか、みんな飢えた肉食獣のような目つきで俺を見てやがる。
191 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 18:02:00.70 ID:FWZSMHdz0
「はいはーいっ!! 涼宮先輩、質問ですっ!!」
「なに、ヤスミちゃん?」
「優勝した人には何か賞品が出るんですか?」
「あたしは賞品を用意してないけど、でも、当然、自らの力で手に入れたものは自らのものにしていいわよ。つまり……このゲームはこうタイトルを改めるべきなのね……」
ハルヒは拡声器を通して、全世界に轟くような大声で言った。
「さあ、今日はみんなで『キョン争奪戦』をやるわよっ!!」
なんだよそれっ!!! おい、お前ら、どう考えても理不尽なゲームだろ、誰かハルヒを止めてくれって!!!!
192 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 18:05:29.60 ID:FWZSMHdz0
「捕まえたらどこから刺そうかしら」「わたしは特にほしくありませんが、立場としてはあたなに協力しますよ、パーソナルネーム朝倉涼子」
「「「「古泉、私たち機関メンバーは全力であなたのサポートに回ります。その代わりキョンくんは山分けしましょう」」」」「なかなか魅力的な提案ですね」
「――彼が――ほしい――」「ん、なんだ、周防? あんなんでいいのか? よーし、じゃあ一丁俺様が華麗に捕まえてやるか!」
「にょろろ、みんな楽しそうだね。わたしも腕が鳴るよっ!!」「鶴屋さん、僕でよろしければお手伝いいたしますが」
「キョンくんが景品かぁ。お姉さん張り切っちゃうなぁ。藤原くん、小さいわたし、ここは未来人同士、チームプレイといきましょう?」「任せてください、姉さん!」「は、はぁい」
「ふむ、困ったな。とてもじゃないが僕のような一般人が割り込める隙はなさそうだが……しかしキョンはほしい……うーん困った」「佐々木さん、そのためのあたしですよ。思いっきりセピア空間広げちゃってください」
「ヤスミちゃーん、あなた確かあの青い巨人を動かせるのよね? あたしがあれを出してあげるから、あんたがキョンを捕まえなさい」「任せてください、ぜひぜひっ!! じゃあ、あたしは涼宮先輩とペアってことでっ!!」
お前らこんなときだけ気持ち悪いぐらい仲がいいな……そんなに俺争奪戦が楽しいのか?
ちくちょう……俺だって死ぬほど楽しいぞ……どうしてこんなに楽しいのかもう自分でもわからん。わからんが……こんなバカげたゲームで死ぬわけにはいかねえ!! 絶対に生き残ってやる!!
194 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 18:09:40.34 ID:FWZSMHdz0
「はいはーい、では、捕獲側の作戦会議が終わったところで……キョン、覚悟はいいかしら?」
俺はたぶん今、俺史上最高に輝いた表情をしているに違いない。
「ああ、てめえらまとめて相手にしてやるよ!! どっからでもいつからでもかかって来やがれっ!!」
俺は全員を満遍なく見回す。どいつもこいつも笑っていやがる。いい根性してるぜ。
「キョンにしてはまずまずのいい返事ね。オーケー。じゃあ始めるわよっ! もう一回注意しとくけど、最初の五分はキョンだけしか動けないからね。みんなフライングはナシよ! それじゃ……よーい――」
ハルヒが手でピストルを作って、天を撃つ。
「ドンっ!!」
196 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 18:14:00.93 ID:FWZSMHdz0
俺はハルヒの号令とともに駆け出して、一目散に体育館裏に向かう。俺にはある秘策があった。まあ、俺の秘策というぐらいだから完全に他力本願の情けないものなのだが……とにかく、俺はそこで、ある人物と待ち合わせをしていた。
「よう、上手く誤魔化せたか?」
分度器で測ったように直立不動の姿勢で待っていた長門有希は、ニミリほど首を縦に動かした。
「……問題ない……あちらのわたしはダミー……」
「よし……これでひとまず味方ゲットだぜ。悪いな、いつもいつも頼りっぱなしでよ」
「…………いい」
俺はみんなが俺を捕まえる算段をしていたどさくさに紛れて、長門にアイコンタクトを取っていた。非常に申し訳ない話ではあるが、あの状況で俺が生き残るためにはなんとしても朝倉と相性のいい長門を味方につけなければならなかった。
もちろん長門には朝倉を撃退してもらったら即刻勝ちを譲ってやるつもりでいる。長門に捕まるんなら万々歳だ。
「そろそろ五分経つんだが……俺はどうすればいい?」
「死にたくなければじっとしてて」
「ま、そうだよな……」
197 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 18:16:44.91 ID:FWZSMHdz0
そして、五分が経った。
その瞬間である。
俺たちの隠れていた体育館が綺麗に真っ二つになって崩壊した。
「おいおい……朝倉のやつ、いきなりやり過ぎだろ」
「違う」
「え? 何がだ?」
長門はある方向を指差す。そこにいるのは未来人トリオだった。指揮官は朝比奈さん(大)である。そして、俺の朝比奈さんは何やら目の辺りでピースサインを作るという可愛らしいポーズを取っていた。
「って、うえ!? 朝比奈さんっ――まさか!?」
「うぅぅ……ごめんね、キョンくぅん……みくるビーム!」
と、俺のすぐ横の大地に亀裂が入った。とてつもなく長くて巨大な刃物で切ったような跡だ。例のなんとかカッターだろうか、いや、そんなことはというか、今すぐにやめてください朝比奈さん!!
「ほら、小さいわたし、もっとガンガン撃ちなさい。でないと、後から思うとそうでもないけどその当時はめちゃくちゃ恥ずかしいとい思ってるあなたの秘密の話をみんなにバラしちゃうわよ?」
「さすが姉さん、人心を心得てますね!!」
「うえぇぇぇひどいですぅ……みくるビーム!」
朝比奈さん(大)が俺の朝比奈さんを脅しているみたいだった。ちくしょう、やっぱ無駄に歳を取ると人間ロクなもんにならねえな。
198 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 18:20:31.29 ID:FWZSMHdz0
「……問題ない……」
長門はそう呟くと、得意の高速呪文を唱える。すると、朝比奈さんから飛んできたビームが、まんま反転して朝比奈さんたちを襲った。三人の姿がもうもと上がった砂埃に紛れて見えなくなった。
攻撃はどうやら止んだようだった。ひとまずは撃退できたのだろう。しかし、長門が僅かに首を傾げていた。
「さすが長門さん。たかだか時空間移動できる人間なんかにはやられないわよね。それでこそ、わたしの相手に相応しいわ」
次に現れたのは朝倉だった。いきなり来ちまったか。できればもうちょっと敵が減った後半のほうに現れてほしかったぜ。なんせ、朝倉とやり合っている間はいくら長門でも俺に気を回している余裕がないだろうからな。
「ああ、それなら心配しなくていいわよ。一般人軍団ならわたしが適当に眠らせておいてあげたから。一人……あの鶴屋とかいう一般人だけはそうもいかなかったけれど……でも、彼女も結局自分からリタイアしたわ。もう十分楽しんだ、ってね。
あと、まだ残っているのは涼宮さんたちと古泉くんたち、あとは佐々木さんと橘さんだっけ? あの人たちくらいよ」
「あいつは? 九曜はどうした?」
「天蓋領域のターミナルなら、喜緑さんが足止めしているわ」
「そうか……とりあえず俺の敵を減らしてくれたことには礼を言うぜ、朝倉」
「結構よ。わたしにはわたしの目的があるもの。さあ、長門さん。楽しく遊びましょう?」
「…………」
「長門、俺なら大丈夫だ。ハルヒと古泉と佐々木ならたぶん俺でもなんとかなる。思いっきりやっちまえ」
「……わかった」
長門は少しだけ楽しそうだった。よくわからんが宇宙人には宇宙人の遊び方があるんだろう。想像したくもないが。
199 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 18:24:17.95 ID:FWZSMHdz0
「よし……そうと決まれば俺は華麗に逃げさせてもらうぜ……」
と、俺が走り出そうとすると、周囲の世界がセピア色に染まった。長門や朝倉の姿が見えなくなる。どうやら俺は完全に異空間に迷い込んでしまったようだ。などと分析していると、佐々木と橘が俺のほうに歩いてくるのが見えた。
「大成功ですよ、佐々木さん。これでもう他の連中は誰もここに入ってこれません。ここは佐々木さんとあたしだけの世界ですからね」
「そうね……まあ、確かにここまでは上出来だわ。でも、橘さん。あなた、ここからどうするの?」
「え……?」
橘の動きが、ぴたりと止まった。佐々木もその場に立ち止まって、橘を問い詰める。
「あなたは超能力者なのだから、空を飛ぶとか、手から炎を出すとか、瞬間移動ができるとか……そういうことができるんじゃないの?」
「あー、えっと、それは……」
「じゃあ、あなたはこの空間で何ができるの?」
「なんと言うか……何もできないです……あたしにできるのは……ここに出たり入ったりすることくらいで……」
「困ったわね。ああ見えて、彼はそれなりに腕力も体力もあるのよ。だから、さすがに普通の女子高生二人では手に余ると思うのだけれど……」
「あー……ですよねー……」
200 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 18:27:23.14 ID:FWZSMHdz0
「はい……というわけだ、キョン」
佐々木は微笑して、俺に手を振った。
「僕たちはここでリタイアするよ。キミのことを手に入れられなかったのは非常に残念だが、それでも、僕たちが親友であることに変わりはないだろう?」
「ああ、お前とはいつまでも親しき仲でいたいと思うぜ」
「ありがとう。その言葉が聞けただけでもここまで来た意味があったというものだ。では、僕はやるべき課題が無数にあるので、これにて失礼するよ。……さ、橘さん。行きましょう」
「はい……お役に立てずすいません」
「大丈夫よ、初めから期待していなかったから」
「そ、そんなー!?」
佐々木と橘が俺に背を向けて去っていく。すると、世界は元の色を取り戻した。
「……あら、おかえり。早かったのね? こっちも今終わったところよ」
帰ってきた俺を迎えたのは、朝倉の涼やかな声だった。朝倉はちょうどさっきまで佐々木たちがいた辺りに立っていた。
いや、それより終わったってどういうことだよ? なんの冗談だそりゃ、笑えないぜ? 長門はどこに行ったってんだよ……?
「長門さんは、そこ」
朝倉は委員長スマイルで、俺の後ろを指差す。朝倉から目線を外すのは躊躇われたが、しかし、俺は長門の姿を確認せずにはいられなかった。
振り返ると、長門は傷一つない姿で顕在していた。
202 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 18:30:48.97 ID:FWZSMHdz0
ん、じゃあ終わったっていうのは……?
長門は俺の疑問を察して、逆に朝倉を指差す。
「そう。またわたしの負けなの……」
朝倉が特に残念がるでもなくそう言う。よく見ると、身体が消えかけていた。
「どうして勝てないのかしらね……或いは……わたしも人間になってみればわかるのかしら……?」
朝倉はぶつぶつと自問していたが、思い出したように俺を見て、にっこりと笑った。
「じゃあね。またどこかで会いましょう」
勘弁してくれ。宇宙人の襲来なんてそう何度も何度も受けたくはない。ただ……もしもお前が人間になってヘンテコな空間を作ったりナイフ振り回したりしなくなるってんなら……会うだけ会ってやってもいいと俺は思ってるぜ。
「ありがと。その言葉、忘れないでね」
そう言い残して、朝倉は消えた。俺は気を取り直して、長門に訊く。
「長門、九曜とかはまだ来てないか?」
「……相打ち……」
なるほど。喜緑さんは理解ある人だ。いい仕事をしてくれる。
「えーっと、じゃああと残ってるのは……」
「僕ですよ」
203 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 18:33:31.97 ID:FWZSMHdz0
その声は遥か上空から聞こえてきた。俺は天を仰ぐ。青い空にぽつんと赤い玉が浮いていた。あれは閉鎖空間でしか見られない本気モードの古泉だ。
「今の僕をただの人間と思わないほうがいいですよ、長門さん。たとえあなたが相手でも……僕たちは負けません……これは人類の意地です」
おい、お前も本気で長門とやり合うつもりなのかよ。
「おや、あなたは興味がないですか? 万能の情報操作能力を持つ宇宙人と、限定的な超能力を持つ人間……正面からぶつかったらどっちが勝つのか?」
まあ確かに気にならなくもないが。
「僕はわくわくしていますよ。涼宮さんのご配慮でしょうか、ここでは僕も全力を出せそうです。それに今回は他の方からもエネルギーを借りてますしね。十二分なコンディションと言えるでしょう」
と、古泉は言ってるが、長門、お前はどう思うんだ?
「……誰が相手でも関係ない……あなたを守るのは……わたし……」
長門は朝倉を相手にしたときよりも、古泉を相手にしているときのほうが闘志を燃やしているようだった。そういえば以前、こいつは朝比奈さんにも対抗心のようなものを持っていたときがあった気がする。
もしかしてSOS団メンバーってのは、みんな負けず嫌いなのか?
「何にせよ心強いぜ、長門」
「お話は終わりましたか? では……そろそろ行きますよっ!!」
206 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 18:44:35.04 ID:FWZSMHdz0
そう言うと、古泉は鉄砲玉のような速さで長門に突っ込んだ。しかし、古泉の突進は長門の目の前の空間に生まれた透明な壁のようなものによって阻まれる。
「なるほど……やはりこの程度の速度では出し抜けませんか……なら、どんどん上げていくまでです」
古泉こと赤い玉は、不規則な動きで長門の周りを飛び回り、衝突と離反を繰り返した。その速度がだんだん俺の目には追えなくなってくる。赤い残像が突っ立っている長門の周囲を縦横無尽に行き交っているようにしか見えない。
しかし、その膠着状態は長く続かなかった。
長門の身体が、ものすごい速さで横のほうへ吹っ飛んでいったからだ。その先には新校舎があって、長門はそれに突っ込む。新校舎はダイナマイトでも爆発したように粉々に崩れた。
「長門っ!?」
俺は目を見張った。長門がさっきまで立っていた場所には、赤い炎を纏った古泉が立っていた。古泉は、あちこち服が破れ、傷だらけだった。
「ちゃんと見ていていただけましたか? 一発当てましたよ、人間が……宇宙人に……」
言って、古泉はその場に膝をついた。纏っていた炎も消える。
「さすがに……僕らも限界のようですね」
「おい!! 何を悠長に浸ってんだよ、長門はどうした!?」
207 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 18:48:08.66 ID:FWZSMHdz0
「心配しなくても、我らが長門さんはあれくらいではビクともしません。いやはや、さすがです……束になっても一撃当てるのがやっととは……超能力者としての自信を失いそうですよ」
古泉が遠い目で長門が飛んでいったほうを見つめる。と、瓦礫の山となった新校舎から、長門が何事もなかったかのように歩いてきた。
「でも、これで確信しました。たとえ情報統合思念体には届かなくても……そのインターフェースに対しては……こちらにもまだやり方次第で勝機があるようですね」
古泉はボロボロの服から砂を払い落としながら、立ち上がろうとする。と、戻ってきた長門が古泉に歩み寄って、手を差し伸べる。
「……ナイスファイト……」
長門はどこで覚えたのか、そんな言葉を呟いて、古泉と握手を交わした。
「いいえ、こちらこそ。僕らの我儘に付き合っていただきありがとうございました」
古泉はスポーツの試合を終えた後の選手みたいに、爽やかに一礼する。長門はそんな古泉に対して、何を思ったかまたごちゃごちゃと呪文を唱え、そのボロボロの格好を魔法みたいに元に戻してやった。
一体お前らはどういう次元の遊びをしてたんだよ……つーか、いつの間にそんなに仲良くなりやがった。
「心外ですね。仲間との距離を縮めているのが、あなただけだとでも?」
古泉は俺の捕獲を諦めたのだろうか、さっきまでの妙に少年っぽい雰囲気はどこへやら、いつもの好青年モードで俺に話しかけた。
210 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 18:52:14.34 ID:FWZSMHdz0
「さて、このイベントもいよいよ大詰めです。朝比奈さんの姿が見当たりませんが……彼らもそう一筋縄ではいかないでしょう。しかし、まあなんと言っても最大の脅威は……涼宮さんでしょうね」
と、古泉は俺に後ろを向け、とジェスチャーで示す。俺は、すごく気乗りしなかったが、後ろを振り向いた。いや、正しくは、振り仰いだ。
「……あいつら……正気かよ……」
それを見た俺は頭が痛くなった。ついでに、見ている対象があまりに巨大過ぎて、首まで痛くなった。
「いやっほぅー!! 先輩、まだ生きてますかっ!!?」
「なるほど、古泉くんと有希を味方に引き込んだのね……キョンのくせにやるじゃない!!」
青い巨人――神人の両肩に、ハルヒとヤスミが乗っかっていた。こら、それはそういう乗り物じゃありません。お前ら二人して特撮ヒーロー物の見過ぎじゃねえのか?
「さて、じゃあ涼宮先輩、十分に注目を集めたところで……」
「ええ。いいわよ。思う存分やっちゃいなさい。キョンは誰にも渡さないわよ。たとえ相手が有希や古泉くんでも手加減は無用なんだから!!」
「合点、了解ですっ!! それっ、ヤスミパーンチ!!」
ヤスミがふざけてんのかって感じでパンチの素振りをした。すると、神人がマジふざけてんのかって感じで同じ軌道と速度のパンチを繰り出した。
ヤスミの動きの軌道と速度をそっくりそのままビックスケールで再現するということは、それだけ破壊力がものすごいことになるという意味である。
「うあああああああっ!?」
211 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 18:56:03.72 ID:FWZSMHdz0
俺たちは成す術もなく地べたを転がる。神人がパンチを振り抜いた先の地面には風穴が開いた。
「これはかなりマズいですね。早く逃げるか降参するかしないと、主にあなたが大惨事になりかねません」
古泉は涼しい顔で解説してくれる。そうだな。俺も心からそう思うぜ。長門を見ると、長門も同意見だと瞬きで語ってくれた。
「あ、涼宮先輩、目標が部室棟のほうに逃げました!!」
「なに、焦ることはないわ、ヤスミちゃん! 部室棟に入るなんて袋の鼠、虎穴の虎よ。じわじわと追いつめてやりましょう!」
「おっけいですっ! 待っていてくださいね、先輩っ!!」
俺はそんな二人の会話なんぞに耳を傾けず、長門と古泉を引き連れてただひたすらに走った。
部室棟に向かったのは特に意味があったからではなく、ただ足が勝手に動いたからだった。理屈じゃねえんだ。俺の身体は困ったらあそこに逃げ込むようにできてんだよ。
「だあああ、なんで俺がこんな目に!!」
そう毒づいてみるものの、こうやってハルヒに振り回されて心臓が飛び出しそうなくらい全力疾走していると、俺はこの上なく清々しい気分になれた。
そうして、俺たちは文芸部の部室に辿り着く。そして、扉を開けると――、
「この未来《トキ》を待っていたわ!!」
212 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 18:58:40.29 ID:FWZSMHdz0
ルビつきの気取った台詞をのたまったのは、朝比奈さん(大)だった。結構序盤に長門のみくるビーム返しをくらってリタイアしたと思っていたが、やはり未来人だけに未来予知をフル活用した作戦を取ってきた。
たぶん、このタイミングで俺がここに来るのが規定事項というやつだったのだろう。
しかし、有難いことに、朝比奈さん(大)は長門を、藤原は古泉を前にして、それぞれがそれぞれの理由で部室から逃げ出してしまった。残された俺の朝比奈さんはきょろきょろと状況の理解に努めていたが、最終的に、
「あ、ちょっと待っててください。今お茶を淹れますから……」
とかなりズレたことをおっしゃった。やがて、神人に乗ったハルヒとヤスミが、部室の窓の外に現れる。
「ちょっと、あんたたち!! 何を和んでるのよっ!? 勝負はまだ終わってないんだからねっ!!」
「ああっ、朝比奈先輩っ!! お茶ならわたくしめにお任せを!! ぜひぜひっ!!」
「えっ!? あ、ちょ――ヤスミちゃん!? あんたあたしを裏切る気!?」
と、結局はヤスミもハルヒも部室に入ってきて、なんだかいつも通りの風景になってしまった。ゲスト連中はみんな帰ったのだろうか。ところで、俺の記憶が正しければ体育館を始め学校施設を色々と破壊し尽くしたような気もするのだが、あれは一体どうするつもりなのか。
まあ、いいか。
今は……いい。
文芸部の部室で、ハルヒが騒いでいて、長門が本を読んでいて、朝比奈さんがお茶を淹れていて、古泉がいそいそとオセロの準備をしていて、ヤスミがちょこまかと走り回っている。
そんな風景の中に、俺も溶けていきたいと思う……。
218 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 19:20:21.46 ID:FWZSMHdz0
<第六章>
しかし、本当はわかってたんだ。
これは現実ではない。
かと言って、ただの夢ではない。
強いて言えば、最高に素敵な奇跡。
それはほんの一瞬の、ミラクルタイム。
すぐに終わりが来てしまう。
そして、その終わりを告げるのは、告げることができるのは、いつだって、涼宮ハルヒだった。
221 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 19:22:25.61 ID:FWZSMHdz0
「さてと……じゃあ、もうかなり遊んだし……みんな揃ってるし、いいかな……」
ハルヒは唐突に話を始め、部室に集まったSOS団メンバーの顔を順番に見回した。
「今日はみんなに、SOS団団長たるあたしから、報告があります」
ハルヒは団長席を立って、笑顔で言う。
「本日をもって、活動を無期限停止していた我がSOS団は正式に解散します! けど、だからなんだっていうこともないわ! みんな困ったら真っ先にあたしを呼ぶのよ! 時空を超えてかけつけるわ!!」
部室の中が、しいんと静まり返った。でも、俺以外の四人は、みんな初めからそれを知っていたかのように、穏やかな表情でハルヒの解散宣言を受け入れた。
呆然としているのは、俺だけだった。
今、全てが急速に終わりへ向かいつつある。
そのことに恐怖を覚えているのは、きっとこの中で俺だけだ。
しかし、だからといって俺にハルヒの言ったことを覆せるわけがない。
俺はただ流れの中に身をおいて成り行きに任せるしかなかった。
222 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 19:32:13.53 ID:FWZSMHdz0
「じゃあ、みくるちゃんから順番に、SOS団の一員として最後の挨拶をしてちょうだいっ!」
「は、はぁい! えっと、わぁ、わたしは……」
朝比奈さんがお盆を抱えて起立した。朝比奈さんはいきなりハルヒに指名されて、最初こそおどおどしていたが、一度深呼吸をすると、かつて俺に未来人だと告白してくれたときのような凛とした表情になった。
「……わたしは、未来人のエージェントとしてこの時代にやってきました。だから……みんなとはいずれ別れなくちゃいけなかったの……。わたしはそれが怖かったんです。だから、みんなと……上手く仲良くなれなくて悔しい思いをしたこともありました……」
朝比奈さんはポケットからハンカチを取り出して、目元を拭った。そして、声が裏返らないように気をつけながら、また喋り出す。
「でも、みんなはわたしと仲良くしようとしてくれました。それが……わたしはとても嬉しかった。わたしがみんなに言いたいのは一言だけです。わたしと仲良くしてくれて……ありがとう」
朝比奈さんはそう言って、ちらりと俺を見た。俺はいつか、朝比奈さん(大)に『わたしとはあんまり仲良くしないで』と言われたことを思い出す。
「けど……たぶん、それで余計にみんなには悲しい思いをさせることになっちゃうんだけど……ごめんなさい……。
それでも、わたしは嬉しかったんです……こんなわたしと仲良くしてくれたことが……わたしと友達でいてくれたことが……本当に本当に嬉しかったんです。だから……みんな、わたしはもう十分なので……わたしのことは……忘れてください」
朝比奈さんはそう締めくくって頭を下げた。しかし、誰一人、朝比奈さんのことを忘れるやつなんていない。ハルヒの笑顔が、全員を代表してそれを物語っていた。
225 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 19:45:32.96 ID:FWZSMHdz0
「じゃあ、次、有希!」
ハルヒに名指しされて、長門はパイプ椅子から立ち上がり、持っていた本をさっきまで自分が座っていたところに置いた。その一連の動作が、いつもよりほんの僅かにぎこちなかった。まさかあの長門が緊張しているのだろうか。
「うまく言語化できない。情報の伝達に齟齬が生まれるかもしれない。でも、聞いて……」
そう言うと、長門は胸に手を当てて呼吸を整える。俺たちは黙って長門を見守った。やがて、長門は大きく息を吸い込むと、得意の無表情で――しかしそれはもはや無表情などではなかった――静かに語り出した。
「わたしはあなたたちと同じ人間になることができてよかった。あなたたちを見て、わたしは人間になりたいと思った。人間になって……わたしはあなたたちと笑いたかった。あなたたちと歳を取りたかった。あなたたちの仲間に入れてほしかった……」
長門の目がじわりと僅かに潤む。涙に濡れたその黒曜石のような瞳は、今まで一番、深く、美しい色をしていた。
「そして……あなたたちと同じように……わたしもいつかは死にたかった。それがいつかはわからない。けれど、たとえいつであってもわたしは後悔しない。
恐れることもない……たとえ短くてもわたしは人間として最後まで生き抜いてみせる……その勇気を、わたしはあなたたちからもらった。わたしを人間にしてくれて……ありがとう」
長門はそう言ってセンチ単位で頭を下げた。そして、顔を上げると、長門は俺を見つめてこう付け加えた。
「あなたたちは強い。大丈夫。あなたたち人間のその強さに、わたしは憧れたのだから」
俺は何か言おうとしたが、言葉が出てこなかった。
227 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 19:48:34.88 ID:QsA1PuVR0
長門・・・・・・・
232 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 20:00:14.85 ID:FWZSMHdz0
「続いて、古泉くん。よろしく!」
古泉は心の準備をしていたのか、待ってましたとばかりに「はい、団長閣下」と微笑んで立ち上がった。
「皆さん、どうも、古泉です。僕はこの通り何を考えているかわからない……何を考えているのかを表に出せない人間ですが……僕も気持ちは皆さんと同じだと、ここに明言しておきましょう。
SOS団での活動は僕にとって非常に楽しいものでした。皆さん……そうだったと思います……僕も……皆さんとお近づきになれてよかったと、心から思っています」
古泉はこんなときまで微笑を絶やさないように取り繕っていた。
しかし――誰が何を考えているのかを表に出せない人間なんだよ聞いて呆れるぜ――込み上げてくる感情には逆らえなかったのだろう、「失礼」と言って顔を隠し、少し間をおいてからまた話し始めた。
「本当を言うと……僕はこんな風にしか人と付き合えない僕自身があまり好きではなかったのです……。
でも、SOS団の副団長として皆さんの輪の中にいるときだけは……こんな僕でも皆さんのお役に立てるのだと、僕は自分に誇りを持つことができました」
古泉は表情を崩さないように歯を食いしばって堪えていたが、それもとうとう限界がきて、さてどうするのかと思ったら、深々と頭を下げやがった。
「本当に……こんなことは生まれて初めてなんです。おかげさまで……僕は以前よりもずっと自分のことを好きになれました……。僕を……SOS団に迎え入れてくれて……受け入れてくれて、ありがとうございました」
古泉はずっとそのままでいた。ハルヒは満足そうに頷いて、パチパチと手を叩き始める。
「はい、全員、三人に拍手っ!!」
ささやかながら、六人分で出せる精一杯の拍手が、部室を湧かせた。拍手はいつまでも鳴り止みそうになかった。
233 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 20:04:25.85 ID:FWZSMHdz0
やがて、ハルヒが手を叩くのをやめると、みんなそれに倣って手を止めた。部室が静寂に包まれる。そして、それは再びハルヒによって破られた。
「みくるちゃん! 有希! 古泉くん! 今日は忙しいところ集まってくれてどうもありがとうっ!!
もうすぐ日が暮れちゃうから……みんな帰れなくなると困るから……三人は先に行っていていいわよ……本当にありがとう!
また……どこかで会いましょう! いえ……絶対にまたみんなで会うんだからね!! あたしが言ってるんだから、そうなるわ。そう決まってるの!!
だから、三人とも――またねっ!!」
ハルヒがそう言うと、長門と朝比奈さんと古泉は、いつもの団活が終わったときみたいに、まるでまた明日も会えるような気軽さで、部室を出ていこうとした。
234 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 20:05:38.24 ID:FWZSMHdz0
俺は慌てて三人を呼び止めようとする。
待ってくれよ……待ってくれ……どこにも行かないでくれよっ!!
そう叫びたかった。でも、声が出てこなかった。
長門も、朝比奈さんも、古泉も、みんな笑っていたからだ。
みんな、ハルヒの言った通り、これが最後だなんて思ってないんだ。
だから、笑って帰っていく。
でも……でも……俺は――。
「また、いつか」
「今から楽しみにしてますね」
「失礼します」
三人が部室を去っていく。開いた扉が、ぱたりと閉じる。俺はやっと出るようになった声で、切れ切れに三人の名前を呼ぶ。
「……長門……朝比奈さ……ん……古泉……」
俺は……また取り残されちまったのか……?
235 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 20:08:04.70 ID:FWZSMHdz0
「キョン、まだ下を向いちゃダメよ。ヤスミちゃんの挨拶もきちんと聞きなさい」
ハルヒの声にはっとして顔を上げると、ヤスミはいつの間にか扉のところに立っていて、ぺこりと頭を下げた。
「先輩っ、涼宮先輩っ!! ありがとうございました!! あたしなんかとっても出来の悪い新人だったのに、こうしてSOS団の解散に立ち会えたことは……光栄ですっ!! 重ね重ねっ!! ありがとうございましたっ!!」
ヤスミはまたオジギソウみたいにぺこぺこと頭を下げる。そして、顔を上げると、俺を見つめて、にっこりと笑った。
「先輩……」
ヤスミは少し照れるように癖のついた毛先を指で弄る。そのとき俺は遅まきながら、ヤスミのトレードマークであるスマイルマークの髪留めがその頭にくっついていないことに気付いた。
236 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 20:12:23.02 ID:FWZSMHdz0
「あたしは先輩が大好きです。先輩はたぶん……あたしのことを一番には想ってくれてないと思いますけど……でも、だからと言って先輩はあたしに負い目なんか感じなくていいですからね。同情も、まっぴらゴメンです。要りませんからっ!!」
そして、ヤスミは少し顔を赤くして、目を伏せ、はにかみながら言った。
「だって……あたしが本当に一番に好きなのは……大好きなあなたを心の底から大好きでいられる……あたし自身なんですから……」
ヤスミはふうっと小さく息を吐いて、また、俺を見た。
「じゃ、あたしも帰れなくなっちゃうとマズいんで……一足先に一足飛びに失礼します。また会いたくなったらいつでも呼んでくださいね。ありとあらゆる法則を超越して華麗に登場してあげますっ!! ではではっ!! お元気でっ!!」
ヤスミはびしっと敬礼をして、それから慌しく扉を開けて走り去っていった。そのせいで部室の扉は開いたままになった。俺はそれが、追い駆けてきてほしいというヤスミの願いなのかもしれないと思った。
けれど、俺は追い駆けられなかった。先回りするように、ハルヒが、扉が開きっぱなしの入り口のところに立ったからだ。
239 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 20:15:30.56 ID:FWZSMHdz0
「もう、最後まで落ち着きのない子だったわね……」
ハルヒはそう呟いて、ヤスミの去っていったほうを見る。と、さっきまで明るかった部室が急に暗くなって、色を失った。いつかの閉鎖空間。ハルヒと二人きりになってしまった、あの灰色の世界だ。
「……日が暮れちゃったわね……」
ドアのところに立つハルヒは、パチリと部室の電気をつけた。古い蛍光灯がジジジと鳴って、部室を隅々まで照らす。すると、部室だけはいつもの部室の光景に戻った。
「……お前……あっちの世界のハルヒだったんだな。最初は話がかみ合わないから、てっきり高校生のお前だと思ってたぜ……」
「あたしはあたしよ。あたしはどこの世界にだって一人しかいないわ。あんただってそうでしょ?」
不思議な感覚だった。俺たちは高校生の格好で、高校生の身体で、中身と記憶だけが大学生だった。
「ねえ、キョン。ちょっと……歩きながら話さない?」
そう言って、ハルヒは部室を出ていった。俺もそのあとについていく。
一歩部室の外に出ると、そこは部室棟の廊下ではなかった。しかし、その光景には見覚えがあった。ただ、微妙にアングルが違うが……間違いない……これは……。
240 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 20:19:49.65 ID:FWZSMHdz0
「あんたはあの世界が退屈だと思ったことはない? つまんない世界だってうんざりしたことはない?」
オレたちは北高の体育館のステージ袖にいた。俺とハルヒの目の前で、バニー姿のハルヒが歌い、トンガリ帽子の長門がギターを掻き鳴らしている。その後ろにはENOZの正規メンバー。学園祭のライブだ。
「あたしはあるわ。だから……あたしは宇宙人や、未来人や、超能力者と遊びたいって、そう願った。
不思議なことならなんでもいい、面白いことならなんでもいい……そのためならあたしなんだってやるつもりだった。実際、してたはずよ、自信があるわ……」
俺たちは過去の世界に来ているのだろうか。しかし、仮にそうだったとして、一切の音がないのはどういうわけだ?
「あたしね、本気でそういう夢みたいなことのが夢だったのよ。だから、今日は死ぬほど楽しかったわ。
最高じゃなかった? 何よ、あのなんでもアリな風景。宇宙人と超能力者がバトルしたり、未来人は目からビームが出るしさ。あたしは変な巨人を作れるし、あの人畜無害そうな佐々木さんだってセピア色の結界を生み出す能力を持ってたのよ? 信じられる?
ホント無茶苦茶だわ。どこのどいつが考えたのよ、こんな世界……まあ、あたしなんだけど……」
242 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 20:23:17.43 ID:FWZSMHdz0
ハルヒは苦笑するように溜息をついて、突然踵を返し、俺の横を通り過ぎていく。俺はハルヒを追おうと回れ右をする。
瞬間、また画面が変わった。今度は屋外。ウェイトレスの格好をした朝比奈さんが魔法使いの長門にモデルガンを乱射している。またしても音はない。
「でも、今日好きなだけ大騒ぎして、一つわかったことがあるの……」
ハルヒが朝比奈さんの演技指導のためにメガホンを持ったままずかずかとカメラの中に入り込んでいく。俺がやれやれと言わんばかりにカメラを止めるのが見えた。
「関係なかったのね。
宇宙人も未来人も超能力者も。あたしは……有希と、みくるちゃんと、古泉くん、それからあの場にいた全員――谷口だってそこに入れてやっていいわ――そして、あんたがいれば……みんなで一緒にいられれば……それでよかったんだって……そう気付いたわ。
不思議も冒険も要らなかったんだって、ね。まあ、あってもいいでしょうけど。でも、みんながいないと……やっぱりそれは味気ないものになってしまうと思うの……」
ハルヒは愛おしそうに過去の俺たちを見つめる。俺は拳を握り締めて、声を絞り出すように言う。
「俺だって――!」
243 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 20:26:12.05 ID:FWZSMHdz0
俺が叫ぼうが喚こうが、過去の俺たちは何一つ反応せずに、あまり円滑とは言えないハルヒ超監督による映画の撮影を続けていた。
「俺だってそうだよ! そんなこととっくの昔に知ってたよ! 俺は……長門と朝比奈さんと古泉とお前と……みんなで笑っていられればそれで満足なんだよ!!
本当に……他には何も要らないくらいに……それくらい俺にはお前らが必要だったんだよ。誰よりも……たぶんハルヒ、お前よりも……俺はあいつらが大好きだったんだ。全部。みんな。本当に!!」
「うん。わかってる。そうよ……みんなそう思うわ……そうじゃないはずがないじゃない」
ハルヒはまたさっと踵を返した。俺は置いていかれないようについていく。今度は雪山に行ったときのコテージだ。また音がないが、古泉が嬉しそうに推理ゲームの説明をしているのだろうことは見ればわかる。
この辺でやっと気づいた。これは……たぶん俺とハルヒの、二人分の思い出巡りなんだ。だから、俺は俺の顔を、ハルヒはハルヒの顔を見ることができる。
245 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 20:29:03.90 ID:FWZSMHdz0
「なら!! どうして帰しちまったんだよっ!! いいじゃねえか、もっと遊ぼうぜ!!
俺はまだまだ遊び足りねえよっ! みんな揃ってるこの世界で……俺にはやりたいことがまだ残ってるよ。あいつらともう一度会いてえよ!! まだ話したいことがいっぱい残ってるんだよ!!
俺は……この世界に残りたい。あっちには……戻りたくないんだ……」
次々に場面が変わっていく。野球大会。喜緑さんの依頼……。
「そうだよ……ハルヒ、今のお前ならもしかして……できるんじゃないか? この世界だって……いつまでも闇に包まれたわけじゃないんだろ? 明日になったら太陽が昇ってくるんだろ?
そしたらみんな坂を上って登校してきて……普通に授業を受けて……放課後にはここに集まって……そうやってずっと……好きなだけ一緒にいられるんだろ……?
なあ、そうだろ……?」
「そうね。確かにここは、そういうこともできるわ」
「だったら!!」
なおも場面は目まぐるしく変わる。夏の合宿。ループしていた夏休みのイベントラッシュ……。
246 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 20:32:30.98 ID:FWZSMHdz0
「ううん。キョン、わかってるでしょう? この世界は、あたしたちの夢なのよ。あたしたちの現実は……あっちの世界なの。
今もきっとあたしたちの枕元ではチクタクと目覚まし時計の針が回っていて、いつか必ずベルが鳴って、あたしたちは目覚めるの。現実の新しい朝が来るの。
きっと……あたしたちなら大丈夫よ。あたしたちなら、あっちの世界でも、まだしていないこと、不思議なこと、楽しいこと――いっぱい見つけられるわ。絶対に。
だって、あたしたちは生きているんだもの。だから、キョン。元の世界に戻りましょう?」
コンピ研とのゲーム対決。朝比奈さん主演の映画……。
「……無理だよ……あっちは……みんないなくなっちまったんだぞ……? 朝比奈さんも長門もいなくて、古泉も遠くに行っちまう……ヤスミだって消えちまった――お前はそれでもいいのかよっ!!」
クリスマスの鍋大会。アメフトの試合観戦。年越しの合宿……。
「……言いたいことは、それだけ……?」
「バカ野郎……どうしてわかんねえんだ――!?」
鶴屋山での宝探しとバレンタイン。機関誌製作。フリマと花見。新入生歓迎会に入団試験……。
「俺はお前が好きなんだよ!!!!」
250 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 20:35:29.72 ID:FWZSMHdz0
いくつもの思い出が風のように流れていく……。
「お前と一緒にいたいんだよ!! お前が傍にいてくれないとダメなんだよ!! お前と同じ時間を過ごしていきたいんだよ!!
お前とずっと遊んで……お前と夢を見て、お前と好き合って、お前と悲しんで……そうやって俺はお前と二人で……死ぬまで生きていたいんだよ……」
楽しかったことだけが、写真のように切り取られ、それがストロボで無数に周囲に映っていく。
「なあ……ハルヒ。あんな世界やめようぜ。こっちのほうが楽しいだろ?
俺たちだって今ならやり直せる。今からまた新しい未来を作っていける。そこにはもちろんみんないるんだ。アホの谷口や国木田も、古泉や長門や朝比奈さんも、あの朝倉だってそこに含めてやってもいい……みんなでずっと遊んでいようぜ?
ずっと……なあ、ハルヒ……お前だってそうしたいはずだろ……? お前だってみんなと遊んでいたいだろ? どう考えたってこのままでいたいだろ? だから……お願いだよ……」
251 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 20:39:11.58 ID:FWZSMHdz0
そして、最後に辿り着いたのは、部室だった。
「ごめんね、キョン。あたしは……あっちの……元の世界じゃないとダメなのよ。
元の世界のみくるちゃんや有希がちゃんと生き尽くした世界。元の世界の古泉くんやあたしたちが生きてきて、これからもまだ生きていく世界……それを途中でほったらかしにして、こんな夢みたいな世界で生きていくなんて……あたしにはできない」
そこは、さっきまで俺たちがいた寂れた部室じゃなくて、もっと暖かい光に包まれていて、
「……何言ってんだよ……意味がわかんねえよ……」
長門がパイプ椅子で本を読んでいて、メイド姿の朝比奈さんがお茶を淹れていて、古泉が詰碁を並べていて、ハルヒがネットサーフィンをしていて、
「何よ……あんただって昔……嫌がるあたしに無理矢理したくせに……」
そして、俺は呆れるくらいの間抜け面でぼうっとみんなの姿を眺めているんだが――その顔が……あれは本当に俺なのか……?
「……ふっざけんな……バカ野郎……」
俺は……いつもあんな幸せそうな顔をしていたのか……? いつもあんな満ち足りた顔をしていたのか……? いつもあんな楽しそうな顔をしていたのか……?
252 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 20:42:46.61 ID:FWZSMHdz0
ハルヒが俺の目の前に立って、俺の手を取る。
俺はハルヒを、ハルヒは俺を見つめる。
俺の目はただ、ハルヒだけを映して、ハルヒの目もきっと、ただ俺だけを映していたんだろう。
それは一瞬のようにも永遠のようにも感じられた。
しかし、夢幻の時間にも、無限の時間にも、必ず終わりは来る。
「キョン……目を閉じて」
ハルヒが優しくそう言った。聞いたこともないような甘い声だった。そんな声を出されて抗える人間なんてきっとこの世にはいないだろう。俺は諦めたように目を閉じる。溜まっていた涙が零れ落ちた。
「……ハルヒ……好きだ……」
「……あたしも……あんたが好きよ……」
そうして、俺とハルヒは口付けを交わした。
255 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 20:47:28.99 ID:FWZSMHdz0
目が覚めると、俺はどういうわけか俺の家の布団で、枕を濡らして寝ていた。
一応その辺に放り出されていた携帯を手にとって、日付を確認してみる。時間はちゃんと地続きで、今日は長門の葬式が終わった翌日だった。時刻は既に正午を回っている。
「……フロイト先生も号泣だぜ……」
俺は布団から出て、カーテンを開け、窓を開ける。
確か昨日は雪が降っていたはずなのに、今日はひどく暖かかった。異常気象だろうか。それとも、本当はぼちぼち暖かくなる予定だったのに、天気だけに空気を読んで昨日一昨日だけ長門のために雪を降らせたのだろうか。
まあ、そんなことは考えても仕方がない。忌引きで休むのは今日までだ。やっちまったことに午前の授業はすっぽかしてしまったが、今日は午後もぎちぎちに詰まっている。さっさと学校に行く準備をしなくてはいけない。
俺はまず洗面所に行って、顔を洗って歯を磨いて、それから押し入れにしまいこんだ春物の服を引っ張り出した。
256 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 20:50:20.73 ID:FWZSMHdz0
そして、俺は自分でも驚くほどいつも通りに大学へ向かった。
通い慣れた道を、同じ学び屋に在籍する大欠伸をしたり携帯電話を弄ったりドイツ語の単語を覚えていたりするやつらに囲まれて歩いていく。
キャンパスの中に入ると、俺は真っ先にパンを販売している売店に向かった。
そして、誰にも呼び止められることなくパンを買って、せっかく天気がいいからどこか日向ぼっこでもできるようなところで食べようかなと大学内の地図を頭の中に広げ、ちょうどいい場所がすぐ近くにあったのを思い出し、そこへ向かった。
そこは、なかなかに景観のいい広場で、地面を芝生が覆っていた。あちこちに垢抜けた感じの私服の男女が歩いていた。芝生の上で寄り添っているカップルなんかもいる。
俺はその中に突っ立っている知った顔を見つけて、声を掛ける。
「よう」
257 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 20:53:39.63 ID:FWZSMHdz0
ハルヒは春っぽい感じの、やわらかな色合いの服を着ていた。肩にひっかけているカーディガンがとてもマッチしている。
「えっ? なんで? あんたがそこにも……」
ハルヒは何か幻覚でも見ていたのか、俺の登場に戸惑っていた。変なハルヒ。しかし、ハルヒが変なのは今に始まったことじゃないので、構わず俺はハルヒに近づく。
「なんだよ人の顔をじろじろと。何かついてるのか?」
「ううん……別に。なんでもないの」
「そっか。元気か?」
「元気よ。昨日、素敵な夢を見たから」
「そうかい、それは奇遇なことがあったもんだ」
俺たちは目を合わせて、苦笑する。
258 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 20:55:44.56 ID:FWZSMHdz0
「ねえ、あんた覚えてる?
昔さ、あんた、あたしにこんなことを言ったのよ。『そう遠くない未来にタイムマシンが開発されたとして、その数年後のお前が今この時代に来れたとして、もし今の自分に会ったりしたら、その未来の自分が何を言うか想像できるか?』って。
で、今が……その未来なのよね」
そうだな、と俺は実感を込めて頷いた。
「あたし、思うのよ。たとえあの頃に思い描いていた未来とは違っても、もしも過去に戻って過去のあたしに会ったときに、ちゃんと胸を張って『あたしはあたしだ』って言えるような……あたしは……そんなあたしでありたいの」
そりゃまた立派な志だな。まあ、お前なら大丈夫だと思うよ。心からな。
260 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 20:58:42.41 ID:FWZSMHdz0
「ところで、あんたが昨日見た夢って、どんな夢だったの?」
「すごく懐かしいやつだ。つっても、一番最後のほうはよく覚えてねえんだけどな」
「あ、そうそう。あたしも最後だけは忘れちゃったのよね。ホント、奇遇なこともあったもんよ」
そう笑って、ハルヒは何気なく、風に吹かれて顔にかかった髪を指でのける。直後、どんないらんことを思い出したのか、懐かしそうに微笑んで、片手で髪を頭の後ろでまとめて見せた。
「どうかしら?」
そんなもん、いちいち確認しなくても答えなんて一つだろうに。
「似合ってるぞ、涼宮」
俺がそう言うと、ハルヒは満足そうに微笑んで、すぐに髪から手を離し、元に戻してしまった。
「あなたに出会えて、わたし、よかった。ありがとう。またね……××くん」
そうして、ハルヒは俺から去っていった。
264 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 21:01:35.70 ID:FWZSMHdz0
その後のことを少しだけ語ろう。
ハルヒは、学年が上がって少しすると、まるで古泉を追いかけるように海の向こうへ渡っていった。後で問い詰めたところによると、本当に古泉を追いかけてのことだったらしかった。
「自分でもびっくりしてるのよ。わたし、もう彼がいないとダメみたい。なんでこういうことって相手がいなくなってみないとわからないのかしら。ねえ、あなたにもそういう経験ってない?」
あるさ、大いにな。
だからこそ、俺は二度と、大切なやつを離さない。
どんな手を使ってでも、俺の傍に連れ戻して、いつまでも抱き締めてやるんだ。
ああ、呼んださ。悪いかよ。そりゃもう思いっきり叫んだよ。泣きながら。無様に。お願いだから帰ってきてくれ――って。
そしたら本当に帰ってくるんだもんな……まいっちまうぜ。
267 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 21:05:24.38 ID:FWZSMHdz0
「先輩、どうしたんですか? さっきからニヤニヤして。思い出し笑いですか? 何を思い出してるんですか?」
「絶対に教えない。って、おい。お前、暑いだろうが。あんまくっついてくるなよ」
「ダメです。拒否します。いくら先輩の言うことでもそればっかりは聞けません」
「ったく……。あ、そうだ。髪留め、預かってたの返すわ」
「わぁお、取っておいてくれたんですねっ!! ありがとうございますっ!!」
「つーか、俺はてっきり、お前がそれを形見のつもりで渡したんだと思ってたんだが。お前、あの時、消えたんじゃなかったのかよ?」
「んーそうとも言いますし、そうとも言いません。自分でもよくわからないんです」
「わかった。もういい。細かいことは訊かねえよ。俺も古泉もハルヒもちゃんとこの世界に生きていて、お前も戻ってきてくれたんだ。それでいい。俺はもう何も言わん」
そいつは、俺から受け取ったスマイルマークの髪留めを癖っ毛頭につけるためにいったん俺から離れ、それから、また俺に勢いよく抱きついてきた。
「先輩っ、大好きです!!」
「ああ、俺もお前が大好きになっちまったぜ」
<完>
269 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 21:08:32.62 ID:5t7tLIy30
乙
ハルヒが普通に育ってたらヤスミみたいになってたのかな
272 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 21:12:42.10 ID:dmJmjNN90
乙
よかったよ
274 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 21:19:59.82 ID:fIwtfaV0O
乙
せつねえな
275 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 21:24:24.30 ID:FWZSMHdz0
長々とお付き合いいただいてありがとうございました。
感謝です。
ただ本当に長くてすいませんでした。
楽しんでいただけたら幸いです。
以下は書いたものリストです。もしお口に合えば……。
谷口「憂鬱で溜息が消失した」
朝倉「ただの人間です」
佐々木「憂鬱だ」キョン「佐々木でも憂鬱になることがあるんだな」
佐々木「憂鬱だ」キョン「佐々木でも憂鬱になることがあるんだな」β
では、皆様、よいクリスマスを。
276 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/26(土) 21:34:54.32 ID:+AQuI7ir0
ほんとに乙
--------------
当ブログについて
※欄902さんありがとうです。
涼宮ハルヒの驚愕 初回限定版(64ページオールカラー特製小冊子付き) (角川スニーカー文庫) | |
谷川 流 いとう のいぢ 角川書店(角川グループパブリッシング) 2011-05-25 売り上げランキング : 1129 Amazonで詳しく見るby G-Tools |
読み物:ハルヒ
お絵かき掲示板
画像掲示板
この記事へのコメント
-
名前: 通常のナナシ #-: 2011/11/27(日) 01:47: :editハルヒSSで1ゲト
-
名前: 通常のナナシ #-: 2011/11/27(日) 02:04: :editハルヒのふとももにおにんにんはさみたいよぉ
-
名前: 究極の名無し #-: 2011/11/27(日) 02:06: :edit
>>5のおにんにんにふとももはさんでゆっくりしごいてから快楽爆発させたいお。 -
名前: 通常のナナシ #-: 2011/11/27(日) 02:17: :editオリキャラが出てきたのを確認してそっとブラウザを閉じた
-
名前: 通常のナナシ #-: 2011/11/27(日) 02:30: :editふぅ...一息に読んじまった。良かったよ...
-
名前: 通常のナナシ #-: 2011/11/27(日) 02:47: :edit※4
SSしか読んだことの無い俺も、
「渡橋ヤスミ? 誰? オリキャラ?」
と思ってググッて見たら普通に原作新キャラらしくて驚愕した。 -
名前: 通常のナナシ #-: 2011/11/27(日) 04:14: :editイルクーツクってあそこか、バイカル湖の
-
名前: 通常のナナシ #-: 2011/11/27(日) 04:56: :edit※7
そうだね。ちなみに、サンジュちゃんのアボジの赴任地でもある -
名前: 通常のナナシ #-: 2011/11/27(日) 05:37: :editこんな時間まで読んじまった・・・
おもしろかった! -
名前: 通常のナナシ #-: 2011/11/27(日) 07:23: :editわざわざ原作の一シーンを
台無しにしなくても -
名前: 通常のナナシ #-: 2011/11/27(日) 07:29: :editヤスミが原作新キャラと知って読み進めたらなにこのかわいい子
-
名前: 通常のナナシ #NkOZRVVI: 2011/11/27(日) 07:35: :editえらく強引な話だな……。
驚愕の悪いところだけ煮詰めた話だな。 -
名前: 通常のナナシ #-: 2011/11/27(日) 07:50: :editなげーw10かな
-
名前: 名無しさん@ニュース2ちゃん #-: 2011/11/27(日) 08:43: :edit△ ¥ ▲
( 涙 皿 涙) がしゃーん
( )
/│ イ㌔ │\ がしゃーん
< \____/ >
┃ ┃
= =
3ゲットロボだよ
死にネタから始まる感動が苦手なニヒルなやつだよ
だって泣いちゃうだろ普通に -
名前: 通常のナナシ #-: 2011/11/27(日) 09:53: :editヤスミが1番可愛い
kome4でワロタw -
名前: 通常のナナシ #-: 2011/11/27(日) 11:35: :editものすごく久々に長いハルヒSS読んだ
面白かったよ -
名前: 通常のナナシ #-: 2011/11/27(日) 11:45: :edit皆同じ大学なのは谷口が猛勉強したからなのかハルヒ古泉が妥協したからなのか
-
名前: 通常のナナシ #-: 2011/11/27(日) 12:48: :edit※4は最初バーの二人の事言ってるのかと思った
本気でヤスミの事言ってるんじゃないよな? 釣りだよな? -
名前: 通常のナナシ #-: 2011/11/27(日) 13:42: :edit何か色々と良作っぽい臭いをさせながら、あまり心に残るものが無かった。
心残りが無かった。 -
名前: 通常のナナシ #oqkPALJc: 2011/11/27(日) 14:14: :editひっでぇなこの文章力
-
名前: 通常のナナシ #-: 2011/11/27(日) 16:22: :edit最初の谷口のところのキョンが性格悪すぎて
-
名前: 通常のナナシ #-: 2011/11/27(日) 16:36: :edit渡橋ヤスミって誰だ?オリジナルキャラクター?と思いながらも読んでて途中で画像調べたら想像してたのとぴったり一致したのでガッツポーズをした
-
名前: 通常のナナシ #-: 2011/11/27(日) 17:08: :edit驚愕読んでない人結構いるんだね
-
名前: 通常のナナシ #-: 2011/11/27(日) 21:06: :edit下手めなssには沸かないのに、
こういう、ちょっと長めで原作に似せて
頑張ったっぽいのには
ひどい文章だな(キリッ
ってのが必ず沸くな
面白かったけどなー -
名前: 通常のナナシ #-: 2011/11/27(日) 21:15: :edit※21
いくら虫の居所が悪いとはいえ
貴様のような低脳野郎が~は言いすぎだよな -
名前: 通常のナナシ #-: 2011/11/27(日) 21:22: :edit※25
そう?キョンて割と谷口にはそういうこと言うじゃん
しかも実際に喋ったんじゃなく心の中の声っぽいし
それより題名がもう少し良かったらいいのに、
とは思った -
名前: 通常のナナシ #-: 2011/11/27(日) 22:14: :edit素晴らしかった
久々の長編。
ヤスミかわいいよヤスミ -
名前: 通常のナナシ #-: 2011/11/27(日) 22:35: :edit米26
原作見たことないけど、普段からそんなんなのか
確かに性格悪すぎだろ -
名前: 通常のナナシ #Lpcq8t4.: 2011/11/27(日) 23:59: :edit原作に似せた?
……文章力は問題ない。
が、展開の仕方、キャラの動かし方が韓流ドラマ見せられた気分。
ハルヒは気持ち悪い程弱体化。
長門みくる空気。
正直古泉とキョンと谷口で、少女マンガ的展開するために
都合よく動かしてる感が透けてる。
何がSOS団で遊ぶだ、と題名のセリフがキメなのにキメになってない。
と具体的に評するのが礼儀かな。 -
名前: 通常のナナシ #-: 2011/11/28(月) 00:03: :editみくるが死ぬ意味が分からん…
-
名前: ※29 #Lpcq8t4.: 2011/11/28(月) 00:52: :edit……ごめん、ちょっとイラついてた。
お風呂入ったらすっきりした。
ネタSSはネタとして笑うしかないし、
クソスレSSはそうとしか評せない。
こういうきちんとしたSSが出る事は
活性化になっていい事だな。 -
名前: 通常のナナシ #-: 2011/11/28(月) 03:41: :edit途中で夢見る?前のキョン絶望あたりが良かった
-
名前: 通常のナナシ #-: 2011/11/28(月) 09:27: :editひどい文章だな(キリッ
-
名前: 通常のナナシ #-: 2011/11/28(月) 12:26: :edit佐々木のその後はー?
-
名前: 名無しさん #-: 2011/11/28(月) 22:19: :edit結構面白かったけど、ヤスミが復活したのは釈然としない感がある
-
名前: 通常のナナシ #8ABHKNv.: 2011/11/29(火) 07:15: :edit筆者の原作に対する深い読み込みと愛情を感じる作品でした。
一部でいろいろご意見があるようですが、文章力も十分あるように思います。台詞のト書きばかりのSS(それもそれで楽しいのですが)が目立つ中で、原作者である谷川流の軽妙かつ蘊蓄のつまった文体の雰囲気がうまく出ていると思います。
以下は好みの問題、というより、私の一方的な解釈ですが・・・。
①みくると長門は死ななくてもよかったのでは?
ふたりの死のストーリー上の必然性があまりないように思います。まあ、現実でも人の死は必然とは限らず、残された人々は時としてそんな不条理を受け入れながら生きていかなければならないものなので、これはこれで仕方がないのかもしれません。作者の意図としては、キョンが(満ち足りた世界に無自覚な)少年から(不条理な世界を意識する)大人になるための試練だったのだと思います。
②ヤスミが哀れ
個人的に、作品中一番違和感があったのはここです。ヤスミはハルヒの分身。このSSでの役どころは「ハルヒの中のキョンへの想いの具現化であり、ハルヒがキョンを諦めるために外に出した感情の結晶」だと思います。そしてキョンにとっては(前半とラストで意味付けが違うとはいえ)「ハルヒの代わり」でしかありません。つまりヤスミは、ハルヒとキョン、ふたりにとってすごく都合のいいキャラクターになってしまっています。そんな状況を受け入れ、肯定し切るところにヤスミの強さと魅力があるわけですが・・・
ハルヒ「たぶんだけど、ヤスミちゃんはあんたが思ってるより強くないし、キャパシティがあるわけでもないと思うの」→お前が言うな!
キョン「ああ、俺もお前が大好きになっちまったぜ」→今までは大好きじゃなかったんかい!
とはいえ、原作に描かれたヤスミの爛漫な性格をここまで魅力的に描き出したSSを私は他に知りません。ただ、あくまで「性格」であり、「位置づけ」については違和感があります。
長文失礼いたしました。 -
名前: amor000 #cGja5wy6: 2011/11/29(火) 21:49: :editよく書けてると思うけどな。
うまいこと書けてる。
ところでオリジナルキャラなんか出てきたか?……すまん。基本的に斜め読みしてるから細かいところは逃してるかも。
けど、そんな1シーンしか出てこないようなキャラはオリジナルキャラっつーよりただのエキストラだろ。
ヤスミの書き方については感動。
ヤスミや京子たちは今後出てこないのかな? -
名前: 通常のナナシ #-: 2011/11/30(水) 17:03: :editうーん、とりあえず茶番済んだらすっきりしましたみたいな
途中で佐々木が言ってたみたいな過去を振り切った、でいいのかな?
ハルヒが能力に気づいてたのは少し違和感あるけど、ご都合主義?
納得できないのはあるが乙
ハルヒはssで生きてるもんかと思ってたが、アニメssはやっぱり原作が無いと作れないな、と思った。 -
名前: 通常のナナシ #-: 2011/12/01(木) 02:39: :edit※38
アレは全部夢の中の出来事てことになってるから問題ないんじゃない?
面白かったけど完全に本編afterの話で、
しかも本編が持っている設定をかなり捨ててるから何とも言えないものがあるね。 -
名前: 通常のナナシ #-: 2011/12/01(木) 11:43: :editんー、作者はヤスミとキョンをくっつけたかったのかな? それが製作の動機になってるとか。
ハルヒと比べて、キョンのラストはなー。幻想存在と結びついて終わるなら、独りぼっちエンドでも良かった気がする。
でもまぁ、読ませる文章だった。作者&ぷん太サンキュー。 -
名前: 通常のナナシ #-: 2011/12/02(金) 00:07: :editハルヒは現実存在である古泉を追いかけるのに
キョンは幻想・願望存在であるヤスミと付き合うのか……
なんかモニョっとするな -
名前: 通常のナナシ #-: 2011/12/04(日) 01:48: :edit評判悪くてびっくり。私はすごく好きでしたこの話!!まぁ、ん?という部分もありますが、久しぶりのシリアス長編で楽しめました!ありがとうございました。
-
名前: 36 #-: 2011/12/04(日) 11:46: :edit36です。
>42さん
誤解を招くような書き方をしてしまってごめんなさい。
私もこのSSをとても楽しませていただきましたし、
最近の中では稀に見る力作・良作だと思います。
違和感を覚えた部分(42さんのおっしゃる「ん?」という部分)を書かせていただいたのは、
作者の次回作に期待すればこそです。
他の方々のコメントの多くも同じではないかと思います。
むしろ、評判はいい方じゃないでしょうか。 -
名前: 通常のナナシ #-: 2011/12/05(月) 10:37: :editわたあしが可愛い
それでいいじゃないか -
名前: 通常のナナシ #-: 2011/12/06(火) 23:16: :edit※40
俺は別のところでこの作品を見たが、
「驚愕を読んだら佐々木さんほどじゃないけど可愛い子がいたのでつい。」
って、作者の動機みたいなのが書いてあったからたぶんくっつくエンドを書きたかったんだと思われ。
-
名前: 通常のナナシ #-: 2011/12/07(水) 22:07: :edit最初は良かったんだがなぁ
他の人も言ってるが良作っぽい雰囲気のわりに微妙なんだよな
古泉とハルヒがくっつくのは無いだろ、絶対に。なんかカプ厨みたいだけどさ
あと、原作驚愕の名シーンを汚された気分 -
名前: 通常のナナシ #-: 2011/12/07(水) 22:36: :edit少女漫画臭いな、女に受けそうな話
あと少女漫画とか好きなカプ厨の男に
原作好きからしたらネタSSより最悪、嫌悪しか抱かない原作レ○プの作品でした -
名前: 通常のナナシ #-: 2011/12/09(金) 04:08: :edit面白くてつい読んでしまった。
睡眠時間返して… -
名前: 通常のナナシ #-: 2012/01/29(日) 16:37: :edit俺は馬鹿だからあまり真面目な感想は書けないが、ヤスミがかわいい。
なんか、「こいつ俺のことを好きなんだな」ってのがわかりやすいキャラってかわいく見えちゃうんだよな。
男って打算的だぜ……。 -
名前: 最近鬱な高校生 #.E2nCug.: 2012/09/06(木) 23:35: :edit
とても感動した。
このssのキョンのように俺も昔に戻りたいと思いながら毎日を退屈に過ごしてたけど、これ読んで色々と考えさせられた。
俺も頑張ってみるか
俺の妹がこんなに可愛いわけがない 黒猫 白猫Ver.