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2024年12月17日 (火)

牛は、額はいとちひさく

公教育の崩壊

 鈴木大裕「崩壊する日本の公教育」(集英社新書)は、政治による教育の不当な支配の結果、公教育が崩壊寸前であると警鐘を鳴らしています。特に、新自由主義が教育現場を荒廃させていると厳しく批判しています。発表してきたエッセイを集約したものなので、全体は体系を為していませんので、気になる部分を読めばよいと思います。私は、教員の働き方改革に関する弊害に興味を持ちました。共感するのは、働き方改革の本質は、学習環境の向上であり、そのためには、児童生徒に対する教員の数を増やすことが肝要だとする点です。こうした当たり前のことが無視されて、教職調整額の増額の仕方という狭い施策に矮小化された議論がなされているのが、今の日本です。著者は、教員を、サービス労働者扱いするのは、本来の専門家としての尊厳を損い、あるべき裁量を奪ってしまうことに繋がると批判しています。最早ないものねだりかもしれませんが、確かに、教員には、教育者としての役割を十分に発揮できるよう、相棒の特命係のような自由度があってしかるべきでしょう。ただ、今や、個々の教員の質には、かなりの格差があります。当たりの先生は少数です。なってほしい人には避けられて、なるべきではない人が教員に採用されているケースが見られます。採用試験で合格させても、過半数が辞退するというのは、異常な事態です。子どもを学校に通わせた経験がある保護者には、経験上、教員や学校を信頼できない理由があるのです。悪い例が良い例を駆逐してしまって、今日の教員不信が根付いてしまったのではないでしょうか?多忙すぎる現場の負荷を軽くするために、学校の機能を外部に移すという方策も取られています。スポーツなどの部活動がその典型です。著者は、この点にも問題があるとしています。ただ、日本の学校が役割を抱え込み過ぎているのは事実です。何かを切り捨てないと、国が教員の数を増やそうとしない以上、現場はパンクするでしょう。最後に、教員の地位を向上させるモデルとして、著者が、フィンランドを挙げていることには、賛成です。公教育再生の一丁目一番地は、教員だからです。教員の社会的地位の向上以外に、望ましい解決策はありません。

 

昭和天皇拝謁記

 原武史「象徴天皇の実像」(岩波新書)には、昭和天皇拝謁記を読むというサブタイトルが付されています。目からウロコの内容が、幾つか含まれていて、刺激的でした。興味深い点を挙げてみます。第1に、昭和天皇は1948年ごろにキリスト教へ改宗を考えていたことがありました。神道的な儀式を行う天皇が改宗とは、まさに驚天動地です。また、忠君愛国自体は悪くないので、弊害ない程度に、教育勅語もあった方が良いとしています。世の中の変化についていけない様子が伺われます。第2に、共産主義に対する警戒感が非常に強く、北朝鮮の影響が濃い朝鮮人学校は潰した方が良いとしています。東大、京大に対しても、国費を使って左翼を生み出す教育をしていると嫌っています。天皇という地位が脅かされるという危機感があったためでしょう。第3に、2.26事件の際に、皇道派の青年将校たちが、自分を退位させて秩父宮を天皇に担ごうとしたという疑念を持っていました。自らの地位を脅かすことを画策した青年将校らへの嫌悪感は、非常に強いものでした。第4に、米軍が御所ではなく皇太后の住まいを空襲したことは、戦争継続を強く支持していた皇太后を意図して狙ったものだと考えていました。皇太后は、天照大御神の神話を現実だと信じていた人です。第5に、朝鮮併合は正しかったが、鴨緑江で止めておけば良かった(満州へ進出してからおかしくなった)としていることです。昭和天皇が、戦後も、朝鮮併合を正当だったとしていたのは驚きです。第6に、自分の母親(皇太后)との関係がぎくしゃくしていたことです。英国留学以降は、皇太后は、昭和天皇が祭祀をおろすかにするとして、否定的に見ていたのです。皇太后は、自身が神功皇后のように天皇になるか、秩父宮を即位させたかったようです。第7に、戦後、天皇の退位を巡って、高松宮との確執があったことも明らかにしています。昭和天皇は、一時、退位を考えましたが思い直し、退位を面と向かって勧めた高松宮を嫌悪したのです。第8に、戦後の鳩山、岸の公職追放解除については、強い疑問を投げかけています。特に、岸は主戦論者で責任が重いと非難しています。第9に、皇太子の進学先は、東大(南原総長)が嫌だから、学習院の方が良いとしています。南原の全面講和、天皇退位の主張に、皇太子が影響されることを嫌ったためです。ただ、学習院にも、清水幾太郎のような天皇制批判論者がいることは、非常に不満であったようです。第10に、靖国神社への参拝をしなかったのは、アメリカへの復讐を企む右翼の反米思想に利用されたくないという理由でした。戦死者やその遺族にとっては、道義的に理解できない考え方でしょう。最後に、著者は、昭和天皇の負の遺産について述べています。象徴としての在り方の省察、膨大な犠牲者を出した沖縄戦への反省、中国国民に与えた苦難への悲しみと戦争への反省などは、平成になって、新しい天皇と皇后によって、なされたものです。ただ、天皇による韓国訪問が未だに実現していません(状況が好転する見込みが更に薄くなっています)。昭和天皇の負の遺産は、令和にも引き継がれているのです。

 

経団連のFUTURE DESIGN 2040

 この秋にまとめられた経団連による政策提言集です。教育・研究分野に関しては、重点として、博士人材の育成、基礎研究の振興、大学の統廃合、留学生の増加、初中教育の抜本改革などが並んでいます。博士人材に関しては、企業による採用が進まないために、我が国では博士の価値が上がらないという問題があります。経団連が博士を増やせと言っても、基本的には、構造は変わらないと思います。基礎研究に関しては、科研費と運営費交付金を拡充せよと提言しているのは評価できます。資源の選択と集中を続けてきたために、大学における研究環境が劣化してしまったことに気が付いたようです。ただ、20年も続けてきた政策のどこに問題があったのかを明確に分析すべきです。選択と集中で狙いを定めて投じた予算が、思いのほか、成果を生んでいないという問題もあるのではないでしょうか?大学の統廃合に関しては、文科省のやる気次第でしょうが、機微な課題であり、実行を先送りして逃げてばかりいると感じます。海外に留学する日本人が少なくなっているという問題の根源は、留学適齢期の人口減少とともに、留学費用負担に関する家計の余力の低下、企業による派遣の減少という要因が複合しています。恐らく国費だけでは解決しません。初中教育に関しては、個の教育、飛び級、文理融合というキーワードが並んでいますが、教員不足、不登校などの本質的な課題への取り組みが優先されるべきでしょう。これらの経団連による提言を実現するには、文科省予算を相当拡充する必要があります。財務省の方針に鑑みれば容易なことではない状況で、正鵠を射ている正しい指摘もありますが、結局、全体として絵に描いた餅になってしまうのではないかと危惧します。

 

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