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2024年12月12日 (木)

なほ顔にくげならん人は心憂し

恥の上塗り

 元大阪地検検事正が準強制性交罪で起訴された事件の裁判で、被告側は、一旦起訴内容を認めておきながら、次回からは一転して無罪の主張をする方針に転換したようです。相手は抗おうと思えばできたはずで、同意があったと認識していたという苦しい言い訳を持ち出そうとしています。常識ある弁護士なら、こういう弁護は引き受けたくないでしょう。弁護士稼業も宮仕え以上に、心理的に負担が大きい辛い仕事もしなければならない時があるということでしょうか?セカンドレイプという言葉がありますが、元検事正は、保身のためでしょうが、被害者の苦しみなどどうでもいいということなのでしょう。かりにも秋霜烈日を使命とする検事としてキャリアを積んできた人間がすることとは思えません。見苦しい恥の上塗りをすることは、検察組織全体に、さらに迷惑をかけることになるとも想像できないのでしょうか?世間の目は、問題を起こした人間が1人存在するだけで、組織全体を判断してしまいます。この事件で、検察への信頼度がかなり低下したことは否めないと思います。

 

内乱罪

 韓国では、大統領による戒厳令が、内乱に当たると判断されているようです。しかし、考えてみれば、大統領から権力を奪うのであれば内乱ですが、権力を持っている大統領自身が、内乱を起こすというのは、語義矛盾のような気もします。国会の機能をマヒさせるような政治家の拘束を命じたために、内乱ということになるのかもしれませんが、世界でしばしば起こる内乱=クーデターとは様相が異なります。大統領に戒厳令を発する権限がないなら別ですが、後に裁判によって権限行使が不適とされれば内乱になるというのなら、実質的に権限の行使は難しくなります。民主的に選挙で選ばれた議会を、軍を動員して抑え込むという手法は、悪手、禁じ手だと思いますが、今、韓国で起きている労働組合を支持母体とする野党が主導権を握ろうとしている流れは、まさに北朝鮮の思うツボであり、戒厳令の根拠として提示されていた懸念が現実化しているようにも感じます。内乱という用語は、自分の敵方が内乱を画策しているのだと主張するときに、便利なものとも言えます。また、内乱だとすれば、参加した兵士らも処罰対象になるはずです。彼らは、自分たちの行動は、正当な命令の執行であり、内乱を引き起こしているとは思わなかったでしょう。総合的に考えれば、今回のケースでは、内乱というよりも、権限の著しい濫用といった方が、座りが良いのではないでしょうか?国際政治学者の方々に、学術的な観点から解説を願いたいところです。

 

12月文楽公演

 江東区文化センターで開催された国立劇場主催の文楽公演(第2部)を鑑賞してきました。演目は、一谷嫩軍記(熊谷桜の段、熊谷陣屋の段)、壇浦兜軍記(阿古屋琴責の段)です。一谷の方は、平家物語で有名な熊谷次郎直実の逸話がもとになっています。若い平敦盛を討った後、思うところあって出家したという話を、文楽では、殺された敦盛が実は・・・と捻っています。見どころは、吉田和生さんによる熊谷の妻相模の心情表現です。次々起こる新しい事態に動揺を見せながらも、最悪の悲劇に直面しても耐え忍ぶ姿は、武士の妻としての覚悟が伺われます。身代わりに我が子を殺めるという筋は、文楽では、よく出てきますが、忠義によって人情が抑圧される社会へのやるせなさに、江戸時代の観客が共感したものでしょう。。壇浦の方は、桐竹勘十郎さんによる傾城阿古屋の琴、三味線、胡弓の演奏場面が見どころです。演奏に乱れがあれば嘘をついていることになるので、これらの演奏は、それぞれ、水責め、天秤責め、矢柄責めに当たる「拷問」だと説明されます。この人形は、左手が演奏の動きをするので特殊です。しかも、傾城なので、頭が重く、遣うのには体力を消耗するでしょう。平家の残党である景清への深い思いを吐露しつつ、心の動揺を抑えて琴責めを乗り切った阿古屋の健気さ、気丈さが、観客の心に響きます。また、演奏に乱れなし、ゆえに景清の行方を阿古屋は知らぬと評価を下した重忠の器量にも、天晴だと拍手が送られたと感じます。阿古屋の装束は、非常に豪華で一見の価値ありと思います。なお、今回の会場は、区立の実用的な文化ホールに過ぎず、雰囲気としては、人間国宝の方々が公演を行うような場ではないと感じました。新しい国立劇場の杮落としまで、10年くらいは今の状態が続くのでしょうか?演者の方々には、とても耐えがたい状況だと同情します。東京での公演は、毎回場所が変わるようで、地方巡業をしているような感じになります。こうした感想を持っているのは、私だけではありません。伝統芸能を愛する人たちを納得させるために、文化庁は、事態の早期収拾に全力を注がないといけません。文化庁を名指しで批判する声が、観客の方々の会話から聞こえてきます。

 

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