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2024年11月

2024年11月30日 (土)

五月雨のみじかき夜に寝覚をして

竜王戦第5局

 先手の藤井7冠が1日目からリードして、1六に打った角を生かして、左右から挟撃する形を作って、佐々木勇気8段にノーミスで完勝しました。序盤での差が勝敗を分けたようです。終盤、勇気8段も飛車と馬の効きを生かして、玉頭から殺到する手順により、勝負をかけて行こうとしましたが、藤井7冠は、隙を全く見せませんでした。感想戦でも藤井7冠があらゆる変化を読み切っていたことが分かりました。両者が1時間以上持ち時間を残していながら、16時ころには、勇気8段が潔く投了しました。Abemaの解説をされていた久保9段や戸辺7段からは、一見意味が分かりにくかった藤井7冠の6六歩が受けの妙手だったと評価されています。プロ棋士でも、こういう手はなかなか指せないようです。竜王戦第5局までは、先手の勝利が続いています。次局、先手になる勇気8段が最終局に持ち込めるのか、注目です。なお、大盤解説会場の和歌山城ホールは1000人以上が収容できますが、満席だったということで、相変わらずの藤井7冠人気の凄まじさを感じます。

 

地震と虐殺

 安田浩一「地震と虐殺1923-2024」(中央公論社)は、関東大震災直後の朝鮮人虐殺事件を掘り起こして、歴史の証言記録として後世に残す(虐殺否定の動きに対抗)とともに、今日も続いている差別行為やヘイトスピーチの問題を多くの人が考える契機とすることを目的としています。全国各地+韓国を取材した結果をまとめた600ページにも及ぶ大著ですが、朝鮮人虐殺に関する警察を始めとする行政の責任を、丁寧に描き出しています。当時は、朝鮮併合が強行された直後で、警察内部には、不逞鮮人を不忠なる敵として討伐すべきという認識が共有されていたようです。暴動や放火などのデマを拡散したのも、警察自身です。また、偏見や憎悪から実際に虐殺を行った日本人への刑は軽く、しかも、執行猶予、恩赦で再び地域に迎えられました。見ず知らずの人間を、単に朝鮮人だというだけで殺すのですから、異常な集団的狂気です。普通の日本人が、ユダヤ人虐殺を行ったナチスと同類の非道な行為に走ったことを、その後継たる私たちは忘れてはいけないはずです。著者は、過去の不都合な真実を暴くためだけにこの作品を書いたのではありません。今の私たちに、「日本人は出直したのか」と問うているのです。自然災害を利用した悪質なヘイトデモなどは、各地で繰り返されています。官民一体で、歪んだ優越感をもとに外国人などを差別する動きは、むしろ盛んになろうとしています。21世紀の国際化が進む日本において、誠に恥ずかしい話ですが、不合理な差別的な排外主義に身を委ねてしまう日本人が、それなりにいることは事実です。そうした極端な思想が、特に若い人たちに拡大しないよう、十分に注意する必要があるでしょう。政府においても、過去の黒歴史と正面から向き合う姿勢を取り戻すことが必要だと思います。朝鮮人虐殺の事実を否定することはできません。

 

都内の給食無償化

 2025年1月から、都内のすべての公立小中学校の学校給食費が無償化されます。東京都が、費用の8分の7を負担するため、町田市なども無償化に加わることになったからです。東京都としては、いずれ国による無償化が実現するのを見越して、先取りして無償化を実施するという考えのようです。給食費の家計負担がなくなることを悦ぶ人もいるでしょうが、所得に無関係に無償化するということは、みなの金で金持ちの子どもにも食事を与えることを意味します。到底、合理的な施策とは思えません。もう一つ、私が懸念するのは、公金による学校給食は、食事の内容に関する予算枠の制約が強くなるという点です。材料費、人件費、運搬費などが上がれば、予算増が必要になり、前年同額では、同じレベルの食事を提供できなくなる恐れがあるのです。そもそも、学校教育関係予算の中で、教材費、教育活動費などを差し置いて、学校給食に要する予算を優先する必要が本当にあるのでしょうか?給食無償化は、公財政支出としての合理性、予算システムの硬直性、学校教育に関する予算における優先順位の観点から、かなり疑問のある施策だと思います。

 

2024年11月29日 (金)

いつしかしたり顔にも聞こえたるに

田中将大さん

 このたび楽天から自由契約になりました。優勝の立役者になったほどの功労者への扱いが冷たいと批判する人もいます。別の意見としては、力が衰えたのだから、年俸の減額は仕方がないという見方もあります。確かに、過去4年間の成績は、通算で20勝33敗で、投球回数も防御率も下がる一方です。2024年は、1回しか登板していません。36歳の本人は、まだ現役を続ける自信があるようなので、新しいチームでの再起を期待したいと思います。パドレスのダルビッシュ投手は、38歳ですが、MVPを獲得した大谷翔平選手を大いに苦しめる巧みな投球を見せてくれていましたので、田中投手のロールモデルになりそうです。長らく先発で活躍した田中投手ですが、5回以上の投球回を抑えることが難しければ、リリーフに回ることで寿命を延ばすという選択もあるのではないでしょうか?野球ファンとしては、田中将大という稀代の投手を現役でできる限り長く見たいと願うばかりです。そのための正しい選択であってほしいと思います。

 

公職選挙法違反疑惑

 兵庫県の出直し知事選挙において、公職選挙法違反の疑惑が浮上しています。民放の情報番組では、検察・警察が動くのではないかと推測する専門家のコメントがしきりですが、兵庫県以外の人間にとっては、誰が知事になろうがどうでもいい問題で、長く知事のパワハラやおねだり疑惑、内部通報の取り扱いへの疑問などの報道が続いてきたので、既に関心が薄れています。弁護士さんによる、PR会社がボランティア(無償かつ見返り無し)として候補者の動画配信などを行ったという説明は、世間の常識的には、かなり苦しいと感じますが、ただ、その件は、当局による捜査が始まってから、ローカルなネタとして取り上げれば十分だと思います。件のPR会社の社長さんは、宣伝のために果たした役割を誇大に発信している可能性が高いとも感じます。記者会見でもして、正直に真実を話したらいいでしょう。知事側も公職選挙法違反の疑惑を持たれぬように、きちんと何を発注したのか契約書を残すとともに、ボランティア活動が寄付だと受け取られる余地を残さぬ工夫をすべきでした。わきの甘さが惜しまれます。兵庫県民の方々も、些か疲れているはずです。早く、この疑惑に関して捜査を行って、事実を明らかにして、白黒の決着がつくことを望みます。東京都民としては、兵庫県知事に関する話題は、「もうええでしょう」という感じです。

 

少年による誹謗中傷

 池袋母子自動車事故の被害者家族への誹謗中傷を行っていたのが、横浜市の14歳の女子中学生だったと判明しました。書類送検されましたので、こういうことをやっている少年少女には大きな警告になるでしょう。それにしても、誹謗中傷の内容を見れば、呆れるほど悪質です。正直な感想を言えば、こういう少女は、誰彼なく、憂さ晴らしの攻撃対象にしているはずで、人間として救いようがない状態にまで落ちているのではないかとさえ思います。一義的には保護者の責任ですが、立ち直らせるのは大変でしょう。パソコンやスマホを手にして、中学生が碌なことをしないなら、GIGAスクールとやらを一時停止してでも、徹底的に倫理教育をやったらどうでしょうか?公開されている誹謗中傷メールを反面教材に使って、教室で議論してもらったら良いでしょう。少なくとも、こんなメールを送って相手を傷つけて何が面白いのか、自分がされたらどう感じるのか、SNSによる誹謗中傷はなぜ悪いのか、誹謗中傷しようとしている人間を見たらどうすべきだと思うか、きちんと考えてもらいたいのです。こうした教育をやらないのなら、GIGAスクールは、無残な結果しか残さないでしょう。趣旨が少し異なるかもしれませんが、豪州では、16歳未満のSNS禁止法案が可決されました。今後の文科省の動きに注目したいと思います。個別の事件だと軽く見ないで、大いに危機感を持つべきです。

 

2024年11月28日 (木)

夏秋の末まで老いごゑに鳴きて

新東京アウトサイダーズ

 ホワイティング「新東京アウトサイダーズ」(角川新書)は、2024年に日米で出版されたので、今後、海外における日本社会の研究を志す人たちにとって、重要な参考文献になると思います。取り上げられているテーマは、日本の右翼、王貞治さん、外国人CEO、ビットコイン犯罪、統一教会など、非常に幅広くなっています。いずれも焦点は、日本社会の暗部に当たっています。最も興味を惹かれたのは、最終章の「統一教会と安倍晋三背後の暗黒政治」です。文鮮明という宗教家が、韓国のKCIA、日本の大物右翼の児玉誉士夫や笹川良一、岸信介首相との密接な関係を持つに至った経緯が描かれています。詳しくは分かりませんが、恐らく、すべて公開情報をもとに書かれているものと思います。自民党と統一教会との関係は、20世紀から続いていたもので、霊感商法で収奪を繰り返したカルト教団は、反共という活動を通じて確実に政治権力に食い込んでいたのです。文鮮明は、アメリカのブッシュ家とも密接な関係を築いています。安倍晋三首相については、「統一教会の支援により、八年八か月という最長在任期間のあいだ、自民党の力を維持してきた。」とされています。自民党の裏面史に深く関わった統一教会というアウトサイダーズが、裁判所によって、いつ解散に追い込まれるのか、注目したいと思います。

 

結納金禁止

 日経新聞に、中国の中堅スーパーのトップが、従業員に、結納金の支払いや受け取りを禁止すると表明しました。結婚離れを防ぐための私生活への介入です。その背景には、全国平均で300万円とされる結納金が、結婚への障害になっているという事情があります。披露宴も簡素にすべきだとして、招待客を親せきや友人に限定し、テーブルも5卓までとしています。中国人には、見栄を張るという習慣があり、それを問題視しているのです。当然、要らぬお節介だとの批判があるようですが、助かったと感じている若者もいるでしょう。このスーパーは、地方に展開しているという事情もありそうです。結婚が減れば、子どもも生まれないので、スーパーとしてはビジネスの先行きに不安を感じるでしょう。経営者として商圏の背景人口が増えることを望んでいるのは合理的な考えです。

 

初場所チケット

 大相撲ファンクラブの事前申し込みの結果が判明していますが、平日を選んでもチケットが全く取れなかった人もかなりいます。さらに、先行販売にチャレンジすることになりますが、相撲協会から売り出されるチケットが不足気味であることは明白です。国技館に行けばよく分かりますが、お茶屋さんがイス席にも進出していますし、旅行社を通じて来ているインバウンド等のお客さんがかなり目立ちます。どうしても特定の日に見たい場合は、お茶屋さんに頼むと通常の料金の倍にもなる金額(お弁当やお土産付き)を支払うことになります。当日券があった時は、朝早く並べば、チケットが買えたと聞きますが、今は、そういう手段もなくなったので、不便になりました。チケットの転売は禁止ですが、需要に対して供給が不足しているために、チケット屋さんでの扱いもないわけではありません。従来は空席が必ずあった九州場所でさえ、満員御礼チケット完売になっているので、見る大相撲は人気が高まっている状況です。観客に、外国人や女性が随分増えました。大の里関などの日本人の若手力士の台頭が原因だと思います。初場所では、琴櫻関、豊昇龍関の綱取りが話題になるので、人気がさらに高まりそうです。相撲を取る人間は減る一方で、見る人は増えているのは、大相撲の将来に一抹の不安を感じます。ともあれ、何とかチケットを確保して、2回くらいは国技館に足を運びたいと思います。

 

2024年11月27日 (水)

九重のうちになかぬぞいとわろき

中之又神楽

 「みやざきの神楽」は、毎年、宮崎県が主催して、県内の神楽を国立能楽堂で披露する催しです。今年は8回目で、中之又神楽(「米良の神楽」の一つとして国の重要無形民俗文化財に指定)が選ばれました。この神楽は、人口33人の大変高齢化が進んだ地区に伝承されているものです。30人ほどの保存会には、地区外に居住している経験者も加わっていますので、演者には若い人もいます。3時間半ほどで上演された演目は、三番神楽(パワフルな鬼神が登場)、鬼神舞、弓将軍(弓を手に2人が激しく舞う)、住吉の舞・若男の舞(能の翁が原型)、獅子とり荒神(ユーモラスな雄雌の猪+荒神が登場)、四人神崇(「よったりかんすい」4人の動きが激しい)+中央の舞(中央の神主と東西南北の舞手と唱教という問答をする)でした。狩猟を生業としている地区の特徴が出ています。また、剣や弓などの呪力を使う所は、修験道の影響が表れています。さらに、中央の舞の問答は、陰陽五行説がベースになっています。神楽という芸能は、生命力の活性化(共同体を守る神の霊力も再生)が基本だとのことです。冬の神楽は、毎年12月に、夜通し演じて、共同体の神を活性化し、仲間の絆を固めるという意味があるのだと思います。過疎化と高齢化が進む中で、神楽の保存・継承は容易ではないと感じます。保存会の方々には、特に、次の世代の育成に尽力していただきたいと思います。中之又神楽は、1演目の時間が長く、体力と集中力の維持が必要なので、女性を含めて若手の参加が欠かせません。国立能楽堂での公演は、一つの励みになるでしょう。宮崎県として、ぜひ続けていただきたいと思います。

 

ラグビー日本代表の停滞

 新しいHCを迎えて、次のワールドカップを目指して、2024年6月から、新しい代表チームが各国代表とのテストマッチを戦っています。心配なのは、カナダ、アメリカ、サモア、ウルグアイ以外には負けが続いていることです。その相手は、対戦順に、イングランド、ジョージア、イタリア、フィジー、ニュージーランド、フランス、イングランドで、確かに格上の相手です。ジョージアとは接戦でしたが、他の試合は、ダブルスコア以上の点差を付けられています。要は、明らかな力の差があり、日本の守備が完全に崩されて、翻弄されているのです。救いは、トライを取った場面での攻撃力には、自信を持てそうだという点ですが、相手にゲームを支配されているので、互角の戦いには持ち込めていません。まだ本番には時間があるので、チーム作りの途上であることは理解していますが、イングランドが世界ランク7位ですから、ベスト8に入るなら、イングランドと互角に渡り合う必要があるはずです。その大切な2試合の結果が、14-52、14-59なので、ジョーンズHCへの信頼がいつまで続くのか、注目して行きたいと思います。選手起用などについては、新顔にも公平にチャンスを与えているように感じます。結局、HCが目指しているラグビーを実践するためには、一人一人の経験とスキルが不十分だという問題に行きつくのかもしれません。果たして次回の2027年オーストラリア大会までに間に合うでしょうか?

 

歴史と大河ドラマ

 「光る君へ」は終盤ですが、驚いたのは、紫式部が、女御を辞して、須磨から太宰府へ旅をするという物語です。しかも、須磨の海岸では、主人公が砂浜を走るというシーンが盛り込まれました。想像の世界ではなく、実際に旅をしたという話にするのは、歴史からの逸脱です。大宰府でも、敦賀で交流があった宋人とのエピソードが膨らんでいくようです。逸脱ついでに脚本家が想像の翼を自由に広げているのでしょう。女御以外の人生があったらという想定で、現代にも通じる女性の生き方の可能性を提示しようとしているものと思います。考えてみれば、動かせない筋を骨組みにするものの、登場する女性たちは、明らかに平安時代を超えているのです。大河ドラマは、歴史の舞台を借りた脚本家による創作物になっているのです。今後、ドラマの中で紫式部が宋に渡ったとしても、もう驚かないでしょう。

 

2024年11月26日 (火)

鷺は、いとみめも見ぐるし

九州場所まとめ

 豊昇龍関との千秋楽結びの一番に勝った琴櫻関の初優勝は、横綱の誕生を待ちわびる相撲協会にとって、大変有り難い結末でした。受けの強い琴櫻に対して、早い勝負を仕掛けた豊昇龍関の自滅のような形(足が滑った)で決着しました。私は、立ち合いが良くなった豊昇龍関の優勝を予想していたので、とても残念でした。ご本人も、さぞ無念でしょう。準優勝という仕組みがないから、賞金も入りません。ともかく、初場所での、2人の大関の綱取りが楽しみです。今度こそ、豊昇龍関は優勝しなければなりません。また、新大関の場所では優勝に絡めなかった大の里関も、黙っていないでしょうから、三つ巴の優勝争いが期待できそうです。新旧交代の波は、九州場所でも、ますます大きくなってきました。玉鷲関を除くベテラン力士(錦木関、遠藤関、高安関、宝富士関、北勝富士関、佐田の海関、竜電関など)は、力の衰えが感じられます。30代後半の力士は、引退して親方株が得られるのかどうか、不安があります。相撲協会として、親方株の仕組みについて改善策を講じなければ、残るべき人が残れないことになるでしょう。本来ならば、とっくに改善していなければならないはずですが・・・。大関争いという点では、若元春関が三役で10勝を上げたので一歩リードですが、むしろ技能賞を獲得した若隆景関の方に可能性があると思います。もう少し長いスパンでは、相撲の型ができつつある尊富士関、十両の安青錦関あたりが候補者になりそうです。まだ若い熱海富士関(左上手が取れない相撲が多い)や平戸海関(今場所は空回りして大負け)にも、今後の進歩を考慮すれば、可能性はあると思います。なお、福岡国際センターの観客の中には、最後の仕切りになっても大声を出している不心得者がかなりいました。場内アナウンスで注意すべきです。守れない客は出禁にすべきでしょう。内閣総理大臣杯の授与に、東京から誰も来なかったのには驚きました。国技大相撲も軽く見られたものです。

 

自爆営業

 郵便局の年賀はがきの販売にノルマがあるという話は聞いたことがあり、勤めている息子のために親から協力してほしいと頼まれて、我が家でも可能な範囲で購入してあげたことがあります。厚労省は、自爆営業のうち悪質なものについてはパワハラと指針に明記する方針とのことです。優越的な関係を背景とする、業務上必要かつ相当な範囲を超える、就業環境が害されるという3つの要件があればという条件付きのようです。3要件の適用次第で、パワハラの範囲は小さくも大きくもなりそうで、現場での運用が難しそうだと感じます。売れ残りの恵方巻を買い取らせるようなことはできなくなると解釈して良いのか、明確にすべきでしょう。そもそも自爆営業という言葉自体が、需要を超えて供給したものを流通の末端に押し付けているわけで、異様な話です。そうした馬鹿げた商慣習が、厚労省の指針の改訂で廃絶されることを期待しましょう。

 

COP29

 アゼルバイジャンで行われた会議は、会期を延長して、2035年までの途上国への支援額を少なくとも年3000億ドルとすることで、合意が形成されました。南北対立の構図が厳しい中で、双方が妥協した結果です。CO₂排出量を見ると、中国31.7%、インド6.8%、イラン1.9%となっており、これらの国の排出抑制を先進国の金で賄うというわけにはいかないでしょう。基本的に自国で何とかすべきです。我が国は3%ですから、まずは自国の目標達成に邁進すべきだと思います。年間46兆4000億円のどれほどが負担できるのか分かりませんが、かりに1%だとしても4640億円にも上ります。こうした数字が現実的なのか、甚だ疑問です。気候変動対策は軽視できませんが、実行できない約束はしない方が良いと思います。トランプ政権がCOPの枠組みから離れるならば、13.6%を排出している国がいなくなるのですから、世界の気候変動対策は実質的に瓦解します。そうなれば、COPを続ける意味も希薄になりそうです。もしも国民多数が原発を稼働させたくないのなら、我が国もトランプ政権の後を追ったらどうでしょうか?また、我が国が途上国支援を行って、中国企業ばかりが事業を請け負うなら、とても国民多数の賛成は得られないでしょう。地球の一員として独自の気候変動対策は続けるとしても、機能しなくなる国際条約の枠組みにとらわれる必要はありません。アメリカばかりでなく、今後は、得にならない条約からは離脱するという行動パターンが他の国にもみられるようになりそうです。気候変動対策は重要ですが、我が国だけがお人よしにならぬことを祈ります。

2024年11月25日 (月)

鶴は、いとこちたきさまなれど

書店の残し方

 人口減少時代になって、過疎化が進めば、書店経営は立ち行かなくなります。ビジネスモデルも薄利なのだそうで、売れ残りリスクはないものの、売値の22%しか利益がないのです。それでも、書籍の売り上げが伸びれば、やっていけるはずですが、小説などの本が売れなくなっています。消費者の節約志向が書店を苦しめているのです。もちろん、Amazon等の通販での購入というルートが大きく開かれていることも、書店の売り上げが伸びない原因になります。さらに、あまり表に出ない要因ですが、万引きが経営を揺るがしているものと思います。実際に、池尻大橋駅のそばに在ったかなり大きな書店は、付近の私立中高の生徒による万引きが原因で閉店したとの噂を聞いたことがあります。薄利のビジネスで、万引きによる被害は、返本できないので、大きな損失の元になります。地域に書店を残すには、地域住民による出資を募り、毎年、一定額以上の書籍雑誌を購入する会員によって、売り上げを確保して、経営を安定させるしかないと思います。顧客は会員になる生協のようなビジネスモデルです。地域における書籍雑誌の購入の窓口をできる限り、その書店に集中してもらい、ネットによる注文を受け付け、無料で配達を行うなど、通販大手に負けないサービスを提供することが求められるでしょう。販売だけでなく、会員向けに新刊本などの有料貸与事業を併せて行うことも考えられます。そのためには、図書館との役割分担を見直すとともに、地域に書店を残すという目的に対する賛同者を増やすしかありません。結局、地域の文化度が試されます。なお、地域に書店を残すという取り組みが、産業政策全般を司る経産省によって行われているのは、不思議です。文科省、文化庁は、何のためにあるのでしょうか?省庁として存在が薄れていくのも無理からぬ状況です。問題意識すらないのかもしれませんが、寂しい限りです。

 

安青錦関

 九州場所は、新十両で、優勝争いに加わるなど、活躍しました。初めて15日間相撲を取る中で連敗も経験しましたが、既に十両力士としての実力は十分にあると感じました。負けた相撲では、相手の重さ、動きのスピード、突きのパワーに、これまでにないレベルの高さを感じたのではないかと思います。まだ20歳で、体格が身長180㎝、体重125キロです。140キロくらいまで体を大きくできれば、幕内上位で活躍できるでしょう。初場所では、新入幕を決める成績を期待したところですが、怪我さえしなければ、それほど難しい話ではないと思います。ウクライナから世界大会に参加して、大相撲を目指すことを決意し、関西大学相撲部で修業して、安治川部屋に迎えられ、序の口からスピード出世で快進撃しているというのは、現代のシンデレラ物語です。日本語能力も申し分なく、相撲の勝ち方を体で知っているなど、よほど頭が良い人なのだろうと思います。恐らく、3年以内には、大関、横綱になっているのではないでしょうか?膝の大怪我だけには注意してほしいと思います。幕下に上がってきたころから応援しています。若手の親方衆も、将来を嘱望していました。本当に楽しみな若手です。

 

ヒグマの駆除ができません

 北海道猟友会は、地元の市町村や警察署の協力がなければ、ヒグマ駆除への出動をしないという支部の判断を尊重するという方針に転換するそうです。民家の付近で発砲したケース(ヒグマの駆除に成功)で、銃の所持に関する許可を取り消された処分が、札幌高裁でも妥当と判断されたためです。ハンターから出動が拒否されれば、警察官が自ら駆除するのでしょうか?そうだとすれば、北海道警に特別な訓練を受けたヒグマ駆除専門のチームを編成する必要がありますが、その気はあるのでしょうか?危険な仕事をハンター任せにして、民家の付近での発砲を咎めるだけならば、出動拒否も理解できます。行政又は警察の仕事を請け負って、ヒグマの駆除を行っている人たちには、何らかの特別の地位が与えられているだろうと、漠然と受け止めていましたが、そうした法制は整っておらず、どうやら普通の狩猟と同様に扱われているようです。したがって、今回の紛争の根本原因は、法制の未整備にあるのではないかと思います。ハンターが自らの責任で行う狩猟と、行政などからの要請を受けて行う駆除とは、別のカテゴリーとすべきでしょう。また、依頼を受けて出動する場合は、駆除作業に関わる責任の所在を明確にするとともに、従事するハンターに対して危険に見合う報酬と保険などの措置が必要だと思います。

 

2024年11月24日 (日)

山鳥、友を戀ひて

補正予算で大盤振る舞い

 日経新聞の社説でも厳しい指摘があります。住民税非課税世帯に3万円(子育て世帯には子供1人当たり2万円を追加)を支給するという政策は、何の意味があるのでしょうか?資産がある世帯は対象から外すべきでしょうし、食糧を含む日用品の価格上昇は、一時的なものではないので、家計の苦しさが、この手法で改善するわけではないのを承知で、なぜ、こうした無駄で非効率な政策を実施するのか理解に苦しみます。子ども食堂のように、継続的な支援には意味があると思いますが、ワンショットの金銭の支給で、貧困世帯を救うことはできません。電気・ガス料金の軽減策も、世帯当たりの軽減額が、孤独のグルメの井の頭さんの1回の食事代以下なので、やってもやらなくても大した違いがないと感じます。要は、家計支援をやっていることを見せるための支出でしょう。結局、この予算はタイムラグはあるにしても税収で賄うしかないので、国民が負担するしかないのです。予算執行のコストを考えれば、バカらしいと思いませんか?半導体とAIの技術開発への投資も、極めて大きな規模になっていますが、この投資が本当に生きるという根拠があるのか、桁違いの投資を行う国もある中で世界競争に勝てるのか、AIの社会的コストをどう扱うのかなど、国民を納得させるための詳細な見通しや計画が示されていないことに不安を覚えます。コロナ禍以降は、特に、補正予算が大盤振る舞いの場に堕しているとしか思えません。バラマキを繰り返していれば、将来的に、国の財政破綻は避けられないでしょう。そのつけを払うのは、若い世代です。今回の経済対策に13.9兆円もの歳出を行うのは、賢いやり方でしょうか?

 

中国没落

 高成長から低成長への転換期です。不動産不況以降、デフレ経済に苦しんでいます。消費よりも貯蓄が国民の防衛策になっています。日経新聞に、SNSで流行している新語が紹介されていました。興味を惹かれたのは、「お金がないけれど働くのも面倒。ただただ何もせずにいよう。」というような「ボロボロの状態で放置する」という言葉です。16~24歳の失業率は、2023年6月を最後に公表が停止され、12月から現役学生を除いた数字に変更されましたが、2024年夏も大幅に上昇しました。2025年採用の国家公務員の出願倍率が86倍になったというのも、安定志向の高まりの証左です。公務員試験に合格することを「海や川から岸に上がる」と表現するようです。2024年は、若年層の減少を背景に、結婚件数が2割近くも減少しています。中国は市場として、生産拠点として、軍事強国として、大きく台頭しましたが、今後は、社会の閉塞感から、自暴自棄になる人間による事件が増えるなど、共産党による統治が不安定な時代になっていくのではないでしょうか?中国への入国ビザが不要になりましたが、どこで通り魔事件が起きるか分からない上に、いつスパイ容疑で捕まるかもしれない国に喜んでいく人がいるのでしょうか?

 

貸金庫が危ない

 三菱UFJ銀行の玉川支店などで、支店の管理職が窃盗を働いていたことが分かりました。被害額が十数億円ということですが、詳細判明には時間がかかるでしょう。それにしても、安全確保のために契約している貸金庫から銀行の職員が盗むという行為を止められなかったのですから、銀行の管理の杜撰さが浮き彫りになりました。マスターキーを使って、勝手に金庫を開けたというのですが、一体、どのような方法で継続して窃盗が行えたのか、詳しく知りたいところです。映画などで観る限り、パスワードなどで契約者以外が金庫を開けることはできなくなっているはずですが、内部の不心得者が、管理の網の目を潜り抜けられるとすれば、貸金庫が安全だという神話が崩れます。全国の貸金庫利用者が、今回の事件で、大きな不安を感じたはずです。単なる例外的な個別の事件としてマニュアルどおりに立ち返れば済む話なのか、金庫や職員に関する管理体制を見直すべきなのか、当該行だけでなく金融機関全体が背負うべき重大な課題だと思います。支店の貸金庫から十数億円分もの金品の窃盗を許してしまったこと自体が信じられません。当該行及びその職員に対する信頼が地に落ちました。

 

2024年11月23日 (土)

ゆづり葉の、いみじうふさやかにつやめき

大学生の価値観の推移

 片桐新自「昭和・平成・令和の大学生」(関西大学出版)は、35年間の大学生調査を通じて、広範な価値観の推移について、傾向をまとめた著作です。著者は、大きく3世代に分けられるとしています。1987~97年調査の第1世代は、伝統的な性別の役割、授業への低い出席率などで、昭和の価値観が残っていたとしています。2002~12年の第2世代は、日本経済の停滞を受けて、手堅く生きる生き方を選択する傾向が強く、政治や社会問題への関心は低く、高校生化が進んだとしています。2017~20年調査の第3世代は、スマホの存在に大きな影響を受けており、人間関係を面倒なものと見る傾向が強くなっています。批判的思考自体を否定的に見る学生が増え、個人的な自由な時間を大切にします。著者は、現在の学生たちを「令和の新人類」と見ており、彼らの価値観(新・個同保楽主義)によって、少子化の加速化が避けられそうもないと悲観しています。興味深いと感じたのは、子どもでいたいという割合が増加して、2022年調査で、親から自立したいという割合を上回るようになったことです。仕事よりも余暇を充実させて人生を楽しみたいという志向が、男女とも、年を追うごとに高まっています。均等派よりも、余暇充実派が男女とも多いのです。だから良いとか悪いとか言うつもりはありません。「令和の新人類」が40代になる頃に、日本という国の経済状況が、彼らの価値観にどういう影響を及ぼすことになるのでしょうか?

 

すぐにできる空室対策

 地主と家主12月号に、空室対策は、金額、状態、表現、条件、営業の5局面で、金を掛けずに行えることから進めるべしとの助言がありました。状態は、内見時の印象を良くする工夫です。ホームステージング、アクセントクロスなど、やりすぎぬ程度の工夫を勧めています。表現は、サイト閲覧時の見てくれを良くする工夫です。清潔に見える昼白色の照明がお勧めです。条件は、こだわり条件で検索にヒットするように低予算で売りを増やすということです。営業は、近隣の店を紹介する地図を空室に備えておくことで、内見者に街の良さをアピールするというような努力です。空室になっている理由を分析して、ポイントを絞って対策を打つことで、無駄な投資や手間を省くことが重要だとしています。言われてみれば当たり前ですが、ネット検索で絞り込んで、少数の内見で決める人が多くなっているので、ネット上の戦いに勝つことが重要な空室対策だと感じます。世田谷区でも、いつまでも空室が解消されない賃貸物件が目立ちます。家主側のやる気が不足しているのかも知れません。折角の物件が勿体ないことになっています。

 

仏遺教経

 伊藤比呂美さんの訳で、お釈迦様が弟子たちに残した最後の教えを読みました。仏教の原点が凝縮されています。興味深い点は次の通りです。第1に、所有や商取引を一切禁じています。農作業も禁止です。薬を作ってもいけません。世事にも関わってはいけません。すべての戒は、束縛から自由になるためです。第2に、多くを求めるな、眠りをむさぼるなとしています。托鉢で与えられたものを食べて、寸暇を惜しんで修業に励まなければなりません。怒りを絶対に持つなとも言っています。第3に、小欲を心掛けよ、足るを知れ、虚しい議論をするなと教えています。浮世を離れて修行者として生きるための心得です。第4に、仏陀が説かれた四諦の真理に疑いを持たず、ひたすら励むことを求めています。四諦とは、苦諦(生きることは苦である)、集諦(欲望や感情があるから苦がある)、滅諦(欲望や感情はなくせるので苦はなくせる)、道諦(苦をなくすために道がある)です。以上の教えを全て守っている僧侶が今の日本に存在しているでしょうか?お釈迦様が生きていれば、日本の僧侶を見て思わず怒ってしまわないでしょうか?

 

2024年11月22日 (金)

あすはひの木、この世にちかくもみえきこえず

こころ旅は続けられるのか?

 火野正平さんのご逝去を、心から悼みます。NHKBSの「こころ旅」という番組は、火野正平さんによって成り立っていた企画でした。視聴者からの手紙に記された人生の思い出の場所を自転車で訪ねるという単純なフォーマットが、14年間も続いたのは、火野正平という俳優が演じる人物に、視聴者が興味を惹かれているからでした。私たちが番組で見ている自転車で旅をする男と、火野正平という人間の持つ数々の煩悩や好奇心やお気楽さと重なって見えたことが、番組の一番の魅力でした。番組の熱心な視聴者は、火野正平さんの肺の機能が、喫煙の影響からか、かなり弱くなっていたのを感じていたはずです。70代になってからは、加齢の影響もあったでしょうが、少しの上り坂でも呼吸の乱れが顕著になっていたからです。雨天でも強風でもロケを敢行するという行き当たりばったりの旅番組だったことも、視聴者が、彼とともに全国各地の道を走っているかのような気持ちにさせるポイントでした。本当に好きでなければ、続けられない仕事でした。全国を何周もした火野正平さんは、放浪の俳人だった種田山頭火にも似て、投稿が道標の放浪を楽しんでいたのだと思います。目的地が神社仏閣であったとしても、彼の関心は、決して参拝や鑑賞ではなく、思い出の場所で投稿者の気持ちに寄り添うことでした。好い加減なようで、そういう点は誠実な人柄でした。芸能人でありながら、人との間に垣根を築かず、時には懐に飛び込み、来るものを拒まないことは、なかなかできないことです。得難い人を失って、こころ旅は、第2幕を続けることが難しいと思います。フォーマットを変更せずに、適任者を見つけることができるでしょうか?

 

北の富士勝昭さん

 名横綱、名親方、名解説者だった北の富士さんのご冥福をお祈りします。洒脱で粋な力士のロールモデルでした。彼のような魅力のあるお洒落な人は、今の大相撲の世界には見当たりません。2023年1月場所が最後の解説でしたが、運よく家内がサインをいただくことができ、関西の相撲ファンの知人に差し上げて、大変喜ばれました。解説者としては、辛口(国技館で売っている「北の富士カレー」も辛口)だとされていましたが、私は、力士に対する真の愛情を感じさせるバランスの取れた解説だったと思います。目をかけたが期待に応えてくれなかった力士に対する無念な思いもあったと感じます。しかし、勝手な推測でモノを言うこともなく、非難めいたコメントはしませんでした。怒りや恨みや妬みなどのネガティブな感情から自由なサッパリした人柄だったので、彼のような人が、相撲協会の理事長になっていれば、大相撲の世界が、今日のように、他のスポーツから大きく遅れた状況に陥ることはなかったと感じます。御意見番として貴重な方を失って、課題を先送りし続ける大相撲の未来が大変懸念されます。

 

九相詩(くそうし)

 伊藤比呂美「いつか死ぬ、それまで生きるわたしのお経」(朝日文庫)に、源信の白骨観とともに掲載されていました。九相詩は、死んだ後、人間の体がどう変化するのかを、赤裸々に描写するものです。曰く、新死⇒肪脹(脂ぎって脹れる)⇒血塗(血や肉が流れ出す)⇒方乱(形が乱れる)⇒噉食(鳥や獣が食べる)⇒青瘀(残った肉が青ずむ)⇒白骨連⇒骨散⇒古墳(古塚ばかりが残る)と相が変化して行きます。要は、人生は無常であると悟り、煩悩から離れるべしという教えです。死を前にすれば、誰もが謙虚になるものです。この世の栄華も富貴も死を免れえないのですから、源信も、人間はみな皮を被った白骨に過ぎないと達観して、いのち終わるまで正気で往生させてくださいと神仏に祈っています。著者の言うように、往生要集における地獄の描写が想像力豊かで興味を惹かれます。ネーデルランドの画家ヒエロニムス・ボスの寓意画に人気があるのと似ています。

 

2024年11月21日 (木)

かへでの木のささやかなるに

人類は生きものである

 中村桂子「人類はどこで間違えたのか」(中公新書ラクレ)は、生命誌の観点から、土から始める「本来の道」について考える作品です。農業革命は、詐欺だったというハラリ(サピエンス全史)の言葉を引用して、拡大志向と格差拡大を農耕社会の宿命的な問題だと指摘しています。狩猟採集生活の方が、栄養バランスも良かったし、時間的に余裕があったというのです。著者は、生きものとしての人間が、滅びの道へと踏み込んでしまっていると危惧しています。工業モデルの農業に対するアンチテーゼとして、世界で有機農法への取り組みが進んでいますが、著者は、自然を生かす農業(不起耕、無肥料、無農薬、無除草)に注目しています。私自身の経験では、無農薬くらいは何とか可能ですが、他の3つは無しではまともな収穫は達成できないと思います。著者は、農耕を植物や動物を支配する営みと捉えることが誤りだったとして、土を生かす農耕への転換を、宮沢賢治まで登場させて提案しています。農耕を原罪と捉えて、拡大・進歩こそよりよい社会を作るという発想から脱却する道を模索しようというのです。考え方としては理解できますが、実行しようとすれば、忽ち人類の多数を飢餓が襲うことになるでしょう。人口を10分の1くらいにリセットすることができるならば別でしょうが、人類が持続的に生き残るために、人口を極端に減少させるというのは、矛盾した考え方です。著者が提唱する農法が、どの程度の生産力があるのか、科学的なデータを元に議論すべきだと思います。

 

遺言書とエンディングノート

 相続トラブルの防止が、高齢者の義務だという認識は、まだ十分に広まっていないと思います。地主と家主12月号には、遺言書作成の前に、法的拘束力のないエンディングノートを書いて、遺言書では伝えきれない「思い」を明らかにすることを勧めています。遺産分割に関する考え方を記すことで、相続人の不信感を取り除く効果があるそうです。また、所有している不動産の来歴を記すことで、将来の活用に関する望みを伝えることもできるし、隣地との関係で考慮すべき点について、人間関係を含めて引き継ぐことも可能です。遺言書に関しては、専門家は、一律に公正証書による作成を勧めています。一番のメリットは、無効になるリスクが非常に低いという点です。逆に、自筆証書は、法務局で保管してもらっても、内容が無効になるリスクが残るということです。行政書士さんの経験則では、チェック以来のあった自筆証書のうち、そのまま有効だったのは2~3割程度だとのことです。専門家たちは、営業利益を考えているとは感じますが、相続トラブルを回避するには、費用と手間を惜しまない方が得策だということになります。不動産評価額(評価方法による違いあり)が上振れすると、法定相続人の遺留分を侵害する恐れがある点にも注意が必要です。日経新聞にも、デジタル遺品の確認のためにも、エンディングノートを残すことが推奨されています。パスワードが不明では、契約解除にも支障があるためです。

 

久高島

 上里隆史「目からウロコの琉球・沖縄史」(ボーダーインク)でも、神の島として観光客が多数訪問していると書かれています。イザイホーという儀式は、残念ながら、過疎化で途切れているそうです。ただ、年間30回もの祭祀は続いています。なお、琉球王国の正史に、7~8人の異種の民の存在が記されているそうです。膝より下が細く、足の指が長かったとの表記があります。著者は、突然変異によるものだろうとしていますが、真相は不明です。久高島が、神が降り立った島とされることと関係があるのかも不明です。いずれにせよ、久高島は、神女組織の頂点に立つ聞得大君や琉球国王がしばしば訪れる特別な場所でした。久高島への想いが更に強くなりました。

 

2024年11月20日 (水)

千枝にわかれて戀するためしにいはれたる

兵庫県知事選挙

 県議会から不信任決議を全会一致で可決された元知事が、出直し選挙に勝利しました。私自身は、兵庫県に無関係なので、どうでもいい話ですが、彼に投票した人たちは、彼に何を期待しているのでしょうか?結局、既成政党、県庁幹部、市長村長などの地域の体制、権威に対する異議表明、意趣返しという意味ではないかと思います。また、既成政党が、対立候補を一本化できずに、支持層からの得票を集中できなかったことも、結果に影響していると思います。今回敗北したのは、個々の対立候補というよりも、既成政党なのです。尤も、選挙が終われば、現職の知事と喧嘩するは得策ではないので、県会議員さんたちの中には、知事与党に鞍替えする人もいるでしょうし、県庁の職員たちも、トップに逆らうと損をするので少なくとも面従するとは思います。予算案も条例案も人事案も通るので、県知事としての仕事は大きな支障なくできそうです。恐らく、返り咲いた県知事さんも、地域の体制、権威の中に取り込まれていくと思います。都知事選挙の際にも、投票すべき候補が見当たらないと戸惑う人たちが多い中で、ある無名の候補が人気となり、思いがけずに得票を伸ばしました。この現象が、形を変えて兵庫県でも起こったと考えれば、納得がいきます。投票率が14%ほどアップしたのは、マスコミを含む既成の権力に対して戦いを挑む勇気ある政治家として、元知事さんへの人気・支持が高まったからでしょう。その物語が本当に正しいかどうかは、今後、兵庫県で起きることを見ていれば分かります。既成政党への不信感が高まる中で、SNSの普及で、一種のポピュリズムの幻想が、投票行動に顕著に表れる時代になったことを実感します。今回の選挙が、民主主義の新しい潮流として、積極的に評価できるのか、危険な兆候を孕むと受け取るのか、それぞれの人が良く考えるべきだと思います。選挙という手法に依拠する民主主義が、常に最良の妥当な選択をするとは限らないのは、歴史が教えるところです。自分だったら、自分に対する内部告発をした者を特定して処分したり、パワハラやおねだりを繰り返した上司に、敬意をもって仕えることは難しいと思います。県庁職員さんは、宮仕えの身が誠にお気の毒で、同情を禁じえません。

 

降りる機会がない駅

 本橋信宏「東京降りたことのない駅」(大洋図書)は、単に乗降客が少ない駅ということではなく、かなり有名な事件の現場に近い駅という意味も込められており、どこか不吉なイメージが付きまとう19の駅に行ってみたという作品です。著者は、ジャーナリストとして、事件の取材に従事していたので、駅と事件が自然と重なってくるのです。東急では、田園調布と洗足池・池上が、京王では、八幡山と井の頭公園が、小田急では、代々木八幡が取り上げられています。田園調布では、ルーシー・ブラックマンさんの殺害事件(2000年)が起き、洗足駅では、中核派による革マル派5人の殺害事件(1980年)が起きています。八幡山は、パリ人肉食事件(1981年)の犯人である佐川一政が入院した松沢病院があります。フランス警察は捜査資料の提供を拒否したので、1985年の退院後も罪を問われることなく生活しています。著者は、彼とのインタビューを紹介しています。井の頭公園では、男性のバラバラ遺体が発見されました(1994年)。身元は判明しましたが、捜査が難航して、2009年に時効となりました(当時の法律に基づく)。犯人が逮捕に至らず、ご遺族には無念が残ったままになりました。代々木八幡では、セレブ妻による夫のバラバラ殺人事件が起きました(2006年)。ともに愛人がいて関係が冷え切っており、夫のDVという情状も斟酌されて、妻には懲役15年の判決が確定しています。こういう悲劇的なエピソードが散りばめられているので、この作品を読んで、普通の人は、これらの駅に行きたいとは思わないでしょう。怖いもの見たさで、興味を持つ人はいるでしょうが・・・。救いは、著者らがそれぞれの駅を訪問した機会に、食べたグルメに関する記述です。異常な事件を想い起こしても、ごく普通の食事で日常に戻るという感じです。心の御祓いでしょうか?

 

宗教と経営

 池上、入山「宗教を学べば経営がわかる」(文藝春秋)は、入山章栄教授(早稲田大学)による「宗教と経営を結び付けて考える」というアイデアに基づき、池上彰教授(東京科学大学)との対談をまとめた新書です。経営が宗教から学ぶ点は多いという論点には賛同できますが、宗教が経営とイコールになることはあり得ないと思います。最も悪い例は、霊感商法やマルチ商法です。心の弱い人に信じ込ませて囲い込むことによって行われる収奪は、真っ当なビジネスモデルとは言えません。著者の論点は、経営の最重要ポイントは、リーダーがビジョンを示して、ステークホルダーにセンスメイキング(腑に落ちる)という状態を作ることであり、その点が宗教と重なるということです。確かに、孫正義さんのようなビジネスのカリスマは、教祖的です。著者によれば、知の探究によってイノベーションを起こす会社は、宗教化しています。アウトドアのスノーピークが例に挙がっています。従業員や顧客がスノーピーク教の信者になっているという意味です。ただ、急速に売り上げが伸びた後に、それ以上の拡大が難しくなり、失速するリスクもありそうです。ウェーバーの「プロテスティズムの倫理と資本主義の精神」を拠り所にしつつ、人間の行動原理が宗教のOSに依拠しているため、三方よしの近江商人のように自利や強欲には知らないビジネスが、結局、持続的な収益を生む優れた経営を実現していることに、著者は注目しているのです。「イスラム教こそ、次世代ビジネスの最強OSかもしれない」という著者の予言は、「特定のリーダーがいない、全員がリーダーの組織」(ティール組織)が、新しいビジネスのネットワーク型組織として機能する未来を想像しているものです。近代資本主義を乗り越えるビジネス組織の萌芽が、ISのような国際テロのネットワーク型組織にあるとすれば、非常に逆説的で面白いと感じます。いずれ、経営学の専門書において学説化されるのでしょうか?

 

2024年11月19日 (火)

やどり木といふ名、いとあはれなり

寺と不動産

 地主と家主12月号に、愛知県刈谷市のお寺の副住職さんが、不動産経営で、宗教法人の財務改善を図った話が紹介されています。檀家と寺との関係が希薄化しているので、お寺の半数ほどの年商は300万円以下だそうです。寺が所有する不動産については、檀家全体の財産という意識が強いとのことです。したがって、不動産を適切に管理して、宗教法人の経営の第2の柱にすることは、役員たる住職・副住職の責務でもあるわけです。地代が相場よりも安い、地代の未払いがあるなどの問題を解決するために、不動産を専門とする弁護士に依頼して、取り組みを進めたとのことです。将来的には、資金調達しながら不動産を増やして、土地活用によって地域との関係を良好な状態を復活させて、小規模な寺の経営モデルとなるように努力するとしています。人口減少が続く地域では、檀家の負担だけでは寺の意地が難しくなる事情は理解できます。立地にもよりますが、不動産収入によって、宗教法人を少しでも長く維持することは、重要な経営課題だと思います。

 

沖縄移住ブーム

 12月に沖縄本島に旅行した時に、東京の寒さと比較して、パラダイスのように感じました。今日の移住ブームには、私も共感を覚えます。妻に先立たれた友人は、本気で沖縄への移住を考えています。上里隆史「目からウロコの琉球・沖縄史」(ボーダーインク)には、500年前の沖縄移住ブームが取り上げられています。当時の那覇は琉球王国の港湾として繁栄しており、日本人町(若狭町)がありました。神社もありましたが、琉球にとっては、外国の宗教でした。外来の宗教は、道教、禅宗、真言宗、熊野信仰、伊勢信仰などで、これらは、琉球古来の信仰と混交して行きました。日本人町には、堺の商人、禅宗の僧侶、文化人や技術者が住んでいたようです。王府に仕えた通訳や茶人もいました。江戸時代初めまでに、10万人が東南アジアに移住していて、那覇は、各地の日本人町と日本を結ぶ中継基地になっていました。那覇の未来像として、中国本土ばかりでなく、台湾や東南アジアとの関係を強化するという戦略が適しているのではないかと思います。ボーダーレス社会のハブを目指して、国際的な移住を推進したらどうでしょうか?

 

賃貸物件の付加価値

 地主と家主12月号に、全国賃貸住宅新聞が実施したアンケート調査の結果が掲載されていました。絶対条件には、エアコン、室内洗濯機置き場、TVモニター付きインターホン等が挙がっていますが、付加価値アップできる設備としては、次の設備が上位に入っています。単身者向けでは、インターネット無料、宅配ブックス、オートロック、高速インターネット、浴室乾燥機です。ファミリー向けでは、浴室乾燥機に代わって、追い焚き機能が入ります。興味深いのは、新たに、ペット用設備が、6位と7位にランクインしたことです。賃貸でも、ペットと暮らしたい人が増えているということです。ただ、ペット用設備と言っても、ドッグフェンス、リードフック、ペット専用くぐり戸、空気清浄機、ペット対応クロス、ペット対策床材キャットウォークなど様々です。戸外の、足洗い場というものもあるでしょう。最近は、ペットとの共生を売りにしたマンションがありますので、賃貸物件でも、それに準じた設備を求める人たちがいて、付加価値と感じてもらえるのでしょう。ペット用設備は、競合との違いを作るポイントになりうると思います。

 

2024年11月18日 (月)

花の木ならぬは、かへで

竜王戦第4局

 先手の佐々木勇気8段が勝って、シリーズは2勝2敗となりました。97手目の8三銀と打ったところで、藤井7冠が40分の持ち時間を残して早々と投了しました。勇気8段が間違えることはないという信用があったのでしょう。いつもの藤井7冠であれば、敗勢でも勝負手を繰り出して、対応を少しでも誤れば逆転という場面を作るのですが、そういう見せ場さえもない寂しい1局になりました。藤井7冠の棋譜として、最悪の内容だったのではないでしょうか?最後は、八方塞がりのような雰囲気で、すべてを悟って投げ出したような印象です。2日目の様子をAbemaで時々見ましたが、藤井7冠は、昼休憩前に、戦意喪失に陥っていたようにさえ感じます。40手目に藤井7冠が9筋の仕掛けに同歩と取ってしまったところで、形勢を損ねたようです。勇気8段が7四歩と打って、評価値に差が付きました。勇気8段には、疑問手が一切なく、快勝と言って良いと思います。藤井7冠が、タイトル戦で早々と投了したことはなかったので、些かショックです。この調子だと、竜王を手放すことになるかも知れません。藤井7冠ファンなら心配になるでしょう。

 

石破総理の外交

 慶応義塾大学の卒業生が英語を話せないというようなことがあるのでしょうか?そんな人が日本の総理だとは、実に衝撃的です。中国の習近平主席との顔合わせの映像からは、極度の緊張から、握手の写真撮影で、口角を上げることことさえできない様子が分かりました。習主席が余裕の笑顔を作っているのに対して、強張った無表情の石破総理が惨めでした。こんな状態では、首脳外交で成果を上げることは不可能です。信頼関係を築く以前の状態で、人間としても軽く見られてしまいます。風采という意味でも、せいぜい昭和の町会議員さんという印象で、2024年の日本の総理とは、到底思えません。見てくれは、外交の場でも重要な要素です。日本の国力が下がっている中で、石破総理では、日本の存在感は下がる一方だと懸念します。トランプ次期大統領にも、面会を断られました。例外を設けないという説明ですが、衆議院選挙で敗北したために、重要度が低いと判断されたのは明らかです。石破外交は、大切な写真撮影に遅れて参加できなかったなど、スタートからケチが付きました。政権は短命に終わるのではないでしょうか?

 

12月文楽公演

 チケットを取りましたが、国立劇場が閉鎖されて、12月公演は、前半9日間が江東区文化センター(東陽町)、後半3日間が神奈川県立青少年センター(桜木町)での開催です。公演ごとに会場を確保しなければならないのは、なかなか苦労があるだろうと思います。演者の方々は、固定した会場での開催を望んでいるでしょう。いまだに、新しい国立劇場の建設の目途が立っていないことで、いつまで渡り鳥のような不安定な公演を続けるのか、先が見えないので、関係者の不満が高まっているのは理解できます。国立劇場には、稽古もできる環境があるのに対して、渡り鳥では、そうしたことが期待できません。素人には詳しいことは分かりませんが、芸にも影響があると思います。東京都内と言っても、東陽町は、かなり東の方で、国立劇場の半蔵門に行き慣れた人間には、不便さを感じます。贅沢は言えませんが、文楽公演から足が遠のく原因になってもおかしくないのです。落語などの演芸は、さらに、国立の看板がないホールでの公演になるので、演者にとっても、普通の落語会との違いが感じられなくなっています。勝手な感想ですが、演者のラインナップも低調になってきている印象です。最近は、ぜひ観に行きたい公演が見当たりません。工事日程が決まるまでは、国立劇場を再開するべきではないでしょうか?再建が難しければ、リノベーションでも構わないと思います。

 

2024年11月17日 (日)

夕暮の程に、ほととぎすの名のりてわたる

八村塁さん

 NBAで存在感を高めている唯一の日本人選手です。代表チームのHCの選択基準に関して意見を述べたことで、実に日本的で不可思議な非難を浴びているようです。非難している人間が本当のバスケットボールファンかどうかは、相当怪しいと思いますが、協会が決めたHCの選考に、選手の分際で異議を唱えるのは怪しからぬという阿呆らしい理屈が根本にあるようです。西村カリンさんの「フランス人記者、日本の学校に驚く」(大和書房)にも、上位者に対して異を唱えない日本人の欠点が指摘されています。江戸時代の儒教ベースの教育を未だに克服できずに、自分の頭で考えない人ばかりを生み出す学校教育に、その原因があるのではないでしょうか?そんなに和を重視するなら、Bリーグの選手たちだけで代表を組めばよいでしょう。それで勝てればいいでしょうが・・・。ちなみに、サッカー日本代表は、欧州のチームに属している選手ばかりで戦っていますが、森保監督の器が大きいためか、選手たちで試合中に戦術変更することもしばしばです。経験値の高い大人のチームになり、みながリーダーになれる史上最強のチームになっています。ここまで来るのには、1993年5月のJリーグ開幕以来、30年以上を要しています。現在の男子代表HCは、女子代表を率いて東京五輪でメダルを取ったという実績があります。しかし、男子代表のHCとしては、パリ五輪のグループリーグで3戦全敗でした。フランス戦は勝てた試合でしたが、みなが願ったオリンピックでの勝利という大魚を逃しました。まだ選手の質が十分ではないので、HCだけの責任ではありませんが、指導者として男子では通用しないのかもしれません。なぜ、続投させたのでしょうか?八村選手の指摘が的外れなのであれば、選考に当たったJBAの当事者から説明した方が良いと思います。要は、表舞台で議論すべきなのです。次のロス五輪で勝つために、現状でベストな選択をしていることを、バスケットボールファンにも納得させてください。八村選手は、自分を都合よく利用して稼ごうとするJBAへの不満・不信感もあるようです。要は、コミュニケーション不足ではないでしょうか?八村選手とのパイプ役になる人間がJBAには必要でしょう。

 

75歳以上の一人暮らし

 未婚率が高まっているために、一人暮らしの割合が増えています。厚労省の研究所によれば、2050年には、東京都で、75歳以上の35.7%が一人暮らしになるとのことです。一人暮らしでも、近隣に子どもが住んでいれば、まだ介護や医療などに関して助けてもらえるでしょうが、そういう頼れる相手がいない場合は、大変厄介な問題が生じます。日経新聞には、認知症の発症、介護サービスの利用、生活資金の確保、防犯からの安全確保、災害時の避難など、様々なリスクが挙げられていますが、なかなか一朝一夕には解決するものではなりません。最終的には、一人暮らしが不可能になり、介護施設に入所することになるでしょうが、団塊ジュニア世代の人口に鑑みれば、介護や医療に関する社会的な負担が増えることが容易に想像されます。少子化が止まらない我が国は、その負担に耐えられるでしょうか?一人暮らしの高齢者への支援を担ってくれるNPOやボランティアの育成が急務でしょう。他人を家に入れたくない人もいるので、一人暮らしの人が75歳になる以前に、お互いの信頼関係を作るための準備期間が必要だと思います。本来は家族が担う役割を果たしてもらうわけですから、何らかのインセンティブと信用保証の制度が必要になるでしょう。

 

晩秋の新宿御苑

 千駄ヶ谷門からの入園は初めてでした。65歳以上は半額で入れます。常に賑わっている新宿門に比べて圧倒的に空いています。外国人や女性のグループが目立ちます。中央の芝生では、何組もの幼児たちが、鬼ごっこなどをして遊んでいます。のどかな風景です。意外なのは、平日でも、カップルがデートをしていることです。特に、日中は上着のいらない暖かい天気だったからでしょうか?メインイベントとして、恒例の菊花壇展が行われていました。月並みですが、優美な江戸菊が一番見ごたえがあります。日本で育てられている菊の完成形だと感じます。景色としては、下の池に映った紅葉が進む木々の風情が白眉でした。風がなかったので、水鳥が遊ぶ水面は、見飽きることがありません。絵画の遠近法が連想されるプラタナス並木の落葉の雰囲気も、晩秋を印象付けていました。他方で、隣のバラ園はまだ咲き残っており、楓の林も赤に色づくには至っていません。秋にも夏から続く高温が残っているからでしょう。温室では、ランの仲間が開花しています。熱帯の植物の葉模様をいつでも楽しめるのもありがたいことです。上の池の橋付近には、ススキの群落があり、都会では見かけなくなった貴重な風景です。高価なカメラで写真撮影している人が多いのも頷けます。新宿御苑は、貴重なオアシスでした。

 

2024年11月16日 (土)

わかき人々菖蒲のさしぐしさし

九州場所序盤の振り返り

 5日目までの幕内の全勝は、豊昇龍関、隆の勝関、阿武剋関の3人です。豊昇龍関の充実ぶりが際立っています。早いですが、このまま全勝で優勝するのではないでしょうか?前に圧力を掛ける立ち合いが、大変に良くなりました。他の2力士も、11勝以上できると思います。その他では、熱海富士関、阿炎関が好調です。2人とも大勝ちできそうです。心配なのは、霧島関です。当たりが弱いので、故障があるのかも知れません。大関復帰が遠のきました。十両では、嘉陽関が、幕内昇進を攫む成績を上げてくれそうです。欧勝海関、藤青雲関、安青錦関、生田目関あたりと、優勝争いをするのではないでしょうか?十両でも、新しい顔ぶれが主役になってきました。幕下15枚以内では、6枚目の風賢央さんが、3連勝と好調です。期待していた宮城さん(2枚目)は、出遅れていますが、何としても勝ち越して関取昇進を攫む気迫で、残りの相撲に挑んでほしいと思います。大相撲中継を見ていると、福岡国際センターの観客の中には、最後の仕切りになっても大騒ぎしている男性がいますが、些か行儀が悪すぎます。ガソリンを入れ過ぎているのではないでしょうか?

 

大学という斜陽産業

 文科省の推計で、2050年には、大学入学者が42万人にまで減少し、大学定員の3割が充足しなくなることが分かりました。外国人留学生の増加を見込んでも、速度を増す少子化には焼け石に水です。現状で、経営困難な私学は18%に及んでいますので、それらの、再編統合、廃止は避けられません。さらに、24%が経営困難の予備軍であり、これらも生き残りが良いではなさそうです。しかも、授業料が年間38万と安いZEN大学のような大規模な通信制の大学が開校を予定しており、既存の私立大学には、新たな黒船になることでしょう。大学の入学定員が減少することは、雇用される大学教員が減少することを意味します。我が国の科学技術を支えるマンパワーの減衰は深刻な問題です。文科省は、持続可能な経営への転換を推進するとしていますが、支援を受けなければ経営改革ができないような私学は、生き残れないと思います。結局、無駄金になるような予算措置はやめて、経営困難予備軍には、再編統合などの方策の検討を求めたらどうでしょうか?大学教員の需要が減れば、博士課程の縮小も必至でしょう。大学業界は、真冬の時代に突入します。

 

将棋の街

 千駄ヶ谷に、新しい将棋会館ができたので、行ってみました。目的の一つは、クラウドファンディングで建設費を少しだけ寄付したので、自分の銘板を確認することでした。入口の右側に寄付者の銘板があり、上部に神木隆之介さんの大きな銘板があったコーナーの下の最も小さな札に自分の名前を見つけました。また、思いがけず、昔、ジュネーブの政府代表部で同時期に在籍した外務省のS夫妻の大きな銘板を見つけました。お二人は、将棋連盟の方との交流があるものと推測します。新しい将棋会館では、まだ業者さんが入って、内部の工事が続いていました。同じ建物には、棋の音という将棋道場+物販+飲食のスペースがありました。平日の午前でも、それなりに賑わっています。物販では、コラボ企画で開発されたTシャツなどがありましたが、価格帯が若干高めでした。棋士の関係では、やはり、揮毫した扇子が売れ筋のようです。藤井聡太7冠については、携帯できるアクリル板が売られていました。やはり特別な人気者です。私は、中村太地8段の扇子を所有しています。その後、将棋堂(大山15世名人時代に寄進した巨大な王将駒を祀る)がある鳩森神社にも参拝しました。かなり立派な富士塚もあります。ただし、足の悪い高齢者には危険な「登山」です。秋が深まり、天気も良かったので、将棋の街を後に、線路の反対側にある新宿御苑へ向かいました。

 

2024年11月15日 (金)

節は五月にしく月はなし

政治家の不倫報道

 かつての男性の国会議員さんたちは、東京に私生活のお世話をしてくれる女性がいても不思議ではありませんでした。自民党のベテラン議員の方から、引退が近づいて、東京の女性との別れ方について、同僚議員への助言をしたというような話を聞いた記憶があります。こういうケースは、かなり長期の安定的な関係で、男女の間には愛情と言える確かなものがあり、行きずりの遊びとはかなり違います。それなりの金額を包んで、感謝の気持ちを表現したようです。最近は、そういう関係もなくなり、国会議員さんの不倫についても、大きな犯罪並みの批判が避けられません。家族から責任を問われるのは理解できますが、相手の女性からのクレームはないのも拘わらず、まったく利害関係のない人間たちが責めるのは、いかがなものでしょうか?政治家に何を求めるかという点で考え方が分かれますが、あくまで政治的な活動で評価すべきではないかと思います。もちろん、私生活でも犯罪行為や私的な利益追求行為は問題にしますが、専ら家族に関わる事柄については、あえて見て見ぬふりをしておくことが適切では無いかと思います。国会議員さんにもプライバシーがあります。私的な生活のすべてを監視されるのでは、精神的に辛すぎるでしょう。我が国では、私生活を一切問題にしないフランスのようにはならないでしょうが、不倫(配偶者以外との性交渉)=人間失格のような扱いをする必要まではないと思います。むしろ、裏金議員=政治家失格の方が、よほど罪深いと感じます。彼らを当選させた選挙民の方々は、どうお考えでしょうか?

 

エティオピア物語

 岩波文庫で上巻が出ました。古代ギリシャの恋愛冒険小説です。著者は、ヘリオドロスです。こういう作品があるとは知りませんでした。読んで連想したのは、三遊亭圓朝師匠の真景累ケ淵です。主人公は、清廉純潔な若い男女ですが、悪人や妖婦が物語のカギを握っています。ただし、天の導きで、信賞必罰があり、人間たちが操られているという世界観です。語り手が章ごとに交代していき、異なる人物たちによって展開して行きますが、全体として大河のような流れになっているという構成になっています。恐らく最後に全部が合流するという圓朝流のストーリーテリングの技法です。主人公の理想化された男女2人(至上の愛を誓う情熱の勇者と恥じらいながら愛を貫く美貌の乙女)は運命の糸で結ばれていますが、恐らくはハッピーエンドに至るまで、離れ離れの苦しい波乱万丈の物語に翻弄されます。古代ギリシャでは、こうした長編小説がどういう形で伝播したのでしょうか?源氏物語は和紙に筆で書かれましたが、木製の板にでも書かれたのでしょうか?作品の中で、ホメロスが何度も引用されているのが興味深いと思います。下巻の発刊を待っています。

 

沖縄文化論

 岡本太郎さんの紀行文学の傑作です。1959年、66年の沖縄訪問に基づいた作品で、太郎流の感性と美意識が迸っています。沖縄に残された日本の古層を発掘するような文化論になっています。中公文庫として再販されていますので、今なお新鮮な太郎節に触れることが容易にできます。彼の関心は、「悠久の過去から未来にわたる因果の中で、沖縄人の生命の本質がどのように運命と対決したか」という点にあります。沖縄を論じつつ、同時に日本文化論になっているのです。彼が最も魂を揺さぶられたのは、「神と木と石」の章で描かれている久高島での体験です。その小さな島で、彼は、日本の原始信仰のかたちを、女性の司祭(のろ)による祭祀に見ています。神が降り立つ聖地(御嶽)に、ご神体も偶像も何もなかったことに、究極の清潔感を感じています。そして、立派な社を持つ今の神社の形式主義を厳しく批判するのです。祭り(イザイホー)に触れられなかったために、二度目の旅では、12年ごとに行われる神秘の祭りを間近で見る濃密な3日間を過ごしています。岡本太郎さんの旅から、既に60年近くたつので、久高島も変わってしまっていると思いますが、最近、二階堂ふみさんが番組で久高島を訪問したのを見て、来年春に予定している沖縄旅行の際に、ぜひ訪れてみたいと思っています。

 

2024年11月14日 (木)

猿澤の池は、采女の身投げたるをきこしめして

佐々木朗希選手

 ロッテからポスティングでMLBを目指すことになりました。25歳未満なので、マイナー契約しか結べないために、ロッテは数十億にもなるはずの譲渡金を失ったとされています。これだけ見れば、商売の下手な球団です。メジャー志向が強い選手なので、あと2シーズン、NPBでプレーさせても、チームのためにならないと判断したのでしょうか?佐々木選手の選択については、批判の声が大きいようですが、球団が許したわけですから、無関係の方面から何を言っても無意味です。ただ、ロッテファンの残念な気持ちは理解できます。日本で一番メジャーに近い投手を失って、巨額の譲渡金も入らないので、ロッテの来シーズンには期待できそうもないからです。MLBでのプレーを夢見る若者が増えてくるのは当然の流れです。NPBとしては、25歳以上にならないとポスティングは不可とする共通ルールでも検討したらどうでしょうか?密約があったのかどうかは分かりませんが、超一流どころがMLBに行ってしまうと、NPBのレベルが下がることを懸念します。ただ、サッカーやバスケットボールなどの例を見ても、早く「本場」で自分を磨きたいと行動しているので、野球だけ、国内に縛り付けるのは合理性がないようにも思います。25歳で区切るとすれば、あくまでMLBが設けたルールにおいて、球団が多額の譲渡金を得る機会を損失するからです。嫌ならば、NPBを経由せずに、始めからMLBを目指せば良いでしょう。

 

AIと特許

 AIは機械であって、人間ではないので、知的財産権の主体にはなれないというのが、従来の考え方です。ただ、知財高裁において、来年1月には、特許に関する初めての判決が出る運びだそうですので、注目したいと思います。かりにAIが主体になれるとすれば、著作権などにも影響が出てくるでしょう。世界では、AIが創作した絵画が高額で落札された例が見られます。私の常識では、同工異曲の作品がいくらでも可能な絵画に、億円単位の投資を行うのは理解に苦しみますが、購入者は、大谷選手の50号ホームランのボールのように、歴史的な希少性があると考えているのでしょうか?AI自身が主体になれないとしても、実質的にAIが創作した作品は、様々なジャンルで、世の中に流通していくものと思います。それを、著作者とは言えないAIを操作しただけの人間の権利とするのも、疑問がないわけではありません。そうだとすれば、AIを使って創作している人間が、著作者と認められるためには、どのような条件を満たす必要があるのかという問題が浮かび上がってきます。その論点は、AI時代の知的財産権に関するより大きな課題だと思います。

 

自民党の弱体化

 自民党事務局長を務めた久米晃さんという方が、日経新聞に、なぜ自民党の保守層からの集票力が弱くなっているのかに関して、興味深い指摘をしていました。いわく、日本人の組織に対する帰属意識の低下です。自民党の支持層(保守的無党派層を含む)の6割しか自民党候補に投票しなかったために、衆院選挙で大敗したというのです。小選挙区制の導入によって、自民党の人材劣化が始まったとも述べています。中選挙区制においては、政策的な違いが少ない保守同士の争いで、人間性が判断材料になるために、今よりも人格的に優れた議員の割合が多かったというわけです。派閥が、単なる互助会的な要素が濃くなり、必ずしも総裁・総理を選ぶための母体として機能しなくなって、活力源だったグループ同士の競争がなくなったことに問題の根源があるとも指摘しています。したがって、総裁選に立候補した9人が、総裁を目指すための新しい集団をまとめていくことを期待しているようです。ただ、それは、リシャッフルされた派閥そのものではないでしょうか?会社に勤めても転職が当たり前になり、組織への帰属意識の低下は、これからも拡大していくでしょう。保守層にも、旧来の伝統的な考え方を良しとする人から、比較的自由な発想で新しい時代に即して伝統を変えていくことを良しとする人まで、幅があります。長く政権党として機能してきた自民党ですが、伝統保守とリベラル保守を分離した方が、政策の選択が分かりやすくなると思います。憲法改正にしても、両者の作る案は全く違ったものになるでしょう。自民党が二つの極に分かれる場合は、他の中道政党は、伝統又はリベラルにほぼ集約できるのではないでしょうか?この2つと左派勢力が作る第3の極の3つで、政策を競い合うかたちが、21世紀前半の日本には適合的ではないかと思います。政党が乱立するのは、ある意味で仕方がないので、それらが大きな極に連合することによって、政策を実現する政治が形成されることが望ましいと思います。中選挙区制時代に、自民党内で行われてきた事実上の政権交代を、政策を軸にした連合という形式で行うものと考えても良いと思います。万年野党ゆえに実現可能性がない無責任な公約をすることが難しくなるでしょう。総理の指名投票で、白票を入れるなどという行動もなくなるはずです。政権選択の機会が増えれば、女性の登用も早く進むと思います。

 

2024年11月13日 (水)

池は、かつまたの池

子どもに語る哲学

 ハーショヴィッツ「父が息子に語る哲学の書」(ダイヤモンド社)は、ミシガン大学で「法と倫理プログラム」を主宰する教授による物語風の哲学入門書です。権利、復讐、罰、権威、言葉、男女、差別、知識、真実、心、無限、神、哲学者の育て方という章立てになっています。この本の目的は、考える人を育てることです。子どもと対等な立場で話をすることが重要で、その際には、次のような定型の質問が役に立つとしています。君はどう思うの?なぜそう思うの?もし君が間違っているとしたら、どうしてだと思う?それはどういう意味?○○って何?これらは、自分自身で考える際にも役立つ問いでしょう。著者は、ラッセルの言葉を引用して、哲学は、「ありふれた日々の生活の中にも不思議と驚きが潜んでいることを教えてくれる。」と述べています。子どもとの会話の中にも、哲学的な発見があるはずだと言うのです。子どもに語る形式を取っていますが、哲学で扱われている、トロッコ問題、タリオンの掟、哲学的アナーキズム、侮辱のエスカレーション、ローザ・パークス、ゲティア問題、シミュレーション仮説、相対主義、コウモリの実感、唯物論、虚構主義、パスカルの賭け、悪の存在、テセウスの船などの論点に関して学習する材料にもなります。日本の哲学者は、子どもに語る言葉で、こうした発信をしていないようです。どなたか試みていただけないでしょうか?

 

新語・流行語大賞

 現代用語の基礎知識が選考するもので、2024年の30の候補が発表されています。このリストは、「どれだけ意味を知っていますか?」というテストには良いと思いますが、知らなくても全く構わないという程度の言葉も含まれており、例えば、10年後に、2024年を想い起こすよすがにもならないものが多いと思います。個人的な意見としては、50-50のほかにドジャースやデコピンも加えた方が良い、死刑囚袴田さんの再審無罪を入れるべき、イスラエルのハマス殲滅作戦(ガザ地区)やトランプ2.0などの国際関係の流行語が抜けている、裏金問題というよりも裏金議員とすべきではないか、京都などの観光公害(オーバーツーリズム)や円安や生成AIも候補になりうるのではないかなどがあります。なお、大賞には、できるだけ前向きな言葉を選んでほしいと考えます。トクリュウ、ホワイト案件などは、特に除外すべきでしょう。もっとも、歴代の大賞は、岡田監督の「アレ」のように、たわいのない言葉が多いので、あまり真剣に受け取る必要もなさそうです。

 

売れない実家問題

 高殿円「私の実家が売れません」(エクスナレッジ)は、再建築できない築古物件を相続した著者が、自力で売却に成功するまでの笑いと涙の苦労話です。実家じまいのチェックリストが巻頭にあるので、著者のような苦労を回避したければ、ぜひ参考にしてください。再建築不可というのは、幅員4メートル以上の道路に間口2メートル以上で接していない土地に建築された物件のことです。著者の物件は、接道義務を満たしていなかったために、不動産屋さんに売買の仲介を担ってもらえなかったのです。また、かつての住人はかなり以前に亡くなっていたために、残置物が大量にあったことで、それらの処分とゴミ出しにも、著者は悩まされます。ただ、非常に根性と活力がある女性で、ジモティーを使って、無料で家具、食器、服を引き取ってもらうことによって、相当量のゴミを処分しています。その上、昭和の冷蔵庫、洗濯機、テレビ、エアコン、水屋箪笥、三面鏡、大量の布団、ベッド、巨大な仏壇(招魂抜き不要とのこと)、和室テーブルといった大物の処分を安価で引き受けてもらっています。当初は、業者さんに40万円と言われた処分料金を、8万円で済ませるとは、なかなか交渉上手です。がらんどうになった空き家を、再び、ジモティーによって、50万円の値を付けて売ることに成功します。赤穂にクルーザーを所有している社長さんが、趣味を楽しむためのセカンドハウスとして使用するために、買ってくれたのです。物件自体の作りが良かったことも、気に入られた要因でした。大黒柱と梁だけは再利用して、リノベーションするとのことでした。なお、再建築不可物件は、固定資産税が安いというメリットもあるようです。著者は、地獄の物件だと感じていたようですが、少なくとも立地と建物の質に関しては、些かの救いがあったのです。売りに出すまでの準備については、労を惜しまず、粘り強くやるしかないので、著者と息子さんの苦労が実って本当に良かったと思います。成功譚は、地獄の相続に打ちのめされている人たちには、勇気を与えるでしょう。

 

2024年11月12日 (火)

もろこしにことごとしき名つきたる鳥

松本人志裁判

 週刊文春の記事を事実無根だとして、5億円超の損害賠償請求の訴訟を起こしていましたが、訴訟取り下げに至りました。性的被害を受けた女性らに対しては、謝罪したようです。実質的には、松本人志さんの全面敗訴です。週刊文春の記事には真実相当性があり訴訟に勝てそうもないこと、これ以上芸能活動の休止が長引けば失うものが大きいことから、取り下げに動いたと考えられます。客観的な証拠がないことを確認したなどとコメントしていますが、女性と二人きりになって、密室で行った行為について、客観的な証拠がないのはむしろ当たり前ではないでしょうか?スマホを持ち込ませないなど、証拠が残ることへの用心をしていたので、客観的な証拠がなければ行為もなかったと主張したいのでしょうが、世間の人たちからは、週刊文春の記事のとおり、手下の芸人を使って女性を集めさせて、自分の性的欲求を満たす卑劣な遊びをしていたと受け取られるのは仕方のないことでしょう。この真っ黒なイメージは永遠に消えません。そもそも真っ当な法律事務所ならば、このような訴訟を提起することを止めるはずです。証拠を残していないはずなので、事実無根という主張を裁判所が認めてくれると思いこんだのが、自滅的な訴訟に踏み込んだ原因だと思います。吉本興業は、彼の支援に回っていますが、彼を含めて、いかがわしい性的行為を半ば強制した加害者たちとの契約を、今後も維持するつもりなのでしょうか?吉本興業は、大阪万博の宣伝活動にも協力していますが、かりに加害者らを切らないとすれば、今後は、公的な資金が入っている事業には一切関与できなくなるのではないでしょうか?女性の敵を擁護し続けるなら、上場企業に、吉本興業のタレントが出演する民放番組のスポンサーから手を引かれても、仕方がないことだと思います。松本人志さん及び手引きを担当した若手タレントさんは、実質的に引退させるしかないのではないでしょうか?代わりのタレントさんは幾らでもいます。

 

こころ旅ピンチランナー

 火野正平さんが腰痛で、予定していた2024年秋のシリーズは、柄本明さん⇒田中要次さん⇒田中美佐子さんが、自転車を漕いで、番組を繋いでいます。ピンチランナーだということですが、それそれの個性が発揮されていて、同じフォーマットでも、火野さんの味付けとはかなり違います。やはり、火野さんと年齢が近い柄本さんは、かなり運動能力が落ちているので、俳優業よりも体に応えるでしょう。年齢が若い要次さんはバス旅で歩かされていたので、脚はしっかりしていました。やや方向音痴の気があり、迷路のような狭い路地を気まぐれに進むことに喜びを感じているようでした。同じく若い美佐子さんも、アウトドア派なので、体力は十分ですが、普段は、自転車には乗っていないようです。見晴らしの良い田舎道をゆったりと走るのが好みで、狭い黴臭いトンネルは一心不乱に走破していました。これらの3人と比較して、火野さんは、素人さん、特に女性との距離を縮めるのが上手です。また、自然観察にも長けているようです。好奇心が強い男なのでしょう。食事にシーンも、火野さんの場合は、毎回、違った面白さがあります。ピンチランナーで繋ぐ企画も興味深いものですが、この番組は火野正平さんが欠かせないピースだと感じます。復活をお待ちしています

 

地方女子は東大を目指さない

 江森百花、川崎莉音「なぜ地方女子は東大を目指さないのか」(光文社新書)は、地方女子の難関校への進学が非常に少ない状況の原因を探り、改善のための提言をしています。私自身が、都内男子だったので、根本的に地方女子がどこを目指そうが自由であって、東大に来なければならない理由はないと考えていました。著者たちは、我が国の女性の社会進出の遅れは、大学の選択から変えないと是正できないと考えて、例えば、東大の学生男女比(8:2)を変えたいとしています。彼女たちの「なぜ」の答えは、簡単にまとめれば、浪人回避傾向、安全志向、実力の過小評価ですが、そうした状況が変わらなくても、女子割合を高めるための方策を導入すべきだと主張しています。東大や東工大(今の東京科学大学)の女子枠は、地方女子を増やすことに役立つかには、疑問があるようです。そこに構造的な問題が横たわっているからです。地方の最優秀の理系女子は、医学部又は薬学部を目指す傾向が強く、いわゆる理工系の学部への進学には興味がない人が相対的に多いようです。著者たちの提言は、県人寮への女子受け入れを促進する(都内は住居費が高い)、保護者の意識改革の促進する(ジェンダーに関するステレオタイプによるバイアスを解消)、難関大学女子比率を国の目標(KPI)に位置付けるなどですが、学生、教員、メディアへの呼びかけも付け加えています。確かに、地方女子が東大を目指すなら、応援の仕様がありますが、本人にその気がない場合は、いらぬお節介になってしまいます。なお、18歳人口が減少しているので、東大などは1980年代に比べれば、学力の面では、よほど楽に入れます。確かに、県立の進学校を男女共学にすることさえも抵抗があって進まない地方もあります。国においては、同性婚は認められておらず、女性は象徴天皇になれないという制度もあります。ジェンダー平等への道は、著者たち若い人たちが、強い気持ちを持って切り拓いて行くしかないと思います。ただ、東大や東工大などに拘らなくても良いと思います。

 

2024年11月11日 (月)

梨花一枝、春、雨を帯びたり

デジタル教育と学力

 週刊文春に、「デジタル教育で日本人がバカになる」という緊急提言がありました。簡単にまとめれば、GIGAスクールで子どもたちをデジタル機器漬けにすると、深い読みができなくなる、脳の発達が阻害される、書かないと記憶に残らないなどの問題が生じると指摘しています。スウェーデンでは、PISA調査の結果、読解力の顕著な低下が見られたために、紙の教科書を復活させています。デジタル機器の長時間の使用で、視力が下がるという欠点もあるようです。児童生徒1人に1台の簡単なパソコンを整備するという方針が決まるまでに、十分なデータが収集分析されていないので、今になって、様々な専門家から、学力低下への懸念ありとする研究成果が報告されるようになったのです。知識の理解と記憶には紙が良く、知的好奇心をもって探究し、発表するにはデジタル機器が効果的であるという説明もあるので、やはり現場の教員たちの意見を集めて分析し、適切なバランスをとった政策を展開する必要があるでしょう。私も、きちんと報告書などを読む場合には、プリントアウトしてから読んでいます。そうしないと、頭に入りにくく、要点もつかみにくいからです。脳の機能と関係がありそうですので、文科省は、政策研究所などを利用して、専門的な調査を実施すべきだと思います。

 

能登半島地震と偽・誤情報

 立教大学の宮本聖二教授は、日本ファクトチェックセンターの編集者の一人です。デジタルアーカイブ学会誌に、能登半島地震におけるフェイク情報に関して報告されていましたので、ご紹介します。その分類によれば、人工地震が原因だとするもの(非科学的だが地震のたびに拡散される)、過去の津波映像を添付するもの(インプレッション稼ぎ)、救助や寄付を呼びかけるもの(愉快犯、金目当て)、外国人の窃盗団が暗躍しているとするもの(悪質な扇動)、誤解に基づく行政への批判がシェアされて流布するもの(有名人が書き込むと更に拡散)などがあります。始めから意図があって、フェイク情報を流すというのは悪質そのもので、嘘の投稿で警察の捜索などを妨害したとして、偽計業務妨害罪で逮捕されたケースもありました。しかし、善意や批判から誤情報に気が付かないで拡散する場合(避難所としてホテルを活用するという方針が無料だと知らずに批判した)や、当事者の不安から拡散する場合(〇〇市を離れると仮設住宅に入れないという噂があった)などは、行政が正しい情報を一斉に流すなど、適時適切な対応が必要になります。陰謀論、愉快犯は、大規模災害には付き物で、完全に排除することは難しいため、個人が情報リテラシーを高めて見分ける以外に良い方法はなさそうです。ファクトチェック記事はデジタルアーカイブ化されているので、同センターのサイトは、学校における情報リテラシーの良い学習材料になると思います。人間が、いかに嘘を発信する動物なのかを理解することができるでしょう。子どもたちが人間不信に陥らぬよう注意してください。

 

西山女流3冠の棋士編入試験第3局

 上野裕寿4段は、爽やかな印象の好青年で、将棋の実力も折り紙付きの有能な若手棋士です。第3局は、その上野4段が試験官で、嫌な予感がしました。初めての女性の棋士が誕生するかどうかの大事な1局で、試験官役=悪役をやるのは、損な役回りです。西山女流3冠は、歴史上、三段リーグで最も棋士(4段)に近づいた女性なので、試験官として負けても恥にはなりませんし、失うものもありません。あまり必死に勝とうとするのは、女性を棋士にしないために意地悪な壁になるようで、人間性を疑われかねません。雑な手を指すのは失礼でしょうが、イメージを壊さないように、うまく手を選んでもらいたいと願っていました。結果は、上野4段が、中盤からリードし、終盤も鮮やかな手順を披露して、快勝してしまいました。心配していた通り、空気の読めない困った試験官でした。西山女流にも、中盤で桂得の場面があり、上野4段が9筋から攻めようと8五桂と打ったところで、4三歩と角を狙って攻め合いに行けば、互角を保っていた可能性があるようです。また、その後、西山女流が銀で桂を取って、斬り合いに持ち込んだ場面では、不利な状況だったのでもう少し辛抱を続けるべきだったと、Abemaの解説者をしていた郷田9段が述べていました。彼女らしく駒損覚悟で攻め合いに活路を見出そうとした西山女流に対して、7八玉と飛車取りに当てた場面で、実質的に上野4段の勝ちが決定的になりました。結論としては、既にトップ棋士とも五分に渡り合える実力がある上野4段が試験官になったのは、西山女流には気の毒だったということです。西山女流の実力は、十分に4段レベル以上だと感じますが、上野4段のような棋士に勝たなければならないなら、余りにも厳しすぎると思います。この敗戦で下を向く必要はありません。残り2局を西山女流が連勝することを祈るのみです。

 

2024年11月10日 (日)

橘の葉のこくあをきに花のいとしろう咲きたる

教員の待遇改善策

 教員を志願する者が減って、現場における教育の質の確保が困難になっています。中教審では、教職調整額(残業代の代替手段)を4%から13%にアップする案がまとまりましたが、財務省では、5年程度をかけて10%程度にまで引き上げるという漸進的な方策を考えているようです。ただし、引き上げは、残業時間の削減状況を勘案して行うということですから、確約されたものではありません。また、10%に到達した後は、時間外勤務手当を支払う方法への転換を検討するとしています。やってもやらなくても、みなが定額の教職調整額がもらえるというのは、確かにおかしいと思います。財務省の素案は、いかにも官僚が考えそうなものですが、質量ともに教員不足に陥っている現場が苦境を脱するには、too little too lateだと感じます。こうした素案が出てくるのは、文科省が所要の経費の財源をひねり出せないからでしょう。地方財政にも跳ね返る話なので、一挙に13%という文科省案は非現実的な数字だったと思います。この件については、現場を置き去りにしつつ、財務省ペースで調整が進むのではないでしょうか?

 

青春を彩った音楽

 NHKが、1984年のチューリップのPAGODAコンサート(芦ノ湖畔)の模様を放送していました。60代の人間にとっては、チューリップやオフコースは、過ぎ去りつつある青春を感傷とともに振り返るというイメージがあります。芦ノ湖畔に集まっている観客の姿は、1980年代の自分たちです。彼らの多くは、今や60代でしょう。当時のコンサートは、音楽自体も、会場の雰囲気も、今に比べれば、大変シンプルで、行儀のよい若者が中心でした。チューリップやオフコースのファンの多くが女性だったからかも知れません。歌詞には、等身大の若者の世界が反映されており、一時代前の背伸びした反体制運動から離れて、身近な生活の中での喜怒哀楽に目を向ける内容が多くなっていました。もちろん、ラブソングが、その中心にありました。フォークソングから、より広いポップスが日本でも主流になってきた時代です。自分の部屋にステレオセットを組んで、FM音楽番組をカセットテープに録音して様々な音楽を聴くのが当たり前になっていました。当時の日本の経済的繁栄が、若者にも楽観的な未来予想図をもたらしていたのではないでしょうか?チューリップは福岡から、オフコースは宮城から、東京に出てきてメジャーになったわけで、地方から東京の大学や企業へ入って行った人たちには、ともに青春を歩んでいる仲間という感覚が持てたのではないかと思います。チューリップやオフコースのメンバーは、どこか清潔で上品な感じがして、中間層の真面目な女性ファンが惹かれる要素がありました。40年の時を経て、チューリップのコンサートを視聴して、20代の自分の記憶や感情が蘇るような感覚を覚えました。カラオケでまた歌いたくなるでしょう。

 

琴風さん

 尾車親方の名跡を返して、相撲協会を去りましたが、このたび、NHKの大相撲中継の解説者になることが発表されました。以前にお見掛けした際には、脚を痛めておられましたが、回復されたものと思います。その際には、色紙に、「気力」と添えたサインをいただき、ありがとうございました。相撲協会では、実務を円滑に回すための大きな役割を担っておられました。様々な課題についても、十分な認識をお持ちだと思います。放送を通じて、相撲ファンにも、そうした課題について、分かりやすく解説してほしいと願います。始めは難しいかとも感じますが、相撲協会から離れて少し客観的な立場から、大相撲のあるべき将来について語っていただくと良いのではないかと思います。実質的には、北の富士さんの後任になるので、力士に対しては愛ある諫言も遠慮することなく、適宜していただくことを期待します。できれば、場所前の相撲部屋を回って、力士の仕上がり具合、親方の指導状況なども紹介して、経験に基づく助言を付け加えてもらえば、大相撲中継がより面白くなるのではないでしょうか?

 

2024年11月 9日 (土)

こきもうすきも紅梅

教員の待遇改善策

 教員を志願する者が減って、現場における教育の質の確保が困難になっています。中教審では、教職調整額(残業代の代替手段)を4%から13%にアップする案がまとまりましたが、財務省では、5年程度をかけて10%程度にまで引き上げるという漸進的な方策を考えているようです。ただし、引き上げは、残業時間の削減状況を勘案して行うということですから、確約されたものではありません。また、10%に到達した後は、時間外勤務手当を支払う方法への転換を検討するとしています。やってもやらなくても、みなが定額の教職調整額がもらえるというのは、確かにおかしいと思います。財務省の素案は、いかにも官僚が考えそうなものですが、質量ともに教員不足に陥っている現場が苦境を脱するには、too little too lateだと感じます。こうした素案が出てくるのは、文科省が所要の経費の財源をひねり出せないからでしょう。地方財政にも跳ね返る話なので、一挙に13%という文科省案は非現実的な数字だったと思います。この件については、現場を置き去りにしつつ、財務省ペースで調整が進むのではないでしょうか?

 

青春を彩った音楽

 NHKが、1984年のチューリップのPAGODAコンサート(芦ノ湖畔)の模様を放送していました。60代の人間にとっては、チューリップやオフコースは、過ぎ去りつつある青春を感傷とともに振り返るというイメージがあります。芦ノ湖畔に集まっている観客の姿は、1980年代の自分たちです。彼らの多くは、今や60代でしょう。当時のコンサートは、音楽自体も、会場の雰囲気も、今に比べれば、大変シンプルで、行儀のよい若者が中心でした。チューリップやオフコースのファンの多くが女性だったからかも知れません。歌詞には、等身大の若者の世界が反映されており、一時代前の背伸びした反体制運動から離れて、身近な生活の中での喜怒哀楽に目を向ける内容が多くなっていました。もちろん、ラブソングが、その中心にありました。フォークソングから、より広いポップスが日本でも主流になってきた時代です。自分の部屋にステレオセットを組んで、FM音楽番組をカセットテープに録音して様々な音楽を聴くのが当たり前になっていました。当時の日本の経済的繁栄が、若者にも楽観的な未来予想図をもたらしていたのではないでしょうか?チューリップは福岡から、オフコースは宮城から、東京に出てきてメジャーになったわけで、地方から東京の大学や企業へ入って行った人たちには、ともに青春を歩んでいる仲間という感覚が持てたのではないかと思います。チューリップやオフコースのメンバーは、どこか清潔で上品な感じがして、中間層の真面目な女性ファンが惹かれる要素がありました。40年の時を経て、チューリップのコンサートを視聴して、20代の自分の記憶や感情が蘇るような感覚を覚えました。カラオケでまた歌いたくなるでしょう。

 

琴風さん

 尾車親方の名跡を返して、相撲協会を去りましたが、このたび、NHKの大相撲中継の解説者になることが発表されました。以前にお見掛けした際には、脚を痛めておられましたが、回復されたものと思います。その際には、色紙に、「気力」と添えたサインをいただき、ありがとうございました。相撲協会では、実務を円滑に回すための大きな役割を担っておられました。様々な課題についても、十分な認識をお持ちだと思います。放送を通じて、相撲ファンにも、そうした課題について、分かりやすく解説してほしいと願います。始めは難しいかとも感じますが、相撲協会から離れて少し客観的な立場から、大相撲のあるべき将来について語っていただくと良いのではないかと思います。実質的には、北の富士さんの後任になるので、力士に対しては愛ある諫言も遠慮することなく、適宜していただくことを期待します。できれば、場所前の相撲部屋を回って、力士の仕上がり具合、親方の指導状況なども紹介して、経験に基づく助言を付け加えてもらえば、大相撲中継がより面白くなるのではないでしょうか?

 

2024年11月 8日 (金)

香の紙のいみじうしめたるにほひ

哲学不足

 鷲田清一さんは、大阪大学総長も務めた哲学者です。1990年代から、臨床哲学の運動を始め、社会における哲学の価値を高める活動をされています。最近、日経新聞にインタビュー記事が出ていました。世の中が変だと感じる感受性、違和感のセンスを磨くことが、哲学の肝だと述べています。大学教育における哲学の重要性を説いておられますが、私は、大学進学者が多数を占める高校においては、哲学の授業を選択できるようにするのが、ポイントではないかと思います。要は、フランス流の哲学教育を受けた生徒が、主要な国公私立大学に入学するようにすべきだと考えるのです。哲学は、人文学の一部だと認識されがちですが、本来は広く学問を修める人間の知の基盤となるもので、理工系を専門とする人間にも必要です。鷲田教授には、高校の哲学の教科の内容を構想してほしいと願います。教科書も作成していただければ、大変助かります。スーパーサイエンスハイスクールの生徒たちにこそ、哲学を修めてほしいと思います。

 

トランプ大統領の4年

 悪い方の予測をすれば、WTO体制が機能しなくなり貿易戦争が激しくなる、台湾有事の可能性が高まり米中関係が緊迫する、アメリカの軍事的関与が後退するために世界で地域戦争が起きる、アメリカ国内の保守化が進み女性や少数派の自由が制約されるなど、1期目のトランプ時代の傾向がさらに進むことになりそうです。全米での得票でもハリス候補を上回ったので、アメリカ国民がトランプ流の我儘な孤立主義を選択したと言って良いと思います。上下両院も、トランプ大統領の影響力が強まった共和党が多数派を占めることが確実です。アメリカという国家が、もはやポピュリズムに染まっていると考えて良いでしょう。したがって、世界の超大国とたるアメリカが、内向きになり、国際社会を主導することは期待薄です。日本は、アメリカだけに頼らない安全保障戦略を実行することが必要になるでしょう。台湾有事に関する対応も練り直すことになるのではないでしょうか?貿易戦争に関しては、WTO体制による自由貿易が後退することになるので、通商経済政策についても、アメリカに頼れなくなります。ここでも、アジアを中心にした貿易をいかに拡大するかという転換を模索することになりそうです。気候変動対策に関しても、国際協力が困難になるでしょう。しかし、農林水産業など異常気象による被害が既に顕在化している分野もありますので、欧州等と連携しながら、着実に、CO₂削減に取り組んでいくべきだと思います。アメリカも大農業国ですので、気候変動に無関心ではいられないはずです。トランプ大統領が公約した政策をどの程度真面目に実行するかは今のところ予測しにくいと思います。偉大な人間に見られたいという承認欲求が強いことはよく分かりますので、安倍総理のやり方に学んで、石破総理が個人的に良好な関係を築けるかどうかで、かなり展開が変わってきます。御機嫌取り、ゴマすりに、せいぜい頑張っていただきましょう。国家の命運がかかっていますので、いかに第二のSHINZOを演ずるかに集中してほしいと願います。

 

103万円の壁

 扶養家族に止まるために、アルバイトによる所得を103万円以内に抑えることで、飲食店などの働き手不足になっているとして、壁を178万円に上げるという国民民主党案を自民党税調でも検討する運びになっています。与党の過半数割れの影響が、政策に響いている現象です。178万円という数字は、103万円という閾値が定められた1995年からの最低賃金の上昇率を掛けた数字ですので、根拠がないわけではありません。人出不足を補えれば、売り上げも伸びて、税収も増加することが考えられますが、単純に、178万円に給与所得控除+基礎控除を上げれば、税収が7~8兆円減(うち住民税が4兆円)になるとのことです。国会運営を踏まえればゼロ回答にはできないので、この中間での決着が予想されますが、社会保険料の対象となる130万円の壁などにも調整が必要になるので、複雑な数式を解くような作業になりそうです。私は、国民民主党が与党に加わって、税制の専門家らによる作業チームで総合的な検討を行って、与党としての素案をまとめるべきではないかと思います。万が一、決裂したら、政権から離れればよいでしょう。具体案を自民党にお任せでは、政策立案能力に疑問符が付きます。ともに汗をかくなら、連立に加わるべきです。

 

2024年11月 7日 (木)

いひかはすけしきどもはにくからず

マンションバブル

 長嶋修、さくら事務所「マンションバブル41の落とし穴」(小学館新書)は、マンション選びの基本に関するガイドブックという感じです。買ってしまった人は、読まない方が良いかもしれません。幾つか、なるほどと感じた点を紹介します。管理費や修繕積立金は安い方がいいとは限りません。まず、適正な管理費によって、適切な管理を行う管理会社と契約することを優先すべきです。そもそもマンションは管理を買う物件です。管理費をケチれば、資産価値が維持できません。修繕積立金も同様です。初期の設定は低めになっていますので、その後、適宜見直して、次の大規模修繕のための資金を確保していく必要があります。2回目の大規模修繕までを見通して値上げしていたとしても、昨今の物価高騰の煽りを受けて、再び三度値上げをしないと賄えない状況になってきています。著者は、均等積立方式を採用しているマンションを勧めていますが、あまり例を聴きません。段階増額方式でも、所有者の合意が得られるなら問題はありません。修繕積立金の貯えが不十分なマンションは、資産価値が下がりますので、合理的な判断ができれば、適正な値上げに反対する所有者は限られると思います。次に、工事発注の際に、管理会社の利益を最小化しようとするのは、得策ではありません。著者によれば、総工費の5~20%くらいが管理会社の利益になりますが、このような旨味がないと管理から手を引く可能性もあります。利を取ってもらうことを前提に、所有者側にも、上手な金の使い方で実質的なリターンをもたらしてもらえば良いのです。相見積もりを取らせることにはあまり意味がないので、無駄は省いて、得を取ることを考えるべきです。最後に、大規模修繕の周期について、国交省は12年を標準としていましたが、著者は、16~18年に伸ばす動きが出ていると述べています。私が居住しているマンションでも15年目に行う予定です。工事費が高騰しているので先送り傾向が出てくると思いますので、周期が長くなるでしょう。その場合、より長く持つ材料を使用して、周期の長期化に備えることが得策です。周期の長期化で、経費の15~20%程度を占める足場の設置などが節約できるので、結局、各戸の負担は抑えられます。

 

危険運転致死傷罪

 自分の意思で190キロ以上の速度で暴走して、事故を起こして、相手を殺してしまっても、適用できないのであれば、過失運転致死傷罪の懲役刑の上限を倍以上に上げたらどうでしょうか?法律の解釈運用を決めるのが司法の役割ですから、検察官も裁判官もしっかりしてもらわなければなりません。個別ケースでの市民感情を逆なでするような判決を出していれば、司法による正義の実現への期待感は萎み、国への信頼は失われます。それとも、近代以前のように、遺族による敵討ちでも認めることにしますか?車を走る凶器にするのは、自制の足りない人間ですから、度を超えた速度、飲酒や薬物使用を伴う運転など、到底安全な運転が期待できないケースには、積極的に危険運転致死罪を適用すべきだと思います。被害者や遺族の無念を考えれば、結論は簡単に出るはずですが、どうもこの国は、死者よりも犯罪者を大切にする傾向があるようで残念です。自制なく危険な運転をした結果は、重い責任を負わせるという法律がある以上、きちんと適用してもらわなければなりません。それが、国民が求めている司法の責務です。

 

内部通報者の配置転換

 消費者庁は、内部通報者への不利益処分に対する刑罰を検討しているようです。これまで、そうした抑止策がなかったことには驚きます。解雇や降格などの懲戒処分を禁止するのは当然ですが、日経新聞によれば、配置転換は対象外だということです。それで効果があるのでしょうか?同じレベルの職でも、花形ポストもあれば、閑職もあります。実質的に不利益である場合は、刑罰の対象になることを明記すべきでしょう。さもないと、抑止策がしり抜けになりかねません。消費者庁も、こんな事情は百も承知で、組織の事情を優先したものと思います。実質的に左遷された場合は、配置転換でも、不利益処分に該当するとすべきでしょう。今後の検討による軌道修正を期待します。

 

2024年11月 6日 (水)

こよなきなごりの御朝寝かな

スポーツの感動

 ドジャースのワールドシリーズ制覇には感動がありました。大谷選手や山本選手が一員だということだけではなく、MLBの頂点を決める試合らしいレベルの高さを楽しめたからです。野球は、終盤の1点を巡る息詰まる攻防が見どころですが、そうした状況が自然と生まれて、力と力、技術と技術の対決に、久しぶりに心地よい興奮を味わえました。敗れましたがヤンキースは、超一流が揃っており、初戦でフリーマンの逆転満塁ホームランが出なければ、シリーズの展開が全く違っていたはずだと感じます。怪我をおして出場した選手が大爆発で、MVPを獲得したのも感動的でした。片や、日本シリーズは、そうした感動には欠けていたと思います。ソフトバンクには、何としても勝つという気迫を持った選手が少なかったからだと思います。点が入らない野球には、魅力がありません。今年の全日本大学駅伝にも、心を打たれました。学生ランナーの直向きさが、伝わってきたからです。國學院は、1分半の差を後半の2人の選手が詰めて、エース平林選手が繋ぎ、最終区では、上原選手が、中間点以降、影を踏ませぬ強い勝ち方を見せてくれました。青山は、7区の太田選手の首位を譲らぬ魂のラストスパートが印象的でした。本当に精神力が強い選手の見本です。駒澤は、2区までで優勝戦線から脱落しましたが、3区以降の選手たちが、全体最速の記録で猛追しました。特に最終区の山川選手は、トップと30秒差以内まで差を詰めて、青山を抜き2位でゴールしました。箱根に向けて、「駒澤恐るべし」というインパクトのある走りでした。創価、城西も、エース級が見せ場を作れたと思いますし、早稲田は、選手の粒がそろってきたので、箱根でも活躍が楽しみです。Jリーグ杯決勝の試合にも、スポーツの感動がありました。国立を埋めた両チームのサポーターの熱気が、雨中の激戦ともいうべき好試合を演出したものと思います。正直なところ、初タイトルを目指す新潟に勝たせてあげたいと願っていましたが、PK戦では、退団が決まっていた名古屋のGKランゲラック選手が主役でした。経験値で名古屋が上回った結果でしたが、2度も逆境を撥ね退けた新潟には大きな未来がありそうです。次期のリーグ戦でも旋風を巻き起こしてほしいと思います。気迫と気迫、意地と意地がぶつかり合う試合は、スポーツの感動の原点です。心躍るドラマチックな試合を見せてもらいました。ありがとうございます。

 

冬までの農園

 世田谷区から借りているファミリー農園が閉園されるので、本格的な冬が来るまでに収穫できる作物を作付けしました。現在育成中なのは、ジャガイモ、カブ、キャベツ、大根、ニンジン、小松菜、ミズナ、ターサイ、ブロッコリーです。同じ農園の方とも話をしましたが、以前にももう少しで借りられる順番が回ってくるところで、閉園になったことがあるそうです。また、冬を超えて育てるソラマメ、タマネギなどの野菜の種が無駄になったのは、悔しいことです。私は、ベランダのプランターで育てる予定ですが、農園ほどの収穫は期待できません。11月から、来年3月からの新たな農園の募集が始まりました。早速、申し込みましたが、抽選になるので、どれくらい待つことになるのかは分かりません。支柱なども撤去しました。農園に土地を貸している方は、恐らく、賃貸物件を建築するか、業者さんに土地を売却するのだろうと思います。近隣はすべて住宅で、直ぐに開発ができる立地です。

 

アメリカ大統領選挙の不可解ルール

 アメリカ大統領選挙の勝敗は、いわゆる激戦州の結果で決まります。ペンシルベニア、ミシガン、ウィスコンシン、ノースカロライナ、ジョージア、アリゾナ、ネバダの7州です。ラストベルトといわれる競争力を失った産業が基盤の地域です。2018年にフランシス・マクド―マンドさんがアカデミー主演女優賞を獲得した「スリー・ビルボード」という映画で描かれた、かつての輝きを失った寂れた街のイメージでしょう。アメリカはグローバリゼーションの勝者ですが、国内には敗者の地域も抱えており、それらの州が大統領選挙の勝敗のカギを握っているというのは、あまりにも後ろ向きで、実に滑稽な話です。連邦制なので、州ごとの勝者が割り当てられた選挙人を総取りする方式を採用していた過去の事情は理解できますが、2024年において、7州の有権者が実質的に大統領を決めることを許しているのは、理解不能です。アメリカ合衆国全体で得票を数えれば済む話です。過去にも、全国の得票数で勝って、大統領になれなかった候補が複数います。やはり、時代遅れの変則ルールに終止符を打つべきだと思います。連邦制を重視するにしても、州ごとの得票数に応じて選挙人の数を案分する方式を採用すべきでしょう。

 

2024年11月 5日 (火)

朴のむらさきの紙にはりたる扇

介護事業者の倒産増加

 東京商工リサーチの調査によれば、通年ベースでは過去最高の倒産件数になる見込みとのことです。慢性的な人出不足、物価高、介護報酬の改定(訪問介護の減額)で、資金繰りが悪化していることが原因ですが、ゼロゼロ融資の返済開始が本格化するタイミングと重なって、「息切れ」した事業者が倒産に至っていると見立てられています。介護事業は、賃金水準が低く、賃上げペースも緩やかということで、募集しても応募がない状態に陥っています。構造的な問題があるので、地域によっては、介護需要に対するサービス供給が不足するのではないかと懸念します。世田谷区でも介護事業者の事務所前には常にヘルパーさん募集の札が出ています。人材不足の状況をひしひしと感じます。私たちの世代が75歳以上になって、介護を求める身になった時には、さらに状況が悪化しているのではないでしょうか?介護システムの持続可能化を切に望みます。

 

デジタルアーカイブ学会研究大会

 研究大会のオープニングアクトのシンポジウムを聴きました。生成AI時代のデジタルアーカイブ(DA)を考えるという企画でした。掻い摘んで内容を紹介すると、次の通りです。DA制作にAIを利用するに際しては、情報の出典を押さえることが重要。AIの教育利用に関しては、文科省も手探り状態の段階で、現場で利用しながら経験値を高めるべき。AIの利用者の裾野を広げる対話型などのインターフェイスの進化に注目すべき。便利さと裏腹に監視社会に繋がるリスクという課題を認識すべき。AIの学習素材の偏りに鑑みて、紙に書かれた情報をデジタル化して取り込む必要が増す。AIに科学技術論文を学習させる意義は高いが、オリジナルの表示が不正確になる点は解決すべき課題。AIとアートに関しては、バイアスの増幅、中立的データセットの不可能性等の問題が生じている。ネット空間にフェイクニュースが拡散している状況をどう変えるかが課題。情報の信頼性を保つ観点からAIの法規制について議論が進行中であり、学会としても規範の共有を進めるべき。以上のように、AIの利用と言っても、分野ごとに多様な態様と課題があります。生成AIの開発を進めるプラットフォーム資本主義への警戒感も高まってきており、近未来において、生成AIの開発提供に関する法規制や著作権法改正などが進められることになると思います。聴いていて特に強く感じたのは、学校教育において、生成AIによる授業を行う教師の置き換えが可能になる時代が来るのではないかということです。全教科、全学年の授業コンテンツができれば、特に不登校の児童生徒に対して、有力な学習コースを提供することが可能になります。学習指導要領、検定教科書、優れた授業案などを学習すれば、生成AIがテキストを作成して、アバターが授業を行うコンテンツは比較的容易に制作可能ではないでしょうか?教師の役割は、主として、学習の進み方が遅い者に対する支援やグループによる討論・作業のファシリテーターというようなものになるでしょう。文科省には、未来の学校教育へのヴィジョンを持ってほしいと思います。

 

天使の跳躍

 将棋をテーマにした新たな小説が誕生しました。七月隆文「天使の跳躍」(文藝春秋)は、46歳の中年男が、棋士人生のすべてを賭けて、8冠の絶対王者が保持するタイトルに挑戦する話です。天才と言われながら身を持ち崩して将棋を捨てた同世代の男や三段リーグの苦戦している弟子のエピソードも絡ませて、特別な才能が集まっている将棋界の人間模様が描かれます。登場人物には、モデルが透けて見えるので、読者は、現実と虚構とを行ったり来たりしながら楽しめるようになっています。羽生9段を思わせる名棋士が、主人公を後押しするために、各種の戦型を得意とするA級棋士たちを自宅に集めて、練習将棋の機会を作るという夢のような物語が展開します。主人公は、あくまで、人間と指す将棋を通じて培われた経験値を頼りに戦います。コンピュータによる評価値を頼りに手の良し悪しを判断する時代に抗おうとするベテラン棋士たちの意地のようなものが、中年の星となった主人公の背中を強く押します。受けて立つ側の絶対王者の孤独も描かれます。藤井7冠も似たような環境に置かれているのかと思うと、気の毒な気もします。終盤に、呪縛から解き離れて、気になっていた女性に連絡を取るというエピソードが描かれて、将棋しかない暮らしからの脱出への希望が見えました。主人公の弟子も、師匠に触発されて覚醒し、棋士人生を切り拓いて行きます。実際のタイトル戦でも、対局する棋士のまわりで様々なドラマが展開していることでしょう。この小説のユニークな点は、木村一基9段(棋譜制作を担当)を思わせる中年の棋士を主人公に据えたことです。将棋を観るのが好きな方、棋士が気になる方には、特にお勧めします。

 

2024年11月 4日 (月)

朝顔の露おちぬさきに文かかむと

国民民主党

 選挙公約の政策実現が目的で、連立に加わることはないという方針が示されています。確かに、俄かに与党に加わるのは、躊躇があるのでしょうが、我が国の政治の安定を考えれば、自・公・国民での連合もありではないでしょうか?政党の本旨は、政権を担うことによって政策を実現することになることです。主要な選挙公約の実現を材料に、与党に加わっても、有権者を裏切ったことにならないと思います。これまでは経験できなかった大臣・副大臣・政務官のポストにも就いて、政権運営の一端を担うのは、政治家としては自然なことです。ポスト欲しさに連立に入ったと批判されても、お門違いだと受け流せばよいのです。埋没したくないという意図は理解できますが、連立政権においては、ギブ&テイクの妥協が付き物です。国民民主党として、一番高く売れると判断した時は、連立に加わるという選択肢を取るべきだと思います。もともと教条的な政治家集団ではないので、大人の判断ができるのではないでしょうか?

 

不登校34万人

 2023年度の小中学校の不登校は、前年度から16%増の34万6482人に上ったとのことです。全児童生徒のうち、3.7%が不登校です。小学生の増加率が24%で、急増という感じになっています。コロナ禍の影響とも言いますが、無理して学校に行かせようとしない親が増えているということでしょう。私は、不登校の児童生徒の学習機会の確保の観点から、もう少し詳しい分類をすべきだと思います。義務教育なのですから、市町村教育委員会としては、不登校の児童生徒がいかなる形で学習を継続しているのかを細かく把握すべきです。不登校で終わるのではなく、その先に、如何なる学習機会を確保しているかで分類すべきです。フリースクールなどの受け皿に通う者に対する公的な支援も手厚くすべきでしょう。また、通信制(オンライン教育)による小中学校の開設も検討すべきです。文科省がプラットフォームを作って、都道府県教育委員会が市町村教育委員会と連携して運営することが考えられます。不登校の児童生徒の学習機会の確保という課題に関して、綜合的な政策が必要ですが、文科省の取り組みは、小手先でできることだけをやっている(ふりをしている)という感じです。手軽な方策だけでは、課題の解決にはならないのではないでしょうか?

 

大学講師の使い捨て

 最高裁は、有期雇用契約が5年を超えた大学講師について、教育研究組織の職に該当するため、通算10年の特例が適用されるとして、無期転換を認めませんでした。大学による雇い止めの判断の是非は高裁に差し戻されました。大学教員については、10年特例が定められているので、形式論としては、こうした判断もありうるところですが、有期雇用契約が通算10年に達しない段階で雇い止めにされて、使い捨てられても救済がないというのは、大学教員という職種の社会的な価値が極めて低いということを意味します。通算10年という幅を必要とするのは、先端科学技術の開発に従事する研究者の場合で、5年×2期という年数がないと、研究開発の成果が達成できないという事情があるからだと思います。今回のケースのように、介護福祉士の養成を担う私学で、専ら教育を担当する講師には、10年特例を適用しなければ困る実質的な理由はないと思います。仮に最高裁が、5年を超えると無期転換というルールになると判断しても、私学は5年未満で雇い止めにするだけかも知れません。経営状態の先行きが見通せない私学では、無期転換を避けたい気持ちも理解できないではありません。何しろ、少子化が止まらず、今でも6割が定員割れなので、業界としては光が見えないのです。ただ、10年未満なら使い捨てOKという温かみのない判決は、生活に苦労している数多の大学講師には、かなりのショックになると思います。最高裁裁判官の国民審査を毎年行うならば、この判決を出した裁判官には、×をつける人が比較的多くなるのではないでしょうか?

 

2024年11月 3日 (日)

やみもまたをかし

同性婚への差別

 東京高裁で、憲法第24条第2項(個人の尊厳と両性の平等に立脚した立法)、同法第14条(法の下の平等)に反するという判決がありました。高裁レベルでは2例目です。司法判断としては、同性婚を認めない状態は違憲だとする判例が固まってきました。国連の女性差別撤廃委員会からの勧告も出ています。国会において、早期に、同性婚の法制化が進むことを期待したいと思います。本来、司法や国連から注文を付けられる前に、世論の動向も踏まえて、同性婚の容認に動くべきで、特に政権与党の時代遅れの感覚が明白になっていると思います。同性婚や選択的夫婦別姓を認めることで、異性婚や夫婦同姓で満足している人間が失うものはなく、同性婚や夫婦別姓を望む人間が、やっと同等に扱われるだけですから、法改正に躊躇は不要だと思います。少数派に対して、いつまでも不平等を強いるのはおかしく、人権感覚が低いと世界から批判されても仕方がないでしょう。なお、国連からは、皇室典範の改正も指摘されており、女性天皇を認めないことが、日本という国における女性差別の象徴になっていると見られていることも認識すべきだと思います。日経新聞の春秋は、これについては蛇足だと苦言を呈していますが、2024年において、女性が象徴天皇に就けないという制度が合理的だとする理屈があるならば、社説で詳しく論じたらどうでしょうか?既に、国民の多くが、将来、愛子内親王殿下が天皇に就くことを望んでいます。勝手な推挙はご迷惑でしょうが、男女を問わず、相応しい方が天皇の地位を継いでいただきたいと願っているのです。女性を排除するのは、天皇制の維持には大きな障害になると懸念します。

 

女流棋士の産休規定

 日本将棋連盟は、規定の整備を進める方針です。福間女流5冠がタイトル戦を休場せざるを得ないことで、不戦敗が続いています。妊娠中の地方への移動(タイトル戦では当たり前)などが、負担になると考えて、やむなく不戦敗を選んでいるものと思います。ファンとしても、一番盛り上がるタイトル戦の対局がなくなってしまうのは残念です。タイトルを争う側の西山女流3冠も、不戦勝で防衛しても喜べないでしょう。対局がない場合に、収入源である対局料がもらえるのかも、気になります。女流棋士が増えてきて、これから結婚・妊娠・出産・子育てに時期を迎える人が大勢います。産休に関する規定の整備は、福間女流5冠が結婚した段階で、検討しておくべきだったと感じます。将棋連盟も男性中心社会ですから、後手を引いてしまったのでしょうか?

 

日本語教育機関の認定

 全国で873校ある日本語学校の中で、法律に基づく初めての文科省の認定を受けたのは、22校に止まりました。2029年春までに認定を受けなければ、留学生の受け入れはできなくなります。まだ時間があるので、初めての機会に申請できたのが72校ですから、まだまだ課題を解決できずに申請さえできない学校が多かったのでしょう。申請しても36校は取下げになっているので、明らかに準備不足です。教育課程の不備については、努力すれば修正が可能かと思いますが、校地・校舎が自己所有という条件などは、資金が必要ですので、容易には解決できないと思います。債務超過も不可ということなので、資金繰りに余裕のない学校は、認定が受けられず脱落していくものと考えられます。2029年度からは、教える教師も、登録日本語教員の資格を取得しなければならないので、教育の質保障の基準を満たせない学校も経営できなくなりそうです。他方で、日本語学校への入学希望者は増加が見込まれますので、受け皿不足の懸念があります。5年以内に、どれほどの日本語学校が認定を受けられるか注目です。

 

2024年11月 2日 (土)

法師になり給ひにしこそあはれなりしか

インドの教育

 宮崎智絵「インド沼」(インターナショナル新書)は、インド映画を通じて、インドを巡る14のトピックを解説することで、現代のインドへの理解を促進しようとする作品です。著者は、宗教社会学者ですが、大学の正規ポストには就いていないようです。この作品に書かれたような授業が受けられれば、インドに関心がある学生にとっては、非常に興味深いと思います。この作品では、「RRR」、「きっと、うまくいく」などの有名映画が引用されており、インド映画好きなら、ピンとくる内容が多いでしょう。ここでは、教育を取り上げたいと思います。インドの教育システムは、5+3+2+2制が基本です。その上に高等教育があります。義務教育は8年間ですが、中等教育まではほとんどの州で無償です。設置形態は、国立、州立のほか、認可を受けて補助を得ている私立学校、いない私立学校、無認可の学校など多様です。私立学校は、従来はエリート学校でしたが、低所得者向けの学校も1980年代からできているとのことです。エリート校も、機会均等の観点から義務付けられているので、低所得者層の受け入れ枠(RTE)を設けています。それを悪用して、低所得ではないのに、子どもを入学させようと悪戦苦闘する親を描く映画もあります。国立は、地方勤務の公務員子弟向け、貧困層及び被差別カーストの子ども向けの学校があり、両者には予算が重点配分されますが、一般の公立学校は、予算が十分ではなく、教員は質量ともに慢性的に不足、施設は水道がないほど劣悪だとのことです。子供の将来を考えたら、公立は避けて、有名な私立学校に行かせるのが常識なのです。「スーパー30」という映画は、私塾を作って、貧しいながらも能力の高い子どもたちを無償で教えて、インド工科大学(合格率1%未満)に30人全員を合格させるという内容です。インドには、経済格差のほか、地域格差、男女格差、宗教・カースト格差など、非常に複雑な問題があります。インド教育の問題点は、「きっと、うまくいく」でも、鋭く描かれています。過度な競争で、学生の自殺が多いということです。庭師の息子だったランチョーの痛快な物語は、一見の価値があります。インド映画の傑作の一つです。教育システムを通じて、こういう才能が世に出てくれば、人口超大国インドの将来は非常に明るいと思います。今は、デリー郊外のスズキの自動車工場で、インドの若いエンジニアたちが働いていますが、近未来には、インド系の製造業の生産を日本人が担う問うことさえあるでしょう。

 

ZEN大学

 ドワンゴと日本財団が2025年度に開学する通信制大学です。入学定員は3500人で、N高校、S高校という通信制高校で成功しているので、高等教育でも新たな価値を提供するものと期待したいと思います。通信制と言っても、オンライン教育+αの学びの機会となって、時間とコストのパフォーマンスが良いと受け止められれば、ZEN大学への進学希望者が増えて行くものと思います。通学制の一般の大学よりも、自分の特長を伸ばすことに特化できる可能性があります。授業料などの負担が軽くなることも魅力だと思います。既に6割が学生定員割れを起こしている私立大学にとっては、脅威になるのではないでしょうか?大学の新陳代謝の促進と高等教育におけるオンライン教育の発展の面で、ZEN大学には注目したいと思います。

 

裁判官の国民審査

 最高裁の裁判官には、国民審査という制度があり、衆議院選挙の際に、併せて投票が行われました。罷免を求める×が、10%を超えた人が4人いたという報道がありましたが、この制度自体に意味があるでしょうか?就任以降の判決実績がない人に、×を付けるのはおかしいでしょう。投票用紙に、×を付けた人は、任命した与党への不支持を表明するために、ほぼ全員に×を付けているのではないでしょうか?インターネットで裁判官の履歴をチェックして判断したのではないかというような推測をして、国民審査の意義を強調している学識者もいるようですが、本当にそんなことが正しく行われているという根拠があるとは思えません。茶番に過ぎない国民審査は、無用です。最高裁の裁判官への信認を求めるなら、任命後に判決を出したことがある裁判官全員について、その都度、〇を付けてもらうやり方をすべきです。〇が少なくても、罷免する必要はありませんが、裁判官として国民からの信認がないことを自省してもらえばよいと思います。判決という判断材料もない裁判官に、×を付けるわけにはいかないはずです。極めて不合理な審査のやり方を変えないのならば、意味がないので制度を廃止した方が良いと思います。

 

2024年11月 1日 (金)

しきなみにつどひたる車なれば

インドの教育

 宮崎智絵「インド沼」(インターナショナル新書)は、インド映画を通じて、インドを巡る14のトピックを解説することで、現代のインドへの理解を促進しようとする作品です。著者は、宗教社会学者ですが、大学の正規ポストには就いていないようです。この作品に書かれたような授業が受けられれば、インドに関心がある学生にとっては、非常に興味深いと思います。この作品では、「RRR」、「きっと、うまくいく」などの有名映画が引用されており、インド映画好きなら、ピンとくる内容が多いでしょう。ここでは、教育を取り上げたいと思います。インドの教育システムは、5+3+2+2制が基本です。その上に高等教育があります。義務教育は8年間ですが、中等教育まではほとんどの州で無償です。設置形態は、国立、州立のほか、認可を受けて補助を得ている私立学校、いない私立学校、無認可の学校など多様です。私立学校は、従来はエリート学校でしたが、低所得者向けの学校も1980年代からできているとのことです。エリート校も、機会均等の観点から義務付けられているので、低所得者層の受け入れ枠(RTE)を設けています。それを悪用して、低所得ではないのに、子どもを入学させようと悪戦苦闘する親を描く映画もあります。国立は、地方勤務の公務員子弟向け、貧困層及び被差別カーストの子ども向けの学校があり、両者には予算が重点配分されますが、一般の公立学校は、予算が十分ではなく、教員は質量ともに慢性的に不足、施設は水道がないほど劣悪だとのことです。子供の将来を考えたら、公立は避けて、有名な私立学校に行かせるのが常識なのです。「スーパー30」という映画は、私塾を作って、貧しいながらも能力の高い子どもたちを無償で教えて、インド工科大学(合格率1%未満)に30人全員を合格させるという内容です。インドには、経済格差のほか、地域格差、男女格差、宗教・カースト格差など、非常に複雑な問題があります。インド教育の問題点は、「きっと、うまくいく」でも、鋭く描かれています。過度な競争で、学生の自殺が多いということです。庭師の息子だったランチョーの痛快な物語は、一見の価値があります。インド映画の傑作の一つです。教育システムを通じて、こういう才能が世に出てくれば、人口超大国インドの将来は非常に明るいと思います。今は、デリー郊外のスズキの自動車工場で、インドの若いエンジニアたちが働いていますが、近未来には、インド系の製造業の生産を日本人が担う問うことさえあるでしょう。

 

ZEN大学

 ドワンゴと日本財団が2025年度に開学する通信制大学です。入学定員は3500人で、N高校、S高校という通信制高校で成功しているので、高等教育でも新たな価値を提供するものと期待したいと思います。通信制と言っても、オンライン教育+αの学びの機会となって、時間とコストのパフォーマンスが良いと受け止められれば、ZEN大学への進学希望者が増えて行くものと思います。通学制の一般の大学よりも、自分の特長を伸ばすことに特化できる可能性があります。授業料などの負担が軽くなることも魅力だと思います。既に6割が学生定員割れを起こしている私立大学にとっては、脅威になるのではないでしょうか?大学の新陳代謝の促進と高等教育におけるオンライン教育の発展の面で、ZEN大学には注目したいと思います。

 

裁判官の国民審査

 最高裁の裁判官には、国民審査という制度があり、衆議院選挙の際に、併せて投票が行われました。罷免を求める×が、10%を超えた人が4人いたという報道がありましたが、この制度自体に意味があるでしょうか?就任以降の判決実績がない人に、×を付けるのはおかしいでしょう。投票用紙に、×を付けた人は、任命した与党への不支持を表明するために、ほぼ全員に×を付けているのではないでしょうか?インターネットで裁判官の履歴をチェックして判断したのではないかというような推測をして、国民審査の意義を強調している学識者もいるようですが、本当にそんなことが正しく行われているという根拠があるとは思えません。茶番に過ぎない国民審査は、無用です。最高裁の裁判官への信認を求めるなら、任命後に判決を出したことがある裁判官全員について、その都度、〇を付けてもらうやり方をすべきです。〇が少なくても、罷免する必要はありませんが、裁判官として国民からの信認がないことを自省してもらえばよいと思います。判決という判断材料もない裁判官に、×を付けるわけにはいかないはずです。極めて不合理な審査のやり方を変えないのならば、意味がないので制度を廃止した方が良いと思います。

 

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