若き人、ちごどもなるは、肥えたるよし
江戸時代の私塾
大場一央「戦う江戸思想」(ミネルヴァ書房)は、日本のかたち、今日の当り前を作ったのは江戸時代であるとして、政治や経済などの各分野がいかにつくられてきたのかを論じている作品です。著者は、幾つかの私立大学で非常勤講師をしている研究者ですが、こういう作品を世に出すほどの力量がある人が正規職に就いていない状況は、実に不可思議です。「はじめに」で、「物言わぬ良識人に本書を読んでもらえれば幸い」と述べていますが、恵まれない研究者人生への思いが込められているのかもしれません。ここでは、教育に関する記述の中で、私塾に焦点を当てたいと思います。私塾は、藩校と寺子屋の中間的存在です。藤樹書院(中江藤樹)、古義堂(伊藤仁斎)、護園塾(荻生徂徠)、懐徳堂(三宅石庵)、咸宜園(広瀬淡窓)、松下村塾(吉田松陰)など、1500もの私塾があったとされます。身分に拘わらず、誰でも学問に興味があれば参加できました。林家の私塾を昌平坂学問所という幕府の教育機関にしたのが、松平定信です。寛政異学の禁で、藩校を含めて朱子学を教育の中心にしたことから、折衷学の学派から反発が起こりました。主体的な学問という流れが起きたのは、皮肉なことに、定信の禁令がきっかけでした。著者は、折衷学の巨魁として、細井平洲(上杉鷹山の師匠)と広瀬淡窓を取り上げています。平洲は、「仁とは、自分のことは脇に置いて、人の事情をしみじみと想い、世話苦労をいとわないということである」としています。「己の責任で学問を組み立て、その正当性を仕事における成果で証明していく」人物で、市井の人々からも人望が厚かったとのことです。淡窓は、「天を敬いながら、理によって人生をより良くしようと努力した」人物です。咸宜園は、明治以降も存続して、4000人もの多彩な人材(高野長英、大村益次郎、清浦圭吾ら)を輩出しました。寄宿舎で共同生活しながら、学力に応じて1~9級のランクに分けられて、特に読書力を徹底的に鍛えられたようです。入門時は、学力・年齢・地位に関わらず、最下位から学問を始めます。今の我が国の大学は、学生様に対する甘いだけの教育サービス機関に堕しており、本当に学問を身に着けさせるなら、咸宜園をモデルに出直した方が良さそうに感じます。
高校無償化
所得制限のない高校無償化は、維新が提案している施策ですが、少数与党が予算の成立などで維新の協力を得るためのコストとして検討するとのことです。約6000億円を必要とするとの見積もりですが、103万円の壁の引き上げで、国民民主党との協議が物別れに終わったことから、維新に乗り換えるという戦略のようです。本当に所得制限のない高校無償化という政策が、日本にとって意味のあるものなのか、例えば、少子化を食い止める切り札になるのか、疑問に感じます。また、無償化と言っても、高校に通わせたら、関連する費用の自己負担もあります。無償化という看板は、かなり怪しいものです。更に、所得制限がないという点では、経済的に余裕のある家庭にも、税金で援助するわけですから、もっと喫緊に支援の必要があるところに予算を重点化して回すべきだと誰でも考えるでしょう。高校生のうち私学が3割なので、本当に高校を無償化したいなら、すべて国公立高校にして、教育環境も全国一律にしたらどうでしょうか?私学を現状のままに維持するならば、学校単位の助成制度は廃止して、1人当たり定額の教育クーポンを全ての高校生に配布するというような施策が考えられます。高校無償化の6000億円の財源がすぐに出てくるわけでもなく、文科省の予算内で6000億円を捻出するのは不可能です。優先順位という意味では、コロナ禍後に急拡大している小中学校の不登校児童生徒への支援を先に考えるべきだとも思います。魚釣りのように、野党の好みの施策を採用すれば、教育予算全体のバランスが崩れます。少数与党の弊害が顕著に表れるのを見過ぎすわけにはいきません。
最もリアルな国際政治
豊島晋作「教養としての国際政治」(KADOKAWA)は、WBSのキャスターが、豊富な海外経験を生かして、起こりうる戦争について、リアルに考えることを勧めている作品です。確かに、一般の日本人は、戦争は絶対にしてはいけないというだけで、実際に起きる可能性については目を背けがちです。核兵器についても、絶対反対というだけで、プーチンのような核による威嚇にどう対抗するのか、考えようともしません。著者は、思考停止状態を脱する必要を唱えているのです。日本にとって、大きな危機は台湾有事です。習近平政権は、台湾の武力統一を選択肢としているからです。彼らなりに、米軍が参戦する事態を想定して、潜水艦やミサイルといった戦力の強化を進めています。トランプ政権の再登場で、アメリカが中国の軍事行動を抑止できるかどうか、不透明さが増していると思います。実際に戦闘が始まれば、日本が巻き込まれるのは必至です。自衛隊は、先島諸島の領土や国民を守れるでしょうか?アメリカや日本は、犠牲を払っても、台湾の主権を守る用意があるのでしょうか?私たちは、日本国としての実利をどう考えればよいでしょうか?著者は、自分たちの正しさを世界に分かりやすく物語(ナラティブ)として力強く発信するべきだと述べています。特に、アメリカを、日本の安全のために寄り添わせることが重要だとしていますが、トランプ政権に対して、どんな論理(あるいは実利)を提示できるでしょうか?著者の指摘のように、イスラエルをモデルに考えるとすれば、再武装はもちろんのこと、核の先制使用も排除しない同盟国になるという選択肢が現実味を帯びてきます。安保ただ乗りでは、トランプさんでなくとも、アメリカには受け入れられそうにありません。なお、著者の気遣いは、謝辞に2ページにも及ぶWBSのスタッフの氏名の列記に表れています。漏れがないか、間違いがないか、慎重に確認したものと思われます。ご苦労様です。
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