殿上の名對面こそなほをかしけれ
日本の犯罪小説
杉江松恋「日本の犯罪小説」には、いわゆるミステリ作家とは言えない小説家も取り上げらえています。例えば、水上勉、石原慎太郎ですが、他にも、阿佐田哲也の麻雀放浪記、池波正太郎の剣客商売のように、犯罪自体ではなく、博打や剣術に主題を置いているものも含まれています。取り上げられている作家は、大藪春彦から高村薫まで18人ですが、私に最も馴染みがあると感じるのは、宮部みゆきさんです。彼女は、代表作の「火車」「理由」「模倣犯」の三部作や、「ソロモンの偽証」などの犯罪小説だけでなく、時代小説の名手でもあります。江戸のホラー小説というべき「三島屋変調百物語」は、既に計9冊を数えており、私の数え間違いでなければ、累計37話に達しています。一つ一つが完成度が高い中編ですから、本当に、作家としての生産力が高い作家さんだと感じます。主な受賞歴を見ても、主要な文学賞を総なめにしており、後は、より広い文化への貢献を顕彰するようなもの、紫綬褒章、文化功労者、最後に、文化勲章をもらうくらいではないかと思います。まだ、60代前半なので、順番待ちという感じでしょうか?この方の優れた点は、配置された人間たちを自在に操ってストーリーを生み出す創造力と、流れるように読み進めることができる明晰な文章を紡ぐ圧倒的な国語力にあると感じます。いつか、三島屋シリーズが、文楽や歌舞伎にならないかと密かに期待しています。特に、文楽は、怪異ものを扱うのが得意ですから、幾つかの話を組み合わせて、おちか物、富次郎物を、それぞれ床本にできないでしょうか?
死体調査官
バーバラ・ブッチャー「死体を話す」(河出書房新社)は、NYで死体調査官をしている著者が、日々の業務から抽出したエピソードを記した貴重な体験記です。中でも、一番衝撃的なのは、9.11直後からの遺体の身元確認作業の記述です。日本でこうした事件が起きることを望みませんが、一度の無数の犠牲者が出て、しかも、遺体の損傷が非常に激しいという事件でした。遺体を見慣れている者にとっても、精神的に過酷な体験でした。現場に行くための苦労(交通が閉鎖状態)、同僚の無事を確認したときの安堵感、遺体の登録・保管システムの構築、身元特定のタフな作業、大勢の支援者(専門性を持つボランティア)たちの受け入れ、変形した遺体の部位の選別、DNA検査、身元が判明した遺体の引き渡し、遺族からの情報収集と説明など、不眠不休状態で、精神的におかしくなる人が出てきます。憂鬱が蔓延して、自殺しようとする者さえ現れます。全員がイライラして、現場の雰囲気は最悪になっていきます。こうした状況の中で、慰安の時間が必要だとして、みなでナイトクルーズに行き、バーベキューをしたりします。この場面で、同僚のドクターから、重要な言葉が発せられています。「バーバラ、人生は続くんだよ。人間は、食べて、けんかして、愛して、セックスする。それが続くだけだ、パーテイをやってもいいんだよ、生きていていいんだ」9.11の過酷な現場にいた人たちから、学ぶとすれば、こうした経験のすべてです。著者によれば、消防士の遺体袋に、人間の心臓、車のキー、ペニスしか入っていなかった例もありました。バラバラの遺体、変形した部位を、何日も見せられれば、頭がおかしくなりそうです。死体調査官の仕事は、精神の安定が求められます。数千人のバラバラになった遺体を、遺族に届けるという膨大な作業は、想像がつきません。日本で同じことができるでしょうか・
生成AIと著作権法
日本新聞協会は、内閣府に対して、現行法体系が生成AIビジネスに対応できないとして、著作権侵害に対する法整備を求めています。無秩序なデータ収集によって、収益機会が奪われているという主張です。現行法では、権利者に無断で、生成AIに学習させることが可能になっているために、取材から編集までの活動を経て制作したコンテンツの権利者に対する対価なしに、学習させたものをベースにして、新たに生み出した著作物で競合するビジネスが可能です。コンテンツの学習を無断でできる法制によって、ただ乗りを許すという方針には、生成AIの発展を促進するという政策意図があったでしょうが、やはり、コンテンツを生み出している著作権者の利益を損ねることへの配慮が欠けていたと感じます。世界でも、一方的にコンテンツを生成AIの学習という名目で吸い上げられる側の利益とのバランスを取る動きが始まっているので、出遅れることなく、法整備に関して検討すべきだと思います。
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