国立大学法人の第3期中期目標・計画は実行できるのか?(5)
最後に、研究力に関して触れておきたい。大学ランキングの中で最も大きな比重を占めているので、これで成績が下がると非常に痛いことになるが、まったく明るい見通しを立てられない。理由は、第3期末までには、人件費総額の更なる抑制を余儀なくされるために、悪くすると15から20%近くの常勤教員ポストを削減することになる。この数字は、定年退職者の後を補充できないに等しい。大学の研究力が個々の研究者による活動成果の集積である以上、人的資源の減少は成績の相対的低下に繋がる恐れが強い。事務職員に関しても同等以上の削減を検討せざるを得ないために、教員一人あたりの研究時間の確保もままならない。人数×時間の総和が減少すれば、成果も減少することは容易に予測が付く。さらに、競争的資金等の改革によって、運営費交付金の削減を補填する制度改革が行われたとしても、研究に直接充当する直接経費が目減りする恐れがあり、学術研究の国際的な地位を向上させるような条件が整いそうもない。国立大学法人としては、資源の制約によるレベルダウンを如何に食い止めるかということがテーマになるだろう。中期目標・計画にも、そうした現実が反映されていなければ、地に足が着いた国との契約にならない。最近出された総合科学技術イノベーション会議による第5期科学技術基本計画の中間取りまとめを読んでも、国際的地位の向上に結びつくインパクトのある施策が出てくる兆しはない。どうにも八方塞がりで、未来は何かを諦める、切ることから始めるしかないだろう。そういう意味では、中期目標・計画のゼロ次案は、まだ甘すぎ、他力本願過ぎるということになるのではないか?どうしても国に支えられた国立の意識が抜けないのである。国と大学とがもたれ合いの共同幻想の中で迷うのは、もう止めにしたい。実行されない目標・計画など、国民にとって全く意味がない。
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