2010年07月20日 18:41
子供の頃にはミノムシ(写真1)は木の枝だけではなく、軒下などで簡単に見つける事ができた。特に、冬、樹々が枯れ、葉が落ちた枝に垂れ下がっている様は、冬の風物詩として親しまれていた。
枕草子にも 「蓑虫、いとあはれなり。鬼のうみたりければ、親に似てこれも恐ろしき心あらむとて、親のあやしき衣ひき着せて、「今、秋風吹かむをりぞ、来むとする。待てよ」と言ひ置きて逃げて去にけるも知らず、風の音を聞き知りて、八月ばかりになれば、「ちちよ、ちちよ」と、はかなげに鳴く、いみじうあはれなり」と親しみをもって記述され、平安時代にはすでに親しまれていたことが分かる。
しかし何時の頃からかミノムシの姿が見えなくなった。最近ではミノムシが垂れ下がっている光景を目にする事は非常にまれである。なぜこうなったのか。最初は農薬の使用かなにかでミノムシが死んだのかと思っていたが、よく調べてみるとそうではないらしい。中国から入って来た外来種のミノムシに寄生する、寄生バエのせいで全滅の危機にさらされているのだそうである。外来種の侵入により日本古来の生物種が激減し、絶滅に晒されることはよくある事であるが、ミノムシもそのたぐいであるらしい。昆虫に寄生する寄生バエ (tachina fly、tachinid fly)自身はそんなにめずらしいものでもなく、全世界に約5000種、日本に約500種が存在すると言われる。昆虫綱双翅(目短角亜目ハエ群ヤドリバエ科(Tachinidae)の総称で、とくに大形で剛毛が目だつ種類をハリバエとよぶことがある。
ヤドリバエ科のハエ(写真2)は、小形ないし大形で、体形と色彩は変化に富み、細いものや太いもの、黒っぽいものや褐色のもの、また金属光沢のあるものなどがある。体には一般に剛毛が発達する。触角は複眼の中央部よりも上位に生じ、触角刺毛は無毛、まれに微毛を生じる。胸部の翅毛は通常、横線より前方にも発達し、肩後剛毛は少なくとも2本、横線後方の翅内剛毛は少なくとも3本存在する。はねの中脈は末端近くで著しく前方へ湾曲し、はねの基部後方の胸弁はよく発達する。成虫は日中活発に活動し、多く花に集まる。まれに夜間に活動するものもある。幼虫はほかの昆虫の体内に寄生する。寄主は鱗翅類(チョウ、ガ)の幼虫が多いが、甲虫類、直翅類、膜翅類、半翅類、ハサミムシ類のほか、同類である双翅類にも寄生する。このため、農林業害虫の天敵として重要な昆虫類といえる。
オオミノガ(チョウ目ミノガ科)はミノムシの代表的な種で、冬にはそこかしこの樹ぶら下がっていた。幼虫は茶や果樹などを害する害虫でもある。しかし、現在ではまず見つからない。この原因は1990年代に中国より偶発的に侵入したオオミノガヤドリバエ(Nealsomyia rufella)が好んでミノムシの幼虫に寄生して、ミノムシの絶滅の危機を引き起こしている事である。今まで天敵のいなかったミノムシに突如敵が現れ、かたっぱしからミノムシに寄生するようになった。現在ではミノムシ君は絶滅危惧種に指定されている。
自然界の恐ろしいところは、更にこのオオミノガヤドリバエに寄生する蜂が存在し、キアシブトコバチを始め数種類が発見され、またハエトリグモなどもオオミノガヤドリバエを食べている。このようにオオミノガヤドリバエも寄生バチなどの天敵に攻撃されており、オオミノガヤドリバエの個体数も減少している。天敵の天敵の存在はミノムシ君にとっては救世主といえる。自然界が絶妙なバランスで生物の多様性を保っている事に感心する。
オオミノガヤドリバエ成虫はミノムシが食べている葉に微小な卵を産み付け、ミノムシが葉と一緒に卵を食べると、ミノムシのお腹の中でハエの幼虫が孵化してミノムシの体内を食べる。ミノの中でミノムシ幼虫を食べ尽くした後、幼虫から出て蛹(囲蛹という)になる。1個体に付き、平均10羽程度のオオミノガヤドリバエが羽化する。
この困難な状況をくぐり抜けミノムシ君は復活してくるのであろうか?
写真1ミノムシ 写真2 寄生バエ
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