「とんぷ」を含む日記 RSS

はてなキーワード: とんぷとは

2025-12-26

甲状腺がんRTA記録 (3/3)

術後2日目(34日目)

消灯が早いので、起床時間前に目覚める。夜間に看護師がドレーンが首から外れていないか懐中電灯で照らして確認するので、何回か目が覚めていたが、良く寝られたと感じる。前日しっかり食べたので、各段に体力が回復している。

しか今日目標は、明日ドレーンを抜いてもらうために無駄に動かない、である

この日から通常の食事となる。朝食にはクロワッサンが登場。カロリーが高いメニューが続くが、完食し続ける。朝のバイタルチェックで、ドレーンにつながるプラスティック容器に本日の日付が書き込まれる。ちょっと多いですね、といわれる。今日シャワー禁止で、おしぼりで体をふき、ドライシャンプーをする。声帯を動かすために小さくハミングをして音を鼻腔に響かせる。低音は問題ないが、高音は音が割れる空気声帯から漏れている。その後もときどき声帯を動かす練習を行った

水筒へ水を汲みに休憩所にいくと、同室のクレーム老女と歩行器老女がテレビを見ながら熱心に世間話をしていた。話し相手がいるのは良いことだ。気難しいタイプクレーム老女と話の弾む歩行器老女のコミュニケーション能力の高さに感服する。

10時ごろ、診察室に入るとさらに初顔の若い茶髪女性医師がいた。4人目の医師主治医と同世代か少し若い明日内視鏡しますね、ドレーンは70mlか、明日は無理かもね、とコメント。そんな不吉なことを言わないでほしい。

ベッド上で体を起こさず、ウォークマンを聴いて過ごす。この5年ほど使用していなかったのだが、入院に際して役に立つかもと持参していたのだ。久々の充電にも問題なく動き、大容量メモリ内に保存されている懐かしい曲、プレイリストノイズキャンセリングゆっくり聴く

体力、気力が激減しているのでスマホは長時間みる気力がなく、本も読めない、スマホソシャゲの周回を脳死でやる、という気持ちにもなれない。音楽は心の救いになった。特にクラシック音楽中学生ときに熱中した音楽が良かった。

体のすべてのエネルギーが、傷の修復に投入されている。全身の体積からみるとほんの小さな傷のはずだが、生存に関わる危機だと体が判定している。村上春樹の「1Q84」で、傷ついた野良猫が隠れてじっと動かずにいるように、といった表現があったことを思い出す。そう、傷が治るまでは動けない、動いてはいけないのだ。

今日ドレーンは抜けなかった、明日退院はできない、仕事、連絡、請求書、入金、どうする、どうすると善後策をぐるぐる考え続ける。

昼過ぎバイタルチェックにきた看護師にドレーンの状況をきく。全然出てないですよー、と良い知らせ。

師長がアラサー女性のベッドに謝罪に来る。どうやら不手際が2日連続で起こっている。前日は医者本日看護師やらかしたようだ。聞いていると確かにそれはまずいとしか言いようがない失態だった。大部屋にプライバシーというもの存在しない。

回診に来た主治医にドレーンを早く抜いてほしいと訴えるも、ここまで非常に順調に来たのだから少し待ちましょう、抜いた後に体液が溜まって再度穴をあけることになったら大変です、と諭される。

16時過ぎ、研修医がやってきて、傷口のチェックをしたあと、ドレーンから排出液をためるプラスティック容器を見て首をかしげる。再度手術の傷跡を確認し、今度は主治医を連れてやってきた。主治医も首とドレーンをチェックする。どうやら突然体液の排出が止まったので、ドレーンが曲がっているか、詰まっているのではないか確認にきたらしい。特に問題はなく、帰り際に主治医研修医明日処置の準備をというのが耳に入る。ひそかにガッツポーズを決める。

食事バイタルチェック、掃除ときクレーム老女も看護師スタッフにお礼を言うようになった。私をはじめ他の同室者が愛想よくお礼を言い続けたのでつられている。まあ、ようやってもらってると感謝しないといけないわな、ともつぶやく。病室の空気がかなり軽くなった。

術後3日目(35日目)

夜中、寒さと鼻水で起きる。自宅でもときどき発生する現象だ。持参していた貼るカイロを腰に貼り、横になる。朝、鼻水がたまっているが、元気に目覚める。日々、もりもり回復していることを感じる。

今日目標はドレーン抜去である

朝食に分厚い食パンバタージャムが出る。昼食、夕食はどんぶり椀の白米だし、とにかく炭水化物を取らせる方針のようだ。病院なので当然ながら、毎回塩分はかなり少なく、甘い味付けが多い。

横になってウォークマンミュージカルレ・ミゼラブルサウンドトラックを聴き、感極まって涙を流していると時間が非常にランダムバイタルチェックがやってくる。やばい、と慌てて態勢を整える。やたらと体温が高く、血圧も高すぎて看護師が眉を顰める。音楽を聴いて興奮していたので、とも言えずなんででしょうねーとあいまいごまかす。

診察待ちの待機部屋で同室の歩行器老女と顔を合わせる。お話好きの老女はすすっ、と私の隣に座り、すぐに自分の病状を話し出した。マスクで隠れていたが、鼻の手術で顔が内出血が大変になことになっている。私も自分の手術痕について話をして、赤いのって目立ちますよねー、嫌ですよねーと、同病相哀れんだ。

9時過ぎの診察は、若い茶髪女性医師。予告していた内視鏡を鼻から入れる。声帯を動かし、確認をすると、「うん、右に比べて少し遅れていますが、左の声帯も動いていますね!これならすぐに戻るでしょう」と良い結果になった。主治医も喜ぶだろう。

ドレーンのプラスティック容器と日付をチェックし、「20mlか、ぎりぎりだな、主治医先生はなんて言ってました?」少し待ちましょう、と言っていたとは言わず「いやあ」笑ってごまかす。「ま、抜きますか」やったね!と心の中で快哉を叫ぶ。

透明の管を抜き、首にできた穴に巨大な防水絆創膏を貼る。この後、バイタルチェックで絆創膏の状況が確認されることになる。体液がにじみでないように、この日も安静に過ごすことを心の中でひそかに誓う。絆創膏に体液がたくさんにじみでて状況が悪いから再度ドレーン、退院NGです! という事態を避けたい。

ドレーンのプラスティック容器をつるす点滴スタンドと別れを告げて、歩きやすくなる。歩行器老女がすれ違う際に、ドレーン取れたのですね、よかったですね!と祝福してくれる。ありがとうございますシャワーの予約に行き、看護師からもおお、取れましたか!と声がかかる。にこにこ笑ってお礼を言う。大変うれしい。

同室の若い女性看護師が差額ベッド代について話している。現在の差額なし大部屋に入る前の病室の請求書のようだ。救急で運ばれたときに、家族第一希望のほか、第二希望の部屋タイプにチェックをいれていたらしい。その第二希望部屋タイプのベッド代である。本人が希望したわけではないので、納得しがたいだろう。緊急入院する際に、そこまで気の回る人も少ないと思う。ただ希望は紙に記載してしまっている。状況はなかなか厳しい。

水筒に水を汲みに行く際、杖を突いて歩く同室のクレーム老女とすれ違う。突然話しかけるのははばかられるので、笑顔会釈する。和顔施は仏の教え。

母に自宅から仕事スマートフォンを持ってきてもらう。ざっと情報を流し、不在中問題が発生していないことを確認チャットで連絡を入れ、退院日の帰宅からWeb会議に出る予定とする。大きな心配事が解消し、ようやく安堵する。あとは予定通り退院するだけ。スマートフォンは再度母に自宅に持ち帰ってもらう。

夕食前に、首の手術痕がぴりぴりとするのを感じる。鎮痛剤が切れたようだ。食後に飲む予定であるし、前倒して飲むほどではない。痛むというより、何かがピリッとした、神経が走った、という感じであった。

術後4日目(36日目)

快調に目覚める。絆創膏は体液がにじんでもなく、きれいである。昨夜看護師に一度貼り替えましたか?と尋ねられたぐらいである。術後、傷の修復に全投入されてたエネルギーが、他の部分にも回ってきたのか、体に力を感じた。

この日は日曜日のため医師は不在、病棟から患者看護師も激減し、イベント食事と最低限のバイタルチェックだけで、大変に平和だった。土曜に退院たかったな……。

夜のシャワーの予約をし、退院の準備作業を考える。

一番の問題は、私の体力である。前日まで安静に努めていたため、起き上がった姿勢で長時間いれるのか、はたまた長時間歩けるのか、公共交通機関帰宅できるのか、不安になる。

慣れるしかないため、一時間のうちで起きる時間、横になる時間割合を少しずつ変えてゆく。食事の量は変わらないのに軽く完食できるうえに、食間に空腹を覚えるほどになった。お見舞いでもらったミカンを食べる。

退院後に傷口をメンテナンスするためのテープの使い方を看護師から教わる。手術前に買っていたテープで、3か月ほどの期間なので、買い替えもいらないだろうという。私の手術跡は大変見えやすいところにあるので大丈夫だろうと言われる。耳の近くなど、鏡で確認しづらい位置に傷跡がある人は大変なようだ。

夕食後のトレイを戻して部屋に帰ろうとすると、クレーム老女が杖もなく一人で歩いてトレイを返却に向かっていた。驚いて思わず目を見張り、ついでにっこり笑って会釈する。

部屋に戻ると、クレーム老女が歩行器老女のトレイも下げようと申し出て、そんな、悪いですよ。大丈夫、私も少しは動く練習しないといけないしね、とやりとりをしているのが聞こえる。誰も悪い人はいないのだ。

真っ赤な一文字の傷跡も、やや色が薄まり、幅が狭くなってきた。

退院(37日目)

快調に目覚め、しっかりと朝食をとる。母から今日寒い、気を付けてとLINE。うん、持ってきた服で帰るしかないのだけどね。

診察待機部屋では、退院前の患者私服で集まる。もう歩行器が不要になった同室の老女とお互いに退院を祝いあう。歩行器老女が先に呼ばれた後、残された若い男性と向き合う。「同じ部屋だったんですよ。男の人の部屋はお話したりしますか」「いや、まったく、全然です」老人ホームデイケア女性利用者同士はおしゃべりをするが、男性はしない、という話を思い出した。話をするほうがメンタルには良いと思う。

2日ぶりに主治医と診察で会う。退院ですね、では取りましょう!とドレーン穴に貼った巨大絆創膏を慎重にはがす。穴に貼る小さなシール研修医が用意して手渡すが、主治医が首を傾げ、いや、いらないですね。このままで。となる。何かにじんできたら、市販絆創膏貼ればいいです。と言われる。

まり痛みを感じないのだが、鎮痛剤は飲まなければ痛むのか、処方が切れたあとに痛んだらバファリンなど市販薬を飲めばよいのか、と確認する。甲状腺はあまり痛まないという人が多い、痛まないならもう飲まなくてよい、余った薬は痛んだ時にとんぷくとして服用すればよい、とのことだった。

テープの使い方は教わりましたか、と確認される。はい、すぐに貼るんですよね? いや、ボンドが取れてから!と訂正される。一週間ほどで透明のボンドがボロボロ自然に剥がれ落ちるので、そのあとからテープメンテをするようにと指示される。

次回外来の日時、生活上の注意事項を確認し、退院となった。

改めてお礼を述べ、頭を下げて別れを告げる。

自動精算機で会計をする。高額療養費に関する申請自動で行われると説明を受けており、マイナンバーカード恩恵にあずかる。10万弱の表示に安堵する。命のほうが大切であり、お金のことは考えないようにしていたが、常に不安がどこかにあった。がん保険などに入っていなくても何とかなるものである自分治療に関わった人の数、労働時間、機材、薬剤を考慮すると、アメリカなら破産しているかもしれないと思った。

優先座席を利用させてもらい、公共交通機関で一人で無事に帰宅する。

ほっとするのもつかの間、リモートでの仕事の準備を始める。

昼過ぎ、ぴりぴりしたもの首に感じる。特に痛くはないので薬をのまずにやり過ごす。その後は鎮痛剤なしで問題なかった。

6日ぶりに誰もいない自宅で一人で過ごす。感受性が高く内向的自分にとって、これが快適で最適な環境だと何十年も思っていた。入院中は24時間、常に人の気配を感じていた。四六時中トラブル騒音が発生していた。突然一人の静けさが身に染みて、誰かと暮らすのも悪くはないかも、と思う自分に驚いた。

まとめ


がんの疑いから32日目で手術、治療開始となった。RTA頑張った。

反省点として、生検から告知まで2週間かかっており、もっと早い日にしてほしいと依頼していれば日数は7日ほど短縮できていた可能性が高い。患者からの働きかけを躊躇してはいけなかった。ただ、様々な関係者のご厚意と尽力で最善に近い対応ができたと考えている。改めて感謝をしたい。

これからのがん治療予定は、摘出した甲状腺から筋肉への転移可能性の検査甲状腺機能が右半分だけで保持されているか検査問題なければ10年間の経過観察となる。

退院直後から仕事を再開し、家事、炊事を始めた。自覚する体力ゲージは以下のように推移した。

入院100
手術直後 0
術後1日目 5
術後2日目10
術後3日目 15
術後4日目20
退院 30
退院1日目 60  →いきなり上がる。
退院2日目 70

日常生活いかに体を使っているか外科手術・入院いかに体力・筋力を低下させフレイルとなるのかを実感した。体重入院前後で変動なしだったが、筋肉量がかなり落ちた。可能なかぎり手術・入院をしなくてすむように、健康留意して生活をしたい。

終わりに

長文を最後までお読みいただきありがとうございます。どなたかの参考となればと記録を残しましたが、私には長年の強度の高い運動習慣があり、年齢平均よりは体力・筋力があることを申し添えます

一番良いことは、この記録が参考となる事態が発生しないことです。

皆様とご家族のご多幸と健康をお祈りいたします。

2024-09-20

精神科の来院歴あると家のローン組めんのか

鬱とかでもなくメンタルやばいとかもなく、ちょっと心配性すぎるからとんぷくの抗不安薬欲しいだけなんだけど

内科とかで出して貰えないか

2021-02-23

処方薬のアナログ環境

薬剤師10人ほどが、奥の部屋で、処方箋に書かれた薬を棚からかき集めている。

この作業にほんとに薬剤師10必要?ってのがまずひとつ

これを人力でやる意味ある?ってことね。

そして〇〇さんの薬一式ができました。カウンターに運びます

番号で呼び出して、その患者カウンターに来ます

紙の小袋に入れられた薬を、患者の前でまた出して一つずつ説明

口頭でバーっと言われて覚えられるわけない。

それを携帯で録音してる人なんていないし。

「痛み止めもくださいって(先生に)言ったのに!」って、この段階で言う。

はい病院電話してさらに15分待ちで追加処方。

このアナログ全開の処方箋問題が二つめ。

患者処方箋の紙を手にした時点で、そこに今までと違う薬、

銘柄が変更になった薬、一回の処方として考えられる量と大きく違う量が処方されてる場合

とくに服薬に注意が必要な薬を色付きで示してほしい。

まり医師が書いた処方箋のチェック機能を、薬剤師まかせにせず、

それこそAIにゆだねて、その結果を患者フィードバックしてほしい。

3つ目は服薬指導ロボットの開発。

動物自動でエサをやるタワーみたいなやつ。

時間になったら必要な薬がトレイに落ちてくる。

ディスプレイには一応個々の薬の説明が出る。

とんぷボタンがあって、とんぷくは飲みたいときにそれを押す。

これに通信機能がつけば、患者がきっちり服薬できてるかわかるし、

どれくらい余ってるかもわかる。

複数の薬を1回分の袋に詰める一包化も必要なくなるかもしれない。

そう考えると、処方薬について言えば、処方されてから患者使用するまでの間に、

薬剤師存在必要ないんじゃないかとすら思える。

2019-08-12

[]

右手の添え木はずした

手の平の手相にそった内出血がひどくなってた

添え木する前はもっと出血ばらけて全体的に青紫色っぽかったけど

手の裏の腫れはだいぶひいてた

でもまだ指は曲げ伸ばしできない

タイピングしにくすぎてイライラシて発狂たか

あーきづいたら日記結構さぼってた

おとといはぎりぎりあれでいいか

おととい

おぼえてない

外出はしてない

あーそうだ3日前にかった菓子パンメロンパンチーズ蒸しパン食べたんだった

そんで2週間分処方されてた薬を全部飲んでしまった

とんぷくで1にち2じょうまでのやつをイライラしすぎるから全部のん

もういっこの頓服じゃないのも全部のんしまった

きのうはアサおきてうとうとしてコロッケ2個と太巻きハーフ2個たべた

午後からずっと発狂してた壁と床を蹴りまくって扇風機もけりとばしてぶっこわして頭を柱にぶつけまくってガラスコップも頭にぶつけまくってたんこぶだらけ

くすりがほしいくすりがほしいくすりでしずめたいとずっとおもってた

しんや23時半に外出してコンビニファミレスゲオSEIYU

SEIYUで半額の惣菜をムダにたくさん買い込んでしまった

後悔

もう元気な頃の胃袋はないのに

後悔後悔

それでもとんかつてんぷらだけとりあえずたべた

うとうとしながらなんどもゆかをける

せみがうるさいむしがうるさいそんなりゆうで

あさの新聞もふたつに引き裂く

死ね糞虫

薬貰いに行きたいのにちょうどお盆とかタイミングわるすぎだろクソが

鶏皮串を食べた

パソコンスマホipodも何もやる気にならずによこになってああああああああああああとか声あげながらときどきからだのほうこうかえて床をける

死ねゴミ

クソトラバつけたやつも死ねゴミクズ

2016-03-12

数学が得意」と「好き」の違い

高校物理先生で、定期試験で難しい試験を出すことで有名な先生がいた。

めちゃくちゃ難しいといっても、中堅~地方帝大の入試問題あたりを出してたんだと記憶しているが、うちの高校レベルだと、教科書をなぞっただけの俺たちは平均点が1020点だった。

0点すら何人もいた。

60点以下は追試。

当然、全員追試になる。

試験のたびに解説放課後を使って追試の繰り返し。

運動部に属していようが、大会が近かろうが、問答無用

追試は時間制限

解き終えて提出するまで、何時になろうが返してくれない。

解き終わった順に、持っていき、その場で採点。翌日も地獄に付き合わされるかの審判を待つ。

成績は、試験の点数ではなくて、何回目の追試で受かったかで決まるような感じだった。

授業スタイル特殊で、ノートを取らせない。

ノートを取る生徒に

ノートなんか取るな!俺の話をきけー!」

という具合。

自転車の乗り方を覚えるように、カラダで受験レベル問題を叩き込まれた。

こんな授業をすべての科目でやれば、生徒の成績は上がると思う。

ちゃんとわかるまで解説をするスキルまで揃っていたあの先生からこそでだと思うし、ほかの教師では定期試験後1か月近くずっと夜22時まで付き合い続けるパワーもないだろう。

不思議と慕われていた。

そうでなければ、大会が近い運動部は逃げ出していただろう。

そんなわけで、地方の中堅高校にも関わらず、我が校の物理選択者の成績は非常によかった。

彼こそ、予備校カリスマ教師にも負けない、スーパー教師だったと思う。

ところで、俺の古くから親友は、その定期試験で常に80点以上を叩き出していた。

成績一位は当然彼で初回試験の点数は80~90点、二位でさえ40点代、追試免除は彼一人という快挙を毎回成し遂げていた。

「才能」

にあふれていた。

風変りな生徒だったとは思う。

ノートを持ってない。

教科書に書いてあることをノートに書き写す必要はないじゃんというし、例題を解くときには計算必要ときは要らないプリントの後ろを使って、解き終えたら捨てる。

解説を聞くとき

「俺、手を動かしながら聞くっていう器用なこと出来ないもん」

と言ってノートはとらない。

その教師に言われてそうしたわけではなく、昔からそうだった。

一番に驚愕偏差値を叩き出していたのは物理だったが、東大模試東工大模試などを受けると、数学でも同じように驚愕偏差値を出していた。

(といっても、全国一位ではなかったので、模試の全国一位というのはいったいどんな化け物なのかと思う)

どうしてそんな偏差値だせるんだ?

と聞くと

「迷わずに一気に反射神経だけで解き続けると、時間内に完答できるよ。"とことんぷぷよ"みたいな感じで」

というこれまた微妙にズレた答えが返ってきたのが懐かしい。

物理数学教師たちは、彼に理学部を熱心に勧めたが、

理論に興味ないし、就職に有利そう」

という理由で、大学工学部に進学した。

進学先でもやはり博士課程後期まで勧められていたが、普通に就職した。

あれをみたら、誰でも

「お前は才能がある!その才能を学術分野で活かせ!」

と言いたくなるのだと思う。

でも、彼にとって、難しい問題の解決は、ぷよぷよテトリスをするように、ただただ作業しかないのだ。

今でも、どんな仕事をしているのかと聞くと、楽しい話を聞かせてくれる。

無理ゲーともいえる無茶な仕事だと思うんだが、専門外の俺にもわかるたとえ話で説明できるということは、その問題も彼にとっては、テトリスぷよぷよくらいに簡単なことなんだろう。

2015-06-27

青二才くんは酒飲むよん

http://anond.hatelabo.jp/20150627113122

2015-06-10

過剰服薬やリストカットは、双極性2型。うつ病じゃない

過剰服薬やリストカットは、双極性2型だよ。単極性のうつ病じゃないよ。

過剰行動が激しくて、危険レベルになると入院なっちゃって、それは双極性障害1型。

双極性2型なのに、単極うつ病だと早合点(誤診に近い)して、元気が出る方の薬(抗うつ薬)を出すんだから、そりゃ自殺もするよ。落ち込みと高ぶりの両極があるのに、自己否定感覚をもったままで高ぶったタイミングで、さらに元気が出る薬を飲んでるんだから自殺する最後障壁を、医療が取り除いてるっていう感じだね。

ここ3年くらいかな。躁転リスクが高いから抗うつ薬はキホン出されなくなったのは。オレは個人クリニックが信用できないから大学病院に移ってきたけど、双極性だと正式方針変更になるまで5年かかっている。その間も躁防止のリチウムは出てた。個人クリニックなら、今でも抗うつ薬だけのままなんじゃないか。ちゃんと精神病院に勤務して、双極性や分裂病(統合失調症)を診てきたのかな。あれだけ激しいのを見ておけば、自傷行動もそのマイルドバージョンだと分かりそうなもんじゃん。

よっぽどの陰性症状(落ち込み)のとき抗うつ薬とんぷくで出るけど、デパケン(前はリチウム)でクスリといったらそればかりで眠剤を少々という感じか。

最近の若者系のうつ病で、仕事は落ち込んでてできないけど(陰性)遊びはできる(陽性)というのは、双極性にしか見えない。芸能人うつ病自殺して、痛ましくて防げなかったのかなとなるけど、医者が陽性を見抜けなくてリチウムもらってなかったんだろうなと思うんだよね。それでも死ぬ人は死ぬから

ガンとか糖尿病とか、素人には治せないって認識するのに、精神疾患素人でも治せるって思っちゃうのが変だなと思う

 
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん