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海辺の鉄道めぐる様々な苦労 潮風・砂・波との戦い

鉄道の達人 鉄道ジャーナリスト 梅原淳

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夏休みの楽しみと言えばいまも海水浴だろう。四方を海に囲まれた日本では多くの鉄道が海沿いに敷かれていて、海水浴場へのアクセスはたやすい。

かつては海水浴客のために多くの臨時列車が海水浴場の最寄り駅に向けて運行されるのが夏の風物詩だったが、今日ではめっきり少なくなった。

それでも今年、JR東日本は海水浴など夏の旅行向けとして2024(令和6)年7月に臨時の特急「マリンブルー外房」を高尾駅と安房鴨川駅との間に、同じく「マリンアロー外房」を大宮駅と安房鴨川駅との間に走らせている。またJR四国は田井ノ浜海水浴場(徳島県美波町)がオープンするのに合わせて、牟岐線では田井ノ浜駅の臨時営業を行った(24年の営業は8月4日で終了)。

海沿いを行く鉄道は人気が高いが、海の近くを走る鉄道にはさまざまな苦労が避けられない。日々潮風や砂、波との戦いを強いられ、とうとう営業を断念した鉄道も現れている。

海水に含まれる塩分で腐食

まずは潮風との戦いから説明しよう。海水に含まれている塩分は車両や施設の腐食を早め、電気設備の絶縁不良を引き起こすやっかいな存在だ。特に冬の日本海では季節風の影響で海水が波しぶきとなって海沿いの鉄道を襲う。また青函トンネルや関門トンネルでは、トンネル内にしみ出てきた海水が車両にも始終降り注いでいる。

こうした場所を走る車両は頻繁に洗車するか、または腐食に強いステンレス製の車体でないとあっという間にさびてしまう。興味深いのは、一見内陸を走っているように見える鉄道の車両も案外塩分の影響を受けているという点だ。

小田急電鉄からロマンスカーの譲渡を受けた長野電鉄では、車両の海側(新宿駅から小田原駅方面に向かう列車から見て進行方向左側)の腐食が反対側と比べて著しく進んでいることに驚いたという。小田急電鉄では江ノ島線を除いて海辺を行くイメージはないが、潮風の影響は遠く離れた沿線にまで及んでいたのだ。

潮風はほかにも高架橋の橋脚など、鉄筋コンクリートの部材にも深刻な影響を及ぼす。海沿いではコンクリートの厚みを増しておかないと内部の鉄筋の腐食を早めてしまう。

加えて塩分の影響で電車の屋根や架線が絶縁不良となり、本来電気が流れてはならない場所に電気が流れるトラブルも多い。海沿いを行く鉄道では「シリコーンオイルコンパウンド」という水をはじくペースト状の油を担当者が碍子(がいし)などに塗って絶縁に努めている。近年はシリコーンがコーティングされた部材が開発され、シリコーンオイルコンパウンドを塗る手間が省けたという。

深刻な砂の被害

海岸に付きものの砂がもたらす被害も深刻だ。風で飛ばされた砂が線路に積もると車輪が空回りして車両が動けなくなり、最悪の場合脱線に至ることもあるという。砂嵐ともなれば前方の見通しは利かなくなり、列車の運転見合わせもしばしば起こる。

日本海に沿って秋田県内を行くJR東日本羽越線の羽後亀田駅と新屋(あらや)駅との間では風に飛ばされる砂の量が殊の外多い。1時間に10センチメートルも積もるそうだ。1920(大正9)年の開業当時は板製の塀を築いて砂から線路を守ろうとしたが、全く役に立たなかった。

当時の鉄道関係者たちは飛砂防止林(ひさぼうしりん)を築き、砂が風で飛ばされないようにして線路を守ることとした。羽越線のこの区間にはクロマツやアカシアが植えられ、その密度は1ヘクタール当たり約8000本にも達した。木々が成長すると期待された効果が発揮され、砂による被害は大きく減ったという。

海沿いを行く鉄道は波との戦いにも明け暮れる。波はときに線路を破壊して大きな被害をもたらす。そうでなくても海岸に打ち寄せる波は浸食を続けるため苦労が絶えない。

高波の被害として知られているのは、日本海の絶景が楽しめる路線として人気のJR東日本五能線の広戸駅と追良瀬(おいらせ)駅の間で国鉄時代の1972(昭和47)年12月2日に起きた出来事だ。

接近した低気圧による高波で線路脇の護岸壁が崩れ、線路を支える盛り土が流失してしまった。非常事態を知らずに列車が通りかかったところ、先頭の蒸気機関車が海中に転落し、続く客車2両も脱線してしまう。復旧に当たって護岸壁がつくり直されたものの、当時と同じ規模の高波が押し寄せたら線路は無事でいられるかはわからない。

波で海岸線が浸食

打ち寄せる波による浸食も海辺の鉄道にとっては深刻だ。2021(令和3)年4月1日に廃止となったJR北海道日高線の鵡川(むかわ)駅と様似(さまに)駅の間では多くの区間で海沿いに線路が敷かれていた。

しかし、開業当時は線路から離れていた海岸線が浸食によって徐々に近づき、結果として波打ち際を列車が走るようになった区間が多くなってしまった。特に日高町にあった厚賀(あつが)駅と新冠町(にいかっぷちょう)にあった節婦(せっぷ)駅との間では、1951(昭和26)年から1959(昭和34)年までの間に、なんと97メートルも海岸線が線路に迫ってきたという。

国鉄やJR北海道は、迫り来る海から線路を守るべく必死の戦いを繰り広げたが、ついに力尽きる。2015(平成27)年1月7日から翌8日にかけての暴風雪による高波で、鵡川駅と様似駅との間の線路が各所で破壊され、再起することなく2021(令和3)年4月1日に廃止となった。JR北海道は線路の復旧費用と海岸の浸食を防ぐ離岸堤の建設費との合計100億円をとても負担できないと主張した。

潮風、砂、波と、海を行く鉄道には避けられない苦難が待ち構えている。できれば避けたい海沿いに線路が敷かれているのは、山が海岸まで迫る日本の国土の特徴にほかならない。それでも人は海辺の鉄道に心引かれる。つらいときは多いけれど、穏やかでよいときもある様子が、人の一生を思わせるからかもしれない。

梅原淳(うめはら・じゅん)
1965年(昭和40年)生まれ。大学卒業後、三井銀行(現三井住友銀行)に入行、交友社月刊「鉄道ファン」編集部などを経て2000年に鉄道ジャーナリストとして活動を開始する。「JR貨物の魅力を探る本」(河出書房新社)、「新幹線を運行する技術」(SBクリエイティブ)、「JRは生き残れるのか」(洋泉社)など著書多数。雑誌やWeb媒体への寄稿、テレビ・ラジオ・新聞等で解説する。NHKラジオ第1「子ども科学電話相談」では鉄道部門の回答者も務める。

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