ドクターイエロー引退へ 人気の検測車両は技術の塊
鉄道の達人 鉄道ジャーナリスト 梅原淳
間もなく子どもたちにとって楽しい夏休みがやって来る。鉄道会社は夏休みに向けてさまざまなイベントを催しているから、いまから楽しみにしてほしい。
代表的なイベントの一つが、車両基地の一般公開だ。車両基地とは車庫を備え車両の検査・修繕を行う施設である。公開自体は昭和の時代から行われていたそうだが、どの車両基地のどのイベントが最初なのかは定かではない。さまざまなアトラクションが催され、普段は入ることのできない運転室が見学できたり、検査用のクレーンやジャッキで車両を持ち上げる光景が披露されたりすることもある。
車両基地の公開で行列
最大の目玉の一つは、普段は乗ることはおろか、見る機会もまれな非営業の車両の展示である。非営業の車両とは、新しいモデルの車両をつくる前に試作したプロトタイプの車両であるとか、今回紹介する検査・測定、略して検測用の車両を指す。
検測用の車両とは、線路や架線、信号、無線といった装置の状態を調べる車両である。JR旅客会社や大手私鉄など規模の大きな鉄道会社は、おおむね検測専用の車両を保有しており、なかでもJR東海とJR西日本とが保有する東海道・山陽新幹線検測用の「ドクターイエロー」、JR東日本が保有する東北・上越・北陸・北海道・山形・秋田新幹線検測用の「East i(イースト・アイ)」がよく知られる。
車両基地での展示は結構古くから行われていて、ドクターイエローは1980年代からだともいわれるし、イースト・アイは2001年(平成13年)の登場翌年には今の新幹線総合車両センター(宮城県利府町)で公開された。毎年公開されるとは限らないので、ドクターイエローにもイースト・アイにも、その姿を一目見ようと多くの人たちが列をつくり、2時間待ちのときもあったという。
「いつ走るか」は非公開
中でもいま注目を集めているのがドクターイエローだ。JR東海は2024年(令和6年)6月13日、保有するドクターイエローが老朽化のために2025年(令和7年)1月で引退すると発表した。一方でJR西日本はドクターイエローを引き続き使用すると発表したものの、やはり老朽化のために2027年(令和9年)以降をめどに検測を終了、つまりは引退するという。
JR東海保有分は2001年製、JR西日本保有分は2005年製だから、15年も使用するとそろそろ引退、という新幹線用の車両であればやむを得ない。それでも大きく騒がれたのは、その特異な姿、そして見ることが難しいという希少価値ゆえだ。
「イエロー」というだけに車体は黄色が主体で、あとは側面の窓の下に青色の帯が入れられているのみである。東海道新幹線が開業した1964年(昭和39年)当時に導入された先々代の検測用の車両からこの色で、一説には特殊な用途の車両なので線路のメンテナンスを担う人たちがすぐにわかるようにとの配慮から採用されたのだという。黄色には幸せのイメージがあり、ドクターイエローもいつしか「幸福の車両」とか「見ると幸せになる」といわれるようになった。
ドクターイエローは大変レアな車両だ。東海道・山陽新幹線用の営業車両が総勢3000両を超えるのに対し、ドクターイエローは7両編成2本の14両しか存在しない。しかも検測は毎日ではなく、おおむね10日に1回の割合で営業列車が走っている日中に行っているという。検測1回当たり2日で東京駅と博多駅とを往復するので、1カ月に6回は見ることができるが、珍しいことに変わりはない。
JR東海によると、ドクターイエローがいつ走るのかという問い合わせは多いそうだが、答えていないという。意地悪で回答していないのではなく、日程がよく変わるからだそうだ。どういう時に変更になるのかは教えてもらえなかったが、悪天候などでダイヤが乱れたとか、予定していた時刻に臨時の営業列車を走らせた、などの事情が考えられる。
誤差0.3ミリメートルで測定
ドクターイエローの車両そのものは山陽新幹線の「こだま」を中心に使用されている700系がベースとなっているが、似ているのは先頭部分の形状くらいで他は大きく異なる。強いて営業車両との共通点を言えば、東京駅寄りの7号車にある添乗者室には、営業車両とほぼ同じ普通車の客席が用意されているという程度だ。
残る1号車から6号車までの車内は検査、測定用の機器でいっぱいで、1〜3、5〜7号車は架線などの電力関連設備や信号・無線装置、4号車は軌道と呼ばれるレールや枕木(まくらぎ)、その下の道床(どうしょう)と呼ばれる部分の検測を担う。
車内で検測を担当する人たちは皆、各種検査データが表示されるモニターを凝視していて、景色を眺める暇などない。3、5号車にはパンタグラフの状況を確認できるよう、屋根から少し上に飛び出した形の観測ドームがあり、座席も用意されている。新幹線随一の特等席と言ってもよいのだが、普段の検測はカメラに任せていて担当者は座っていない。何か架線によほどのことがあれば、担当者が座席から目視で検測するのだろう。
ドクターイエローは技術の塊と言ってよい車両である。最高速度時速270キロメートルで走行しながら、例えば軌道ならばズレやゆがみなどを誤差0.3ミリメートルの精度で、架線ならば車両のパンタグラフが押し上げている量を誤差5ミリメートルの精度で検測できるという。
引退後は営業用車両が検測
引退となると新しいドクターイエローの誕生が期待されるが、残念ながら現在の車両が最後になりそうだ。JR東海、JR西日本ともドクターイエロー引退後は営業用の車両に装置を搭載して検測を実施するという。技術の進歩で機器が小型、軽量化されたこともあるし、検測の精度も相当向上したそうだ。
引退は寂しいが、これも時代の流れであろう。引退してもスクラップにはせず、美しい黄色のまま博物館で展示してほしいものだ。
1965年(昭和40年)生まれ。大学卒業後、三井銀行(現三井住友銀行)に入行、交友社月刊「鉄道ファン」編集部などを経て2000年に鉄道ジャーナリストとして活動を開始する。「JR貨物の魅力を探る本」(河出書房新社)、「新幹線を運行する技術」(SBクリエイティブ)、「JRは生き残れるのか」(洋泉社)など著書多数。雑誌やWeb媒体への寄稿、テレビ・ラジオ・新聞等で解説する。NHKラジオ第1「子ども科学電話相談」では鉄道部門の回答者も務める。
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