漫画家の石井いさみ氏死去 80歳 名作「750ライダー」「くたばれ!!涙くん」など 秋田書店が追悼
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青春漫画の金字塔として今も愛される名作「750(ナナハン)ライダー」などで知られる漫画家の石井いさみ(いしい・いさみ、本名勇巳=いさみ)氏が今月17日、急性心不全のため死去した。80歳。東京都出身。葬儀・告別式は近親者で既に執り行った。24日までに秋田書店が公式サイトで発表した。
高校在学時の1957年に「たけうま兄弟」(講談社「少年クラブ」)でデビュー。69年のサッカー漫画「くたばれ!!涙くん」(小学館「週刊少年サンデー」)など数多くのヒット作を発表した。「週刊少年チャンピオン」(秋田書店)75年40号から「750ライダー」の連載を開始。バイクを愛する少年・早川光と仲間たちの瑞々しい日々を描き、連載9年、単行本50巻の大ヒットとなった。
その後も「チック・タク」などの佳品を発表。秋田書店は「読者の皆様に多大な喜びを届け続けてくださいましたことに、あらためまして篤い感謝を捧げます。ここに故人の偉大な業績を偲び、謹んで哀悼の意を表します」と悼んだ。
漫画家のあだち充氏はデビュー当時、石井さんのアシスタントを担当した。
750ライダーという漫画は、75年より週刊少年チャンピオンに連載された人気漫画です。
主人公早川光と愛車CB750を中心とした学園モノで、そのお陰で、当時の小学生でも「ホンダのナナハン」は見分けることが出来たものでした。
75年といえば、既にカワサキZ2が登場しており、発売後6年目のCB750の人気は流石に陰りが出ていたものの、この作品の影響で人気を盛り返したという一面もありました。
当初は暴走族相手のバトル等、血なまぐさいストーリーが少なくありませんでしたが、連載を重ねると共に穏やかなストーリーへと変貌していき、最後の頃には完全な青春ドラマと変貌していました。
70年代には大人気を誇った当作品も、79年にCB750がモデルチェンジされたことで急激に陳腐化したこと、そしてチャンピオンの全盛期を支えた「がきデカ」の連載終了辺りからチャンピオンの人気が低迷したこと…この辺りから忘れられた存在になってしまったと思います。
要するに70年代末〜80年代の未曾有のバイクブームの波に全く乗ることが出来なかった…という訳です。
そしてその頃になると、当時の非常に厳しい限定解除のせいもあり、ナナハンに対する憧れもすっかり薄れ、充実した400で十分だ…という風にもなってしまっていたのです。
750ライダーの連載終了は1985年、最後の50巻は所有していますが、もう完全に別の漫画と言った印象です。アシスタントがあだち充…実際あだち充作品か?と思うような作風でした。
85年当時、バイク業界といえばレーサーレプリカブームに突入した時代で、新しいことこそが全て、1馬力でも大きいのが偉い…旧車に対する人気というものは皆無でした。しかもナナハンとなると、免許取得が難しい上に、既に1年車検に突入していたこともあり、CB750もZ2もヤマハオートセンターの片隅でホコリを被って放置されているか、空き地に放置されて朽ち果てて、誰一人として気にも留めない…そんな時代だったのです。
87年頃からZ2にプレミア価格が付く様になり、やがてそれがCB750なんかにも波及する様になりましたが、そう考えると、あと数年続いていたら…とも思えてしまいます。
石井氏は、CB750以外のバイクは描きたく無いとおっしゃっているのをバイク雑誌のインタビューで観たことがあります。そのせいで、バイクブームに乗れなかったという面があると思いますが…。
75年10月に突然始まった限定解除制度、バイク乗り、暴走族に対する社会的非難…そういう正にバイクの冬の時代を必死で生き抜いた750ライダーが、後の空前のバイクブームでは全く存在感を示せなかったのは、実に皮肉な話しです。
Z2が登場する「あいつとララバイ」が大ヒットして、プレミア騒動まで起こしたのとは実に対照的です。
しかし私個人的には、あいつとララバイはイマイチ引っかかるものが無く、最低限の知識しか無いのに対して、750ライダーは単行本を多数購入して読み返したものでした。
あいつとララバイがバイク主体で走りをメインに語った物語であるのに対して、750ライダーの主役は主人公及びその周辺の人間関係が主役であり、ナナハンはあくまでも脇役に徹していました。それなのに、バイクの旧式化と共に存在感が無くなったというのも皮肉な気がしますが…まあ、ストーリー展開自体が70年代の青春ドラマ的であったことも、80年代には古臭く感じられたのかも知れません。
あれから既に40年、久々に耳にしたのが訃報…残念です。
高校在学時の1957年に「たけうま兄弟」(講談社「少年クラブ」)でデビュー。69年のサッカー漫画「くたばれ!!涙くん」(小学館「週刊少年サンデー」)など数多くのヒット作を発表した。「週刊少年チャンピオン」(秋田書店)75年40号から「750ライダー」の連載を開始。バイクを愛する少年・早川光と仲間たちの瑞々しい日々を描き、連載9年、単行本50巻の大ヒットとなった。
その後も「チック・タク」などの佳品を発表。秋田書店は「読者の皆様に多大な喜びを届け続けてくださいましたことに、あらためまして篤い感謝を捧げます。ここに故人の偉大な業績を偲び、謹んで哀悼の意を表します」と悼んだ。
漫画家のあだち充氏はデビュー当時、石井さんのアシスタントを担当した。
750ライダーという漫画は、75年より週刊少年チャンピオンに連載された人気漫画です。
主人公早川光と愛車CB750を中心とした学園モノで、そのお陰で、当時の小学生でも「ホンダのナナハン」は見分けることが出来たものでした。
75年といえば、既にカワサキZ2が登場しており、発売後6年目のCB750の人気は流石に陰りが出ていたものの、この作品の影響で人気を盛り返したという一面もありました。
当初は暴走族相手のバトル等、血なまぐさいストーリーが少なくありませんでしたが、連載を重ねると共に穏やかなストーリーへと変貌していき、最後の頃には完全な青春ドラマと変貌していました。
70年代には大人気を誇った当作品も、79年にCB750がモデルチェンジされたことで急激に陳腐化したこと、そしてチャンピオンの全盛期を支えた「がきデカ」の連載終了辺りからチャンピオンの人気が低迷したこと…この辺りから忘れられた存在になってしまったと思います。
要するに70年代末〜80年代の未曾有のバイクブームの波に全く乗ることが出来なかった…という訳です。
そしてその頃になると、当時の非常に厳しい限定解除のせいもあり、ナナハンに対する憧れもすっかり薄れ、充実した400で十分だ…という風にもなってしまっていたのです。
750ライダーの連載終了は1985年、最後の50巻は所有していますが、もう完全に別の漫画と言った印象です。アシスタントがあだち充…実際あだち充作品か?と思うような作風でした。
85年当時、バイク業界といえばレーサーレプリカブームに突入した時代で、新しいことこそが全て、1馬力でも大きいのが偉い…旧車に対する人気というものは皆無でした。しかもナナハンとなると、免許取得が難しい上に、既に1年車検に突入していたこともあり、CB750もZ2もヤマハオートセンターの片隅でホコリを被って放置されているか、空き地に放置されて朽ち果てて、誰一人として気にも留めない…そんな時代だったのです。
87年頃からZ2にプレミア価格が付く様になり、やがてそれがCB750なんかにも波及する様になりましたが、そう考えると、あと数年続いていたら…とも思えてしまいます。
石井氏は、CB750以外のバイクは描きたく無いとおっしゃっているのをバイク雑誌のインタビューで観たことがあります。そのせいで、バイクブームに乗れなかったという面があると思いますが…。
75年10月に突然始まった限定解除制度、バイク乗り、暴走族に対する社会的非難…そういう正にバイクの冬の時代を必死で生き抜いた750ライダーが、後の空前のバイクブームでは全く存在感を示せなかったのは、実に皮肉な話しです。
Z2が登場する「あいつとララバイ」が大ヒットして、プレミア騒動まで起こしたのとは実に対照的です。
しかし私個人的には、あいつとララバイはイマイチ引っかかるものが無く、最低限の知識しか無いのに対して、750ライダーは単行本を多数購入して読み返したものでした。
あいつとララバイがバイク主体で走りをメインに語った物語であるのに対して、750ライダーの主役は主人公及びその周辺の人間関係が主役であり、ナナハンはあくまでも脇役に徹していました。それなのに、バイクの旧式化と共に存在感が無くなったというのも皮肉な気がしますが…まあ、ストーリー展開自体が70年代の青春ドラマ的であったことも、80年代には古臭く感じられたのかも知れません。
あれから既に40年、久々に耳にしたのが訃報…残念です。