「もうやめますか」 UDタクシーで車椅子女性が直面した苦難

「もう、(乗るの)やめますか」。難病のため車椅子で生活している東京都内の女性は、東京パラリンピック開会式の前日、タクシーを利用しようとして運転手に突然怒鳴られ、恐怖を感じたという。車椅子のまま乗り降りできるユニバーサルデザイン(UD)タクシーは、パラリンピックに向けて「共生社会の実現」を掲げた政府が普及を進め、全国で2万台以上が導入されたが、車椅子ユーザーがいつでも安心して利用できる状況にはなっていないようだ。なぜだろうか。【中嶋真希/デジタル報道センター】
パラリンピック契機に導入進む
「もう怖くてタクシーに乗れません。でも、これが障害者にとっての現実なんです」。東京都府中市在住の森山風歩(かざほ)さん(40)はため息をついた。中学2年で進行性筋ジストロフィーとわかり、電動車椅子で生活している。トラブルがあったのは8月23日。この日は障害者向けの福祉制度の申請手続きのために、自宅から市役所へ行く予定だった。車椅子でも乗れるUDタクシーを利用しようと、タクシー会社に配車を依頼。しかし、やってきた男性運転手は、車椅子の乗せ方がわからないようだった。
UDタクシーは国土交通省が認定しており、障害者や高齢者らが利用しやすいよう、スロープなど車椅子のまま乗り降りできる乗降口を1カ所以上設けること、乗降口付近に手すりを設置することなどの基準が定められている。政府は2017年、「東京パラリンピックを契機に障害のある人もない人も共に支え合い、多様な能力が発揮される共生社会を目指す」とする「ユニバーサルデザイン行動計画2020」を発表。その中にUDタクシーの導入促進も盛り込んだ。購入の際、一定の条件を満たせば国や東京都から補助が受けられるため特に都内で普及した。
全国ハイヤー・タクシー連合会による今年3月の調査では、全国でUDタクシーは2万3959台あり、うち都内は全国の半数以上の1万3080台。車体にオリパラ大会のエンブレムを施したタクシーもよく見かけるようになった。この調査では、17年からトヨタが製造・販売する「ジャパンタクシー」が9割以上のシェアを占めた。
森山さん宅に配車されたのも、ジャパンタクシーだった。ワゴンタイプで、車椅子で乗るには、運転手が後部座席左側のドアに備え付けのスロープを設置し、運転席をスライドさせてスペースを確保した上で、車椅子を誘導し、ベルトで固定するなどの作業が必要になる。
しかし、森山さんの自宅に来た運転手は、スロープだけ設置すると、運転席も動かさず、車椅子を押すこともせず黙って見ていたという。それでも森山さんは「事を荒立てたくない」と何も言わず、同行したヘルパーに手伝ってもらいながら、狭いスペースで座席や飛び出した料金トレーに体をぶつけながらもなんとか乗り込んだ。
強い口調で「やめますか」
乗り込んだ後は、運転手は座席と車椅子をフックでつなぐ。その際、きちんと固定されたかどうか確認するために、車椅子を揺らすことがあるが、森山さんは上半身に力が入らないため、急に揺らされるとバランスを崩して倒れてしまう。この日、ヘルパーは何度も運転手に「声かけしてから揺らしてください」と頼んだが、運転手は無言のまま車椅子をつかんで揺らしたという。
突然揺らされてバランスを崩し、息が苦しくなったという森山さんは「まるで物のような扱いだ」と感じ、思わずつぶやいた。「そうじゃない……」。すると、運転手は急に顔色を変えて大きな声を出したという。
「一生懸命やってるんですよ! もう、やめますか」
運転手は怒ったような口調で、「やめますか」と繰り返した。森山さんには、降りるよう言われているように聞こえた。その後も、運転手は森山さんのシートベルトの締め方がわからない様子で、ベルトを左右に動かしたため、先端についた金具が何度も森山さんの体にぶつかった。見かねて森山さんが「やり方、わかりますか」と声をかけると、運転手は「わかってますよ」と怒鳴ったという。
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