はてなキーワード: 白票とは
参政党などの排外主義政党の伸びをSNSのエコーチェンバーのせいにしてる向きも多いが
WW2で大衆の不満から排外主義や既得権益批判を経てファシズムが伸長したのと
ほぼ構造は同じであり
まずこれを認めよう
利権の分配にも釣られず
それをもとに自分の頭でよく考え
一人で考え込まず活発に意見を交換し
選挙に行き
仲間たちとともに参加型民主主義を作り上げていくと
カリスマ的な扇動者に率いられた仲間以外の意見を一切受け付けない似非科学カルトになる
ほぼ確実にそうなる
これを権力の操作や利権や人間の脳を狂わせるアルゴリズムのせいにするのは根本的にズレてる
だからといって民主主義から距離を取ったりしようとしても意味がない
白票を入れても民主主義というゲームを真剣にやっている人々の実質的な票が増えるだけ
だから、少しでも抑えるには、参加型民主主義の危険性をよく理解しつつ
その狂気に国が飲まれないためだけに、参加型民主主義というゲームをする必要があるんだ
つまり
さっき書いたことの大半を
それでいながら皆と信頼関係を築く
そんなことをやる必要があるんだ
「参加型民主主義」という悪魔の本質と真剣に向き合うべきなんだよ
俺?
俺はもちろんそんなことしてない
というか無理ゲーすぎるだろ
これもまたほぼ無駄な票でもあるが(元々大差で負けてる候補に入れるのも無駄っちゃ無駄だ)、万一の可能性にかけて通って欲しくない候補以外でまだましな候補の中の一番強そうな人にいれるのも選挙してるって感じがしてよいなと思い始めてきた
これといってめっちゃ応援したいと思える人がいなくて、選ぶにもいいとこ悪いところがそれぞれにあるみたいな人が複数いる今回だけかもしれないが
無駄ではないが投票行かないよりはマシでなぜ無駄ではないと思い続けていた(いる)かというと、まったくの無駄、棄権と同じという人が沢山おったからなんとなく意味なくはない(通常投票が1兆パワーで棄権が0として、5なのか、1000万なのかはわからないが)のではというスタンスを崩しにくかった
ナンセイスチールのニュースを見てやっぱり怒りは湧いたんだよね
その感情に向き合って考えてみたところ
支持者にとっては「参政党が今回これだけ得票した」「これだけ外国人に不満を持っている人がいるんだ」ということをメッセージとして主張することが第一であって
その結果として参政党の議員が国会において何をするか、実際にどのような人物なのかというのはあまり関係がないんじゃなかろうか
一昔前に「白票を投じて抗議の意思を示そう!」みたいな動きがあったけど
あれの亜種のような、しかも実際に政治的力を持ちうるバージョンなのかもしれない
「民主党の具体的政策が支持された」というより「自民党にNOを突き付ける」という意思の媒体として民主党が受け皿になった面が大きいのであって
具体的に政党としてどのように機能するかというより、どのようなメッセージの受け皿であるかというところが強く作用するものなのか