はてなキーワード: 弱者男性とは
「ほとんど詐欺だ!国が安全に保障してくれなきゃ嫌だ!!」とのたまわって草通り越してドン引き
チー牛弱者男性を相手にするビジネスってそりゃ詐欺も多いだろうが、口コミなり評判なりツテなりでなんとか対策するしかないだろ
ノーリスクで結婚相手だけ得たいってやつがサイゼ割り勘とか言ってるんだろうな
アホくさい
でも弱者男性に女をあてがう気はないんですよね?
昨日、TLに流れてきた「日本人男性の生涯経験人数は平均2.6人」という数字。 これを見て「男も意外と潔癖なんだな」なんて呑気に構えている同世代の女性(いたら羨ましいけど)に、首都圏で婚活サバイバルを生き抜くミドサーの私から、身も蓋もない現実を突きつけておきたい。
統計学的に見れば、この「2.6人」なんて数字は、実態を何一つ映していない。 今の日本の恋愛市場は、以下の3つの階層にぶった切られている。
経験人数0人。いわゆる「弱者男性」と自称・他称される層。 生涯未経験率が上がっているのは事実だろうし、彼らは私たちの視界にすら入ってこない。彼らはこの「2.6人」という平均値を、下から強力に引っ張る重りだ。
経験人数1〜3人。 「初めて付き合った相手と結婚した」か「数人と深く付き合ってきた」層。今の日本を支えるボリュームゾーン。 でも、悲しいかな。この層の男たちは早々に売れ残りの市場(婚活市場)から姿を消す。私たちがマッチングアプリで出会うのは、この層の「残りカス」か、次の「怪物」だけだ。
経験人数10人、20人、あるいはそれ以上。 この層が、平均2.6人という数字を無理やり押し上げている。 彼らはマッチングアプリという名の狩り場で、私たちミドサーの「焦り」を餌に、数取りゲームを楽しんでいる。彼らにとって、女は「人生を共にするパートナー」ではなく、自分のスコアを伸ばすための「記号」でしかない。
計算してみればわかる。
つまり「0人じゃない側の男」に絞って平均を出せば、だいたい3.6人くらいになる計算だけど、そんな数字に何の意味がある? 実態は、「8割の男が1〜2人を大事にし、残りの2割が数十人を食い散らかしている」という、極端な一極集中だ。
ここが一番絶望的なポイント。 私たち首都圏の独身女性が、なけなしの時間を削ってアプリで出会う男は、高確率でこの「上位15%の捕食層」だ。 だって、誠実な60%はとっくに成婚退会しているし、0人の25%はマッチングすらしないから。
結果として、私たちは「2.6人」という平均値の裏側で、一部の男たちの「経験人数稼ぎ」のためのリソースとして消費され続ける。 彼らが「俺、経験人数は平均以上だよ(笑)」と余裕を見せる裏には、私たちのような「結婚という出口を見失った女たち」の死屍累々が積み上がっている。
男同士で「経験人数が〜」なんていう不毛な数取りゲームをしている間に、恋愛市場は修復不可能なほど歪んでしまった。 平均2.6人なんていう綺麗な数字で、この「搾取と絶望の三極化」を隠蔽しないでほしい。
2.6人。 その数字の内実にあるのは、一部の強者による独占と、多数の弱者の疎外。 そして、その間で「スコア」として処理される、私たちの虚しさだけだ。
うーん。会話が成立しない。弱者男性も本能に従っているんだよ、という話をしているのになんで徹底的につぶすよ、っていう話になるのか分らん。それ(社会から排除される)を踏まえた上でのコメントであることに思い至らない脳弱者なのかな。
本来、これは祝福以外の反応が存在しないはずの出来事であり、他者の人生における幸福な選択に対し、怒りや恨みを向ける合理的理由などあるはずがない。
しかし、この発表に異常なほどのマイナス感情を向けている者達が多数存在する。
所謂声オタ、ドルオタ、処女厨などと呼ばれる存在であり、昨今の流行りの言葉として総称を述べるのであれば、「弱者男性」と呼ばれる者達だ。
結婚発表後、SNSは上記の者達の怨嗟の声で阿鼻叫喚となった。
一般的な価値観を持つ者達から見たらあまりにも異質で、ドン引きせざるを得ない光景である。
それもそのはず、彼らはいわば生命の根幹たる部分に「異常」が発生した存在と言えるからだ。
自らが関与できない営みを祝福ではなく敵意に変換してしまう精神構造そのものにある。
生命というのは、自身の行動によりつがいを探し出し、子孫を残すため活動する。
そのためには自らを高め、時には戦い、その生命をかけて種の遺伝子を後世に繋ぐために生きる。
しかし、昨今のこの国では、生命としての構造に異常が発生している者達が存在している。
それがいわゆる弱者男性と呼ばれる者達だ。
本能とは、遺伝子に刻まれた"生命があるべき生き方をするための意志と行動"のことである。
この本能の中には、「弱者は淘汰すべし」という行動も刻まれている。
ゆえに、弱者は淘汰されてしかるべきである。いや、淘汰されるようなシステムになっている。
自らが種の存続行為に望めない。これは明らかに生命として劣等であり、淘汰されてしかるべき存在である。
しかし、彼らは自身が異常者であるにもかかわらず、自らの行為と感情の正当性を訴えている。