はてなキーワード: 「熊」とは
腐女子界隈において、自浄作用が機能することは構造的に不可能です。
その理由は、問題を起こす個人の特殊なパーソナリティ、内部批判を意に介さない動物的性質に起因しています。
まず、界隈で問題行動を起こす層は、論理的な対話が不可能な特殊な性質、特に先天性の自閉的な性質を持っています。
外部に認知される腐女子は、自身の「逆カプ(好まないカップリング)を見て体調を崩した」といった極度に病的な投稿をしたり、
公式の男女カップリング展開を「同性愛嫌悪による悪意の捻じ曲げ」と決めつけたりする、こだわりと他責他害傾向の強い層です。
彼女たちは、単なる個人の好悪を「ジェンダー課題」や「まなざし」といった社会正義の言葉にすり替えて作者やファンに説教します。
このような層には、思い通りにならないと「癇癪」を起こすなど、典型的な自閉傾向が見て取れます。
こうした問題行動に対し、界隈内部から「自浄」を試みる動きはあっても、それは無駄に終わります。
彼女たちは「地位」で物事を判断する動物的な脳の持ち主であるため、穏健で理性的な注意をナメてかかり、一切聞き入れません。
界隈を良くしようと問題を指摘する同族に対し「名誉男性」とレッテルを貼り、集団でブロックや陰口を叩いて排除します。
これはカードゲーマーが「風呂に入れ」と注意されて「チン騎士」と逆ギレする構造と同じです。撮り鉄もキセルを注意されると逆ギレしますよね。
この層が己の非を理解する時は訪れません。大人しくなるのは、多人数(特に大量の男性)から口汚く罵倒され、恐怖を感じた時だけです。
言葉が通じない「熊」を射殺するほかないのと同じであり、論理ではなく物理的・精神的な「恐怖」による支配しか効果がありません。
外部から「自浄されていない」ように見えるのは、認知のバイアスも影響しています。
「かつら誤謬」とは、不自然なかつらだけを見て「すべてのかつらは偽物だと見破れる」と思い込むバイアスです。
他者の表現を攻撃せず、節度を守っている腐女子は、外部からその属性を認識されません。
結果として、「腐女子=界隈外に常に殴りかかっている異常者」というイメージだけが代表例として固定化されます。
成功した美容整形が「天然」だと思われるのと同様に、社会に馴染んでいる腐女子は「腐女子」としてカウントされないため、腐女子には異常者しかいないように見えてしまいます。
そもそも、「自浄」という概念自体が、下層階級にのみ押し付けられた不条理な要求です。
腐女子、撮り鉄、カードゲーマーなどは社会的な「被差別階級」と見なされており、一部の異常者の行動が「界隈全体の責任」にされます。
一方で、イラストレーターやスポーツ選手といった「上」の階級では、不祥事が起きても「個人の問題」として切断処理されます。
例えば、江口寿史氏が無断トレスを行ったうえにトンチンカンな他者批判を行っていても「これだからイラストレーターは」とはならず、
サッカー選手が強姦事件を起こしても「サッカー」や「スポーツ界全体」のイメージは失墜しません。
文京区で12歳が売春させられていても「さすが文京区」などとは言われません。足立区なら言われていました。これが階級です。
結論として、「言葉の通じない層が暴れ、まともな層は不可視」という構造がある以上、腐女子界隈における自浄作用は期待するだけ無駄であると言えます。
そして自浄が繰り返し求められることそのものが、腐女子、撮り鉄、カードゲーマーなどが「被差別階級(自閉傾向があり容姿が醜い人物が多い界隈ほどこの階級に置かれる可能性が高い)」であることの証明となっています。
| 年 | 作曲家 | 作品 |
| 1759 | Joseph Haydn | 交響曲第1番 |
| 1761 | Joseph Haydn | 交響曲第6番「朝」 |
| 1761 | Joseph Haydn | 交響曲第7番「昼」 |
| 1761 | Joseph Haydn | 交響曲第8番「晩」 |
| 1767 | Joseph Haydn | 交響曲第26番 |
| 1772 | Joseph Haydn | 交響曲第44番「悲しみ」 |
| 1772 | Joseph Haydn | 交響曲第45番「告別」 |
| 1774 | Joseph Haydn | 交響曲第49番「受難」 |
| 1787 | Joseph Haydn | 交響曲第82番「熊」 |
| 1787 | Joseph Haydn | 交響曲第83番「めんどり」 |
| 1788 | Wolfgang Amadeus Mozart | 交響曲第39番 |
| 1788 | Wolfgang Amadeus Mozart | 交響曲第40番 |
| 1788 | Wolfgang Amadeus Mozart | 交響曲第41番「ジュピター」 |
| 1791 | Joseph Haydn | 交響曲第94番「驚愕」 |
| 1794 | Joseph Haydn | 交響曲第100番「軍隊」 |
| 1795 | Joseph Haydn | 交響曲第101番「時計」 |
| 1795 | Joseph Haydn | 交響曲第103番「太鼓連打」 |
| 1795 | Joseph Haydn | 交響曲第104番「ロンドン」 |
| 年 | 作曲家 | 作品 |
| 1800 | Ludwig van Beethoven | 交響曲第1番 |
| 1802 | Ludwig van Beethoven | 交響曲第2番 |
| 1804 | Ludwig van Beethoven | 交響曲第3番「英雄」 |
| 1806 | Ludwig van Beethoven | 交響曲第4番 |
| 1808 | Ludwig van Beethoven | 交響曲第5番 |
| 1808 | Ludwig van Beethoven | 交響曲第6番「田園」 |
| 1812 | Ludwig van Beethoven | 交響曲第7番 |
| 1812 | Ludwig van Beethoven | 交響曲第8番 |
| 1822 | Franz Schubert | 交響曲第8番「未完成」 |
| 1824 | Ludwig van Beethoven | 交響曲第9番 |
| 1826 | Franz Schubert | 交響曲第9番「グレート」 |
ロマン派前半
| 年 | 作曲家 | 作品 |
| 1830 | Hector Berlioz | 幻想交響曲 |
| 1833 | Felix Mendelssohn | 交響曲第4番「イタリア」 |
| 1834 | Hector Berlioz | イタリアのハロルド |
| 1840 | Robert Schumann | 交響曲第1番「春」 |
| 1840 | Felix Mendelssohn | 交響曲第2番「讃歌」 |
| 1841 | Robert Schumann | 交響曲第4番(初稿) |
| 1842 | Felix Mendelssohn | 交響曲第3番「スコットランド」 |
| 1845 | Robert Schumann | 交響曲第2番 |
| 1846 | Robert Schumann | 交響曲第3番「ライン」 |
| 1850 | Robert Schumann | 交響曲第4番(改訂稿) |
| 1855 | Franz Liszt | ファウスト交響曲 |
| 1857 | Franz Liszt | ダンテ交響曲 |
ロマン派中期
| 年 | 作曲家 | 作品 |
| 1864 | Anton Bruckner | 交響曲第1番 |
| 1866 | Anton Bruckner | 交響曲第0番 |
| 1869 | Pyotr Ilyich Tchaikovsky | 交響曲第1番「冬の日の幻想」 |
| 1872 | Pyotr Ilyich Tchaikovsky | 交響曲第2番「小ロシア」 |
| 1873 | Anton Bruckner | 交響曲第3番 |
| 1874 | Anton Bruckner | 交響曲第4番「ロマンティック」 |
| 1874 | Georges Bizet | 交響曲ハ長調 |
| 1875 | Alexander Borodin | 交響曲第2番 |
| 1876 | Johannes Brahms | 交響曲第1番 |
| 1876 | Anton Bruckner | 交響曲第5番 |
| 1877 | Pyotr Ilyich Tchaikovsky | 交響曲第4番 |
| 1877 | Camille Saint-Saëns | 交響曲第3番「オルガン付き」 |
| 1879 | Johannes Brahms | 交響曲第2番 |
| 1881 | Johannes Brahms | 交響曲第3番 |
| 1883 | Anton Bruckner | 交響曲第7番 |
| 1884 | Johannes Brahms | 交響曲第4番 |
後期ロマン派
| 年 | 作曲家 | 作品 |
| 1885 | Pyotr Ilyich Tchaikovsky | マンフレッド交響曲 |
| 1887 | César Franck | 交響曲ニ短調 |
| 1888 | Anton Bruckner | 交響曲第8番(初稿) |
| 1888 | Pyotr Ilyich Tchaikovsky | 交響曲第5番 |
| 1889 | Gustav Mahler | 交響曲第1番 |
| 1889 | Antonín Dvořák | 交響曲第8番 |
| 1893 | Pyotr Ilyich Tchaikovsky | 交響曲第6番「悲愴」 |
| 1893 | Antonín Dvořák | 交響曲第9番「新世界より」 |
| 1894 | Gustav Mahler | 交響曲第2番 |
| 1895 | Carl Nielsen | 交響曲第1番 |
| 1896 | Anton Bruckner | 交響曲第9番 |
| 1896 | Gustav Mahler | 交響曲第3番 |
| 1898 | Jean Sibelius | 交響曲第1番 |
| 1900 | Gustav Mahler | 交響曲第4番 |
世紀転換期
| 年 | 作曲家 | 作品 |
| 1901 | Jean Sibelius | 交響曲第2番 |
| 1902 | Gustav Mahler | 交響曲第5番 |
| 1904 | Gustav Mahler | 交響曲第6番 |
| 1905 | Gustav Mahler | 交響曲第7番 |
| 1906 | Gustav Mahler | 交響曲第8番 |
| 1907 | Sergei Rachmaninoff | 交響曲第2番 |
| 1907 | Jean Sibelius | 交響曲第3番 |
| 1909 | Gustav Mahler | 交響曲第9番 |
| 1909 | Carl Nielsen | 交響曲第3番 |
| 1911 | Jean Sibelius | 交響曲第4番 |
| 年 | 作曲家 | 作品 |
| 1915 | Jean Sibelius | 交響曲第5番 |
| 1916 | Carl Nielsen | 交響曲第4番「不滅」 |
| 1917 | Sergei Prokofiev | 交響曲第1番「古典」 |
| 1919 | Carl Nielsen | 交響曲第5番 |
| 1923 | Jean Sibelius | 交響曲第6番 |
| 1925 | Jean Sibelius | 交響曲第7番 |
| 1925 | Dmitri Shostakovich | 交響曲第1番 |
| 1935 | Dmitri Shostakovich | 交響曲第4番 |
| 1937 | Dmitri Shostakovich | 交響曲第5番 |
| 1941 | William Walton | 交響曲第1番 |
| 1945 | Sergei Prokofiev | 交響曲第5番 |
| 1945 | Dmitri Shostakovich | 交響曲第9番 |
| 1953 | Dmitri Shostakovich | 交響曲第10番 |
| 1957 | Dmitri Shostakovich | 交響曲第11番 |
| 1959 | Dmitri Shostakovich | 交響曲第12番 |
| 1961 | Dmitri Shostakovich | 交響曲第13番 |
| 1969 | Dmitri Shostakovich | 交響曲第14番 |
| 1971 | Dmitri Shostakovich | 交響曲第15番 |
2025年の大きなイベントの一つが2025年大阪・関西万博だったなあと思い返していましたが。
しかし、2005年の愛・地球博の今年の漢字は「愛」だったのに、2025年今年の漢字は堂々の「熊」。2位も「米」。
そもそも万博の本来の目的は「公衆の教育」が掲げられていたはず。
そして大坂万博ではSDGs達成への貢献が掲げられていたのに、現実に目を向けると、熊問題やコメ不足の解決は遠く、外国人が「奈良の鹿」を蹴ったと取り上げられたり、日本人ファーストやJICAアフリカホームタウン構想の撤回など排外主義の加速と国際交流とも真逆。
大坂万博に行った人の行動変容や発信によって、人々の行動や考え方が変わっていれば、今年の漢字も、2025年末の内閣総理大臣も違ったのかもしれないとすら思ってしまいます。
少なくともそれだけの影響を与えうるポテンシャルがあった、お金と人と時間は使われていたと思っています。
さて、2025年の大坂万博は結局、YoutubeやTikTokで流行りのショート動画的なもので終わってしまったのだなというのが、私の感想です。
本来は公衆の教育や人々の行動変容のためには、あとから何度も振り返り、生き方や社会を変える力のある、いまだに名作と語り継がれるような長編映画が必要だったはずなのです。
ところが、いろいろな理由はあったにせよ「大屋根リング」「ミャクミャク」「空飛ぶクルマ」のような見ている人の最初の2秒のスキップを止めるだけのバズる目玉はあっても、観た人の行動を変えるような重い現実的な課題と向き合った中身のあるテーマは示しきれなかったのだと思います。
2025年の大坂万博は、リピーターすら飽きさせない展示物やパビリオンを次々と提供した一方で、こじつけたような社会課題という大きな物語へのアプローチは断片的になってしまい、入場者がその場だけで拡散しても、その後の行動には全く影響を与えなかったのだと感じました。
結果的に、再生回数が何百万もされて、収益化などで投稿者には恩恵がある一方で、視聴者の人生には何の影響も与えないショート動画と同じように、来場者数は2900万人で、維新の会など一部のには恩恵はあった一方で、来場者の教育には繋がらなかった大坂万博だったのだろうと思っています。
七海「ダメージなし……というよりHPが果てしないという感覚だな」
ダゴンを攻撃した七海(ナナミン)の感想「HPが果てしない」とはどういう意味だろう?
疑問を抱いた人たちに対して
解説されなきゃ分からないのか/分からないのは病気/ゲームやったこと無いおっさんか/読者ってそんなバカなの/バカが多すぎる/これそんな引っかかる??/読者側に問題がある/何でもかんでも疑問を持ってうがった見方をする奴いるよな/これ分からない奴がこの作品読んでて楽しいのか/赤ちゃんの方が賢い/理解力が少ない/分からないの意味がわからない・・・
のような口汚い罵倒が並べられていたが、しかし実際の解説はこんな感じだ。
「HPが果てしない」とは?
私は、読んでいてこんな感想を持った。
ドラクエやFF、ポケモンを初めとするRPGゲーム作品がブームになり、その設定が異世界ライトノベルにまで広がって日本中に浸透した結果、ゲームの常識が絶対常識になってしまった。言語がゲーム内に閉じているのは問題ではない、真の問題は、それに違和感を覚えたり、あうんの呼吸で伝わらない他人を冷笑して排斥しようとすること。外界に向かって理解してもらうためのコミュニケーションをとらないこと。
さほど体長が大きくもないダゴン。HPゲージは出てないし、攻撃してもダメージ表記のポップアップも無い。「戦闘中にナナミンはどうして『防御力は低いがHPが高い』と思ったんだろう? 」という疑問は、ゲームに縁遠かった私には自然な疑問に思える。
スレッドの中に、そんなレスがあった。しかし私は 熊 は鉄だと思う。防御力が高いがHPは低そう。拳どころかナイフや拳銃の弾さえ、まったく通らないがライフル弾が急所に当たれば熊は倒れる・・・この特徴はハナミであり堅い鎧であり黒曜石でありコンクリートであり・・・、ツボツボだ。
七海(ナナミン)のもとに異界から八海(ハチミン)が現れて、平気な顔のダゴンに対して
「いや、防御力が高いという感覚だな」
珍しくめちゃずーっと寝てて、
おかげでHD-2D版のドラゴンクエストのI・IIの2の方が全然進められてない、
ほとんどゲームやっていない状況NIKKE以外はって感じなのよ。
珍しく稀に見るこんな状況に
プレイステーションの今年の遊んだゲームの発表!って私は入店してみたけど、
今年の実績ゼロ!って
ゼロってありえある?
ぜんぜんプレイステーションをプレイしてなかったステーションになっていたんじゃない!
私はてっきり古古古米のラッドウインプスの野田洋次郎さんも言いそうなぐらいの言葉だったじゃない?
それだけに「米」くると思ったのになぁ。
米こなかったわね!
あと熊になった理由が
アーバンベアとか都会に出没する熊が今年は頻繁にあり危なかったですね!って言う理由がもっともだと思うんだけど、
中国にパンダ返還も1行その今年の漢字に選ばれた「熊」の制定理由に寄せられていたので、
ちょっとこれ弱くない?って思っちゃった無理矢理感が否めないわね。
お休みの日もやっぱり12月師走よろしく1月の和尚がツーで走るより忙しい昨今。
何かと私もやることがあって、
それで思った様にゲームできなかったり新聞読んだり出来なかったりするこの未消化の読めてないものに対してのモヤモヤがあって、
思いっ切り好きなこと出来ていないフラストレーションがフラスコの底に溜まっていて、
その繰り返しなのよ。
思った様に動けなかったおやすみのなので
なんかもの凄く寝たい欲に駆られていて、
そのまま実行したって感じのところがあるのよね。
だから
週末出来なかったことにモヤついていると言うより、
休日の大半を大谷翔平選手みたくなりたいんだ!ってのはそこまでは思ってないけれど大谷翔平選手ばりに良く寝たわ!って。
そこは良く寝た感は達成実感しているので、
要は良く寝ていた!ってだけの話なのよね。
でも私は朝のスタートでやりたいこと予定ずれちゃうと1日の予定がずれたまんまなのがモヤモヤすんのよね!
1つのことを思いっ切り時間を割いてじっくりやりたいってところ。
これ塔の上に登るんだったっけ?下るんだったっけ?って今どういう状況か分からないどっちに進む進んでるんだっけ?って
再開しても分からないので、
一旦体勢立て直してルーラして宿に泊まって顔洗って文字通り出直してきなさい!って思ったの、
そんなションテン低めのことだから、
今回はドラゴンクエストI・IIの2は遊ばなくていいかーってそんあ鰯気な気持ちだったのよね。
なにげにテレビでやってた『北極百貨店のコンシェルジュさん』をぼんやり観ていたり。
あとさ、
思ったんだけど、
部屋が寒いのがどうしてもこのこのやる気のなさを露呈しているかのようなのよ。
だって寒いと縮こまって何かをやろう!って気合い入んないじゃない!
きっと部屋が寒いからよ!って思って暖房つけたらポカポカになっちゃって寝入っちゃったこの週末の寝る時間は近々に稀に見る睡眠時間を叩き出したのよね。
良く寝たわー!って。
たまには
良く寝るのもよき!と思うしかないわね。
こういう時もあるわってことにしておくわ。
うふふ。
最近これが本当にお気に入りでリピ率高しで申し分ないタマゴを感じられる美味しさで元気出てくるわ!
せっかくちょっと早く起きたけれど、
ボーッとしていたらもったいないわよね!
シャキッと目覚めるわ!
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
おまけ
アクスタ試作できたよ~!と言っても今後これをどうするか身の振りがないのでとりあえず作ってみた感じ。ちなみにはてなブログのアイコンをAI生成してもらったものを、そこからさらに全身生成してもらって作ってみたわ!
めちゃ雪降ってんだけど!
ついに来たわね冬!ふーゆー!って感じ。
まず早速は今年の一皿の発表におにぎりってお米料理を披露するあたり古古古米なんだな!っていいそうなぐらい誰もが予想しちゃうわよね。
いままで炊くことここ何年か使ってなかった炊飯器を取り出して急に世間がお米お米って騒ぐもんだから
私もお米炊きたい欲がひしひしと炊き上がってくるじゃない!
おかげで、
いつもなんか普通に棚に並んでいて買うことができるんだけどって。
本当にあれは本当にお米無かったのかしら?って思うほど最近毎日と言って良いほどお米炊いてるわよ。
直球すぎて不謹慎かな?って思うし、
新語流行語大賞で輝いた働きまくりまくりすてぃーって働きまくるって5回言うやつの
「働」って漢字かもしれないし
大阪で万博あったしガンダムの実物像も人気だったってことから手偏にガンダムって漢字も今年の漢字に選ばれて良さそうよね。
あとびゃんびゃんめんの「びゃん」が漢字でちゃんと「びゃん」って出てくるようになったのって今年だっけ?
今年だったらそのビャンビャン麺の「びゃん」に1票だわ。
創作漢字今年の漢字一文字だったら私は「古古古米」を順番にならべて四角く判子みたいな塊にした4文字で一文字みたいな漢字を開発して、
でも、
都会まで柿を求めに山から下ってくるアーバンベアに気を付けて柿を早くに収穫しましょう!ってニュースも多くあったので
熊ってあれ甘柿ばかり狙っているのかと思ったら、
味よりもパワーを!って視点で渋柿でも所構わず食べまくりまくりすてぃーなんだって!
やっぱり気になるのは、
乃木坂46の40枚目のシングルのビリヤニってタイトルがついた衝撃のビリヤニ界隈に激震が走った、
そのビリヤニって漢字もあったら今年の一文字の漢字に1票入れてもいいわよね。
そのぐらい衝撃的なことだと思うわ。
世間でビリヤニ流行りだしたって声はインドの山奥まで届いてこないので、
不発に終わったのかしらと言いつつも70万枚を売り上げたセールス記録を叩き出したって言う、
実質これ一人何枚シーディー買ってるのかしら?
いやもといビリヤニ何皿食べられたのかしら?って
ビリヤニ界隈も盛り上がりそうよね。
でもまだインドの山奥までビリヤニが実食盛り上がってるランチビリヤニがあるって美味しくいただきましたって話は届いてこないわ。
早くも1年のまとめ!ってまとめたがる傾向は
いつ考えても終盤の12月に出てきた新しいムーブメントはビッグウェーブに乗ることができなくて、
今年のなになにのノミネートすらされない感じの悲しさがあるわ。
1月1か月ぐらいの集計で1年を占うぐらいの勢いが欲しいわよね。
そのぐらいの心持ちで1月から12月までのをじっくり集計して考えて翌年の2月ぐらいに発表!ってしたら誰もが納得する新語流行語大賞になるってやくみつるさんも言いそうな気がするわ。
郷ひろみさんの2億4千万の瞳をメドレーで歌ってモノマネして抱腹絶倒おもしろやくみつるさんのモノマネして、
どのぐらいやくみつるさんに似ていましたか?って審査員の人に司会の人が尋ねたら
「約みつるです!」って言っちゃいたいぐらいかも知れないわ。
彼の歌ってる歌って私1曲しか知らないんだけど、
ディナーショーってどんだけ尺それで持たせるのよ!?って心配になるのもこの12月ならではの風景よね。
朝雪が降ってて私は慌ててダウンジャケットを取り出して、
慌てて私は冷蔵庫にこれがいつの時代のホッケなのか分からないままホッケの開きを冷蔵庫に入れたの。
それも装備して暖かくできんだな!って実感したし、
内ポケットにはラッキー1000円札は入っていなかったのが残念だわ。
そりゃ雪も降るわよね。
絶対新幹線のEの座席列だと見やすく見える富士山が走って通りすぎて見えてくるのを待っている間に食べたいシンカンセンスゴイカタイアイスの新幹線味をスプーンで固くてダメだと分かっていても何度も刺そうとするのを試みるのと同時に富士山山頂初冠雪記録した日の朝のラジオってだいたい中島美嘉さんの冬の歌かアナと雪の女王の雪の歌かが絶対に流れるわよね。
もうここのラジオ局ドリカムのシーディーしか置いてないの?ってぐらいドリカムしか掛からないでお馴染みだったのに、
違う曲がかかったことで本格的に雪!ってのを感じさせるのよ。
だから、
12月ってなんだか詰め込みすぎ感が満載な感じがして、
あーあ、
今月は祝日ない月間かーってガッカリしないで済むのと同じでガッカリしないじゃない。
だからなんかもうちょっと12月に全部入れるんじゃなくてどうにかして欲しいところよね。
もう急に12月なのよ!
うふふ。
これタマゴ美味しくてはまってるわ。
タマゴの充実したつまり具合は12月のそのイベントのつまり具合とは対照的に大好物の1つになったわ!
ちょっと何か食べたいときのこのコッペタマゴが正にピッタリなのよね!
これにどハマりだわ。
心配だわ。
まあ時期に届くでしょうって期待しながら飲む
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
当時、イギリスでは『くまのプーさん』が原作レイプとして不評だったらしいね。
じゃあなんで今でもディズニーの定番IPになってるかといえば「アメリカでは大いにウケたから」に尽きると思う。
日本の俺だってファーストインプレッションは『くまのプーさん』の方だし、それで育った。
日本の翻案タイトルでも、原作とディズニーで「熊」の部分をカタカナとひらがなに分けてるってのも、しばらく経ってから知った。
だから当時のファンたちの怒りというか、その“熱”というものを俺はよく分かってなかった。
「たくさんの人にウケてんだからいいじゃん」で市民権を得ていることの歯がゆさが、理屈の上では分かっていても心から分かっていなかった。
灬
部首は「烈火(れっか)」と言われる、漢字の下の部分にある四つの点です。これは「炎」が簡略化されてこの形になったものです。
点 烈 焦 照
なども同じ仲間です。でも、なぜ「熊」に「火」が関係するのでしょう?
いろいろな説があるようですが、『漢和大辞典』(学研)によれば、火の精と考えられていたことに由来するようです。クマの油はとてもよく燃えるので…、ということも関係するようです。
クマは古来から食用とされてきました。主に北海道から中部エリアまでですが、冬に収入源が激減する東北エリアの人たちにとっては、クマを捕獲するのは生命線とも言えました。特に「熊の胆」などは万能薬ということで高値で取引されました。
クマの肉の脂肪分は融点が低く、旨味も強いそうです。そういった特徴が「燃えやすい」というところにつながるのかもしれません。