子供持たない人生 哲学者と考える
「#生涯子供なし」識者はどう見る⑤ 早稲田大学・森岡正博教授
生涯無子率の上昇に関連し、日経新聞が2月に実施した読者アンケートでは、子供を持たない人が「何のために生きているのかわからなくなる」と悩みを吐露する回答が複数あった。少子化問題が叫ばれる中で、どこか居心地の悪さを感じている人もいる。生命哲学を研究する早稲田大学の森岡正博教授と、その根っこについて考えた。
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――生きる意味をどう考えたらよいのでしょうか。
「人類は古代から世界中でそれを考えてきた。最近では20世紀中ごろにフランスのサルトルらが『実存主義』という観点から、社会の中で生きる意味を問いかけ、学生運動などに大きな影響を与えた。その後やや下火になっていたが、この10年ほどまた、『人生の意味の哲学』が活発になってきた。例えば、社会貢献することが人生に意味を与えるのかどうかなど、様々な議論がなされている」
――子供の有無は人生の意味に関係すると思いますか。
「そういう考え方もある。人は大きな流れの中に位置づけられると意味を感じやすいというのは、共感する人も多いのではないか。例えば大きな組織の中で、自分は有意義な仕事をしていると思うことは、生きる意味になるのでは。それと同じことで、祖父母、親、自分、子供、孫というような血筋の流れに組み込まれることは人生の意味になるという考えだ。ただ、それに反対する考えもたくさんある」
――地域的な強弱もありますか。
「血筋に組み込まれることが人生の意味になる、というのは東アジアの儒教圏で強い考えだ。良いか悪いかは別として、男系の流れをつないでいくという考えが日本にも根強く残っている。それは東アジアの少子化の一因になっているかもしれない。戦後、建前上は男女平等になったが、実際は女性を『産む機械』と捉えるような男系・家父長制の考えが残り、近代化されそのような考え方に納得できない女性が板挟みにあってしまう」
――子供をつくることが人生の意味になりやすい社会は、子供を持たない人が苦しみを抱えやすい構造だと言えますか。
「そうだ。子供がいないことに対し、家族や親戚からの圧力を受けやすい。男性だけでなく、女性も男性の視点を内面化しているので、あちこちから言われることになる。家族思いで、家族の期待に沿いたいと思う人こそキツいだろう」
「従来の社会の価値観から大きく外れると、実存的な、つまり深刻な心の問題を抱え込むことになる。特に今の日本では女性の方が価値観の外側にはじき出されやすく、生きづらい。それなのに、社会が提示する解決策は『少子化をなんとかしなくては』『女性が産みやすい社会にするには』というようなことで、子供を持たない生き方を認める、という方向にはなかなか向かわない」
――どうしたらよいでしょうか。
「すごく難しい状況だと思う。社会の流れにあらがおうとしても、『少子化が進むと日本が大変なことになる』と脅されてしまう。そうしたマス(大衆)の圧力から自分の身を守るための考え方を持っておくことは、子供がいないことで悩んでいる人の心の支えに少しはなるかもしれない」
――考え方とは。
「哲学というのは結構極端なことも含め、理詰めで考える学問だ。哲学の次元で話をすれば、本来は『なぜ少子化を解決しなくてはいけないのか』という問いがあってもいいはずだ。日本人が減っても、他の国が栄えれば人類としてはそれで構わないのではないか。また人類はそもそも存在すべきなのか。急な変化は困るかもしれないが、ゆっくりとなら人類は消滅してもいいのでは。そう考えることもできる」
「こうした人類の行方といった大きな話には二面性がある。産む産まないといった実存的悩みを抱えている人には響かない一方で、人類は消滅しても構わないという話に比べれば、個人の実存的な悩みは目の前が真っ暗になるほどの話じゃないな、とも思える。どれほど有効かわからないが、このような視点が苦しんでいる人の助けになれば良いなと思う」
――人生の意味の考え方にはほかにもいろいろありますね。
「もちろんそうだ。自分が興味をもっていることに深く満足することも一つの考え方としてある。例えば本当に好きな趣味を一生追求した人生は本当に意味があるかもしれない。それは社会や家族に忖度(そんたく)することなく自分だけで達成できることかもしれない。人生の意味の考え方は多種多様であり、哲学者たちも人生の意味の哲学という分野をいま作っているところだ」
「偏見持たれる」女性に多く
日経新聞が2月に実施した読者アンケートで、子供がいない人に聞いた「子供がいないことで困ること」の中で、最も大きな性差が出た項目が「偏見を持たれる」だった。複数回答で、この項目の男性の回答率は12%だったのに対し、女性は20%だった。
子供がいない理由は様々で、皆が苦しんでいるわけではない。全体から見れば少数かもしれず、苦しみを強調すること自体が偏見を助長するとも言える。ただ、自由記述欄には「責めないでほしい」「親に申し訳ない」といった生きづらさを感じさせる回答もあった。
心の葛藤に万能薬はない。それでも自分たちが所属する社会や思考の枠組みを別次元から眺めてみることは、本人も、周囲の人々も、それぞれが何かを考えるきっかけになるかもしれない。
(福山絵里子)
=おわり
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