不動産担保はもう古い? 金融庁悲願の目利き融資とは
金融PLUS 金融グループ次長 小野沢健一
金融庁が6年越しで実現を目指してきた「企業価値担保権」が2026年にも始動する。企業の技術力や成長性などを担保にする融資が広がれば、資産を多く持たないスタートアップなどにも資金が回りやすくなると期待される。ただ一部地銀などには戸惑う声があり、経営者の認知度も3割にとどまる。定着に向け、金融庁は制度の利点やノウハウ周知といった環境整備に全力を挙げる構えだ。
「スタートアップなど有形資産を持たない事業者が資金調達しやすくなり、事業性に着目した融資の促進につながる」。金融庁の井藤英樹長官は5日、京都大学経営管理大学院が主催したオンラインのシンポジウムで自ら制度の利点を訴えた。
シンポジウムでは金融庁幹部が制度概要を説明し、大手銀や地銀、シンクタンクの関係者や弁護士らが実務面の課題や想定される活用事例などについて意見を交わした。約630人の金融関係者が視聴し、関心の高さをうかがわせた。
企業価値担保権は18年、金融庁職員のアイデアをきっかけに検討が始まった。遠藤俊英氏、氷見野良三氏、中島淳一氏、栗田照久氏、井藤氏の歴代5長官が実現に向けてタスキをつなぎ、24年6月に企業価値担保権を盛り込む「事業性融資推進法」の成立にこぎ着けた。
通常の企業融資は返済されないリスクに備え、不動産を担保にしたり、経営者個人の資産を対象とする経営者保証を利用したりするケースが多い。新たな仕組みは、企業の持つ独自技術やノウハウ、顧客基盤、取引のデータなど無形資産を含めた企業価値全体を担保とする。そのため事業者が不動産などの資産を持っていなくても、金融機関が成長が見込める事業モデルだと判断すれば融資を受けられる。
わかりやすいのはスタートアップだ。例えば学生時代に起業した人は不動産といった資産を持たないケースが多く、経営者保証を設定するのが難しい。こうした人でも事業アイデアが優れていれば融資を受けられる。
地方ではもう少し生々しい事例が想定される。例えば、経営不振に陥った中小企業が複数の金融機関に債務を返済し再生を目指すようなケース。担保余力がなくても、顧客基盤やビジネスプランを評価して企業価値担保権を設定する銀行が出てくれば新たに資金調達できる可能性がある。
事業承継にも活用できる。高齢化した経営者から事業を引き継ぐ人が経営者保証の代わりに企業価値担保権を活用して引き続き融資を受ける、といった流れだ。ほかに、M&A(合併・買収)ファイナンスやプロジェクトファイナンスなども活用事例として想定されている。
メリットだけではない。業績と直接連動せず価値の変動が比較的小さな不動産などと異なり、金融機関が経営を適切にモニタリングできなければ融資を回収できなくなるリスクが高くなる。きめ細かな取引先の状況把握や経営支援といった負担を金利に上乗せすることもできるが、企業の利払いは増えることになる。
金融機関は新制度への対応に動いている。全国銀行協会などが活用事例や実務上の課題などについて調べている。来春にも取りまとめを行う方針だ。大手銀の受け止めは比較的前向きで、水面下でスタートアップなどの利用を模索している節がある。とはいえ「まずは一部から」(大手銀関係者)といった空気感がうかがえる。
地銀の受け止めは複雑だ。「活用を前向きに検討したい」との声が聞こえる一方、規模の小さな地銀などでは専門人材やノウハウ不足の懸念がくすぶる。「(企業価値担保は)実質的に『評価ゼロ』で扱うことになるのでは」「リスクも大きく(地銀では)扱いきれない」といった不安の声も聞こえてくる。
新制度は債務者の求めに応じて極度額を設定すれば複数の金融機関との取引が可能な仕組みだ。しかし企業価値担保を設定した金融機関は企業とより深くかかわることが求められ、複数より1行取引の方が管理しやすいとの見方がある。実際、類似の制度を活用する米国などは1行取引が多い。
今は一つの企業に複数の金融機関が融資するケースが多いが、1行取引が広がれば融資の奪い合いになる可能性がある。ある地銀関係者は「新制度が始まれば『1行貸し出し』が広がり、小規模な地銀は弾き出されるのではないか」と懸念する。
不動産担保に偏重していた企業融資を改め、事業性を見極める「目利き力」を生かした融資を拡大することは金融庁の長年の悲願だった。
2010年代に企業が保有する在庫や売掛金などを担保とする動産・売掛金担保融資(ABL)の拡大に動いたが、広く定着しなかった。当時は実績報告を求めるなどしたことで金融機関から反発もあり、当時を知る地銀関係者は「少し強引だった。(企業価値担保権が)事実上の強制とならないようにしてほしい」と振り返る。
こうした過去の経緯もあり、金融庁は企業価値担保権は「あくまで選択肢の一つ」との姿勢だ。金融機関に「件数目標を掲げることは想定していない」と説明している。
「借りる側」への浸透も道半ばだ。帝国データバンクの調査結果によると、企業価値担保権を「知っている」企業は3割程度にとどまった。「活用したいと思う」とした企業は3.8%、「今後検討したい」企業は22.9%だった。
金融庁は認知度向上に向け、全国の商工会議所などと連携して経営者に制度を周知する機会をつくるほか、動画サイト「ユーチューブ」などを活用する方針だ。金融機関の不安を解消し、経営者に新たな資金調達手段として選んでもらえるようになるか。「目利き力」による融資の定着へ正念場を迎えようとしている。
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