スマホが拓く世界市場 和製「LINE」ヒットの裏側
躍進ネットベンチャー2012(2)
今年1月27日、スマホ向けの無料通話・チャットアプリ「LINE」のダウンロード数が1500万を突破した。ただ、あまりにあっという間の出来事で、そのすごさが今ひとつ世間に伝わっていないかもしれない。中には「(タレントの)ベッキーがCMに出てるアプリ」という程度の認識の人もいるだろう。だが、事実としてLINEはあらゆる金字塔を打ち立てている。
スマホのユーザー同士なら携帯電話のように無料通話ができるほか、メールやチャットも楽しめるLINE。昨年6月のサービス開始から6カ月で1000万人を突破し、その後わずか1カ月で500万人も増やした。国内の交流サイト(SNS)や携帯電話向けゲームサイトが1000万人達成に要した期間はGREEが61カ月、mixiが39カ月、mobage(モバゲー)が26カ月。海外SNSではフェイスブックが28カ月、ツイッターが26カ月かかっている。
LINEの実績はスマホがいかに強い波及力を備えるかを如実に物語る。1月25日に発生したNTTドコモの大規模通信障害で、ドコモが原因として音声通話ソフトの「VoIP」の普及を挙げたことから、「LINEが原因じゃないか」と噂されたほど存在感は大きい。今や「スカイプ」に勝るとも劣らないVoIPの代名詞となった。
何より驚かされるのが海外での普及。1500万人のうち過半数の57%、850万人超が海外ユーザーだ。アジア各国・地域はじめ、中東、アフリカ、南アメリカなど世界中に広がっている。最近では、スイス、ドイツ、オーストリアのアプリランキングでも上位に浮上、欧州での普及も目覚ましい。しかも、サービスを月に1回利用する「アクティブユーザー」の比率は約90%。そんな和製サービスは初めてだ。
「スマホでは楽に国境を越えられる」
「パソコン向けのサイトは、なかなか海外からユーザーが来てくれない。でも、スマホでは楽に国境を越えられる」――。
LINEを開発したNHN Japan(東京・品川)でLINE事業を統括する執行役員の舛田淳は、今となってはそう語る。だが、「当初は驚きの連続だった」とも打ち明ける。当初目標は11年内に100万人。それが「蓋を開けたら10倍。しかも突然、アラビア語で問い合わせのメールが来たりして、かなり焦りました」
もともとLINEは、NHN Japan傘下のネイバージャパンで企画・開発されたサービス。NHN、ネイバーは今年1月に事業統合したため、現在の運営企業はNHNとなる。ともに韓国ネット企業の日本法人。そのため、LINEは「韓国産」と勘違いされることもあるというが、日本で企画され、日本で作られた「純国産」である。「韓国本社が"逆輸入"を決めた時は『よしっ』と思った」。舛田はそう笑う。
このLINE、「何か新しいSNSができないか」という素朴なエンジニアの欲求が起点だった。
「もっとパーソナルで細かいグループ性をもったコミュニケーションツールが必要なんじゃないか」。11年の年明け、ネイバージャパンの社内では、人間関係を分析していたチームのレポートを基に、そんな議論がなされていた。そこへ3月11日の東日本大震災。身近な人とのコミュニケーション手段の重要性に焦点が当たり、「やるべきだ」と結論付けた。
ネイバージャパンは外資系といっても独自性が保たれている。韓国本社のサービスと整合性がなくてもよい。独断でプロジェクトが走り、社内からは各部署のエース級のエンジニアなど10人ほどがかき集められた。注目したのはスマホの普及速度。家族や高校時代の同級生など、親しい少人数のグループでチャットが楽しめる「スマホ向けのコミュニケーションツール」というコンセプトが固まり、4月末に開発を本格化させた。
初心者に照準、スマホブームの波に乗る
国内のスマホの普及速度を見ると、スマホブームの大きな山が11年後半に訪れることは自明だった。その機をつかむには6月中にリリースしておく必要がある。残された開発期間はわずか1カ月半。舛田いわく「戦場のような」日々を経て、LINEは無事、リリースされた。
「フィーチャーフォン(従来の携帯電話)のメールに慣れている人や、お父さんに通話料で怒られちゃう若い女性でも、スマホに乗り換えた時にすっと入っていけるような、分かりやすい機能やシンプルな操作性を心がけた」。舛田はそう話す。
例を挙げると、煩わしい登録作業を省くため、電話番号を「ID」代わりとした。友達登録もスマホの電話帳を参照し、ユーザー登録済みの電話番号があれば友達リストに自動追加するようにした。
こうしてスマホ初心者への壁を徹底的に取り払うことで、LINEは9月中に100万人を達成する。じつはこの時点で無料通話機能は実装されていない。音声データを遅延なくやり取りするには高い技術力を要する。1カ月半はあまりに短い。まずは誰でも簡単に身近な人とのコミュニケーションが楽しめるアプリを出し、その上で「無料通話」という分かりやすい機能を後から追加する。この戦略が当たった。
「ベッキーCM」広告代理店任せにせず
スマホを手にしたばかりの初心者向けに間口を広く取り、テキストでのコミュニケーションに慣れてもらう。10月に追加した無料通話機能は、これらユーザーが友達や家族に「LINEを使おうよ」と招待する、いいきっかけを与えた。ユーザー数は加速度的に伸び、10月中旬には300万人に。11月中旬からのテレビCMが、ユーザー増にさらなる拍車をかけた。
「何でうまくいかないんだろう……。ごめんね、長く話しちゃって……」。ベッキーが泣きながら話すCMが昨秋から大量投下された。舛田は「通常、ネイバーはテレビCMなどのマスプロモーションはしない。でも踏み切ったのはスマホ移行が大きく進む11年の年末商戦期こそ最大のチャンスだと思ったから」と振り返る。
キャスティング、ストーリー、メッセージ。CM要素のほぼすべてを、広告代理店の博報堂任せにはせず、ネイバー側で決めた。ロゴの位置を1ピクセル単位で指定するなど編集作業にも細かく口を出した。インパクト大のCMはもくろみ通り、大量の新規ユーザーをもたらす。ただし、ここまでは国内の話。1500万人の半分以上は、ベッキーが届かない海の向こうにいる。
中東に加え、シンガポールを起点に東アジアで浸透
メニュー表示などの言語は日本語、英語、韓国語から選択でき、テキストメッセージの言語はユーザーが選択できる。だが舛田が「当初は海外ユーザーはイメージしていなかった」と話すように、目標の数字も国内のみの設定だった。ところが昨年8月、異変が起こる。サウジアラビア、カタール、クウェートといった中東各国で、LINEがいきなりはやりだしたのだ。
中東各国のアップストアで無料アプリの1位になるなど一気にユーザーが増えた背景を、舛田は「中東はもともとコミュニケーションアプリのニーズが高く、新しいアプリが出ると必ず試す習慣があるようだ」と話す。サポートにアラビア語のメールが舞い込み、「何だこれ、読めないよ」と混乱しているうちに、香港や台湾など東アジアのランキングでも目立ち始めた。きっかけはシンガポールでのランキング浮上。「華僑のネットワークが東アジアにLINEを広めたのではないか」と舛田は推測する。
さらに10月に追加した無料通話機能が海外での普及にはずみをつけた。だが、すでにスマホ向けの無料通話アプリでは老舗のスカイプはじめ、米国の「Viber」などいくつかでそろっていた。なぜ最後発のLINEがここまで、世界的にヒットしたのか。舛田は2つの要因を見立てる。
スマホの流儀でシンプルに、人気の「スタンプ機能」
1つ目は「スマホならではのニーズに応え、シンプルさを追求した」こと。例えばパソコン向けから始まったスカイプは、スマホアプリでもパソコンの流儀を踏襲しており、相手がログインしていなければ「発信」できない。だがLINEは、相手と友達関係であれば、相手がLINEを起動していなくとも発信でき、相手も「プッシュ通知」により着信できる。スカイプのように「まずLINEを立ち上げて……」などとわざわざ連絡する必要はない。
大きめのイラスト1つをタッチするだけの簡潔なコミュニケーション、「スタンプ機能」の存在も大きい。LINEではテキストと組み合わせる「絵文字」とは別に、自分の感情を端的に表現できるような大きめのイラストが充実している。それ単体だけでコミュニケーションを交わせるという分かりやすさや気楽さが、ユーザーの心をつかんだ。絶賛する海外メディアもあるほどだ。
「スカイプやViberを使っているのはITリテラシーが高いユーザー層。スタンプ機能はインスタントコミュニケーションの極みであり、幅広い層に受け入れられた。台湾から取材に訪れた記者は『スカイプやViberにはないスタンプが一番いい。これがクールなんだ!』と、興奮しながら話していました」
舛田はこう説明する。香港では「LINEのスタンプを顔マネ」するテレビ番組が放映されたこともある。ちなみに当初は中国語圏での利用を想定しておらず、中国語の規約がなかったことから、一時期、中国語圏のアップストアからLINEが消える事態となった。この時、香港の一般紙が1面でこの事件を報じるほど、LINE人気は過熱しているという。もう1つのヒット要因は「フェイスブック疲れ」だと舛田は話す。
「日本からフェイスブックが生まれるかもしれない」
「フェイスブックは実名制に意味があるという一石を投じた一方、1つの顔じゃないといけないというプレッシャーを与えた。多面的な顔を出せない場になりつつあり、そこに潜在的な不満が生まれた。対してLINEは、『そうじゃないんだよ。人にはいろんな顔があるのは当然』という考え方。例えば中学ではオタクだったけど、大学ではチャラ男になった場合、それぞれのグループは絶対に交わってはいけない。数百人の友達と平均的につきあうのは無理がある」
LINEは電話帳の電話番号、つまり既存の関係性をベースに友達関係を構築していく。その中で、さらにプライベートで閉じたグループを作り、グループ内の全員で音声通話やチャットを楽しむこともできる。よそ行きの1つの顔に疲れたユーザーに、「グループによって違う顔を使い分けてください」というメッセージが受けたという分析だ。
アップストアのレビュー欄などに自分のIDをさらし「絡んで」などと投稿する一部ユーザーがいることから、LINEは「出会い系」と言われることもあった。だが舛田は「LINEの設計は『出会わない系』。出会い目的の利用は著しく少ない。電話帳に埋もれていた高校の先生と再会することはあっても、IDをさらさなければ見ず知らずの人とつながることはない」とする。
スマホブームの機を逃さず、スマホに最適化した設計と閉じたコミュニケーションで海外約850万人を含む1500万人を獲得したLINE。今では「12年末まで、世界で1億ユーザー」という意欲的な目標を掲げる。「グーグルやフェイスブックのようにユーザーを大量に獲得すれば、ビジネスモデルは後からついてくる」。そうもくろむLINEの開発陣は、広告の実装や有料でユーザーに販売する「キャラクタースタンプ」など、いくつかの収益化策の検討に入った。
「日本発のアプリで世界が変わるかもしれない。日本からフェイスブックが生まれるかもしれない」。その舛田の言葉が絵空事とは思えないほど、LINEはスマホが日本のネット企業にかつてないチャンスをもたらしていることを証明したといえる。
和製「手書き文字入力アプリ」、世界123カ国へ販路拡大
スマホやタブレット端末向けのアプリ市場は、流通経路がアップストア、アンドロイドマーケットという強力な市場に限られる。「そこでのランキングさえ上がれば、海外でも波及も早い」と舛田も言う。海外への販路が一気に拓(ひら)ける「スマホ・タブレット」の普及は、長年IT業界に身を置き、パソコンの日本語入力文化を支えた人間にも活力を与えた。
ワープロソフトの「一太郎」や日本語変換ソフトの「ATOK」で有名なジャストシステム。その創業者である浮川和宣は、2度目の創業となるベンチャーでスマホ・タブレット端末向けの新たなソフトを開発。世界市場の開拓をもくろんでいる。
「やってみないと分からないと思いながら、始めましたね。えーっと思うんですけどアップストアで123カ国。ここ(オフィス)にいながらにして、全世界へ出荷できることになりました。まだアドレナリンが回っているんですけれど、今日も先ほどまで外国人記者クラブで製品の説明をしておりました」……。
昨年9月、浮川は自社のPRに活用しているユーストリームの放送で、興奮気味にそう語った。浮川らが外国人記者に英語で紹介したソフトは、スマホ・アンドロイド端末向けの手書き文字入力ソフト「7notes」。すでにこの時点でiPad向けの7notes英語版は、21カ国で有料アプリランキングの10位以内に入る実績を上げており、計123カ国への販路拡大を機に外国人記者へアピールしたというわけだ。
タッチパネルが標準搭載のスマホやタブレット端末では、手書き文字入力関連のメモアプリが重宝されている。だが浮川らはそれらに飽きたらず、新手のソフトを開発した。筆記体だろうがブロック体だろうが、手書きで書いた文字を次々とテキスト文字に変換してくれる。手書き文字とテキスト文字を混在させてメモに残す「交ぜ書き」もでき、後から手書き文字をテキスト文字に変換することも可能だ。
エバーノートCEOも称賛
浮川がジャストシステムを去り、出直しとなるMetaMoji(メタモジ、東京・港)を起業したのは09年10月。当初は、妻であり技術者の浮川初子など20人ほどのメンバーでウェブサービスの開発をしていた。ところが10年5月に国内で発売された「iPad」の登場を機にすべて投げうち、すべてのリソースを7notesの開発に振り向けた。
iPadの登場で「ジャストシステム時代から取り組んできた手書き入力の世界が、いよいよ実現できる」と衝撃を受けた浮川。11年2月に発売したiPad向けの7notes日本語版を皮切りに、iPhone版、アンドロイド版と、シリーズ製品を次々にアップストアやアンドロイドマーケットに投入した。アップストアの「仕事効率化」などのカテゴリーでは常にランキング上位を維持している。そして11年夏、浮川は英語版を投入し、海外に打って出た。
「7notesは日本語版でも英語版でも、人間の筆跡を学習してどんどん賢くなり、テキスト文字への変換効率を上げていく。そういうシカケを作った。キーボードは誰でも早く打てる。でも、もっとクールな入力システムがある。日本からでもアイデアが出せるんだということを、世界に見せつけたい」
パソコン向け日本語変換という極めてドメスティックな世界に生きてきた浮川は今、そう語る。「言ってはいけない契約になっている」とし海外でのダウンロード数などを明かさないが、7notesが国内のみならず海外でも注目されていることは間違いない。世界で1600万人以上のユーザーを抱えるクラウド型の情報管理サービス「Evernote(エバーノート)」を運営する米エバーノートも、7notesを称賛する企業の1つだ。
エバーノート最高経営責任者(CEO)のフィル・リービンは、「7notesは日本以外の市場でもポテンシャルがすごくある。初めてiPadで使った時、自然だなと思った。エバーノートは写真や音楽を含め、あらゆるデータをなるべく自然にクラウドへ保存できるよう努力している。7notesはテキストの取り込みの手段として、エバーノートのユーザーにとっても非常に価値がある」と評価。「メタモジとのパートナー関係をより強固にしていきたい」と語った。
メタモジは今、中国語圏での利用をターゲットとし、7notes中国語版の開発にいそしんでいる。浮川は、「漢字の処理は日本語版で実績がある。中国語版には大きな可能性が広がっている」と海外でのさらなる飛躍に期待を込める。スマホ・タブレットが海外進出のチャンスを与えているのは、エンドユーザー向けのアプリ開発をする企業だけではない。
アジアのベンチャーの祭典に選抜
今年2月上旬、アジア各国のベンチャー企業がプレゼンテーションを繰り広げる「スタートアップアジア」というイベントがシンガポールで開催された。約300社ほどの応募から主催者の面接を経て絞られた19社が、投資家やIT業界関係者など約500人の聴衆を前に自社製品や技術などをアピール。そこに、iPadを手に熱心に英語で説明する日本人がいた。シンガポール、マレーシア、韓国、台湾などのベンチャーに交じり、日本から参加資格を得たカディンチェ(東京・品川)社長の青木崇行だ。
カディンチェは空間表示技術のソフト開発を手がける08年創業のベンチャー。青木は前職のソニー時代、映像表現などの基礎技術の開発に携わっていた時の同僚などと起業した。「最先端の空間表現」に挑戦するためだ。主力商品は、電子商取引(EC)サイトなどに向けたバーチャルショップ構築支援サービスの「パノプラザ」。実際の店舗内など風景を360度のパノラマ画像で再現、ユーザーは自在に歩き回ることができる。陳列されている商品をクリックすれば、商品情報を閲覧したり、購買画面へ進めたりする。
青木いわく「ネット上でも、ウインドショッピングと同じようなわくわく感が出せる」ことが売り。米グーグルが地図を実際のパノラマ画像で再現している「ストリートビュー」の店舗版と思えば理解が早い。これまでも店舗内をネット上に再現するために、パノラマ写真を撮影、商品情報などを張り付けるサービスはあったが、ひとつひとつの商品に、商品名や値段などの情報を「タグ付け」するためにHTMLを書き換えなければならず、膨大な手間とコストがかかった。「パノプラザ」を使えば、店舗の担当者が専用画面上で簡単に商品管理をすることができる。
国内では大丸東京店1階に展開するスイーツショップを再現した「バーチャルスイーツショップ」などがパノプラザを採用している。パソコンのほか、スマホやタブレット端末でもタッチ操作で自在に実際の店舗内を散策し、「麻布かりんと」「パティスリーキハチ」など20の店舗が扱う約200商品が購入できる。大丸東京店は以前からスイーツのネット通販を手がけていたが、昨年9月のバーチャルショップ開設で、9~12月の売り上げは前年同期比で約6割も増えた。
大丸東京店の広報担当者は「ただ商品を並べた従来のネット通販とは違い、ユーザーが複数の売り場に移動してくれるため滞在時間が延びた」と満足げ。今後は、大丸東京店内の別の売り場でも、パノプラザを利用したバーチャルショップを"開店"する計画だという。
「iBooks」を通販の導線に
サービス開始から半年。現在、パノプラザの顧客は5社にとどまる。「ウェブ構築に加え、『商品をきれいに陳列した店内を鮮明に再現したい』と、魚眼レンズなど専用機材を使う高画質撮影にも対応しているため、展示会運営会社や不動産業界など、潜在的顧客まで回り切れていない」(青木)というのが実情だ。そのカディンチェが、なぜシンガポールにいたのか。
「もともとアジア新興市場への興味があり、スタートアップアジアの案内を見た瞬間に、反射的に応募していた」と青木は言う。もう1つ、今年新たに提供を始めるパノプラザの新機能の存在も大きかった。
カディンチェは、iPhoneやiPadなどiOS向けの書籍販売プラットフォーム「iBooks」のコンテンツにパノプラザを利用したバーチャル画像を組み込めるよう改良、すでに試作版が完成していた。これを、アジアのIT関係者を前に披露したかったのだ。
パノプラザは現時点でもスマホ・タブレット端末のブラウザ上で動く。ただ、青木は「今後、iBooks上でカタログやパンフレットなどを配布する動きが強まる」と踏んでいる。そのカタログやパンフレット内にバーチャルショップを組み込み、さらに購買まで消費者を誘導できれば強力なマーケティングツールに成り得る。
サービスにより磨きをかけるため、バーチャルショップのフロアや売り場ごとの音声情報を入れ、より臨場感あふれるサイトを提供できる技術も開発。3月から本格的に提供を始める。
ネット通販の導線はパソコンからスマホ・タブレット端末へと大きく移行する――。そのうねりが来る前に「すでにここまでできるんだ」という技術力を、青木はいち早く、アジアにアピールしておきたかった。電子教科書やガイドブックなどにもパノプラザの需要は見込める。
「プレゼンでは、iPadを利用して視覚に訴えたので、大きなインパクトを与えることができた。高級デパートや観光地案内にも使えると現地投資家から声がかかった。端末の普及や通信インフラが進む日本で技術力を蓄え、アジアで一気に広げていきたい」。青木はこう振り返る。
試される日本のネット企業の底力
カディンチェのターゲットは、LINEや7notesなどの「BtoC」市場とは違い、企業を相手とした「BtoB」市場。しかし、スマホ・タブレット端末上でのBtoCが盛り上がるほど、その裏を支えるBtoBにも大きなビジネスチャンスが広がる。カディンチェにとっての海外展開はまだこれからだが、青木は「3年以内にシンガポールやインドネシア、マレーシア、中国などで20社との契約を取りたい」と期待を込める。シンガポールでの経験は、その大きな一歩となった。
スマホやタブレット端末向けのアプリやコンテンツは、アップストアやアンドロイドマーケットという世界共通の基盤で流通している。審査がアンドロイドよりも厳しいとされるアップルのiOSでは、アプリやコンテンツの審査が下りないといったリスクもつきまとう。
しかし、そのリスクを補って余りあるチャンスが、その向こうの何億台というスマホやタブレット端末に広がっているのも事実。今度こそ、この大波に乗って大海原へとこぎ出せるか。日本のネット企業にとっての剣が峰となる1年が始まった。
(電子報道部 井上理、杉原梓)
関連企業・業界