音楽のある光景 (8) 箱根八里 (その1) しろばんば
私の好きな芦川いずみが出演している映画も多く、毎週のように彼女の作品を観ている。
先週は「しろばんば」(1962)を観た。
井上靖の自伝的小説が原作だ。
伊豆の山村で育つ洪作少年の視点で物語は進む。
洪作は9歳ぐらいの小学生だが、家庭の事情で母親(渡辺美佐子)とは別に住んでいる。
不遇な洪作のささえとなるのが、叔母で小学校の教員をしているさき子(芦川いずみ)だ。
美人で正義感が強く善良で優しいさき子は、これまで見た芦川いずみの中で最も魅力的だ。
この映画の中で「箱根八里」は重要な要素になっている。
さき子は、小学校で子供たちに「箱根八里」を教える。
山村を子供たちが歌いながら歩くシーンは、「二十四の瞳」と並び我々の郷愁を呼び起こす。
やがてさき子は結核を患う。
洪作が会いに行くが、さき子は感染を恐れて部屋に入れない。
廊下に座り込んだ洪作は「箱根八里」を歌い出す。
部屋の中からさき子が唱和する。
勇壮な歌詞は二人をはげまし、気持ちを通じさせる。
箱根の山は、天下の嶮
函谷關も ものならず
萬丈の山、千仞の谷
前に聳(そび)え、後方(しりへ)にささふ
雲は山を巡り、霧は谷を閉ざす
昼猶闇(ひるなほくら)き杉の並木
羊腸の小徑は苔滑らか
一夫關に当たるや、萬夫も開くなし
天下に旅する剛氣の武士(もののふ)
大刀腰に足駄がけ
八里の碞根(いはね)踏みならす、
かくこそありしか、往時の武士
映画の最後、さき子の死を聞かされた子供たちは、
「箱根八里」を歌いながら天城トンネルを目指す。
歯を食いしばって山道を歩く子供たちの姿は、
映画を観るものに在りし日のさき子を思い出させる。
今回初めて見た滝沢英輔という監督の作品だが、
なかなかの名演出だったと思う。
私は洪作と同じ年頃に「箱根八里」を父に教えてもらった。
そのことを思い出したが、その話は次回。