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ミネルヴァ・エルヴァ17


 ポゼストラブは顔に相変わらずの笑みをたたえながら、外を眺めていた。

 「攻撃はいつ開始しますか?」と部下が聞いた。

 「まだそのままにしておきたまえ。耐久力を見てみたいのでね…」とそれに答えた。サングラスの向こうにある彼の目は、その興奮を隠し切れていなかった。

 「どうだね?」と傍らにいたアルバートにポゼストラブは尋ねた。

 「どうですかね…」一体何について「どうだね?」と聞かれたのが理解出来なかったアルバートは言葉をつまらせた。

 船室の窓から見えるその巨鳥は、猛禽のようにタンカーの周囲を滑空していた。辺りには散り散りに飛ぶ5機飛行機が、正体不明の巨大な飛行物体の出方を伺っているようで、攻撃もせずに間合いを取るような飛び方から、彼らの警戒心が伝わってきた。

 「これはファルコンのテストであると同時に、君は忠誠心を試される。」再び、ポゼストラブは謎めいた物言いをしながらアルバートに向いた。アルバートはこの不可解な彼の言葉に困惑した。その言葉に苦笑いで変えそうと表情筋を動かし始めたその時、ポゼストラブは「あの飛行機部隊は、ゴーストパック。君の友人だ。」と言った。

 その言葉にアルバートは唖然とした。窓にかけより、よく飛行機を確認しようとしたが、高速で飛ぶそれらを仔細に見ることが出来なかった。

 ポゼストラブに振り返ると「実験を中断して下さい!!」と叫んだ。

 陰険な笑みがさらに陰険さを帯びると、ポゼストラブは「私は君に多大なる期待をしているのだよ。」と言った。

 「訳の分からないことを言わないで下さい!!すぐに中断して下さい!!」

 しばらく、アルバートはポゼストラブの顔を凝視した。しかし、自分の望みを聞き入れる可能性が皆無と分かるや、巨鳥ファルコンをコントロールするためのコンピューターの前に立った。帰投命令を指示すれば、アスラン達は助かるかもしれない。
 
 アルバートは、指先でキーボードを叩いた。だが、パスワードによってロックされたコンピューターの画面は一向に変化しなかった。
 「パスワードを!!パスワードは何ですか!?」

 「君は今、何をしているのか分からないのだよ。だから、許そう。きっと辛いことであろう。だが、いずれはそれが愚かなことだったと笑える日が来る。我々は未来について考えようではないか…」

 ポゼストラブは、アルバートの肩を叩いた。

 アルバートは懐から拳銃を抜いた。そしてポゼストラブにその銃口を向けた。周囲のポゼストラブの部下や護衛兵たちも銃をアルバートに向けて構えた。

 ポゼストラブは落ち着き払った様子で「それが、君の選んだ答えか」と言った。

 「今すぐ中止命令を出して下さい。」アルバートは銃の安全装置を外した。

 「私の許容は神よりも無限であり寛大だ。しかして、この物質世界は有限にまみれている。時間というファクターもまたかくの如く無情で、そして残酷なものだ。かくて私の主義にもいささかの配慮などしないものなのだよ。」

 ポゼストラブはそう言うと、アルバートの顔をしばらく見つめ「これを以て、解任。」と言った。

 アルバートを取り囲んでいた護衛兵達はその言葉の直後に、銃の引き金を引いた。そして、数発の銃声が鳴り止むと、アルバートは船室の床に倒れた。


 アスランは巨鳥の後方に位置を取った。レーダーに映っているところから察するにステルス性能は無いようだった。

 巨鳥の尻をロックオンすると、ミサイルを発射した。ミサイルは巨鳥の尾に向かって突き進み、接触と同時に爆発したようだった。

 ミサイルは命中したかに見えたのだが、巨鳥の尾はキズ一つ付いていなかった。巨鳥は長い首をもたげ、アスランのいる後ろの方向へと向いた。

 瞬時に危険を察知したアスランは、急降下し巨鳥の頭の死角へと入った。丁度、巨鳥の真横からサイモンが機関砲を乱射しながら飛んで来た。

 その機関砲は巨鳥の体に火花を無数に咲かせたが、その跡に損傷部分は見当たらなかった。

 「ミサイルもヴァルカンも効いてないようだ。」とアスランは長く巨大な翼を広げた鳥を、キャノピーの向こうに見上げながら言った。

 その言葉を聞くやサイモンは急旋回し、再び機関砲を発射しながら鳥の真横に襲いかかった。その荒くそして雑な飛び方から察するに、彼はこの状況に躍起なっているようだった。

 鳥は頭を真横に向け、サイモンを見つめた。そして、その頭から生えるクチバシが開き、そこから強烈な光を吐きだした。
真っ向からその光を浴びたサイモンの機体は、次の瞬間には跡形も無く消え去っていた。

 「隊長!! サイモンが蒸発した!!俺、見ました。蒸発しました!!」クリスが無線越しに叫んだ。

 「ばかな!!」

 「隊長、どうします!?」

 「だめだ。俺らじゃ太刀打ちできん。こんな化け物、撃ち落とせん!!」

 「駆逐艦はどこっすか!?」

 「分からん。」

 鳥は優雅に弧を描きながら旋回し、その先を飛んでいるボッシュを見つけた。

 「ボッシュ!!かわせ!!」

 ボッシュはエンジン出力を最大にした。雷鳴のような音を轟かせ、機体のジェット噴射口は空気の壁に衝撃波を叩きつけた。

 その音とほぼ同時に、鳥はその消滅光線を吐きだし、音速で飛ぶボッシュの機体に斜めに当てた。

 胴体にポッカリと穴の空いた機体は、音速の惰力がついたままであり、高速で距離をのばしながら、放物線を描くかのように海面に衝突した。海は突撃してくる無礼な客人を好まないようで、ことさらに音速の来訪者には海面という門を硬く閉ざした。

 ネプチューンの統べる海中の王国を拒絶されたボッシュの機体は粉々に砕け散り、コクピットの中のボッシュもまた四方八方に破裂した。

 「二人も殺られました!!隊長、作戦は失敗です。撤退しましょう!!」とキースは叫んだ。

 鳥は急上昇し、宙返りしてアスランの後ろを取った。

 「隊長、逃げろ!!」クリスは機関砲を撃ちながら、鳥に向かった。

 その時 「急降下して脱出…」アスランの頭に、再びあの若い女の声が響いた。アスランは無意識にその言葉の通りに急降下して脱出装置のレバーを引いた。

 操縦席と共にアスランが機体から離れた直後、機体の後方部分に鳥の照射した光が直撃した

 アスランの背中は急に燃えるように発熱した。そして全身の神経に激痛と、快感が縦横無尽に走り回り、体中の体液が泡立った。手足は弛緩しながら痙攣し、破裂しそうな程の圧力が内側から膨らみ上がった。そして、理由の分からぬ情熱と歓喜、怒り、悲しみが激しく湧き上がった。

 パラシュートが開き、ゆっくりと海面に落ち行く頃には、それの全ては静かに治まってはいたが、その意識は朦朧とし、半ば気絶状態で着水した。

 覆い被さったパラシュートから、緩慢な動きで這い出ると、上空では最後に残った一機の飛行機が鳥の吐く光を何とか避けていた。恐らくキースであろう。

 アスランはその機に向かって叫ぼうとしたが、弛緩した体を海面に浮かべるのが精一杯だった。口を大きく開くと、塩辛い海水が口の中に入ってきた。反射的にそれを吐き出すと、全身全霊がそちらの方に集中し、水に浮かぶバランスがいとも簡単に崩れた。

 鼻から空気の泡を出しながら海中へと沈んでいったアスランは、自分の命運もここで尽きたことを感じた。

 自分の目の前の世界はこうして終わりゆく、だが兵士が一人死んだだけに過ぎない事なのだ。自分は空軍の兵士で、戦闘機のパイロットで、そして自分にも人生があった。だが、一人の男が撃墜され、そして海中へと沈むだけのこと、一千万もの戦死者の一人でしかない。大したことじゃないとアスランはいまわの際にそう思った。

ミネルヴァ・エルヴァ16

 アスランは居住ブロックの談話スペースでテレビを見ていた。先日の作戦で失った自機の代わりに海軍から同一の機種の戦闘機が自分に回され、整備の完了を待っていたのだ。
本来ならば、自分の使いやすい様に改造を加えたい所ではあったが、この航空母艦には生憎とその希望通りに作業をしようとする整備兵もおらず、またこの戦時の状況下でいつ緊急発進させられるかも分からなかったため、最低限のメンテナスで妥協することとした。

 アスラン自身、カスタマイズの間に合わない分はカバー出来るだけの腕前はあるつもりであった。
 クッションがやせこけて骨組みの金属が尻にゴツゴツあたる上、長い年月の酷使に耐えかねた背もたれにはもはや弾力はなく、どこまでも沈んでいく簡易的なソファに座っていると、後ろからスラップが声をかけてきた。
 「メンテナンスは終わったようだ。試運転もせずに急な話なのだが出撃命令だ。」
 アスランはななめに振り向いてスラップの顔を見上げると、体の痛くなるソファから立ち上がった。


 先日のこの空母への着任以降、アスランは居住ブロックの自室にいるよりも、ブリーフィング・ルームにいる時間のほうがはるかに長いかも知れない。今もまた、この部屋にいた。
 「緊急事態でな。すぐにでも飛んでもらいたい。」

 「何事です?」

 「我が国の国防技研の暴走だ。まだ開発段階の戦闘機3機を偽装タンカーに積み込んで、ゼルバム沖を目指して航行しているそうだ。」

 「実戦データを取るためでしょう?大して問題があるようには思えませんがね。」
 「いや、問題は飛行機ではない。開発チームのリーダーだ。動機については今のところ捜査中なのだが、技研上層部の許可を待たずに、この開発中の戦闘機を持ち出したようだ。物もカバンに入るような大きさではないし、偽装タンカーも用意していたとなると、関わっている人間の数も多ければ、随分前から用意周到に計画されていたのだろう。単に実戦データを得るためのフライングならともかくとして、そうではない可能性もあるんだ。」

 「といいますと?」

 「開発チームのメンバーの中にヴァルツの工作員と思われる人物と接触を持っている人間がいた。混乱するゼルバムを経路にヴァルツにこれを持ち込むつもりかも知れない。そこで、君達にはこの戦闘機を全機破壊してもらいたい。この飛行機は開発途中とはいえ、どんな挙動を示すかは今のところ未知数だ。だが、どんな性能を発揮しようともこれを完全に破壊する必要がある。これをやってのけるのは君達しかいないだろう。」

 「機密保持のためでもあるのでしょう?」

 「今回はそう言っている場合ではない。すでに海軍の駆逐艦が2隻、現場に向かっている。もちろん、戦闘機の具体的な性能や技術については明かされてはいないが、我が国の飛行機が敵国に持ち出される可能性がある。」

 「了解しました。ですが、飛び立つ前の飛行機を空から攻撃できるならばいいんですがね、実際問題、その飛行機と空中戦になるかもしれません。拿捕や撃沈されるよりは、ヴァルツまで飛ばしてしまえってね。無論、そのタンカーに飛行甲板があればの話しですが。その飛行機の性能やデータを少しでも教えてくれませんか?」

 「今の段階で私が知っているのは、その飛行機は戦闘と攻撃両方の運用を目指して開発されていること、飛行甲板の話しだがこれは滑走路を必要としない垂直離着陸機であること、の2点だけだ。その他の事については分かり次第、随時連絡する。」

 「了解しました。」アスランはそう言うと、ブリーフィング・ルームを出た。


 「隊長。どうも、俺は解せないですんがね。」操縦桿を握りながら、クリスが言った。

 「何がだ?」とアスランは返した。

 「国防技研っすよ。ヴァルツの回し者とコンタクトしてた奴がいたって話しです。そこまで給料が安いとは思えませんがね。」

 「つまりは?」

 「ヴァルツ野郎共に買収されるような奴は、技研になんかいない気がするんすよ。」

 「人はそれぞれ、だろうぜ。俺らはお上の言うとおりに動くだけだ。拳銃は持ち主にあれやこれや口を挟まないもんだぜ。」

 「そりゃそうですがね。ただ、関係あるかどうかは分からないんすけれどね…。」

 「何だ?」

 「最近に妙に気になるんすよ。何て言うか…。覚えてます?この戦争が始まる前に始末した脱走兵のことを。」

 「ああ、覚えてる。」

 「あれとこの間のテンショー人のパイロット、このゼルバムの戦争。何だか繋がってるような気がして。」

 「どのあたりがだ?」

 「いや、詳しくは説明できないですよ。ですがね、どうもこれら全部、一つの何かに繋がっているように思うんです。今、俺達が向かっているタンカーも同じに匂いがするんすよ。」

 「なるほどな。だが、追求したところで何になる?」

 「いえ、追求しようとは思いませんよ。そう見えてしょうがないんすよ。正直。」

 「私もそう思っていましたよ。」とボッシュが割り込んできた。

 「そうか。お前さんはこれをどう読む?」とアスランが返した。

 「まだ、判断するには材料が足りないんですがね。でもあえて言うなら、それぞれが別の駒なんですよ。ポーンだったりナイトだったりね。んで、それらが味方同士かというとそればかりじゃない。色んな勢力や立場があるんでしょうな。ですが、チェス盤は同じなんですよ。そう簡単には見えてこない、もっと大きな同一のフィールドに立っているじゃないですかね。私はそう感じますよ。」

 「フィールド?バトル・フィールドはこのゼルバムだぜ?」

 「いえ、この戦争も駒の一つに過ぎません。駒ともいえるし手段とも言えますな。もっと根の深い所にあるフィールドですよ。」

 「長い話しになりそうだな。それは帰ってからゆっくり聞かせてもらおう。そろそろタンカーが見えてくる。みんな抜かるなよ。」
アスランはレーダーを見ながらそう言った。前方には海原に一つの点となったタンカーが見えていた。

 「駆逐艦はどこですかね?2隻いるんでしょう?」とサイモンが言った。

 「見当たらないな。まさか、撃沈したか?」とキースが辺りを見回した。そして、再びタンカーに目をやると、異変に気付いた。

 「隊長、タンカーのデッキが開いてます!!」キースはアスランに言った。

 「例の新兵器だろう。来るぞ。」アスランは強く操縦桿を握った。
 デッキが開ききったタンカーの中から、ゆっくりとその新兵器が見えてきた。折りたたまれた翼が開かれると、それは羽ばたきながら上空へと躍り出てきた。

 「何だ?あれ、マジで飛行機ですか?」キースは狼狽した。
 
 「なんだ?固定翼じゃないのかよ。羽ばたいてる…」クリスも驚きを隠せないでいた。
その新兵器は一度、アスラン達から離れると急旋回をして彼らに向かって羽ばたき始めた。

 「なんだこれは…。まるで鳥だ…。」ボッシュは言葉を失った。

 「鳥」というボッシュの言葉にアスランは、はっとした。友人のアルバートの「バード・ストライク」の言葉を思い出したのだ。飛行機に鳥が衝突する事故「バード・ストライク」、今アスランはアルバートの言った言葉の意味が分かったのだ。バード(鳥)ストライク(攻撃)だったのだ。

 「全機、散開しろ!!!!」
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Author:moz84
Screamerと牛頭鬼八です。岩手県に生まれ、とりあえず生きてます。

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