ポゼストラブは顔に相変わらずの笑みをたたえながら、外を眺めていた。
「攻撃はいつ開始しますか?」と部下が聞いた。
「まだそのままにしておきたまえ。耐久力を見てみたいのでね…」とそれに答えた。サングラスの向こうにある彼の目は、その興奮を隠し切れていなかった。
「どうだね?」と傍らにいたアルバートにポゼストラブは尋ねた。
「どうですかね…」一体何について「どうだね?」と聞かれたのが理解出来なかったアルバートは言葉をつまらせた。
船室の窓から見えるその巨鳥は、猛禽のようにタンカーの周囲を滑空していた。辺りには散り散りに飛ぶ5機飛行機が、正体不明の巨大な飛行物体の出方を伺っているようで、攻撃もせずに間合いを取るような飛び方から、彼らの警戒心が伝わってきた。
「これはファルコンのテストであると同時に、君は忠誠心を試される。」再び、ポゼストラブは謎めいた物言いをしながらアルバートに向いた。アルバートはこの不可解な彼の言葉に困惑した。その言葉に苦笑いで変えそうと表情筋を動かし始めたその時、ポゼストラブは「あの飛行機部隊は、ゴーストパック。君の友人だ。」と言った。
その言葉にアルバートは唖然とした。窓にかけより、よく飛行機を確認しようとしたが、高速で飛ぶそれらを仔細に見ることが出来なかった。
ポゼストラブに振り返ると「実験を中断して下さい!!」と叫んだ。
陰険な笑みがさらに陰険さを帯びると、ポゼストラブは「私は君に多大なる期待をしているのだよ。」と言った。
「訳の分からないことを言わないで下さい!!すぐに中断して下さい!!」
しばらく、アルバートはポゼストラブの顔を凝視した。しかし、自分の望みを聞き入れる可能性が皆無と分かるや、巨鳥ファルコンをコントロールするためのコンピューターの前に立った。帰投命令を指示すれば、アスラン達は助かるかもしれない。
アルバートは、指先でキーボードを叩いた。だが、パスワードによってロックされたコンピューターの画面は一向に変化しなかった。
「パスワードを!!パスワードは何ですか!?」
「君は今、何をしているのか分からないのだよ。だから、許そう。きっと辛いことであろう。だが、いずれはそれが愚かなことだったと笑える日が来る。我々は未来について考えようではないか…」
ポゼストラブは、アルバートの肩を叩いた。
アルバートは懐から拳銃を抜いた。そしてポゼストラブにその銃口を向けた。周囲のポゼストラブの部下や護衛兵たちも銃をアルバートに向けて構えた。
ポゼストラブは落ち着き払った様子で「それが、君の選んだ答えか」と言った。
「今すぐ中止命令を出して下さい。」アルバートは銃の安全装置を外した。
「私の許容は神よりも無限であり寛大だ。しかして、この物質世界は有限にまみれている。時間というファクターもまたかくの如く無情で、そして残酷なものだ。かくて私の主義にもいささかの配慮などしないものなのだよ。」
ポゼストラブはそう言うと、アルバートの顔をしばらく見つめ「これを以て、解任。」と言った。
アルバートを取り囲んでいた護衛兵達はその言葉の直後に、銃の引き金を引いた。そして、数発の銃声が鳴り止むと、アルバートは船室の床に倒れた。
アスランは巨鳥の後方に位置を取った。レーダーに映っているところから察するにステルス性能は無いようだった。
巨鳥の尻をロックオンすると、ミサイルを発射した。ミサイルは巨鳥の尾に向かって突き進み、接触と同時に爆発したようだった。
ミサイルは命中したかに見えたのだが、巨鳥の尾はキズ一つ付いていなかった。巨鳥は長い首をもたげ、アスランのいる後ろの方向へと向いた。
瞬時に危険を察知したアスランは、急降下し巨鳥の頭の死角へと入った。丁度、巨鳥の真横からサイモンが機関砲を乱射しながら飛んで来た。
その機関砲は巨鳥の体に火花を無数に咲かせたが、その跡に損傷部分は見当たらなかった。
「ミサイルもヴァルカンも効いてないようだ。」とアスランは長く巨大な翼を広げた鳥を、キャノピーの向こうに見上げながら言った。
その言葉を聞くやサイモンは急旋回し、再び機関砲を発射しながら鳥の真横に襲いかかった。その荒くそして雑な飛び方から察するに、彼はこの状況に躍起なっているようだった。
鳥は頭を真横に向け、サイモンを見つめた。そして、その頭から生えるクチバシが開き、そこから強烈な光を吐きだした。
真っ向からその光を浴びたサイモンの機体は、次の瞬間には跡形も無く消え去っていた。
「隊長!! サイモンが蒸発した!!俺、見ました。蒸発しました!!」クリスが無線越しに叫んだ。
「ばかな!!」
「隊長、どうします!?」
「だめだ。俺らじゃ太刀打ちできん。こんな化け物、撃ち落とせん!!」
「駆逐艦はどこっすか!?」
「分からん。」
鳥は優雅に弧を描きながら旋回し、その先を飛んでいるボッシュを見つけた。
「ボッシュ!!かわせ!!」
ボッシュはエンジン出力を最大にした。雷鳴のような音を轟かせ、機体のジェット噴射口は空気の壁に衝撃波を叩きつけた。
その音とほぼ同時に、鳥はその消滅光線を吐きだし、音速で飛ぶボッシュの機体に斜めに当てた。
胴体にポッカリと穴の空いた機体は、音速の惰力がついたままであり、高速で距離をのばしながら、放物線を描くかのように海面に衝突した。海は突撃してくる無礼な客人を好まないようで、ことさらに音速の来訪者には海面という門を硬く閉ざした。
ネプチューンの統べる海中の王国を拒絶されたボッシュの機体は粉々に砕け散り、コクピットの中のボッシュもまた四方八方に破裂した。
「二人も殺られました!!隊長、作戦は失敗です。撤退しましょう!!」とキースは叫んだ。
鳥は急上昇し、宙返りしてアスランの後ろを取った。
「隊長、逃げろ!!」クリスは機関砲を撃ちながら、鳥に向かった。
その時 「急降下して脱出…」アスランの頭に、再びあの若い女の声が響いた。アスランは無意識にその言葉の通りに急降下して脱出装置のレバーを引いた。
操縦席と共にアスランが機体から離れた直後、機体の後方部分に鳥の照射した光が直撃した
アスランの背中は急に燃えるように発熱した。そして全身の神経に激痛と、快感が縦横無尽に走り回り、体中の体液が泡立った。手足は弛緩しながら痙攣し、破裂しそうな程の圧力が内側から膨らみ上がった。そして、理由の分からぬ情熱と歓喜、怒り、悲しみが激しく湧き上がった。
パラシュートが開き、ゆっくりと海面に落ち行く頃には、それの全ては静かに治まってはいたが、その意識は朦朧とし、半ば気絶状態で着水した。
覆い被さったパラシュートから、緩慢な動きで這い出ると、上空では最後に残った一機の飛行機が鳥の吐く光を何とか避けていた。恐らくキースであろう。
アスランはその機に向かって叫ぼうとしたが、弛緩した体を海面に浮かべるのが精一杯だった。口を大きく開くと、塩辛い海水が口の中に入ってきた。反射的にそれを吐き出すと、全身全霊がそちらの方に集中し、水に浮かぶバランスがいとも簡単に崩れた。
鼻から空気の泡を出しながら海中へと沈んでいったアスランは、自分の命運もここで尽きたことを感じた。
自分の目の前の世界はこうして終わりゆく、だが兵士が一人死んだだけに過ぎない事なのだ。自分は空軍の兵士で、戦闘機のパイロットで、そして自分にも人生があった。だが、一人の男が撃墜され、そして海中へと沈むだけのこと、一千万もの戦死者の一人でしかない。大したことじゃないとアスランはいまわの際にそう思った。