能面の男はゆっくりと刀を振りかざしながら、たどたどしい足取りで日ノ内へと向かって来た。
何発もゴム弾を撃っても撃退できないことを知った日ノ内は、薄暗いフロアを駆け出した。
非常灯の明かりに自分を晒さぬように、なるべく暗いところを選んで婦人服売り場を身をかがめながら、駆け抜けた。
婦人服売り場を抜けた先に雑貨店のテナントがあった。
日ノ内は滑り込むように雑貨店に入ると、そのレジカウンターに銃を構えたまま息を潜めた。
刀が床に何度もぶつかる音を立てながら、能面の男の足音が近づいてきた。
能面の男はフロアの暗さに日ノ内の姿を見失ったらしく、辺りを見回しながら歩いていた。
能面の男との距離が大分離れた所で、日ノ内は男の後ろに回ってエスカレーターまで走ろうと、静かに立ち上がった瞬間、4階フロアの電灯が一斉についた。
さっきの2階と同様に売り場全体が明るくなり、能面男が日ノ内を見つけた。
日ノ内はゴム弾を発射すると、エスカレーターまで一気に走り、階下の薄暗い3階を経て明るい2階へと下りていった。
「斉藤君」日ノ内は周囲に警戒しながら無線を入れた。
「はい?今どこです?」
「今、2階にいる。ちょっとややこしい奴がいるぞ。」
「誰かいました?」
「ああ、死人かどうかは分からないが、エライのがいやがった。能面をかぶって、日本刀振り回してる奴が襲ってきた。」
「ええ?! 怪我は?」
「今のところは大丈夫だが、こいつは厄介だぜ。外の様子はどうだ?」
「外はもう、死人がかなりこのデパートに来てますね。ヒノさん今2階でしょ?もっと上の階に行ったほうがいいですよ。」
「いや、上の階にその能面野郎がいるんだよ。どうしたもんかな…。」
「非常階段か何かないですか?」
「あると思うが…あった。よし、とりあえず行ってみよう。」
「マジで気をつけてください。」
日ノ内は無線を切ると、緑色に光る「非常口」のドアへと向かった。
エスカレーターの上から、能面男が下りてきた。
しかし、またエスカレーターの下からも死人達が数人、2階のほうへと上って来た。
能面の男は刀を振り、階下から上がってくる死人達を切りかかった。
非常口のドアの前で、その様子を伺っていた日ノ内は「何なんだ…一体…」と呟き、非常口のドアを静かに開けた。
能面の男はゆっくりと刀を振りかざしながら、たどたどしい足取りで日ノ内へと向かって来た。
何発もゴム弾を撃っても撃退できないことを知った日ノ内は、薄暗いフロアを駆け出した。
非常灯の明かりに自分を晒さぬように、なるべく暗いところを選んで婦人服売り場を身をかがめながら、駆け抜けた。婦人服売り場を抜けた先に雑貨店のテナントがあった。
日ノ内は滑り込むように雑貨店に入ると、そのレジカウンターに銃を構えたまま息を潜めた。
刀が床に何度もぶつかる音を立てながら、能面の男の足音が近づいてきた。
能面の男はフロアの暗さに日ノ内の姿を見失ったらしく、辺りを見回しながら歩いていた。
能面の男との距離が大分離れた所で、日ノ内は男の後ろに回ってエスカレーターまで走ろうと、静かに立ち上がった瞬間、4階フロアの電灯が一斉についた。
さっきの2階と同様に売り場全体が明るくなり、能面男が日ノ内を見つけた。
日ノ内はゴム弾を発射すると、エスカレーターまで一気に走り、階下の薄暗い3階を経て明るい2階へと下りていった。
「斉藤君」日ノ内は周囲に警戒しながら無線を入れた。
「はい?今どこです?」
「今、2階にいる。ちょっとややこしい奴がいるぞ。」
「誰かいました?」
「ああ、死人かどうかは分からないが、エライのがいやがった。能面をかぶって、日本刀振り回してる奴が襲ってきた。」
「ええ?! 怪我は?」
「今のところは大丈夫だが、こいつは厄介だぜ。外の様子はどうだ?」
「外はもう、死人がかなりこのデパートに来てますね。ヒノさん今2階でしょ?もっと上の階に行ったほうがいいですよ。」
「いや、上の階にその能面野郎がいるんだよ。どうしたもんかな…。」
「非常階段か何かないですか?」
「あると思うが…あった。よし、とりあえず行ってみよう。」
「マジで気をつけてください。」
日ノ内は無線を切ると、緑色に光る「非常口」のドアへと向かった。
エスカレーターの上から、能面男が下りてきた。しかし、またエスカレーターの下からも死人達が数人、2階のほうへと上って来た。
能面の男は刀を振り、階下から上がってくる死人達を切りかかった。
非常口のドアの前で、その様子を伺っていた日ノ内は「何なんだ…一体…」と呟き、非常口のドアを静かに開けた。
買い物カートとアルコール類の入ったカゴを二人で持ち上げながら、暗いエスカレーターを上りきった時、日ノ内は「あ、そうだ…!!」と何か思い出した。
「あの子の服、取って来てやらんと」
「ああ、そうでしたね。」
「う~ん、ちょっと探して来るから先に駐車場に行っててくれ。」
「分かりました。」
斉藤は買い物カートとカゴを持って、萌達の待つ駐車場へと行った。
日ノ内は暗いエスカレーターを2階に上がった。
さっきの地下よりはいくらか明るいフロアを見回した。女性物の服屋を探すには、それほどかからなかった。
とりあえず、デニムのパンツと上着を適当に取った。
その時、デパートの2階全体が明るくなった。
日ノ内はあたりを見回すと無線を入れた。
「急に明かりが全部ついた。誰かいるぞ…」
「ええ?」
「まあ、電気をつけるような奴だ。死人ではないと思うが…」
「そうですか…ヒノさん。この女の子なんですが…靴がないんです。」
「え? そうか。じゃあ靴も持って来よう。サイズは?」
「う~ん、話してくれません。」
「そうかぁ。まあいい。とりあえず何か持って来よう。」
日ノ内は3階に上がった。
2階とは違って3階は薄暗いままだった。
非常灯の心細い明かりを頼りに3階のフロアを歩き回ったが靴屋らしいテナントは見当たらなかった。
4階のフロアに上がりエスカレーターの目の前にあるCDショップのテナントの横に靴屋はあった。
4階もまた3階と同様に薄暗く、非常灯の明かりの中でなんとか適当なスニーカーとサンダルを見つけた。
「とりあえず、スニーカーとサンダルをもって行くから」
日ノ内は斉藤に無線を入れた。
「はい。それと…」
「どうした?」
「今ちょっと、外を見たんですが…デパートの看板の電気がついてるんです。」
「んで?」
「まだ、分からないんですが…死人がデパートに向かってきてる感じです。人の影がまだ、遠いんですが…集まり出してます。」
「そうか…ま、分かった。急いで戻ろう。」
「はい、気をつけて。」
日ノ内は急ぎ足でエスカレーターへと向かった。
3階へと下りるエスカレーターに着いた時、階下から誰かが歩いてくる足音が聞こえた。その足音はゆっくりとエスカレーターを上り始めたようだった。
「誰ですか?」
日ノ内は声をかけたが返事は無かった。
「チッ、もう嗅ぎ付けてきやがったか…」
服や靴の入ったカゴに腕を通すと、ゴム弾銃をかまえた。
「返事をしないなら、撃つぞ。今ならまだ勘弁してやろう。」
やはりは返事は無かった。
その人影は薄暗いエスカレーターをどんどんと上り、4階に差し掛かったあたりで非常灯の弱い明かりにその姿が照らし出された。
それは顔に能面をかぶり、手に持った日本刀をひきずった男だった。
その姿を見た瞬間、その人物がSNRかそうでないかは別としても、異常であることに間違いはないと感じた日ノ内は、躊躇することなくゴム弾銃を発砲した。
その男は「グアッ」と呻きながら床に転んだが、数秒もたたぬうちに顔を上げ、再びこちらにに向かって歩き出した。
日ノ内はさらにゴム弾を発射した。
「とりあえず、中へ入ろう。萌。その子に一緒に行こうと言ってくれ。」
日ノ内は萌に言った。
萌は少女に「ここはもう暗いから、一緒に行こぉ。」と言ったが、少女は頑なな態度でそれを拒んだ。
「…いや…」少女は初めて、口を開いた。
「どしてぇ?」
「…行きたくない…」
「中で何かあったのぉ?」
「……」
少女は再び、膝に顔をうずめた。
「ヒノさん、行きたくないみたい。私はこの子と待ってるからぁ、食べ物あったら持って来て下さぁい。」
「そうか…まあ、せめて車の中で待っていてくれ。それと…」
日ノ内は高内に向き直って、「高内君、君は二人と居てやってくれ。俺と斎藤君で行って来る。食い物があるかどうか…分からないがね…。一応、無線は一つ置いていくから。」
「分かったス。」高内は無線を受け取った。
「じゃあ、頼むよ。」
日ノ内は斉藤と一緒にデパートの入り口へと向かった。
デパートの入り口の窓のガラスは叩き割られているようだった。
「どうやら、先客がいたらしいな。」日ノ内は斉藤に言った。
「まだ、残ってますかね?」
「さてなあ。でも、あの女の子…このデパートに行きたくないって言ってたなあ。」
「う~ん。まあ、あんなパンツ丸出しですから…。あまり立って歩き回るのが嫌なんでしょうね。」
「ああ、言われてみればそうだよな。全く俺は…デリカシーとやらのかけらもないもんだな。まあ、何か洋服でもあったら持って行ってやろう。いつまでもあんな格好…させとくわけにはいかないしな。」
二人はガラスの割れたドアからデパートへと入った。
中は薄暗い所が多かったが、所々に小さな電灯や非常灯が灯っていた。
「さすがに暗いですね。」
「まあ、構造的に売り場ってのは建物の内側に設けれるからな。外側はバックヤードになってんだ。明かりを取るような窓も売り場には少ないだろうからな。昼間も電気がついてなきゃ、こんなもんよ。」
「食料品はどこでしょうかね?」
「まあ、地下じゃないかな?地上階にあるのはあまり見たことがないな。」
日ノ内が言うように1階のフロアにはそれらしい雰囲気はなかった。あるのは化粧品やバッグ、アクセサリーのテナント位だった。
「エスカレーターですよ。」斉藤が地階から伸びているエスカレーターを指差した。
「多分、食料品はそこかな?行ってみよう。」
二人は暗いエスカレーターをゆっくりと下りた。
エスカレーターを下りてすぐ、目の前にパン屋が飛び込んできた。
「おお!! パン屋だぞ。」
薄明かりの中、パン屋の中へと入って行った。
そのパン屋で焼かれたらしいパンは前の日に引き上げられたらしく、残っていたのは袋に詰められた食パンとロールパンが並べられていた。
「パンだぜ。斉藤君。」
「ええ、こっちも見てくださいよ。ジャムです。」斉藤は地元産のジャムを手に取った。
「イチゴとブルーベリーとマーマレードですよ。」
「とりあえず、一つずつ持っていこうぜ…ところで…」
「はい?」
「マーマレードなんて、こっちでミカンなんか成ってるのか?」
「さあ、分かりません。」
「俺は、リンゴ農園しか見たことがないが。」
「どうでしたっけ?あまり、気をつけて見てないので…」
「まあ、そうだよなぁ。」
日ノ内はそう言いながら、ロールパンと食パンを二つずつ抱えた。
「買い物カゴが欲しいな。」
「マーケットのほうに行けば多分ありますよ。」
二人は薄暗いデパートの地下をマーケットを探して歩いた。
「しかし、手付かずですね。ここは」
「ああ、そうだな。今までどこもかしこも食料品はなかったからな…」
「そうだ…ヒノさん、あいつらに無線入れないと」
「おお。そうだな。」
日ノ内は無線で高内を呼び出した。
「高内君。聞こえるか?」
「あ、ハイ。聞こえます。」
「まだ、全部は見てないがこっちは食料品がまだあるようだ。」
「マジすか?」
「ああ、あらかた取ったら一旦戻る。それまで、待っててくれ。」
「了解ッス。」
日ノ内が無線を切ると、斉藤が買い物カートに買い物カゴを積んで持ってきた。
「ありました。エスカレーターの裏にありました。」
「よし、これで買い物が出来るってモンだぜ。」
日ノ内はカートを押しながら、マーケットを探した。
薄明かりの中、果物コーナーを見つけることが出来た。日ノ内の目が地産の果物のスペースに止まった。
その「地産果物」の字をよく見た後、その売り場の果物に目をやった。
「斎藤君、やっぱりこっちの方ではミカンは無いみたいだぞ。多分、そのマーマレードの原料は他の県から輸入したもんだぞ…ほら、リンゴとナシぐらいしかないぜ。」
「ヒノさん。そういうのは輸入って言わないですよ。普通。」
「あお、そうか…すまんな。」
「いや、別に謝らなくても…」
日ノ内はリンゴとナシを数個、カゴの中に入れた。
「まあ、なるべくすぐに食べられる物を持って行こう。」
「ええ。」
続いて二人は、菓子のコーナーに行き飴やスナック菓子、チョコレートの類をカゴへと入れた。
「缶詰とハムもあればいいな。」
「じゃあ、俺ハム探してきます。」
斉藤は精肉コーナーを探しに行った。
日ノ内はカートを押しながら、缶詰のコーナーに来た。
しばし、ずらりと並んだ缶詰を眺めると、コンビーフ、オイルサーディン、とうもろこし、桃、パイナップルの缶詰をカゴの中に入れた。
缶詰コーナーを出たあたりで、斉藤が高そうなハムを3つほど抱えて持ってきた。
「普通じゃあ、こんなハム食えないですよ。」
「災い転じてなんとやら。俺らにも段々と運がめぐって来たようだな。」
と言って、二人はアルコールのコーナーへと行った。
「俺はチューハイがいいですね。」
「俺のおごりだ。好きなの取りな。」
日ノ内はウォッカを3本取り出し、アルコールコーナーのすぐそばにあった別なカゴの中に入れ、それを持った。
「後は…そうだ。ジュースと水だな。お茶なんかも持って行こう。」
アルコールコーナーの横にあったジュースコーナーから天然水とサイダー、緑茶のボトルを取り
「とりあえず、こんなもんでいいだろう…」
と言った。
一石市を抜けまた一つ市街地を跳び越して進んだ頃には、日が傾き始めていた。
途中の避難所にも何件か寄ったが、日ノ内の妻の消息は依然として不明だった。
空腹が限界を超えた4人は、何でもいいから腹の中に入れたくなり、道すがらに見つけた片田舎のデパートへと入った。
デパートの駐車場の入り口は、黄色いプラスチックの鎖で封鎖されていたが、日ノ内は車に積んだ工具箱から道具を取り出し、その鎖をあっという間に切断してしまった。
車を2階の駐車場に回すと、駐車場のコンクリートの柱の陰に人影を見つけた。
「なんだろ?誰でしょうね?」と斉藤が言った。
日ノ内はゆっくりと車を注意深く前進させた。
「死人かな?一応、ゴム銃をスタンバイしててくれ。」
日ノ内は車を停車させると、車から下りてみた。
車を下りた日ノ内に続いて、3人もゆっくりと下りてきた。
「誰か、いるのか?」
日ノ内はゆっくりと近づいて行った。
その人影はどうやら柱の陰に座り込んでいるようだった。
耳を澄ましてみれば、小さくひいひいと呼吸しているのが分かった。
屋内の駐車場も薄っすらと暗くなっていた。迂闊に近づいた所をその人影に噛みつかれはしまいかと、日ノ内は一歩踏みしめるごとに警戒を強めていった。
一歩、また一歩と近づくが、日ノ内の歩調は人影に近づくにつれ、ゆっくりとした間隔になっていった。
「誰なんだ? 返事ぐらいしてくれよ。」
その人影はうずくまって、ひいひいと小さく呼吸するばかりであった。
日ノ内が意を決してその人影の前に一気に回りこむと、その人影は顔を背けた。
日ノ内はほっとした。どうやらこれは例のSNRではない。
「あんたぁ、どうした?怪我か?」日ノ内はしゃがみこんだ。
斉藤が車を近づけ、ライトでその人影を照らした。
その明かりのおかげでようやっと、その人影の姿形が見て取れるようになった。
どうやら、それは中学生か高校生くらいの少女のようだった。少女のようだったというのは、顔や体がまだ成熟した大人のそれとは、まだ違っていたからだった。
「学生さんかい?俺ら、赤森から避難してきたんだが、君はどうした?」
少女は何も答えず、膝に顔を隠した。
「おいおい、何があったんだよ…」
よく見てみると、少女の服はあちらこちらが破れていた。そして、てっきりかなり短いショートパンツでも穿いているものと思っていた下半身はズボンやスカートの類は穿いておらず、下着だけを身に付けていた。
それに気付いた日ノ内はあわてて顔を横に向けた。
「ごめん、すまん。知らなかったんだ…」
日ノ内は立ち上がり、萌を呼んだ。
「萌、ちょいと来てくれ…」
駆け足で近づいた萌に日ノ内は「俺じゃあ、ダメだ。死人じゃないことは確かだ。バトンタッチだ。」と言った。
萌がその少女の横にしゃがみ込み、「何したのぉ?」と聞いてみたが、その少女はひいひいと呼吸するばかりで、何も話そうとはしなかった。
それを遠巻きに見ていた斉藤は日ノ内に「死人に襲われそうになったんですかね?」と言った。
「ああ、大方そうじゃないか?見ればまだ子供のようだしな。親とも逸れたんだろうぜ。」と日ノ内はタバコを吸った。
しばらく、萌が気長に話しかけた甲斐があったようで少女は、何も話そうとはしないが萌の「立てるぅ?」の言葉には首を縦にこくりと振った。
それを見て日ノ内はどうやら少女は、少なくとも死人ではない確証を得た。