ラジ・アタは部屋の隅に置いてある電動式の車椅子を押してくると、「ここではなんだ。日の光でも浴びようじゃないか」と言ってアスランの手錠を外した。
一瞬、手錠が外されたタイミングを見計らって、逃走しようかともかんがえたが海にいたのでは逃げようがないなと考え、それを思いとどまった。
ラジ・アタの肩を借り、車椅子に座った。手錠はもう一方の腕にはめられ、両方がつながれる形となった。
「私が押そう。この車椅子はモード切替が3つあってね。完全電動モードとアシストモード、手動モードがあるんだ。」と得意な感じでアスランに言った。
船内の廊下をしばらく渡ると、デッキへと出た。目の前の空は晴れ渡り、その下には碧い海原が広がっていた。
「良い天気だね。」
「この船は何だい?」
「水空両用の戦艦って所だね。」
「戦艦だと?どこの軍だ?」
「国籍は特にこだわらないのがウチのやり方でね。」
「FATGか!?」
「残念ながら、違うよ。協力することも、たまにはあるがね。」
アスランは先の短くなったタバコを海に投げ捨てた。
「君が戦ったあの国防技研の兵器は、ファルコン-ZIZと言ってね。私達はそれを追っていたんだ。丁度、あと少しと言う所で君達が飛んできてね。あの鳥がお出ましになったのさ。」
「ファルコン…知っているのか?あのでかい鳥を」
「ああ、あれは君らにロボットか何かの兵器にしか見えないだろうけれど、厳密にいうと機械ではないんだよ。あれは、生体兵器の一種だ。と、いってもこの星の生物の仕組みとは違う。」
「…何だって…?」アスランは怪訝そうな顔した。
「信じられないかい?それも、仕方ないさ。君達には突飛な話しだろうからね。作り話だと思うのならそれはそれで構わないよ。」
アスランはまた一本、タバコに火を付けた。「じゃあ、あれはなにかい?宇宙人か何かだって事かい?」
「あの兵器のいきさつを話す事情は大昔まで遡る。まだ、地上に恐竜が生きていた時代の事さ。住んでいた惑星を失った生命体、君らが言うところのエイリアンがこの地球に移住してきた。移住と言っても、宇宙船に乗って来るのではなく、転生という手段によってね。」
「それがあの化け物鳥なのか?」
「いや。続けようか。それでね、彼らは比較的知能の高い種の恐竜の子どもとして生まれることを選んだ。そしてそれは親よりも優れた突然変異種だった。まあ、より進化した種とも言えるね。転生の道を選んだのは、現にその星の環境に適応した物質的生命体の形を貰った方が近道だったんだ。自分達の肉体を持ったままの移住だと、その星に適応するまでに多大なコストと時間が掛かりすぎるし、そこまでしたとしても上手くいかずに高い確率で、全滅するリスクがつきまとったためさ。」
「しかし、そいつらが自分達の惑星を失った原因は何だ?」
「戦争さ。戦争で惑星を失ったんだ。これは興味があれば後で話すよ。そして、彼らは変異種同士で交配を繰り返し、この星に適応した肉体を保ちつつも、元来の自分達に近づくために進化のスピードを早めたんだ。最初に変化させたのは寿命だった。
比較的成長の早かった固体を選りすぐり、これらで交配した。寿命を短くすることで成長スピードは格段に早くなって、世代交代のサイクルも早くなった。これによって進化の速度を上げた。そして、生まれたのが地球初の人類型動物だった。
けれど、今の人類とは別なものでね。爬虫類型の人類だ。恐竜人間としておこう。そして、この恐竜人間は自分達の文明を築くのだけれど、およそ今の人類が想像するようなものではなかった。
石器や簡単な道具を作り出してはいたが、これらを使うことは殆どなかった。フルに活用したものは天体を観測して、時間や位置を割り出すための測量器の類いで、刃物や器を殆ど使うことはなかった。
と、いうのは、長い時代を彼らは森林や荒野で狩りをして生きていたために、道具に頼らずとも手や歯だけで事は足りたからだ。
もっぱら、力の弱い個体や年老いた個体が刃物を武器や道具として使うことがあったが、その必要も殆どなかった。彼らの築き上げた社会形態にその理由があってね。彼らの社会は老若男女の関係なしに、獲物を獲れない個体がそうでない個体を扶養する社会だったんだ。
勿論、獲物が獲れない個体は自分に出来る事をやって貢献していたのだけれどね。
強きものが弱きものを助けるのが美徳とされていて、扶養する数の多い個体を持つ者ほど尊ばれた。
この時代にはまだ農耕というのはなかった。大型の草食動物を追って移動する獲得型経済で、土地というものに特別な執着はなかった。農耕と定住という発想がなかったから、道具の発展も非常に限られたものしかなかった。
木の枝や草で編んだ布団のようなもので夜をしのぎ、固定の住居を必要としなかったために建築技術もなかった。ただ、社会形態や知識という形でだけ文明が存在していた。現在の人類のように城壁を築くことがなかったから、他の肉食恐竜の驚異に晒される毎日ではあったのだけれど、彼らの日々は幸福に満ちていた。
彼らは生と死をよく理解していた。そして転生という魂の摂理を覚えていた。だから、さほどに死を恐怖しなかった。それと、元々自分達のいた惑星では、精神的な苦痛があったのだけれど、この地球にいて彼らはそれらを感じることがなかった。のんびりと生きていた。
そんなある日、一人の恐竜人間が天体観測をしていると、夜空に見慣れない小さな光を見つけた。彼らはその光にフォーカスすると、それは産卵のために地球に向かっていたフェニックスだと分かったんだ。
彼らは高度な測量技術と能力で地上に到達するまでの時間を割り出した。およそ200年前後で地球に到達する計算だった。
彼らは愛してやまないこの星の地表をフェニックスの到達によって焼かれることを恐れた。そして彼らは100年かけて知恵を出し合い、能力を研ぎ澄ましてフェニックスを封じ込める技術を身につけた。
そしてさらに100年後にフェニックスが地上へと降り立った。彼らは全身全霊で事にあたり、なんとか地中にフェニックスを封印することに成功した。
だが、その後の彼らが元の生活に戻れたかというとそうではなかった。夜空に見慣れない小さな光や流星を見る度に、仲間のフェニックスが封印を解きにやってきたのではないかと、気が気では無かった。
彼らは次第に観測のためだけではなく、警戒する目的で空を見上げるようになった。彼らの不安は恐れへと変わり、ありとあらゆる対抗策を考え始めた。
そんな不穏な気配を察知したのは、月の基地から恐竜人間達を監視していた他のエイリアンだった。恐竜人間達が再び同じ過ちを繰り返すことを懸念したそのエイリアン達は、地球の表面に生きる彼らを殲滅するために、非常に大きなエネルギー弾を地球に発射した。
これが、君達の言うビッグ・インパクトだ。地球全てがその衝撃に揺れ、半球が炎に呑まれた。
何とか生き残った個体もいくつか存在したが、その後に起こった激しい気候変動の中で次第に数が減っていった。
残りわずかとなった彼らは、その過酷な気候の中で生きる小さな高温動物に、自分達の遺伝子の一部を託してこの地球から消え去った。その小さな動物は交配を繰り返し、そして現在の人間の祖となった。」
「んで?ファルコンは?」
「この地球に現在の人類が生まれて文明が発達すると、とある荒野に再び地球外生命体が降り立った。
彼らは恐竜人間とは全く別の種類の生命体だった。
物質的身体を保ちながら、この地に降り立った。それらを見つけたその周辺の住人達はこれを神として崇めた。この生命体がこの地球にやってきた目的は、自分達を蝕んでいる病を治すヒントを得るためだった。
彼らは自分達を傷つけられることを極端に嫌った。そこで、自分達を神と崇める人間達を支配して使うことに決めた。自分達の都合に合わせ、持つ技術を少しずつ教えた。
そして、彼らは周囲の人間の中から数人を選び出し、それらが裏切らぬようにその精神に、自分達を畏れ、忠実になるプログラムを移植した。プログラムを移植された彼らは自分達を正統なる民と名乗るようになった。
神と崇められたこの生命体達は、今ではミッショナリー(伝道師)と呼ばれるようになった。古代のミッショナリーは正統なる民達を使役して、地球上のあらゆる物事を調べ上げた。
その過程の中で、彼らは封印されたフェニックスを発見した。だが、流石の彼らの技術を持ってしてもその封印を解くことは凄まじく危険な行為だったため、封印したままにしてその構造や性質を可能な限り調べた。
そして現代になって人間の技術レベルがそれに見合うようになり、そしてその必要性に駆られて、フェニックスの構造や性質を応用したミニチュアのコピー品を創った。それがファルコンだ。」
「随分と壮大な物語だったが、あんたはあの化け物を人間と宇宙人が創ったって、そう言うのかい?」
「そう言っているよ。」と言ってラジ・アタは笑った。
「馬鹿らしい作り話だぜ。あんたらUFO教団か何かか?第一、宇宙人だなんてそんな絵空事…」
「フー・ファイターか。割とオシャレな名前を付けたものだね…。よく、撃ち落としたものだよ。」ラジ・アタは得意顔で言った。
「何で…それを…」
「自己開示はもっと親しくなってからにしようと思ったのだが、君には率直なやり方のほうがいいようだ。ざっくばらんさの中に互いの信頼を見出すタイプのようだし。君の脳に少しフォーカスさせてもらった。親しくしたい相手には、あまり、やりたくないことなのだけれどね。」
「フォーカス?何だ?読心術か?」
「まあ、読心術ってのは外れじゃないけれど、心を覗き見するわけじゃない。心に寄り添う術だ。簡単に言えば、さっき一瞬だけ私は君になったのさ。だから、我が事のように過去が分かるし、喜びも悲しみも共有できる。」
「…ごまかされないぜ…種がどこかにあるんだ…。心理学だろう…どうせ…」アスランは驚きを隠せなかったが、自分は騙され掛かっているのだと自分に言い聞かせていた。
「種が分かったぜ。俺のドック・タグだ。認識番号から、軍の俺の経歴データを引っ張り出したんだろう?」
「君が最初に飛行機に乗ったのは16歳の時だね。高校を途中でやめて、同じパイロットである父親の農薬散布の仕事を手伝いながら民間ライセンスを取った。その後、金を掛けずに飛行機の整備を覚えたいという理由で海軍に入隊。その後、テンショー国との戦争が勃発。飛行戦闘隊のパイロットが不足していたため、特例措置として整備兵からパイロットへの転属の希望者を軍が募集したね。けれども、同僚の整備兵よりもいくらか空を知っている君は、転属希望を出さなかった。むしろ、民間のライセンスを持っていることを隠そうとさえした。けれども、その努力の甲斐もなく、君の履歴書を改めて見た上官の命令によって、飛行戦闘隊に転属させられた。これは軍のデータには載っていない情報だろ?」
アスランは無言になった。
「きっと君は今の段階では信じないだろう。だが、地球の外にも生命体はいるんだ。かく言う私もその一人でね。私の故郷はレイデスという惑星だ。つまりは、私はレイデス人と言った感じだ。さっき話したミッショナリー、正式名称アストロナ人から地球を解放するために派遣されて、グラス・ムーンに協力しているんだ。」
「それが…本当だったとして…俺に話して何になる?」とアスランは困惑した。そこにグラス・ムーンがやってきた。
「私達は今、最新の戦闘機を開発したの。勿論、これはミッショナリーに対抗するためよ。けれど、乗りこなせる人間がいないのよ。それで、優秀なパイロットを探していたの。」
「それなら傭兵派遣会社にでも問い合わせれば、多少はマシな…」
「いえ、あなたに協力してほしいの。あのファルコンと戦って、生き残れた唯一の人間に」
「たまたまだよ。そして、たまたまが重なってあんたらに助けられた。」
「いいえ、私には見えているわ。ラジ・アタにも。あなたのそばにいるその女性。」
アスランはどきりとした。
「な、なんだよ。女って、誰がいるんだ?」
「彼女は、あなたを導いているわ。そして、あなたにこの星を呪縛から解き放つことを望んでいるわ。彼女がいる限り、あなたは死なない。」
ラジ・アタは「彼にも姿を見せてやってくれ」とアスランの後ろに向かって言った。すると、半透明の白い腕がアスランを後ろから抱きしめた。急に後ろから生えてきた腕にアスランは驚いた。白いうでが首のあたりに回った時は一瞬、首を締められるのかと焦った。
その腕がアスランの首から離れると、その女は空中を舞うように、彼の正面へと来た。その若い女は静かに笑いながら、ゆっくりと霧のように消えていった。
「今のは何だ?」
「昔、あなたが助けたドラゴンよ。」とグラス・ムーンが言った。
「さあ…憶えが無いな…」
「この人生ではないわ。前世で出来事よ。」
「さてね…」
「私達はGeneration Minerva(ジェネレーション・ミネルヴァ)通称GEM(ジェム)よ。」グラス・ムーンはアスランに手を差し伸べた。
「俺はまだ、入るなんて言ってないぜ。」
そのアスランの言葉を聞いた、ラジ・アタは内ポケットから小型の携帯端末を出すと、その画面をアスランに見せた。
その画面には、共産テロリストとして国際指名手配されている自分の顔写真が映し出されていた。
「この1ヶ月の内にこんな事になってしまっていてね。本当にお気の毒さま…。どうやら、君はゼルバム戦争を引き起こした、リヴァイデ空軍に入り込んだ共産テロリストということで、指名手配されてしまったようだね。」
半分は事実であったため、アスランに言葉はなかった。
「これもきっと国防技研の画策に違いないよ。多分、彼らは君がパラシュートで脱出する所を目撃したのだろうね。それで、こんな事やり方で君を炙り出そうと躍起になってる。もし、捕まったら…」
「ちょっと、待ってくれ。俺はお上の命令で、暴走した国防技研のタンカーを沈める任務を遂行したんだぜ?むしろ、指名手配されるのは暴走したタンカーの奴らじゃないのか?」
「国防技研は暴走などしていないよ。」
「何だと…?」
「君達はファルコンの実験体にされたのさ。勿論、これは機密事項だ。君達と戦わせて実戦データを取ったのさ。そして、生き残ったのは君一人。他はみんな、ファルコンの光線によって分解されてしまった。そして、技研は生き残った君を何としてでも発見して抹殺したいのさ。」
「端っから、俺達はあの化け物の餌食だったのか…」
「私は、私達と行動を共にすることをお勧めするよ。彼らから世界を解放したその日には、この無実の罪も晴らすことができるだろう。そのためにも私達と一緒に来て欲しい。」
「クソ。弱みにつけ込むその遣り口は汚いぜ。だが、そうするより他はなさそうだな…」アスランは考え込んだ。
「よかった。ジェネレーション・ミネルヴァは心より君を歓迎するよ。」
一瞬、手錠が外されたタイミングを見計らって、逃走しようかともかんがえたが海にいたのでは逃げようがないなと考え、それを思いとどまった。
ラジ・アタの肩を借り、車椅子に座った。手錠はもう一方の腕にはめられ、両方がつながれる形となった。
「私が押そう。この車椅子はモード切替が3つあってね。完全電動モードとアシストモード、手動モードがあるんだ。」と得意な感じでアスランに言った。
船内の廊下をしばらく渡ると、デッキへと出た。目の前の空は晴れ渡り、その下には碧い海原が広がっていた。
「良い天気だね。」
「この船は何だい?」
「水空両用の戦艦って所だね。」
「戦艦だと?どこの軍だ?」
「国籍は特にこだわらないのがウチのやり方でね。」
「FATGか!?」
「残念ながら、違うよ。協力することも、たまにはあるがね。」
アスランは先の短くなったタバコを海に投げ捨てた。
「君が戦ったあの国防技研の兵器は、ファルコン-ZIZと言ってね。私達はそれを追っていたんだ。丁度、あと少しと言う所で君達が飛んできてね。あの鳥がお出ましになったのさ。」
「ファルコン…知っているのか?あのでかい鳥を」
「ああ、あれは君らにロボットか何かの兵器にしか見えないだろうけれど、厳密にいうと機械ではないんだよ。あれは、生体兵器の一種だ。と、いってもこの星の生物の仕組みとは違う。」
「…何だって…?」アスランは怪訝そうな顔した。
「信じられないかい?それも、仕方ないさ。君達には突飛な話しだろうからね。作り話だと思うのならそれはそれで構わないよ。」
アスランはまた一本、タバコに火を付けた。「じゃあ、あれはなにかい?宇宙人か何かだって事かい?」
「あの兵器のいきさつを話す事情は大昔まで遡る。まだ、地上に恐竜が生きていた時代の事さ。住んでいた惑星を失った生命体、君らが言うところのエイリアンがこの地球に移住してきた。移住と言っても、宇宙船に乗って来るのではなく、転生という手段によってね。」
「それがあの化け物鳥なのか?」
「いや。続けようか。それでね、彼らは比較的知能の高い種の恐竜の子どもとして生まれることを選んだ。そしてそれは親よりも優れた突然変異種だった。まあ、より進化した種とも言えるね。転生の道を選んだのは、現にその星の環境に適応した物質的生命体の形を貰った方が近道だったんだ。自分達の肉体を持ったままの移住だと、その星に適応するまでに多大なコストと時間が掛かりすぎるし、そこまでしたとしても上手くいかずに高い確率で、全滅するリスクがつきまとったためさ。」
「しかし、そいつらが自分達の惑星を失った原因は何だ?」
「戦争さ。戦争で惑星を失ったんだ。これは興味があれば後で話すよ。そして、彼らは変異種同士で交配を繰り返し、この星に適応した肉体を保ちつつも、元来の自分達に近づくために進化のスピードを早めたんだ。最初に変化させたのは寿命だった。
比較的成長の早かった固体を選りすぐり、これらで交配した。寿命を短くすることで成長スピードは格段に早くなって、世代交代のサイクルも早くなった。これによって進化の速度を上げた。そして、生まれたのが地球初の人類型動物だった。
けれど、今の人類とは別なものでね。爬虫類型の人類だ。恐竜人間としておこう。そして、この恐竜人間は自分達の文明を築くのだけれど、およそ今の人類が想像するようなものではなかった。
石器や簡単な道具を作り出してはいたが、これらを使うことは殆どなかった。フルに活用したものは天体を観測して、時間や位置を割り出すための測量器の類いで、刃物や器を殆ど使うことはなかった。
と、いうのは、長い時代を彼らは森林や荒野で狩りをして生きていたために、道具に頼らずとも手や歯だけで事は足りたからだ。
もっぱら、力の弱い個体や年老いた個体が刃物を武器や道具として使うことがあったが、その必要も殆どなかった。彼らの築き上げた社会形態にその理由があってね。彼らの社会は老若男女の関係なしに、獲物を獲れない個体がそうでない個体を扶養する社会だったんだ。
勿論、獲物が獲れない個体は自分に出来る事をやって貢献していたのだけれどね。
強きものが弱きものを助けるのが美徳とされていて、扶養する数の多い個体を持つ者ほど尊ばれた。
この時代にはまだ農耕というのはなかった。大型の草食動物を追って移動する獲得型経済で、土地というものに特別な執着はなかった。農耕と定住という発想がなかったから、道具の発展も非常に限られたものしかなかった。
木の枝や草で編んだ布団のようなもので夜をしのぎ、固定の住居を必要としなかったために建築技術もなかった。ただ、社会形態や知識という形でだけ文明が存在していた。現在の人類のように城壁を築くことがなかったから、他の肉食恐竜の驚異に晒される毎日ではあったのだけれど、彼らの日々は幸福に満ちていた。
彼らは生と死をよく理解していた。そして転生という魂の摂理を覚えていた。だから、さほどに死を恐怖しなかった。それと、元々自分達のいた惑星では、精神的な苦痛があったのだけれど、この地球にいて彼らはそれらを感じることがなかった。のんびりと生きていた。
そんなある日、一人の恐竜人間が天体観測をしていると、夜空に見慣れない小さな光を見つけた。彼らはその光にフォーカスすると、それは産卵のために地球に向かっていたフェニックスだと分かったんだ。
彼らは高度な測量技術と能力で地上に到達するまでの時間を割り出した。およそ200年前後で地球に到達する計算だった。
彼らは愛してやまないこの星の地表をフェニックスの到達によって焼かれることを恐れた。そして彼らは100年かけて知恵を出し合い、能力を研ぎ澄ましてフェニックスを封じ込める技術を身につけた。
そしてさらに100年後にフェニックスが地上へと降り立った。彼らは全身全霊で事にあたり、なんとか地中にフェニックスを封印することに成功した。
だが、その後の彼らが元の生活に戻れたかというとそうではなかった。夜空に見慣れない小さな光や流星を見る度に、仲間のフェニックスが封印を解きにやってきたのではないかと、気が気では無かった。
彼らは次第に観測のためだけではなく、警戒する目的で空を見上げるようになった。彼らの不安は恐れへと変わり、ありとあらゆる対抗策を考え始めた。
そんな不穏な気配を察知したのは、月の基地から恐竜人間達を監視していた他のエイリアンだった。恐竜人間達が再び同じ過ちを繰り返すことを懸念したそのエイリアン達は、地球の表面に生きる彼らを殲滅するために、非常に大きなエネルギー弾を地球に発射した。
これが、君達の言うビッグ・インパクトだ。地球全てがその衝撃に揺れ、半球が炎に呑まれた。
何とか生き残った個体もいくつか存在したが、その後に起こった激しい気候変動の中で次第に数が減っていった。
残りわずかとなった彼らは、その過酷な気候の中で生きる小さな高温動物に、自分達の遺伝子の一部を託してこの地球から消え去った。その小さな動物は交配を繰り返し、そして現在の人間の祖となった。」
「んで?ファルコンは?」
「この地球に現在の人類が生まれて文明が発達すると、とある荒野に再び地球外生命体が降り立った。
彼らは恐竜人間とは全く別の種類の生命体だった。
物質的身体を保ちながら、この地に降り立った。それらを見つけたその周辺の住人達はこれを神として崇めた。この生命体がこの地球にやってきた目的は、自分達を蝕んでいる病を治すヒントを得るためだった。
彼らは自分達を傷つけられることを極端に嫌った。そこで、自分達を神と崇める人間達を支配して使うことに決めた。自分達の都合に合わせ、持つ技術を少しずつ教えた。
そして、彼らは周囲の人間の中から数人を選び出し、それらが裏切らぬようにその精神に、自分達を畏れ、忠実になるプログラムを移植した。プログラムを移植された彼らは自分達を正統なる民と名乗るようになった。
神と崇められたこの生命体達は、今ではミッショナリー(伝道師)と呼ばれるようになった。古代のミッショナリーは正統なる民達を使役して、地球上のあらゆる物事を調べ上げた。
その過程の中で、彼らは封印されたフェニックスを発見した。だが、流石の彼らの技術を持ってしてもその封印を解くことは凄まじく危険な行為だったため、封印したままにしてその構造や性質を可能な限り調べた。
そして現代になって人間の技術レベルがそれに見合うようになり、そしてその必要性に駆られて、フェニックスの構造や性質を応用したミニチュアのコピー品を創った。それがファルコンだ。」
「随分と壮大な物語だったが、あんたはあの化け物を人間と宇宙人が創ったって、そう言うのかい?」
「そう言っているよ。」と言ってラジ・アタは笑った。
「馬鹿らしい作り話だぜ。あんたらUFO教団か何かか?第一、宇宙人だなんてそんな絵空事…」
「フー・ファイターか。割とオシャレな名前を付けたものだね…。よく、撃ち落としたものだよ。」ラジ・アタは得意顔で言った。
「何で…それを…」
「自己開示はもっと親しくなってからにしようと思ったのだが、君には率直なやり方のほうがいいようだ。ざっくばらんさの中に互いの信頼を見出すタイプのようだし。君の脳に少しフォーカスさせてもらった。親しくしたい相手には、あまり、やりたくないことなのだけれどね。」
「フォーカス?何だ?読心術か?」
「まあ、読心術ってのは外れじゃないけれど、心を覗き見するわけじゃない。心に寄り添う術だ。簡単に言えば、さっき一瞬だけ私は君になったのさ。だから、我が事のように過去が分かるし、喜びも悲しみも共有できる。」
「…ごまかされないぜ…種がどこかにあるんだ…。心理学だろう…どうせ…」アスランは驚きを隠せなかったが、自分は騙され掛かっているのだと自分に言い聞かせていた。
「種が分かったぜ。俺のドック・タグだ。認識番号から、軍の俺の経歴データを引っ張り出したんだろう?」
「君が最初に飛行機に乗ったのは16歳の時だね。高校を途中でやめて、同じパイロットである父親の農薬散布の仕事を手伝いながら民間ライセンスを取った。その後、金を掛けずに飛行機の整備を覚えたいという理由で海軍に入隊。その後、テンショー国との戦争が勃発。飛行戦闘隊のパイロットが不足していたため、特例措置として整備兵からパイロットへの転属の希望者を軍が募集したね。けれども、同僚の整備兵よりもいくらか空を知っている君は、転属希望を出さなかった。むしろ、民間のライセンスを持っていることを隠そうとさえした。けれども、その努力の甲斐もなく、君の履歴書を改めて見た上官の命令によって、飛行戦闘隊に転属させられた。これは軍のデータには載っていない情報だろ?」
アスランは無言になった。
「きっと君は今の段階では信じないだろう。だが、地球の外にも生命体はいるんだ。かく言う私もその一人でね。私の故郷はレイデスという惑星だ。つまりは、私はレイデス人と言った感じだ。さっき話したミッショナリー、正式名称アストロナ人から地球を解放するために派遣されて、グラス・ムーンに協力しているんだ。」
「それが…本当だったとして…俺に話して何になる?」とアスランは困惑した。そこにグラス・ムーンがやってきた。
「私達は今、最新の戦闘機を開発したの。勿論、これはミッショナリーに対抗するためよ。けれど、乗りこなせる人間がいないのよ。それで、優秀なパイロットを探していたの。」
「それなら傭兵派遣会社にでも問い合わせれば、多少はマシな…」
「いえ、あなたに協力してほしいの。あのファルコンと戦って、生き残れた唯一の人間に」
「たまたまだよ。そして、たまたまが重なってあんたらに助けられた。」
「いいえ、私には見えているわ。ラジ・アタにも。あなたのそばにいるその女性。」
アスランはどきりとした。
「な、なんだよ。女って、誰がいるんだ?」
「彼女は、あなたを導いているわ。そして、あなたにこの星を呪縛から解き放つことを望んでいるわ。彼女がいる限り、あなたは死なない。」
ラジ・アタは「彼にも姿を見せてやってくれ」とアスランの後ろに向かって言った。すると、半透明の白い腕がアスランを後ろから抱きしめた。急に後ろから生えてきた腕にアスランは驚いた。白いうでが首のあたりに回った時は一瞬、首を締められるのかと焦った。
その腕がアスランの首から離れると、その女は空中を舞うように、彼の正面へと来た。その若い女は静かに笑いながら、ゆっくりと霧のように消えていった。
「今のは何だ?」
「昔、あなたが助けたドラゴンよ。」とグラス・ムーンが言った。
「さあ…憶えが無いな…」
「この人生ではないわ。前世で出来事よ。」
「さてね…」
「私達はGeneration Minerva(ジェネレーション・ミネルヴァ)通称GEM(ジェム)よ。」グラス・ムーンはアスランに手を差し伸べた。
「俺はまだ、入るなんて言ってないぜ。」
そのアスランの言葉を聞いた、ラジ・アタは内ポケットから小型の携帯端末を出すと、その画面をアスランに見せた。
その画面には、共産テロリストとして国際指名手配されている自分の顔写真が映し出されていた。
「この1ヶ月の内にこんな事になってしまっていてね。本当にお気の毒さま…。どうやら、君はゼルバム戦争を引き起こした、リヴァイデ空軍に入り込んだ共産テロリストということで、指名手配されてしまったようだね。」
半分は事実であったため、アスランに言葉はなかった。
「これもきっと国防技研の画策に違いないよ。多分、彼らは君がパラシュートで脱出する所を目撃したのだろうね。それで、こんな事やり方で君を炙り出そうと躍起になってる。もし、捕まったら…」
「ちょっと、待ってくれ。俺はお上の命令で、暴走した国防技研のタンカーを沈める任務を遂行したんだぜ?むしろ、指名手配されるのは暴走したタンカーの奴らじゃないのか?」
「国防技研は暴走などしていないよ。」
「何だと…?」
「君達はファルコンの実験体にされたのさ。勿論、これは機密事項だ。君達と戦わせて実戦データを取ったのさ。そして、生き残ったのは君一人。他はみんな、ファルコンの光線によって分解されてしまった。そして、技研は生き残った君を何としてでも発見して抹殺したいのさ。」
「端っから、俺達はあの化け物の餌食だったのか…」
「私は、私達と行動を共にすることをお勧めするよ。彼らから世界を解放したその日には、この無実の罪も晴らすことができるだろう。そのためにも私達と一緒に来て欲しい。」
「クソ。弱みにつけ込むその遣り口は汚いぜ。だが、そうするより他はなさそうだな…」アスランは考え込んだ。
「よかった。ジェネレーション・ミネルヴァは心より君を歓迎するよ。」