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街の本屋さん ちくさ正文館本店(名古屋市千種区)
「表」と「裏」がらっと別の顔
名古屋市で文芸書、人文書、評論といった分野を前面に打ち出した品ぞろえをする「ちくさ正文館本店」。前回(4月15日)紹介した「さわや書店」の田口幹人店長が「本屋をやりたくて本屋になり、棚を完成形にまで持っていった人」と評する店長の古田一晴さん(63)の思いが、書棚の隅々まで行き届いた書店だ。
ちくさ正文館本店は1961年12月の開店。名古屋市を東西に貫く錦通りと広小路通り。この二つの道が、店のあたりは約50メートルと近接して並行する。店の南側が面している広小路通り側が「表」で、錦通り側が「裏」だと古田さん。表から入ると文芸書、人文書の棚がいきなり現れる。雑誌やベストセラーが並ぶ店頭の光景を見慣れた目にはびっくりだ。
「表」のカウンター。荒俣宏さん著「新装版世界大博物図鑑」(平凡社、全5巻)や「南方熊楠英文論考」(集英社)といった大部な著作が並ぶ。この両書に挟まれて、71年に制作されたが書店に並ぶことのなかった幻の書籍「憂魂、高倉健」(国書刊行会)が並んでいた。
古田さんが大学生時代、アルバイトで入ったちくさ正文館は、当時、PR誌「千艸(ちくさ)」を出していた。創業者の谷口暢宏社長(当時。現在は、ちくさ正文館書店相談役)が書店経営の傍ら創刊した雑誌。文学好きだった谷口相談役の目指した品ぞろえが、今も古田さんに引き継がれているというわけだ。
学生時代から演劇や映画にも詳しかった古田さんの経歴が書棚の充実につながった。「哲学音楽論」(恒星社厚生閣)「ヴォーカルはいつも最高だ!」(駒草出版)などの音楽関連の新刊、「神山貞次郎写真集」(現代書館)などの写真集が表紙を見せて陳列されている。
一方、「裏」から入ると普通の書店だ。NHKのテキストや料理本といった実用書が並ぶ。約400平方メートルの店だが、ほぼ半分の床面積を占める表と裏は、全く別の書店の様相を呈する。裏しか知らない客が「こっちにも店が続いていたんだ」と驚くこともあるという。
表には「震災関連本」が平台に積まれていた。仙台市の出版社、荒(あら)蝦夷(えみし)の本が中心だ。東日本大震災直後、被災した荒蝦夷からちくさ正文館に「うちの本を置いてくれ」という依頼があり、それ以降、置いている。荒蝦夷は民俗学者の赤坂憲雄さんが「東北学」を提唱したのを受けて創業した出版社。「震災の際、衣食住が足りると、次に人は本を求めたといわれる。生活には本が必要なのだ。だから書店をなくしてはいけない」と古田さんは話す。
古田さんは執筆もしている。朝日新聞社が東海地域で出す別刷り「+C」のコラム「本の虫」執筆者の一人でもある。一昨年には論創社から出ている「出版人に聞く」シリーズ11巻「名古屋とちくさ正文館」を出した。【須藤晃】
2階には古書店
ちくさ正文館本店(名古屋市千種区内山3の28の1、電話052・741・1137)。午前10時〜午後9時、日曜祝日は午後8時まで。年始を除き無休。2階には古書店「シマウマ書房」ちくさ店が入る。本店から徒歩3分にあるJR・地下鉄千種駅前には、ちくさ正文館ターミナル店があり、学習参考書、児童書、文具を中心に扱う。