睡眠不足は脳に重大な影響 「あとで取り戻せる」は嘘
アリアナ・ハフィントン流 最高の結果を残すための「睡眠革命」(3)
睡眠は「脳の掃除」の時間
最近の最も重要な発見の一つは、睡眠中に脳の掃除が行われているということだろう。言ってみれば、睡眠は脳に夜間清掃スタッフを送り込んでいて、彼らが、日中に脳細胞の間にたまった有害なたんぱく質を除去してくれるということだ。ロチェスター大学トランスレーショナル神経医学センターの共同責任者マイケン・ネーデルガードがこの清掃機能のメカニズムを研究している。「食器洗浄機のようなもの」というのが彼女の説明だ。
誰も汚れた皿に食べ物をのせようとはしないだろう。だったら、なぜ人は、脳を掃除しないまま終日使おうとするのだろう。それでは十分に使いこなせないというのに。
ネーデルガードが行ったマウスの実験で、脳の配管系ともいえるグリンパティック系が睡眠中に非常に活発になり、脳の機能維持に重要な役割を果たしていることが明らかになった。マウスが眠ると脳細胞が縮んで、脳脊髄液が流れる空間が大きくなる。これによって、蓄積した有害物質が文字通り洗い流される。この有害物質はアルツハイマー病にも関連がある物質だ。ヒトでの研究は始まったばかりだが、同様のプロセスが生じている可能性があるという。認知症の予防と治療を大きく進展させるかもしれない研究成果だ。
この老廃物や有害物質の洗い流しは睡眠中にのみ生じる。目覚めているときの脳は、さまざまな身体機能を扱うので手一杯だからだ。ネーデルガードは次のように書いている。
「脳は使えるエネルギーに限りがあるため、目覚めて周囲を認識しているか、眠って掃除をしているか、二つの状態のどちらかしか選べないようだ。自宅でパーティーを開くようなものと考えればいいだろう。ゲストをもてなすことも、家を掃除することもできるが、両方同時にはできない」
長期的な睡眠不足は「脳の縮小」と関連
脳にこの掃除時間を与えてやらずにいると、単なるメンテナンス不足では済まなくなる。オックスフォード大学の脳機能MRIセンターのクレア・セクストンによると、長期的な睡眠不足は脳サイズの縮小と関連性があるという。彼女は私にこう話してくれた。
「睡眠の質が低いことは、3~5年間の脳体積の縮小率が大きいことと関連性がありました。問題は、睡眠の質の低さが脳構造の変化の原因なのか結果なのか、それとも両者は双方向の関係にあるのか、ということです」
これだけは確かだ。睡眠は、脳の健康のほぼあらゆる面と複雑に絡み合っている。例えば、長期にわたる睡眠不足は、脳細胞の不可逆的な損失(訳注*再びもとの状態に戻れない)を招く可能性があるという。「睡眠負債はあとで取り戻せる」という神話の嘘がまた暴かれたわけだ。
ペンシルベニア大学と北京大学の共同研究によれば、睡眠不足のマウスは、注意力や認知機能に関連する青斑核のニューロンが25%減少していたという。論文著者の一人シグリッド・ビージーは次のように述べている。
「一般に私たちは、短期的あるいは長期的な睡眠不足の後でも、認知能力を完全に取り戻せると思い込んできた。しかしヒトを対象としたいくつかの研究で、注意力の持続時間やその他いくつかの認知機能は、充分な睡眠を3日間取っても正常に戻らない可能性があることが示されている。つまり、脳の損傷は長く残る可能性も考えられる」。彼女はさらにこう付け加えた。「(最近まで)睡眠不足が脳に不可逆的な損傷をもたらしうるとは誰も考えていなかった」
睡眠とアルツハイマー病の関係は?
デュークNUS医科大学院の2014年の研究では、加齢とともに睡眠時間が短くなると脳の老化が早まると報告された。アルツハイマー病患者では、脳が縮んで、脳脊髄液が入っている脳室が広がり、脳の溝やしわが目立つようになる。研究者たちは、高齢者における睡眠不足が脳室の拡大速度を速め、認知機能を低下させることを見いだした。脳室の大きさと認知機能はいずれも、アルツハイマー病の発症と関連性がある重要な指標だ。
スウェーデンのウプサラ大学が行った二つの研究もこのことをさらに裏付けている。一つの研究では、睡眠に問題があると答えた男性は、そうでない男性と比較して、アルツハイマー病を発症する可能性が50%高かった。もう一つの研究では、一晩、睡眠不足になるだけで、脳のダメージを示唆する二つのまれな脳内分子(NSEとS -100B)が増えていたと報告された。
世界最高齢女性の長寿の秘訣は「昼寝」だった
睡眠は心の健康とも複雑に関連している。カナダとフランスの研究者らの報告によれば、早寝を続けていると心の病気のリスクが低下する可能性があるという。これにかかわっているのが、約24時間周期である概日リズムよりも短い周期で働くウルトラディアンリズムだ。
私たちの体内では、複数のウルトラディアンリズムが体温、ホルモン、食欲などを制御している。そして、これらのリズムを調整しているのが、脳内の報酬・快楽信号に関連する神経伝達物質、ドーパミンだ。睡眠が乱れるとドーパミンの分泌が乱れて神経伝達のバランスが崩れる。このバランスの崩れは双極性障害や統合失調症との関連性が見いだされている。
そして寿命。私が最新刊『The Sleep Revolution』(邦題『スリープ・レボリューション』)を執筆していた時点で、世界最高齢はニューヨーク州ブルックリン在住の「ミス・スージー」ことスザンナ・マシャット・ジョーンズ、116歳だった(訳注*ジョーンズは117歳を迎える約1カ月前の2016年5月12日に亡くなった)。デイリーニューズ紙の記者に長寿の秘訣を聞かれた彼女は「私はよく寝ます」と答え、そのまま昼寝のデモンストレーションをして見せた。
「ハフィントンポスト」創設者、スライブ・グローバル社の創設者・CEO。2005年5月にスタートした『ハフィントンポスト』はたちまち評判になり、多数の読者を獲得。2012年にはピューリッツァー賞(国内報道部門)を受賞した。2016年8月に設立した新会社スライブ・グローバルは、人々の健康と生産性向上のため、最新の科学的知見にもとづくトレーニング、セミナー、eラーニング講座、コーチング、継続的サポートなどを世界各地の企業および個人に提供すると発表している。近著に『Thrive』(邦題『サード・メトリック しなやかにつかみとる持続可能な成功』CCCメディアハウス)。最新刊『The Sleep Revolution』(邦題『スリープ・レボリューション』日経BP社)は米国で15万部のヒットに。
(訳 本間徳子)
[書籍『スリープ・レボリューション 最高の結果を残すための「睡眠革命」』を再構成]
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