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「AKB」に65万人 ライブハウス「ニコファーレ」本当の狙い

ドワンゴ川上会長が抱く「ニコ動」とリアルの融合の先

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和製ネット動画配信サービスの草分け「ニコニコ動画(ニコ動)」が、また新しいことを始めた。7月18日、海の日の夜に開催されたそのライブは生番組を同時配信する「ニコニコ生放送」で生中継され、延べ65万人以上もの視聴者を動員、盛況に終わった。「AKB48」や「東方神起」などが出演した最新のライブハウス「nicofarre(ニコファーレ)」のこけら落としイベントである。

ニコファーレを運営するのはニコ動のドワンゴ。バブル景気のころに社会現象を巻き起こした東京・六本木のディスコ「ベルファーレ」跡地に常設のライブハウスを設立、18日にオープンした。最新技術が詰め込まれた次世代のライブハウスだ。

2250万人以上の登録会員を抱えるニコ動は、その会員の約65%を10代と20代が占めるなど若年層からの圧倒的な認知度と人気を誇る。一方、50代以上はわずか4%台。NTTドコモの元執行役員で、ニコ動事業を担当するドワンゴの夏野剛取締役いわく「20代人口全体の7割以上がニコ動の会員。若者は誰でも知っている。しかし、おじさんはほとんど知らない」。そのメディアが、最新鋭の機材が詰まったリアルの箱とともに、新手のコンテンツを届け始めた。

「仮想観客」として楽しめる仕掛け

最大380人を収容するニコファーレはネット中継設備のほかに、会場の全壁面に高輝度のLEDモニターを設置、360度を囲むモニターを駆使した新たな演出が可能となった。AR(拡張現実)の技術を用いて、ステージ上や会場にあたかも存在しているかのようなバーチャル映像を、ネット中継の画面や壁面モニターにリアルタイムで合成することもできる。

ネットの視聴者にとって最大の魅力は、「仮想観客」として参加できること。ニコ動の特徴である動画の上を流れる「コメント機能」を利用し、視聴者のコメントを会場のLEDモニターに映すことで一体感を演出する。こけら落としのイベントでは累計で104万以上ものコメントが集まり、司会を務めた芸人の遠藤章造が、会場に流れる「千秋~」「復縁して」といったコメントに反応、それに視聴者が喜ぶなど、次世代ライブの姿の一端を見せた。仕掛けはこれにとどまらない。

視聴者は会場のモニターでひときわ目立つ有料の「サイリウムコメント」(30回、300円)でアーティストや観客にアピールすることができる。日比谷花壇に電話やファクスで注文すれば、デジタルのお祝いの花を贈ることも可能(1万500円から)。開演前などに壁面のモニターに映し出される。こけら落としの初日こそ生花で埋め尽くされていたが、今後は原則、スペースをとらず枯れることもない「デジタル花」のみ受け付けるという。

ニコ動とライブを融合するニコファーレは、初日にいきなり、圧倒的な集客力を見せつけた。盛り上がるのはユーザーだけではない。

ジブリ、エイベックス、吉本興業も注目

こけら落としイベントはニコ動の主催で、無料で来場(公募抽選)・視聴できたが、今後は通常のライブハウス同様、興業に貸し出し、ニコ生を通じたネット視聴も課金する。すでに21日にはスタジオジブリが映画「コクリコ坂から」の公開を記念した手嶌葵のライブを開催。23、24日はエイベックスが夏恒例の音楽フェスティバル「a-nation」のプレミアライブを開催する。それぞれ、ネットチケットはリアルの半額以下の1500円という設定だ。

お笑いのライブも予定されており、8月には千原ジュニア、9月には陣内智則のライブが開催される。会場は小さくても、ドーム公演を上回る数十万人の大量動員が見込めるとあって、ネットとリアルの双方向を実現した次世代ライブハウスへの視線は熱い。オンラインとオフラインの接点とも言えるニコファーレは、新たな収益機会やマーケティングの場として、メディア関連業界やエンターテインメント業界からも大きな注目を集めている。

だが、ドワンゴの創業者でニコ動を生んだ立役者、川上量生(のぶお)会長がもくろむ真の狙いは、公には説明されていない。ニコファーレは、単にエンターテインメントの新たな売り出し方や次世代ライブの姿を世に提示する以上の意味と可能性を秘めている。

川上会長は不思議な経営者である。まるで「トトロ」のように、まず表に出て来ない。ニコ動関連のスポークスマンは基本的に夏野取締役であり、決算説明会ではドワンゴの小林宏社長が主に応対する。川上会長は壇上には上がらず、いつも観客やマスコミに紛れて、どこかにたたずんでいる。オープンに先立つ12日、マスコミ向けに公開されたニコファーレ内覧会の日もそうだった。

一歩引いたジブリ出向中の司令塔

ステージ上で一通りの説明とデモを夏野取締役が済ませ、内覧会に移ると、人がはけた客席に川上会長がぽつんと座り、スマートフォンをいじっていた。「すみません、写真だけ撮っていいですか?」。「ニコファーレについてコメントをいただいてもいいですか?」。まれに気づいた報道関係者が声をかけるも、川上会長は「ダメですね」「僕、ドワンゴの人間としてコメントはしないことにしてるんですよ。今はジブリの人間なので」と取り合わない。

川上会長は昨年末からスタジオジブリの代表取締役を務める鈴木敏夫プロデューサーのもとで「見習い」として働いている。鈴木プロデューサーのラジオ番組に出演した際に「勉強させてください」と頼み込み、実現。ジブリの名刺を持ち歩き、新作映画「コクリコ坂から」のプロモーション戦略に一枚かんでいる。ドワンゴには週1回しか出社していない。

多くの日本人の心をつかむジブリはニコ動からすれば学ぶところは多い。一方、デジタル機器を嫌うとされる宮崎駿監督率いるジブリは携帯電話やネットを活用したプロモーションが弱く、川上会長の知見が生かせる。この補完関係を大義名分に、対外的には「ジブリの宣伝になることはするが、それ以外はやらない」というスタンスをとる。だが、だからといって川上会長がニコ動から距離を置いたと見るのは早計だ。

ニコ動の誕生からこれまで、重要な局面のすべては川上会長の発案から始まり、今後の命運も間違いなく彼が握っている。内覧会で夏野取締役は内幕をこう話した。「1年くらい前ですかね。会長が思いついてしまって無謀な計画をして。せっかくニコ動が黒字化したのにと、正直みんなイヤでした。でも、ドワンゴではお金に一番うるさい私がこれならいいやと思うくらい、すごいものができた」。

いったいなぜ川上会長は無謀な計画を言い出したのか。自ら「気分屋」と称する川上会長は興に乗ったのか、内覧会や資料では触れられていないことも含め、次々と語ってくれた。

ネットチケットが5万枚売れた「ニコニコ大会議」

「ニコファーレは、突然思いついたわけではなくて、ニコ動を始めた最初の頃から僕の中では考えていましたよ。ただ、双方向を実現する常設のイベントスペースに何が必要なのか分からなかったので、まずは自前のイベントでずっと試していた。見えてきたのは『ニコニコ大会議』の過程で、ですね。あれは完全にニコファーレのための実験です」

川上会長の発言を理解するためには、ニコ動の文化を知る必要がある。「ニコニコ大会議」とは、ニコ動が主催するニコ動ユーザーのためのイベント。08年夏から11年5月にかけて東京・大阪・札幌・名古屋・福岡など全国各地と台湾で、延べ26回開催された。当初はニコ動関連の新機能の発表会として位置づけられていたが、次第に歌やダンスなどのパフォーマンス中心のライブイベントへと趣を変える。

このイベントはニコ生で中継され、数千人が来場、十数万人が視聴する一大イベントへと成長。同時に、リアルの来場、ネットでの視聴ともに有料となった。10年夏から11年にかけて国内外で14回開催されたツアーではリアルが3000円~5800円、ネット視聴が1000円~1500円で販売。リアルチケットは完売し、ネットチケットは計5万1600万枚、7300万円の収入をもたらした。

ただし、冒頭のイベントとは決定的に違う点がある。ニコニコ大会議で歌やダンスを披露した数十人のアーティストやパフォーマーたちは全員が「素人」としてニコ動に投稿し、人気に火が付いたニコ動のユーザー。いわゆる芸能人やプロのアーティストは1人も出演していない。

今年2月、東京ドームに隣接するJCBホールで行われた全国ツアーのファイナル公演。ライブの1組目に「DECO*27」というミュージシャンが率いるバンドが現れると3000人の観客から黄色い声が飛んだ。演奏が始まるとネット視聴の観客が「おおおおおお」「かっけえええ」といったコメントを一斉に打ち込み、ニコ生の画面は「弾幕」のごとく埋め尽くされる。

DECO*27は、作曲・作詞・編曲を手がけた楽曲に「初音ミク」を代表とする音声合成ソフト「VOCALOID(ボーカロイド)」の声を乗せ、ニコ動に投稿する「P(プロデューサー)」の1人。累計366万回の視聴があった「モザイクロール」を始め、いくつもの人気曲を生み出している。10年にはCDデビューも果たしており、初音ミクに加え女性ボーカリストを起用したアルバム「愛迷エレジー」はオリコン週間チャートで11位にランクインした。

ニコ動のユーザーが主役、ファンもユーザー

続いて登場したのは、4人組の男性ボーカリスト。1人は自身が作ったラップの楽曲を自ら歌って投稿する人気ラッパー「らっぷびと」。大手レーベルの「EMIミュージック・ジャパン」からメジャーデビューを果たした実力の持ち主だ。もう3人は、有名Pによるオリジナル楽曲を歌ってニコ動に投稿する人気の「歌い手」。いずれも、プロ顔負けの歌唱力で人気を博し、投稿した動画は数十万の視聴を稼ぐなど、固定ファンが付いている。

女性の歌い手のステージなどが続き、3次元のホログラムで浮かび上がったアニメーションの「3D初音ミク」が歌い出すと会場は一段とわき上がる。この踊る初音ミクを動かすソフトは、ニコ動のユーザーが作り、無償で公開しているもの。ニコ動にはこのソフトを利用して作られた踊るミクの映像があふれている。

さらに、ボーカロイド楽曲などに合わせたダンスの映像をニコ動に投稿する「踊り手」たちが迫力のダンスでステージを盛り上げる。作詞・作曲・歌唱・ダンスに加えてステージで演奏するミュージシャンまでもが、すべてニコ動に作品を投稿し有名となったユーザー。ニコニコ大会議は彼ら彼女らにリアルでの活躍の舞台を与える装置となったのだ。経緯をまとめるとこうだ。

07年にニコ動が登場し、さまざまな動画を投稿する無名のユーザーたちが現れ、視聴者がファンとなって盛り上げた。08年末、運営側が制作する番組のみだったニコ生が一般のユーザーにも放送枠を解放すると、ニコ動で活躍するアーティストやパフォーマーが自らの生番組を発信するようになり、ファンとのコミュニケーションを深めた。ニコニコ大会議でファンとじかに触れる場も得た。そして、そのネット中継にお金を払うファンがいることも確認できた。

ただし、ニコニコ大会議は不定期開催であり、出演メンバーや演出も主催者であるドワンゴによる。常設で、今までない演出を可能とする双方向性を備えたライブハウスがあれば、歌い手や踊り手たちの活躍の幅がもっと広がるはず……。それが、ニコファーレというわけだ。川上会長の語りは次第に熱を帯びていく。

プロ主催とニコ動ユーザー主催を半々に

「僕は、ネットサービスってプラットフォームを設計する側がコンテンツも作りながら設計しなければいけないと思うんですよ。まずは、こちらで指針を示す。で、それが分かってからユーザーさんに解放する。ニコ生も、まず最初に公式生放送で双方向の機能を全部試した。それから『ユーザー生放送』を作った。うち、常にそういう順番でやってるんですよ」

「ニコファーレも最終的にはユーザーさんにどんどん解放していきたい。けれど、じゃあいったいどういうことが可能なのか、何が必要なのかを、我々で見本を作りながら分かっておきたいと思って。実際にモノを見せないと、やっぱりみんなイメージがわかないと思うんですね」

「最終的には、既存のエンターテインメント業界やプロによるライブとユーザーさんが作ったライブ、半々くらいにはしたいですね。LEDモニターを駆使して作り込むのって、ちょっと素人には難しいので、最初はしょぼいかもしれない。けれども、初音ミクの3Dソフトなどを使えるようにするなど、ユーザーさんの技術だけでチャレンジできる余地を残そうと思っています」

つまりニコファーレとは、ニコ動発のアーティストのために用意した箱だというのだ。ただし、ベルファーレ跡地という好立地に最新鋭の機材。相当な投資がかかっただけに、使用料もそれなりだ。

平日1ドリンク付きで1開催63万円。これにLEDモニターの使用料(動画)がオペレーター付きで105万円。音響や照明などの人件費も別途かかる。だが、川上会長は「ユーザーさんには一般へのプライスとは違う安い値段で貸そうと思っています。一応、技術者も付けてあげて30万円くらいとか。要相談ですけれど、ほぼ原価で(笑)」と明言した。

ユーザーによるリアルのイベントとなると最大380人収容のニコファーレくらいの箱で十分。しかし、ネット視聴の枠はいくらでも広がる。例えば、1000円のネットチケットが1000枚売れれば100万円の収入になる。そういった稼げる場所を才能あふれるネットの住民に与える――。それこそが、川上会長が抱く真の狙いだった。その思いは、ニコ動全体に流れる通奏低音である。

バーチャルに生きる者を食わす

本格開始から2カ月でSNS(交流サイト)の「mixi」が1年4カ月かかって達成したアクセス件数を集めたニコ動。その急成長ぶりが話題を集めていた07年3月、川上会長はこう話していた。

「リアルからバーチャルへの大移住が始まっているんです。いいか悪いかは別として、バーチャルをリアルとして生きる人間が増えるのは間違いない。避けられない。それが先進国。だから、『ネットのせいでニートが増えて困る』とか言ってる場合じゃなくて、バーチャルに移住するためのツールや仕組み、その社会はどうあるべきかを真剣に考えないといけないんですよ」

「最近、ドワンゴはそれを考える会社なんじゃないかなと思い始めたんです。社会的にはあまり評価されないけど優秀な人が働ける会社を作ろう、バーチャルに生きて稼ぎがない人が生活できる会社を作ろう、という思いが創業の根本。創業メンバーって、もともとリアルの知り合いじゃない。バーチャルで集まって上場したのって、うちだけじゃないかな。だから、バーチャルに根ざした社会に必要なツールを作るのに、一番近いポジションにいるんだろうと思うんです」

90年に京都大学工学部を卒業した川上会長は、大手ソフトウェア販売のソフトウェアジャパンに入社するが、経営悪化で96年に営業停止したのを機に、ネット上のプログラマーのコミュニティーやオンラインゲームで活躍していた仲間とドワンゴを設立した。同じようにネットで発揮されている才能をリアルの社会で生かすインフラを作れないか、と考えた。そうして出来たのが、ニコ動だった。

ほどなく、ボーカロイド楽曲を発表するPや、歌い手、踊り手による独自の文化が醸成。08年1月には登録会員が500万人を超え、ニコ動から発展してドワンゴによる「着うた」、カラオケへの楽曲提供、CD発売といった商業活動へ進出するユーザーが相次いだ。

初音ミクの人気楽曲を連発していたユニット「livetune」による08年8月発売のCDアルバムはオリコン週間チャートで安室奈美恵や徳永英明などに次ぐ5位にランクイン。ニコ動発のメジャーデビューとランクインはその後も続き、10年5月にはボーカロイド楽曲を集めたアルバムが週間1位を獲得するなど、既存の音楽業界が無視できない存在へと成長した。

ユーザーの活躍の場を広げたミュージカル

一方で川上会長は音楽以外の活躍の場も用意した。それが10年末から始めたニコ動のミュージカル・舞台劇「ニコニコミュージカル(ニコミュ)」だ。ニコファーレ同様、リアルと同時にニコ生でのネット視聴チケットも販売。11年1月に公演した「ニコニコ東方見聞録」では、主演を含むメインキャストをニコ動で人気のユーザーで固めた。

今年5月公演の「ココロ」や7月公演予定の「カンタレラ」は、ニコ動に投稿され人気を博したボーカロイド楽曲の世界観をテーマに作られたもの。タイトルも劇中歌もそのまま採用した舞台劇で、キャストはプロの役者とユーザーの混成とした。これらニコミュの指揮官として川上会長が白羽の矢を立てたのが、10年1月にドワンゴの執行役員として迎え入れ、ニコミュの総合プロデューサーとして起用した片岡義朗氏である。

片岡プロデューサーは、旭通信社(現アサツー ディ・ケイ)で「ハイスクール!奇面組」や「ドラゴンクエスト」など数多くの人気アニメの企画・プロデュースを手がけ、その名を馳せた。SMAP主演の「聖闘士星矢」や大ヒットした「テニスの王子様」といったミュージカルをプロデュースし、アニメ原作のミュージカルというジャンルを確立した第一人者でもある。その氏が、こう言う。

「もちろん、ミュージカルの閉塞感や"おもしろくなさ感"を、双方向性を持つニコ生を使って打破してみたいという思いもありますよ。だけど、僕も川上会長の考えに共鳴していて、すでに『ニコ動経済圏』の中での自給自足が起き、人々が暮らし始めているんです。経済的にも自立をする人が出かかっている。ニコ動がなければ、外に出て来なかった人たちがですよ」

「ただし、歌手活動だけじゃなく、もっと『ニコ動アーティスト』の活躍の場を広げる必要がある。そのアウトプットの1つとして、ミュージカルはいいんじゃないかと思うんです。ニコ動やニコ生で人気のユーザーはたくさんいる。でも、テレビのバラエティーにいけるか、映画に出られるかというと、そうは簡単じゃない。同じ芝居でも例えば歌い手さんに『ミュージカルだから出ない?』と言う方が、ユーザーさんも挑戦しやすいんですよ」

既存メディアやエンターテインメント業界を味方に

川上会長は「最終的にはニコミュも専用の劇場を持ちたいと思っている。その時までに、双方向性の演劇にはいったい何が必要なのかを理解しておく。それから箱を作ろうとしてるんです」と話す。ぽこた、蛇足、百花繚乱……。ニコ動を知る者には聞き慣れた一般人を役者として起用し、その道のプロがお膳立てをして、専用劇場まで作ろうとしているドワンゴ。

ともすれば、メディアやエンターテインメント業界で既得権益を持つ既存勢力から敵視されがちだが、そこは絶妙のバランス感覚で、敵どころか味方に付けているから、そつがない。

ニコファーレのこけら落としには、飛ぶ鳥を落とす勢いのAKB48と東方神起をブッキング。イベント開始の1時間前にはフジテレビの人気音楽番組「HEY!HEY!HEY!」の生中継を入れ、両アーティストはニコファーレから新曲などを披露した。スタジオセットに勝るとも劣らぬ最新機器を駆使した演出を見せ、壁面LEDモニターに映るニコ生のコメントまでもを全国ネットの電波に乗せた。

ニコファーレには、このフジテレビやドワンゴの大株主であるエイベックスといったメディア関連企業、川上会長が見習いに行っているスタジオジブリの宮崎駿監督、数々の芸能人などからお祝い花が届いた。ニコファーレのデモ映像ではニコ生の公式番組に出演している田原総一朗氏をはじめ、原口一博前総務相や自民党の石破茂政調会長なども協力。メディアやエンターテインメント業界、さらには政界との蜜月ぶりを見せつけた格好だ。

「放っておいたらネットを握るのは外資」

こうした面々との関係は、ドワンゴの主力事業である「着メロ」「着うた」「着ボイス」といった携帯電話向けコンテンツ、そして、ニコ生の公式番組などを通じ、長年にわたって信頼関係を培ってきた賜(たまもの)だと川上会長は話す。

「普通、ITは敵ですよね。短期的にはどうしてもネットの人は嫌いだってなっちゃう。コンテンツビジネスを取りに(奪いに)来るから。でもね、うちは10年くらい前から着メロでスタートしたんですけれど、基本、携帯やネットのコンテンツの新しい形を一緒に作っていきましょうというスタンスを崩してないんですよ。言い続けるだけじゃなくて実際に一緒に作ってきた」

「ネットのインフラっていうのはね、放っておいたら握るのは外資ですよ。だったら、日本語が通じて、日本の商慣習も分かって空気が読める相手とやった方がいいじゃないですか。長期的に見るとそうなんですよ。ただし、IT企業もモノ作りのところまで踏み込まなければダメで、うちは実際にアーティストやコンテンツのプロモーションに役立つようなものを作り、とにかく見せ続けた。そういうのって長い時間をかけてやれば、評価してもらえるんです」

ネット勢力にくみするのは抵抗があるが、なすすべなく指をくわえていれば沈下する一方。そんな既存勢力の胸中をおもんぱかるかのような川上会長の戦術は奏功し、ユーザーによる新たな経済圏との共存共栄の関係を築いたというわけだ。ニコファーレの真の狙いは、もう1つある。

「ニコファーレの目的の1つに、世界向け発信というのがあるんですよ。ここから世界配信ができるわけじゃないですか。むしろ、世界がここを見ろと。世界の聖地になればいいんですよ」。話が佳境にさしかかった時、こんな言葉が川上会長の口からこぼれた。

世界進出の足がかりに

「僕のテーマなんですけど、アメリカのネット企業は簡単に世界進出できてるのに逆をやった日本企業なんて1つもないでしょう? しかも日本のオフィスを作らずに進出してくるじゃないですか。だから僕も日本から1歩も出ずに世界に通用するサービスを作りたい(笑)。ニコファーレだったらできると思うんですよね。世界から見ても、これはちょっと価値がある」

「基本は、ソフトってものはハードの器があって初めて進化するものだと思ってるんですね。米アップルなんかはハードごとソフトを作っちゃう。で、ネットサービスにおいても例えばニコファーレを作ったことによって、ここでしかできない世界で唯一のサービスが作れるんですよね。パーソナルツールのハードとソフトを融合したのがアップルだったら、公共空間のハードとソフトを融合させたのがニコ動。お見せしたデモはうちじゃないと作れないサービスなんですよ」

記者発表会の様子をニコ生で見ていたユーザーが一段と盛り上がったのが、ボーカロイドの3Dキャラクターがライブに登場したデモの時だ。ステージ上にはギタリストとダンサーが2人。中央は空いている。だがニコ生の画面には、AR技術で合成されたキャラクターがバックダンサーを従えて踊っている様子がしっかりと映っていた。激しいカメラワークにもぶれることなく、あたかもそこにいるかのように。

「おおおおおお」「すげーーーーーー!!!」……。四方のLEDモニターにリアルタイムのコメントが流れていく。こうしたコメントは、AR技術でライブ会場の空中を舞ったり、回転しているように見せることもできる。後にニコ生の中継をタイムシフト再生して見ると、確かにこんな体験はどこにもないと思える。例えば英語でライブを行ったら。米国ユーザーが英語でコメントを飛ばしたら。その可能性を川上会長は感じている。

「アジアもいいけれど、この前、ロサンゼルスで行われた3D初音ミクのライブも人気があったので、意外と米国もいけるという気がしますね。ただ、海外進出するって安易に言いたくはないわけですよ。なぜかというとそれは本当に難しいから。これは試行錯誤の過程。ニコファーレで確実に世界進出ができると決まったわけじゃない。でも、それへの重要なパーツを提供してくれるんじゃないかなと思ってやっています。海外進出の役に立てればいいなあと」

テレビメディアとのコントラスト、明瞭に

ニコファーレがエンターテインメント業界やコンテンツ産業にどれだけの収益をもたらすのか、ニコ動アーティストを昇華させる装置となり得るのか、そして、海外にも受け入れられるほどのコンテンツとなるのか。いまのところは未知数と言わざるを得ない。

サービスの本格開始からわずか1年で登録会員数が500万人を突破したはいいが、依然として多額の赤字を出していた08年2月、川上会長はこう話していた。「ニコ動というのものは、ユーザーが引き起こした突然変異みたいなもので、何か特異なアクシデントが起きているんですよね。これがどうなっていくのかに関心があって、今すぐマネタイズする必要なんか別にないんですよ。だから、当面はユーザーと一緒に見守っていく感じですかね」

それから3年半。優先的に動画を楽しめる月額525円の有料会員は132万人に増えた。10年1~3月期には念願のニコ動事業の黒字転換を果たし、薄利ではあるが利益を確保。11年1~3月期、ニコ動事業の売上高は23億5700万円、営業利益は2億7200万円となった。ただ、これらの数字は依然としてアクシデントが続いている今も、あまり意味をなさないのかもしれない。

この24日に地上デジタル波に完全移行するテレビは、若年層になるほどテレビ離れが顕著だ。NHK放送文化研究所の「2010年 国民生活時間調査報告書」によるとテレビの視聴時間が最も長いのは70代の1日平均5時間半。最も短いのは10~20代の男性で2時間を割っている。

対して1日平均708万人が訪れるニコ動。多い日は1日5000以上もの番組がニコ生で流れ、ユーザーは1日平均約70分も滞在し、その盛り上がりは日々増している。過半を占める20代以下が、既存産業とは別次元のニコ動から生まれたスターに釘付けになっている。

そこへ投入したニコファーレという新手の装置は、ドワンゴの経営を圧迫することはあれど、ユーザーを落胆させることはないだろう。体験したことのない双方向のコミュニケーション。ニコ生に流れるコメントを見る限り、ユーザーからの評判は上々だ。「おじさん」の知らないところで、また何かが起きそうな予感を十分に感じさせる装置であることには違いない。

(電子報道部 井上理)

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