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ロロ・ピアーナ イタリア工場の妥協なき生地づくり

NIKKEI The STYLE

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ミラノから車で1時間半ほどのイタリアのピエモンテ州。緑に囲まれ、澄んだ水のセージア川がゆったり流れる。ファッションブランドであり、生地メーカーである「ロロ・ピアーナ」の工場は、そんな豊かな自然の中にある。

1924年、ピエトロ・ロロ・ピアーナによってテキスタイルメーカーとして創業し、100周年を迎えた。80年代からは、ウエアなど自社商品の展開も始めたが、生地メーカーの名前がこれだけ知られている例は少ない。ロロ・ピアーナのアイテムでなくとも、同社の生地を用いたスーツやジャケットを愛用している人も多いだろう。

原毛の調達から、紡績、織布、仕上げ、そして製品化まで、品質へのこだわりゆえほぼ全てを自社で手がける。ロッカピエトラという小さな街にある紡績工場の原料の収納庫で、そのこだわりを垣間見た。メリノウール、カシミヤ、なかにはビキューナと呼ばれる、南米のアンデス山脈の高地に生息する希少なラクダ科の動物から採れる繊維も。収納袋に入った原毛がずらりと並ぶ。触れるとひときわ柔らかさを感じるのが、ベビーカシミヤだ。

モンゴルや内モンゴルに生育する生後1年以内のカシミヤヤギの毛で、とれるのは1頭につき約30グラム。毛の生え替わるタイミングに、くしでとかしてストレスを与えずに採取しているという。繊維の直径はわずか13.5マイクロメートルだ。人の髪の毛が50〜100マイクロメートルと聞くと、その細さが分かる。今ではよく知られるベビーカシミヤだが、広めたのはロロ・ピアーナだ。創業家6代目のピエール・ルイジ・ロロ・ピアーナさんが現地を訪れた際に、大人と子どものヤギの繊維の違いに気づき、繊維の選別を依頼した。ブリーダーにとっては手間がかかるため、説得に10年を要したという。

黒っぽい原毛はペコラ・ネラという羊のものだ。もともと黒い毛の羊は多く見られたが、染色のしやすさから交配を進め、白い毛の羊が大部分を占めるようになっていった。ロロ・ピアーナは、黒い毛の天然の美しさや風合いを改めて認識し、ニュージーランドの羊毛農家とともに自然なかたちで増やすことを試みた。染色することなく用いるため、本来の毛の柔らかさが感じられる。毛の色の濃淡を組み合わせ、多様な色や柄を生み出している。

紡績工場では原毛のよごれを取り除き、その後、カーディングマシンでもつれ合った繊維をほぐし、方向をそろえて整える。薄くのばされた繊維の束に撚(よ)りをかけ、糸が生まれていく。

出来上がった糸は紡績工場から車で5分ほどのクアローナの工場で生地に織り上げる。主要な生産拠点のひとつで、数十台の織機が、それぞれの素材に応じて速度を変えながらリズムを刻んでいた。同様の織機はほかでも見るが、多くの工場で当たり前のように目にする綿ぼこりが見当たらないことに驚く。製造する生地に、ほかの繊維が混じることはないだろう。

機械化が進んでおり、全体的に人は少ないが、検品の工程は人の手と目がしっかりと入る。100人近くに及ぶ熟練した職人が働いている。毎年生産される400万メートルの生地すべてを、ミリメートル単位で指と目で4〜6回にわたってチェックしているという。蛍光灯の明かりだけでなく自然光も入る場所で、素人目には分からない小さな修正箇所を見つけると、手作業で素早く修復して整えていた。

もうひとつ、多くの人が働いているのが検査や研究開発のためのラボだ。この日も白衣を着た研究者らが電子顕微鏡を前にせわしなく動いていた。素材の細さや純度を評価し、欠陥を検出するために500近くもあるテストを実施している。どの工程にも自社の基準があり、厳しい品質チェックをクリアした原毛を用いることから始まり、完成した生地の耐久性や強度といったことまで、何度も検査や確認が繰り返される。

「日常着にできるものを高級素材で作れるのがロロ・ピアーナのすごさ」。長年イタリアで生地の買い付けを手がけてきた松屋のMD戦略室の宮崎俊一さんはこう話す。ウールをはじめとする繊維は、細いほど手触りがよく上質とされるが、「そうした繊細な素材を丈夫な生地にできる。特別な衣装に使うような高級素材を用いながら、ビジネスパーソンが仕事着として着用できる。耐久性を含め、リアルクローズにするための研究がしつくされている」という。

スーツの作り手にも愛される。経営者が足しげく通う都内のビスポークテーラーの職人も「ほかのメーカーでは手を出しづらいようなクオリティーの高いものを作る挑戦をやめない」と、質の高さを更新し続ける姿勢を強みに挙げる。世界的に知られる高品質なファブリックだが、工場では何かとても特別な機械を用いているわけではない。原毛から仕上げまで、常に妥協することなく品質を追求する。自社商品に有名クリエーティブディレクターやスターデザイナーを置かないのも、ブランドの顔が「品質」だからだろう。

「例えば、グレーひとつとっても、ベージュが混ざっているようなニュアンスだったり、緑色が入ったような色味だったり。これが欲しかったというような色に出合える」。都内のテーラーの職人は色の美しさも魅力という。工場では、ふとした瞬間に窓から見えるあふれる自然の色に目を奪われた。きっとこの自然も、美しい生地を生み出すのに一役買っている。

井土聡子

吉田タイスケ撮影

[NIKKEI The STYLE 2024年10月6日付]

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