人工甘味料が腸内細菌乱す可能性 血糖値に影響も
ナショナルジオグラフィック

ダイエットをうたう炭酸飲料を飲んで、砂糖に付き物のうしろめたさやカロリーを気にせずに甘さを堪能する。その快感は多くの人が経験したことがあるだろう。しかし、新たな研究によると、人工甘味料はかつて考えられていたほど無害ではなく、それどころか糖尿病や体重増加のリスクを高めるかもしれない。
科学者らは以前より、人工甘味料と人間の糖尿病との関連を疑ってきたが、これまでは実験用のマウスでしか証拠は示されていなかった。今回、イスラエルの科学者たちが、同様の試験を人間で行ったところ、人工甘味料は人間の腸にすむ細菌の働きを妨げるのみならず、食後に血糖値を下げにくくする可能性があることがわかった。血中にブドウ糖が長く留まるほど、糖尿病、心血管疾患、慢性腎臓病のリスクは高くなる。論文は2022年8月19日付けで学術誌「Cell」に発表された。

「人工甘味料が使われるのは、人がカロリーという代価を支払わずに甘さを味わいたいと望むからです」と、イスラエル、ワイツマン科学研究所の免疫学者で、今回の研究を率いたエラン・エリナブ氏は言う。「しかし、非栄養性甘味料は人間の体内で何の作用も示さないわけではありません」
人間は誰しも、独自の微生物叢(びせいぶつそう、微生物や細菌の集団)を、腸、鼻、口、皮膚、目などに宿している。こうした微生物は、消化を助けるだけでなく、病原体から身を守ったり、免疫系をサポートしたりする役割を担っている。
腸内細菌叢の混乱が起こるのは、非栄養性甘味料が、人間にとってはカロリーがゼロ、あるいは少ししかない一方で、一部の腸内細菌にとっては栄養となり、それらを増殖させるからだ。細菌集団内のバランスが崩れると、場合によっては慢性的な腸の炎症や大腸がんにつながる。

今回の研究では、非栄養性甘味料を摂取してから2週間以内に腸内細菌叢が混乱し始めることが確認された。また、糖の代謝にどの程度の影響が及ぶかは人によって異なることも示唆されている。
「これは、こうした人工甘味料が実際に人体にどのような影響を与えているかを示す、説得力のある研究です」と、米ロサンゼルス小児病院のマイケル・ゴラン氏は言う。
米エール大学エールグリフィン予防研究センターの創設者で、栄養学の専門家デイビッド・カッツ氏も同意見だ。「これは非栄養性甘味料が、細菌叢に特定のダメージを与えて糖代謝を損なうことを立証した、明快で、緻密で、力強い研究です」
甘味料の苦い歴史
人間が生まれつき甘いものを好み、苦い物質を避ける味覚を持っているのは、栄養豊富な食べ物が少なかった時代に、高エネルギーの食べ物を求めるように進化した結果だ。ブドウ糖、果糖、サトウキビ、乳糖などの天然糖質は、消化されて、内臓の働きを助けるエネルギー(カロリーとして測定される)を生み出す。
対して、非栄養性甘味料は甘さがきび砂糖の数百〜数千倍に及ぶものもあるが、一般に人の体内では代謝されない。カロリーがまったくないか、あってもごくわずかなのはそのためだ。
最初に商品化された非栄養性甘味料であるサッカリンは、1879年、米ジョンズ・ホプキンス大学でコールタール誘導体の中から偶然発見された。これがあれば、人はより楽にダイエットに取り組めると考えたセオドア・ルーズベルト大統領の尽力により、サッカリンは誕生したばかりの米国食品医薬品局(FDA)による禁止を免れた。FDAが1977年に再び、ラットにおける発がんリスクの疑いを根拠にサッカリンの禁止を試みた際には、米国民は何百万通もの手紙を議会、FDA、カーター大統領に送って抵抗した。
最終的に、サッカリンを含む製品にはがんに関する警告を表示することだけが義務付けられたが、その表示義務も2000年に廃止された。人間はラットとは異なる方法でサッカリンを代謝するため、この物質による発がんリスクはないことが確かめられたためだ。
ゼロあるいは低カロリーの砂糖代替品は、世界中で何千種類もの飲料や食品に使用されており、2021年には213億ドル(約3兆円)の利益を生んでいる。2017年に米国で行われた全国的な栄養調査によると、子供の80%、成人の半数以上が、低カロリー甘味料を1日に1回摂取しているという。肥満した成人は、低カロリー甘味料をより頻繁に使用していた。

人工甘味料はどのような影響を及ぼすか
10年以上前から、エリナブ氏は、栄養、腸内細菌、肥満や糖尿病などの一般的な病気の発症リスクの関連性を明らかにし、微生物叢をベースとした精密医療を確立させたいと考えてきた。
2014年、エリナブ氏らは、サッカリン、スクラロース、アスパルテームが、それぞれマウスの血糖値を上昇させ、そのレベルは砂糖を与えられたマウスの血糖値よりも有意に高いことを発見した。
人工甘味料を与えられたマウスから採取した腸内細菌を、自身の腸内細菌をもたず、人工甘味料を一度も与えられたことのないマウスに投与したところ、その血糖値レベルは、まるで自身が人工甘味料を摂取しているかのように急上昇した。
そこでエリナブ氏は、同じことがヒトでも起こるかどうかを確かめてみることにした。腸内細菌の変化は、果たして血糖値に影響するのだろうか。
エリナブ氏のチームはまず、1375人の参加者の中から、過去にゼロカロリーの甘味料を摂取したことのない120人をランダムに分けて、一般的な非栄養性甘味料4種(サッカリン、スクラロース、アスパルテーム、ステビア)のうちいずれか1つを2週間摂取してもらった。科学者らは比較のため、これらの甘味料を与えられていないグループも設定し、それぞれの血糖値の反応を比較した。
まず、4種の甘味料のうちいずれかを摂取し始めて2週間以内に、科学者らは、参加者の腸内細菌集団に明確な変化を認めた。「腸内細菌の構成、機能、それらが血中に分泌する分子に、明らかな変化が確認されました」とエリナブ氏は言う。つまり、腸内細菌が非栄養性甘味料に迅速に反応するということだ。
そのうえで、食後の血糖をコントロールする機能にこれらの甘味料がどのような影響を及ぼすかを確かめるため、研究者らは、参加者にブドウ糖飲料を飲ませて血糖値の変化を調べた。通常、血糖値は15〜30分でピークに達し、2〜3時間以内に普段の値に戻る。血糖値がずっと高い状態にとどまる場合、体が過剰なブドウ糖を適切に処理・貯蔵できていない「ブドウ糖不耐症」と呼ばれる状態になっていることが示唆される。
今回の研究において、スクラロースとサッカリンは体をブドウ糖不耐症へと近づけた。もしこの状態が継続すれば、体重の増加や糖尿病を引き起こす可能性がある。アスパルテームとステビアは、試験で摂取したレベルでは耐糖能に影響を与えなかった。
腸内細菌叢の乱れが血糖値に影響を及ぼすことを確かめるために、科学者らは、参加者の便から採取した糞便微生物を無菌のマウスに投与した。これにより判明したのは、血糖値の上昇した参加者から採取した微生物は、マウスの血糖コントロールも弱めたということだ。
腸内細菌と、それらが人間の血流に分泌する分子は、4種の非栄養性甘味料を摂取した参加者全員において大きく変化しました」とエリナブ氏は言う。「グループそれぞれで独自の反応が見られました」
長期間の追跡こそしていないものの、今回の研究では、人間の細菌叢が、非栄養性甘味料に対して非常に個人差のある反応を示すことも初めて明らかになった。これはつまり、全員ではないにせよ一部の人たちにおいては、人工甘味料によって糖の代謝が混乱させられる可能性があるということだ。
「しかし、この研究は、見つかった答えの数よりも多くの疑問を投げかけています」と、カナダ、マニトバ大学の人間栄養学の専門家で、糖尿病患者でもあるディラン・マッケイ氏は指摘する。
研究の参加者には、過去に非栄養性甘味料を摂取していない人たちが選ばれているため、日常的にそうした甘味料を摂取している人にも同じような血糖コントロールの異常が見られるのか、あるいはある程度の適応があるのかどうかは不明だと、カッツ氏は言う。また、個人間に見られた差異が、遺伝的要因によるものなのか、それとも非遺伝的要因や生活要因によるものなのかもわかっていない。
砂糖に切り替えるべきか
一部の科学者は、非栄養性甘味料への短期的な摂取後の腸内細菌叢の変化は、警戒するほどのものではないと考えている。「さまざまな非栄養性甘味料が、生理的に何らかの影響を及ぼしていると考えるのは妥当でしょう」と、米ミシガン州立大学の内分泌学者カール・ナドルスキー氏は言う。「しかし、それを臨床的な結果や懸念に反映させるというのは飛躍のしすぎです」

「こうした結果がどの程度続くのかについては、まだ何もわかっていません」と、マッケイ氏は言う。「これは非栄養性甘味料に初めてさらされたときに起こることなのでしょうか? その影響は永遠に続くのでしょうか?」
論文の著者ら自身も、微生物群の変化による健康への影響をしっかり評価するためには、さまざまな人工甘味料の長期的な摂取について研究することが必要であろうと指摘している。彼らはまた、今回の結果は、非栄養性甘味料の代替としてより多くの砂糖を消費しようという意味に解釈すべきではないと強調している。
「一方では、砂糖の消費は、肥満、糖尿病、その他の健康への影響に対して、依然として非常に大きな健康リスク要因であり、われわれの発見は砂糖の消費を支持したり、推進したりするものではありません」とエリナブ氏は言う。「しかしもう一方では、われわれが示した人工甘味料による影響は、健康に対して警戒すべきものであることを意味しています」

「われわれには、甘いものへの渇望に対するよりよい解決策が必要です。個人的には、飲み物を水だけにするのがベストだと考えます」
文=SANJAY MISHRA/写真=TRISTAN SPINSKI/訳=北村京子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2022年9月14日公開)
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