うんち食べる動物、鳥も魚も 栄養や腸内細菌のメリット
ナショナル ジオグラフィック
うんちが私たち人間のメニューに載ることはまずないが、多くの動物にとって、うんちは普通の食べ物だ。
科学者たちは、シカがアジアゾウの糞(ふん)を、イヌやキツネザルが人間の大便を、サラマンダーがコウモリのグアノ(糞化石)を食べていることを確認している。スペインのグアラ山脈ではメスのヤギがハトのグアノを食べているし、ブラジルの大西洋岸森林では、ネズミやオポッサムがカワウソのトイレを訪れて糞を食べている。
タンザニアで行われた研究では、ズキンハゲワシは、新鮮な死骸よりもタンパク質を豊富に含むライオンの糞に強い関心を示したという。2023年5月に学術誌「Vulture News」に発表された論文には「排泄を終えたライオンがまだ10メートルも離れていないうちに、数羽のズキンハゲワシが地面に舞い降り、糞を素早く飲み込んだ」とある。
食糞行動がこれほど広く見られるのはなぜだろう? うんちは役に立たない廃棄物ではなく、多くの場合、その動物が摂取しなかった貴重なカロリーや栄養素を含んでいるからだ。
食糞は、動物たちが普段食べているものが少なくなったときにカロリーを補ったり、普段の食料では摂取が難しい栄養素を取ったりするのに役立つ場合がある。うんちは、消化器官の働きをよくする腸内細菌が含まれているおかげで、自然界の整腸剤のような働きをすることもある。
「野生動物にとって、食糞にはさまざまな役割があります」と、米テキサス大学オースティン校の生態学者ハンナ・レンペル氏は語る。
「私たちにはとんでもないことに思える行動でも、彼らにとっては非常に重要なのです」
うんちで栄養補給
食糞行動には、ほかの動物だけでなく、自分の糞を食べることも含まれる。ウサギは自分の糞を食べることで、1回目に吸収できなかった栄養素を吸収している。
ノルウェーのスバールバル諸島に生息するトナカイは、北極圏の短い夏に食料が乏しくなるとカオジロガンの糞を食べる。チベットのクチグロナキウサギは、冬にはヤクの糞を食べる。
英アバディーン大学の生態学者であるザビエル・ランビン氏によると、スコットランドのケアンゴームズ国立公園に生息するアカギツネの糞にイヌのDNAが多く含まれていたことから、キツネたちが公園内を散歩したイヌの糞を食べていることがわかったという。
氏のチームの研究から、アカギツネたちの普段の食料であるキタハタネズミが少ない年には、キツネの糞に含まれるイヌのDNAが特に多くなることが示されている。
研究室での分析により、イヌの糞は栄養価が非常に高く、ゆでたヒヨコマメと同じくらいのカロリーがあることが明らかになっている。
「キツネたちは食料が豊富な年と飢餓の年を交互に繰り返すことなく、毎年十分に食べられているはずです」とランビン氏は言う。
海のサプリメント
レンペル氏は、カリブ海のボネール島周辺のサンゴ礁でダイビングをしていたときに、ブラウンクロミスというスズメダイ属の魚の群れから降ってきた粒状の糞に向かってクロハギ属やブダイ科の魚が突進する様子を目にした。同様の行動は、以前にもインド太平洋のいくつかのサンゴ礁で観察されていた。
「1個の糞をめぐって2匹の魚が争っているのを見たこともあります」とレンペル氏は言う。レンペル氏らの研究によると、ブラウンクロミスの糞の約85%が魚に食べられていて、その大半をブダイ科の魚かクロハギ属が食べていたという。
クロハギ属やブダイ科の魚は、ふだんは藻類を食べているが、藻類には魚たちの生存に不可欠なカルシウム、リン、亜鉛などの微量栄養素があまり含まれていない。タンパク質の含有量も少ないが、魚たちはタンパク質を含むシアノバクテリアや藻類に付着した有機堆積物も食べている。
一方、プランクトンを食べるブラウンクロミスは、タンパク質や微量栄養素を豊富に含む糞を排泄する。
レンペル氏は、ブラウンクロミスの糞は、ほかの魚たちにとっての栄養補助食品のようなものだと説明する。「これが本当のビタミンシー(sea)です」
多様性に富む腸内細菌で健康に
オーストラリア、南オーストラリア大学の微生物生態学者であるバーバラ・ドリゴ氏は、多くの鳥にとって、食糞は有益な腸内細菌を摂取するための行動なのではないかと考えている。その理屈は、健康なドナーの便に含まれる腸内細菌を病気の患者に移植して腸内細菌叢(そう)を改善する「糞便移植治療」と似ている。
ドリゴ氏は、ある種の渡り鳥は、新しい土地に到着すると、そこにすむ鳥たちの糞を食べて、その土地の食べ物を効率よく消化するのに役立つ腸内細菌を獲得しているのではないかと推測している。
オオバンという鳥のひなはしばしば親鳥の糞を食べるが、彼らの行動もまた、その土地の食べ物を消化するのに必要な腸内細菌を摂取するためかもしれない。
また、南アフリカの研究施設で飼育されているダチョウのひなを対象とした実験では、親鳥の糞を食べさせたひなは、食べさせなかったひなに比べて腸内細菌叢が多様性に富んでいて、成熟も早かった。生後8週目の時点で、親鳥の糞を食べさせたひなは体重が約10%重く、腸の病気で死ぬ割合も低かった。
ドリゴ氏は、免疫系を多様な腸内細菌にさらすことは健康に良いと言う。「一般に、食糞を行う鳥は、行わない鳥よりもはるかに健康です」
メリットとデメリット
とはいえ食糞にはリスクも伴う。例えば、鳥の糞には、下水や農薬に含まれる危険な物質や、その他の人工的な有害物質が混ざっているかもしれない。
また、糞を食べた動物は、病気がうつったり、腸内寄生虫や有害な細菌に感染してしまったりする可能性もある。
それでも多くの動物にとって、少なくとも自然界に存在する脅威については、食糞行動のメリットがデメリットを上回っているのかもしれない。
動物の消化器官は人間よりもはるかに頑丈で、病気や寄生虫、有害な細菌に対する抵抗力がある可能性が高い。ランビン氏は、おそらく人間はうんちを食べて病気にならないように、進化の過程で生まれつきうんちを嫌悪するようになったのだろうと推測している。
「イヌが糞を見るときに、臭いものに反応しているようには見えません」と氏は言う。「体に良いものなら、嫌悪することはないでしょう」
文=Katarina Zimmer/訳=三枝小夜子(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2024年11月9日公開)
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