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「中国版・失われた30年」が始まる理由と向き合い方

エミン・ユルマズの未来観測

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中国2位の大手不動産デベロッパー、中国恒大集団(エバーグランデ)が、米国で連邦破産法15条の適用を申請しました。これは同社の問題だけでは終わらず、「中国版・失われた30年」の始まりを告げるケースの一つと考えるべきでしょう。世界経済にも影響があり、投資家も注意が必要です。

中国で起きているのは不動産バブル崩壊ですが、日本の1990年代に起きたそれと比べてもはるかに深刻な状況と言えます。中国首位の不動産デベロッパー、碧桂園控股(カントリー・ガーデン・ホールディングス)も経営危機を迎えており、首位と2位の2社だけで、負債額は76兆円という規模に達しているようです。

日本のバブル崩壊においては、90〜92年頃までに破綻した企業の負債額は最大でも数千億円規模でしたが、そこから10年以上かけて、最終的な不良債権処理の総額は100兆円を超えました。中国は最初の2社だけで76兆円なら、今後10年でどこまで不良債権が膨らむのか、想像もつきません。

最悪のタイミングで規制

日本とは異なるこの国の問題点は、経済の不動産セクターへの依存度の高さです。国内総生産(GDP)に占める比率は3割に達し、今の日米はもちろん、90年代の日本と比べても格段に高いのです。

これは歴史的に中国では、土地が「資源」のような位置付けだったことが背景にあります。それぞれの地方政府が土地の使用権を売却することで財源を捻出する構造になっており、地価が高騰するほど地方財政が潤うため、政府系金融機関が積極融資し、バブルを後押しする状況が続きました。

その構造が永遠には続かないことは中国政府も認識しており、2020年にはバブルの軟着陸を目指して、不動産向け融資の規制を打ち出しました。しかし、タイミングが不幸にもパンデミックによる経済失速と重なってしまい、急激なバブル崩壊の引き金を引くことになったのです。

中国の不動産の空室率は今、主要国の中でイタリアとスペインに次いで高い水準です。しかし、別荘需要が高い2国とは異なり、中国の空室は人口の減り始めた地方のタワーマンションに代表されるような、「最初から入居者が見つかる見込みのない」空室です。こうした不良債権の処理が終わるまで、個人も企業も投資や消費を抑えざるを得ません。

さらに追い打ちをかけるのが、習近平政権が不動産以外のセクターにもダメージを与えている点です。習近平は改革開放路線をやめ、毛沢東時代のような完全な独裁国家への回帰を意図していると思われます。ネット企業やソフトウエア企業を締め付け、周辺国との対立により海外からの直接投資を遠ざけ、最先端の半導体を入手できない状況を招きました。

半導体については国産化に挑んでいますが、先進国の技術に追い付くことはまず無理でしょう。たとえ中国が台湾を占領し、台湾積体電路製造(TSMC)の工場を無傷で手に入れたとしても、同じクオリティーの半導体は造れないのです。今、中国全土の中で最も不動産価格の下落率が大きい地域が、ハイテク産業の集積地・深圳であることは象徴的です。

不動産の落ち込みをカバーできるエンジンがない以上、10年後には経済成長率が1%まで落ちていても不思議はありません。日本で起きた「失われた30年」を、はるかに大きな規模で再現する可能性が高いでしょう。

日本の不動産に下落圧力

長く続く中国の不況は、世界経済にもマイナスのインパクトを与えることは避けられません。既に日本企業にも工作機械の需要減などの影響が出ています。株式投資においても、当面は公益やヘルスケア、食品、日用品などディフェンシブセクターが有利でしょう。

興味深い動きが「ロレックス価格の下落」です。時計だけでなくブランドバッグやワインなど、富裕層の好むラグジュアリー商品がバブル崩壊のような値動きになっています。

世界的な金融引き締めが背景にありますが、買い手として中国の富裕層の財力が弱まっている影響もあるでしょう。多くの場合、経済危機に直面した富裕層は、資産の換金売りに走ります。そして、換金売りの対象になりそうな資産の一つが「日本の不動産」です。遠からず、日本の地価に下落圧力がかかる可能性があります。

日本にとっては、福島第1原子力発電所の処理水放出を端緒とした、水産物の禁輸の影響もあります。こうした日本たたきもまた、経済不振への国民の不満をそらす目的で中国政府があおっているのであり、不動産バブル崩壊の副産物なのです。12年頃に吹き荒れた反日運動も、背景には当時の中国景気の悪化がありました。

ただし、直近では政府系メディアが「極端な情緒をあおる言動は慎むよう」と社説に書くなど、むしろ反日運動を鎮静化させるような動きも見せています。12年時と比べても経済実態が悪すぎて、反日の余裕もなくなりつつあるのかもしれません。

今、日本経済に必要なのは「中国需要に依存しない」構造をつくることです。インバウンド需要は中国の団体客なしでも十分に盛り上がっていますし、不動産価格は少し下がった方が日本人にとってポジティブでしょう。中国から撤退する直接投資は日本にも向かい、GDPに対する直接投資の比率は既に日本が中国を逆転しました。中国の自滅を、日本にとって追い風にすることが可能なのです。

エミン・ユルマズ
トルコ出身。16歳で国際生物学オリンピックで優勝した後、奨学金で日本に留学。留学後わずか1年で、日本語で東京大学を受験し合格。卒業後は野村証券でM&A関連業務などに従事。2016年から複眼経済塾の取締役。ポーカープレーヤーとしての顔も持つ。
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