踊る株式市場、青ざめる債券投資家
編集委員 北沢千秋
日銀の量的・質的緩和は通貨安と、株式や不動産など資産価格の上昇を目指す政策だ。狙い通りに2年後に消費者物価の上昇率が2%になっているか、景気が本当によくなっているかはわからない。景気や企業業績がいつまでも市場の期待に追いつけなければ、株価は実体から乖離(かいり)した水準に置き去りになる可能性もある。それでも、政府と日銀が一体となって資産価格を上げようというのなら、「ありがたくその流れに乗ろう」というのは、株式市場の参加者として間違った振る舞いではないだろう。市場の格言いわく「音楽が鳴り続ける間は踊り続けよう」。ただし、音楽が鳴りやむ前には踊りの輪からひっそりと抜け出ていたい。
てんやわんやの機関投資家
量的・質的緩和(QQE=Quantitative and Quality Easing)を受けた市場の動揺が収まらない。多くの機関投資家は債券市場の混乱と、今年度の運用方針の早々の見直しでてんやわんやの状況という。異次元緩和で市場の枠組みと相場想定ががらりと変わってしまったのだから、それも当然だろう。
マネタリーベースを2年間で倍増し、世界の通貨安競争の先頭に立つ。国債市場では年間発行額の7割を吸収し、国債運用一辺倒だった投資家を締め上げる。円安と長い金利の低下効果で株高を誘い、場合によっては株価指数連動型上場投資信託(ETF)と上場不動産投信(REIT)の(これまでのような買い支えではなく)積極購入で市場に直接手を突っ込む――。QQEを株式市場流に意訳すれば、そんな感じだろうか。
締め上げられる債券投資家はたまったものではない。「業界の死活問題。資産と負債の両面で対応を迫られる」。ある大手生命保険会社の関係者は声を潜めてそう話す。
資産サイドは運用の問題だ。これまでは長期国債が運用の柱だったが、日銀の大量購入により、このままでは計画した投資額と利回りは確保できそうにない。しかし、生保は財務の健全性を求めるソルベンシーマージン規制の対応で、株式に新規資金を振り向けられない。結局は外に向かうしか選択肢はなく、「議論しているのは、今は為替ヘッジ付きが大半の保有外債からヘッジを外すこと。その次の段階ではヘッジなしの外債投資を増やさざるを得なくなりそう」という。
運用で言えば、置かれた立場は信託銀行や年金基金も大同小異だろう。日銀がどこまで想定したかはわからないが、大胆な金融緩和策として度々俎上(そじょう)に載った外債購入は、機関投資家のポートフォリオ・リバランスによって、自ら手を下すことなく現実のものになる可能性がある。
負債サイドの問題は商品組成。生保の主力商品である一時払い保険は超長期国債が原資産。ところがその超長期国債が品薄になり、利回りも一段と下がるとなれば商品供給はままならない。さらに物価上昇の予想が人々の間に広がれば、インフレに弱い生命保険からの資金流出につながりかねず、そうなれば生保間で予定利率の引き上げ競争が始まるかもしれない。その関係者は「いずれ生保からは株式運用の自由度を広げるよう、緩和を求める声が上がるのではないか」と予想する。
資産バブルを予見する動き?
一方の株式市場は「同じ投資家なら踊らにゃソンソンの相場」(藤戸則弘・三菱UFJモルガン・スタンレー証券投資情報部長)と、QQEを受けて一段と強気に傾いた。日銀の黒田東彦総裁が4日の会見で「(株式の)リスクプレミアムを圧縮する」と、株価の上昇を促すかのような発言を繰り返していたのを見て、強い印象を受けた市場関係者は多かった。「日銀総裁がそこまで言い切るなら」と、株価水準の論議はひとまずおいて、相場のさらなる上昇に賭けようと考える投資家が増えたとしても不思議はない。
すでに市場では、資産価格の急騰(資産バブル?)を予見するような動きもある。例えば、今や東証1部の売買代金上位の常連で、「異次元緩和の象徴銘柄」といわれる不動産ファンドのケネディクスだ。
株価は2月半ばの安値1万8520円から、金融緩和と資産価格の上昇を期待しながら上げ続け、4月9日高値の8万4900円まで4.6倍に急騰した。不動産流動化関連が大相場を演じた2005年には40万円超の高値を付けた銘柄だが、前期まで5期連続の無配、予想PER(株価収益率)は約170倍だ。それでも藤戸氏は「環境が変わり利益が出始めると劇的に業績が変化する銘柄。まだ相場は終わらない」とみる。
「いったん踊り場入り」の声も
もっとも、ケネディクスはかつての仕手株のような例外的な存在で、「1980年代のバブル期と違って業績予想に基づく正しい反応が今の市場の主流」(広木隆・マネックス証券チーフ・ストラテジスト)という声もある。株式市場で踊るにしても、踊り方が肝心というわけだ。短期的には電力や商社、保険株など出遅れ銘柄が強烈に買い直された前週末までに1つのサイクルは終わった、というのが広木氏の見方。今月下旬に本格化する決算発表を確認しながら業種や銘柄を選別し、相場は再スタートすると予想する。連日の大商いに浮かれているかにみえる株式市場だが、「そろそろいったんは踊り場入り」という声は意外に多い。
踊り方とともに気になるのは、バックグラウンドの音楽がいつまで鳴り続くかだ。多くの市場関係者が気にするのは米連邦準備理事会(FRB)の出口戦略。日本株の上昇は日銀のQQEだけでなく、世界的な金融緩和と米株高が原動力。片方のエンジンの出力が低下したら、日本株をほぼ一手買いしている海外投資家の姿勢も変わる可能性があるからだ。
「次のFRB議長が誰になるかで違ってくるが、あと1年は好環境は続く」というのが藤戸氏の見方。一方、あるエコノミストは「米景気の回復が順調ならば、日本市場のバカンス期間はあと半年程度」という。投資家は世界景気と米国の金融政策を横目で見つつ、踊りの輪から外れるタイミングを見計らわなければならないようだ。