iPhoneは孫正義氏のものであり続けられるのか
ジャーナリスト 石川 温
米アップルのスティーブ・ジョブズ最高経営責任者(CEO)退任の報から一夜。日本ではソフトバンクモバイルが独占販売するアップルのスマートフォン「iPhone」の扱いについて、がぜん関心が高まっている。これまでソフトバンクの孫正義社長とジョブズ氏の特別な関係が支えていたとされる独占販売。新CEOに就任したティム・クック氏のもとでこれからどのような変化が起こるかを予測してみた。
4年で「携帯電話を再定義」したiPhone
8月24日(米国時間)、アップルはジョブズ氏がCEOを退任することを明らかにした。後任には最高執行責任者(COO)だったクック氏が就任した。
ついにこの日がやってきてしまった。病気療養と現場復帰を繰り返していたジョブズ氏。CEOからの退任は時間の問題とされていたが、9月後半から10月前半にiPhoneの新モデル発表があるとの期待のなか、直前の退任発表となった。
ジョブズ氏が最後に公の場所に登場したのは今年6月の開発者向けイベント「WWDC(Worldwide Developers Conference)」の基調講演だった。発声がやや小さく、他の幹部がプレゼンテーションをしているときは舞台袖で椅子に座って待機するなど、体力的に不安を感じさせるシーンも見えた。それでもジョブズ氏のプレゼンテーションは観客を魅了するいつも通りの素晴らしいものだった。2時間という例年にない長丁場の講演をこなして安堵したのか、終了後には夫人と抱擁する姿も目撃されている。
2007年にジョブズ氏が「携帯電話を再定義する」と宣言し発売したiPhoneは瞬く間に世界を席巻した。この4年間で世界規模でスマートフォンブームが起こり、米グーグルは「Android(アンドロイド)」というプラットフォームを構築。それまで「巨人」と称されたフィンランドのノキアは一気にシェアを落とし、米マイクロソフトに救いを求めた。日本市場を見ても、従来型の携帯電話からスマートフォンに軸足が移りつつある。すべてを一変させたのはiPhoneの登場だった。
ジョブズ氏がiPhoneを発表していなければ、日本市場はいまだに高機能携帯電話が主役に君臨していたはずだ。
ドコモを出し抜いた孫氏のジョブズ氏との"友情"
iPhoneが3G(第3世代携帯電話)対応となり日本に上陸する際には、本命とされていたNTTドコモではなく、ソフトバンクモバイルが独占的に販売権を獲得した。背景にはジョブズ氏と孫社長の古くからの友人関係があったといわれる。アップルからの厳しい条件をのめなかったNTTドコモに対し、iPhoneに惚れ込んだ孫社長は、アップルから突きつけられた販売台数ノルマをこなす決意を固めたとされる。
その信頼関係は、10年のWWDCでも垣間見えた。プレス向けiPhone4のタッチアンドトライ会場で孫社長が新端末を触っていると、そこにジョブズ氏が現れてiPhone4の操作を直接レクチャーしたのだ。世界中から最重要人物たちが集まるなか、ジョブズ氏は報道関係者でごった返す会場から孫社長を見つけ、孫社長だけにレクチャーを行った。まさにジョブズ氏にとって孫社長は「特別な関係」といえるのだ。
発売当初、「1国1携帯電話事業者」にしか販売権が与えられなかったiPhoneは、いまでは世界の先進国のほとんどで複数の携帯電話事業者から売られている。孫社長は「独占契約ではない」と言うが、日本ではソフトバンクモバイルの独占状態が続いている。ほかの携帯電話事業者がアップルの要求をのめないというふがいなさもあるが、アップルがソフトバンクモバイルを優遇しているのは明らかだろう。
アップルのタブレット端末「iPad」では、「SIMロックフリー」で売られることを知ったNTTドコモの山田隆持社長が「microSIMカードを用意する」とコメントするや、孫社長は米国に飛んでジョブズ氏に直談判したという。これによって世界のほとんどの国でSIMロックフリーでiPadが売られているにもかかわらず、日本国内だけはNTTドコモのSIMカードを使えない特殊仕様となった。恐らくこれも孫社長とジョブズ氏の"友情"が成し得たものだろう。
「どの携帯電話事業者でもiPhoneが買える」
ではジョブズ氏の退任後、アップルとソフトバンクモバイルの関係はどうなるのか。世界を見渡すと、iPhoneの複数事業者(マルチキャリア)展開は加速度を増している。米国ではシェア第2位のAT&Tの独占販売だったものが、11年2月にシェア第1位のベライゾン・ワイヤレスからCDMA方式のiPhone4が登場。6月にはアップルが自らSIMロックフリーモデルの販売に乗り出した。
9月以降に登場するとされるiPhoneの新モデルは、第3位のスプリント・ネクステルからも発売されると噂されている。米国では「どの携帯電話事業者でもiPhoneが買える」環境が整いつつある。
クック氏は、COO時代にサプライチェーン管理で手腕を振るってきた。CEOに昇格したことで、クック氏がさらなるiPhoneの販路拡大に乗り出すことは間違いない。
すでにクック氏とも関係築く孫社長
では日本はどうなるのだろう。NTTドコモは、iPhone獲得には乗り気ではないことを今年の株主総会で明らかにした。一方のKDDIはiPhoneのCDMAモデルが米国で発売されたことで、獲得の準備を水面下で進めているもようだ。あとはアップルから要求される販売台数ノルマをのめるかにかかっているのだろう。KDDIがiPhoneを導入し人気を集められれば、NTTドコモもiPhone獲得に動き出すかもしれない。
ジョブズ氏が第一線から退くことによって「友情」という最強の武器を使えなくなるソフトバンクの孫社長。当然のことながらクック新CEOとも友好な関係をすでに築いているようだ。
今年のWWDC終了直後には、孫社長とクック氏が仲良く談笑している姿を見かけた。まわりの数多くのアップル経営陣がいるなか、孫社長がまっさきに握手をして話しかけたのがクック氏だった。
ジョブズ氏がアップルのCEOを退任しても、孫社長がアップルからのiPhone販売台数ノルマを達成し続けられる限り、ソフトバンクとアップルの密な関係は続いていくのかもしれない。
月刊誌「日経Trendy」編集記者を経て、2003年にジャーナリストとして独立。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。近著に「グーグルvsアップル ケータイ世界大戦」(技術評論社)など。ツイッターアカウントはhttp://twitter.com/iskw226
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