萌え系だけど過酷 アニメ「まどか☆マギカ」の型破り
制作者が語るヒットの秘密
深夜アニメとして1~4月に毎日放送(MBS)やTBSなどで放送された「魔法少女まどか☆マギカ」が熱い支持を集めている。5月発売のブルーレイ・ディスク(BD)第2巻は初週販売数が5万4000枚(オリコン調べ)となり、テレビのアニメ作品としては過去最高を記録した。深夜アニメは視聴者の大半が10代後半から30代の男性。放送終了後も目の肥えたアニメ通を引き寄せる作品の魅力は何か。プロデューサーの岩上敦宏氏と脚本を担当した虚淵玄氏に聞いた。
決断できないまま、傍観を続けるまどかの前で魔女との戦いに敗れた魔法少女たちが次々に倒れていく。大災害を引き起こす最強の魔女が街に迫り、まどかを助けるために戦う魔法少女の力も尽きたとき、まどかはついに契約を決意する。ある願いをかなえる代わりに魔法少女となったまどかはすべての人々の記憶から消えてしまう。たった1人の友達を除いて……。
2~5月に出版された関連コミックスの販売数は160万部以上。第4巻まで発売中のBDも男性ファンを中心に好調な売れ行きが続く。「このメンバーで作れば、おもしろい作品ができる」。岩上氏の読みはまんまと当たった格好だが、「ここまで評価されるとは」と驚きも隠さない。
監督の新房昭之氏は「まどか☆マギカ」が塗り替えるまでBD販売の最高記録を保持していた「化物語」を手掛けたヒットメーカー。キャラクター原案にはほのぼのとした絵柄でテレビアニメにもなった人気漫画「ひだまりスケッチ」の蒼樹うめ氏を起用し、全12話のストーリー構成と脚本は虚淵氏に託した。
深夜アニメは「番組改編期にどんな新作があるのか、必ずチェックしている熱心なファンが多い」。ち密で時に暴力的な描写でファンからの支持を集める虚淵氏と蒼樹氏の組み合わせに企画の発表直後から、インターネット上では「かわいい絵柄でどんな殺伐とした話になるだろう?」といったファンの声が飛び交った。
「まどか☆マギカ」の企画を立てたのは3年前。当時、深夜アニメは漫画や小説など人気の原作があるのが当たり前。オリジナルの作品では当たらないとされていた。ただ、原作のあるアニメの場合、インターネットなどを活用すれば、先々の展開についての情報が容易に手に入る。こうした作品に慣れた深夜アニメのファンに「先読みしにくいオリジナルの作品で勝負を挑んだ」。
(いわかみ・あつひろ)1972年群馬県生まれ。東京外国語大卒、97年アニメ製作会社アニプレックス(東京・千代田)入社。プロデューサーとして、劇場版「空の境界」(07年)、テレビ「化物語」(09年)などを手掛ける。現在は10月放送予定の「Fate/Zero」(原作は虚淵玄氏)を制作中。39歳。
制作スタッフの人選でファンに驚きを与える一方、作品に関する情報統制を徹底。「わくわくして放送を待つ」よう仕向けた。通常は放送開始の1年前から半年前に行われることが多い企画発表をしたのは2カ月前。ファンの間で作品に関する話題が盛り上がっているまっただ中で放送を始めた。放送開始後も次回予告やアニメ専門誌を通じた情報提供は制限した。
「手堅い市場」とされる深夜アニメ。「まどか☆マギカ」への注目が一気に高まったのは第3話だった。ほのぼのしたキャラクターデザインで「萌(も)え系」を思わせた明るい雰囲気の物語が一転、視聴者の度肝を抜く展開となった。魔法少女の1人が魔女に頭を食いちぎられるという悲惨な最期を描いたシーンは視聴者の目をくぎ付けにした。
(うろぶち・げん)1972年東京都生まれ。和光大卒。ゲーム制作会社ニトロプラス(東京・台東)に前身から参加。「Phantom PHANTOM OF INFERNO」(00年)などのゲームのシナリオを担当。「魔法少女まどか☆マギカ」で初めてアニメ全話のシリーズ構成と脚本を手掛けた。38歳。
「魔法使いサリー」以来のアニメの定番ジャンルである「魔法少女もののお約束に違和感があった」と話す虚淵氏。「美少女戦士セーラームーン」や「プリキュア」など悪との戦いを描いたシリーズに登場する「根本的に傷つけてはいけないことになっているヒロイン」に対し、「まどか☆マギカ」の魔法少女たちは「中東の戦場に立つ兵士たちと同じ。そんな世界に置かれたとき、どう頑張っていけるのかを描きたかった」という。
定番の魔法少女もののストーリー展開であれば当然、主人公は第1話で魔法少女に変身するはず。しかし、まどかは作品の終盤に差し掛かっても魔法少女になる決心がつかない。虚淵氏はその狙いを「決断の物語にしようと思った」と話す。
深夜アニメのファンの多くはバブル経済崩壊後の「失われた20年」に多感な時期を過ごしてきた。「魔法少女になったことを後悔し、また立ち止まってという作りにしたくなかった。迷いながらも前に進み、意志を持って決断する瞬間をクライマックスにしたかった」という虚淵氏の思惑は先行きの不透明な時代を生きてきたファンの心理にぴたりとはまった格好だ。
東日本大震災による休止期間があったため、最終話を含む最後の2~3話を各テレビ局が同日放送。関西での視聴率は午前3時台は2.3%、占拠率22.6%(ビデオリサーチ調べ)を記録した。最終話の破壊を繰り返す魔女は震災や原子力発電所事故と重なり、魔女に立ち向かう魔法少女たちの姿を無慈悲な世界に直面したときの「希望のあり方」と捉えたファンも多かったようだ。
(堀聡)
〔日経MJ2011年7月29日付〕