鉄道ビッグ3に食い込め、世界20兆円市場争奪戦
日本の鉄道車両機器メーカーが海外市場で存在感を高めている。JRなど鉄道会社に依存する国内のビジネスモデルに縛られず、独自の技術開発や地域性を生かして海外で単独受注に成功するケースが増えている。車両の動力源となる電機品やブレーキなど日本の鉄道機器は安全運行を支える要。「縁の下の力持ち」に世界が注目する。
「今すぐ成都に向かってほしい」。6月、鉄道車両のモーターなどを製造する東洋電機製造の社内が沸き立った。中国の鉄道で2年ぶりとなる日本企業の受注案件が決まったからだ。
納入するのは四川省成都市の地下鉄1号線の延伸用車両に使うモーターや電源などの電機品だ。中国は都市部の人口増加で地下鉄の延伸が不可欠な状況。中国の鉄道案件は急なキャンセルや延期がつきものといわれるが「現時点でキャンセルはゼロ。潜在的な需要は必ずある」。年間30回以上中国を訪問してトップセールスを続ける土田洋社長は手応えを強調する。「(中国は)政治的なリスクはあるができる限りの努力をしたい」
2年ぶりの「偉業」は中国の地下鉄で受注を積んできた同社の実績に裏打ちされている。今回、延伸で受注した地下鉄1号線を最初に受注したのは2007年。10年に2号線、11年には2号線の2期工事に加えて北京地下鉄向けの電機品も受注した。過去15年間で同社の中国の地下鉄向けのビジネスの規模は約300億円に達し、現地メーカーとの合弁会社で現地生産を進めている。
中国では11年の高速鉄道車両の事故や投資縮小、沖縄県・尖閣諸島を巡る日中対立で日本勢の鉄道案件の応札も停滞。中国に強い東洋電機製造も例外ではなかったが、今年に入り高速鉄道向けの受注も一部で回復してきたという。
積雪に頭を抱える欧州北部で強みを発揮する日本メーカーもある。鉄道用ブレーキやドア開閉装置製造のナブテスコだ。
スウェーデンやオランダの鉄道の線路で冬場に活躍するのが「エアージェット」と呼ばれる同社の除雪装置。線路に雪が積もると空気を噴射して自動で雪を取り除く。雪かきをする手間が省けてダイヤの乱れも防ぐ。
ナブテスコは20年前から東日本旅客鉄道(JR東日本)とエアージェットを独自に開発。東北など日本の豪雪地帯で円滑に運転できるように考案した製品だが、「欧州ではこうした装置を開発するメーカーがなかった」(伊牟田幸裕執行役員鉄道カンパニー社長)ことから商機が生まれた。
「欧州市場はビッグ3の牙城。単独で入る余地はなかった」。伊牟田氏は機器メーカーが単独で欧州市場に食い込む難しさを語る。ビッグ3とは車両大手の独シーメンス、仏アルストム、カナダのボンバルディア。車両だけでなく機器やシステムも総合的に手掛けており世界の鉄道市場で5割のシェアを持っている。
ナブテスコは今年、シーメンスなどと取引がある伊社を買収して欧州参入の足掛かりをつくった。ビッグ3はアジアの鉄道市場にも強い。ナブテスコは車両向けのドアを通じて販売地域の拡大を狙う。
ブレーキや信号など安全運転の要である日本の鉄道技術は海外でも評価されている。ただ、営業面の種まきは立ち遅れている。政府や鉄道会社、車両メーカーを含む「日本連合」方式の海外セールスに便乗できても、新興国などではコストの壁が立ちはだかるからだ。
ベトナムの高速鉄道計画では当初、日本勢が想定していた構想が現地政府の意向もあり、変更を余儀なくされている。鉄道運営の実績が少なく資金余力がない新興国では車両用機器の最終的な決め手が技術よりも価格となることが多い。
さらにここに来て、海外展開が遅れていた鉄道会社も単独で海外企業との提携に動き始めた。JR東日本は仏社から信号システムを導入する。JR東日本系の総合車両製作所も仏アルストムと提携し、欧米で普及する次世代型路面電車(LRT)の共同開発で合意した。
日本で通用したJRなど鉄道会社を核としたファミリー企業が海外でも同じ顔ぶれで受注できる保証はない。国内機器メーカーの間には「フタを開けたら部品は海外製ばかりとなりかねない」という不安が広がる。
こうしたなか、国籍を問わない全方位外交で実績を積むのが三菱電機だ。取引相手を日本の車両メーカーに限定せず、韓国の現代ロテムやスペインのCAFといった海外車両メーカーに販路を拡大。お家芸である省エネ型の電力変換装置(インバーター)はロシア地域の老朽化車両の更新向けに納入が決まっている。
日本の車両や機器メーカーの大半は、国内の売上高は横ばいで、海外の伸びが事業の伸びに直結する構造ができあがっている。ただ日本の車両大手5社を合わせても世界シェアは1割に満たないなど、日本勢の国際展開は周回遅れの状況が続く。
欧州鉄道産業連盟の統計では世界の鉄道車両ビジネスの規模は15~17年に年間平均20兆円に上るとされる。機器は車両に比べて更新の頻度も高く、大型の案件が継続的に獲得できれば保守ビジネスにも商機が生まれる。グローバル競争で存在感を高められるか。技術力だけに依存しないしたたかな戦略が求められる。
(産業部 川上梓)