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花王を悩ます「FAX信仰」、コロナ特需で電子化進まず

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新型コロナウイルスの感染拡大の結果、在宅勤務によるテレワークが当たり前になり、様々な局面で接触を減らす努力がなされるようになった。変化を余儀なくされる中で浮かび上がってきたのは、デジタルを使いこなせていない日本の姿だ。特別定額給付金を巡る混乱や押印のための出勤など、デジタル化を真剣に進めていれば、容易に解決できた問題も多い。多くの日本企業も、コロナ禍を契機にデジタル化をもう一歩加速しようとしている。花王もそんな1社だ。

花王で業務用消毒液や洗剤などを製造・販売する花王プロフェッショナル・サービス(PS、東京・墨田)には連日、取引先から1300枚近い発注書がFAXで届く。委託先の担当者は毎朝、FAXでの注文内容を確認して手入力し、出荷の手続きをする。翌日に取引先に届けるためには、入力は午前中に終える必要がある。アナログながら短時間で処理しなければならない戦場だ。

だが、中には文字の判別ができないものや日付と曜日がずれているものなど、確認が必要な注文書もある。その数は毎日100枚ほどになる。それぞれについて営業担当者が取引先に電話で確認し、正しい内容を聞いて入力し直す。確認作業には30分ほどの時間がかかってしまうが、それでも正午までに入力を済ませなければならない。

オンラインでの受発注システムが広く浸透していく中で、今も残るFAXでの受発注。日本を代表する大企業である花王もまた、FAXの呪縛に悩まされ続けている。

同社が量販店に提供する家庭向け製品の多くは「流通BMS(ビジネスメッセージ標準)」と呼ばれる流通業界向けの受発注システムを使って注文が来るため、99%は電子化されている。だが、業務用製品の取引先は病院やホテル、公共施設などが中心で流通BMSは使えない。中小規模の事業者も多く、独自にシステムを構築できるところは少ない。発注作業で今でもFAXが主流なのはそのためだ。

FAXでの非効率性は新製品の発売や価格改定などでも顕著だ。FAXでオーダーしやすいよう、「注文書」を作成して取引先に配布している。だが、新たな商品が追加されたり、価格が改定されたりするたびに、取引先に渡す注文書を差し替える必要がある。それでも、「使い切るまでは前の発注書で」という律義な取引先もあり、新商品は手書きで追記されてくるため判別に時間がかかるというマイナスもあった。

独自の受発注システムを構築しても、取引先の中小企業が対応していないためFAXがゾンビのように生き残る。花王の事例は、日本が抱えるデジタル化の遅れの象徴ともいえる。

電子化が進まない3つの理由

花王は2017年に一念発起し、「FAX一掃作戦」を開始した。FAXでの受発注をやめて、電子化を進めるというものだ。ただ、FAXを使う取引先の数は約5000を超える。一筋縄にはいかない戦いの始まりだった。

花王はBtoB(企業間取引)プラットフォームを手掛けるインフォマートのサービスを使い、取引先が業務用製品もオンラインで注文できる環境を整えた。システム利用料は花王が持ち、取引先に費用負担が発生しないよう配慮した。

作戦開始から3年近くたつ今、どれだけFAXを減らすことができたのか。花王PSで脱FAXを中心となって進めてきた統合オペレーショングループの依田健治部長は「コロナショック以前の時点で取引先の約45%は電子化できた。ただその後、消毒液特需が発生し、今は4割を切る状況」と語る。

1日当たりのFAXによる発注書は1400件から減少したものの、消毒液の特需もあっていまだに1300件近く寄せられるという。人件費の高騰から、委託業務の費用もかさみがち。全社を挙げて電子化に挑んでいるが浸透は鈍い。

なぜここまで電子化が進まないのか。依田氏は大きく3つの理由を挙げる。1つはシステム投資にかかる費用だ。システムを構築するためには投資が必要になる。システムを使えば発注状況や履歴を簡単にみられる利便性はあるものの、その利便性を理解してもらった上でシステムに資金を投じてもらうのは容易ではない。一方、FAXは大きな投資が必要なく使い方も簡単だ。

営業担当者としても、注文してくれる大切な取引先に自社のシステム利用を無理強いすることはできない。時には依田氏自身が取引先に出向く。取引先の社長や担当者にパソコンを触ってもらえば「こんな簡単なら使ってもいい」と理解してもらいやすいという。

2つ目の理由は取引先の人材不足だ。IT(情報技術)リテラシーの高い人材が慢性的に不足がちで、新しいシステムや制度を導入することに及び腰なのだ。結果、「今まで通りのFAXが一番良い」という結論に至ってしまう。依田氏自身が取引先に出向くことは2つ目の理由を解消する上でも意味がある。

3つ目の理由は、システム連携の難しさだ。取引先の企業や事業所は花王以外にも多くの取引先を持つ。電子化に伴い、専用のフォーマットをそれぞれに用意されると現場が混乱してしまうリスクがある。独自に注文のフォーマットを用意している取引先も少なくなく、こうしたところは「電子化の切り替えはなお難しい」と依田氏は語る。

花王PSが現状掲げる目標は「30年までに90%の電子化」。長期的な目標に、花王の苦悩が垣間見える。中小事業者を中心としたFAX信仰は、そう簡単に消えそうにない。

(日経ビジネス 白壁達久)

[日経ビジネス電子版 2020年9月8日の記事を再構成]

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