「株価はピークに達しつつある」グリーンスパン氏一問一答
FRB元議長、単独インタビュー
アラン・グリーンスパン米連邦準備理事会(FRB)元議長(93)は日本経済新聞との単独インタビューで「米株価はピークに達しつつあるようにみえる」などと市場の過熱に懸念をのぞかせた。もっとも実体経済面では、民間企業の過大投資の懸念は小さいと指摘し、緩やかな成長が続くと主張した。一問一答は以下の通り。
――米経済は拡大局面が過去最長の11年目に入りました。一方で、マネーの膨張で金融バブルのリスクも懸念されています。景気後退や金融危機の兆候はありますか。
「景気循環の節目を見極める際に重視しているのは、非金融民間企業のキャッシュフローに対する資本支出の割合だ。過去50年にわたって同データを調べると、景気後退に陥るのはこの比率が『純借り入れ』になった後だ。ただ、現時点ではまだ『純貸し付け』の状態だ。このような状態で景気後退に突入したことはなく、短期的にみれば、経済は緩やかな成長が続くとみている」
「株価は極めて大きなブームが続いており、チャートをみる限りはピークに達しつつあるようにみえる。貿易戦争が進行する中で株価が上昇し続けると想定するのは、私としては非常に困難だ。長く続いてきた株価の上昇が下落に転じれば、実体経済にもたらすインパクトも大きい。それは回帰分析をすれば簡単にわかる。S&P500種株価指数が10%上昇すれば、国内総生産(GDP)を1%引き上げる誘発効果がある。決して小さい数字ではなく、投資家が市場の下振れを意識するようになれば、これまで想定したよりも極めて困難な問題となるだろう」
「もっともよく覚えておいてほしい。株価の上昇はさまざまな利益をもたらして、GDPに影響を及ぼす。そのうえで株価のチャートをみれば、右肩上がりがいつまでも続くことはない。私は長期的な経済の観点では、社会保障制度による成長率の下押しを悲観的にとらえている。ただ、株価の下落を予測するのはあまりにも時期尚早だ。もっとも、極めて短期間でそのような事態に見舞われるかもしれない」
「長期金利の低下は構造的に長引く」
――日米欧ともそろって政策金利は歴史的な低さにあります。金融政策の有効性が薄れつつあるのではないですか。日欧ではマイナス金利という歴史的に異例な事態も発生しています。
「政策金利は部分的に有効であるのは間違いがないとしても、経済そのものに反することはできない。政策金利の低さは、生産性の低迷など広範な経済活動の鈍化の結果だ。未曽有のインフレを沈静化させたボルカー時代が終わって以降、金融政策は決定的に効果的だとは言えなくなっている。金融政策のインパクトは徐々に薄れており、私がFRBにいたときも、何の出来事もなかった期間が極めて長く続いたことを思い出す」
「マイナス金利についてだが、問題の根源を探る必要がある。1つは地球全体が高齢化社会になりつつあり、20年後や30年後の価値を考慮するようになったということだ。突如として自らの長寿を考えるようになり(年金マネーなどが)30年債という超長期債を買い入れるようになった。結果として債券価格は上昇し、利回りは下落する。今起きている現象は、こうした金融市場の動向を反映したものだ。人口高齢化は着々と進行しており、基本メカニズムを反映した長期金利の低下は構造的に長引くだろう」
高齢化が経済成長を抑圧
――資本主義は行き詰まって機能不全に陥っているようにみえます。現代産業資本主義が今なお最も効果的な経済システムだと考えていますか。
「その答えは『イエス』だ。資本主義に問題がないわけではないが、歴史的にみれば人類の全体の生活水準を引き上げ、平均余命そのもの延ばしたという事実がある。社会主義や全体主義など様々なシステムが試されたものの、いずれもモノとサービスの世界で歴史的に成功に近づいたとすらいえない。資本主義で成功してきた米国は、依然としてイノベーションを生み出して、現代世界の中で経済成長を続けている。資本主義は経済が最も効率的に機能する基本メカニズムだといえる」
――その米国も低成長に苦しみ始めているようにみえます。
「統計的にみて生産性が減速しているのは事実だ。米国だけでなく日本や欧州も同様だが、成長の鈍化は資本主義そのものの問題ではなく、人口高齢化の影響が大きい。かつて、高齢化が進む前の人々は、死ぬまで働き、退職という概念もなく、社会保障制度もなかった。米国では第2次世界大戦後に本格的に社会保障制度が構築されるようになり、長年にわたって社会保障にかかるコストが民間貯蓄から吸い上げられるようになった」
「本来は民間貯蓄から回るはずだった民間設備投資へのマネーが、社会保障制度のために乏しくなってしまった。米国では社会保障支出が増えるにつれて国内総貯蓄が減少していることがデータで裏付けられており、それが鏡をみるように資本投下の減退という数値と一致している」
「資本主義経済を支えるのは資本投下そのものだ。高齢化による社会保障制度の拡大が資本投下を減退させ、結果として生産性の低下につながって、それが資本主義経済の活気を損なう結果となっている。このことからも言えるのは、高齢化社会の進展は、経済成長を明らかに抑圧するということだ」
「中国、自由化なら西側抜く」
――米国や日欧など西側が低成長で苦しむなか、中国型の経済モデルが急成長しています。国家資本主義は産業資本主義に打ち勝つことになるのでしょうか。
「まず、中国は社会主義から資本主義に衣替えしてきたという事実がある。中国人はこういう言い方を好まないだろうが、毛沢東体制以降の中国で起きたことはそういうことだ。それは明らかに資本主義経済への転換だった。私が政策当局者だった当時、朱鎔基(元首相)とは個人的にも親密な友人で、頻繁に会っていた。彼は常にこう聞いてきたものだ。『中国経済を米国のようにするにはどうすればいいのか』と。それは真剣な問題だった」
「鄧小平時代以降、習近平(シー・ジンピン)体制になるまで、中国は10年おきに政権交代してより自由化を進めてきた。西側に追いつくことはなかったものの、そう取り組んできたのは事実だ。その間、国内総生産(GDP)は驚異的なペースで伸び続けてきた。現在、その伸び率は鈍化しつつあるが、それでも年率5%のレベルにある」
「国家資本主義は(朱鎔基氏が自由化に取り組んだ)1990年代のタイプのものであれば、西側を追い越すかもしれない。それは基本的には資本主義システムそのものだからだ。ただ、中国が鄧小平氏や朱鎔基氏の体制から遠ざかるのであれば、経済は減速が避けられないだろう。資本主義が最も効率的な経済システムだと考えられるのは、型破りなイノベーションを生むからだ。言論や行動の自由が損なわれた社会では、そうした革新は生まれにくい。共産党の関与が強まれば強まるほど、経済成長の力は失われるリスクがある」
――米国はその中国に貿易戦争を仕掛けました。両国とも影響は避けられません。
「貿易戦争は両国をそろって敗者にするだろう。関税は自国民の負担にほかならない。税金と同じであって、結果的に関税政策は民間投資を損なうことになって、両者ともにマイナスだ」
「私の懸念は、経済面での関税の役割がほとんど理解されていないことだ。米国は建国当初、資金調達の手段がなかったために関税政策を敷いた。それがよい手段だったというわけでは全くなく、所得税などの課税手段を持ち合わせていなかったので、前近代の米国は関税に頼っただけだ。理論的に考えれば、市場が自由度を失えば失うほど経済成長率は低くなる。それが関税だ。米国と中国のGDPは、足し合わせれば世界の40%にもなる。貿易戦争によって両国経済の拡大が鈍れば、きわめて影響は大きい」
「所得格差は自然の力学」
――資本主義は所得格差を生み出し、結果的には富裕層に有利なシステムとなります。格差問題にどう取り組むべきなのでしょうか。
「まず、所得格差は正義とは何かという問いであり、それをどう定義するかも含め、主に政治の問題だ。ただ、米国で所得格差が拡大していることは、紛れもない事実である。その理由は、我々がますます洗練された知識社会に向かっているからだ。米国で最も急速に成長している主要産業はハイテクセクターだ。まず、こうした経済効率の高い企業からは、尋常ではない規模の報酬がもたらされる。ハイテク分野をつかさどるには、非常に優れた知能が必要になり、その中でも知的で有能な人材にはより分厚く報酬が支払われることになる。それが格差拡大の要因だ」
「政治的には望ましいことではないが、資本主義経済は自然力学として所得格差を生み出すシステムだ。難しいのは、人間はすべて同じではなく、知能指数(IQ)が生まれながらにして高いかどうかだけでも、不平等が生じてしまう。所得格差を避けるには、賃金と物価を厳格に制御するしか手段がない」
「フェイスブックのような巨大IT(情報技術)企業には分割論もある。ただ、こうした企業群が不安定になれば、経済の効率が落ちて経済成長率自体も低下するだろう。IT企業を分割して力を落とすことはできても、再びそれを引き上げることはできない。政治的には魅力的なアイデアだろうが、決してうまくは機能しない」
日本のデータを注視している
――日本も成長率の鈍化に長い間苦しんでいます。どのように解決していけばいいでしょうか。
「日本もダイナミズムを失っているが、それは米欧とは異なる別の問題がある。日本は既に人口が減少に転じており、成長率が一段と抑えられている。資本主義システムの面で日本は(技術の革新力などで)まだ力強さを残していると思うが、人口問題がそれを打ち消してしまっている。マネーが社会保障制度に吸い上げられてしまい、民間投資が押しのけられてしまう構造だ。日本は米国以上に深刻だ」
「それが好ましいといえるわけではないが、日本を上回る高齢化先進国はない。さらに、世界は一体化に向かっており、誰もが高齢化社会に生きるようになる。だから、私は率直に言って、日本のデータを注視している。なんらかの含意があるのではないかと考えている」
(聞き手はワシントン=河浪武史)