ゲーム的な政治のお話
 ネトゲやソシャゲのバランスのお話と。
 ゲームにかこつけて今回の選挙のお話。
・国民それぞれをIDで管理する。
・世帯単位でリレーションを張る。
・それぞれの、収入、支出、資産を紐づける。特に固定資産と流動資産。
・業種、勤務状況。

 この辺りはそれぞれゲームに置き換えれば、オープンソーシャルID、フレンドリスト、アイテムインベントリの紐づけ、ジョブ、ログイン履歴、みたいなものだとして。

 この情報があればゲームの場合「ある施策を行ったら全体の何割が利益を得るか、損をするか」は大ざっぱに出せる。
 ネトゲソシャゲはこれらのデータを基にして仕様を決める。毎週のイベントの内容を変更したり、基本システムの調整を行う。それはゲームとしての質の向上(ユーザー満足度)と、如何に長持ちさせるか(離脱防止)と、課金対策だ。なるべく多くのプレイヤーが満足するようにとゲームバランスを調整する。どんなアコギなゲームでもユーザーはそれに価値を感じるからお金を払っているからだ。(国は価値など無関係に税金払わないと駄目だけども。嫌なら国外へ行く手はある。)

 日本は国勢調査をガッツリとやってる国なので。
 実際の政治でも当然「ある税制を行ったら、全体の何割が利益を得るか。損をするか」の計算はかなり細かく出ているだろう。残念ながら何らかの税制が導入される際、その効果をわかりやすく解説されることは殆ど無いが。
 一体誰にどれだけの負荷がかかり、誰がトクをし、他の方法は無かったのかの議論はもっとされてもバチは当たるまい。


 ちなみに。
 ディアゴスティーニの週刊誌は創刊号の売上でその後の売り上げが90%以上の精度で読めるという。
 ネットゲームは途中の運営の手腕でかなり左右されるにせよ、現在の状況から先を読むのは比較的簡易だ。

 正直、現場仕事以外の意思決定では属人性が絡む部分はそうとうに少なく出来る。「盤上この一手」ではないがこういうデータが出てきたらこういう手を打つしかないというのは多い。

 政治も、属人性もなにもあったもんじゃなくなっているのではないかと思わせる。

 今の「国民が人気で政治家を選び、政治家がしがらみで政策を選ぶ」ろくでもない状況を見ていると、もう面倒くさいので施策とその影響のデータをフル公開してそれぞれの政策に投票する仕組みにでも出来ないかと感じてしまってもバチは当たるまい。
 初音ミクに投票するよりマシじゃないか(そういう思考実験があったんだよ)。そうでもないか?
 もちろんそんなことが出来ないしやることは政府にとって利益がないのは百も承知だが。手がある気もしている。


 単純に「情報を与えなければ、情報を持っている側はルールを有利にコントロールできる」故に、この手の情報は明確化されない。

 ちなみにネトゲ、ソシャゲは、運営が作ったバランスはすぐに解析され研究され最適解をユーザーが発見し、ネットで共有化される。
 運営サイドは隠しておきたい情報でもあっという間に検証されてしまう。これは計算式が検証可能なレベルだからではあるが、かつて両方(ゲーム内の計算式、ユーザーが解析した計算式)の情報を知っていた事があるのだが、使っている式はまるで違うが、近似値が出るというパターンが多かった。

 このモデルを参考にできないか。
 コンピューターも安くなり、それなり以上の計算をソコソコのコストで出来るようになったので。
 政府がやらなくても、第三者が「シミュレーターを作って公開する」ぐらいは今出てきてもおかしくない気がする。
 いわゆる「日本シミュレータ」。

 今もいろいろな学者や一般人がメディアやwebの上で自説を語っているが。
 それぞれ恣意的に自分の説に有利なデータを引っ張ってくるので、現状では信頼性に著しく欠ける。というか信頼性を担保するものが無い。

 誰か、どこかの団体がアホぐらいデータぶっこんで日本シミュレータを作ってみないものか。
 もちろんそれだって信頼性を担保しないから、複数人か、複数団体がそれぞれ複数のアルゴリズムを用いて作る。

 最初はお遊びみたいなものでも、何らかの政策が発表されたり、税制の話が出るたびに、ちょいちょいと数字突っ込んで結果を多くの人が確認できるようにする。
 
 言葉遊びや、気分の問題のような、次世代選挙やら選挙2.1とかより、スタート切れそうな類だと思うが。

 どっかの大学の意識高い学生が学校のサーバ使って公開とかすればいいと思うんだ。
 残念ながら国勢調査データは緩いものしか入手できないだろうけど、サンプリングとしては充分だろうし。

 などと昔、政治カードゲーム(例えば車の税金上げると、車関係業種からの献金と得票が減る、みたいなパラメータアップダウンゲーム)のモック作って遊んだ事があったことを思い出しつつ。適当な事を適当に書いた。

 小選挙区制度による、ダメ極端からダメ極端に振れる今の政治システムは、こういうクダを撒きたいレベルにグダグダで期待感を全くもてない。
 とりあえず一つの思考実験として。そんな感じでグダグダと。


 オマケ

 文中流れが悪いのでオミットした話だけど、スカイプでやたらウケたので一応。

 ネトゲ、ソシャゲは基本的にルールの下での競争なので、資本主義的な社会の模倣でもある。
 ネトゲ、ソシャゲは、ユーザー全てに楽しく遊んでもらう(その結果としてお金を払ってもらう)のが重要なので、強い人弱い人全てがそれぞれ楽しめるようにバランスをとる。
 向上心を持ってもらわないとイカンので、強い人ほど楽しめるが弱い人もそれを目指せるようになっている。ある種の目標目的をちらつかせる事でプレイに駆り立てる構造は資本主義のソレ。
 大きく異なるのは、資本主義は得点できなかった場合の恐怖で追い立てるのと、落伍者の扱い、トッププレイヤーの運営への介入の扱いだ。

 ゲームは落伍者が出ないのがもっとも望ましいが、現実は落伍者が速やかに退場してくれた方がよいシステムで回っている。資本主義は落伍者の不遇さがゲームを加熱させる燃料となっている。

 ゲームはトッププレイヤーといえどもルールには不可侵だが、現実のトッププレイヤーはルールに決める側にいる。

 そんな感じで、現実がクソゲーなのはルールが公平のためでなくトッププレイヤーの地位を磐石にするために作用しているからなんだけど、これはむしろ現実がクソだからゲームはせめてそのクソさを排除する為にルールが作られているのであまりブツクサ言っても仕方が無い。

 ただ最近課金額によって優劣が決まってしまうゲームとかはこの限りでも無いのでこれはまた別のモデルとして考えないとダメな感じ。
 みたいなアルコール入りネタ話。

2012/12/17(月) 02:09:53| 固定リンク|日記| トラックバック:0 | このエントリーを含むはてなブックマーク|
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