はてなキーワード: うなぎとは
奢ってもらう立場なんであれだがドライブ中飲食店の新年会とかあったのを見て「まだ新年会って言える時期なのかねえ?」って言っただけで「あー新年会で焼肉行こうと思ったけどやめたわ」って言われたんだけどこんな地雷予見できなくね?てか純粋に意地悪じゃね?
まえも三島って地名見た時に島じゃないのに島っておかしいねみたいに言ったらじゃあ三島のうなぎ食べさせに連れてかないって言われたことあってこれはまだ人や場所をバカにするようなことを言ってはいけないってしつけとしてまだわかるしそれで言うべきでないこと学んだつもりだったんだが…いくらなんでもこんなところに地雷…?
dorawiiより
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博多に関してはそれなりに古い街なんで探せば見るべきところはある。
目的もなくぶらぶら歩くのが好きって人にとっては面白いんじゃないかな。
なんかかんだで九州各県の美味いものは福岡市内に集まってるので、食べ物目的なら福岡市内だけで概ね満足できると思う。
福岡県内の観光地や他県の観光地に行くにしても、福岡を拠点に目的地へ向かう方が宿泊含めて楽。
九州の交通網はいかに福岡に接続するかを目的に整備されてるので、下手に目的地に直接向かうより便利で費用も安上がりで済むことが多い。
飛行機で福岡行ってそのまま目的地まで移動して観光、福岡で一泊して翌日お土産買って帰るってな感じ。
個人的に福岡県内でおすすめなのは柳川の川下り(お掘り巡り)。
船頭さんの当たり外れはあるらしいけど、俺が行ったときはすごい良かった。
うなぎのせいろ蒸しも美味かった。
https://anond.hatelabo.jp/20260119015840#
奢ってもらう立場なんであれだがドライブ中飲食店の新年会とかあったのを見て「まだ新年会って言える時期なのかねえ?」って言っただけで「あー新年会で焼肉行こうと思ったけどやめたわ」って言われたんだけどこんな地雷予見できなくね?てか純粋に意地悪じゃね?
まえも三島って地名見た時に島じゃないのに島っておかしいねみたいに言ったらじゃあ三島のうなぎ食べさせに連れてかないって言われたことあってこれはまだ人や場所をバカにするようなことを言ってはいけないってしつけとしてまだわかるしそれで言うべきでないこと学んだつもりだったんだが…いくらなんでもこんなところに地雷…?
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260117195137#
高級レストランで食べても値段分ほど美味しくない、みたいな記事を見たんだけど
じゃあ値段と味が比例する食べ物って何?と思って考えた。
家族(俺一人)で話し合った結果は以下の通り。
納得の結果。
ステーキは肉の値段に比例して美味いし、
素材系はだいたい比例する。
パンは値段の上限が低いので、比例しがちだと思う。
異論は認めない。
当時寿司といえば私は回転寿司で、100円のかっぱ寿司以外を知らずに生きていた。そもそも地元にそんなに寿司の選択肢があるわけではなかった。
私にとって寿司とは「そんな好きでもないが、親祖父母が喜ぶご馳走」のイメージが強く、私が寿司を好きと伝えれば、両親は健康的で大変良いと誉めてくれて、それが大変嬉しかった。ガキは単純だから。
良いことがあれば回転寿司に行くのはルーティンで、2から3ヶ月に一度食べるのを楽しみにしていた。マグロは好きではなかったが、食べれば皆が喜んだ。
100円以上のものは頼まなかった。高いものを頼むのは、幼心に申し訳なかった。うなぎの寿司を横目に、ハンバーグ寿司なんかを頼んでいた。決して我が家が裕福ではないのを知っていたから。
ある時、祖父母と従兄弟の家に遊びに行った。従兄弟は金持ち一家で、関東近辺のマンションの12階に住んでいた。
その家の夜景が好きだった。地元の真っ暗な夜と違う、人の営みに溢れた夜だ。今思えば東京と比べるレベルではないけど、それでも私にとっては『未来』の街だった。
彼らの家には書斎とコロンの香りがあった。大きなテレビとカーテンとベランダを、当然のように従兄弟は使っていた。私は気まずくて、あまりソファに座れなかった。私の知るものより遥かに柔らかかった。
内心早く帰りたいと思ったけど、でも従兄弟はいい奴だった。マンション併設の公園を駆け回り、隣の棟のインターホンを特定の順番で押すと開くことができる、なんてチャレンジに胸躍った。迷惑なガキだった。けどなんというか、地元の同級生と全然違うそれが輝いてた。
それで最終日、叔父は祖父母に「いい昼飯屋がある」と言って回転寿司へと連れて行った。私と祖父母、叔父叔母従兄弟の6人だ。
そこがまぁ、すごかった。カウンターの中に人がいて握ってるタイプのやつだ。私も凄いと思い、カッコいいなんて口にして、それでまぁマグロかなんか、従兄弟と同じものを頼もうとした。
そして目に入った。確か『240』だったと思う。重要なのは100でも105でもなかったことだ。まして98でもない、異次元がそこにあった。
結局、私が頼んだのはカッパ巻きと稲荷の2皿だけだった。卵焼きだったかもしれない。従兄弟はきっといつも通り、バカスカ高い皿を積み上げていたが、私はとてもそんなことはできなかった。
胃が痛かった。100円のコーナーをみても、子供心に食べたくないものばかりだった。多分ガリとか涙巻だったんだろう。
そして祖父母もあまり食べてなかった。年齢を考えても、いつもの量を考えてもあり得ないほどだった。もしかしたら私に合わせてたのかもしれない。申し訳ないことをしたが、当時の私は本気で罪悪感しかなかった。
机を隔てて、彼らの皿は30を超え、しかしこちらは10もいってなかった。結局、私は空腹のまま店を後にし、そのまま彼らと別れた。
帰りの車は静かだったが、祖父の「気持ちは嬉しかったな」という言葉が忘れられない。叔父は得意そうな顔をしていた。たまにしか会わない親への孝行、きっと良いことをしたと思ったに違いない。
でもあの日確かにそこは地獄だった。240円の地獄だ。けど、私が素直にマグロを受け入れれば祖父母は幸せだったのだろうか?両親がかっぱ寿司で笑う姿を思い出さなければ、私はあの日満腹で帰れたのだろうか。
今でもわからない。きっともう誰も覚えてない苦い記憶。でもあの日からずっと、心のどこかで私は回転寿司が苦手だ。100円以上の皿に手を伸ばせない。
寿司は好きだ。外食で加減しなくても良い程には財布に余裕もある。寿司と共にお酒やサイドメニューを頼むときもある。もう我慢しなくても、気まずさを感じなくてもいいのに
当時寿司といえば私は回転寿司で、100円のかっぱ寿司以外を知らずに生きていた。そもそも地元にそんなに寿司の選択肢があるわけではなかった。
私にとって寿司とは「そんな好きでもないが、親祖父母が喜ぶご馳走」のイメージが強く、私が寿司を好きと伝えれば、両親は健康的で大変良いと誉めてくれて、それが大変嬉しかった。ガキは単純だから。
良いことがあれば回転寿司に行くのはルーティンで、2から3ヶ月に一度食べるのを楽しみにしていた。マグロは好きではなかったが、食べれば皆が喜んだ。
100円以上のものは頼まなかった。高いものを頼むのは、幼心に申し訳なかった。うなぎの寿司を横目に、ハンバーグ寿司なんかを頼んでいた。決して我が家が裕福ではないのを知っていたから。
ある時、祖父母と従兄弟の家に遊びに行った。従兄弟は金持ち一家で、関東近辺のマンションの12階に住んでいた。
その家の夜景が好きだった。地元の真っ暗な夜と違う、人の営みに溢れた夜だ。今思えば東京と比べるレベルではないけど、それでも私にとっては『未来』の街だった。
彼らの家には書斎とコロンの香りがあった。大きなテレビとカーテンとベランダを、当然のように従兄弟は使っていた。私は気まずくて、あまりソファに座れなかった。私の知るものより遥かに柔らかかった。
内心早く帰りたいと思ったけど、でも従兄弟はいい奴だった。マンション併設の公園を駆け回り、隣の棟のインターホンを特定の順番で押すと開くことができる、なんてチャレンジに胸躍った。迷惑なガキだった。けどなんというか、地元の同級生と全然違うそれが輝いてた。
それで最終日、叔父は祖父母に「いい昼飯屋がある」と言って回転寿司へと連れて行った。私と祖父母、叔父叔母従兄弟の6人だ。
そこがまぁ、すごかった。カウンターの中に人がいて握ってるタイプのやつだ。私も凄いと思い、カッコいいなんて口にして、それでまぁマグロかなんか、従兄弟と同じものを頼もうとした。
そして目に入った。確か『240』だったと思う。重要なのは100でも105でもなかったことだ。まして98でもない、異次元がそこにあった。
結局、私が頼んだのはカッパ巻きと稲荷の2皿だけだった。卵焼きだったかもしれない。従兄弟はきっといつも通り、バカスカ高い皿を積み上げていたが、私はとてもそんなことはできなかった。
胃が痛かった。100円のコーナーをみても、子供心に食べたくないものばかりだった。多分ガリとか涙巻だったんだろう。
そして祖父母もあまり食べてなかった。年齢を考えても、いつもの量を考えてもあり得ないほどだった。もしかしたら私に合わせてたのかもしれない。申し訳ないことをしたが、当時の私は本気で罪悪感しかなかった。
机を隔てて、彼らの皿は30を超え、しかしこちらは10もいってなかった。結局、私は空腹のまま店を後にし、そのまま彼らと別れた。
帰りの車は静かだったが、祖父の「気持ちは嬉しかったな」という言葉が忘れられない。叔父は得意そうな顔をしていた。たまにしか会わない親への孝行、きっと良いことをしたと思ったに違いない。
でもあの日確かにそこは地獄だった。240円の地獄だ。けど、私が素直にマグロを受け入れれば祖父母は幸せだったのだろうか?両親がかっぱ寿司で笑う姿を思い出さなければ、私はあの日満腹で帰れたのだろうか。
今でもわからない。きっともう誰も覚えてない苦い記憶。でもあの日からずっと、心のどこかで私は回転寿司が苦手だ。100円以上の皿に手を伸ばせない。
寿司は好きだ。外食で加減しなくても良い程には財布に余裕もある。寿司と共にお酒やサイドメニューを頼むときもある。もう我慢しなくても、気まずさを感じなくてもいいのに