日本経済新聞
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学習院大学経済学部 教授
敵(消費者)の様子を見ながら、戦力(備蓄米)を小出しに出して行くというのは、「戦力の逐次投入」として知られる典型的な愚策である。結果は、ガダルカナル島の玉砕のような負け戦であろう。やるなら、一気に予想を超える量の備蓄米を放出して、市場に本気度を示して、価格を押し下げることである。そして、押し下げた価格をターゲットとし、そこから少しでも上がりそうになれば、また、いつでも出すという姿勢を示す。日銀・財務省の為替介入でも、しばしばこのような手法が使われる。また、長期的な期待を変えるために、来年のコメの作付面積を増やすと宣言して、市場関係者にコメ収穫量拡大の見通しを持たせることも重要である。
金利を上げる、上げないの議論ではなく、日銀はまず、トランプ関税で被害を受ける国内企業に対する金融支援を早急に検討し、少なくともすぐに支援のメッセージを発するべきではないか。新型コロナの時には、ダイヤモンドプリンセス号の集団感染からわずか1月後の2020年3月に、日銀は資金繰り支援のための企業金融支援特別オペを実施している。今回も、トランプ関税による輸出売上減や、関税上昇分を価格転嫁できず、企業の採算性が急激に悪化することが見込まれる。また、サプライチェーン見直しのためにも大きなコスト増が見込まれる。緊急事態なのだから、これまでのシナリオを忘れ、資金繰り支援や、必要なら利下げを実施すべきである。
経済政策として考えても、なぜ関税引き上げへの対応がいきなり現金給付になるのか、意味が分からない。自然災害ではなく、トランプという人間が相手なのだから、まず最優先すべきは交渉である。米政権から再三にわたって不満の声が上がっていたコメ等の農産物の関税率引き下げを急いで国内調整し、トップ同士のディールを行うべきだ。次に、高関税で被害を受ける企業への資金繰り融資や、サプライチェーン再構築のための投資への補助金である。日銀は金利引き下げを行うべきであるし、法人税の猶予・減免も必要になる。雇用に影響が出始めたら、雇用調整助成金や非正規向け雇用支援策も必要だ。どうせ後で増税されるであろう現金給付は後でよい。
このような姑息な先送り案に何の意味があるのか。微妙すぎて、選挙対策にすらならないだろう。減額開始を2028年から2031年以降にしても、年金減額の総額は変わらず、むしろ先送りするだけ減額幅が増える。氷河期世代の救済と言うが、後ずれする分、救われない氷河期世代が生じる。2029年に最終判断する機会を設けると言い訳するが、デフォルトは減額だ。トランプ関税による景気悪化で、その可能性がますます高まった。一旦この法案を通せば、次の改革は5年後で、改革論議は停滞する。もはやマクロ経済スライドという仕組みは限界なのだ。年金官僚任せの姑息な弥縫策の繰り返しではなく、政党間で議論し、抜本改革を考える時である。
厚労省は相変わらず、経済学を全く理解していない。祝い金を禁止しても、形を変えた転職勧奨とベネフィット提供が行われるだけである。それよりも、祝い金が起きる構造に目を向けるべきだ。要するに、これは転職市場の裁定取引なのである。高い仲介手数料を出しても人手が欲しい事業所があり、高い賃金を求める労働者がいる。そして、日本の転職市場に制度上の不備があり、流動性が低い。そのため、転職の仲介業者に大きな利益(レント)が生じる。それを防ぐためには、公共職業紹介を民間に開放し、転職情報の共有化を進め、転職の障害となる法制度を改めるなど、転職市場の整備・活性化が必要だ。自由化による競争で、祝い金は自然に消滅する。
当然、この程度では「焼け石に水」でコメ価格は下がらない。気になるのは昨日、石破総理が示した「強力な物価高対策」である。コメやガソリンの価格高騰を念頭に、新予算成立後に補正予算を出すということだろうが、コメ対策もガソリンと同様、業者(農協など)に多額の補助金を渡して、人為的に価格を下げさせるという手法を取りそうな気がしている。選挙を前にして農協票を失わず、国民の直面するコメ価格を下げられるからだ。しかし、これはガソリンと同様、価格引き下げ以上に、元売りが補助金収入で潤うという超バラマキである。国民はコメ価格が下がって喜ぶが、結局は増税が待っているという悪手だ。悪い予感が当たらないと良いが・・・。
実はあまり知られていないが、石破首相は、第3次安倍内閣の時、地方創生大臣のほか、国家戦略特区担当大臣も兼任していて、規制改革を主管していた。私は当時、国家戦略特区の委員をしていたが、実は彼の下で実現した規制緩和も少なくない。特区の制度も熟知していて、まさに石破氏の十八番の分野と言っても良いかもしれない。それにしても、日本酒の免許の緩和は、筋が良い。ビールという前例もある。インバウンド時代、Sakeの国際ブランド化、そして、地方創生2.0という看板施策にもマッチし、すぐに効果が期待できる。支持率が劇落ちしている石破首相であるが、酒の規制緩和を実現させて、意外な得意分野があることを示してはどうか。
マスコミの間にも誤解があると思われるが、年金改革法案は5年に1度、必ず出さなければならないものではない。過去、年金財政が厳しい時には5年に1度の改革が求められていたが、今はそのような法律文になっていない。単に慣例なので、泥縄で出すべきではないし、今回の改革法案は極めて筋が悪い。一から議論し直し、与野党が合意できる改革案を作ってから、来年の国会に出してはどうか。ただ、これまでのように、厚労省の審議会のいつものメンバーで、シャンシャンとやった改革案では今後は国会は通らない。厚労省も少数与党の時代の改革案の作り方について、考えを根本から改める必要がある。惰性的に続けてきた審議会方式を止めてはどうか。
当然である。事業主負担分の多くも、実際には労働者が負担しているからだ。厚労省のみならず、国民の多くが誤解しているが、保険料が制度上、いくら労使折半でも、実際の負担は半分半分ではない。現実には、労働者は半分以上の負担をしている。企業側からみれば、事業主負担でも、人件費に他ならない。会社には、労働者のように年金の恩恵があるわけではないから、なぜ会社が損してまで保険料の半分を負う必要があるのかと考えるだろう。このため、実際には労働者に、事業主負担分を負わせるように、給料を減らすのである。減らす割合は、簡単に会社を辞められない正社員ほど大きく、足の速いパートほど小さい。税の帰着に関する経済学の常識だ。
外圧でしか変われない日本社会にとって、トランプ政権の関税政策は、異常なコメの関税率を見直す良い機会となるのではないか。アメリカによる日本米の関税率見直しの圧力はこれまでもあったが、農水関係者たちが、食糧自給率低下の脅威を煽りに煽り、国民を説得してきた。しかし、今回は異常なコメ不足、異常な高価格下にあり、輸入を増やせとの声も多い。コメの高関税率維持に関し、国民に理解を強いることは難しいだろう。農水省や農協には是非、アメリカの報道官に対して、コメの関税率は700%ではなく、400%であると、反論を行って頂きたい。「訂正するけど、400%も異常な高さやないかい!」と、火に油をそそぐことをお勧めする。
日本維新の会は「や党」でも「ゆ党」でもなく、完全に「よ党」となった。国民民主の減税案をつぶし、野党共闘のガソリン暫定税率の廃止を邪魔をしているからである。本人たちの思いはともかく、国民は完全にそう判断するだろう。大阪万博を勝ち取った時の幹部たちの興奮顔がいまでも思い浮かぶが、それがまさかの人質として、ここまで重しになるとは思っていなかっただろう。しかし、いくら毒饅頭でも、毒を食らわば皿までもという言葉もある。どっちつかずの対応ではなく、腹をくくって、与党の中で維新色を出して、正しい政策を打ち込んでいくことに専念してはどうか。フワっとした民意は去るが、元々の支持者の中には理解する者もいるだろう。
一言で言えば、遅すぎる。備蓄米放出のアナウンスメント効果など全くなく、コメの価格が上がり続けているのに、市場に出回るのは「早ければ3月下旬から4月ごろ」というのは、あまりに緊張感が無さすぎる。せめて、集荷業者ではなく、卸売り業者が直接入札できるようにすれば、出回る時期を早められるのではないか。それと、重要なことは、入札額がいくらでどれぐらいの量をどこが応札したのか、きちんと公表することである。入札時点でいくら値が下がったのかは、その後の市場価格を知るために重要であるし、集荷業者があまり中抜きをしないように、監視することにもなる。入札情報の公表方法についても、国会質問で農水省を詰めるべきである。
医療保険財政は、少子高齢化と技術革新によって今後もどんどん苦しくなる。持続可能にするには、基本的に、①保険料引き上げ、②診療報酬引き下げ、③保険給付率のカット(自己負担率引き上げ、高額療養費の上限引き上げなど)のどれかを行う必要がある。少数与党の時代に、高額療養費という1つのトピックだけを取り上げ、やるかやらないかという議論の仕方をしていては、やらないという答え一択で、改革は不可能だ。一つの方法は、高額療養費が嫌なら、保険料や自己負担を上げなければならないなど、国民に改革の選択肢を提示することである。もう一つは、インフレになったら自動的に、その分の引き上げを行うなど、改革を自動化をすることだ。
この与党案を「年収の壁「160万円」に上げ」と報じるのはミスリーディングではないか。年収の壁が160万円に引き上げられるのは、年収200万円以下の低所得者に限られる。それ以外の中間層の人々は、123万円の政府案から多少の上乗せがある程度で、それも2年間の時限措置に過ぎない。財政規模からみても見劣りは明らかだ。与党案は、時限措置を入れても、減税規模は1兆2000億円ということであるから、国民民主党の178万円の財源である7兆円程度からみると、約6分の1である。2年後に時限措置がなくなれば、減税規模は6000億程度に縮小する。これでは現在のインフレによる増税の方がはるかに大きく、減税とは言えない。
現在の中途半端な年金改革案では、国会の立ち往生は必至だ。そんな中、記事で触れられている「基礎年金の税財源化」は、旧民主党時代の最低保障年金と近く、各野党が乗りやすい抜本改革案と言える。まず、税財源化を行うので、基礎年金をマクロ経済スライドで減らす必要がなく、その底上げが可能だ。税財源化で所得税もしくは消費税が引き上がるが、年金保険料率が基礎年金分だけ減るので、負担額はほぼ同じだ。国民年金の保険料がなくなるので、第3号被保険者の特権もなくなり、年収の壁は完璧に解消する。保険料の設定次第で、維新が主張する積立年金にもなる。しがらみだらけの厚労省からは出ない改革案なので、与野党協議発で進めるべきだ。
国交省が規制緩和をしたつもりでいる「日本型ライドシェア」なる、ライドシェアとは似て非なる、単なるタクシー会社の人手不足対策がうまくいっていないことが、これではっきりしたのではないか。実際、私自身、日本型ライドシェアが走っているのをみたことがない。宣伝も不足している。そもそも、タクシー会社は競合するライドシェアを広める動機がない。タクシー会社にライドシェアを行わせるのは、利益相反の問題がある。今こそ、日本型ライドシェアではなく、UberやDiDiのような世界基準のライドシェアを規制緩和する時が来ている。せっかくのインバウンドの需要を、日本の高くて、少ないタクシーが取りこぼしていることは明らかだ。
備蓄米放出は、コメを適正価格に誘導するのが目的だ。やや突拍子もないが、金融政策のインフレーション・ターゲティングの考えが参考になると思う。まず、金融政策では物価目標を、例えば2%のインフレを目指すと総裁が公表する。コメ価格も平均的な銘柄で5kg2500円を目指すなどと公表すべきだ。次に、その目標を達成するために、中央銀行はあらゆる策を尽くすと宣言する。コメの場合も、備蓄米放出のほか、輸入米を拡大する準備をしてはどうか。目標の障害となる買い戻し条件は止める。最後に、物価目標未達ならば、総裁は辞職しなければならない。農水大臣も目標を達成しなければ辞任する覚悟を示せば、市場も本気度を信用するだろう。
タクシーとの競合が小さい、こういう場所こそ、ライドシェアを解禁してはどうか。もちろん、日本版ライドシェアなどという、ライドシェアとは似て非なるタクシー会社の人手不足対策ではなく、世界基準のライドシェアである。外国人が相手なので、外国人がもともと入れているUBERやDiDiが使えるようにすればよい。地元のドライバーの収入も増えるので、オーバーツーリズムの不満解消にも一定の効果を発揮する。
実は、基礎年金の底上げができ、年収の壁対策にもなるウルトラCの策がある。基礎年金の税財源化だ。財源はいろいろ考え得るが、例えば消費税としよう。消費税を支払ってさえいれば、国民は基礎年金の受け取りが保障される。税財源なのでマクロ経済スライドで減らす必要もない。消費税はその分引き上げられるが、保険料が基礎年金分だけ減るので、負担額はほぼ同じである。国民年金の保険料は存在しなくなるので、第3号の特権もなくなり、年収の壁は完璧に解消する。実は、これは旧民主党が掲げていた最低保障年金に近い考えであるが、自民党政権ではタブー視されてきた。しかし、今は逆に、野党が乗りやすい改革案として、検討する価値がある。
対応が遅すぎる。コメの価格の高止まりは昨年来、ずっと続いている。今まで、対策を考えていなかったのかと、まず驚かされる。しかも、国の買い戻し条件付きという意味が分からない。買い戻し条件という不利な条件を付けるだけ、流通価格が高くなるのは目に見えている。また、買い戻し条件を付けて、それに応じられるのは、JA全農などの寡占的な大事業者だけではないか。JAグループ自体がコメの高価格を維持していたいのだろうから、これでは価格引き下げになるのかどうか、極めて疑わしい。そもそもの政策を誤った農水省だけにこの規制緩和を担当させるべきではない。政府の規制改革会議と協議させるべきである。
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【注目するニュース分野】社会保障、社会福祉、財政
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