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アジア杯優勝に導いたザック流「選手掌握術」

サッカージャーナリスト 大住良之

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アジア・カップの日本代表の優勝は本当に見事だった。準備が十分ではなく、大会中にMF松井大輔(グルノーブル)、MF香川真司(ドルトムント)と攻撃の主力が相次いで負傷、さらには6試合中3試合で先制点を許し、シリア戦ではGK川島永嗣(リールセ)、カタール戦ではDF吉田麻也(フェンロ)が退場になって1人少ない状況になるなど、いくつもの困難を乗り越えての栄冠。

アルベルト・ザッケローニ監督が決勝戦前に話したように、まさに「団結の力」がもたらした優勝だった。そしてその背景には、ザッケローニ監督のきめ細かなチーム管理、選手掌握術があった。

交代出場した李の決勝ゴール

オーストラリアとの決勝戦、香川を欠いて攻撃面で苦しむ日本に決勝ゴールをもたらしたのは、延長戦に入ってから交代出場したFW李忠成(広島)だった。

延長後半4分、左タッチライン沿いでMF遠藤保仁(G大阪)からMF長友佑都(チェゼーナ、左サイドバックでスタートしたが、後半11分から左MFになった)がボールを受け、マークにくるオーストラリア右サイドバックのウィルクシャーをあっさりかわすと、左足で中央にボールを送った。

オーストラリア守備陣はニアポストに走ったMF岡崎慎司(清水)に引きつけられ、李はゴール正面で完全にフリー、得意の左足を振り抜いた。ボレーでとらえられたボールは、オーストラリアのゴールを揺らした。

李のスピリットと集中力

李忠成は2007年に韓国から日本に帰化し、08年の北京オリンピックに出場した。しかし日本代表への道は遠く、柏でも活躍できずに09年半ばに広島に移籍した。

広島でもエース佐藤寿人の陰に隠れ、昨季のJリーグではずっと終盤の交代出場に甘んじていた。しかし9月に佐藤が右肩を脱臼、その代役と見られていたFW山崎雅人も9月18日のJリーグ第23節の前日に負傷して、シーズン初先発のチャンスが回ってきた。李はそのチャンスを逃さず、後半31分に同点ゴールを決めて広島に勝ち点1をもたらした。

その後、最終節までの11試合に先発出場、9月18日を含めた12試合でなんと11ゴールをマークして広島の「救世主」となったのだ。ザッケローニ監督が李をアジア・カップ予備登録の50人に含めたのは、その活躍から、彼のスピリットと集中力を読み取ったからだった。

ヨルダン戦では振るわなかったが…

ザッケローニはアジアカップのFW候補は、森本貴幸(カターニア)、前田遼一(磐田)、そして岡崎の3人と考えていた。だが、12月中旬に森本は突然左ひざの手術を受けたため、何人かのFW候補のなかから李が選ばれたのだ。

そしてアジア・カップ初戦のヨルダン戦で、ザッケローニ監督は先発した前田に代え、後半開始から李をピッチに送り出した。

しかし、李のパフォーマンスは悲惨と言ってよかった。1点をリードしたヨルダンが守備を固め、ゴール前正面に厚い守備組織を築いたため、満足にキープすることもできず、ただ走り回るだけでシュートを放つことさえできなかった。そして、その後は決勝までまったく出番がなかった。

「狙っているな」と感じた

その李を、ザッケローニ監督は決勝の延長前半8分、前田に代えて投入したのだ。ザッケローニ監督は言う。

「毎日、彼の練習や振る舞いを見ていた。練習でも集中し、『狙っている』と燃えているのが分かった。広島での活躍も考えて、準決勝でも使おうとして交代寸前までいったが、長谷部が足をつってしまったので、他の選手の交代となった。その後、彼には『必ずチャンスはある』と話した」

「唯一の心配は、前田を引っ込めることだった。前田は今大会で3得点しているだけでなく、守備でも貢献してくれていた。とくにオーストラリアのセットプレーのときにはMFのジェディナク(身長189センチ)をマークしていたので、正直迷った。しかしこのチームのコンセプトは勇気を持ってリスクを負うこと。李に何を言ったか覚えていないが、彼の気持ちが入っているのが分かった」

17回の選手交代、失敗は1回だけ

ザッケローニの選手交代の手腕は、初めて指揮をとった昨年10月のアルゼンチン戦、韓国戦を見ても明らかだ。

日本と相手のプレーを観察し、弱点となっているところを巧みな選手交代で支えて、アルゼンチン戦に1-0で勝利。アウェーのソウルで韓国と0-0の引き分けという結果をもたらした。

その交代の手腕は、アジア・カップでも遺憾なく発揮された。この大会、ザッケローニは6試合で17回の選手交代を行った。

そのうち2回はロスタイムに入ってから勝利を確定させるための交代だったが、残り15回のうち、交代選手が思いどおりに試合を変えてくれなかったのは、ヨルダン戦の李だけだったように思う。

選手とのコミュニケーション

準決勝の韓国戦で最後に反則を犯し、相手の同点ゴールにつながったMF本田拓也(鹿島、延長後半12分から長谷部に代わって出場)も、自分の役割はきっちりと果たしていた。結果的に彼の反則によるFKから同点とされたが、責任を彼に押しつけるのは酷というものだ。

交代が機能したのは、ザッケローニ監督が選手たちのプレーヤーとしての特徴を理解していただけでなく、選手のメンタリティーも把握し、状況に応じて使い分けたことによる。

李の例を見てもわかるように、選手を観察し、同時にできるだけコミュニケーションを取るという姿勢によってそうしたことができたに違いない。

「私は、選手たちとコミュニケーションを取るタイプ。選手のことを分かりたいし、選手にも私の考えを分かってほしい。もっともっと選手とコミュニケーションを取るべきだと思う。日本の監督と選手はもう少し距離があるように思うが……。選手とは、いつも両者の関係を明確にしておくように気をつけている」。ザッケローニ監督はそう説明している。

今野の「拒否」でポジション変更を考え直す

オーストラリアとの決勝戦で最も興味深かったのは、後半11分にMF藤本淳吾(名古屋)に代えて長身DFの岩政大樹(鹿島)を投入するまでのやりとりだった。

岩政がタッチラインに立ったのは後半6分。第4審判の持ったボードには、代わるのは14番(藤本)と書いてあった。

ザッケローニの指示は、センターバックの今野泰幸(FC東京)を中盤に上げて、ボランチの長谷部誠(ウォルフスブルク)と遠藤とDFラインの中間に置く「4-1-2-3」システムへの変更だった。

ところが、これに今野が「待ってくれ」とサインを送った。「MFは何年もやっていないから自信がなかった」(試合後、今野)という理由だったが、試合中には細かなことは伝えられない。だが、このサインを見たザッケローニ監督は岩政をいちどベンチに戻し、考え直した。

ザック監督への理解と信頼が生まれた瞬間

そして5分後、再びセンターバックの岩政がタッチラインに立つ。交代するのはやはり藤本。しかしシステムを変えるのではなく、左サイドバックだった長友を左MFに上げ、今野を左サイドバックに回すというポジションの変更だった。

長友を前に出したことは、この試合の重要なポイントだった。左サイドから連続してチャンスができただけでなく、相手の攻撃でうるさい存在だった右サイドバックのウィルクシャーを守備に奔走させ、最後には李にきれいなクロスを送って決勝点のアシストをしたことはいうまでもない。

「やれ」と言ったらやっただろうが…

だが、それ以上に監督として一度下した決断を選手の申し入れによって引っ込め、「これでは」と他の案を示したことは、ザッケローニ監督の人間性を選手たちに理解させ、信頼させるのに大きな役割を果たしたに違いない。

「『拒否』というニュアンスではなかった。『それでもやれ』と言ったら今野もやっただろう。そうしていたら延長にならなかった? それは誰にもわからない(笑)」とザッケローニ監督は言う。

控え選手に対する気配り

決勝戦後の夕食時に、ザッケローニ監督は選手たちにこんな話をしたという。

「自分たちがどう勝ち抜いてきたか、振り返ってみるといい。君たちはよく戦った。しかし試合に出ることがなかった森脇(良太=広島DF)と権田(修一=FC東京GK)も、同じように優勝に貢献したことを忘れてはならない。これはチームで勝ち取ったタイトルなのだ」

1月31日に帰国したとき、成田空港で出迎えるファンの前に大きな優勝カップを持って現れたのは、森脇と権田だった。「監督が、おまえたちが持てと言ってくれた」と、2人はうれしそうに語った。

しっかりと選手たちを観察し、細かくコミュニケーションを取り、そして監督としてチームの隅々にまで気を配る――。

ザッケローニ監督のそうした態度と人柄が、チームをしっかりとまとめ上げ、日本にアジアカップ4回目の優勝をもたらした。

(所属はアジア・カップ当時)

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