厩舎開業7年で最高勝率 強さ生む田中博康調教師の信念
2024年に3歳ダート三冠が創設され、新時代の幕開けを迎えたダート路線。そんな日本のダート界を語るうえで欠かせないスター、レモンポップ(牡7)が24年12月1日のチャンピオンズカップ(中京・GⅠ)優勝を最後に、競馬場に別れを告げました。歴史的な一頭の引退。今回は同馬を管理し、24年に自身最多の46勝を挙げ、関東勝利数ランク2位となった田中博康調教師に、強さの秘訣や飛躍の年となった背景などについてお話を伺いました。
「エコ」な愛馬、引退レースに涙
GⅠ、JpnⅠを計6勝、国内では3着以下ゼロのパーフェクト連対記録を最後まで守ったレモンポップは、ラストランとなったチャンピオンズカップでウィルソンテソーロ(牡6)との鼻差の接戦を制し、最後までその強さをファンの心に焼き付けました。
当日は1番人気に支持されましたが、「前走の南部杯を見ても少しパフォーマンスは落としてきているなと感じるところもありましたし、加えて距離延長もあったので不安が大きかった」と田中調教師。祈るような気持ちで見つめた、と当時を振り返ります。直線に入ってレモンポップがスッと出たとき、頑張っている姿を見て涙が流れたそうです。「うれし涙ではなく、信じきれなかった申し訳ない気持ちなど様々な思いがあった」と話します。
とても賢く、オンオフがしっかりしていたというレモンポップ。田中調教師は、そんな愛馬を「とてもエコな子」と表現。走ることへの集中力があり、走るときにだけ、エネルギーを注ぎ込む。「感謝しかないですね」と振り返ります。
24年は開業以来最多の46勝を挙げ、関東リーディング2位に躍進した田中博康厩舎。「誰でも扱えて、誰でも乗れる馬を作る」ということを厩舎の方針の一つに掲げています。そのために大切なのは、厩舎スタッフ皆が同じ方向を向いて管理していくこと。「僕のカラーを出すというよりは、厩舎のカラーを出さなくてはいけないと思っています。自分は厩舎の大まかなビジョンは描きますし、方向性もつくりますが、自分の提案が100点満点であるかどうかはまた別なので。自分が大切にしているのは、スタッフ皆の意見を集約したところでベストの回答を出すということ。ある意味それが自分のカラーなのかもしれません」
■誰ひとり辞めず共に歩むスタッフ
「入れ替わりが激しい」という美浦トレーニングセンターにあって、田中博康厩舎は開業から誰ひとり移籍者がなく、同じ顔ぶれでここまで7年近くを歩んできました。この点も24年の飛躍につながっています。人が入れ替わると、新たに来た人と一からビジョンを共有する時間が必要になりますが、同じメンバーで同じ方向を向いて積み重ねてきたからこそ、「考えの質」も高くなったといいます。ミーティングを重ね、調教や管理におけるトライアンドエラーを繰り返す。同じ方向を向いて培ってきた成功体験の蓄積も調教管理のクオリティーの向上に結び付きます。
お話していて受けた印象は、「謙虚で冷静で、誠実なお人柄」ということ。同じ方向に進んでいく中で、厩舎スタッフには常に、現状に満足せず甘んじないために「現状維持は衰退の始まり」というお話をされているそうです。
もう一つ大切にしているポリシーが、「自責と他責」の話。全ての物事において他責にしないで、自責に落とし込むという考え方だそうです。「言葉を発せない馬を相手にしているため、他責にしがちですよね。馬のせいにもできるし、ジョッキーのせいにもできる。責任転嫁の材料がいっぱいあるわけです。それをすると成長の機会を奪われてしまいます」
24年の全国勝利数上位の6厩舎中、最少の出走200回で勝ち星を重ね、勝率は23%で首位に浮上した田中博康厩舎。「正直もっと出走回数は伸ばしたい、伸ばさなければならないと思っていますが、なかなかそこに持っていけていないというところがあります。出走回数も多く、なおかつ、出すレースで勝てることがベストだとは思っているので。25年はもう少し目標として強く持たないといけないなと思っています」
■海外GⅠも視野に、25年の目標
24年当初に掲げた3つの数値目標である、関東リーディング3位以内、GⅠを含めた重賞5勝、地方・海外を含めた獲得賞金10億円は、すべて達成(重賞は中央4勝、地方交流3勝)。田中調教師は「24年は海外競走で悔しい思いもしましたが、ようやく第一歩を踏み出せたなというか。ローシャムパークのブリーダーズカップ・ターフ2着は、少しずつ近づいている感触を得られました。海外挑戦で結果を出すこともぜひ入れたい25年の目標の一つです」
厩舎には、新人の所属騎手として舟山瑠泉・騎手候補生を迎える予定です。「技術面だけじゃなくて、誰からも愛されるジョッキーになってもらいたい。僕ができることをしたいです」。同じ仲間で積み重ねてきた絆は、厩舎としての大きな武器の一つになっていると感じました。新しい年、田中博康厩舎の活躍から目が離せません。
(ラジオNIKKEIアナウンサー 藤原菜々花)