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中村仁さん「日本の個人を守る金融インフラになれれば」

ブルーモ証券 代表取締役

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――5月21日にサービスを開始したブルーモ証券は、日本で6年ぶりに誕生した証券会社です。専用のスマホアプリを通じて米国株と米国市場に上場するETF(上場投資信託)に投資できます。そもそも、なぜ証券会社を立ち上げようと思ったのでしょうか。

ブルーモは「投資をみんなのものに」というミッションを掲げており、資産形成がもっと身近になるソリューションを提供したいと考えています。日本でもようやく、資産形成を始める人が徐々に増えてきましたが、いまだに多くの人が投資を「分からない」「難しい」と感じています。

一部の投資家や専門家のものだった投資を、みんなのものにし、資産形成を通じてみんなが未来に希望を持てる会社をつくりたいと思っています。

そう考えるようになったきっかけは、小さい頃の体験でした。90年代初めのバブル崩壊とデフレ不況で、飲食店を営む実家が急速に貧しくなるのを目の当たりにしました。

リーマン・ショックで金融システムのあり方に疑問

――都立・日比谷高校から東京大学に進学しましたが、大学の学費が用意できなかったとか。

奨学金を使えばよかったのですが、当時の自分はそういう制度があるということすら知りませんでした。親戚中を回って入学金と授業料を集めました。

大学に入学したのは2007年ですが、翌年にはリーマン・ショックが起こりました。経済や金融の仕組みが壊れ、多くの人々の仕事や生活に影響を与える状況を目撃し、国や一部の専門家が中心に作った経済・金融システムのあり方に自然と疑問を抱くようになりました。「お金で人々がチャンスを奪われる世の中にしたくない」。そう強く思うようになりました。

――東大卒業後は財務省に入省します。どんな仕事に取り組んだのでしょうか。

総合調整、税務調査、国際金融業務などに従事しました。国会答弁書の作成もしましたし、各国の財政状況やニュースによって国債金利がどのように変動するかをマクロ計量モデルで示す研究にも関わりました。7月末に財務官に就任した三村淳氏は、国際局にいた頃の上司でした。

財務省でも小さい頃から抱いていた問題意識は変わりませんでした。「どうしたらみんなが幸せになれる経済・金融システムを作れるのか」という課題に、政策立案者として取り組もうと思ったのです。

しかし、17〜19年に米スタンフォード大学のMBAに留学したことで、考えが変わりました。そこでは、「What matters most to you and why?(あなたにとって大切なものは何? それはなぜ?)」という思想をとても大事にしていて、同級生は皆がそれぞれ、自分の好奇心や興味ある分野を突き詰めていました。突き詰める過程で起業も当たり前にしていました。

――日本とは全然違う。

まさにスタートアップの理想郷がそこにありましたね。

そんなシリコンバレーの自由な空気の中で時間を過ごすうちに、自分がいる場所はやっぱり霞が関ではないなと思うようになったのです。大組織の中で物事が変わるのを待つより、小さくてもいいから、自分で世の中に対して提案してみようと思いました。

日本に戻り、財務省を辞めた後は独立を念頭にコンサルタント会社の米マッキンゼーに就職します。自分にとっての「What matters most to you」が何なのか、考えました。社会のセーフティーネットにつながる事業など、ビジネスアイデアはいくつかあったのですが、最終的に自分が良く知っていて、かつ課題意識を感じている金融領域、日本人の資産形成に焦点を当てて起業することを決めました。

15年前に東大のゼミ仲間と応募した日銀の金融政策コンテストで「貯蓄から投資へを促進する教育投資口座」というアイデアを考えた経験も大きかったです。やはり自分は15年前から抱いていた問題意識、そして日本の若い世代の資産形成が進まないという課題に向き合いたかったのかもしれません。

日本人もグローバル投資で資産管理を

――なぜ米国株・米国ETFに特化した証券会社なのでしょうか。

近い将来、日本人がグローバル投資で資産管理する時代が、社会の大きな潮流になると思っているからです。

日本の個人金融資産に占める投資の割合は欧米と比べても低い。多くが預貯金に眠っていて、過去30年の超低金利下では大きな機会損失となっていたと思います。そして少子高齢化、国内総生産(GDP)を大きく上回る債務残高と、重い課題を抱えています、

私の考えとして、日本はどこかのタイミングでハイパーインフレ、経済危機に陥るリスクがあります。それだけに、現在の若年層世代は、リスクを念頭に置いて資産管理をしたり、人生設計する必要があると思います。

――仮にハイパーインフレになった場合、個人金融資産の大半を占める現預金の価値はゼロです。

でも投資をしていれば、投資資産の経済価値が変わらなければ、物価上昇とともにその価値も上がります。ダメージは金融資産を預貯金に置いておくよりも小さくなるでしょう。

値動きが日本経済と連動性の低い海外資産であれば、よりリスクは軽減されます。つまり、日本経済自体にリスクがあるのならば、海外金融資産で資産を保有するのがリスクヘッジとして効果的なのです。

以前に比べて米国株に投資する個人投資家も増えてきました。日本人、とりわけ若い人が、グローバル資産に金融資産を転換する傾向は、マクロなトレンドとして続いていくのではないでしょうか。

日本の個人を守るグローバル投資を軸にした金融インフラを作ることで、世の中をポジティブなものに変えていきたい。

理想主義的と言われるかもしれませんが、将来不安を抱える若年層が資産形成で自分に自信を持ってもらえればと思っています。「国がどうにかしてくれる」というマインドでは厳しい。個人がみずから、リスクヘッジできるようにしなければなりません。

――とはいえ、日本の証券会社の多くが米国株サービスを提供しています。1990年代後半に、ネット証券が誕生してすでに20年以上。歴史もそれなりにあるレッドオーシャンの領域で、顧客を獲得できるのでしょうか。

ブルーモは、これまでの証券会社が相手にしてきた層ではなく、最近投資を始めた、もしくは始めようとしている一般の資産形成層だけに顧客を絞るのを特徴としています。

これまでの日本の個人投資家は、短期売買が中心でした。なので、多くの証券会社が提供する売買ツールやそのインターフェースも、従来の投資家層にとって使いやすいものでした。それはそれで合理的だったのです。

一方で、グローバルな投資で資産管理する新しい投資家層にとって、多機能の売買ツールは必要ありません。投資の時間軸も長期目線です。それにこれからの投資家は、銘柄選びや売買など、投資に費やす時間も少ないでしょう。なのでもう少しライトで操作性の高いインターフェースにしていく必要があると思いました。

金融教育的な要素も取り入れた取引アプリ

――こだわりポイントは何ですか。

ブルーモは、ロボアドバイザーのような「おまかせ運用」ではなく、銘柄や投資配分は自分で決めます。自分の投資したい銘柄と比率を示した「目標ポートフォリオ」を設定して入金しておけば、あとの両替や買い付けは、ブルーモが代わりに実行してくれます。通常の証券会社のように、取引の際に、銘柄の「数量」「価格」を決定する必要がありません。

――まさに時間のない人のためのアプリですね。投資判断だけ自分で行い、あとの売買やポートフォリオの維持・管理は任せられる。

金融教育的な要素も取り入れています。ユーザー同士がどんなポートフォリオ(銘柄の保有比率やリターン)で運用しているのか、運用成績(%表示)を見ることができます。共有することで、リターンの高いユーザーのポートフォリオをそのままコピーしたり、参考にしたりできます。

米ウォーレン・バフェットなどの著名投資家や、有名ファンドの公表するポートフォリオもチェックできます。

――こうした「参考にする」サービスを取り入れた理由はなぜですか。

「自分の周囲や同じ立場の人の投資方法を知りたい」という声が、サービス開発の過程で実施したインタビューで明らかになったからです。ある大手資産運用会社が実施した国際調査では「投資・運用のアドバイスを誰から受けるか」との質問に対し、一番多かったのが家族、次がSNSという結果でした。

これはIFA(独立系ファイナンシャルアドバイザー)など、お金の専門家に相談すると回答した人が多かった米国などとは非常に対照的です。ブルーモはこうしたトレンドに応える形でサービスに落とし込みましたが、日本人はいい意味でも悪い意味でも、周りの人やネット上の意見に同調する傾向があるのかもしれません。

――投資をしながら金融リテラシーを身に付けられる「仕掛け」があるのですね。

ゼロから投資を始める人は、最初は友人・知人をまねすることから始めてもいいし、有名人のポートフォリオのコピーから入るのも1つの手です。そうやって少しずつ学びながら慣れていけばいいと思います。

ブルーモは開発段階から、単なる投資機能を搭載したプロダクトにするつもりはありませんでした。コミュニティ機能を通じて、投資をみんなが自分事として捉え、意見を持てる世界が実現できれば嬉しいです。

――5月のサービス開始からもうすぐ半年。口座数は2000を超え、1人当たり入金額も50万円と、一定規模まで育ってきました。

プロダクトの拡充に向けて、まだまだやりたいことがあるのですが、優秀なエンジニアを採るのに苦労しています。今、一番の悩みですね。

(撮影/竹井俊晴 取材・文/武田安恵)

[日経マネー2024年12月号の記事を再構成]

中村仁(なかむら・じん)
米国株長期投資アプリを提供するブルーモ証券の代表取締役。東京大学大学院経済学研究科(修士)を修了後、財務省にて総合調整・税務調査・国際金融業務に従事。その後、スタンフォード大学でMBAを取得し、米系コンサルティング会社のマッキンゼーにて主に金融機関向けのプロジェクトをリード。2022年にブルーモ証券を創業。1987生まれ。

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