先が長い挑戦、続けるために何が必要ですか?
読者の提案と社長の講評 JFEホールディングス・北野嘉久社長(10月27日)
北野社長の提示した「先が長い挑戦、続けるために何が必要ですか?」という課題に対し、多数の投稿をいただきました。紙面掲載分を含めて、当コーナーでその一部を紹介します。

■目標までの階段を作る
伊藤 舞花(中央大学経済学部2年、20歳)
「現在地から目標までの階段」を作ることが大切だと考える。私は塾講師として高校生の受験勉強をサポートしている。生徒が志望校に合格できるように「現在地から目標までの階段」を一緒に作ることを心がけている。
生徒には自分の状態や環境に合わせて階段の「段差」を柔軟に変えられるようになってほしい。常に絶好調でいることは難しい。一時的に課題の量を減らすなど、「段差」を低く設定する必要もある。その時々で最大限の力を発揮できるようにすることが何よりも大切だ。
段差を調節するためには、5W1H(いつ・どこで・誰が・何を・なぜ・どのように)を意識して言語化する。やる気がない時は何をするにも面倒になる。そのような時は、やることを5W1Hに当てはめて言語化すると、やるべきことが明確になるだけでなく、達成したことにも目を向けられる。目標と現在地を何度も確認し、調整しながら進むことが、長い挑戦には必要だ。
■まだ間に合う
渡井 颯太(産業能率大学経営学部4年、22歳)
まだ間に合う。そう信じ続ける力が必要だと思う。私は高校生のとき不登校になり、一時は進学を諦めた。だが、今こうして大学で学ぶことができている。あのころの自分には想像もできなかった未来を実現できたのは、小さな可能性を見つけて「まだ間に合う」と考えたことがきっかけだった。
学校に行けなくても、図書館で勉強できる。教室には入れなくても、友達とは会える。できることをひとつずつ積み重ねた結果、半年後には高卒認定資格を取得できた。
気候変動対策も同じではないか。大きな難題を前に、もう手遅れだという悲観論に支配されると、行動する意欲が失われる。しかし、技術開発は進んでいるし、企業や個人の意識も変わってきた。「まだ間に合う」と希望を持ち続けることが、長期的な努力を支える。
希望は楽観とは違う。現実を直視しながらも、可能性を信じて今できることを積み重ねる姿勢こそ、長い挑戦を続ける原動力になるはずだ。
■未来の担い手への投資
清水 亨(会社員、63歳)
「じいじ、なんでお仕事してるの?」。孫に聞かれ、未来のために働いている、と伝えたいのに私は言葉に詰まった。地球温暖化など人類の課題はどれも「先が長い挑戦」だ。続けるために必要なものは何か。孫を見守る中で、私は技術と創造性の継承の危機に気づいた。
共働きの子育て負担は重く、キャリアへの不安が次世代を育む意欲を奪っている。どんな優れた技術も、それを継承し実装できる人材がいなければ、国家的な挑戦は必ず途絶え、経済基盤も揺らぎかねない。
ゆえに、長い挑戦に必要なのは「未来の担い手」への徹底した戦略的投資だ。子育て世代が安心して未来を描き、キャリアを継続できる社会基盤を整える。教育や働き方改革を通じた環境整備こそが重要だ。
この「人財立国への回帰」こそ、国家戦略をさらに強化し、官民一体で挑むべき最も重要な長期基盤戦略だろう。長い挑戦を支えるのは、未来を信じる力と、それを育む社会の意思だ。
【以上が紙面掲載のアイデア】
■いったん休憩しよう
管野 美亜(関東学院六浦高校2年、17歳)
大きな壁に挑戦するには、目標に向かって常に走り続けることが重要かのように思える。だが、私にとって大切なのは「休憩」だ。挑戦するのに「休憩」と聞くと、マイペースにのんびり進めているように感じるかもしれない。しかし私に言わせれば、目標に向かって走り続けると、本来の目的や意味を失ってしまうことがある。走ることに夢中になって、周りが見えなくなってしまうからだ。
私は高校生で、受験に向けて日々努力している。それでも時には、頑張る理由やモチベーションを失ってしまいそうになることがある。そんなときはリマインダー機能のように、今まで走ってきた道を振り返ることで心を整えるようにしている。
個人の挑戦だけでなく、世界の問題へ挑戦する時にも「休憩しよう」と提案したら「早く解決するべきだ」と指摘されるかもしれない。だが、私は走っている時には見えない景色が、立ち止まったときにこそ見えてくるものだと考えている。
■土台は心身の健康
齊藤 昌斗(白鷗大学法学部3年、20歳)
健康であることが最も重要だと考える。長期的な挑戦にはエネルギーがいる。ユニークな発想を生み出したり、新しい環境に身を置き続けたりするエネルギーはすべて、健康でなければ湧いてこない。
小さいころの私は体が弱く、何度も入退院を繰り返していた。この経験から「健康でなければ挑戦の土俵にすら立てない」という実感が私にはある。今では元気に過ごせているが、あの経験があるからこそ、健康とは「守るもの」ではなく、「挑戦を続けるための力の源」として意識している。
病気にかからないことだけが健康ではない。良質な食事や十分な睡眠、適度な運動によって身体はもちろん、精神の健康も維持してこそ、人は自分の力を最大限に発揮できる。
短期的な挑戦であれば、無理をすれば一時的に成果を得られるかもしれない。だが、長期的となればそうはいかない。健康という土台があってこそ人は可能性を広げ、挑戦を続けていける。
■一歩千金
小林 咲心(関東学院六浦高校1年、16歳)
長い挑戦を始めるとき、私たちはその終わりがどのようなものになるのかを想像するのが難しい。 未知の世界に踏み出すことを恐れ、足がすくんで立ち止まってしまう人もいるだろう。たとえ歩み出せたとしても、思い通りに進まない現実に直面すれば、途中で諦めたくなる瞬間もある。そんな時こそ将棋の「歩兵」になりきることが大事だ。
歩兵は駒の中で最も数が多く、前に1マスずつしか進むことができない。しかし、敵陣に入ると「と金」となり、強力な駒へと変化する。目立たなくとも、地道な努力を積み重ねれば、やがて大きな力になる。歩兵を私たち自身に重ねてみると、挑戦を続けるために必要な姿勢が見えてくる。
何が起こるか分からなくても、とりあえず一歩ずつ進んでみる。くじけそうになっても、仲間と支え合って前を向き続ける。挑戦の終わりが見えたとき、私たちは自信と希望を胸に、と金のように確かな輝きを放つことができるだろう。
■継続できる環境をデザイン
塩崎 鑑(駒沢大学グローバル・メディア・スタディーズ学部2年、20歳)
長い挑戦を続けるには、意志の強さよりも「環境のデザイン」が問われる。火を大きくするのではなく、燃えやすい薪(まき)を絶えず補う仕組みを整えると言えばよいだろうか。
人は意志だけで走り抜けられるほど強くない。だからこそ、挑戦を続けられる仕組みを先につくる必要がある。まず目標を、それを達成するために必要な行動へ翻訳することが重要になる。成功を求めるのではなく、1日10分間取り組むと決めれば、迷いは減り、継続性が生まれる。次に、挫折した場合を前提に、「再開するための最少手順」を用意する。そうすれば失敗は敗北ではなく、一時停止に変わる。
支えてくれる人へのメッセージ、あるいは未来の自分への投資、と位置づけられれば歩みを止めにくい。変化や遊びを取り入れることも、単調さを防ぐ装置となる。小さな達成を可視化し共有すれば、自分はできると認識する「自己効力感」が広がる。挑戦とは意志を燃やし尽くすのではなく、燃え尽きない仕組みをつくり、折れずに進む営みではないか。
■挑戦の横にやめる自由
栗本 蕗那(関東学院六浦高校1年、15歳)
挑戦を続けるために必要なものを1つ挙げろと言われたら、私は迷わずこう言う。「いつでもやめていい、という感覚」。努力しろ、続けろ、立ち上がれ、あきらめるな。世の中には「続けること」を神聖化しすぎている風潮がある。私にはそれが、どうもうそくさく見えてしょうがない。続けることが苦しくなったとき、「やめてもいい」と思えなければ、心が壊れる。
皮肉なことに「やめていい」と思えるときに限って、人はやめない。安心して逃げられる場所があるからこそ、人は自分の意志で戻ってくる。私は「続けるために自分を洗脳する」ようなことはしたくない。
歯を食いしばって、ボロボロになって、意味もわからないまま続ける。そんなの、挑戦じゃない。ただの消耗だ。私は挑戦の隣に鍵のかかっていない「逃げ道」というドアを置いておく。風が吹いたら閉まってしまうような、頼りない、でも確かな自由。それが私にとって、先が長い挑戦を続けるための、いちばん大切なものだ。
■仲間と諦めない心
沼尾 征寛(産業能率大学経営学部2年、19歳)
先が長い挑戦には、仲間とともに諦めない心を持ち続けることが必要だと思う。
私は高校時代、弱小校の野球部で「ただ1回勝つ」という目標に挑んだ。当時、野球部の先輩は1人しかいなかった。チームは長い間、初戦敗退が続き、練習環境も決して恵まれていなかった。そんな中、私たちが2年生になり、たった1人の先輩が最後の夏の大会を迎えた。
チームを引っ張ってくれた先輩に、「なんとか1勝してほしい」という思いで毎日の練習を積み重ねた。仲間と支え合いながら努力を続けた結果、ついに公式戦で初勝利を挙げることができた。その瞬間、今までの野球部でのつらかったことや楽しかったこと全ての思い出が脳内で再生された。この瞬間を忘れることはないと思う。
どのような先が長い挑戦も、諦めずに続ける力は、仲間と共有する目標や信念から生まれると思う。努力を信じ続けることが大切だ。今後も難しい目標を掲げた時は、野球部での成功体験を胸に挑戦を続けたい。
■後には引けない
福田 舞音(会社員、28歳)
歌手デビューを目指すオーディション番組を見た。出演者たちはみな幼少期から十数年、歌やダンスを習い続けているという。
かなうかどうか分からない夢に向かって「なぜそこまで挑戦を続けられるのか」という質問に、初めは多くが「憧れの人がいるから」「歌もダンスも好きだから」と答えていた。しかし、番組が終盤に近づくと「これまでたくさんの人に支えてもらってきた。もう簡単に後には引けない」と回答が変化した。
「好きだから」はその通りだろう。だが、「後には引けない」という思いも同じくらい大きいと感じた。もはや歌手デビューという夢は彼らだけのものではなく、周囲の多くの人にとっての夢でもあり、周囲の期待に応えたいという使命感や責任感が彼らを鼓舞している。だから後には引けないのだろう。
挑戦の大小にかかわらず、自分の意思だけに頼っては心もとない。長く続けるコツは周りを巻き込み、適度に自分を追い込むことではないか。
■文字に起こして確認
杉田 歩夢(中央大学経済学部2年、19歳)
私が考える「先が長い挑戦を続けるために必要なもの」は、定期的に自分の意思を文字に起こして確認することだ。
私は将来、社会科の教員になることを目指している。しかし、教員採用試験の合格発表は、一般企業の内定が出る時期よりも遅い。4年生になり、周りの就職先が次々と決まる中で、自分だけがまだ決まらない未来を想像すると焦燥感に駆られる。
この悩みを教職の授業を担当する教員に打ち明けると、「教員になりたい理由と教員の素晴らしさについて文字に起こしてみるといい」と助言された。中学の時から夢だった教員への思いを300字ほどにまとめてみた。すると、数ある職業の中から教員を目指したい明確な理由を見つけることができた。
それ以降、部活やゼミでも自分の目標がわからなくなった時、自分の意思を文字に起こして確認するようになった。先が長い挑戦では、何を目指しているのか見失いがちだ。そんな時は、自分の意思を文字に起こして確かめることが大切だと考える。
■楽しいを見つける力
西塚 賢斗(産業能率大学経営学部2年、20歳)
先が長い挑戦を続けるために必要なのは、「楽しい」を見つける力だと思う。どんなに立派な目標を掲げても、努力や根性だけではいつか限界が来る。むしろ、挑戦を続けられる人ほど、日々の中に小さな「楽しい」を見つけるのが上手だ。
うまくいかない日が続いても「昨日より少しだけ進んだ」「この前よりも上達していた」など、その一瞬が「楽しい」につながる。その積み重ねが、挑戦を義務ではなく「自分の物語」に変えていく。楽しさは結果から得るものではなく、途中で見いだすものだと考える。結果を急ぐほど苦しくなるが、過程を味わうようにすると歩みは軽くなる。
実際、私は英検の勉強中に苦しくても、合格した後に自分が英語を使って活躍する姿を想像すると勉強がはかどった。そして、無事に合格した。先の長い挑戦も、楽しさを見いだすことができれば、「苦しい」も「楽しい」に変わる。楽しければその挑戦も続けられると思う。
■時々で優先順位を変える
阿部 智子(会社員、44歳)
私にとっては家庭と仕事の両立が先の長い挑戦だ。全てにおいて100点を取ろうとせず、その時々で優先するべきことを明確にして挑むことが必要だと思っている。
家庭と仕事を両立して16年、3人の子供を育てながら会社勤めをしている。1人目は高校生だが、末っ子はまだ保育園児で、とても手がかかり、今は子育てを優先している。例えば、朝は子供の顔を見てから出社することと、子供たちだけで夕食をとらせることはしない、と決めている。働く時間が制限され、職場にはかなり大目に見てもらっていると自覚している。
最近は育児支援が充実してきたが、それでも息切れする毎日で、ふと解放されるのは何年後かと気が遠くなってしまう。だが、家庭と仕事の優先順位も子供が成長すれば変わると信じている。その時は仕事に注力したい。そのために今、頑張っている。どのようなことでも先が長い挑戦は、その時々で優先順位を変えて進んでいくことが必要だと思う。
■これでもいいと思う勇気
池田 香蓮(産業能率大学経営学部2年、20歳)
先が長い挑戦を続けるためには「これでもいい」と思える勇気が必要だ。私は完璧主義な性格のため、失敗に対する恐怖心が強く、短期的な挑戦にも踏み出す勇気が出ないことが多い。そして、完璧を求めすぎるほど、挑戦を楽しむ余裕がなくなり、続けることが苦しくなってしまう。
そこで私は「これでもいい」と思えることが大切なのではないかと考えた。これまでの私は、計画通りに進まないだけで失敗と捉え、挑戦が楽しいと感じられていなかった。しかし、うまくいかない時の自分も途中で立ち止まる自分も、挑戦の一部として受け入れて、「これでもいい」と思うことで余裕が生まれ、先が長い挑戦も続けることができるのではないか。
実際に「これでもいい」精神で過ごしてみると、完璧にとらわれすぎず、自分を大切にしながら様々なことに挑戦できた。「これでいい」という投げやりな言葉ではなく、「これでもいい」と自分のために妥協することで自分を認めながらも先が長い挑戦も続けることができるのではないだろうか。
■目標更新を習慣化
清水 李里華(東放学園専門学校1年、18歳)
定期的に目標を見つめ直し、更新することを習慣にするのが必要なのではないか。
私は専門学校に通うため、今春から一人暮らしを始めた。実家を出る前から将来のために貯金が必要と考え、自炊などをしてなるべく多く貯金しようとしていた。だが、思うように暮らせず、ひとりで悩む日々が続いた。そのとき、両親から「無理せず暮らせばいいんだよ」と声をかけられ、肩の力が抜けた。
最初に立てた目標を絶対に変えないのではなく、定期的に振り返り、時には異なる新たな目標を立てるようになった。自分と向き合う時間が増え、もっと良いゴールを設定することもできた。
挑戦して大きな目標をかなえるために、あえて頭の片隅に置いて過ごすことで、もっと良い目標を見つけられることがある。高い目標にとらわれて挑戦を諦めるよりも、日々の成長から得たものを生かして目標を更新し続けていくことの方が大切だと思っている。
■70%の心
高野 愛莉(産業能率大学経営学部2年、19歳)
先が長い挑戦の中で必要なことは最初から完璧を求めないことだと私は考える。昨年の冬休みに、ある資格取得に向けた勉強をした。私は参考書の最初から100%完璧に覚えようとしすぎていた。まだ基礎も分かっていないのに完璧にやろうという気持ちが先走り、参考書の進み具合が徐々に遅くなってしまった。結果的に勉強を進めるのが大変になったため、勉強方法を考え直した。
そこで思いついたのが「70%の心」だ。初めから完璧に固執するのではなく、ある程度理解できれば次に進むことにした。すると、1日に進む参考書のページ数が大幅に増え、心にも余裕ができたのだ。このような勉強方法を実践し、諦めずに挑戦した結果、参考書を何周もすることができ、徐々に100%にすることができたのだ。
このような経験を通して、先が長い挑戦には、初めは70%くらいでそこから100%になるまで諦めずに挑戦を続ける、「70%の心」が必要だと考えている。
JFEホールディングス・北野嘉久社長の講評
数多くの投稿をありがとうございました。目標を定めたら、途中段階でもしっかり達成度を確認し、自分のペースを考えながら長い道のりを走りきる。我々のマネジメントにも通じるような視点で、若い人たちも考えていることが分かりました。とても素晴らしいことだと思います。

「目標までの階段を作る」はとくに視点が優れていると感じました。自分の状態や環境に合わせて段差を柔軟に変えるという発想は、自身の実力をしっかり見ながら目標に向かう姿勢そのものです。私の考え方にも近いと思いました。
手遅れだという悲観論に支配されると、挑戦する意欲は失われてしまいます。「まだ間に合う」という考え方はまさにその通りだと思います。例えば脱炭素に向けた製鉄技術の開発では、当初先行したと見られた欧州勢が経済性が見合わず、今では停滞しています。日本勢は、様々な要素の段階的な実現を前提とした計画に沿って実行しています。いろいろな分野で日本は他国にリードされていると見られがちですが、冷静に考えるべきでしょう。
「未来の担い手への投資」はいくつかのキーワードが印象に残りました。長い挑戦を支えるのは未来を信じる力とそれを育む社会の意思だ、というのは力強くてとてもいい言葉だと思います。長い挑戦を続けるには、なぜその目標を立てたのかという原点、フィロソフィー(哲学)やプリンシプル(原理原則)が重要になります。試練にぶつかったときも挫折せずに、原点に戻れるのです。この投稿は「未来のため」という重要な動機を書いてくれたのだと思います。
世界人口の増加は止められず、食料問題や気候変動、資源の枯渇など人類は非常に大きな課題を抱えています。次の世代につなぎ、その若い人たちが難題を乗り越えるためには、今の私たちが投資や研究開発などの努力を続けていくことが何より重要なのだと思います。
◇――――――◇
今回の課題の答えを自分なりに考えてみたとき、「覚悟」や「責任」といったワードがまず浮かびました。皆さんの投稿は全く違う視点のものが多く、読んでいてとても新鮮でした。「楽しさ」など柔軟性を感じる言葉も目立ちました。
将来の目標から逆算して今必要なことを考える「バックキャスト型」の思考が、経営だけでなく個人のキャリア形成でも注目されています。30年後の自分を想像するのは難しくても意義のあることなのだと思います。(編集委員 半沢二喜)













