「年収の壁」、増える年金額を知り越える方法
知っ得・お金のトリセツ(127)
「本当はもっと働きたい。でも損はしたくない」。人手不足が叫ばれる折、貴重な労働力の供給制約要因となる「年収の壁」に10月から暫定的な救済措置が導入される。企業に助成金を出して賃上げや労働時間増を促したり、一時的な「壁越え」については柔軟な対応を認めたりする。10月からの最低賃金引き上げと、年末に向けた就労調整が意識されるタイミングでの実施となったが、壁を巡っては誤解も多い。
「106万円」に残業代は含まない
「このままじゃ、106万円を越えてしまう……」と年末に向けて残業を抑制するのは実は無意味だ。厚生年金に加入する正確な賃金要件は「月額賃金8.8万円以上」であり、12カ月分がおよそ106万円であることから「106万円の壁」と呼ばれる。
月額賃金は労働契約を結んだときの所定内賃金(基本給+地域手当などの諸手当)を指す。残業代や賞与、通勤手当などは含まない。すでに契約を済ませて、パート・アルバイトで働いている人は、これからの繁忙期にいくら残業しても、壁越えによる手取り減を心配する必要は本来はない。
ただ、現場では正確な基準が浸透しておらず、もうひとつの「130万円の壁」と混同して、残業を避ける風潮が根強く残る。勤め人の配偶者(第3号被保険者)が扶養から外れる基準である130万円の方の計算には、残業代や賞与、不動産収入や配当収入も合算してカウントされる。
保険料には給付増の見返り
より根本的な問題は「働き損」という誤解だ。壁を越えたら発生する社会保険料(厚生年金・健康保険)を支払うということは、現在の手取り減だけでなく、将来の給付増も意味する。
年金では定額の基礎年金に加え、稼ぎに応じて年金額が増える厚生年金の報酬比例部分が加わり、2階建てになる。健康保険では、傷病手当金や出産手当金など、より手厚い給付が受けられるようになる。
にもかかわらず、働き損の認識が根強い原因の一つが、将来の給付増の見えにくさにある。公的年金は社会全体の支え合いの仕組みなので「いくら払ったら、いくらもらえる」と短絡的に考えるのは間違いだが、メドぐらいはほしい。
ざっくり計算式でざっくり理解
そこでファイナンシャル・プランナーなどが使う、ざっくり計算式を紹介しよう。ごく粗い計算だが将来の年金増のイメージが湧く。
左側のカッコには年収の百万円の桁の数字が入る。年収150万円なら1.5、年収200万円なら2だ。そして×5500×就労年数とすると、65歳以降にもらえる年金の1年分の額のメドがでる。
あくまで概算だが、年収200万で40歳から60歳になるまで20年働くと年20万円以上の年金につながると見当がつく。長生きすればするほど、10年で200万円、20年で400万円と積み上がるのが公的年金の強みだ。
公的年金シミュレーターを使おう
もう少し正確に知るには厚生労働省が運用する「公的年金シミュレーター」を使う手がある。パソコン、スマートフォン経由で年金の試算が簡単にできる。サイト(https://nenkin-shisan.mhlw.go.jp/)にいくと、まず生年月日を求められるので、上記の壁越えに悩む40歳のパートになったつもりで入力する。
「働き方・暮らし方の入力欄」から「パート・アルバイト(厚生年金)」の欄を選び、働く期間(40~59歳)、年収(200万円)を入れて「試算する」を押す。するとこちらは基礎年金と合算で毎年60万円という数字がでてくる。
ここから基礎年金分(40年加入の満額で79万5000円だから半分の39万7500円)を引くと、やはり厚生年金分の上積みが20万円強であることがわかる。
年1度、誕生日月に送られてくる「ねんきん定期便」には最近「公的年金シミュレーター二次元コード」がついている。これを読み取ると自分の加入期間や納付保険料に基づいた情報に一瞬で飛ぶ。
そこで条件を色々変えて、働き方・暮らし方の選択が自分の年金にどんな影響を及ぼすか、試算することができる。とかく現在の「手取り減」の言葉に翻弄されがちだが、具体的な年金額を目視すれば、壁を越える勇気も出てこようというものだ。
1993年日本経済新聞社入社。証券部、テレビ東京、日経ヴェリタスなど「お金周り」の担当が長い。2020年からマネー・エディター、23年から編集委員兼マネー・エディター。「1円単位の節約から1兆円単位のマーケットまで」をキャッチフレーズに幅広くカバーする。
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